大阪市街戦~ブラッド・レイン

作者:秋月きり

 大阪の街を少女が歩いている。
 否、それは歩みと言う生易しい物ではなかった。
 少女が一歩踏み出す毎にアスファルトの道路は割れ、手にした刃を振るう度に建屋は壊れ、逃げ惑う人々に死を刻印していく。
 死と破壊を振りまく彼女がまっとうな人間であるはずも無かった。2メートルを超す大剣を軽々と振るい、全身鎧と言うよりも外骨格と言うべき白銀を身に纏うそれが、ただの一般人であるはずが無かったのだ。
「オーダー/この地の生命の一掃。グラビティ・チェインの奪取。ダモクレスの勢力拡大」
 少女――ダモクレス、神装勇者ディオスブレイブは合成音にしては可憐な、しかし無機質な声を上げ、刃を振るう。
 その歩みを止める者は何処にも居なかった。
 今は、まだ。

「大阪城に集ったデウスエクス達による襲撃事件の予知夢を見たわ」
 リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の声は重い。それが事件の陰惨さを物語るようでもあった。
「攻性植物のゲートがある大阪城には現在、エインヘリアル、ダモクレス、螺旋忍軍、ドリームイーター、ドラゴンといった、様々なデウスエクス達が集っている。……ま、それはみんなが知っての通りなんだけど」
 その多彩な戦力を背景に大阪城周辺地域を制圧し、大阪市街地への襲撃を行おうとしているようなのだ。
「今回、ダモクレス――神装勇者ディオスブレイブによって引き起こされる事件は、制圧は制圧だけど、単体による制圧。だけど、彼女によって被害が生じた場合、大阪市の住民に不安が広がってしまうのは避けられないわ」
 自営の為に地域住民が避難を行う事も考えられる。避難によって大阪市が空白地帯となってしまえば、たちまちの内、デウスエクス達によって侵略・制圧されてしまうだろう。
「それを防ぐ為には、今回の襲撃の被害を出さず、事件を終息させる必要があるわ」
 有り体に言えば、ディオスブレイブと名乗るダモクレスを撃破する事であった。
「今からヘリオンを飛ばせば、ディオスブレイブが大阪城公園から出てきた辺りで捕捉する事が出来るわ。
 紙一重で繁華街方面――つまり、南西の方角だ――に入る前に接敵する事が出来るだろう。
 問題はそこからだ。
「ダモクレスである彼女は命令を遂行する事のみが行動原理。だから、戦って倒す以外、止める方法はないわ」
 巨大剣による攻撃や自身を構成するナノマシンを散布しての広域攻撃の他、自己増殖による修復を行うようだ。
 それと……と、リーシャは言葉を続ける。言葉の何処かは震えていた。
「『神装勇者』の名の通り、ディオスブレイブはダモクレスに攫われた地球人が中に入っているわ」
 取り込まれた地球人は、しかし、もはや助ける術は無い。ダモクレスと一体化した彼女を救済する事は即ち、安らかな死を迎えさせる以外になかった。
「――今は最小限の犠牲で事を運ぶ必要があるわ。何れ来る攻性植物たちとの決戦に備える為には、勢力拡大は防がないと行けない」
 思うところは色々あるかも知れない。だけど、神装勇者ディオスブレイブを倒し、大阪の住民を守って欲しい。
 それだけをリーシャは告げ、ケルベロス達にヘリオンへの搭乗を促すのであった。


参加者
風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
桃園・浅葱(月酔い兎は何見て跳ねる・e30472)
明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)
浅葱・マダラ(光放つ蝶の騎士・e37965)
琥玖蘭・祀璃(サキュバスのブラックウィザード・e44204)
不動・大輔(魂を震わせる忍者・e44308)
ナターシャ・ツェデルバウム(自称地底皇国軍人・e65923)

