ハマナスは短い夏の到来を告げる

作者:ほむらもやし

●北国の海岸
 吹き寄せてくる風には微かな潮の香りが含まれていたが、とても爽やかだった。
「お母さん、こっちすごいきれいだよ——」
 砂浜には絨毯を広げたような緑が茂っていて、濃いピンクの花が沢山咲いている。
「それはハマナスって言うのよ——とってもきれいだけど棘があるから気をつけてね」
「うわっ! ほんとにトゲだらけ。えげつないなー」
 女の子がしゃがみ込んで、ハマナスに顔を近づけた正にその時、海のほうからキラキラと輝く花粉のようなものが吹き寄せて来てハマナスの群落に降りかかる。
 異変はすぐに起こる。
「えげつないってどういう意味?!」
「え? それは——やだっ、なにすんの。やめろ、痛い痛い! いやああっ!!」
 悪口を理解したのかどうかは分からないが、いきなり動き始めたハマナスは遡る緑の滝の如くに立ち上がり、瞬きの間に女の子を巻き込む。そして蔦を編み上げて作ったような翼竜の如き異形となる。
「……うそ、でしょう? こんな……」
 そして突然の出来事に呆然と立ち尽くす母親の方に視線を向けた。

●ヘリポートにて
「ハマナスの攻性植物が発生し、事件を起こすことが分かった。急ぎ対応をお願いしたい」
 ピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)さんの懸念が現実のものとなったと、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は真面目な顔で告げると、北海道日高地方が描かれた地図の一点を指差した。
「現場となるのはこのあたりの海岸。運行を停止中の日高本線の軌道の近く。2015年の高波を受けた跡が生々しく陸側に押し込まれるように曲がった線路が当時のままに残っている」
 従って汽車がやって来る心配は無い。
「到着時点の現地には、ハマナスの攻性植物を一部始終を見ていた母親が居る。目標はこの攻性植物の撃破のみ。数は1体のみで、配下などはいない」
 到着とほぼ同じタイミングで戦闘を開始できる。
「さて依頼は攻性植物の撃破が成功条件だけど、たぶん女の子とお母さんも助けたいと考えるよね。僕からはどのようにすれば良いとは口出しは出来ないけれど、助ける方法は伝えるから、実際に何を目指すかは自分たちで考えて、行動して欲しい」
 注意点として、通常通りの攻撃をして、普通に撃破すれば、攻性植物に取り込まれて一体化している、女の子は間違い無く一緒に死亡する。
 女の子を助けるには、敵であるハマナスの攻性植物にヒールグラビティを掛けながら戦う必要がある。
 しかもただそれだけをすれば、確実に助かるわけでは無い。
 より精度の高い救助を目指すなら単にヒールを掛けるだけではなく、攻撃とヒールのバランスやタイミングの調整や、バッドステータスの性質について配慮も必要だ。
「誰も死なない最高の結果を目指すほど、神経質な戦いになるだろう。時間も掛かる。さらに言えば、敗北するリスクも高くなる。だからやりにくい。くれぐれも無理をしないで下さい」
 ただ、やるからには、全力を尽くそう。
 願いを込めるような目線を向け、ケンジは出発の時を告げた。


参加者
ピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)

