かつて催し物も多かったその場所で、ナニカの残骸が雄たけびを上げた。
『セブーン、エーイト、ナー……おお!!!』
セルフでテンカウントを決める前に、残骸の中からナニカが形を為して行く。
その体は鋼の様であったが、変異修復されるに従って筋肉の様にも見えなくもない。
『さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです』
黒衣に身を包んだ女が囁くと、そいつは腕を上げて再び雄たけびを上げる。
『プロレス一番、喧嘩はニバーン!』
再生中の肉体を引きずり、近くに合った適当な布を顔に被る。
すると変異再生に巻き込まれたのか、それおtも元からのデザインだったのか、布はマスクのように変形して行った。
そして前座にしか出場できなかったソイツは、今度こそ大活躍(大虐殺)すべく、人々の注目を集めに向かうのであった。
●
「死神によって『死神の因子』を埋め込まれたアンドロイド型ダモクレスが暴走しています」
「アンドロイドに改造され、今度は死神に操られる。可哀想と言うべきなのでしょうか」
皇・露(記憶喪失・e62807)はセリカの言葉を聞いて首を傾げた。
話を聞く限り、元に成った人物は大勝負がしたかったようだ。
「思う所は有るでしょうが、放置すれば量のグラビティ・チェインを得るために、人間を虐殺しようとしてしまいます」
「そうですわね。そんなことはさせられません。せめて大一番で葬ってさし上げましょう!」
「それもだけど、普通に倒すと死神の強力な手駒になってしまうから注意な」
相手はケルベロスに倒される事を予想して放って居るので、倒し方に工夫が必要なのである。
「そうですね。このこのデウスエクスを倒すと、デウスエクスの死体から彼岸花のような花が咲き、どこかへ消えてしまいます。それを防ぐには過剰なダメージでトドメを刺す必要があるでしょう」
「フィニッシュ・ホールドとは言わんが、強烈なのをお見舞いしてやれと言う事だナ」
「そういうことなら任せとけ」
セリカの言葉を聞いて熟練のケルベロスが指摘、新人に近い者達も頷いて拳を握る。
「聞いて居る方も居るかもしれませんが。この敵はプロレス技を使用します。体当たり気味のラリアットで殴りつけ、敵を捉えて投げたり関節を決めたりですね。反面、射撃はあまり好まない用です」
もちろん出来ない訳ではないだろうが、格闘の方が得意なので使わないらしい。
「死神の動きは不気味ですが、まずは暴走するデウスエクスの被害を食い止めてください。そして操られた方を今度こそ解放してあげてくださいね」
「任せてくださいまし。気分良く弔って差し上げますわ」
「弔問試合ってとこかな?」
セリカの言葉に露たちは頷き、相談を始めるのであった。
参加者 | |
---|---|
叢雲・蓮(無常迅速・e00144) |
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734) |
源・那岐(疾風の舞姫・e01215) |
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902) |
草薙・ひかり(往年の絶対女帝は輝きを失わず・e34295) |
皇・露(記憶喪失・e62807) |
●
その日の会場入りは粛々としていた。
百貨店側に予め話しを付けた事で、立ち入り禁止と書かれた幕が壁に降りている。
『ワーン、ツー。ワンツー、さんはいっ!』
沈黙を破って誰かの声が聞こえた瞬間、スピーカーから軽快な音がする。
段々と重くなっていくが、傾向としては重低音のサラウンド。
物悲しいという意味の重さでは無く、打楽器を思わせる鈍い重さだ。
『本日のメーン、イエベーン!! 時間無制限一本勝負のタイトルマッチが開~』
「プロレスラーの敵。まさか本当にいるとは思いませんでしたわ」
マイクアナウンスが突如始まる中……。
皇・露(記憶喪失・e62807)は舞台の幕が上がったことを感じながらも、少しだけ戸惑った。
「それにしてもこの放送と、あの垂れ幕は一体……」
「わふ。プロレス……!! ひかりねーちゃん達が百貨店に行ったら、やってくれたの!」
露が首を傾げると、叢雲・蓮(無常迅速・e00144)が胸を張りながら答えてくれた。
どうやら姉貴分の事を尊敬しているのだろう、微笑ましさを感じる。
「前座とはいえ、レスラーとして戦う誇りと闘志は本物で、熱いモノだったはず。その意思を会場側を組んだのかもしれませんね」
なるほど。と同じ様に疑問を覚えていた源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が頷いた。
「そのレスラーの尊厳と誇りを利用し、手駒とする死神の所業は許せません。せめて全力で相対する事で、その魂を解放しましょう」
「被害を食い止めるためにもやるしかありませんわ! お膳立ては整って居るなら、尚更です」
那岐の言葉は露も同様に感じていた。
死神の謀略を防ぎつつ、操られた哀れな魂を開放しようと気合いを入れる。
「相手も大一番をしたいみたいだし、期待に応えてドーンっと派手に戦うのだ!! メインイベント、ってヤツなのだよ!!」
途中で音楽が別の曲に変わる。
蓮は耳をピーンと立てて、腕をグルグルやりながら皆にアピール。
これから試合が、はっじまっっるよー!