■リプレイ

●ダンス・マカヴル
 この世界において死は非日常的な物ではない。
 明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)がそれを知ったのは、いつの頃だっただろう。中学生の頃? いや、まだ小学生の時分だっただろうか? それよりも小さかった気もする。
 日本における行方不明者は年間で8万人を超えると言う。その内の5割強は「勘違い」で済む話のようだが、逆を言えば、5割近くは本当に失踪しているのだ。
 高飛び。夜逃げ。自殺。心中。
 失踪にも色々な形があるだろうし、それも仕方ないと思う。「現在を大事にしましょう」「命を大事にしましょう」が綺麗事で、それに反する道を選ばざる得ない人が一定数居ることも知っている。
 だが、目の前の彼女は違う。
 機械式の装甲に身を包み、身長ほどの巨剣を振るうダモクレスと化した彼女は――。
「神装勇者ディオスブレイブ」
 デウスエクスに人生そのものを奪われ、全てを書き換えられる。
 そんな終局を許すわけにいかなかった。

「好き放題はやらせないよ」
 ダモクレスの渾身の一刀を受け止めたのは、小柄なドワーフの少年だった。名を浅葱・マダラ(光放つ蝶の騎士・e37965)と言う。一見、か細き華の様な少女だが、その実、女装を是とするケルベロスの少年である。
「マダラ!」
 しかし、敵は超常存在デウスエクスの、その尖兵なのだ。少女の細腕に振るわれる大剣は、しかし、少年の身体を跳ね飛ばす膂力と共に再度、マダラへと襲い来る。舞鈴の警告が飛び、同時にマダラの全身からブラックスライムが飛び上がる。だが、遅い。
「――っ!」
 痛み覚悟でマダラが歯を食いしばった刹那、横合いから差し出された光剣が大剣の刃そのものを受け止めていた。
「お前と戦場で並ぶのは初めてだったな……できれば、違う形で協力したかったけど」
 光剣の主、桃園・浅葱(月酔い兎は何見て跳ねる・e30472)はふっと微笑する。この集団における盾はマダラ独りでは無い。浅葱もまた、その一員なのだ。
 そして、盾ばかりでは敵を穿てないのも事実。故に。
「悲しい存在ですね」
 憐憫と共に小太刀が舞う。南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)が描く斬撃は月の軌跡を描き、ダモクレスの少女を袈裟掛けに切り裂く。
「ダモクレス……覚悟しな! 零式忍者……不動・大輔、参る!!」
 溌剌とした声を上げ、怯むダモクレスへ不動・大輔(魂を震わせる忍者・e44308)が拳――鉄爪を叩きつけた。べこりと装甲がひしゃげ、吹き飛ぶ少女はしかし、くるりと宙で舞うと足から壁へと着地。殴打の勢いすらバネに、再度、ケルベロス達へと飛びかかってくる。
「随分身軽だな。その鎧姿で大した物だ」
 一歩、前に歩み出たナターシャ・ツェデルバウム(自称地底皇国軍人・e65923)が浮かべた語句は、関心混じりの物であった。語尾が消え去らない内に、掲げられた右腕は背に纏うマントを跳ね上げ、空気を切り裂く。
「――!」
「穴を掘るだけがドワーフにあらず!」
 動作に呼応し、隆起した土壁が、アスファルトの道路を砕き、ダモクレスの跳躍を阻む。
「フルスコアでゲームクリアしてあげる!」
 そこに注がれる襲撃は、流星纏いの青い影――ウェスタンドライバーを起動した舞鈴が放つ跳び蹴りと、そして。
「鬼の脅威は爪だけに非ず」
 地面を、そして即席の壁を蹴り、風魔・遊鬼(鐵風鎖・e08021)がダモクレスへ斬りかかる。逆手に握られた対の惨殺ナイフは、まるでそれぞれが意志を持つかの様にダモクレスを強襲。無数の切り傷を鎧に刻み込んでいく。
 だが、それでもダモクレスは動きを止めない。大剣の一振りで遊鬼との距離を取ると、即座にその切っ先を銃構える舞鈴の元へと向ける。
 再度の吶喊はしかし、体勢を整えたマダラによって阻まれていた。
「ほらほら、こっちだよ……!」
 彼の召喚した無数の蝶が集い、そして爆ぜる。視界を覆うそれらに明らかな苛立ちを見せたダモクレスは視線を彼に、そしてその先にある舞鈴へと注いでいた。
 まるで視線で二人を射貫かんばかりの気迫に、ゴクリと鳴ったのは誰の喉だったか。
「――宿敵は惹かれ合う、と言う事ね」
 それは正しい事か。それとも悲しい事か。
 オウガ粒子を放出しながら、琥玖蘭・祀璃(サキュバスのブラックウィザード・e44204)がぽつりと零す。翠色の瞳に、憂いの色が揺れていた。

