大菩薩再臨~激情に肯き、復讐を成さん

作者:柊透胡

 東京都練馬区――「アニメのまち』、或いは「漫画家の街」とも呼ばれる東京都最西端の区は、最近まで、ドラグナー3人組による『インチキ商売』の被害が後を絶たなかったという。
「どれだけ、復讐に燃える輩がいるかと思えば……つまらん」
 深夜、ビルの屋上から街並を見下ろす鳥の影。その頭は猛禽の類であり、無骨な修験者の如く。結袈裟の梵天や金剛杖の先を飾るアザミの意匠が奇矯とも言えた。だが、その修験衣には返り血が点々と染みを作り、どれ程の酸鼻に在ったかが窺えよう。
「……定命の汝らに告げよう。汝の心の怒りと恨みは、たとえ死すとも消えはせぬ」
 街並を睥睨する血走った眼は、炯炯と怒りに燃えている。
「覆滅天の名の下に、人よ、復讐を為せ! 復讐を成さんとする気高き意志を、取り戻せ!」
「ええ、ええ。『人』である限り、強き感情の動きこそ至上。慕情良し、嫉妬良し。無論、怒りに燃え、復讐を誓うその激情も又、然り」
「!!」
 突然の声音に振り返るや、警戒も露に金剛杖を構えるビルシャナ――覆滅天だが、少し離れて対峙する影に、一転、怪訝の色を浮かべる。
「汝は……灯女仙」
「たとえドラゴン退こうとも、終末の刻迫ることに変わりはありません。そんな時代に、貴方の胸に灯った熱を、何故に抑える必要がありましょうや?」
 白無垢の如き着物と純白の領巾も鮮やかに、喉の赤い垂れを震わせ微笑む女性のビルシャナ――その陰で、カランと乾いた鐘の音が響く。
「故に、我は貴様にも力を与えん。総ては、天聖光輪極楽焦土菩薩の望む儘」
 細かな鱗に覆われた尾の先に小さな銅鐸を吊るし、袈裟を纏うビルシャナは、淡々と言い放つ。その翼は羽毛に覆われた膜翼、その頭は小竜の頭蓋の如し。例えるならば、ビルシャナとドラグナーを掛け合わせたような、異形。
 カラン、カラン――。
 銅鐸が鳴るにつれ、覆滅天が発光する。
「おお……おおおっ!」
 それは歓喜の叫び。かつてない強い力を注がれ、ビルシャナは法悦に酔い痴れる。
「……斯くて、我は務めを遂げん」
 そうして、一際強く輝き収束した後、ドラグナーめいたビルシャナは変わらず淡々と告げる。
「されど、灯女仙、覆滅天。貴様らの務めは此れよりと心得よ」
 急速にその姿が薄れゆく中、最期の言葉を、初夏の夜風が吹き散らす。
 ――ビルシャナ大菩薩再臨の為、より多くのグラビティ・チェインを、捧げるのだ。
 
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 沈着な声音は相変わらず。都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)はタブレットを片手に、集まったケルベロスを見回した。
「皆の奮闘で竜十字島のゲートを破壊した事により、ドラゴン勢力のミッション地域の解放は順調に進んでいました……が、その一部が、ビルシャナの菩薩の1体『天聖光輪極楽焦土菩薩』によって破壊されました」
 謂わば、横盗りされたミッション地域は8つ。『25-3 静岡県磐田市』『29-2 宮崎県島浦島』『34-3 宗像大社』の竜牙兵エリアが3箇所。『26-1 赤城温泉郷』『31-2 アラハビーチ』『37-2 御前崎海水浴場』のオークのエリアが3箇所、そしてドラグナーのエリア『8-1 東京都練馬区』『35-3 小豆島寒霞渓』の2箇所だ。
「天聖光輪極楽焦土菩薩は、ドラゴン勢力のミッション地域を破壊して強奪したグラビティ・チェインを利用し、ビルシャナ大菩薩の再臨を狙っているようです」
