夜の闇に、導かれたのだろうか。
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)はふと気づくと深い森の中にいた。
「……ここは」
幹と根がうねり、遠方の視界を遮る木々。
色濃い影を落として音もなく揺れる羊歯植物。
空を見上げると薄い月明かりだけが見えるけれど、方角が判る程の星は望めなかった。
──いつ、こんなところへ来たろうか。
不意に歩み入ったか、あてどない散策の末か、判然としない。
記憶は曖昧だった。けれど夢を見ているわけではないとは判る。肌に這う奇怪な気配と空気の重さ。それが夢幻ではありえないと直感したから。
(「何か、居るな」)
思ったのは番犬としての経験、よりも。もっと本能的なものかもしれない。
心を粟立たせるような、或いは何か哀しい思いを想起させるような、そんな感覚。ノチユは意識せずに一歩進んで──その音を耳にした。
「La」
掠れているようで、艷やかなようで、不思議な響き。始めは人の声かと思ったけれど、違うのだとすぐに分かる。それは既に人を逸したものだ。
「La、La」
枝葉が揺らいで、ヴェールが払われるようにその姿が見える。
それは人の姿を保ちながら、いくつもの生物を混合させたかのような姿。揺蕩う死と血の匂い──屍隷兵。
La、La、と。唄う声音は、何処か啼いているようにも聞こえた。ゆらりと歩み寄り、ノチユに向けるのは敵意か殺意か、或いは。
「……」
ノチユは一度口をつぐみながら、戦いの構えを取る。いつしか月も隠れて、夜が一層暗くなっていた。
「ノチユ・エテルニタさんが、襲撃されることが判りました」
夜のヘリポートで、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はケルベロス達に視線を巡らせていた。
現段階では敵と接触はしていないが──時間の猶予は無いという。
ノチユは既に現場にいることが判っている。その上こちらからの連絡も通じないことから、一対一で戦闘が始まってしまうところまでは避けられないと言った。
「それでも、今から急行して戦闘に加勢することは出来ます」
合流までは、時間の遅れはある程度生まれてしまうだろう。それでもノチユを危険から救い、戦いを五分に持ち込むことは可能だ。
「ですから、皆さんのお力をお借りしたいのです」
現場は森林。
植生の豊かな所で、周囲に人の姿はない。一般人の流入に気を使う必要は無いだろう。
「皆さんはヘリオンで到着後、急ぎ合流し戦闘に入ってください」
周辺は静寂。おおよその位置も判っているので、ノチユを発見することは難しくないはずだ。
「ノチユさんを襲う敵ですが──屍隷兵のようですね」
イシャ、という名があることだけは判っている。不明な部分の多い敵だが、放置しておけばノチユの命が危ういことだけは確かだ。
「ノチユさんを助け、敵を撃破するために……さあ、出発しましょう」
参加者 | |
---|---|
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706) |
キソラ・ライゼ(空の破片・e02771) |
シルヴェストル・メルシエ(白百合卿・e03781) |
八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990) |
火倶利・ひなみく(スウィート・e10573) |
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615) |
オニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949) |
●終の娘
いつしか風が止まって、景色は無音となっている。
その中で唯一、音を紡ぐ異形の少女へ──ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)は言葉を返していた。
「僕のこと、呼んだ?」
かかる前髪を少し払い、見つめる。
多くの「もの」を組み合わされ、改造されたことだけが判る命の残骸。
死の香りが漂うのは、何か恐ろしいものを「摂取」し続けてきた証左だろうか。
確かなのは、それがもう人ではないということ。
だからノチユは呟いた。
「……その様子じゃ、もう人語は話せないだろうけど」
少女──イシャは顔を上げて微かに唇を動かす。
と、その瞬間、歪な羽根が蠢いてノチユへ喰らいかかってきた。