■リプレイ

●約束
「僕たちケルベロスが娘さんを助けるよ。安心してください」
 立ちすくんでいた母親の背後から、ピジョン・ブラッド(陽炎・e02542)が呼びかける声が聞こえた。
「たすけ、ケル、ベロス……?」
 突然の出来事にただ眺めるしか出来なかった母親が思考を取り戻すのとほぼ同時、ピジョンの蹴りが強かに異形の植物を打ち付け、次いで、イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は凛とした風を発動する。
 空気の引き締まるような気配が満ちて、狂乱しかけた母親の態度を落ち着かせる。
 しかし目の前で我が娘を拐かされた母の憤り悲しみ理不尽への怒りが消えるはずがない。言動が礼儀正しく見えても内面は火山が蓄えたマグマの様に滾っている気配は、据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)にも感じられた。
「危ない所でしたね。気を確かに。お子さんは、必ず助けます。先ずは安全な所へ下がりましょう」
 赤煙が告げると同時、流星の如き煌めきを纏ったエレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)の蹴りが、身を守ろうと攻性植物の広げた翼部に激突する。
 瞬間、ぶつかり合う力から生じた熱がマッチを擦った時の様なツンとした、焦げた臭いが生じさせた。
「急ぎましょう。あなたに何かあればお子さんが悲しみます」
 足元にまで這い寄ってきた蔦を蹴り飛ばす赤煙の強い言葉、空気を通じて衝撃が肌で感じられるほどの戦いの実際を知った母親は自身が足手纏いにしかならないと理解する。
「了子を、どうか、お願いします」
「はい。必ず——」
 母親は何も出来ない自分に対しての複雑な感情を押し殺して言い置く。察した赤煙は即答する。
 類似の攻性植物の事件を繰り返し解決してきた経験が最悪の事態を回避する術の自信を裏付ける。
「時間かかるけどごめん! 必ず助けるからね!」
 確率を高めることは出来ても絶対にはならない。『必ず』の言葉の重みを知りながらも敢えて言うのは相手を安心させる為だけは無く自分を奮い立たせる為。