 その一環として、強力なビルシャナを集結させようとしている。こんな暴挙を、看過する訳にはいかない。
「皆さんには、灯女仙と覆滅天、この2体の撃破をお願い致します。既に、ドラゴン勢力のグラビティ・チェインで強化されたビルシャナ達です。油断は禁物でしょう」
 ビルシャナ達が現れるのは、『東京都練馬区』近郊。廃ビルに屯する若者のグループが標的だ。
「どうやら、他との抗争が一段落したばかりグループで……彼らに燻ぶる『怒り』を煽り、『復讐』に走らせるのが狙いのようです」
 このままでは抗争が再燃し、より凄惨な事態となるだろう。ビルシャナと彼らを、けして会わせてはならない。
「幸い、ヘリオンの演算により、ビルシャナ達の移動ルートは判明しています。この裏通りで待ち伏せの上、撃破してしまえば被害は未然に防がれます」
 ヘリオライダーは、タブレットの地図の一点を指し示す。
 出現の時刻はまだ宵の口ながら、この辺りの人通りは既に無く、一般人の避難等は不要だ。
「灯女仙はその名の通り、女性のビルシャナです。あの姿は……ヒクイドリでしょうか」
 灯女仙は情念の如き炎を吐き、或いは、激情を鼓舞する光で癒すという。
「もう一方の覆滅天は……オオノスリに似ていますね。性別も違いますし、見間違う事は無い筈です」
 覆滅天は、怒れる雄叫びを上げて敵の平静を奪い、『報復』と銘した金剛杖で打ち据えてくるようだ。
「そして、2体共通して、それぞれの教義の『ビルシャナ経文』を唱えるようです」
 教義を一言で纏めれば、灯女仙は「激情至上」、覆滅天は「復讐上等」。矛盾しない教義を掲げる所為か、戦闘の際には連携する模様。
「ドラゴン勢力のグラビティ・チェインを奪った、強力なビルシャナ2体と戦う事になります。力を合わせて、勝利を」
 強化されたビルシャナは、一般人を導く力を強化されている様子。ここで撃破出来なければ、更に多くの人々がビルシャナ化してしまうだろう。
「幸い、強い力を得たばかりの所為か、その力を充分に使いこなせていないようです。自らの教義に疑問を抱かせたり、或いは、ケルベロスの皆さんに自分の教義を褒め讃えられると、戦闘の集中力が欠け、隙が出来るかもしれません」
 4年近く前、鎌倉奪還戦時に各地に散っていったビルシャナ大菩薩の光の影響で、未だにビルシャナの事件は後を絶たない。
「ビルシャナ大菩薩の再臨は、何としても阻止しなければ……どうぞ、ご武運を」


参加者
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
キルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)
久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)
筐・恭志郎(白鞘・e19690)
鉄・冬真(雪狼・e23499)
櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)

■リプレイ

●因果は来る
 蒸し暑い夜になった。東京都内でも夜は静かなものだ。街灯が点々と、アスファルトの路を照らしている。
「……」
 筐・恭志郎(白鞘・e19690)はだんまりで、ビルシャナが来る方向をじっと見詰める。
 覆滅天と灯女仙――恭志郎がケルベロスとなった切っ掛けの元凶。
(「あの時はただ夢中で……姉ちゃんを狙った一撃を弾いたのは、只の奇跡で」)
 でも、今度は自分の意志で止めに行く。決意して、此処にいる。