血を数滴零しながら、ノチユは半歩下がって碧紅の瞳を細める。そして地獄の角と翼を揺らがせながら魔人化。紋様を肌に浮かべながら自己を回復した。
周囲に誰かが来る気配はない。
なら、彼女を一人で殺すしかない、ということだろう。
それでも彼女が何かを訴えているように見えて、ノチユは言った。
「……僕にどうしてほしいんだ。助けてなんてやれないぞ。僕はお前のこと、なんにも知らないんだから」
するとイシャは歌声で応えた。
La。
La、La。
美しい、けれど奇怪で悪寒を齎す音。
そして心を引っ掻いて、締め付ける声。
「ああもう、くそ。かなしそうに、うたうなよ」
──なにひとつ救えなかった拳に、なにを望むんだ。
ノチユは自身の手を握り締める。
だがその苦痛を心に直に感じ取るうちに、彼女の唄に囚われそうになって──段々と判った気がした。
(「ああ、でも、そうか」)
獄炎を揺ら揺らと揺蕩わす自分。一瞬だけ、少女とその自分の姿が重なる。
それは覚えのある痛みだった。
「少しは、わかるよ。愛されたくて、死にたいんだろ」
静かに彼女の前に立つ。
夜の果てで、見つめ合うのは冥闇同士だった。故に、ノチユは小さく言う。
「僕は、それでも死にたくないんだ」
『──』
彼女は僅かに唇を震わせてから、すぐにまた哀しそうに唄う。
直後には異形が液体のように波打って、ノチユを喰らい尽くそうと迫ってきた。
躱すことも容易ではない暴虐、だが。
「……させぬぞ!」
瞬間、風が唸って、木々を縫うように何かが飛来してくる。
それは疾駆するオニキス・ヴェルミリオン(疾鬼怒濤・e50949)が放つ、巨大な砲弾。イシャの至近に着弾したそれは、爆炎を上げて異形を怯ませていた。
イシャが顔を向けると、そこに更に別の影。
蒼空の雲のような髪を揺らがせて、灯りを転がしながらひらりと降り立つキソラ・ライゼ(空の破片・e02771)。
「はあい、ソコまで。お唄の時間は終いにしよーか」
口ぶりはゆるりと掴みどころなく。
けれど指を突きつけて、降らす『禍濫ノ疵雨』は慈悲もないほど強力。生命力を蝕む雨滴が、触れるだけで肌と心を焦がすよう、深く沁み入って魂を蝕んだ。
よろけるイシャへ、氷混じりの風が吹く。四翼をはためかせながら火倶利・ひなみく(スウィート・e10573)が木々の奥から翔んできていた。
「ノチユくん、助けにきたよ!」
吹き荒ぶ冷気は氷の戦輪が生み出したもの。
刹那、駆け抜けながらそれを投擲することでイシャの足元を凍結させていた。
その頃には、艶めくブロンドを風に踊らせて。シルヴェストル・メルシエ(白百合卿・e03781)が白妙の翼を畳んで着地していた。
「さて──ノチユは無事かね」
「……、うん」
皆の姿にノチユは少しだけ驚く。
誰かが助けに来る──自分の身にもそんなことがあるんだな、と。
思いながらも、皆に礼を言おうとして……そこでふと息が止まった。それはひとりの人の姿をそこに見つけたから。
(「ああ、なんで。なんであなたまで来てるんだ」)
──判っていても。
──あなたが救う価値が僕にもあると、少しだけ期待してしまうだろ。
心が波立って少しだけ視線を下げてしまう。
そんなノチユを見つめて、駆け寄った巫山・幽子は静かに、けれど心からの心配を見せていた。
「エテルニタさん、ご無事で、何よりです……」
「……ああ。……ありがとう」
ノチユはそれでもしかと頷いて、見回す。
「皆も、助かったよ」
「これも何かの縁ってやつだからな」
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)は最前に立ちながら、蠢く異形に怯みも見せずノチユに言ってみせる。
同志とはいえ、見識の無い相手を助けに来た自身をお人好しだと、ジョーイはふと思う。
けれど一度戦場に来れば、そんなことは関係ない。
冥刀をすらりと抜き、戦いの構えをとった。
「ま、来たからには、全力で助けるぜ!」
「ええ。無粋かもしれませんが、黙ってみてなどいられませんから」
と、淑やかに頷きを返すのは八月朔日・頃子(愛喰らい・e09990)だ。
ですからお邪魔いたしますわね、と。艶やかに、たおやかに。ノチユを護るよう、前へと歩み出ながら、宝石のような瞳で敵を見据える。
シルヴェストルも切れ長の視線を前にやった。
「しかし、こんな夜更けにマドモアゼルと逢瀬など──君も隅には置けないな、ノチユ?」
「そんなんじゃない……けど」
シルヴェストルの戯れに返しながら、ノチユはそれでも一度口をつぐむ。
彼女が自分に逢いたがったのはきっと、事実だと思ったから。
ふむ、とオニキスは小さく吐息する。
