プロージット・サマー

作者:坂本ピエロギ

 ビルの谷間へ太陽が沈み、夜の帳が降り始める頃。
 都会の中心を少し外れた公園の茂みで、廃棄された粗大ゴミがガタガタと動き始めた。
「キリキリ……キリキリ……」
 とうに電源は落とされ、朽ちるのを待つだけだったビアサーバー。その中へと潜り込んでグラビティを注ぐのは、小さな蜘蛛型のダモクレスだ。
 絶え間なく注がれるヒールグラビティの力で、廃棄されたビアサーバーはデウスエクスの肉体へと変貌を遂げていく。
「ビビビビ……ビール……」
 ニョキッと生えた4本脚で立ち上がったのは、灯油缶を思わせる直方体のボディ。
 その中央に取り付けられた真鍮のビールタップがくるりと回転し、ビールのようなオーラを噴水のように夜空へまき散らす。
「ビール! ビールイカガッスカー! オイシイヨー!」
 ボディに微かにこびりついた本能がダモクレスに告げている。
 すぐ近くに、ビールの美味しい店があると。
 そこには人間の豊富なグラビティ・チェインに溢れていると――。
「ビール! ビールー! オイシイヨー!!」
 ダモクレスは茂みを飛び出すと、公園の外を目指してのしのしと歩き始めた。

「肉料理が最高に美味い、素敵なビアホールがあるんすよ」
 夕刻のヘリポートにケルベロス達を迎え入れると、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は早々に話を切り出した。
「ココは料理も勿論、主役のビールもたくさん種類が選べてどれも最高に美味しいんすよ。ちょうど夏の時期になって、これからお客さんで賑わうはずだったんすけど……」
 ダンテはそう言ったきり眉間にしわを寄せた。
 その店が、家庭用ビアサーバーのダモクレスに襲われる予知が得られたからだ。このままではビアホールは壊され、店にいた人々も犠牲になってしまうとダンテは告げる。
「というわけで、皆さんにはこのダモクレスを撃破して欲しいっす。現場はビアホールの傍にある公園。園内は無人なんで、人払いは不要っす!」
 ダンテによると敵はキンキンに冷えたビールの歌を歌ったり、美味そうな料理の画像を映して攻撃してくるらしい。どちらも食らうと腹ペコになるという変わったバッドステータスを付与するようだが、戦闘に影響はないので安心して欲しいとダンテは付け加えた。
「戦いが無事に終わったらビアホールに寄って一杯! ……ってのも、良いかもっすね」
 そう言ってダンテは手元のタブレットを操り、参考までにと店のホームページを示す。
 店内は抜けが良い木目調で個室での宴会も可能。供するメニューに目を向ければ、ダンテの言う通り、見るだけでもお腹が空きそうな肉料理がずらりと並んでいる。
「素敵な料理が沢山ありますね。どれも美味しそう……」
 銀色の瞳に好奇心を湛えてつぶやくフリージア・フィンブルヴェトル(アイスエルフの巫術士・en0306)に、ダンテは頷いた。
 この店はポークハム、ソーセージ、生ハム――豚肉の料理がお勧めなのだという。
 ハムは丹念にスモークした肉の風味が絶品で、ビールとの相性は抜群。
 ソーセージは茹で立て・焼き立ての熱々を頬張れば、迸る肉汁の美味しさに言葉を失う。サラミは肉の風味と黒胡椒の香りがギュッと凝縮されて、一度食べ始めれば手が止まらない事請け合いだ。
 生ハムも捨て難い。一本丸ごと塩漬けにした後脚をスライスした切片はまるで薔薇のように赤く、仄かにナッツの香りがする。しっとり汗をかいて蕩ける飴色の脂の甘さと共に口へ入れれば、食べた者に最高の味を約束する事だろう。
「ああ……何だか、もうお腹が空いてきました……!」
