狂える青が来たりて

作者:寅杜柳

●狂科学者は彷徨う
 夕暮れの吉祥寺駅前。
 駅前の大通りを行く帰宅中の人々の群を、細い路地からじっと観察するように見つめる白衣の男がいた。
 三十代だろうか。整った顔立ちの男はぶつぶつと何事かを呟き、
「……研究を進めねば」
 その一言と同時に顔を上げ、路地から大通りへと踏み出した。周囲を気にせずふらふらと歩き、雑踏の中へと紛れ込んだ白衣の男に青年がぶつかる。
 その直後、彼の身体に突然赤い筋が走る。
 何が起こったのかを認識でき低無いような表情を浮かべた青年はそのまま崩れ落ちた。青年を切り裂いた、白衣の男の左肩から生えた大鎌――よく見るとそれは粘液で構成されているそれは血に塗れ、その雫を歩道へと滴らせる。
 近くにいた一人の絶叫と共に、人々は混乱へと陥る。そしてその混乱の中、白衣の男は淡々と手近な位置の人々を斬り裂き、さらには彼を追うように路地から姿を現した死神魚が逃げ惑う人々に齧り付いていく。
「……これでは試料にもならないな」
 ああ、クリミナル。お前はどこにいる。
 呟きながら白衣の死神は狂気に染まった緑の瞳を移ろわせ、怪魚と街に死をばら撒いていった。

「集まってくれて有難う。人々が死神に襲撃される事件が予知されたんだ」
 ヘリポートに集まったケルベロス達に、雨河・知香(白熊ヘリオライダー・en0259)が告げる。
「東京焦土地帯に、磨羯宮『ブレイザブリク』が出現した事件は聞いているだろう。そして、それに伴って焦土地帯を追い出されるように死神達が東京の市街地へと流れ込んでいる件も知っているかもしれない。今回はその死神のうちの一体について、事件を起こす前に予知できたから対処して欲しいんだ」
 幸い、事件が発生するまでには時間があるから避難誘導等は警察に任せて大丈夫だと、ヘリオライダーは説明する。
「エインヘリアルをはじめ、他の勢力による事件も慌しい。だが、人々を守る為にどうかお願いしたい」
 そして知香は資料を広げ、得られた予知についての説明を始める。
「今回事件の現場となるのは吉祥寺駅前の大通りだ。そこに繋がる路地から死神がふらふらと歩いてくるが、路地にいる段階で叩く事ができれば警察の避難誘導も合わせて一般人への被害はないだろう」
 時間帯は夕方の早い時間だから灯り等は気にしなくて問題ないと、知香は言った。
「そして死神についてなんだが……名はドクター・シアン・スフィアード。サルベージされた死神で、元研究者で研究にかなり入れ込んでいたからか、元の意識が半端に残ってしまい狂気にやられているようだ。武器として肩から自在に動く粘液を操って攻撃してくる。大鎌のようにして切りつけて体力を奪ったり、メスのような細い刃で治り難い傷を与えてきたり……あと怪しげな薬を何種類か所持していて、それで自分達を治療やこちらへの攻撃に用いてくるから注意した方がいい」
 それに続けて戦法については慎重派なのか、命中と回避を重視しているらしく痛打を与えるのも苦労するかもしれないとヘリオライダーは付け加える。
「他には配下として二体の下級死神の魚を従えていて、そちらはシアンを守るように行動するだろうから注意が必要だろう」
 そして資料を閉じ、説明を終えた知香はケルベロス達の表情を確認する。
「東京焦土地帯の方も気になるが、まずはこの死神による襲撃事件を解決しないと悲劇が生まれてしまう。それは何とか避けてほしい」
 どうか皆、よろしく頼む。そう締め括り、知香はヘリオンでケルベロス達を空へと導いた。


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
クリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)
ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)
皇・絶華(影月・e04491)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)
ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)

