バーベキューピット・リリー

作者:坂本ピエロギ

 肉の香りをはらむ白い煙が、青空へゆらゆらと昇っていく。
 炭火で爆ぜる脂の音に交じって響くのは、グリル台の肉で色めき立つ人々の歓声だ。
 大阪市内、某所。
 7月も半ばを過ぎたこの日、市内の河原ではバーベキュー大会が行われていた。
 時は折しも、ケルベロス大運動会がアメリカで開催されると決まったばかり。それに向けて会場で開かれているのは、アメリカンバーベキューの催しである。
 牛肉、豚肉、鶏肉。羊に魚、野菜にキノコ……。
 好きな食材を、好きなように、好きなだけ焼いて食べる。料理を美味しく食べる方法は万国共通だ。大人から子供まで、ちょっぴりからたっぷりまで、催しに集まった人々は焼いた肉にかぶりつき、惜しみなく舌鼓を打っていた。
 しかし――。
 大阪城から吹く風に乗って金色の胞子が飛来したのは、その時だ。
 胞子は会場の隅に生えたユリに取りつくと、たちまち攻性植物へその身を変えていく。
「ユリ!」「ユリユリッ!」「ユリユリユリーッ!!」
 真っ白な花弁から放たれる火炎光線。
 会場の人々は美味しい肉もろとも、バーベキューにされようとしていた……。

「いい天気だな、ロク! もうすぐ学校は『夏休み』らしいぞ!」
 鬼飼・ラグナ(探偵の立派な助手・e36078)は今日も相棒のボクスドラゴンを連れて、昼のヘリポートを元気に駆け回っている。
 代々続く巫術士の家を喧嘩同然に飛び出した後、家族と和解して1年。オラトリオの少女は今日もケルベロスとして、探偵助手として、自分の道を歩み続けているようだ。
「ダ~ン~テ~! 俺が頼んだ調査結果はどうだった?」
「例の件っすね? ドンピシャだったっすよ、ラグナさん!」
 ラグナが向けるキラキラとした視線に黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は頷くと、持っていた地図を広げた。
「大阪市内に攻性植物の出現が予知されたっす。場所はバーベキュー会場付近の河辺、敵は白ユリ型の個体が3体。現場の避難は済んでるんで、急いで排除をお願いしたいっす!」
 敵はいずれも回避が高く、炎を付与する光線に加えて、肉の焼けた良い香りを放って空腹を煽る、少し変わった攻撃をして来るとダンテは付け加える。
「事件が起こるのはお昼前。戦いが終わる頃にはお腹が空いちゃうかもっすね……けど!」
 そんな皆さんに耳寄りな話があるっす、とダンテは話を続ける。
 戦いが無事に終われば、アメリカンバーベキュー大会に参加して行けるっす――と。
「アメリカのバーベキューか! なあダンテ、例えばどんな料理が食べられるんだ?」
「そっすね、牛肉や豚肉の料理だと……」
 ラグナの問いに、ダンテは会場で供される料理の一部を挙げる。
 リブアイステーキ――牛の背肉の最も柔らかいリブロースを骨付きでカットして焼いた、別名トマホークステーキとも呼ばれる一品で、圧倒的な肉を堪能したい人にお勧めだ。
 スペアリブ――肋骨つきの肉をじっくりと焼いたこの部位は、一皿で二度美味い。ソースと髄液の馴染んだ肉を噛み締める美味さが一つ。骨周りにへばり付いた肉をこそげ落として食べる美味さが一つ。最後には綺麗になった骨だけがカランと皿に残る事だろう。
 プルドポーク――スパイスとソースをまぶした豚肉を、時間をかけて焼いたもの。丹念に脂を落とした肉は優しくホロホロと崩れて胃にももたれず、野菜と一緒にサンドイッチに挟んで食べると絶品だ。
「食べられる料理は他にも沢山あるっす。ハムやソーセージ、鶏や羊、魚介に野菜。多すぎてお伝え出来ないのがマジで残念っすけど……」