●ブレイバーズ
 金属音が響き、しかし、甲高い音に時折、鈍い殴打と破潰の音が入り交じり始める。
 それはダモクレスが振るう剣がケルベロスに食い込む音であり、そして、ケルベロスの攻撃がダモクレスの鎧のみならず、その血肉を抉る音でもあった。
「流石に、無傷で勝利、と言うわけにはいかないか」
 斬撃を受け、呼吸荒い浅葱に光の盾を施しながら、ナターシャが舌打ちをする。
「……そうね。強いわ」
 認めたくないけれど。
 前列を爆風で鼓舞する祀璃の吐露は、そのダモクレスの在り方への忌避感であった。
 8対1。浅葱のチェシャを含めれば9対1の戦いはしかし、未だ、どちらにも軍配が上がっていない。ダモクレスは彼らを前に引く事も無く、逆にケルベロスもまた、ダモクレス相手に膝を地に付けようとはしていない。
 一進一退の攻防は即ち、傷つく者を数多く生む戦いの道程を意味していた。
 それは盾役を務める浅葱やマダラが傷つくのみでは無い。攻撃手を務める遊鬼、夢姫、そして大輔の三者もまた、ダモクレスの攻撃に幾多の裂傷を負っている。
 そしてダモクレスもまた――。
 ぴしゃり、と零れた水滴がマダラの頬を濡らしていた。
(「……雫?」)
 指で拭ったそれは、透明な液体で、だからこそ、表情を歪めてしまう。それは嘆きで、嫌悪であった。
(「そう、だよな」)
 身体をダモクレスに乗っ取られ、全てを奪われた彼女はしかし、死した訳ではない。
 彼女は生きている。ダモクレスの中で生きているのだ。
「悪いけど。もう助けられなさそうだし、ここで消えてもらうよ」
 浮かび上がる嫌悪は、彼女の生命を弄ぶ侵略者へか。それともそれを救う事しか出来ない自分達に対してか。
「ええ、私たちは貴方を止める以外、方法が無いのです」
 まるで誰かに言い聞かせる様に、夢姫は四聖獣の気を紡ぐ。
 青き大矛が、白き大爪が、黒き大槌が、赤き大弓が、それぞれダモクレスを貫き、その身体を吹き飛ばす。全身に裂傷と打撲を刻まれたダモクレスはしかし。
「アアアアアアっ!」
 零れたそれは雄叫びであった。
「――っ!」
 その声があまりにも悲しく、そして痛々しくて。
「辛いな」
 チェシャの気遣いの鳴き声を受け、浅葱は首を振る。
 改めて理解してしまう。それは呪医の性で、そして、彼自身の優しさでもあった。
 空気を振るわすほどの雄叫びは女性の声帯から発せられている。
 やはり彼女は、告げられた通り、攫われた女性が変貌した物なのだ。
「人々に害をなすんなら……倒させてもらうぜ!! 全力でな! 雷よ奔れ! 天を引き裂く雷鳴よ!! あらゆるものを引き裂きやがれ!」
 だが、如何にその嘆きが少女の物であっても、看過する訳にいかない。故に、大輔の拳は雷を纏い、鉤爪を形成する。
「百鬼体術!! 天爪・雷切!!」
 ダモクレスの鎧と共に白い肌が切り裂かれ、血が繁吹く。切り裂かれる側から泡立つ皮膚は繋がり、その上から鎧が再生する。
「――疾っ」
 だが、それを追う刃もあった。
 呼吸音と共に振るわれる遊鬼の刃は再生する鎧ごと傷跡を抉り、新たな傷を形成していく。
 その速度は風の如し。治癒そのものを切り裂く斬撃は少女の白い肌に赤い彩りを遺していく。如何に神速で傷を再生しようとも、それを上回る速度で傷つければ、傷が残るのは道理。そして。
「再生しても体力全快、と言うわけには行かないよね!」
 蓄積されるダメージは、徐々にダモクレスを、或いは核となる少女を蝕んでいく。如何に異郷の神たる侵略者であっても、その定めからは逃れる事は出来ない。
 理力で巻き起こす爆風を叩きつけながら、舞鈴は吼える。
 仲間が傷ついている。大切な人達が傷ついている。それを終わらせる方法はただ一つ。
 目の前の敵を葬るのみ。
 だから。
「運が悪かったと諦めてよね!」
 目の前の少女は哀れと想う。悲しいと思う。それでも、彼女は他人だ。仲間達と天秤に掛ける事は出来ない。掛けたとしても、どちらに傾くかなんて明白だ。
 故に、装甲を剥がれ、傷を負う彼女に、諦観の言葉だけを向ける。同情も詫びも無い、慰めにもならない言葉を。
「――シャァ!!」
 呼吸音と共に吼えたその声を、その響きを舞鈴は敢えて無視する。
 無視する他、彼女に出来る事は無かった。

