イエローに生まれついて

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 これといった目的もなく、オラトリオのリーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)は夜の街をぶらぶらと歩いていた。
「うーむ……退屈だ。なにか面白いことはないかなー」
 肩に乗っているネズミ型のファミリアロッドを相手にこぼすリーズレットであったが、高架下の空き地に差しかかった時、退屈から解放された。
 もっとも、『面白いこと』に出会えたわけではない。
「とぅはははははは!」
 おかしな笑い声を響かせながら、奇妙な男が行く手を塞いだのだ。
 何本もの突起が付いたトンファーのような武器を持ち、黄色いラインが走る黒い衣装を纏った青年。いや、見た目は『青年』だが、実年齢は違うのかもしれない。
 その男がデウスエクスだとしたら。
「まんまと罠にかかったな! 飛んで火にいる夏の虫ってやつだぜ!」
「いやいやいやいや」
 呆れ果てた顔をして、首を左右に振るリーズレット。
「罠もなにも……私はたまたま通りかかっただけなんだが?」
「そんなことは判ってるよ。それらしい台詞を言ってみたかっただけさ」
「はぁ?」
「とぅはははははは! 俺は死神の黄金井・レオ!」
 鼻白むリーズレットの前で男はポーズを決めて名乗った。
 そして、物騒な宣言をした。
「とりあえず、貴様の命をいただくぜ!」
「『とりあえず』ってなんだ!? なにかドラマチックな動機とかはないのか!」
 レオという名の死神はリーズレットの抗議に耳を貸すことなく、トンファーのような武器をくるりと回し、切っ先を突きつけた。
「Iパワーの貴公子たる俺に殺されることを光栄に思うがいい! とぅはははははは!」
「……Iって?」
「判らねえのかよ? 察しの悪い女だなぁ。俺のシンボルカラーであるイエローの頭文字に決まってんだろうが」
「いや、イエローはYだから……」
 リーズレットがツッコミをいれたが、レオは今回も耳を貸さず、トンファーを素早く動かした。宙に文字を記したつもりらしい。
 その文字とは――、
「ビクトリーのB!」
 ――だそうである。
「こ、こいつ、本物のアホだ……」
 呆気に取られるばかりのリーズレットであった。

●音々子かく語りき
 夜のヘリポート。
「大変でーす! リーズレットさんが山口県山口市でデウスエクスに襲撃されちゃうんですよー!」
 緊急召集されたケルベロスたちに予知を告げたのはヘリオライダーの根占・音々子。
「困ったことにリーズレットさんには連絡が繋がりませんので、接触を事前に防ぐことはできません。ヘリオンで現場に急行しますから、皆さんの力でリーズレットさんを助けてあげてください!」
 リーズレットの前に現れたデウスエクスは人型の死神であり、『黄金井・レオ』と名乗っているという。
「予知によりますと、素早さや体術を活かした戦い方をするようです。忍者っぽい感じでしょうか? 戦闘能力は決して低くないと思われますし、そこそこイケメンなんですが……おつむの出来が非常に残念な感じです、はい」
『そこそこイケメン』という情報は必要なのか? ――そんな疑問を抱くケルベロスたちの前で音々子は情報を付け足した。
「あと、ものすごくハイテンションな奴ですね。なにが楽しいのか、笑ってばかりいるんですよー」
 おつむの出来が残念な上にハイテンション。実に鬱陶しそうな輩ではあるが、放っておくわけにはいかない。リーズレットに危険が迫ってるのだから。
「では、行きましょう!」
 音々子がヘリオンに向かって歩き出すと、ケルベロスたちも後に続いた。
 笑ってばかりいるバカを二度と笑えなくするために。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)
七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)
鍔鳴・奏(碧空の世界・e25076)

■リプレイ

●「アンビリーバブルのA!」
「こ、こいつ、本物のアホだ……」
 リーズレット・ヴィッセンシャフト(碧空の世界・e02234)は愕然と呟いた。
「アホだと? 失礼な女だな」
 変形トンファーを手にした男が眉根を寄せた。リーズレットの命を『とりあえず』奪いに来たという死神――黄金井・レオである。