●戦い
 母親が立ち去り、砂浜ではハマナスの攻性植物の死闘は激しさを増して行く。
 攻性植物はバッドステータスを重ね掛けしてくるピジョンを露骨に敵視した。しかし捕食しようと蔦を伸ばせばイッパイアッテナが割り込んでくる。当然、その度にイッパイアッテナは蔦の奔流に飲み込まれてぬるぬるの姿になる。
「また、ですか。あまり気持ちのいいものではありませんね」
「長丁場ですからね、焦りは禁物です」
 赤煙はイッパイアッテナに癒しの一手を放つと、敵の巨体の方をあらためて見据える。
 一面に広がっていたハマナスを巻き込んで膨れ上がった攻性植物の大きさは7メートルほど、4トントラックに匹敵するそれを間近で見れば、大きさに圧倒されそうにもなる。
 そして今、少女は攻性植物と共に生きている。
 意識があるのか無いのか、苦しいのか苦しくないのか、それとも平穏な世界の中にいるのか、脚を振り上げ鋭く振り抜く刹那に疑問が過ぎる。
「好きにはさせません。あなたを制圧して、その子を返して頂きます」
 敵へのヒールはピジョンが、うまくやってくれる。万一のときは赤煙もイッパイアッテナも回復を繰り出す手筈なっている。戦いの激しさを表すようにエレインフィーラの顔の左側が氷の如き仮面に覆われている。
「母娘の団欒を台無しにした上に、こんな……。攻性植物、許しません」
 今は有効にダメージが通ることに集中し、エレインフィーラは蠢く巨躯のなかにある急所に意識を定める。
 直後、足先から鋭い衝撃と痛みが伝わってくる。濃い緑の破片が散り、巨躯から悲鳴の如き咆吼が上がった。
「時が戻るように再現し、再生せよ!」
 ピジョンの操る魔法の針と銀糸が切り広げられた攻性植物の傷口を縫いあわせる。
 傷から溢れ出る透明の液体の勢いは瞬く間に弱まり、銀糸が引き締められると同時に止まった。共鳴によってもたらされる充分以上の癒しの効果を確信して、ミミック『相箱のザラキ』の周囲に光の盾を具現化させる。
「他人を助ける為には自分も大事にするべきです」
 イッパイアッテナと共に攻守に渡って活躍していたミミックは機嫌がよさそうな軽快な様子で跳びはねると、攻性植物の大きさに負けないように、大きく口を開き、喰い破らんばかりの勢いで噛みつく。その容赦のないガブリングは傷が癒えたばかりの攻性植物を再度、痛めつけた。
 攻勢を強めれば繰り出すヒールに対してダメージが過剰になってくる。耐久力の上限に余裕のある序盤であればさほど問題にはならないが、戦いが進むにつれて懸念が生じてくる。
 それでも、エレインフィーラは慎重さを忘れなかったし、攻撃の手を緩めることもしなかった。
 ケルベロスたちにとって幸いだったのは、攻性植物が取り込んだ少女の生命を戦いの駆け引きに利用しないこと。少女と一体化しているが為にそうした発想を出来ないとも言えるが、敵が自分の命を守ろうとする行動はケルベロスたちにとって悉く有利に働いた。
「これも私の役割ですね」
 赤煙は敵との間合いを詰めると、さらに一歩前に踏み込んで音速を超える拳を突き出す。衝撃が巨体を突き抜け、同時に身につけていた耐性が霧散した。
 時間は幾ら掛かっても大丈夫とは言っても、長く続く程に攻性植物と同様に、癒やしきれないダメージが重なりつつあったのは、イッパイアッテナとミミックであった。
「私もザラキも、まだ大丈夫ですから、慌てず急いで行きましょう——っ?!」
 敵では無く、共に戦う味方を討たなければならないという気持ちが、それは絶対にしてはいけないと理解しつつも——、してはいけないことをしなければならないという気持ちになって、膨れ上がって行く状況に、イッパイアッテナは相箱と共に催眠状態に落ちていることを知る。
(「だめです。絶対ダメです。でも——」)
 そんな折り、すぐ近くで輝きが爆ぜた。
 地面に黄金の輝きがまき散らされるのを見てからイッパイアッテナは横に跳ぶと、猛烈な頭痛に耐えながら癒術を発動する。次の瞬間、大地に眠る清浄な力が癒力となって権現する。ある者には光、或いは音、肌を打つ刺激に感じられる気配が、もやのように漂う感覚を一挙に消し去る。
(「気をつけていても、これは本当に恐ろしいです」)
「でかい上に醜い……」
 もとの綺麗なハマナスを想像できないほどに、攻性植物の身体は被弾に焼け爛れ、ヒールに癒やされた傷痕には黄土色の膿を滴らせるような、かさぶたに覆われて、目玉の一つは腫れあがった瞼のようなものに覆われている。
『……オカアサンヲカエセ、コロス、コロシテヤル』
 意識を集中させ、癒しの一手を繰り出そうとしていたピジョンの脳に少女と一体化した攻性植物の怒りに似た思いがグワンと叩きつけられる様に響き渡った。
「……不味いね」
「この期に及んで、攻めに転じて来られるとは、気をつけて行きませんと」
 攻めを担当するのに重要なのは、やり過ぎないこと。敵が自らを癒やしている状況では多少の大雑把さはあっても問題は起こらないが、敵が自暴自棄となり守りを捨てて突っ込んで来るのなら最悪だ。
「手早く鎮圧するしかありません——」
 エレインフィーラは、もっとも手早く出来る手立てがあるならとっくにやっていると、自嘲気味に呟き、砲撃形態と変えたドラゴニックハンマーを振り抜いた。
 爆発の熱と衝撃が吹き抜ける。
 竜の如き見た目の攻性植物の片翼がズズンと音を立てて崩れ落ちる。身体に繋がったままのそれを引きずりながら内陸方向に進む動きを見せる巨躯。
「これ以上の攻撃が何をもたらすか、私にも予測は難しいです」
 後ろに引いた拳を止めて、赤煙は進もうとする敵に対し、少しずつ、後ずさる要領で間合いを保ちながら、指の間に数本の鍼を挟んだ。
「私が治療しますから——次はお願いします」
 メディックが癒せば、積み重ねたバッドステータスを総て消し飛ばす可能性もある。それは今、無謀な攻勢に出ている敵に対して、攻撃力を弱める枷を外すようなものだから、危険な状況を作ってしまう。
 ——かといって、倒れてしまいそうな敵を放置し、今、味方の支援に当たるのも上手くない。
「大丈夫。こういうのは物づくりと似ている」
 言葉に応じてピジョンはマインドリング——赫ノ目を手に構えを取り、その動きを察した赤煙は傷だらけの攻性植物に跳び乗ると、沢山の鍼を突き立て、気合いと共にウィッチオペレーションを発動する。それと同時、解けて崩れかけていた巨体が一瞬、跳ねて生気を取り戻した。
「行くよ!」
 再び勢いをつけて動き出そうとする巨体を目がけて、ピジョンは構えた腕の先で具現化した光の剣を満身の力を込めて振り下ろす。瞬間、赤煙の癒術でつなぎ合わされた傷が再び開き、さらに重ねられたプレッシャーを受けて攻性植物は、母親に救いを求める赤ん坊のような咆哮を上げる。
「あと少しですから、もうしばらく我慢してください!」
 積み並べられた大型土嚢の上に避難して身を隠していた母親が姿を見せたのに気がついて、イッパイアッテナが鋭い声を上げる。あと少しで攻性植物の体力を削りきれる確信はあった。
 繰り返した攻撃と癒しによって、竜の如き外見だった攻性植物の翼はもげ、手足はちぎれ落ちて、胴体に口だけを持つ芋虫のような姿と成り果てようとしている。
 もう、これ以上の苦しむことはありません。赤煙が音速を超える拳を突き出す。
 音の壁を突き破る衝撃波が生まれ、目にも留まらぬ速さで、衝撃が巨体を突き抜ける。
 次の瞬間、ばねのように力を受け、衝撃を相殺しようとした蔦が、使い古されて、限界に達した下着のゴムのように弛緩する。
「やった——のか?」
 一行が見守る中、ズルズルとした水音を立てて、巨体は崩れ始め、酸味の強い芳香で砂浜を満たして、崩れ落ちた。