 どんな食材を、どのくらい食べたいか。この2つが決まってさえいれば、お目当ての料理は大抵見つかるはずだとダンテは言った。
「好きな物を焼いて、皆でワイワイ楽しく食べる。それがバーベキューの醍醐味だと自分は思うっす。魚介や野菜を一杯焼いて食べる、なんてスタイルも素敵だと思うっす!」
「わああ、楽しみだなロク! 皆と一緒に頑張ろうな!」
 目を輝かせるラグナにダンテは親指を立てると、改めてケルベロス達に一礼した。
「それじゃあ、出発するっすよ! 攻性植物をぶっ飛ばして、バーベキューも楽しんで来て下さいっす!」


参加者
ティアン・バ(焔の褥・e00040)
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
鬼飼・ラグナ(探偵の立派な助手・e36078)

■リプレイ

●一
 バーベキューの会場は、大阪市内を流れる川の川縁にある。いま会場に人の気配はなく、器具の火も落とされていた。
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は場内の片隅にある広いスペースに陣取って敵が来るのを待ち構えていた。ここなら設備も肉も戦いには巻き込まれない。
「BBQ場の攻性植物……お残しされた野菜からの反撃なのでしょうか」
 楽しいイベントに水を差すなど無粋なデウスエクスもいたものだと思う。会場を襲うユリ型攻性植物を排除するため、カルナと琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)は息を潜めて敵が現れる時を待っていた。
 夏風が、焼けた肉の匂いを運んで来る。
 新条・あかり(点灯夫・e04291)はそれが、豚肉の匂いである事に気付いた。それもついさっき焼き上がったという匂いではない。すでに焼いて脂を落としたものを、余熱で芯までしっかり加熱している、そんな匂いだ。
(「ひょっとして、あれがプルドポークかな」)
 あかりが連想したのは、彼女が密かに気にしていたBBQ料理だ。
 あかりは今日がBBQの初デビュー。攻性植物化したユリの花は気の毒に思うが、ここはお肉の……いやいや、人々の平和のためにひと肌脱がねば。
「ではホゥ、手筈通りにな」
「了解しましたティアンさん。ラートナー、行きましょう」
 ティアン・バ(焔の褥・e00040)と打ち合わせを終えたホゥ・グラップバーンは、相棒のライドキャリバーと共に所定のポジションへと移動する。
 ホゥは後列で回復を、ラートナーは中衛で遊撃を担当だ。
 櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)はそんなホゥと挨拶を交わし、先程から盛り上がっている仲間にちらりと視線を向ける。
(「肉を焼いて盛り上がるのも良いが、色々備えも必要だろう」)
 俺は大人でメディックなのでな――。
 そんな思いで彼が見つめるのは、鬼飼・ラグナ(探偵の立派な助手・e36078)だ。
「B・B・Q! B・B・Q! えへへ、楽しみだなぁ!」
 天真爛漫な笑顔でボクスドラゴン『ロク』と戯れるオラトリオの少女は、千梨の事務所で探偵助手とケルベロスの二足の草鞋を履いている。
 無邪気に張り切るラグナの姿は、千梨の目にはどうも無鉄砲で危なっかしい。依頼で一緒に戦ったのは去年の冬が最後、あれからこの助手はどれ位成長したのだろう――。
「頑張ろうな、ロク! お花に悪さはさせられない!」
 そんな千梨の心配など露知らぬように、ラグナは慣れた動作でエアシューズを装着した。はしゃいでいてもケルベロス、戦いの備えを怠る事は決してない。
 いくらも経たないうちに、河原の向こうからユリが歩いてきた。
