不倫、それは究極の破滅型恋愛

作者:質種剰

●激情爆走中
 ひと気のない空き地。
「不倫こそが究極の愛の形よ!」
 異形の嘴と翼を持つビルシャナが、まばらな聴衆相手に何やら必至に捲し立てていた。
「だってそうでしょう? 恋愛は障害があるほど燃え上がるって言うじゃない。そうは言ったって大抵のことは障害になんかなり得ない今の世の中で、唯一無二の確固たる障害、それが既婚、配偶者の存在なの!!」
 その不倫をされた配偶者からしてみれば、このビルシャナのような頭がお花畑の愛人など何度殺しても飽き足らないだろう。
「だから不倫だったらずーっと燃え上がっていられるわけよ。マンネリ知らずってヤツ! それにぃ、奥さんから旦那を奪ってやったって優越感も味わえるし。そのまま略奪愛も狙えるじゃない? やっぱ一度だけの人生だもの。リスクとか後先考えずに人を好きになりたいわよね。その分、打算とか保身とか何も考えない不倫は純愛の証なのよ」
 しかし、ビルシャナは気にせず感情のままに話し続けた。
 あまりに感情論過ぎて前半と後半で論理破綻すら起こしている、詭弁にもならない暴論なのだが、そこはビルシャナ特有の理由のない説得力のせいか、聴衆は増えていた。
「不倫は素晴らしいものよ。私も不倫のおかげで毎日薔薇色になったわ! みんな、真実の愛が欲しければ不倫に励むべきよ!」
 それは相手を愛する気持ちより不倫のシチュエーションに酔っているだけではないのか。
 色んなツッコミどころを果たして理解しているのかいないのか、ただただ無責任に聴衆を煽り立てるビルシャナだった。


「不倫の優位性や素晴らしさを幅広く説くビルシャナが見つかったでありますよ」
 小檻・かけら(麺ヘリオライダー・en0031)が、困惑した様子で説明を始めた。
「七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)殿が調査なさった結果、埼玉県郊外の空き地でビルシャナが演説していると判明したのであります」
 かのビルシャナ大菩薩が絶命する際に零れ出た光の影響で、日本各地にビルシャナが増えている。
 この度現れた『不倫至上主義ビルシャナ』も、大菩薩の光を知らぬ内に浴びて、後天的にビルシャナへと覚醒した元人間だ。
「皆さんには、このビルシャナや取り巻きの信者達と戦って、ビルシャナを討ち倒して欲しいのであります」
 ビルシャナは、形骸的に結婚したものの関係の冷めきった夫婦が多い現状へつけこんで、不倫の必要性やありがたみを布教する事で、全ての人間が激しい破滅型の恋愛に身を焦がす世の中を作ろうと目論んでいるらしい。
「ビルシャナの教義の酷さもさることながら、彼女は一般人を配下へと変えてしまうので、大変恐ろしいのであります。そのような事態にならないよう、どうか討伐をお願いします」
 ぺこりと頭を下げるかけら。
 事実、ビルシャナ化している人間の言葉には強い説得力があり、放っておくと一般人女性が配下になってしまう。
「ですが、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、周囲の方々が配下になることを防げるのであります!」
 不倫至上主義ビルシャナの配下となった者達は、彼女が倒されるまでの間、彼女の味方をしてこちらへ襲いかかってくる為、戦闘は避けられない。
 だが、不倫至上主義ビルシャナさえ倒せば元の一般人に戻るので、救出は可能である。
「万一、一般人の配下と戦うことになった場合は、ビルシャナを先に倒すのが先決であります。一般人がケルベロスの皆さんに倒されてしまうと、そのまま命を落としてしまうのであります……」
 かけらはそう付け加えた。
「不倫至上主義ビルシャナは、敏捷性が活きた謎の経文を唱えて、遠くの相手1人に催眠効果を狙ってきたり、八寒氷輪を遠投して複数人を氷漬けにしてくるでありますよ」