(「でも、怖い。こわいよ……」)
 心が覚えている。邪魔だと村人だった異形が叫ぶ声も。無力を嘲り憤る覆滅天の声も。
 身の内に燃える炎が、覚えている。簡単には楽にさせぬと……殊更ゆっくり、裂かれては――。
「大丈夫?」
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)の声に、強張った肩が震えた。
「怖いのは、当たり前だよ」
 俯く恭志郎にそっと囁く。
「怖くても辛くても……恭志郎さんは逃げたりしなかった。これは、復讐ではなく決着。前へ進む為の戦い」
 ケルベロスとして戦いながらも失わぬ彼の人らしさを、ウォーレンは尊く思う。
(「恭さん……」)
 久遠・征夫(意地と鉄火の喧嘩囃子・e07214)も、気遣わしげだ。恭志郎は数年来の友人だ。それでも語られなかった過去はある程度察していた感もあり、思う所は色々と。
「……」
 ふと、恭志郎と目が合った鉄・冬真(雪狼・e23499)は、微かに表情を和ませた。兄貴分として過保護の自覚はあるが、彼が過去と向かい合えるよう、前に進めるよう支えたいと考えている。
(「辛ければ戦わずとも良いのに……律儀というか真摯というか」)
 一方、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)は年下の友人を思いやり、ほんの少し眉根を寄せる。
(「筐はやはり、誰かを護る為に戦うのが、似合う……優しい、な」)
 因縁ある敵を前に、誰かを護る位置に立つ。そんな恭志郎を、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は癒し役の位置から守り返す心算だ。
「恭志郎は大事な友達だからな!」
 語尾にも力の入る真っ直ぐな広喜の言葉に、恭志郎も肩の力も少し抜けたその時。
「来たぞ」
 単身、離れた位置にいたキルロイ・エルクード(ブレードランナー・e01850)が、端的に報せる。果たして、夜闇の向こうにぼんやり現れる2体。
「ほほぉ、荒ぶる殺意か……復讐が所以なれば重畳」
「善哉善哉。激情赴く血戦は、楽土に至る路標となりましょう」
 片やオオノスリ、片やヒクイドリの頭で好き勝手に嘯くビルシャナは、『復讐上等』覆滅天と『激情至上』灯女仙。
「恭志郎、大丈夫。あなたはもう強イ。立ち向かえマス」
 逸早くガネーシャパズルを組みながら、エトヴァ・ヒンメルブラウエ(フェーラーノイズ・e39731)は恭志郎へ声を掛ける。
「皆様と共に、君の力となりマス」
 もう怯えなくて大丈夫。共に戦おう。

●激情と復讐
「復讐も、激情も、個々で向き合うべき……誰かに唆されて、委ねるものでもないでショウ」
 エトヴァのガネーシャパズルから光の蝶が羽ばたき、千梨の第六感を呼び覚まさんと。
(「『思慮深くある』、それが人の本質ト……俺は信じていマス」)
「どうだ?」
 続いて、広喜が声を掛ける。だが、前衛の返事より早く。
 ――――!!
 覆滅天の怒号。視界までも揺れる衝撃に、4人は歯を食い縛る。
 敵の動向を観察するのは良い。だが、敵がそれを律儀に待ってくれる訳もないのだ。
 顔を顰める広喜より前衛に降るメタリックな煌めきは、癒し、圧を排し、超感覚を覚醒させる。
「大丈夫、行けるよ」
 広喜に微笑んだウォーレンも又、ガネーシャパズルを組む。現れた幻は、怒れる女神カーリー。
「っ!?」
 狂乱の波動にブルリと震えたのは灯女仙だ。
「激情が至高なら、その怒りを除去するなんてまさか思わないよね」