●ブラッドレイン
 もしも、と思う。
 もしも、彼女がダモクレスに攫われる前に救えたら。
 その予知をヘリオライダーが視る事が出来ていたら。
 或いは……取り憑いたダモクレスか、それを指揮した物か、或いは誰かがそう望まなければ。
 彼女は平穏無事に、生を謳歌する事が出来たのだろうか。

 散弾の如く降り注いだ黒い雨はブロック塀を、アスファルトの道路を、そして、ケルベロス達を打ち据え、貫いて行く。
 少女によって召喚された黒い雨は大阪の街を汚し、そして、弾丸と化したそれはケルベロス達を貫き、彼らを朱に染めて行く。
 それはまるで、血の雨が降り注いだ様にも見えた。
 そして、その雨の降る様は、誰かが泣き喚いている様にも思えた。
「――終わらせるぞ」
「そう、だな」
 クラスメイトの声に、浅葱は頷く。
 ダモクレスとしての彼女の終局も近い。それがウィッチドクターとしての自身の見立てだった。そして、それは戦いの終焉を意味していた。
 苛立ち混じりに破壊の雨を降らす彼女から零れる声は、何を思ってか。ただ、その痛みだけは背負って行こうと思った。
「モモ、援護は任せた!」
「ああ。――地獄の底も照らす――ってなぁ!!」
 マダラが駆け出すと共に、詠唱を開始する。腕の中に形成される砲球はグラビティ・チェインの集合体だ。満月の如く輝く幻想と電熱を掌に凝縮。一気に解き放つ。
「いけぇーーっ!」
 叫びは自身の投擲へ向けられた物か。或いは駆け抜ける友に向けられた物か。
「シャァ!」
 そしてチェシャから放たれた戦輪もまた、同一軌道上を飛行――即ち、少女を切り裂くべく、一直線に飛び交う。
「ッ!」
 破砕音が響いた。
 浅葱の砲撃を止めるべく構えられた大剣はしかし、その勢いに両手ごと跳ね上げられ、そこにチェシャの戦輪、そしてマダラの体当たりが突き刺さる。
 マスクの下部から零れた液体は、朱に染まっていた。
 三位一体の攻撃が引き起こした一瞬の停滞。だが、それで充分だった。
 黒き影が走る。鬼面が振るう爪が走る。銀色の影が、宝剣と共に駆け抜ける。
「もう充分よ。休みなさい」
 聖母の如く。或いは誘う夢魔の如く。
 蹴りを見舞う祀璃は柔らかく微笑み。
「――守れなくてすまない」
 悔悟混じりの台詞と共に、ナターシャが光剣を少女へと叩きつける。
(「民間人を巻き込んだこと。それを見殺しにすること。私は……貴様を忘れない」)
 二度とこのような惨劇を繰り返させる物か。それが、小さな軍人の願いであった。
 それが終わり。それが終局への標だった。
「ディオス・フィニッシュ! チャージング!」
 合成音じみた電子音声が響く。それがトドメの一撃。舞鈴のもたらした終焉であった。
 スリーカウントの後、溢れ出るエナジーは彼女の拳銃へと集束。圧縮どころか圧壊にまで溜め込まれた力は、ただ、敵を穿つだけの光弾と化していく。
「これで、終いよ! バレット・パピリオー、シュート!」
 それは小さな蝶の羽ばたきが、大気そのものを振動させる様に。
 舞鈴の銃身から放たれた光弾は空気に触れると共に連鎖爆破を起こし、破壊の顎へと化していく。小さな光弾はしかし、巨大な砲弾として少女を――否、ダモクレスを貫く。
 ぐしゃりと音が響き、165センチに満たない身体は塀へと叩きつけられ。
 ぼとりとその身体が地面に崩れる時、ケルベロスが倒すべき敵――神装勇者ディオスブレイブの名を持つ寄生型ダモクレスの姿は、塵へと消えていった。
 それが人間を侵し、ケルベロスの前に立った侵略者の最期であった。