「ノンアルコールの飲料も揃ってるっすから、お酒に弱い人や未成年、ドワーフの皆さんも安心っす。きっちりダモクレスを倒して、楽しんできて下さいっすね!」
 こくりと生唾を飲み込むフリージアに微笑んで、ヘリオンの操縦席へと向かうダンテ。
 開放される搭乗口へ、ケルベロス達は準備を整えて乗り込んでいった。


参加者
比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)
小車・ひさぎ(センチメンタルベリー・e05366)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
ウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)
リュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)

■リプレイ

●一
 夕陽がビルの谷間を紅く染める頃、公園には昼の暑気が残っていた。
 道端の樹木に目をやれば、セミの抜け殻がぱらぱらと見える。今年もまた、本格的な夏が始まろうとしているようだ。
「つまり、ビールの美味しい季節が来たという事ですね」
 タキオン・リンデンバウム(知識の探究者・e18641)は現場に着くや、目を輝かせてきびきびと準備を始めた。
「夏と言えばビール。暑い季節だからこその美味しさ、というやつでしょうか」
 タキオンはふっと笑い、冷やした夏の美酒に心を遊ばせる。
 酵母の熟成が進んだ樽生か、ブルワリー直送の鮮度を楽しめるボトルか。お供の肉料理は何にしよう。ひと仕事終えた後の一杯は、きっと美味に違いない。
 だからこそ――。
「ダモクレスには、早急にご退場いただきたいですね」
「うむ。皆の憩いの場を、壊させるわけにはいかぬ」
 準備を終えたタキオンに頷くのはヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)。彼の鉄塊剣は既に抜き放たれ、敵襲にも即応できる状態だ。
 彼の妻を含め、依頼の参加者は総勢14名。随分揃ったものだとヴァルカンは思う。この分なら、戦いも宴会も賑やかに違いない。
「負けられぬな」
「そうやね。さっさと片付けて、御馳走にありつくんよ!」
「ああ。肉料理とビール、それを聞いちゃあ、守らない訳にはいかないからね!」
 ヴァルカンの呟きに頷きを返すのは、小車・ひさぎ(センチメンタルベリー・e05366)と塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)。共にビアホールの一杯を楽しみに、依頼に参加したケルベロスだ。
「全力で行くんよ。ビアサーバーには気の毒だけど……」
「思いきり戦って、思いきり飲もうじゃあないか。それが一番の供養ってやつだ」
「ん。そうやね」
 翔子の言葉に、決意を固めるひさぎ。
 と、翔子の箱竜『シロ』が、主人の腕をしゅるんと離れ、眼前に広がる茂みの奥へ威嚇音を発し始めた。
「来たようですね」
 それを見たバジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)は敵の気配を察知すると、エアシューズを装着して戦闘態勢を取る。
 直後、ガサガサと揺れる茂みから、巨大な怪物が飛び出した。
『ビール! ビールー! オイシイヨー!』
 四脚歩行のビアサーバー型ダモクレスである。
 直方体の体に取り付けられた真鍮のビールタップ、そこから噴出する黄金色のオーラが、隊列を組んだケルベロス達を照らす。
「ルル、援護は頼んだよ」
「任せて、うりるさん!」