■リプレイ

●朱に染まる街で
 傾いた日が駅前の街並みを赤く染める。
 路地をふらふらと歩く白衣の死神が大通りへと足を踏み出そうとした時、
「出てきた出てきた、死神さん」
 空から歌うような女の声が響き、
「あぁそう、追われてきたの、可哀想に」
 闇より深い黒衣の女がふわりと降り立ち、
「あら、誰かを探しているの?それは大変だこと」
 黒にも見える深い青髪、飾られた白銀の夜咲睡蓮がよく映える女、セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は穏やかに微笑んだ。
 すぐに死神の後ろから怪魚が姿を現し女に襲い掛かるが、額に角持つ真っ白な少女、ルイーゼ・トマス(迷い鬼・e58503)が割り込むように降下し受け止めると、流星の如く急降下してきた皇・絶華(影月・e04491)がその怪魚を蹴り飛ばした。
 更に複数の影が降下してくる。
「死神というのはつくづく命というものを軽く扱うのね……命の重さを知らないから、あの魚達も浮いているのかしらね?」
 その一人、ラピス・ウィンディア(ビルシャナ絶対殺す権現・e02447)が長さも太さも違う二振りの刀を構える。
「死神もいろいろ大変だね~。家を追い出されるだなんて」
 シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)のやや呑気な言葉だが、この邂逅はそれがあったからこそ。何がどう転ぶかなんてわからない。
「死神も、色々大変ですね」
 光の翼を広げたリビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)は住処を追われた事は可哀想に思うが、死神は人類にとっての脅威だ。
(「なぜここに集まったのかは知りませんが……ここで討たせて貰います」)
 其々が戦闘態勢を取る中、白衣の死神の姿を瞳に映したクリム・スフィアード(水天の幻槍・e01189)の胸に去来していたのは懐かしさ。
 彼の記憶に欠落がある。その欠落からずきりと痛む何かが這い出してくる。
「お前は……クリミナルか?」
 白衣の死神がクリムを見、驚いたように呟く。
 痛みが酷くなる。顔を伏せたクリムの脳裏に過ぎるのは白衣の人々、傷、欠片、笑う少年。
 ――三人の暖かな生活。
「ああそうだ、完成品! ケルベロス! それを創る事こそが我がシアン・スフィアードの使命!」
 その名前は紛れもなく、クリムが日本に来た目的。
 彼を討つ事が役目であり、その為にクリムはケルベロスに成り得たのだ。
(「クリムの知己か……」)
 クリムの反応に絶華はすぐにそれを悟る。
(「スフィアード……クリムの探していた相手……」)
 父親なのだろう、とラピスは考える。その再会は本来なら望ましいものだったのだろう。
 だが、死神だ。かつてケルベロスだった父をサルベージされ永遠の眠りに着かせたラピス、それとほぼ同じ状況でどうすべきか、彼女は無表情のまま思考を巡らせる。
 喪失、再会。いや、サルベージされた意識――の欠片との邂逅はそんな上等なものではないかもしれない。
 けれど彼岸に渡った相手とひとときでも縁を交わせるのは得難い機会なのだろう、そう櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は思う。これが友人を見守るだけで済めば良かったのだが、そうはいかない。
「やれやれ、偶には体を張れという事かな」
 表情を崩さぬままに呟かれた言葉は、軽く舞うように夕暮れの風に溶ける。
「……全部思い出したよ。私が何者なのかも、全て」
 漸く顔を上げ、クリムは静かに呟いた。
「わたし達がいるから安心してね」
 そんな彼を庇うようにシルは彼の前に出る。
 シルが救出する前の彼の記憶がどのようなものだったのかは分からない。けれど、共に過ごしてきた時間が確かに在る。
「――それでね、ウィンディア家が向かうところただじゃすまないわよ」
 黒衣のエルフの穏やかな声色、けれどその視線は有無を言わさぬ冷たさを帯びる。
 覚悟はいい? その言葉と共に、戦闘は始まった。