「だが、許してやるぜ。この俺に挑んできた度胸に免じてな」
「いや、挑んだ覚えはないから! そっちが先に仕掛けてきたんだ! しかも、『とりあえず』とかいう理由で!」
「……そうだっけ?」
 首をかしげるレオ。とぼけているわけではなく、本当になにも覚えていないらしい。わずか数分前のことなのだが。
「まあ、そんなことはどうでもいいや。とりあえず、貴様の命をもらうぜ!」
「だから、『とりあえず』ってのはやめろぉーっ!」
 リーズレットが怒声を響かせると、それが合図であったかのように、彼女とレオの間に土煙が巻き起こった。
 空き地の上にある高架から、何者かたちが飛び降りてきたのだ。
 そして、土煙が晴れ、その『何者かたち』の姿が現れ出た。
 十数人のケルベロスである。
 リーズレットを守るかのようにずらりと並び、レオと対峙するその勇姿は見る者の胸を熱くする……はずだった。普通なら。
 だが、今回のケースは『普通』に当てはまらない。
 ケルベロスの中に、珍妙な格好をした者たちが含まれているからだ。
 たとえば――、
「何者だ、貴様ら!?」
「熊です」
 ――レオの問いに答えたケルベロスは熊だった。いや、熊の着ぐるみを纏ったヴァルキュリアの鍔鳴・奏(碧空の世界・e25076)だった。
「よろしくお願いします。シュッ! シュッ!」
 奏はぺこりと一礼し、シャドーボクシングを始めた。着ぐるみに身を包んでいるとは思えないほどの軽快なフットワーク。それがレオの目に脅威に映っているかどうかはさておき。
「シュッ、シュッ! シュウーッ!」
 ワンツーからのフックを決める奏。
 その横にいたアルマジロがくるりと回転し、人型ウェアライダーの癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)に変わった。
「通りすがりのアルマジロ、参上!」
 通りすがりであるはずがないのだが、その点について誰かが指摘するよりも先に別のケルベロスが名乗りをあげた。
「我こそはパピヨンマスク! いたいけな乙女に手を出そうとは言語道断! おてんとう様に代わって、成敗よ!」
 レプリカントのソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)だ。蝶を模した仮面をつけ、ポーズを決めている。
 その姿に冷ややかな視線を突き刺して、レオが吐き捨てた。
「バカじゃねえの?」
「黙れ」
 と、静かに一喝したのはマルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)。奏やソロと違い、彼女はまともな格好をしている。
「私がそうであるように、彼らや彼女らもまた大切な友を救うために馳せ散じ散じたのだ。そんな勇気ある者たちをバカ呼ばわりすることは許さん。まあ、呼びたい気持ちも判るが……」
「いや、判ったらアカンやろ!」
 和がすかさず関西弁でツッコミを入れた。手の裏でマルティナの胸を叩くジェスチャーとともに。ちなみに和とともに降下してきたボクスドラゴンのりかーもタイミングを合わせて同じジェスチェーをしている。
 そのやりとりを無視して、レオがソロに指をつきつけた。
「パピヨンマスクとか名乗っておきながら、なんで蝶の仮面なんか着けてんだよ! そこは犬の仮面でないとダメだろうが!」
「……い、犬?」
「そう、犬さ! パピヨンってのは――」
 当惑するパピヨンマスクの前でレオは所謂『ドヤ顔』をつくってみせた。
「――犬の種類なんだからな!」
 空気が一瞬にして凍りついた。
 石像のように固まるケルベロスたち。
 ドヤ顔を維持したままのレオ。
 両陣営の間を冷たい風が吹き抜けていく。
 それからたっぷり三十秒ほど経った後、ようやくにしてケルベロスたちの硬直は解けた。
「……やっぱり、本物のアホだ」
 と、リーズレットが言葉を漏らした。
「こいつは本当に死神なの?」
 と、黒澤・薊が誰にともなく問いかけた。
「私が抱いている死神のイメージから何万光年もかけ離れてるんだけど……」
「ええ。他の死神から訴えられてもおかしくないレベルですわね」
 琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)が嘆かわしげな顔をして頷いた。その拍子に何本かの羽毛が抜け、風に運ばれていく。