 紙兵の散布準備を始めるウリル・ウルヴェーラ(黒霧・e61399)が『ルル』と呼ぶのは、ピンク色のドリルツインテを靡かせる少女――妻のリュシエンヌ・ウルヴェーラ(陽だまり・e61400)だ。
「ビアホールは働くみんなの憩いの場だって聞いてるの。絶対守るのよ!」
 リュシエンヌの言葉を嘲笑うかのように、ダモクレスは攻撃準備を開始する。
『ビール! ゴクゴクーッ!』
「そうはいかん、ダモクレス。我が剣の錆にしてくれよう」
 ヴァルカンは鉄塊剣を振りかぶると、機先を制して地を蹴った。
 すべてはビアホールと夏の一杯と、何より、それを求めて集う人々を守るために。
 いま、ひとつの死闘が幕を開ける。

●二
 ドン、ドンと軽快な音を立て、鉄塊剣を担いだヴァルカンが跳ぶ。
 分厚く重い剣で狙い定めるのは、ダモクレスのボディのど真ん中。小細工なし、真正面からの全力攻撃だ。
「ぬん!」
 間合いへ飛び込み、最後の一歩を跳躍するヴァルカン。
 だがヴァルカンが鉄塊剣を振り下ろすより僅かに早く、肉料理の幻影がケルベロスの後衛へと飛んだ。
『ハム、ソーセージ! イカガッスカー!』
「ああっ! お、美味しそうな肉料理なんよ……!」
 ひさぎを捉えたのは、鍋から上がったばかりの茹でソーセージの幻影だ。
 ほかほかと湯気を立て、たっぷりの粒マスタードを添えたソーセージに、ひさぎはじゅるりと涎を啜る。傷こそ浅いが、精神的なダメージは相当のようだ。
「ぐ……ぐぬぬぬ、なんやこの嫌らしい攻撃は! あ、真っ赤な生ハムが……!」
「フリージアさん、ひさぎさんの回復を手伝って!」
「承知しました、リュシエンヌ様」
 メディック二人の回復支援を受けて、はっと我に返るひさぎ。その前方では鉄塊剣を叩き込まれたダモクレスが怒り狂い、攻撃の標的をヴァルカンへと変えたところだった。
 好機と見たひさぎは御業をその身に降ろし、ダモクレスを狙い定める。
「さっきのお返し、受けるんよ!」
『ナマハムッ!?』
「余所見はいけませんよ、ダモクレス! 魔砲エニグマ、一斉発射!」
 攻撃を察知したダモクレスは防御を固めんとするが、タキオンはそれを許さない。主砲の斉射を浴びて、動きを強制的に縫い止められた。
 ひさぎの頭上に巨大な御業がゆらりと具現化。先んじてクラッシャー二名がエアシューズで敵に迫っていく。
 比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)とバジルだった。
「これは挨拶代わりだよ」
「まずはその動き、封じさせていただきますよ!」
 ウリルが散布する紙兵を従えて、黄泉とバジルが跳躍した。流星の蹴りが立て続けに降り注ぎ、鋼の四脚を蹴り砕く。
 悲鳴を上げながら転げ回るダモクレス。まさにその時、御業の準備を終えたひさぎの背へ、翔子は癒しの力を込めた矢を放って祝福を施した。
「さ、行っておいで」
「ありがと! ――ここから先は、通さないんよ!!」
 ひさぎの御業が牙を剥いて、ダモクレスに襲い掛かる。
 ボンという音と共にえぐり取られる、金庫の如き鋼鉄のボディ。夜の公園にダモクレスの絶叫が響き渡った。

●三
 ケルベロスは守りを固めつつ、じわじわと攻勢を強めていく。
 対するダモクレスは負傷にも構わず、ビールの歌を歌い始めた。
『ビール~♪ ビール~♪ オイシイヨ~♪』
「あっ、ホントに歌うんだ……どこで覚えたんよ!」
 空腹をもたらすビールの歌から、黄泉とバジルを庇う翔子とヴァルカン。大音量の歌唱を真正面から浴びた二人の腹の虫が、たちまち大暴れを始めた。
「あーもー、こんな歌聞いてたら呑みたくなるじゃんか! 後で絶対呑むからね!」
「大した事は……ない。空腹など気合で耐えてみせる」
 この時、翔子ら前衛のメンバーは手厚いBS耐性を有していた。