●青は黒を操りて
 最初にクリムが動く。シアンへとカプセルを投擲するが、死神魚に防がれる。
「ここは任せて!」
 淡い碧色の剣を構える左の薬指に輝く誓いの指輪、同じ戦場に居ずとも共にいる事を示すそれに軽く触れ、シルが剣に魔力を収束させる。
「あなた達と遊んでいる暇はないの。だから……最初っから、全開で行かせてもらうからっ!」
 六色の宝石に飾られた指輪の輝きと共にシルの精霊集束砲が放たれる。青白い魔力の翼に支えられ放たれた連撃は死神魚を直撃。
「形を成すのは、守護の誓い」
 それと同時、呪符を扇に見立て広げた千梨が拍子を刻み、梅の杖を振るえば御業により長大な龍が形作られる。空を舞う竜が降らせるは金の花弁、滝のように幕のように、死神達に相対する番犬達を柔らかに護れば、リビィの展開したドローンが花弁の護りを厚くするよう飛来する。さらにセレスティンが鎖で後衛に陣を描きその護りを固めた。
 今回相手に加護を崩す手段はないと予知されている。なら、守りを固めれば簡単に突破されないはずだ。
 ドクターの肩から生える粘液がメスのように細長い刃と化し、シルに振るわれる。その斬撃はルイーゼに食い止められ、彼女は即座に拳圧で負傷と傷を癒し難くする厄介な呪縛を殴り飛ばした。
 ラピスの非物質化した斬霊刀が負傷した死神魚を斬り裂こうとするがひらりと躱される。そのまま怪魚は泳ぎ回り傷を癒やしたが、雷纏う絶華の突きに守りを崩される。
「山籠りしている間に色々変わっていたみたいね……」
 意外に軽やかに動く怪魚に、ラピスは気を引き締め直すが、そんな彼女達に向け負傷のない死神魚が怨霊弾を放ち、弾けた。庇いに入った千梨とルイーゼを毒で冒されるが、千梨はその羽織により毒の影響を軽減されている為、慌てた様子はない。さらにリビィが飛ばしたドローンに伴うキュアにより毒の呪縛はほぼ解除、それを確認した千梨は龍神の御業で金の花弁を周囲に降らせた。
 負傷を癒やす為に絶華に齧り付こうとした死神魚もそれらの護りに遮られ、更にはルイーゼに割り込まれてしまうも、その間隙を縫うようにシアンがクリムに薬品を投擲、中身の気体を吸ったクリムの呼吸器に激痛が走るも、ルイーゼの放った拳圧がその痛みを和らげる。
 ルイーゼが『ルーンのせんぱい』と呼ぶクリム。きっと因縁と向き合うことは、彼の糧になるのだろうと彼女は思う。
(「わたしはただ戦うだけだがな」)
 真白な髪に留めた十字架に左の指先を添え、ルイーゼが失われた愛しい想いを歌い上げれば、周囲のケルベロス達の傷が塞がっていった。