「あるいは呼び寄せられたか。縁とは奇妙なものだが──」
「それで──お話はもう、よろしいのですかしら?」
頃子は薔薇の蔓を揺らめかせて聞いた。
ノチユは小さく頷く。少女にとってそうでないのだとしても、彼女が敵であることは否定のできない事実だから。
シルヴェストルは頷き、手をそっと翳した。
「では始めよう。背中は任せてくれ給え」
淡く輝くのは光の蝶。暖かな感覚と共に溶けゆくことで、ノチユの傷を癒してゆく。
オニキスもまた巨大な駆動剣に混沌を纏わせて、振り抜くことでノチユの体を陽炎で覆い尽くす。すると水流のような肌触りが、負傷を洗い流すように治癒していた。
万全を確認するとオニキスは勇壮な視線を向ける。
「これで、問題あるまい。皆、征くぞ!」
「よし、まずは一発ぶちかましてやるぜ」
応え、地を蹴ったのはジョーイ。空気が軋みを上げるほどに鋭い冷気を刀身に纏うと、そのまま一閃。異形が動く暇も与えずに傷を刻みつけていく。
ひなみくは天然パーマの髪をふわんと揺らし、ぴしりと指さした。
「タカラバコちゃん、今だよ!」
応じて駆け出すのは色味豊かなミミック。魔力を纏ったおもちゃをばら撒いて、少女の平静をかき乱す。
「では頃子たちも参りましょう?」
と、頃子が呼びかけると、奔ってゆくのはテレビウムのジョーカーだ。
至近からドライバーで突き刺し、濁った血潮を散らせると──頃子自身は薔薇を流動させて一撃。棘を含んだ蔓で打ち据え、異形の一端を砕いてみせた。
●唄
一瞬だけ、葉が揺れて森が啼いた気がした。
けれど見上げれば未だ風はない。月も夜陰に隠れたままの、静寂の世界。
耳朶を打つのは木々の音ではなく──少女が紡ぐ、少女自身の啼き声だった。
オニキスは赤眼を僅かに細める。
「汝は、唄が好きなのか」
答えはただ、旋律に乗って返ってくるだけ。それでもその音は、言葉に劣らぬほど雄弁であるようにも感じられた。
「物悲しい歌だ、己の境遇を嘆いているのか」
屍隷兵、造られた存在。
元はただの人間であったのだろう。如何な目的で創造されたかは判らない。けれど見目と装飾には、何か儀式めいた一貫性が垣間見えた。
鳥獣と組み合わされた格好は、まるで何かの高みを望まれた、その果ての姿。
「……或いは、神にでも見立てられたか」
シルヴェストルは些か冷たい声音で呟いた。
想起するのは過日の恋人。彼女がビルシャナへと成った事。神を名乗る存在を厭うてしまう心があれば、眼前の敵に同じ印象を抱くのも自然なことだった。
ノチユも少女の正体を知らない。
けれど、そこに宗教的な狂信の残滓は確かに感じられた。
「もしかしたら、そうなのかもな」
「……だとしても。今は敵なんだよ」
ひなみくは若草の瞳できっと見据えて。あくまで戦いの意志を曲げない。
「倒すんだよ! だって、ノチユくんが危ないんだもんね! それに、みんなだって!」
「あぁ。……アンタがナンの為作られたンか、本当のトコは知らねぇが」
と、キソラはゆっくりと歩み出る。
こつこつと靴を鳴らし、軽く体を慣らすようにして。やんわりと空色の瞳を向けながら──容赦する心算は少しもない。
屍隷兵──それがドラゴンに関わる存在であるならば。
「悪ぃネ、逃しはしねぇと決めてるモンで」
一瞬だけ、霹靂を奔らせるように視線を鋭くして。疾風の速度でゼロ距離に迫っていた。
少女の体から鳥獣が鳴動して迎え撃とうとする、けれどキソラはそれよりも疾く一撃。宙で体を翻し、刃の如き蹴撃で羽根を散らす。
「それじゃ次、頼むヨ」
「あァ!」
声を受けて高々と飛んでいるのはジョーイだ。
バックステップで距離を取るキソラと、丁度入れ替わる形で少女の至近に降り立たつと──そのまま速度と重力を斬撃に変えて一刀、水棲生物の異形を両断する。
少女は僅かに声にならぬ声を零す、それでもジョーイは動きを止めない。
「こっちも、加減はできねェからなァ!」
襲いかかる異形の体を払いのけるよう、弧を描くように刃を振るい──返す刀で一刀。曲線の斬閃を奔らせて、足元を切り裂いてみせた。
零れる血は、人間が持つ色ではない。けれどイシャは人が啼くように、細い声音を響かせてその傷を塞いで自己を強化した。
だがひなみくが髪花を香らせながら低空を飛翔。一息に距離を詰めると躊躇いなく──その拳を振りかぶる。
「ごめんね。でも砕かせてもらうから!」
心に決めた思いは、覆さずに。腕を淡く耀かせ、全霊の打撃で少女の加護を粉砕した。
「おねがい!」
「良かろう、吾とて手抜かりはない」
朗々と応えたオニキスは、揺らめかせた混沌へ自身の血を混ぜて弾丸を形成していた。
──祟れ、捕喰竜呪!