 ビルシャナのポジションはジャマー。スマホを投げつけてくる女性配下10人も同様である。
「教義を聞いている一般の方々はビルシャナの影響を強く受けているので、理屈だけでは説得することは出来ませんでしょう。やはり何かインパクトのある演出をお考えになるのが宜しいかと」
 今回ならば、『障害がなく誰からも祝福される恋愛のメリット』を語って対抗するのが良いだろう。
「もしも、恋人や好きな人がいらっしゃる方は、その『恋人さんや好きな人と堂々と会ったりデートできる素晴らしさや人目を気にせず過ごした楽しい思い出』を嬉々として語る……ふふふ、かなりの威力が見込めましょう」
 そう断じるかけら。
「他には、不倫カップルの無惨な末路——略奪愛したは良いものの慰謝料や養育費に苦しめられる生活、親の介護を押し付けられた挙句、新しい愛人のもとへ逃げられる——などのデメリットを並べて、不倫なんて有り得ない! って言い切るのも良いですね。きっと一般人の間に深い後悔を生み、ビルシャナを見限るきっかけになって彼らの目を覚まさせると信じてるでありますよ」
 何より一般人信者らが不倫至上主義ビルシャナの教義を完全に捨てられるように、強い意志で対抗案を推すのが肝心だ。
「不倫における人生の破滅をどれだけ甘く見ているか、不倫という行為自体がどれだけ周りの人間までも傷つけているかを、ビルシャナや信者の方々へようくわからせて差し上げてくださいましね」
 かけらはそう言って説明を締め括ってから、
「既に完全なビルシャナと化した当人は救えませんが、これ以上一般人へ被害を拡大させないためにも、不倫至上主義ビルシャナの討伐、宜しくお願いします」
 皆を彼女なりに激励、深々とお辞儀した。


参加者
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)
七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
月白・鈴菜(月見草・e37082)
エマ・ブラン(銀髪少女・e40314)
朱桜院・梢子(葉桜・e56552)
フレデリ・アルフォンス(青春の非モテ王族オラトリオ・e69627)

■リプレイ


 空き地。
「真実の愛は不倫にこそあり!」
 不倫至上主義ビルシャナと信者たちが不毛な集会を開いているところへ、ケルベロスら9人が降り立つ。
「オレの父は社会的地位が高く母はその愛人だった」
 まずはフレデリ・アルフォンス(青春の非モテ王族オラトリオ・e69627)が、努めて淡々と自らの体験談を語り始めた。
「父は正妻との嫡子より母とオレ達双子の兄弟を溺愛してた……それが元凶で正妻が我が家に乗り込んできた」
 のっけからの過激な展開に引き込まれてか、信者らは真剣に耳を傾ける。
「母も負けじと応戦、二人の般若の大暴れで家が半壊した」
 事実のみをさらりと述べるフレデリだが、現実に起きた事件の回想と思えば胸に迫るものがあるのか、歓声を上げる信者たち。
「父が渋々正妻の元へ行った夜は、母が再び般若と化してたな」
「わかるわその気持ち」
「何度奥さんを八つ裂きにしてやりたいと思ったか!」
 同じ立場のフレデリの母親へ肩入れしては、ますますヒートアップした。
 しかも争いは母親同士だけでは済まなかった——フレデリは続ける。
「兄貴は『正妻が産んだ弟より私の方が優秀だし父上に愛されてるから跡取りに相応しい』と……ごふっ」
 突然咳込み血を吐くフレデリを前に、信者らがざわつく。当然これは血糊なのだが、そうと疑う者はいない。
「これは兄貴に毒を盛られた後遺症だ。異母弟殺るから手伝えと言われて却下したら、双子のオレを口封じに……な」
 皆が皆、フレデリの辛そうな演技を事実だと信じて、彼の身の上へ同情すらした。
「最低なお兄さんね」
 更に服を捲り上げて胸と腹を見せながら言うフレデリ。