『ユリッ!』『ユリユリ!』『ユーリユリユリ!』
 大人程の背丈をした3本のユリ達は、白い花をわさわさと揺すりながら、きょろきょろと獲物を探し回っている。何とも牧歌的な光景だが、彼らがやろうとしている事は平穏とも長閑とも程遠い。
 そこへ淡雪が、太った鶏のファミリア『彩雪』を従えて、仲間達と道を塞ぐ。
「お待ちなさい。ここから先へは通しませんわよ!」
『ユリッ!?』『ユリユリーッ!』
 果たして淡雪の言葉が通じたのか、攻性植物達は白い大花を肉食獣の顎のように開くと、ケルベロスを排除せんと襲い掛かるのだった。

●二
 ティアンはリボルバー銃を抜き放つと、グラビティで具現化した幻影の花々を河原の一面に斉放した。
「花の世よ、在れ」
 川の飛沫に混じって飛散する光の泡粒がケルベロス達の後衛を包み込み、その火力を押し上げていく。泡を浴びたカルナは、体中に力がみなぎって行くのを感じながら、攻性植物の懐へ一跳びで踏み込んだ。
「恨みはありませんが、倒れてもらいます。リブアイステーキのために!」
 ぶん、と音を立てて青い尻尾が薙ぎ払われる。
 カルナの最後列から狙いすまして放たれた一撃は寸分たがわず標的を捉え、攻性植物達をその場に転倒せしめた。
「生憎だけど、グラビティ・チェインは渡さないよ」
 あかりは左端のユリに狙いを定め、降り注ぐアネモネの雨を浴びせた。
 彼女の『壊れゆく希望』が敵に見せるのは偽りの甘い希望。それを切り裂くのはナイフのように鋭い一言だ。
「本当は知ってるんでしょう? その願いが叶わないってこと」
『ユ……ユリイィーッ!』
 どんな夢を見ていたのやら、怒り狂ったユリは香しい芳香をあかりに向けて放つ。
 河原に漂うジューシーな肉の匂い。それを吸い込んだあかりの脳裏に、ほかほかと湯気を立てる子豚の丸焼きが鮮明に描き出される。パリパリに焼けた狐色の皮を切った中から現れるのは、香草の香りが満遍なく染み込んだ純白の豚肉だ。
「あ……あれ、何だかお腹が」
「大変ですわ! いま回復しますわね、あかり様!」
 くう、と腹の虫を鳴かせるあかりを癒そうと、淡雪は即座に動いた。
 淡雪の意思を受けて、彼女の起伏に富んだ身体を包むオウガメタルが濃密なオウガ粒子を散布していく。最後列から放たれたそれは、身体能力の強化と共に状態異常をも除去する力を有するものだ。
「治療完了ですわ。あかり様、支障はありませんか?」
「大丈夫。ありがとう」
 テレビウムの『アップル』に凶器を持たせ、攻撃をけしかける淡雪。戦闘中の主人そっちのけで会場の肉へ視線を注ぐ彩雪。長い耳をちょっぴり名残惜しそうに垂らすあかりの横では、千梨が2体のユリからBBQの芳香を吹きかけられていた。
「ああ……これは効くな」
 千梨の脳裏に再生されたのは、こんがり焼いた唐黍であった。
 今まさに旬を迎えた黄色いコーンの粒が、グリルの上で炭火に炙られてパチパチと弾け、キャラメライズされた菓子のごとき官能的な飴色の焦げ目で千梨を誘惑してくる。
「これはビールが欲しく……いやいや、何を言っているんだ俺は」
 これでは戦いに集中できなくなる。そう感じた千梨は暴れる腹の虫を頑張って押し留め、エクトプラズムを具現化した。
 生成した疑似肉体と、ホゥが歌う「想捧」の旋律で空腹を消す千梨。敵へ視線を写してみれば、ユリの1体が相馬・泰地の蹴りを浴びて転げ回っていた。
「相馬・泰地、見参! 攻性植物討伐に手を貸すぜ!」
 荒れ狂う旋風斬鉄脚が、深手を負ったユリの身体を薙ぐ。
 ラグナは倒れ込む攻性植物めがけて河原を疾走し、ありったけの速度と力を込めて流星の蹴りを撃ち込んだ。
「トドメなんだ! 食らえ!」
『ユ――ユリィィィ!!』