 ウリルの紙兵、リュシエンヌの翼猫『ムスターシュ』が送る清浄の風、更にはシロが施した属性インストール。だが、それらは即座に効果を発揮する事が出来ない。
 そんな二人の空腹を紛らわそうと、サポートの仲間がエールを送ってきた。
「翔子。ビールと肉料理が私達を待っているぞ」
「ヴァルカンさん頑張って! 美味しいご飯が待ってるわよ!」
 天原・俊輝と七星・さくら。翔子の夫と、ヴァルカンの妻である。
 俊輝は二つ目の守護星座を地面に描き、さくらは声援と共にライトニングロッドで前衛の守りを固めていった。
 それと並行し、最前列のクラッシャー二人も更なる攻撃へと移る。
 空腹が持続するのは戦闘終了まで。ならば戦闘を一刻も早く終わらせるのみだ。
「さあ、一気に攻めるよ」
 レイピアを手にした黄泉がひらひらと戦場を舞いながら、切れ味鋭い刺突でダモクレスと切り結んだ。辺りを包み込む薔薇の幻影。それをかき分けるようにして、バジルが青薔薇の名を冠した小刀を手に迫る。
「このナイフをご覧なさい、貴方のトラウマを想起させてあげます!」
 刀身に映る幻に、ダモクレスは悲鳴をあげて飛び上がった。
 どのようなトラウマを見ているのやら、ビールを噴射しながら暴れまわるビアサーバーの機体を、タキオンはロッドの雷で打ち据える。
「雷光よ、迸りなさい!」
「行こうルル。俺達も攻撃だ」
「うん、うりるさん!」
 それまで回復支援に徹していたウリルとリュシエンヌも、攻撃へと転じる。
「もう逃がさない」
「光よ全ての闇に降り注げ!」
 ウリルの召喚した黒竜の鎖がダモクレスを縛り上げ、リュシエンヌの降らせる眩い光雨が恐ろしいトラウマを呼び起こす。二人のコンビネーションを浴びて、ダモクレスが力ずくで縫い留められた。
「ぶっ飛ばしてやるんよ! くらえええぇぇっ!」
 そこへひさぎがエアシューズで一気に加速し、跳躍。
 狙いすました流星蹴りを、ボディのど真ん中めがけて叩き込む。直撃だった。
『ビ……ビールゥゥゥ!』
 ダモクレスはたまらず、体中から煙を立てて膝をつく。
 後はトドメを残すのみ。翔子は兄弟杖『金針』から電気ショックを放出し、ヴァルカンの生命を賦活する。
「さあ、後は任せたよ」
「かたじけない。――これで決める、いくぞさくら!」
「オッケー! 出し惜しみなしで行くわよ!」
 天からは、さくらの雷。
 地からは、ヴァルカンの刃。
 衝撃と斬撃の咲かせる花に包まれながら、ダモクレスは絶叫を上げて砕け散った。
 戦闘終了と時を同じくして、ケルベロスを苛んだ空腹もまた、消える。
「ふう。終わったね」
「お疲れさん! それじゃ、修復しちゃおうかね!」
 戦いが終わった公園で、黄泉が仲間達を労うと、翔子はさっそく現場を修復し始めた。
 ビアホールの開店時間はもうすぐだ。ぐずぐずしていると店が満員になってしまう。
「頑張りましょう。ビールが私達を待っています」
「ルル、ムスターシュ、今日は思いきり飲んで食べようね」
 タキオンは癒しの雨で、ウリルは紙兵で、仲間達と共に現場のヒールを開始する。
 楽しい宴の時間は、間もなくだ。

●四
 重い音を立てて開いた樫の扉が、ケルベロス達を楽園へ迎え入れる。
 冷房が効いたビアホールは開店直後という事もあり、半ば貸切りのような状態だった。
「綺麗な場所……!」
「ルルはこういう所は初めてだっけ。良かった、気に入って」
 リュシエンヌは木目調で統一された店内に目を輝かせながらテーブルに着席すると、他の仲間達がそうするように、ウリルと一緒にメニューを広げた。
「俺はビールにしようかな。ルルは?」
「ノンアルコールのカクテルがいいな。それから、クリームチーズとパストラミ!」
「いいね、美味しそうだ。ムスターシュにもご褒美をあげないとな」