「それでこの傷は異母弟にメッタ刺しされた痕だ。『おどりゃクソ庶子、跡継ぎはこのワシじゃあ!』ってよ。この時ケルベロスに覚醒して、弟も兄貴もブン殴って家捨てたわ……」
 とはいえ、あくまでフレデリが話を盛ったのは毒の後遺症へ苦しめられているという一事のみで、他の述懐はかねがね真実だとか。
「うわっ、怖っ」
「なんて浅ましい嫡男なの」
 なればこそ、下手な作り話にはない現実的な展開と登場人物の心の動きのリアルさ、また現実ならではの有り得ない情の薄さが、これほどまでに信者らを引きつけたのだろう。
「不倫は配偶者と愛人、子どもまでもが修羅の道を行く、血で赤い薔薇色の人生だぞ」
 フレデリがビシッと釘を刺すのへも、沈鬱な面持ちで頷く。
「そうね……親同士はまだしも、子どもが争うのは見たくないわね」
「自分の不倫のせいで歪んで育つのは困るし」
 誰も正妻と争うのは忌避しないだけアレだが、ともあれフレデリの説得は成功だ。
「成る程、話は分かったのでござるよ……確かに、全ての障害を振り切って貫くような不倫には真実の愛、があるかもしれないでござるね」
 次いで、ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)は、深く考え込んだ様子で不倫を理解したふうに装うも、
(「恋は人生のスパイス。冷えきった夫婦関係と不倫、拙者にはどちらが幸せなのか分からない。というのが本音でござるよ」)
 その実、未だ真実の愛の探求を続行中——即ち愛を自らの体感で得心していない事もあって、不倫が本当に不幸なのかどうか判断がつきかねているようだ。
「ただ拙者も流石に真実の愛が不倫、というのは聞いた事がなかった故、探求の為にも興味があるのでござる」
 本気で信者やビルシャナの意見を聞きに出向いたつもりのラプチャーだから、知識欲の赴くまま、彼女らへ水を向ける。
「しかし、慰謝料等の金銭面、他の誰かに略奪されるという不安、世間から歓迎もされず、親族や友人等の大切な人達を傷つける……そういう事を本当に覚悟した上で、お主達はするのでござる?」
「慰謝料なんて払えない!」
 だが、そこはやはり歴戦のケルベロス。彼もビルシャナ信者が教義に疑念を持つよう仕向ける話術をしかと心得ていて、実に端的に不倫のデメリットを纏め上げた。
「私はずっと日陰者で良いのに……」
「別に周りの人を傷つけるつもりじゃ」
 尚も不倫のリスクから目を逸らそうとする信者たちだが、その表情の暗さを見ればラプチャーの忠告を否が応でも理解したと判る。
「覚悟がないのなら、後ろ指を指されない関係の中で熱いまま居られるようにお互い努力し続けるのが、良いと思うのでござるよ」
 そんな彼女らを優しく諭すラプチャー。信者らの甘さを目の当たりにして何を思おうとも穏やかな態度は崩さない紳士だった。
 続いて。
「生焼けだと大変だから、よ~く焼かないとね!」
 持参した鉄板の上で、牛革の財布を真っ黒になるまで焼いているのは、朱桜院・梢子(葉桜・e56552)。
(「いつかやってみたかったのよこれ!」)
 何せ修羅場大好きな彼女はもうノリにノった様子で、信者らを怖がらせる為の泥沼劇の準備に熱心だった。
 ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)も梢子を手伝って、降下直後から鉄板焼きやテーブルの準備に奔走していた。
 そして今。
「そこのコロッケーでも食べて待ってて」
 梢子はたわしの乗った皿を指して、テーブルの前にちょこんと座っているビハインドの葉介へ言い放った。
 いかにもコロッケっぽく盛りつけられたたわしの下へ敷いてあるのも、よく見ればキャベツの千切りではなくシュレッダーにかけた紙である。
「……どうしたの? 早く食べて頂戴」
 声音も顔つきもにこやかな梢子だが、目だけ笑っていない。
「……それとももう済ませてきたのかしら? あの女のとこで!」
 ——ガンッ!
