夏風の音色

作者:崎田航輝

 りん、りん、と。
 風に揺られて涼しい音が鳴る。
 その響きに惹きよせられるように、歩む人々が道を曲がっていくと──そこにはもっと沢山の音色が並んでいた。
 ころころと、少し乾いて小気味いいのは木製の風鈴。
 艷やかで豊かな含みを持っているのは陶器で造られた精緻な風鈴。
 澄んだ音色を生み出す透明のものもまた、数えきれない程に飾られて。微妙に違った音階を奏でて唄っているようだった。
 街の一角で開かれているのは──風鈴市。
 小さく可愛らしいものや、音色の良さを追究した一品。グラスのように美しいものやカラフルに彩られたもの……千差万別の形と音が、展示販売される催しだ。
 色彩と音に溢れたそこには、多くの人々が訪れている。
 小さな子どもはあれがほしいと指をさし。立ち寄った大人は涼を求めて耳を澄まして。
 夏だけの楽しみに、人々は笑顔を見せていた──けれど。
 美しき音色をかき消すような、罪人の足音がそこに一つ。
「とても、綺麗な音色だ。……でも」
 と、朗々とした声で言いながら、長剣を抜いて市に歩み入るそれは巨躯の男。結ばれた風鈴を断ち切って、目の前に人がいれば切り捨てていく──エインヘリアル。
 血溜まりと共に悲鳴が広がれば、それに喜色を見せていた。
「真に美しいのは、消えゆく者の声だよ」
 罪人は嘯いて刃を振るう。いつしか風鈴の音も、絶えていっていた。

「エインヘリアル、か。相変わらずだな」
 夏風の吹くヘリポート。
 夜色の冷めた声で、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)は予知されたというその出来事について呟いていた。
 イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はそうですね、と声を落とす。
「彼らの凶行は留まるところを知らない……だからこそしっかりと解決したいところです」
 そしてそのためには皆さんの力が必要ですと、言って見回していた。
 現れるのは、コギトエルゴスム化の刑罰から解き放たれた罪人エインヘリアル。風鈴市が開かれている只中に出没し、暴虐の限りを尽くすだろう。
「……街中か」
「ええ。人通りもある一帯です。ただ、今回は警察や消防の協力で避難が行われます」
 こちらが到着する頃には人々の退避も完了している。こちらは討伐に集中すればいいとイマジネイターは言った。
「やることは単純だね」
「はい。迅速な撃破によって、展示品にも被害なく終わらせることが出来るはずです」
 市もすぐに再開されるはずですから、とイマジネイターは続ける。
「無事に勝利できた暁には、風鈴市を見ていってはいかがでしょうか」
 様々な風鈴を眺め、購入することが出来る催しだという。神社の風鈴に願掛けの短冊をかけたり、古くなった風鈴を納めることも出来る。
 無数の風鈴に飾られた道を歩むだけでも、楽しめるはずだと言った。
 ノチユは頷く。
「とりあえずは、敵の排除だね」
「ええ。ぜひ、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう言葉を結んだ。


参加者
八代・社(ヴァンガード・e00037)
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
武田・克己(雷凰・e02613)
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771)
峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)