『青コーナー! 挑戦者にして引退者。推定体重450パウゥゥン……ファイナルマスク!』
『うおおお!!! プロレス一番、喧嘩はニバーン!!』
一瞬だけ周囲の証明が落ちたかと思うと、スポットライトが侵入者に向けられる!
否、侵入者に非ず。そいつはレスラーだ!!
変異によって2m近い巨漢になっているが、変則マッチゆえにそのくらいで丁度良い。
『対する赤コーナァァァ! MPWC所属……三人合わせての体重は乙女の秘密、スリーゴールドのアテナズ……』
マイクの途中で合いの手が入り始める。
ひ・か・り。ひ・か・り。
はーるかー。
銀子さーん。
もしかしたらファンでもいたのか、あるいは店側の暴走か。
水着を来た黄金の戦女神たち……ゼブラコスチュームの後に、真っ赤なコスや水着の選手(ケルベロス)が現われたのだ!
●
立ち位置禁止の垂れ幕が落ち、白い壁が顕わになる。
そしてスポットライトの代わりに、白壁をスクリーンに見立ててリアルタイムの画像が映し出され始めた!
映し出されたのは三人のレスラー達で、小声で何か呟いているがそこまでは判らない。
「プロレスラーとして、チャンピオンの頂にたどり着ける人はほんの一握り……か」
草薙・ひかり(往年の絶対女帝は輝きを失わず・e34295)は地方回りでよく使われる駐車場へと踏み行った。
新人だとこういう会場が多いし、マイナー団体では上位陣でもこういう場所だ。
「そうですね。私たちは幸い、プロレスラーとしてそれなりの活躍をして、それなりに有名になれたけど、必ずしもそうなれないことも知ってます」
その言葉に稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)は頷きながら、この会場と、大きなハコモノとの差を思い浮かべる。
スポットライトとカメラの煌めくスターダムで戦える者は少数だ。
彼女達が可能で、ファイナルマスク……今は操られている彼の過去が無理だったのは、大きな差である。
「せめて、そうなれなかった方が『道に迷う』事だけはなくなってほしい。それを実現する一歩が、このお仕事かもしれません」
「確かにそうだね」
晴香だけではなく、ひかりもまた、その差を笑う気にはなれない。
こうすれば良かった。などと言う気にもなれない。
できるのは、ただ……。
「でも、できなかったことはあっても、これからできることはある」
「被害が出る前に、止めなきゃ……ううん、それだけじゃないっ」
暗い闇を立ち切るかのように、ひかり達が走り出し……。
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)は三人の中で先駆けてリングならぬ駐車場入りした。
マットはないが、そこにレスラーが居るのであれば、そこはリングである!
電流デスマッチならぬ、コンクリート・デスマッチというやつだ。
そして侵入禁止のロープを飛び越える。
「引退試合だとしても、最高の戦いしてあげる!」
(「あんな感じでリングインしますのね。負けては居られませんわ!」)
銀子はガウンを脱ぎ捨て、近くに設置された机に放り投げる。
その様子を見ていた露は、自身も衣装の上着に指先を這わせ、昂る心と共に脱ぎ捨てた!
「プロレスには詳しくないので我流でいかせてもらいますわ! みなさんも、参りましょう!」
「相手の攻撃に負けないようにガンバルゾーなの!!」
露がケルベロスコートによる隠蔽を脱ぎすてコスチュームになると、蓮たちも続いてリングイン。
「了解しました。とはいえ視界は確保したいもの」
「今回はよろしくね。ちょっと長い戦いになるかもだけど」
那岐は少しだけ遅れて移動し、全員を見渡せる位置に着いた。
そこには晴香が先に待っており、肩を並べて戦う事に成る。
『ググ、グラビ……』
「必要なのはそんなもの? 前座じゃ仕方ないか。でもね、私もプロレスラーだ。言いたいことは一つだけ、掛って来なさい!」
銀子の挑発に、敵はグラビティの収集よりも優先すべき事を切り替えた。
『……敵は倒おおおす!』
与えられた命令の中で、ただ暴れる事を選んだ。
デウスエクスではなく、レスラーとして!