●ライズアンドトルゥース
 沈黙が流れる。
 戦いは終わった。侵略者は倒され、大阪の街は守られた。神装勇者ディオスブレイブによる侵攻は意味を成さず、大阪城の勢力図は書き換えられる事が無かった。
 だから、この勝利は誇って良いはずだ。
 それなのに。
「……」
 ケルベロス達は誰もが動かない。ただ、目の前の少女の遺体に視線が注がれている。
 そう。動かないのではない。動けなかったのだ。
「せめて、弔ってあげましょう」
 ようやく紡がれた夢姫の言葉に、ああ、と頷いたのはナターシャだった。一歩、歩みを進めた大輔が細い身体を抱き上げ、遊鬼が脱いだ外套を裸身へ纏わせる。黒いコートは死者を送るには似つかわしくなく、だが、それでも無いよりマシだと溜め息を吐く。
「綺麗な顔だな」
 ダモクレスが死ぬ直前、その断末魔の刹那に、顔の修復は間に合った為か。
 その推測と共に吐かれた浅葱の言葉は何処か虚しく、深い溜め息は、自身でもそれを理解していると為だろう。
「二十歳に満たない位かしら。……頑張った、わね」
 祀璃の労いは少女と、そしてケルベロス達に向けられた物だった。
 倒さなければいけない悪があって、それに利用された命があって、それを打ち砕くしかなかった。
 起こった戦いも、そしてこの結末も覚悟した通りだ。だから、自身の抱く嘆きだけは受け入れようと、胸に手を当て力強く握りしめる。
 心臓すら掴もうとする痛みが、これから誰かが受ける痛みの肩代わりになれば良いとそれだけを願って。

 そして。
「……舞鈴ねーさん。顔色、悪いよ」
 仲間が少女の元に駆け寄ったその瞬間、マダラが駆け寄ったのは舞鈴の方であった。
 外装を解除した舞鈴の表情は白を通り越して青く、手元に当てられた口は、吐き気を堪えている様にも見えた。
「あの子?」
「知り合い、だったのか?」
 そんな事もあるかも知れない。自身らは日常を過ごす番犬でもあるのだから。
 マダラの問いに舞鈴は首を振る。
(「ええ。そうよ。知り合いな筈がない」)
 他人の空似。見間違い。或いは……。或いは?
 彼女の顔が思い出せない。彼女の最期の顔だけが焼き付いている。
 その顔は、まだ、高校生の自分が毎日、同じ学び舎で、見ていた筈の顔では無かったか?
「……そんな筈は、ない」
 認められない。認めたくない。それを認めたら――私は、だって、あの子を殺したことに。知っている誰かをこの手に掛けたことに。
「舞鈴ねーさん。帰ろう。……な」
 有無を言わせない友の言葉さえ、舞鈴にとって、何処か遠くに聞こえていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。