 何故にサキュバスである彼女が羽毛を有しているのかというと、鶏の着ぐるみを纏っているからだ。足下では、ボールのような体型をした鶏(型のファミリアロッド)の彩雪がこれでもかとばかりに存在感を主張している。遠目には母娘か姉妹に見えるかもしれない。
 それだけでも十二分にカオスな光景だが、まだ足りないとでもいうのか――、
「蒟蒻のごとく緩く、婚約のごとく固い絆で結ばれた、こんにゃくしゃたるアタシが助太刀するさね」
 ――リーズレットの『こんにゃくしゃ』なる者を自称するレプリカントの三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)が意味不明の口上を述べ、カオスのレベルを引き上げた。
 当然のことながら、すべてのケルベロスがこのコントじみた状況に順応しているわけではない。
「えっと……わけが判らないんだよ」
 ライオンラビットの人型ウェアライダーである七宝・瑪璃瑠(ラビットバースライオンライヴ・e15685)は長い耳をぺたりと垂れさせて、生気のない目で仲間たちを見つめていた。
 だが、なんとか気力を奮い起こし(ついでに耳もピンと立てて)、シリアスな場を形成するべく、レオに向かって叫んだ。
「リズさんは大事な友だちで、かつてボクが狙われた時には助けてくれたんだよ。だから、今度はボクたちが守るんだよ!」
「リズサン?」
 レオがドヤ顔を訝しげな表情に変えた。
「それは誰のことだ?」
「私だ! リーズレット・ヴィッセンシャフトだぁーっ! 命を狙ってる相手の名前くらい、ちゃんと把握しておけー!」
 地団駄を踏みながら怒鳴りつけるリーズレットであった。

●「インフィニティーってのは何味の茶(ティー)なんだ?」
「……」
 リーズレットと愉快な仲間たち(客演:レオ)のカオス劇場を無表情かつ無言で眺めているのはベルフェゴール・ヴァーミリオン。べつに呆れ果てているわけではない。顔にこそ出していないが、これはこれで面白いと思っているのだ。
 一方、ヒルデ・リーベデルタは感情をしっかりと顔と声に出していた。
「なんじゃ、この有様は!? えーい、もっと危機感を持たぬか!」
「そうだ! 危機感を持て!」
 と、同調したのはヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)。もっとも、彼が言うところの『危機感』はヒルデのそれとは違い、メタフィクショナルなものであった。
「敵も味方もバカ濃度が高すぎるもんだから、いつまで経っても戦闘が始まらねえじゃねえか! リプレイはもう三分の一くらい過ぎてるのによぉーっ!」
 自分もまた『バカ濃度』とやらを上げている者の一人だという事実を無視して、ヴァオはバイオレンスギターを弾き始めた。
『紅瞳覚醒』が戦場に流れ、前衛陣の防御力が上昇していく。
「俺も防御力アップのおまじないをかけておくか」
 奏が『鎧聖降臨奥義(ガイセイコウリンオウギ)』なるグラビティを用いて、熊の着ぐるみに力を注ぎ込んだ。
 着ぐるみの形状が変化し、よりユーモラスな姿になったが、エンチャントの対象は奏自身ではない。ヴァオと同様、前衛陣である。そして、前衛陣の中には、奏にとってなによりも大切な存在――リーズレットがいる。
 他の仲間たちに合わせて(?)ふざけた格好をしている奏ではあるが、その心の中では怒りの炎が燃え上がっていた。言うまでもなく、レオに対する怒りだ。
(「リズに手を出したことを後悔させてやるぞ」)
 そんな彼の胸中を読み取ったのか、和が肩を軽く叩いて――、
「奏さんもヴァオさんもその調子で頼むで!」
 ――地を蹴り、スターゲイザーをレオに見舞った。
 続いて動いたのはパピヨンマスクのソロ。
「イエローはカレーでも食べてなさい!」
 挑発の言葉とともにスパイラルアームを繰り出し、レオの防御力を削っていく。
「ちなみに私は中辛が好き!」
「俺は甘口のほうが好きだぜ!」
「いや、アンタらの好みなんて、どうでもいいさね……」
 ソロとレオとやりとりに呆れながらも、千尋もスパイラルアームで攻撃した。
 だが、レオは連続攻撃に怯む様子も見せずに反撃に転じた。
「イエローKを食らえ! ちなみに――」
 トンファーを素早く動かし、刃物ように鋭い突起で斬りかかる。標的はリーズレット。