●
ぶつかりあう体はダイナマイツ!
溢れんばかりの力と力が、今、ここに叩きつけられる!
『デストローイ!』
「超一流プロレスラーの“受け”の凄み……その身で味わってから、逝かせてあげるよ!」
迫り来るラリアットはブルドキングへの布石。
そんな事は承知の上で、ひかりは受けて見せた。
喰らって『魅せ』つつもヘッドロックからは逃れ、威力を半減させる。
「やはり、その優れた身体能力から繰り出される攻撃は脅威ですね」
那岐は確かに見た。
首元を狙う強烈な攻撃。倒れなかったのは、ひかりが喉では無く胸元で受けたからだ。
しかしその際に、強烈な威力で胸が激しく揺れたのを確認する。
幾らなんでもこの状況で揺れる様なものではない。それだけ強烈な攻撃だったのだ。
「その攻撃の脅威を少しでも削いでおかなければ。とはいえ、まずは……」
熱く燃えている周囲と違って、那岐はあくまで冷静に優先順を考える。
幾つかの危険性を考慮し、相手の動きを止めに掛ったのだ。
できるだけカメラに移らない様に注意しつつ、衝撃波を放って相手の動きを牽制する。
吹っ飛んだひかりはその間に、ロープを使ってUターン。
「はるか!」
「それ!」
ひかりはラリアットで吹っ飛んだと思わせつつ、封鎖用のロープに飛んで引き返してくる。
もっともそんな弾力は無いので実際には晴香のチェーンと、ひかりが放ったオウガメタルの力だ。
(「……少しだけ羨ましいかな。でも、たまにはこういう仕事も覚えなきゃ」)
晴香は前線に結界の力が届くのを感じながら、後方に構えていることを残念に思う。
しかしタッグで前に出ない者が後ろでフォローするのは当然だ。
前線で戦う事では無く、他者を援護する戦いを覚えようと頭を切り替えることにした。
「キツかったら、変わるよー。派手な戦いはヒラリヒラリ躱すのも良いけれども、ドカンと正面からぶつかるのも王道だもんね!!」
「その時はお願い! でもまだまだ、余裕と言わせてもらおうかしらね!」
蓮はカメラの外で霊刀の力を暴走させた後、ひかりと反対側へロケットの様に走り込む。
そして流体金属性のロープを蹴ってジャンプして、霊威を叩きつけるルチャもどきでアタックだ!
その動きはオウガメタルが反動を制御しており、見事フイナルマスクの元に降り注いだのである!
「ロープワークねっ。良いじゃない。ならトップロープから見かせてもらうわよ!」
ここで銀子は高く飛び、そこから両足を揃えて敵の胸板に攻めかかる。
放つはトップロープからのドロップキック。
いや、その危険な角度はミサイルキックと呼ぶに相応しい!!
着地と同時に片手で身を起こし、相手が組み付く前に立ちあがる。
「好機ですわ!」
そこへ露もロープを使って飛び付いた。
パシンと掌叩いて気合いを入れて、回転しながら闘気を身にまとう。
「はあああああーーー!」
背と尻から相手に体当たりをかける、サンセット・フリップが宙に弧を描く。
その回転運動は、まさにローリング・サンダー!!
『邪魔ダ。ふうん!』
「こんな態勢でブリッジ!?」
だがゴングはまだ鳴らない、ワンカウントも数えない内に跳ね飛ばされた。
プロレスをあまり知らない露にとっては、フォールをブリッジでかわすのも初めての経験だろう。
こうして戦いは次第に激しさ増して行く~!!
●
鍛え上げた体と体。
キャッチとかルチャとか関係なく、レスラーは逞しく戦い続ける。
既に数分の時間が経ち、双方共に少なからぬダメージを負って居た。
『ヌオオ! ギブ? ギブ?』
「の、のーなのだ~。で、でもそろそろ限界かも」
蓮の顔が苦悶に歪む。
力比べから腕を取られ関節を決められてしまい、脂汗を垂らして耐えている。
放っておけば折られるか、ギブアップしてしまいそうなほどだ。
だがこれはシングルマッチではない!
「隙あり……。いえ、カットです」
関節を決めるために動きを止めた所を狙って、那岐の蹴りがファイナルマスクの胴を打つ。
零距離から闘気が放たれる事で烈風が吹き荒れ、相手方のコスチュームが引き裂かれる!