 直撃を浴びた攻性植物が、光の粒となって消滅する。
 残るユリは、あと2体。

●三
 仲間を失った攻性植物は、怒り狂って燃焼効果を持つグラビティ光線を放ってきた。
 そのうち一撃をティアンは防ぐと、カルナを狙ったもう一撃を盾となって庇う。
「平気か、ティアン」
「大丈夫だ千梨、大した事はない」
 千梨の散布するオウガ粒子を浴びながら、ティアンはリボルバー銃の斉射でユリの隊列を制圧していく。彼女の身に残る微かな炎は、ロクが施していた属性インストールの効果によってかき消えた。
「僕の一撃、受けてみる?」
 朱い花びらのバトルオーラが、あかりの掌から気弾となって発射された。
 狙われたユリはそれを回避しようとするが、カルナとティアンに身動きを封じられたユリに避ける術はない。追尾性能を持つ気咬弾は攻性植物の太い茎に容赦なく食らいつき、その身を抉り取った。
「もう一息ですわね。頑張りましょう皆様!」
 淡雪がサキュバスミストでティアンを包み込む横では、負傷を重ねた攻性植物めがけて、ラグナとカルナが攻撃を仕掛けていた。
 決着は間もなくだ。
「逃がさないんだぞ!」
「風よ、嵐を告げよ」
 ラグナのドラゴニックハンマーが大気を轟かせながら竜砲弾を吐き出して、ユリの回避を完封。そこへカルナは異次元相から氷晶を伴った嵐を召喚し、魔力を帯びた氷で攻性植物を包み込んだ。
 カルナが駆使する『凍楔破砕嵐』の氷は、いかなる高温でも決して融ける事はない。極寒の氷に全身を包まれたユリは、悲鳴すら上げられずに絶命する。
『ユリユリ!』
「ぐぐっ! こ、こんな攻撃効かないぞ!」
 最後の1体が悪あがきで放つ芳香を浴びて、腹の虫が暴れ出すのにも構わずに、ラグナは仲間達と一斉攻撃を浴びせて攻性植物を撃破した。
「お疲れ様だ、ラグナ。見事だった」
「ありがとうなんだ、千梨! ……うう、安心したらお腹が減ってきたぞ」
 ラグナは一瞬しゃきっと伸ばした背を、すぐにへにゃりと曲げた。戦いが終わって腹ペコの効果が切れたと思ったら、今度は本物の空腹が襲ってきたらしい。
「ふむ。そればかりは俺のヒールでも治せんな」
 気づけば周辺の修復は終わり、川縁には平和な空気が戻りつつある。
 時間はちょうど昼飯時。抜けるような青空はBBQにもってこいの日和だ。
「それじゃ、会場の方にも連絡しちゃいましょうか」
「了解なんだ! へへ、お昼ご飯が待ち遠しいぞ!」
 カルナとラグナが連絡を済ませると、ケルベロス達はさっそくBBQの会場へと足を運ぶのだった。

●四
 グリル台やBBQピットには再び火が点され、白い煙が青空へと昇り始めた。
 炭火で炙った肉は、どれも文句なしに美味そうだ。汗を拭きつつBBQに勤しむ人々も、皆充実した表情を浮かべている。
「というわけで、僕達も!」
「バーベキューするぞ」
 グリルの準備を完了するカルナ。食材を高らかに掲げるティアン。
「器具よし、材料よし、準備よし。では、いざ焼かん」
 そして千梨が炭に着火すれば、待ちに待ったBBQの開始である。
 カルナは早速、リブアイステーキ用の肉をグリル台にドンと載せた。
「ああ、この香り……! ネレイド、美味しそうですね」
 白梟のファミリアは猛禽の本能が疼くのか、じゅうじゅうと音を立てるステーキを凝視している。分厚くて大きな骨付き牛肉は、まさにトマホークそのものだ。
 火を通し、焼き目をつけ、塩とスパイスを刷り込んだ肉が少しずつステーキへと変わっていく。齧りつきたくなる衝動をカルナは宥め、慎重な手つきで肉をひっくり返す。
「りぶあいすてーき……素晴らしい」
 ティアンも海老やホタテの海産物を焼く傍ら、自分のリブアイを見守っていた。一足先に休ませたプルドポークも、良い具合に食べ頃になっているはずだ。