■リプレイ

●音の路
 爽風に風鈴が揺れ、夏の陽下に涼しく響く。
 音に満ちた街角の風鈴市。快いその色に、本来は笑顔ばかりが訪れる路であったろう──けれど、今そこへ踏み入るのは巨躯の影。
 美しい悲鳴を、さてどれだけ聞けるかと呟いて。
 獰猛な殺意で歩んできた、が。
「戯言を吐くその口は閉じてろよ」
 煌めきの軌跡を描いて、冷たい星が舞い降りる。
 ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)。星色艶めく黒髪を揺らし、巨体の脳天に鋭き蹴り落としを見舞っていた。
「……っ、番犬」
 罪人は衝撃に顔を歪めながら、本能で呟く。
 そこへふわり棚引くのが、空の彩を刷いた短髪。
「そーいうこっちゃ。てめぇの楽しみに為にコッチの楽しみ奪われたく無ぇンでね」
 ──さくっと、終わらせよか。
 へらりとした声と共に、しかと人波を後ろに守るキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)。
 陽光を背に跳ぶと、青空に吹き抜ける疾風のように、真っ直ぐな蹴りを打ち込んで。巨体を下がらせ人々から突き放す。
 よろけた罪人は、そこで複数の番犬が居ると気づいた。
「……僕を斬りに来たのか」
「折角の風鈴市、俺も楽しみたいんでな」
 答えて刀を抜くのは武田・克己(雷凰・e02613)。
 肩を竦めながら、挑発の声音を零してみせる。
「まぁ、お前らみたいな脳足りんには風流なんて理解できないんだろうが……いや、そんな事を考えた俺が馬鹿だった」
 首を降って、わざと笑んでみせると。
「──理解できないことは分かってるからさっさと消えてくれ」
 瞬間、刃に雷光を宿し接近。突き出した一撃で巨躯の腕を強烈に穿った。
 痛みと言葉に、罪人は忿怒を滾らせ斬り込んでくる。
「……殺してあげるよ」
「退くつもりは無いか。毎度毎度ご苦労さん」
 ノチユは路傍の石でも眺めるように、冷えた声を投げた。
「必ず僕達に潰されるのに、懲りる気配とか微塵もないな」
 ああ、それなら罪人になるのも仕方ないか、と。
 言えば、巨躯は一層の苛立ちを露わにし、視野を狭めて前進する。
 けれどそれは番犬の思う壺。気付けば人々は遠く、罪人は包囲網の只中にいた。
 はっと気づくも、既に遅い。
 視界に明滅したのは、洋墨の如き銀。
 美しきドレスを翻しながら、レティシア・アークライト(月燈・e22396)が風に踊らせる煌めきの粒子。
 その気流が皆の心を澄み渡らせて、意識を鋭く研ぎ澄ませた。
「マスター、いつでも」
「ああ、判ってるさ」
 艶めく声音に応えて、滑り込むように疾駆してくるのは灰色だ。
 アレグロを刻む靴音で、死出の序奏を奏でるように。一息に敵に距離を詰める八代・社(ヴァンガード・e00037)。
 幽玄なる残照の刃を奔らせると、敵の心に鮮やかな恐怖を刻むよう。鋭き袈裟の一閃を見舞っていた。
「カイリ、思い切りやってやれよ」
「もちろん、そのつもりだよ」
 次いで後方より駆けるのは、自由なる黒猫。
 ダンスを踊るように社と入れ替わり、抜いた刀で弧を描く、眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)。
 剣閃の月は銀に煌いて、蒼穹を宵空に空目させる。同時に威力は苛烈で、巨体の足元を深々と斬り裂いた。
 罪人は唸りながらも剣撃を返す、けれど社は再び背中合わせに戒李と立ち替わり、刃を盾に防御。直後には──。
「治療はボクに任せて。すぐに癒やしてみせるから」
 コートをゆらりと波打たせ、峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)が濃密な魔力を揺らめかせていた。
 指輪を介して眩い光と化したその力は、一瞬だけ陽光を凌ぐほどに耀く。その光が盾となると、体に溶け込むように同化して傷を消失させていった。
「これでとりあえず大丈夫」
「では、攻撃を続けましょう」
 清らかな銀髪を風にそよがせて。くるりと大槌を手に携えるのはマリオン・オウィディウス(響拳・e15881)。
 声音は淡々と、攻撃には躊躇いなく。砲撃で巨大な爆炎を上げながら──表情は一切変わらず、ただキャスケットが風で飛ばぬように軽く押さえるだけだった。
 後退した罪人に、克己はなお剣先を上げて誘い水。
「その程度か?」
「……誰が」
 歯噛んで再び巨体が走り込んでくれば、火に入る夏の虫。風を巻き込み斬撃を踊らせ、克己は敵の全身に傷を描く。
 舌打ちしながら、罪人は力で押そうと剣を掲げた。
 けれど恵が既に銃口を向けている。
「邪魔させてもらうね」
 明滅するマズルフラッシュ。甲高い音と共に火花が散ると、巨躯の腕が弾き上げられた。
 マリオンはそこへ蔓を滑らせる。
 瞳は怜悧、というより感情の波立ちそのものが未だ浅いのだろう。心を得たはずだけれど、自身の中でその在り方が未だに解せていないから。
「……」
 けれど、力なき誰かが暴虐に晒されることを嫌悪する心はきっと、どこかにある。
 だからここに立っている。だから、惑わない。
 刹那、マリオンは巨体へ植物を奔らせて、そのはらわたを食い破らせた。