 終いには勝手に激昂してテーブルを叩くものだから、葉介が震え上がるのも道理だろう。
「ひぃぃ」
 当然、一連の流れを食い入るように見つめていた信者たちも、飛び上がらんばかりに驚く。
 すると、
「見つけたわよこの泥棒猫!」
「えっ」
 梢子はくるりと信者らの方へ向き直ったかと思えば、苛烈な剣幕で1人へ詰め寄った。
「……あらごめんなさい、人違いだったわ。そうよね、貴女のような聡明そうな女性が人の旦那に手ぇ出すわけないものね?」
「ごごごごめんなさいそこの人じゃないけど出してます!」
 やはりにっこりと微笑む梢子の気迫は美女なだけにもの凄まじく、半泣きになる信者。
 旦那に不倫された妻の憎悪がいかほどのものか、身を以て思い知ったようだ。
「……もしあの女を見つけたら、二度と男を咥え込めないようにあれをああして……」
 梢子は尚もぼそぼそと不穏な事を呟いては、
「あらどうなさったの? 震えてらっしゃるようだけど?」
 信者らの方へ笑顔を向けて、すっかり炭になった革財布をバリバリ引き千切っている。
 壊れた女の狂気を表現するのへ、やる気に満ち溢れた美人の梢子と気弱そうな葉介はまさにうってつけの逸材だといえよう。
「……同じ女ながら怖い」
「でも、奥さんの気持ち解るな」
「うんうん。私も彼が家へ帰るのを見送った後や会えない日は、寂しさや嫉妬から暴れたくなるもの」
 信者たちは梢子の芝居をすっかり信じて、感じ入るものがあったのかひそひそさざめきあっている。


 さて。
「……死にたいの……?」
 信者らへ冷や水を浴びせるかのように、冷たい声音で問うのは月白・鈴菜(月見草・e37082)。
「ひっ!?」
「不倫がしたいというのは……そういう事よ……」
 人からの信用や社会的な立場、全てを擲って倫理に悖る道を選んだのだから、鈴菜の指摘は正しく、反論できない信者たち。
「……もし私が大切な人にちょっかいを出されたなら……その相手は殺すわ……必ずね……」
 鈴菜は正妻側の怒りの深さを低く過激に言い表す。
「……泥棒猫を生かしておく理由なんてあるの……?」
 愛する人を寝取られた恨み辛みが、信者たちにも解らないわけではないだけに、鈴菜の迫力へ息を呑んだ。
「……死ぬのは当然だけど……出来ればその前に生まれてきた事を後悔させてあげたいわね……」
 青くなる彼女らを一瞥して吐き棄てる鈴菜。
「……誰かの好きな人に手を出すというのなら……綺麗事で済むなんてあり得ないわ……自殺願望でもあるのなら……せめて他人に迷惑を掛けない死に方を選んで頂戴……」
「それは」
「……不倫でさえあれば……相手は誰でも良いの……?」
 そして、間髪入れずに彼女らの不倫願望へも切り込んでいく。
「誰でもなんて、だって独身より家庭を築けた人の方が安心感もお金もあるし」
 意地になって反論する信者。
「……お金や身体目当てのような関係でも真実の愛なの……?」
「そうよ!? 多少条件に合うか見定めたからって好きな気持ちに嘘はないわ!」
 ここまでくればただの開き直りである。
「……もし不倫関係になってしまえば……その好きな人に迷惑がかかるかも、とは考えないの……?」
 信者たちが聞き苦しい反論をすればするほど、鈴菜の声と視線は冷ややかに彼女らの胸を突いて抉り抜く。
「迷惑……私はあの人にとって迷惑」
「だから殺されるのね……」
 信者たちは鈴菜の主張に心を揺さぶられて、本格的に苦悩している。
(「まあ刺激的な恋愛をしたい、というのは分からないとは言わないし、成人同士でお互いに同意の上でならなら不倫でもなんでも好きにすれば、という気はするけどな……」)
 一方、鈴菜へいつも通り台本を渡していた日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)は、内心でそんな事を考えていた。
 流石に毎度小檻へおっぱいダイブして蹴落とされるだけあって鷹揚だが、それが鈴菜の不興を買っているとは気づかない。