(「食欲をそそる、良い匂いだ」)
 高まる期待に、ティアンの耳が揺れ始める。
 いっぽう千梨と淡雪、そしてホゥはトングを忙しそうに捌きながら、山盛りの野菜を焼いていた。トウモロコシ、ナス、ピーマン……。下茹でした玉葱や人参にはオリーブオイルを絡め、サラダ油を塗った網の上で焦がさないようにグリルしていく。
 野菜に塗すソースもいい塩梅だ。ビネガーや溶けたバターの香りは、否応なく食欲をかきたてずにはいられない。
「いい具合に焼けましたわね」
 淡雪は、アップルが流す『お腹周りヤバイネー』と顔文字から目をそらし、焼けた野菜を皿に盛りつけた。見ればカルナやティアンの肉も、丁度良く焼けている。
「そろそろ『これ』も頃合かな、っと」
 あかりはそう言って、最後の肉塊を眠りから目覚めさせる。
 じっくり火の通ったプルドポークを。
「わあ……凄いね。なんていうか、うん、凄い」
 台のトレーに鎮座する豚肉を、あかりはじっと凝視した。
 大きな骨付き肉が放つ芳香は、まさしくあかりが戦いの前に嗅いだ香りに相違ない。太い骨をそっと揺さぶれば骨だけが何の抵抗もなく外れ、後にはもうもうと湯気を立てる純粋な肉塊だけが残る。
 厚くスライスした肉をほぐし、コールスローと一緒にパンに挟めば完成だ。
「美味しそう……!」
 こんがり焦げた脂の香りに、甘辛いBBQソースの匂いが絡む。あかりの耳が、生き物のようにぴこぴこと動いた。
「わあ。いい匂いだな、あかり!」
 感激の溜息を漏らすラグナに、エトヴァ・ヒンメルブラウエがサンドイッチをそっと差し出した。プルドポークとチーズを詰め込むように挟んだ豪快な一品である。
「お待たせしまシタ。どうぞラグナ殿」
「ありがとうエトヴァ。凄く美味しそうだ! ロクの分もあるからな!」
 ラグナは嬉しさのあまり、ぴょんぴょんと兎のように飛び跳ねた。
 肉のずっしりした重さが頼もしい。見れば他の仲間達も、今まさに焼けた肉を各々の皿によそっていく。どうやらお待ちかねの時間が来たようだ。
 さあ。手を合わせて、いただきます――。

●五
 BBQの宴が、幕を開けた。
 あかりとラグナはプルドポークサンドイッチを手に、元気よくハグリと齧りついた。
 口の中でホロリと崩れる豚肉からは、噛めば噛むほど旨味が滲み出て来る。一緒に挟んだコールスローの歯応えは、実によいアクセントだ。
 皿の上に並んだサンドイッチは、あれよあれよと瞬く間に消えていく。
(「ふむ。やはり育ち盛りの食欲は頼もしい」)
「どうぞ皆様も遠慮なさらず。まだ沢山ありますかラ」
「あら~? 少しチキンが足りないようですわね?」
 千梨とエトヴァは引率者のような気分で給仕に回る。これだけ喜んでくれれば、作り甲斐があるというものだ。
 同じく給仕に回っていた淡雪は、あかりの肉を狙う彩雪を鉄串でけん制していた。彼女の使い魔は隙あらば肉や魚にありつこうと、眈々とチャンスを伺っているのだ。
「あかり様のお皿に手を出したら……分かっていますわね?」
 ぴゅっ、とグリル台の物陰に隠れる彩雪。
 一方カルナは太い骨をむんずと掴み、リブアイステーキの肉を思いきり噛み締める。
「ああ……この味、素晴らしいです!」
 みっしり詰まった繊維から溢れる肉汁は、さながら旨味の洪水だ。大正義の味とはまさにこれを言うのだろう。ネレイドに分ける肉の切れ端にも少々未練を感じてしまう。
 いっぽうティアンは焼けた魚介を摘まんでいた。殻付ホタテの太い貝柱はバターに濡れて艶やかに光り、醤油を一滴垂らして口に入れればその美味さに言葉を失う。シーズニングを塗ってグリルした海老も、ぷりっとした歯応えが実に良い。
(「これは最高だ」)