 ウォーレンの挑発にも、灯女仙は寧ろ冷ややかに言い返す。
「激情は己が内から湧くもの。押し付けられた紛いものに価値など」
 白き翼が翻る。灯女仙が舞をひとさしすれば、威嚇も忽ち消える。
 怒りの厄は、使用するグラビティまで強制する力はない。灯女仙は感情の強制を良しとせず、鼓舞を以て怒りを掃った。だが、元来は、武威を高める業なのだ。
「灯女仙はメディックか」
 苛立たし気に唇を歪めたキルロイだが、ポジションの見立ては正しいだろう。
「覆滅天は……多分、クラッシャーです」
 征夫も推測を口にする。覆滅天の初撃の威は防具耐性で半減させた筈だった。癒し手のヒールをして全快に至らなかったとなれば。
(「まあ、攻撃が命中しないより随分とましだけど」)
 命中さえするなら、手数は圧倒的にケルベロスの優位だ。ケルベロスチェイン構える恭志郎を一瞥し、千梨が放つはフラワージェイル――仲間が灯女仙を狙う中、千梨の美しき花嵐は覆滅天へ。牽制と言えば聞こえは良いが……何、鬱陶しく絡みつくだけだとも、なんて内心で嘯きながら。
「……っ」
 そして、恭志郎は奥歯を噛み締め、守護の陣を描く。
 覆滅天の一瞥だけでも傷が疼く心地がする。果たして、ビルシャナはかつて邪魔立てした恭志郎を覚えているのか――恐れは、消えない。
(「――それでもきっと、あの頃よりは誰かを護れる」)
 だから恭志郎はあの時と同じ、形見の護身刀を手に最前に立つ。
 そんな弟分と肩を並べ、冬真は静かに螺旋の力を凝縮する。彼を傷めた憤りを、小さな針に込めて。
「この力も命も、愛する妻や恭志郎達と歩む未来の為に――怒りに狂え」
 結婚指輪に口付け、逆の指先を灯女仙に突き付ける。赫炎の狂針は体内から心身を苛み、冷静を奪う棘と化す。
(「……激情、だっけか。あぁ、どうだっていいんだがな」)
 内心で吐き捨てるキルロイだが、さっさと終われとばかりに狙い澄ました轟竜砲を、灯女仙に叩き付けた。
 そうして、征夫は眉根を寄せてバスターライフルを構える。
(「全く……剣士と相性の悪い」)
 喧嘩屋を自称する征夫の得手は肉弾戦だが、今の灯女仙に、近接の斬撃は覆滅天に阻まれ届かない。
 ともあれ、今は出来る事を――敵のグラビティを中和し弱体化するエネルギー光弾が、夜闇に奔った。

●激情至上
 繰る糸は、糸桜か糸薄。或いは哀しき、業の糸――。
 御業で紡いだ半透明の糸、刹那の赤が絡め取る。
 半透明の御業より炎弾を放ち、千梨が覆滅天に張り付くように厄を重ねていく一方、ケルベロス達は灯女仙へ攻撃、のみならず口撃を集中させていく。ビルシャナの教義を挫き、高められた力を少しでも削がんと。
「激情は必ずしも本心ではなク、多くの者が、激情に任せて『後悔』を負う」
 傷つけた身体も心も戻りはしないと、エトヴァはジャマーの位置で仲間へのエンチャントを重ねながら言い募る。
「思慮深くあれ、後悔を望む者はいなイ……人ハ、あなた方の助力など不要デス」
「激情に身を任せて自滅する……嗚呼、何と美しき生き様でしょう」
 だが、灯女仙は怯まない。
「後悔で慟哭する。その絶望さえも極上なる激情。古今東西、不朽の名作は尽く、激情を燃やし尽くした者の生き様ばかり。貴方は斯様な者を、浅薄と侮るのですね」
「それハ……ッ」
「灯った気持ちは一色とは限らない」
 ドラゴンサンダーを放つウォーレンも又、激情至上を否定する。
「ヒトの心は複雑、だから。矛盾する複数の感情が燃え上がったりもするよね」
 例えば、愛憎――異なる2つの激情は、片方の激情でもう片方を抑え込めというのか?