 そして戦闘は続く。
 全方位に射出されたセレスティンの鎖が怪魚を貫き汚染、妨害手として複数に満遍なく呪縛を付与していく彼女の攻撃により、死神魚も回復に回る頻度が増えていく。
 さらに彼女の鎖のタイミングに合わせ、クリムが白衣の死神に鎖を伸ばす。回避に優れる死神であっても、狙いすまされた彼の鎖からは逃れられない。主を攻撃するクリムへと襲い掛かろうとした死神魚、だがシルの電光石火の蹴りに弾き飛ばされた。
「さぁ、魚さん達っ! あなた達の遊び相手は、わたし達だよっ!」
 注意を惹くよう言い放つシルに続き、
「食えない魚だけど、三枚におろすぐらいは出来るわ」
 ラピスと絶華が同時に飛び込み、空の霊力を纏う刃が死神魚の胴体の傷をなぞるように斬り裂きその呪縛を増幅。
 番犬達の連携の取れた攻撃に、死神魚達の体力は見る見る削られていった。
 白衣の死神も生命を奪う刃でラピスへと斬りつけるが、ルイーゼが防ぐと、さらに奇妙に蠢く幻影が彼女寄り添うように纏わりつく。
「後ろはお任せください」
 後方より響くリビィの言葉。攻撃も守りも頼れる仲間に任せ、彼女は癒し手に専念している。彼女が扱っているのは普段愛用している剣とは異なる扇とパズルだが、これは護る為の力。ならば使いこなせない訳がない。
「流石流石、格好良いなあ」
 リビィに続き千梨が寄木細工を組み替え蝶の群を呼び出し、ルイーゼの傷を癒やす。そう言う彼自身も死神魚の噛みつきを防いだところであった。
「……所長もいつもより真面目だな」
 ルイーゼの拳圧が千梨に纏わりついたままの呪縛を弾き飛ばす。放置するには厄介な呪縛をこまめに弾き飛ばし、戦線を維持する事が彼女の役割。
「今くらい手伝わなきゃ仕事をする時がないだろ?」
 友人であるクリムが頑張っているのだから。ちらり彼を見れば、殺神ウイルスを投げつけ粘液の鎌で斬り裂かれ、割れた中身が死神に降りかかった所だった。
「守りは固いようだけど……その護りの上から削らせてもらうからっ!」
 それと同時、シルの黄龍のオーラを纏う拳が死神魚を貫き頭上へと吹き飛ばし、その身体を霧散させ、
「四凶門……『窮奇』……開門……!」
 さらに絶華が唯一つの凶獣と化し、咆哮をあげカタールを振るう。古代の魔獣の力を宿し狂戦士と化した彼の刃はまるで獣が爪を振るうかの如く。恐るべき速度で残酷に切り刻まれた後にはまるで獣に引き裂かれたような残骸があった。

●貫く蒼
「ああ、これは参ったな」
 怪魚が全て倒れ、死神は頭を掻く。
「……博士、一つだけ聞きたい事があります」
 武器を構えたままクリムがシアンに問いかける。因縁のあるらしいクリム、彼が対話を望むなら、その成り行きを見守りフォローする方向でケルベロス達の意志は一致していた。
 護り手二人はこっそりと治癒のグラビティにより呪縛を解除しつつ、不意の事態に対応できるよう備えている。
「八年前、貴方と共に死んだ筈の少年。スカーレットはどうしていますか?」
 クリムの知るもう一人の被験者、肉体も精神も大人になれなかった少年。
 シアンが死神になったのなら、同時に死んだ彼はどうなのだろう。
「スカーか? どうだろうな」
 けれどそれはクリムの求めた答えではなく。
「もしも死神として私の下にいるのならば、計画の為の決して死なない素晴らしい検体になっただろうに」
 心底惜しむようにシアンは言い、
「……だったらクリミナルをそうするべきか」
「……危ない!」
「クリムさん!」
 最悪の事態に備え、シアンの動きに気を配っていた絶華とリビィが気づき警告を発する。クリムを狙った薬品の投擲は千梨に受け止められ、その傷を即座に妖しく蠢く幻影に癒される。
「……私はあなたを許さない」
 セレスティンの冷たい言葉。
 クリムの記憶、それ自体は悲しい記憶ではないのだろう。けれど今、この死神はクリムを苦しめている。家族を傷つけるもの、それは彼女にとってけして許せるものではない。
 シルが白銀の軌跡を残しつつ死神へと急降下、蹴撃を見舞うもドクターは黒き粘液を盾のように変形させ直撃を防ぐが、ほぼ同時に突き込まれた絶華の雷纏う霊剣がシアンの守りを崩す。
 死神がケルベロスになる、この狂気の精神はそう信じ込んでいる。それ以外についても狂気にやられた博士の言葉がどれだけ真実を語っているかは判断がつかない。
 けれど、その口から返答を聞けて良かった。
「なら、私は此処で立ち止まる訳にはいかない!」
 決意の表情と共に武器を構え、吼えた。
 クリム・スフィアード――生前のシアンが付けたその名にかけ、前へ進む為に、討つ。