「タッチ交代! 良く頑張ったね!」
「あ、後はひかりねーちゃんに任せたのだよ」
ひかりはダッシュで飛び出しながら、途中で蓮とハイタッチして入れ替わったように見せておく。
そしてフライングニールキックを繰り出せば、上下運動により胸が揺れるのも御愛嬌だ。
「その様子なら大丈夫ね? もう少しみたいだし、ここは削っておくわ!」
晴香は相手と仲間の様子を見て、攻勢に出ても問題無いと判断した。
……あるいはハートに火が点いて燃え上がり、前線に出たいと言う気持ちを抑えられなかったのかもしれない。
「できれば投げたいところだけど、流石にまだ無理かしら? でも、これなら!」
団体で一番脂が乗って居るのは一自分と言う自負からか、晴香はあえて、ひかりと同じニールキックで攻め立てたのだ!
二連続のキックで、たまらず奴も膝を着く。
限界か、限界なのか!?
「追い討ちなのっ~!」
ここで蓮は怨霊を拳に宿すと、両手を組んでハンマーの様に振り降ろした。
ただでさえ下がっている頭を強打するぞお!
『まだまだ!』
「まだ終わりにできないって? 良い覚悟じゃない」
銀子は紋様を気綿出せると、カメラに向けて高らかに指先を向ける。
おおっと、ここでマイクアピールだ!
一気に決めようと言うのか~。
「獅子の力をこの身に宿し……以下略、さあ、ぶっ飛べっ!!」
エルボーがひとぉーつ!
ふたぁーつ!!
三・四も同じで、いつーつ!
怒涛のエルボーが決まった! このエルボーラッシュを前にファイナルマスクは立てるのかぁ!?
『……フォー、ファイブ。ノー! アイム、ネバーギバアァァプ!!』
立ち上がった~!!
ファイナルマスクはまだ闘えるう!
「行きますわよ。これが露の、私の。力ですわ!」
露は全身の力を抜いて、拳に全ての力を集めた。
そして一回転しながら裏拳を浴びせ、猛烈な一撃を食らわせる。
「一度仕切り直して、全員で畳みかけるわよ!」
「過剰なダメージで足さないといけませんしね。了解です」
銀子の掛け声で那岐たちは、一度みんな離れた、そして腕を組み肩を組み……。
(「うーん。プロレス技の方が良さそうだし、みんなに譲るのだよ」)
遠慮した蓮以外がタイミングを合わせて動き出して行く。
さて、ここからは編集画像でお届けする事にしよう。
実際には誰かが倒したのだが、そんな事は些細なことではないか。
「披露するのは我が戦舞の一つ」
「天から降りた女神の“断罪の斧”に、断ち切れないもの、打ち砕けないものなんて、存在しないよっ!」
「私の投げから逃げられると思ったら、大間違いよ」
「はあああああーーー!」
暗紫色の風がリングを覆い、強烈なラリアットが全てを粉砕。
そしてバックドロップに耐えようとしたところへドロップキックが後押し!
『うおお、うお、う……」
「私の全力120%、持っていけ!」
立ち上がるが朦朧と居ているところを、フランケンシュタイナーでフォールを決めた。
「……なーいん、てーん!」
カンカンカン!!
既に立ち上がらない敵に対し、小さなゴングを鳴り響かせる。
その間、みな眼を閉じたままだ。
すなわち瞑目であり、これは10カウントというよりは鎮魂の鐘なのだろう。
それでもレスラーにとっては、鐘とはゴングの事である。
「もし『次』があるのなら、きっとまたプロレスラーになって、そして私に挑んでくるといいよ……!」
来世があるのかどうか判らないが……。
ひかりはきっとあると信じることにした。
「そこはきっとリングと書いて、パラダイスと読むのだ」
「どちらかといえばヴァルハラの様な……。いえ、レスラーならばそうなのでしょうね」
蓮が巧い事言って納めると、那岐はくすりと笑って頷いた。
死後だとかネーミングなど、どうでもよいことだろう。
「ファンとの交流があるんだから、手分けして修復して回りましょうか」
「はーい」
晴香がみんなにタオルを渡しながら、早速ヒールを開始。
「どうだった? ちょっと変則的だけど、これもプロレスなんじゃないかなと思うよ」
銀子がビルの上を見上げると、皆を信じて見守っていた観客がそこに居る。
「前回の相撲と同じく、燃えましたの!」
最後に露はそういって、特大の笑顔を浮かべて拳を突き上げるのであった。
作者:baron |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2019年7月24日
難度:普通
参加:6人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|