●終音
 風鈴が揺れて音が鳴る。
 苦悶を浮かべながらも、罪人はその音色を嘆かわしげに仰いでいた。
「……今頃は、もっと美しい悲鳴で涼んでいたはずだったのだけどね」
「よりにもよって人の断末魔を風鈴扱いか」
 てめえらの感性は揃いも揃って蛮族並かよ、と。社が緩く首を振ればレティシアもエメラルドの瞳を伏せる。
「エインヘリアルが風情など意に介しないことはわかってはいますけれど。それにしても随分と悪趣味ですね」
「大人しく風鈴の音で満足しておけばよかったっていうのにね」
 戒李が息をついてみせれば、罪人は抗うように刃を握り締めた。
「……真に美しいものがあるのに、聞かずにはいられないだろ」
「そうかい、だが」
 と、社は跳んで宙を返り、拳に逆光を纏う。
「いい声が聞けると思ったならお生憎様。今日断末魔をあげるのは、てめえの方だ。──おれ達がここに来たからな」
 刹那、突き下ろす殴打。
 巨躯が鼻っ柱から血を噴くと、戒李も光を飛ばして青い火の粉で敵を包み込み。レティシアはこつんとピンヒールを風鈴に協奏させながら、三日月の刃を振り抜いた。
 苦痛に後退する罪人を、克己は逃さず『森羅万象・神威』。喚んだ残霊と共に大地の気を収束、十字に斬撃を繰り出し爆破の衝撃を見舞う。
「下がるなよ。怖気づいたか?」
「……まさか」
 罪人は言葉と刃を返す──けれどそこに、ぽつりと。
 不意に黒色の雫が注いだ。
「ちょっとばかし、止まっとき」
 それはキソラが呟きながら、そっと翳した手より生み出した虚空。靜と湧き出す無の泉から、色を飲み込むように降ってくる──『禍濫ノ黒雨』。
 その雫は触れるたび浸み渡り、命を蝕むように深き苦しみを運ぶ。
「消えゆく者の声、だっけか。ひとつ自給自足でドーゾ?」
「……っ!」
 命を直接灼くような衝撃に、巨躯が思わず唸れば──キソラは瞳を横へ。
「さ、今のウチや」
「ああ」
 頷くノチユは、膝をつく罪人へ『夜の背』を見せる。小さな足音と共に、敵が眼にしたものは邪の心には眩すぎる星穹だったろう。
 蹲る罪人は、それでも自らの欲だけを糧に這い上がる。
「君達には判らないさ、劈く悲嘆とその後の静謐、その美しさが……」
「静謐ですか。無音の街並みも、鈴音に負けず劣らず気持ちが冷えることでしょうが──それはどうにも遠慮したい冷たさです」
 槌に氷雪を湛え、振りかぶるのはマリオン。
 声を返そうとする罪人に、そのまま殴打を叩き込む。
「お呼びでないと言っているのです、理解しなさい」
 血潮までもが、凍る衝撃。氷花散るその一撃が巨体を地に叩きつけた。
 それでも巨躯は力を絞るよう、起き上がりざまに剣風を放つが──。
「13・59・3713接続。再現、【聖なる風】」
 恵が既に、対抗策を講じている。
 魔術回路の一部を開放することで浄化の力を顕し、治癒の風として場に吹かせてゆく。それが敵の刃風を祓うように消滅させてゆくと、仲間の傷をも拭い去っていた。
 巫山・幽子が気力を与え治癒を進めれば、戒李は視線を動かして──。
「ありがと、幽子。じゃあ、ヤシロ、レティ」
 消えゆく者の声こそが真に美しいというなら、存分に鳴かせてから永遠に黙らせてあげよう、と。
 戒李が言えばレティシアは頷いた。
「そうですね。御自身に、消えゆく声を上げていただきましょうか」
 瞬間、翼猫のルーチェのリングに合わせて銀鎖を奔らせ敵を打ち据える。すると戒李は『山月鬼』──模造の月を背負い、獣性の斬撃で傷を抉った。
 重ねて、社が拳より光弾を撃ち出していく。『魔導発勁・終式』。あらゆるベクトルを魔術回路へ集約、魔力から変換した烈火の如き衝撃で巨体を吹っ飛ばす。
 倒れた罪人へ、マリオンは『Nine-Times Accelerator』。身体の動きと感覚を超加速させて一瞬で間合いを詰めていた。
「キミはどこに墜ちたい? リクエストがあればお応えしますよ」
 尤も──生憎地獄以外の行き先は分かりかねますがね、と。
 答えを聞くまでもなく痛烈な拳で胸部を貫く。
 克己はそこへ跳んで刃を振り上げていた。
「お前自身の脳足りんを恨め。挑発に乗った時点で、こうなるのは目に見えてたろう?」
 だから消えろ、と。
 余り乗り気にもならなかったように、袈裟に深々と斬撃を入れた。
 悲鳴にむせぶ巨体へ、恵は銃口を向けて一撃。
「断末魔って嫌いなんだ……だから静かに消えてくれない?」
 貫いた弾丸が、その命を違わず砕いて霧散させた。