「不倫すればどれだけ周囲に迷惑がかかるかについては本当に分かっているのか?」
 ともあれ彼女の指摘を引き取って説得を続ける蒼眞。
「まず不倫をするならその不倫相手の家族には確実に影響が出る、それこそ家庭崩壊しかねないだろうな」
「離婚して欲しいから望む所よ」
「自分の両親についてはどうだ? 大抵の親は子供が不貞行為をして喜ぶとは思えないけど、不倫中だと不倫相手を紹介出来るのか?」
 相手の家族については願ってもないと居直る信者らだが、話が自分の家族に及ぶと、
「む、無理に決まってるでしょ!」
 この有様である。
(「不倫を勧めるのなら男の浮気を勧めるのと同義だと本当に分かっているのか……? そもそも略奪愛が成功したならもう不倫じゃなくなるだろうに……」)
 蒼眞は信者の余りの浅はかさに嘆息しつつも追及の手を緩めない。
「不倫相手の家族が実家に怒鳴り込んだりすれば物理的に迷惑をかける事になるしな」
 事実、不倫において思い切った行動に走るのは愛人ばかりとも限らない。
「子どもの恋愛じゃないんだから不倫相手との子を身籠る事もあるだろう……ちゃんと産ませてくれると良いけどな?」
「うっ」
「もし産めたとしても不義の子ともなればまず戸籍はどうなる? 生活費のあては?」
 間髪入れず詰問する蒼眞に何も言い返せない信者たち。
「不倫相手の親族との確執は当然あるだろうし、相続が絡めば命を狙われる危険すらある……どれも子ども本人の責任ではないのに苦労するのは子ども自身だ」
 確執も命の危機もまさにさっきフレデリが挙げた体験談そのもので、我が子にあんな修羅場を味わわせて平気かと問われたら、幾ら何でも頷けない。
「本当にそこまで考えているのか……?」
 蒼眞の念押しが、水を打ったように信者らをしんと静まり返らせた。
 他方。
「人の恋路を破滅に導く鳥はケルベロスの蹴りで昇天させてやるんだよ」
 エマ・ブラン(銀髪少女・e40314)は、日頃から元気な彼女らしく、今日も義憤に燃えていた。
「不倫で奪うってことはその後に不倫で奪われるのが約束されてるようなもんだよ」
 絹のような銀髪によく似合うシックな色味のスリーピースへ、彼女の明るさとアンティーク趣味がよく表れている。
(「それにしても男女関係は摩訶不思議なんだよ……」)
 そんなエマの表情が一瞬陰る。降下前、機内で蒼眞がお楽しみ中の場面に遭遇したせいだ。
「不倫に応じるような奴がさらに不倫しないなんてあり得ないでしょ?」
 それはそれとして懇々と信者を諭すエマ。お説ごもっともである。
「残るのは後悔と慰謝料の支払いと不倫の果ての破滅を自業自得と糾弾する世間の評価だけなんだよ。本当にそんな破滅的な恋愛がしたいの?」
「嫌よ! いつも周りは勝手に馬鹿だのお花畑だの自業自得だのもう沢山」
「もうやめたい。こんな不毛な関係。添い遂げられないのに慰謝料だけ残るなんて真っ平!」
 エマの簡潔な指摘は信者らの心へシンプルながら強い打撃を与えたようで、とうとう彼女たちはぽろぽろと本音を零し始めた。


「不倫して自分一人が楽しいだけの恋愛なんて、究極の愛とは言えないわ」
 七星・さくら(しあわせのいろ・e04235)は、両手指を胸の前で絡めてそっと目を伏せ、いかにも儚げな少女っぽくゆるゆると首を横に振ってから、
「愛とは誰かと共に育むものよ……そう、わたし達のようにね!」
 渾身のドヤ顔をキメてみせた。
「成程、普通の恋愛では物足りぬ故に不倫に走るという訳か」
 彼女の傍らに寄り添うヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)も、どっしりと構えた様子で愛妻へ頷いている。
「だが、不倫などせずとも満たされる愛というのもあると思うぞ。何故なら、私達がそれを実践しているからな」
 かつて、2人が夫婦喧嘩推進ビルシャナの信者たちへやってのけたように、ここからまた怒涛の惚気タイムの始まりだ。