「1つで他全てを押し潰すのは、気持ちを押し殺すのと変わらないよ」
「まあ、同時に2つの激情に身を焦がすなど、何と人は素晴らしい!」
 コロコロと笑い、灯女仙は情念の炎を浴びせ掛ける。
「くっ!」
「愛しくて憎らしい、どちらも正しき激情でしょう……偏りなく両立出来るのであれば」
 片方に呑まれてしまう程度では、激情とは呼べぬ。
「激情こそ至上。わたくしは『感情』そのものを否定してはおりませぬが、この世は弱肉強食。儚い情動が呑まれるのも又、世の理」
「けど、てめえの熱ってのは一時しか保たねえのか」
 瞬間的に燃え上がる想いよりそんな感情を持続させる者の方が強いと、広喜は主張する。
「本当にその激情ってのが至上だってんなら、ずっと燃やしてみろよ」
 ウォーレンに燃え上がる炎を即ヒールで鎮火せしめ、ニヤリと不敵に笑む。
「ほらな、消えたら何も残らねえ。てめえの熱なんざその程度だ」
「貴様ッ!」
 初めて、灯女仙は怒気を露にする。激情の在り様には確固たるを持ち合わせていたビルシャナも、己の『熱』を否定されるのは堪え切れなかったか。
 それこそが、致命的な、隙。
 ――――!!
 無言のまま、キルロイのバスターライフルより迸るフロストレーザー。真っ向から鳥躯を捉えるや、急速に凍結が侵食していく。
 すかさず、エトヴァがフォーチュンスターを蹴り込めば、純白の領巾が撃ち抜かれた。
「激情こそ至上! 我が熱こそ至高! 我が炎こそビルシャナ大菩薩再臨の供物なればッ!」
 眦吊り上げた灯女仙の叫びは、呪詛にも似て――広喜を縛らんとした魔力を恭志郎が遮る。
「俺だって……」
 ヒクイドリの眼を真っ向から見返せば、ジクリと腹の底から疼くよう。それでも、目を逸らさぬ恭志郎の身体を、白き焔が覆っていく。
「……インフェルノファクター?」
 眩い地獄の炎に、ウォーレンは思わず目を細める。彼が地獄の力を使いたがらないのは、知っていた。今の彼を彼自身が否定しているようで、少し切なくも思っていた。
 炎に包まれた恭志郎の表情は、まだ浮かなくはあったけれど。きっと、1歩踏み出せている。
 この期に及んで激情を鼓舞しようとしても、すかさず冬真のグラビティブレイクが、完膚なきまでに意気を砕いた。回復量自体、千梨の「嫌がらせ」でたかが知れている。
「本来の意味とは逆ですが……敵まで飛んでけっ! 久遠・弐の太刀『八艘』」
 冬真の一撃に合わせ、征夫の袈裟切りが衝撃波を発する。グラビティブレイクの武威に弾かれ、一気に加速した衝撃波は――見事、灯女仙の喉笛を肉垂れごと掻き切った。

●復讐上等
 千梨と競り合っていた覆滅天の眼が赤光を帯びる。
「同胞が倒された……復讐せねば!」
「おっと」
 アザミ飾る金剛杖が唸り、千梨のアミニズムアンクを弾く。
「命には命を贖わん!」
 ギィンッ!
 灯女仙を仕留めた征夫への重撃を、恭志郎が続けて遮れた重畳。
「またもや、貴様か!!」
 怒気迸る。覆滅天は覚えていた――「復讐上等」の教えに唆され、復讐に走ったビルシャナを止めた少年を。
 だが、更なる追撃は許さない。怒りの発動も五分五分。ウォーレンも冬真も序盤から怒りを撒き、ダメージの分散に寄与していた。
「まだ、壊れんなよ」
 広喜の掌部パーツから青い回路状の光が広がる。ダメージの解析・修復の間に――ウォーレンは、改めて決意を固める。
(「けして逃げなかった恭志郎さんが得たもの……思い、友達、愛。僕もここに。力になる」)
 クラッシャーの武威は侮れぬ。速やかにその力を削がねば。
「復讐を果たしたら、怒りや恨みは晴れるの? 晴れたら激情はそこで終わりだよね。果たしても怒りが続くなら、それはもう八つ当たりだよ」
「怒りは尽きぬ、怨嗟は果てぬ。気高き復讐の道程を辿る事こそ楽土への路」
 『復讐』の捉え方が全く違う。覆滅天にとって、復讐は形を変えて続いていくものだ。