●風の音色
 りん、りん、音が鳴る。
 場を素早く修復することで、風鈴市は再開される運びとなった。今ではもう人も戻り、賑わい始めている。
 克己は人々の無事を確認すると歩き出した。
「じゃ、俺達も楽しみにいくとするかね」
「うん」
 頷く恵も、道を進み始める。
 仄かに反響する澄んだ音。それを聞きながら眺めて歩き──未だ不安そうな人がいれば、言葉をかけていく。
「あいつはやっつけたし、また他の敵が来てもボクらケルベロスがやっつけるから大丈夫だよ」
 その声と笑顔に、人々も安堵の笑顔を浮かべていた。
 そんな人々と景色を見ながら、恵は少し息をつく。
「気がねなくこういうのゆっくり楽しみたいけど、まだまだ先は長いかな」
 戦いはまた訪れるだろう。
 だからそのときはまた護りに、と。思いを抱き、歩いてゆく。

 首尾よく作戦が終わった後は、散策へ。
 社、そして戒李とレティシアは耳朶を擽る音の中を散策し始めていた。
 軒に飾られたものや、アーチのような木の梁に吊るされたもの。
 音も見目も様々な風鈴は、しかしどれもが涼やかで美しく、統一感を覚えさせる。
 戒李は軽やかに歩みながら見回した。
「風鈴の音色があちこちから聞こえてくるよ」
「ああ──この音を聞くと今年も夏が来たって感じがするな」
 くゆる煙の代わりにひらひら揺れる短冊を仰いで、社も一つ頷く。
 レティシアもそっと耳を澄ませていた。
「本当に、夏の暑さの中に涼やかないい音ですね」
 優しい風が吹くと、通り道にある風鈴が時間差を作ってきらきらと鳴る。こうしているとまるで風のかたちを感じるようだ。
「綺麗なものがあれば買って帰りましょうか。戒李さん、マスターもどうですか?」
「そうだね。せっかくだし、記念に何か一つ買っていこうかな」
 戒李がきょろきょろと探し始めると……社も指で顎を軽く触れた。
「風鈴ねえ。サルーンにぶら下げるにはちょいと和風が過ぎる気もするが……」
 ──ま、そいつは今更か。
 夜空の月とは懐が深いもの。
 麗しくもときに騒々しい、そんな酒場ならきっと似合いの飾り場所もあるだろう。
 そうして一人の男は二輪の華と共に、色と音を探し始める。
 風鈴は全てが違う造形と彩色。その数々に目を留めて、差異を楽しむ。それは退屈ではない時間だ。
 そんな中、戒李は一つに目を惹かれた。
「……あ、これ……。黒猫が描いてある」
 そっと手に取るそれは、例えば派手な色使いというわけでも、変わった造形というわけでもない。
 勿論、柄が可愛いとは思ったけれど。妙に、他人とは思えない感じがした。
 ただ可憐なばかりではない、不思議な魅力。
「ボクこれ買おうかな」
 こういう出会いは第一印象が大事。この子が自分の目に留まったのにも、きっと理由があるんだと思った。
 レティシアは仄かに笑む。
「あら、黒猫。愛らしいですね。私はどれにしましょうか……」
 と、硝子製の音が好みだからと探し、見つけたのが美しい一品だった。
 ルーチェが羽ばたいて注目したのも、さもあろう。それはルーチェの翼に似た、蒼と陽光のグラデーションを持ったもの。
 レティシアは瞳を細めて。
「明ける空の色、ですね。これにしましょう。マスターはもう決めました?」
「今、見ているところさ」
 二人の風鈴を横目にしつつ、社は視線を風鈴の間で戯れさせている。
 と、そこで目線が止まった。
「へえ、こいつは」
 そこは遊び心のある作品の並ぶ一角。その中の変わり種を、社は手にとる。
 それは薬莢を使った風鈴。時に鈍く、時に眩く反射する金色が他には無く──金属の擦れ合うチリチリという音が耳に楽しい。
「ま、おれらしいだろ、こういう方がさ」
 逆に自分が可愛い猫でも選べば笑われちまいそうだ、と。
 それを選ぶとレティシアは微笑んだ。
「ふふ、確かに似合っていますね」
「うん、ヤシロらしいよ」
「そうかい。じゃ、決まったなら行こうぜ、二人とも。会計は持ってやるよ」
「あら、宜しいんですか?」
「やった。ありがとね?」
 社が言えば、二人は笑顔を浮かべ。再び並んで歩み出す。
 風が吹いてりんりんと、三人の背に音が鳴り響いていた。