 そんなやり取りを交わす二人の近くでは、ひさぎがメニューに目を泳がせていた。
 ハム、ソーセージ、サラミ、生ハム……メニューに載ったボリューム満点の料理はみんな美味しそうだ。
 まずはどれから食べよう。分厚いハムステーキか、狐色に焼けたソーセージか。
 今日は巽・清士朗も誘って、二人一緒の宴会だ。思い切り食べて楽しみたい――。
 それから暫し悩み、ひさぎはソーセージを選ぶ。熱すぎないように頼むのも忘れない、何しろ彼女は猫舌なのだ。
「清士朗は決まった?」
「俺はソーセージと焼いたハム、それから生ハムのサラダを。勿論ビールもな」
 清士朗は、迷わずに注文を決めていく。
「ひさぎ、ビールはどうする?」
「いっぱいいただきます。でも肉はもっと沢山!」
 ひさぎは分厚いメニューをめくり、お代わりの候補を探すのに余念がない。
 一方、翔子は俊輝と、彼のビハインドで娘である美雨でメニューを回していた。
「動いて喉も乾いたし、絶好のビール日和だね。アタシはピルスナー系がいいかな」
「俺は黒ビールの苦いやつにしよう。美雨はジュースがいいか?」
 仲間と共にオーダーを済ませながら、翔子は俊輝を見た。
 依頼を終えて夫と酒を飲むのは、随分久しい気がする。
「……呑るかい?」
 カラリと笑う翔子に俊輝はああと頷いて、ただしと付け加える。
「料理と一緒に飲めよ。酒がつまみじゃ、すぐ酔いが回る」
「あァ。ここで潰れちゃ面倒だしね」
 そうこうするうち、ビールと肉料理が、テーブルを埋め尽くすように並べられた。
 拍手や歓声と共に、番犬達のグラスが一斉に掲げられる。
「乾杯!」
「「乾杯!」」
 ジョッキとグラスがぶつかり合い、夏の酒宴が始まった。
 バジルはジュース片手に、サラミに手を伸ばした。しっかりと燻製された赤身の肉に甘い脂が溶けて、最後にツンとした胡椒の辛さが追いかけてくる。
「ふむ。このお肉、実に良いですね」
「やはりこういう季節にはビールは絶品です……!」
 サラミを一切れまた一切れと、黙々と口へ運ぶバジル。
 隣席のタキオンは大ジョッキのビールを呷りつつ、テリーヌをつまんでいた。粗挽き肉とレバーを四角い容器に詰めて焼き、手頃なサイズに切ったものだ。
 程よく塩を聞かせた肉。濃厚なレバーの風味。ビールと合わないわけがない。一杯二杯と酒を進め、タキオンは幸せの吐息を漏らす。
 一方、ひさぎと清士朗も、肉料理を前に舌鼓を打っていた。
「美味いんよ。素材も調理も最高なんよ」
「ああ。この焼いたハムの厚さ、それにマスタードと相性抜群のソーセージ……」
 二人は称賛の言葉を惜しまず、山盛りで注文した料理をビールと共に平らげていく。
 どれも実に美味いと呟く清士朗に、ひさぎは満足そうに笑顔を浮かべた。
「エヘヘー、野生に近い豚肉の味やね。猪肉みたいな味がするんよ」
「確かにな。肉から溢れるこの旨味、暴力的ですらある」
 それでいて、渋みとコクのあるビールが肉に負けていない……そう清士朗は評しつつ、新たに生ハムへ手を伸ばす。肉と酒の宴は、まだ始まったばかりだ――。
 その頃、ウリルはと言うと。
「お疲れ様、ルル」
「ありがと♪」
 皿に料理を取り分けて、リュシエンヌを労っていた。
 他愛無い話をしつつ生ハムとチーズを突いていると、ふと彼は妻の視線に気づく。
 ジョッキのビールを、じーっと見つめているのだ。
「美味しそう……一口……」
「ダメだよ。二十歳になったら、その時は一緒に飲もう」
 妻の成人まであと数か月。
 大人になった時の祝杯は、それまで取っておいて欲しい――。
 ウリルはそう言うと、悪戯っぽく笑って小粒のオリーブを取る。
「今は代わりにこれをあげるよ」
「うんっ! その時は、一緒にお祝いしようね」