「――Kは『カッター』の略だからな!」
 だが、斬撃を浴びたのはマルティナだった。咄嗟に盾となったのだ。
 トンファーに斬り裂かれても動じることなく、彼女は跳躍した。血と衣服の破片を撒き散らして放った技はスターゲイザー。
「カッターはCだぞ……などと言っても無駄か」
 スターゲイザーを命中させると、マルティナは肩をすくめて溜息をついた。
「ある意味、天才だな。ここまで来ると……」
「とぅはははは! そのとおり! 俺は天才なのさ!」
「皮肉だ、ドアホ」
「皮肉ってのはなんの肉だ? 美味いのか?」
「鶏肉の美味しさには適いませんわ!」
 と、レオのボケにボケを重ねたのは淡雪。
 鶏の着ぐるみの翼を大きく広げて(足下で彩雪が同じポーズを取っていることは言うまでもない)紙兵を散布しながら、彼女は叫んだ。
「チキンのT!」
 レオを揶揄するために言動を真似ているのだ。しかし、その姿が醸し出す痛々しさは真に迫っており、本家のレオを軽く越えている。
「あ、淡雪さん……レオのバカが感染っちゃったんだよ……」
 マルティナを気力溜めで癒しながら、瑪璃瑠が悲しげな声を絞り出した。淡雪に向けられた眼差しは、悲劇の犠牲者を見るそれだ。
 ポーズを決めたままの淡雪の横にテレビウムのアップルが現れ、『おバカな娘ですみません』とばかりに頭を下げた。
 だが、当の淡雪は澄まし顔。
「なにを仰ってるの、リルさん? 私はなにも間違っていませんわ。だって、チキンは『THIKEN』ですもの」
「そんなわけねーだろ!」
 ヴァオが割り込んできた。元・教師として、無教養な発言を放っておくことができないのだ。
「チキンの頭文字はNだ! 『NIWATORI』だからな!」
 ……なぜ、この男が教師になれたのだろう? 日本の教育システムには重大な欠陥があるのかもしれない。
 彼らの一連のやり取りに巻き込まれないように距離を置いて、リーズレットがレオに問いかけた。
「ところで、レオとやら……なにかこう、薬的なモノのことを知ってたりしないか?」
「薬? なんのことだ?」
 レオは首をひねった。知らないのか、あるいは知っていたのに忘れてしまったのか。なんにせよ、知らない振りをしているわけではないだろう。巧みに嘘をつけるほどの知性がこの男にあるはずがない。
「よく判らんが、貴様はその薬とやらを手に入れるために俺を襲ったのか?」
「違ーう!」
 またもや地団駄を踏むリーズレット。
「襲ってきたのはおまえのほうだろうが! もう忘れたのか!?」
「そうだっけ? ところで、貴様は誰だ?」
「リーズレット・ヴィッセンシャフトだぁーっ! いいかげん、覚えろー!」
「うむ! 覚えたぜ! 二度と忘れない!」
 自信に満ちた声で宣言して、レオは攻撃を仕掛けた。いや、『レオたち』と言うべきか。五体の分身を生み出し、すべての前衛を同時に攻撃したのだから。
「これぞ、必殺のイエローO! Oはなんの略か忘れたけどな!」
 瞬く間に一体に戻り、哄笑を響かせるレオ。
「もしかして……オルタナティブ?」
 瑪璃瑠が呟くと、レオは一体に戻り、哄笑を響かせた。
「そう! オルタナティブだ! 意味はよく知らないけどな! とぅはははははは!」
『オルタナティブはAだ』と指摘する者は一人もいなかった。

●「エクセレントはエキセントリックの最上級!」
 数分後。
「とぅはははは!」
 レオはまだ笑っていた。ケルベロスたちとの激闘(?)によって、満身創痍になっているにもかかわらず。
 劣勢を認めることは、武人としての矜持が許さないから……というわけではなく、劣勢であることを自覚していないだけなのだろう。
 しかし、ケルベロスのほうは状況を正確に把握していた。
「とぅはははは! リーズレットさんを狙う死神さん! 命を狩られるのはアホ丸出しなキミのほう!」
 レオの笑い声を真似ながら、月岡・ユアがゼログラビトンを発射した。
 エネルギー光弾がレオの前面で炸裂。
 その残光が消えぬうちに治療役を務めていた瑪璃瑠が攻撃役に転じて走り出した。いや、『瑪璃瑠たち』と言うべきか。『夢現十字撃(ムゲン・クロス)』という名のグラビティによって、もう一人の瑪璃瑠が現れたのだから。
「分身の術が使えるのは君だけじゃないんだよ! 夢現――」
「――X(クロス)!」
 お互いの片腕を交差させて『X』の字を象り、コンビネーション攻撃を加える二人の瑪璃瑠。