「復讐は1つの行き詰まりにすぎまセン」
 エトヴァも口を開く。念の為、前衛にサークリットチェインを敷いた。
「誰しも、根本的な解決をより強く願うモノ。ましてやビルシャナにするのハ、人としてのやり直す機会を奪うコトです。本末転倒ではありませんカ?」
「衆合合切衆合無、衆合合切衆合無、導く菩薩は如来に至る。人のままでなければならぬ理由こそ度し難い」
「復讐は大いに賛同してやる。人様を幸福からどん底の底に蹴落としやがったクズ野郎共は、限りなく惨たらしく死ぬべきだ」
 対照的に、戦う理由が復讐にあるキルロイの言葉に、迷いはない。灯女仙への無関心から一転、覆滅天には寧ろ友好的でさえある――彼の傷に触れぬ限りは。
「よく『復讐は何も生まない』と言うけれど……違うんだよね」
 死んでも消えぬ強い意思に抗う理由などない、と冬真も復讐の肯定する。その実、1番に恭志郎を気遣っていて、安心させるようにその背中を軽く叩いた――大丈夫だよ、君は独りじゃない。
「……己の全てで成し遂げるのみ、だ」
「クククッ」
 復讐はなく、過去を乗り越える為に――冬真の真意も知らず、覆滅天は愉快そうだ。相変らず怒りに引きずられて武威を奮うが、その狙いは明らかに緩んでいる。もう一押し。
「ああ、己にも、本当は……復讐に焦がれる心もあるのだ」
 飄然と双眸を細める千梨――奪われ戻らぬひとと、不甲斐ない己を想う度蘇る憎しみと怒り。刹那の激情などでは到底至れぬ、瞋恚の炎。
「仇を己ごと焼き尽くすのはどれ程、甘美だろうか、と……」
 嘘だ、大体は――覆滅天を侮らせる為の。
(「修羅の道を貫ける者は、凄い」)
 キルロイを一瞥する千梨。次いで、恭志郎を見やる。
 炎を律し、未来を生きると決めた者。炎の熱を知り恐れながら、護る為立ち向かう者――選ばないという意思が、千梨は尊く思う。
(「俺自身は、すぐ冷めてしまうんだ……」)
 覆滅天の攻撃に粗が目立ってくる間に、ケルベロス達は激しく攻撃を畳み掛けた。時に、反撃が主にディフェンダーを捉えるも、その度に広喜は癒し続け、厄を掃い続けた。
 そうして、征夫の太刀筋は、月輪をなぞるように緩やかな弧を描く。すれ違い様、ビルシャナに言い放った。
「恭さんはあんた達ビルシャナと関わって、ケルベロスになる程ズタボロにされても復讐心からビルシャナ化しなかった」
 そして、恭志郎は今も復讐と激情に染まり切っていない。
「ほら、あんた等の教義なんて、所詮はそんな程度です。激情に走らない、静かな怒りもあるんですよ」
「な……」
 恭志郎という明確な証を示され、覆滅天は嘴をわななかせる。
「征夫さん……ありがとう」
「今はただ、未来の悲劇だけ止めましょう」
 征夫に感謝を呟き、恭志郎は愛刀を構える。
「おのれおのれぇっ!」
 復讐を否定され、覆滅天の怒りの雄叫びが轟く。己に積もる厄を振り払い、金剛杖が恭志郎に振るわれんとして。
「――俺だって」
 その存在は、ただ一振の小さな護り刀そのものに似て。彼我の距離は一瞬、踏み込んだ足音と同時、閃く居合の後に清浄な気配が満ちる。

 カクリと、膝から崩れ落ちた。
 恭志郎自らケリをつけたというのに……現実感が無い。
 頑張ったねと頭を撫でられた。軽口が聞こえた。おかかおにぎりを渡された。一緒に帰ろうと、手を差し出された。
 ただ、助けてくれた皆がいて――あの時みたいな事件は、もう起こらない。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年7月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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