 梅雨の次に来る夏は怠くて心底嫌だと思う。
 だから少しでも涼しい方がいいと、ノチユはひんやりとした日陰を選び、歩んでいた。
 隣に並ぶ幽子は響く音を見上げている。
「とても素敵な音色です……」
「風鈴とか、飾ったことないな。折角だしどれか買っていこうか」
 一緒に仰ぐノチユは、思い立って言った。
 幽子ははいと頷き、早速眺め始める。
 けれどノチユは、そんな隣の姿をちらりと見てふと口を開いた。
「……あのさ、選んでくれる?」
「私で、宜しいのですか……?」
 小首を傾げる幽子に、ノチユはうんと応えた。
 前に選んだ傘、手にとってくれたから。
 ──僕も、貴女が選んでくれたものがいい、と。
 我儘は存外あっさり口に出せて。拍子抜けしたか小さく吐息がもれた。
 ……他の気持ちはもれてないか、不安な気もしたけれど。
 幽子はノチユを少し見つめると。柔い笑みで頷いて……一つを選んだ。
 それは夜色の澄んだ硝子に、星が燦めく風鈴。
「これ?」
「はい。……エテルニタさんみたいに、綺麗だったので……」
 幽子がためらいがちに渡すと、ノチユは受け取って、お礼を言った。
 購入した後は神社へ赴き、無数の風鈴達を眺める。
 硝子や陶器、色と光が煌いて。
 ばらばらな音が不思議と綺麗に聴こえる。
(「全部が同じじゃなくても、いいんだろうな。少し、ずれてても」)
 調和の美しさに実感しながら、歩調は隣に合わせて。
 最後はいつも通り、冷たい甘味でも食べに行こうと。提案すると、幽子が嬉しそうに頷くから──二人はまた共に歩んだ。

 青空の下で、風鈴が小さく踊る。
 風に沿って鳴ると、音色が虹色のように移り変わってメロディを奏でているようだ。
「こりゃ、壮観だネ」
 キソラは歩みながらそんな景色を仰ぐ。
 しかと許可は貰ってから、デジカメで写真をパシャリ。
 風に揺れる短冊、陽光に燦めく風鈴。長閑な軒。夏らしい景色を収めながら、のんびりと散策していた。
 似たような光景はコレまで何度か体験したけれど。
(「自分用に風鈴を手にした事なンて無かったなぁ」)
 ふと思い出しながら、何か買ってもいいかもと思い至る。
「どれがいいかな。今の住処は古い家屋だから、飾るなら渋いのがイイなぁ……」
 呟きつつ、眺めていく。
 風鈴は千差万別で迷うけれど。それでも時代ある建物にもぴったりなものを見つけた。
 それが木製の風鈴。
 木の肌がそのまま模様となっているすべらかな一品で……揺れるところころと、静やかながら趣を感じさせる音が響いた。
「面白い音だねぇ」
 見た目も魅力的で、キソラはそれをお買い上げすることにした。
 歩を再開するキソラは、ご機嫌に、足取りも幾分軽やかに。
「うん。こんな夏もいいンじゃナイ」
 表情は変わらずゆるりとした笑顔のままで、風に流れるよう悠々と歩んでいった。

 進むたびに様々な音色が響いてくる。
 マリオンはその中で、風鈴を眺めていた。
 折角来たのだから、一つ買っていきたいと思ってのこと。
「とはいえ──」
 色のない表情でマリオンは見つめていく。何を選ぼうかと、少し逡巡した。
 手にとったのは金属の艷やかな風鈴だ。
 ガラスよりはこちらの方が何となく風情のようなものはある気がして、だからこれを選ぶのが良いのだろうと思ったから。
 これもまた心の動きだろうか。
 よく分かってはいないけれど……風情とやらを考えられる程度に、己の心はそれっぽく振る舞えているのだろうか?
「……一先ずは、買って帰るとしましょうか」
 聴いていれば或いは、人々のように音に感情を強く覚えるようになるのかもしれない。
 自分がそうなるとは想像しにくかったけれど。
 それでもその音を手にマリオンは歩む。風は少し、爽やかだった。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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