 しかし、そのダメージをものともせず、レオはまたもや笑い声をぶつけてきた。
「とぅはははははは! なんでXのポーズなんか取ってんだよぉ? クロスの頭文字はKだろうが! このバーカ!」
「バカはアンタだよ! クロスはCだろうが!」
 千尋がツッコミを入れると同時に斬撃を浴びせた。斬霊刀ではなく、右腕のユニットから発生させた光の刃で。
 そして、自身のツッコミの余韻が消えぬうちにボケを放った。
「だって、クロスの語原は『CLOSE』なんだからね!」
「違いますわ、千尋様!」
 今度は淡雪がツッコミを入れ、見事なサイドスローでトラウマボールをレオにぶつけた。
 そして、千尋と同様にすぐさまボケ役に変わった。
「クロスとは『黒』の複数形! すなわち、『黒S』なのです!」
「そうじゃないと思うんだよ……」
 瑪璃瑠が遠慮がちに意を唱えたが、その言葉は千尋にも淡雪にもレオにも届いていない。
 そんな面々に絶望的な眼差しを向けて、マルティナが呟いた。
「皆、敵に合わせてボケているのか? それとも、素でバカなのか?」
「もちろん、前者に決まってるだろう。ここにいる面子の中で真正のバカは――」
 奏が戦術超鋼拳をレオに叩きつけた。間を置かず、毛むくじゃらのボクスドラゴンのモラがブレスで追撃。
「――この黄色い野郎だけさ!」
「いや、熊の着ぐるみ姿でそんなことを言っても、説得力が微塵もないのだが……」
 得心のいかぬ顔をしながらも、マルティナは斬霊刀を振るい、『真正のバカ』であるところのレオに絶空斬を食らわせた。
「うぉぉぉぉぉーっ!?」
 レオの口から悲痛な悲鳴が絞り出された。
 だが、奏とマルティナに与えられたダメージに苦しんでいるわけではなく――、
「消えろ! 消えてくれぇーっ!」
 ――先程のトラウマボールによって現れた幻覚に怯えているらしい。
「いったい、なんの幻覚を見てるんだ?」
 ソロが思わず尋ねると、レオは恐怖に震えながら答えた。
「九回裏に2ランヒットを打たれて、サヨナラ負けしてしまうというシチュエーションの幻覚だよぉ! ああ、怖い! 怖すぎるぅーっ!」
「……なぜに野球? なぜに2ランヒット?」
「なんか、よく判らへんけど――」
 首をかしげるソロの横で和がライトニングロッドをスイングさせた。
「――幻覚の2ランヒットよりも恐い現実の3ランホームランを食らわせたってや、リズさん!」
 風を切ったライトニングロッドから電撃が迸り、リーズレットの背中に命中した。エレキブーストである。
「ありがとう、なごさーん!」
 和に礼を述べ、身構えるリーズレット。
「ソロさん! いくぞ!」
「おう!」
 リーズレットに答えて、ソロが『夢幻・万華鏡』(カレイドスコープ・リバース)を発動させ、幻覚でレオを攻撃した。
 レオの体がよろめき、片膝が地に落ちる。
 膝を上げる隙を与えることなく、リーズレットが呪文を詠唱した。
「我が生み出すは青藍の薔薇。常闇より出し無数の薔薇よ、鋭い棘で彼の者を切り刻み、その蔦で薙ぎ払い束縛せよ」
 呪文に応じて、青藍の薔薇が次々と地面から顔を出した。それらは蔓をレオに叩きつけ、棘をレオに飛ばし、そして、体に絡みついて拘束していく。
「ぐぐぐっ……」
 花で飾られた人形のような状態で呻きを漏らすレオ。
 顔には何重にも蔓が巻き付いている。その隙間から覗く目がリーズレットに向けられた。
「どうやら、俺の負けのようだな」
 知性というものをどこかに置き忘れてきたレオといえども、さすがに自分の敗北を悟ったらしい。
 いつになく(もしかしたら、生まれて初めてかもしれない)シリアスな顔をして、彼はリーズレットに言った。
「最後に……一つだけ、訊いておきたいことがある」
「なんだ?」
 と、リーズレットもシリアスな顔で応じた。
 しかし、レオが発した質問によって、シリアスな空気は雲散霧消した。
「おまえは誰なんだ?」
「だから、リーズレットだって!」
「うむ! 覚えたぜ! 二度と忘れない!」
 自信を込めて、レオは言い切った。
 そして、死んだ。
 きっと、息を引き取る直前にリーズレットの名前は忘れただろう。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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