 海の幸に舌鼓をうち、焼いたステーキを噛み締めて、長い耳をぴるぴると蝶のように躍らせるティアン。それを見たカルナも、そろそろ魚介のターンとばかりに生の殻付きホタテへ手を伸ばす。
「やはり、ホタテにバターと醤油は外せませんね!」
「皆、肉も野菜も焼けているぞ。好きなだけ食べると良い」
 千梨は肉に野菜にと給仕を続けながら、合間に適当なものを啄んでいる。
 彼の皿には、焼けた具材がいつの間にか増えていくのだ。それも肉に魚に野菜にと、栄養のバランスが整ったラインナップで。
 給仕しているのは、エトヴァである。
「さあ、どうぞセンリ」
「有難うエトヴァ。しかし、給仕される給仕とは笑い話にもならないな」
 麦酒の一杯などあれば――そんな事を言おうとしたところへ、エトヴァは心得ているとばかりにクーラーボックスを開ける。氷水の中を泳ぐ、冷えたビールが眩しい。
 降参だ、と両手を挙げる千梨。この友人は、何から何までお見通しなのだ。
「ホゥも一緒にどうかな、大人の乾杯をば」
「わあ嬉しい。お言葉に甘えて、いただきます!」
 ホゥはビール片手に茸を焼いていた。傘が開いた茸を器がわりに、刻んだトマトと豚挽肉を詰めた一品だ。
「わ! ホゥも美味しそうなの焼いてるな!」
「……茸の肉詰め。そういうのもあるのか。一手間凝っているな」
「あっ、ラグナさん、ティアンさん。茸、良かったらいかがですか?」
 ホゥが焼いているのは成熟したマッシュルームだった。
 お互いに持ち寄った一品を交換し合い、いざ肉厚の茸を噛み締めれば、豚肉とトマトの溢れんばかりの旨味に舌鼓が止まらない。
「千梨! 俺、うまく戦えてたか?」
「ああ、支援のし甲斐があった。本当に腕を上げたな、ラグナ」
 もはや千梨にとって、目の前の助手は助けが必要なヒヨッコではない。
 それが本心である事をラグナもまた察したようだ。顔を真っ赤に目を泳がせると、そうだと照れ隠しのようにポンと手を叩いた。
「俺な、マシュマロ持ってきたんだ! いっぱい焼くから皆一緒に食べよ!」
「焼きマシュマロ……それならいい物がある、焼いていてくれ」
 それを聞いたティアンは荷物をがさごそと探り、美味しそうなお菓子を取り出した。
 チョコレートとクッキーだ。狐色に焼き上がったマシュマロを受け取ると、
「これに、チョコを、こうして、こう」
 焼きマシュマロをチョコレートで挟み、更に上からクッキーで挟めば――。
 アメリカンBBQの定番デザート、スモアの完成だ。
「お、美味しそうだぞ……!」
 サクサクでトロトロの甘々、見ただけで美味と分かるお菓子。ラグナが生唾を飲み込んでいると、あかりが横から話に加わってきた。
「アイスとココアもあるよ。戦闘で体と頭を使った後は、やっぱ甘いものじゃない?」
「おお……素晴らしいな、あかり」
 ティアンの耳がぴるぴると動いた。ラグナもまた、両目をキラキラと輝かせる。
 何という、何という素敵な〆だろうか――。
「ティアンとあかりは天才だな! 千梨も皆も、遠慮しないで食べよ!」
「では、有難くいただくか。カルナもどうだ?」
「もちろん! 食後のマシュマロとアイスは別腹です!」
 暖かいスモアに、冷たいアイスとココア。
 最後を素敵な甘味でしめて、BBQは静かに幕を下ろす。
 大阪の夏、ケルベロス達が紡いだひとつの物語だった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年8月1日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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