 命中と回避に優れる死神だったが、序盤よりこまめに命中を高める加護を伴う回復、および動きを妨げる攻撃が行われていた為、既にアドバンテージは無くなっていた。
 負傷についても護り手達の活躍とリビィの的確な回復で、死神の正確な攻撃から仲間達が倒れる事を防いでいる。
「あぁフリージア、あなたと一緒に戦える日が来るなんて」
 セレスティンの傍に女死神の姿が現れる。白い翼に対比するような禍々しき魚の骨の尾、それは彼女がかつて決闘により打ち倒し、鹵獲した情報により召喚した、愛しい死神。
「ねぇ、あれが邪魔なのよ。一緒に片付けましょう」
 促された女死神は蓮の花を弾丸のように放ち、さらに時間差の魔法弾が続く。流石のシアンもその攻撃を避け切る事は叶わない。
 さらに一つの凶獣と化した絶華がその刃を粘液の盾に叩きつける。その衝撃を流しきれず、全身を伝い――判断が一瞬遅れた。
「ビクターキャノン展開……」
 ラピスが両手の太刀を地面に突き刺し髪飾りの力を解放、巨大化したそれの羽飾りで体と砲身と化した鐘を固定しグラビティを圧縮。
「……チャージ完了……終わりにしましょう!」
 その言葉と共に発射。シアンの動きは十分に縛られている。即座に粘液を盾のように変形させ直撃は防いだが、それでも傷は大きい。
 死神は即座に懐から取り出した薬を口に放り込むが、その癒しは阻害され十全な回復にはならない。
 そして、十字架型のアリアデバイスに指先を添えたルイーゼが口ずさむは狂詩曲。ヒトが探求の末に力を手にし、不死身の怪物に打ち克つ英雄譚――この死神が恐らくは求め、今や決して届かなくなった物語。それを巧みに歌い上げる彼女に、狂気に侵された白衣の死神はその動きを止めてしまう。
 今が好機だろう。
「クリム……出来る?」
 ラピスの言葉、それは自分と同じ業を背負ってもいいのかという最終確認。けれどクリムは既に、自分の手で討つと決めていた。
 この邂逅が幸か不幸か、千梨は知らない。それはクリム自身が決める事なのだから、真に大事な今、余計な世話はしないと決めていた。
「心の儘に、善き決断を」
 ただ一言。真っ直ぐで強い、良い男にはそれだけでいい。
「決着、付けてきてね」
 シルの言葉にクリムは頷き、
「貫くは己の信念、穿つは悪しき妄念……」
 クリムの槍が媒体となり、魔力が巨大な槍として固定される。莫大な魔力は握る術者の掌を焼き、痛みに彼の顔が歪む。
 だが、もう決めたのだ。
「――我が敵を突き抜けろ、ルーン・オブ・ケルトハル!」
 掌と、胸の痛みを振り切るようにクリムがその槍を放つ。槍は正確に死神の胸を貫き、炸裂した。
 そしてその後には、もう何も残ってはいなかった。

●鮮やかに胸に残る
 リビィの鎮魂歌、かつて人であった死神への手向けの歌が、今ばかりは空な街に響き渡る。
 義父だった存在を手にかけたクリム、そんな彼に絶華とラピスは何の言葉もかけられない。
 一方で千梨とルイーゼに心配はない。自分とは違う友人、或いはせんぱいを信じているから。
「……大丈夫?」
 どこかクリムが泣きそうに見えたから、シルは言葉をかける。
 けれど、クリムは涙を流さず大丈夫と答えた。なぜならやるべき事が残っているのだから。
「未来を作るの」
 セレスティンが静かに口にする。
「まだ歩んだことのない道をゆくの。やることがあるのなら尚の事」
 それを応援させて。そして、笑顔を見せて――それがセレスティンの望み。姉というより母のように、大きく包み込む情。

 そしてケルベロス達は帰路へと着く。
「さようなら、博士」
 過去を惜しむようにクリムは一つ呟くと、しっかりとした足取りで歩き始めた。

作者:寅杜柳 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年11月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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