 口元の一粒を、リュシエンヌは笑顔でぱくりと頬張るのだった。

●五
 ホールは今や、大勢の客で賑わっていた。
 人々の歓声もまた、酒に酔うには欠かせないものだ。
「乾杯♪」「……乾杯」
 さくらとジョッキを合わせながら、ヴァルカンは静かにビールを飲み干す。
 既にそれなりの量を空けているが大して酔ってはいない。隣でジョッキを空ける妻も同じだろう。何しろ自他共に認める酒飲みだ。
「ヴァルカンさん、この生ハム美味しいわよ。はい、あーん♪」
「……うむ。ありがとう」
 ヴァルカンは周囲を気にする素振りを見せつつ、妻が差し出すハムを頬張る。
 美味い生ハムだった。
 肉と脂の相性が良い。鮮度も素晴らしく、恐らく真っ新な原木から切り出したのだろう。いい餌だけを食べ、畜舎の外を駆け続けた豚だけが持つ濃厚な味だった。
(「こうして楽しむのも、たまには悪くない」)
 二人は熱い視線を見交わし合いながら、酒を頼み、料理を取り合った。
 何を、どれをと尋ねる言葉は、そこにはない。
 それらは二人だけの、無言だが雄弁な会話ですべて足りる。
「ちょっと飲み過ぎちゃったかも……」
「ふむ。俺も酔ってしまったようだ」
 す、と寄りかかるさくらの肩を、ヴァルカンは優しく抱き寄せる。
「大丈夫か? 顔が赤いようだが」
「……意地悪」
 そっと体を預けるさくら。夫婦の時間が、酒と共にゆるゆると過ぎていく。
 一方、そこから少し離れた席では、酒抜きのひと時を楽しむ者達もいた。
 伊勢波・晴陽とミュピエ・リクシェール、そしてフリージアだ。
「ミュピエ、成人おめでとう」
「おめでとうございます、ミュピエ様」
「二人とも、ありがと~。フリージアちゃんとは一度お喋りしたかったのよ~」
 成人を迎えた祝いの言葉に、屈託なく笑うミュピエ。
 もう二十歳だという事をすっかり忘れていた――あっけらかんと言うミュピエに、晴陽はやれやれと肩を竦めてみせる。
「全くミュピエらしいというか……改めて、成人おめでとう。今日は俺の奢りだ、二人ともどんどん飲んでくれ」
 トロピカルドリンクで乾杯し、三人がミュピエの故郷である島の話題などで盛り上がっていると、ふとフリージアを呼ぶひさぎの声が聞こえた。
「フリージアたん、地球はおいしいですよー」
 怪しい呂律の元を辿ってみれば、猫に変身したひさぎが清士朗の膝に転がっている。
「おい、大丈夫かひさぎ」
「だいじょーぶー。酔ってにゃいよー」
「やれやれ……完全に指定席だな」
 へべれけで笑うひさぎに、清士朗も思わず肩を竦めるしかない。
 一方、翔子と俊輝は、家族で酒と料理を堪能していた。
「っはー! ソーセージの肉汁をビールが洗い流してうまいね!」
「これは……なるほど、ウマい。酒が進む」
 ウインナーの皿を空にすると、俊輝は追加をオーダーする。
 酒も料理も、楽しい時間の中ではあっという間に消えていく。それが美味なら猶更だ。
「それにしても、ホールで呑むと夏が来たって気がするね」
「ああ、もう夏だな」
 俊輝は翔子に頷きながら、ふと去年の今頃もビアガーデンで飲んだ事を思い出す。
(「また来年も、こうして幸せな時が過ごせると良いな」)
 その頃、自分達は何をしているだろう。地球の情勢はどうなっているだろう――。
 いつか平和な夏が訪れる事を願い、二人は新しい杯を掲げる。
「乾杯」
「乾杯だ」
 ジョッキを鳴らす音。仲間達の賑わう声。
 ビアホールでの夜は、こうして静かに更けていった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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