「朝、ちょっと早起きして無防備な寝顔を独り占めしたり、夜、遅くまでお喋りしたり、飲み明かしたり……『おはよう』から『おやすみ』まで夫婦一緒に居られる幸せに勝るものがあるの?」
「うむ、私が先に起きることもあるのだが、我が腕の中のさくらの寝顔を見れば、それだけで一日の活力が湧くというもの。共に出かけたり、酒を酌み交わしたり……共にあるだけで、毎日が楽しいのだ」
 早速夫婦だからこそできる過ごし方を並べ立てられ、眉根を寄せる信者たち。
「キィイ、悔しい! どうせあの人は朝まで一緒にいてくれた事なんかないわよ!」
「そうそう、休みの前の日だって子どもの野球の試合観に行くとかで早朝に帰るから、飲み明かした事もないし」
 愛人と本妻の差を目の当たりにして、自分が幸せか疑うどころかもはや不幸ぶりを曝け出している。
「それに、わたしはヴァルカンさんひとすじだから、嘘や隠し事をして最愛の人を悲しませてまで不倫したいなんて、全く思わないわ」
 満面の笑みで言い切るさくら。
「彼女の笑顔を見れば、確かな幸福を感じる己がいる。最高の伴侶が既にいるのだ、不倫などしようとも思わぬぞ」
 ヴァルカンも妻の肩をそっと抱き寄せて、しみじみと頷いている。
「最愛の伴侶、ってあなたが思ってくれているのが凄く幸せ……強くて格好良くて優しくて頼もしくて、褒め上手で甘やかし上手で、時々意地悪だったり、可愛く甘えたりと、わたしの心をメロメロにさせ続けるあなたは、最高で最愛の伴侶だわ」
 さくらはちょっぴり照れつつも、ヴァルカンの力強い愛の言葉へそれこそ全身全霊で応えようと、
「大好き、愛してる」
 彼の首ねっこへ可愛らしく噛りついて、ヴァルカンのそれにも負けない愛の囁きを返した。
「あ、でも、相手を喜ばせる為の隠し事……サプライズ的な贈り物とかは素敵だと思うのよ。ヴァルカンさん、そう言うの得意だもんね」
 しれっとさくらが夫へ同意を求めれば、何やらトラウマスイッチを刺激された信者たちがいきり立つ。
「……あんな高い贈り物をくれなければ私だって騙されなかったわよ。本気だと思うじゃない!!」
「良いわね、贈り物か……あの人、幾ら言っても奥さんと同じ指輪だけはくれない」
 それだけ、妻への贈り物と愛人への贈り物には明確な差があるのだ。
「ああ、それとさくらは色々と可愛らしいところがあってな、この間も私が帰宅したら、さくらがバニーガールの姿で迎えてくれてな」
 一方、こちらはすっかり惚気スイッチが入ってしまったヴァルカン。
「ふ、既に『何を言っているのだ』という顔をしているな。何、これくらいは序の口だ、安心するがいい……私を驚かせようとしたようだが、あの可愛さときたら3回凌駕をしても足りぬだろうよ」
 ぽかんとした信者たち置いてけぼりで、ひたすらドヤ顔でイチャつき続けている。
「日々の些細な出来事も覚えていてくれて、小さなところでも褒めてくれて嬉しいわ。ヴァルカンさんこそ、前にも花束とか……」
 さくらはさくらで、延々とヴァルカンのきめ細やかな気配りについて惚気ている。
 ラブラブな2人が醸し出す甘い空気に当てられたのか、
「私、あの人と別れる。子どもを危ない目に遭わせたくない!」
「私も! 慰謝料もやだけど、人に後ろ指さされるのは嫌!」
「本妻には勝てないってよく解った……たわし食べるより痛い思いしたくないし」
「無関係な人に糾弾されるくらいなら、きっぱりやめるわ」
 信者たちは皆不倫教義の呪縛から解き放たれ、正気に戻った。
 ガイバーンが早速彼女らを避難させる一方で。
「何か辛いことがあったのかもしれないけど、だからといってこんなことを許すわけにはいかないんだよ!」
「この売女! 娼婦!」
 全ての元凶たるビルシャナは、怒り心頭なエマのハイキックや梢子の足蹴にを始めとした集中攻撃を喰らい、ボコられていた。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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