●戦い終わって
 泥沼のように広がった体液と残骸の中心に白い肌の少女の身体が浮かび上がる。
 赤煙はその泥濘の中に、腰ほどまで浸かりながらも急いで進み、この世に生まれたばかりと同じ姿をした少女を抱きかかえる。
「いけません」
 撃破の直後に少女が口や鼻から吸い込んでしまった粘液の一部が気道を塞いで、呼吸をしていないことに気がついて、素早く処置を施す。
「大丈夫です。なんとか、手遅れにならずに済んだようですね」
 上着を被せられたまま眠る少女の顔を見てピジョンも安堵の息を吐き出す。
「意識が戻らないのは心配だけど、寝言を言うくらいだから、きっと大丈夫だと思うよ」
 駆け寄ってくる母親の足音のする方を見遣れば、高波で陸側に押し流され、飴細工のように曲げられてしまった鉄路が見える。
「もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございますぅ! ありがとうございますっ!!」
 娘との再会に涙する母親の背中を叩いて宥めつつ、エレインフィーラは両眸を細める。顔の左を覆っていた仮面は殆ど見えなくなっていた。
 風に乗って、遠くから近づいてくる救急車のサイレン音が微かに、だが確実に音を高めながら聞こえて来る。
 ケルベロスとしての責任は確かに果たした。
 ピジョンがあらためて、離れた海辺の方に視線を移せば、穏やかな波が規則正しく打ち寄せていた。
(「打ち寄せる波には何の害意も無い。時に痛ましい災害をもたらすけれど……」)
 デウスエクスの第二次侵略の始まる前の冬に被災して、それ以来、修復も出来ないままに、現在に至る日高本線の鉄路。
 その被災の痕跡に上に広がるハマナスを含む植物群の強かさに気がついて、ピジョンはハッと気がつく。
 生きてさえいれば、どんな希望にも挑み、叶えるチャンスはあるはずだ。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月6日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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