放たれた一弾は空気に陽炎の螺旋を描き、イシャへ着弾。鋭利な衝撃を与えると同時に、体内に深く入り込んでいく。
齎すのは、命を癒す力を弱める、竜の呪い。
La、La。
イシャはそれでもただ唄う。逃れることを許されなかったいつかのように、心を傷つけ切り刻む音律を響かせて。
故にこそ、シルヴェストルはそんなものを看過しない。
「残念だが、無駄なことだよ」
美貌の表情も崩さず、心の底はあくまで怜悧に。よどみない仕草で手を振り抜くと、流体から燦めく粒子を舞わせていた。
きらきらと、明滅する輝きが意識を透明に澄み渡らせて心を癒していく。
「大方の負傷は治せたか」
「ええ。幽子様、あとはお願いしますわね」
頃子が目を向けると、こくりと頷く幽子はノチユに巫術をかけて傷を治しきる。
万全となれば、ノチユはイシャの元へ。
暗雲に隠れた星が顕れたかのように、漆黒の髪を星屑の如く煌やかせて疾駆。斧で一閃、少女の体へ傷を抉り込んでいた。
イシャから跳び出す獣の腕が、ノチユを捕らえようと伸びてくる。けれどそこへ、頃子の傍らから跳んだジョーカーが閃光を浴びせて狙いを惑わしていた。
「ありがとうございますわね、ジョーカーさん」
凛と言った頃子も既に少女の元へ疾走している。
襲ってくる異形の打撃を弾き返しながら、立ち居は美しい淑女のまま。それでいて、黒手袋の拳には空気が揺らぐほどの魔力を込めている。
頃子にとって食べることは愛。
だが、世界の終わりに全部自分が食べれば、それは自分が食べたこととも同義だ。
だから喰らわずとも、今は退けるだけでいい。刹那、振り抜いた拳で獣の腕を破砕する。
「さあ、次撃を」
「任せろよ」
踏み込んでいたジョーイは、速度を付けた刺突を打ち込んでいた。
一点に集中した衝撃が重い破壊力を生み、少女の護りを弱めると──キソラがそこへ銃口を向けている。
「ちっと、冷えるヨ」
飄然と言いながら、避ける猶予は与えない。
引き金を引いて、長大な光線を輝かせた。瞬間の内に飛来したそれは少女の体を貫き、氷晶を宙に舞わせていく。
●星風
夜の底で眩い光を望むような──或いはもっと昏い、永劫の闇を望むような歌。
そのメロディも途切れ途切れになっていく。
声は弱く、異形は朽ちかけて。少女の命の灯りは消えかかっていた。
それでも彼女が唄うのを止めないから、オニキスは巨刃を握る。
「如何な事情があれど。あくまで道連れを作ろうというのではあれば、容赦は出来ぬ」
勇烈な表情に、迷いは浮かべずに。
「黄泉への道案内、吾が請け負うとしよう!」
そのまま一直線に剣を奔らせ斬撃を見舞う。
イシャは退かず、喉を絞るように声を届けようとする。けれどそこへ頃子が薔薇を奔らせて体を縛り行動を許さない。
苦痛すら満足に表せぬ少女の相貌に、頃子は一度だけ瞳を伏せた。
彼女にも、普通の幸福があったかもしれないと。
でも、そうはならなかった──だから。
「ここで、終わるのですわ。せめて……安らかに」
「うむ、誰も連れていかせはせぬ! 逝くのは汝一人だ!」
オニキスはそこへ踏み込み連撃。ハンマーで爆発的な威力の殴打を叩き込んでいった。
荒れ狂うように異形が頃子へ食らいついてくる。けれど、直後にはひなみくが四翼から羽根を取り、清らかな光と共に矢へと形成していた。
「これで、すぐに癒やすからね!」
同時に創り出した弓でそれを放ち、体に溶け込ませる。『四翼の祝福』──うっすらとした輝きを肉体に内在させて傷を消滅させていた。
そこでキソラがイシャへ接近。くるりと廻転して、旋風を伴う鮮やかな蹴撃を加えて体の自由を奪っていた。
その頃には、ジョーイが刃を掲げて、オーラを纏っている。
長い「タメ」の動作を要しながらも、強大な破壊力を生むその一刀は『鬼神の一太刀』。苛烈にすぎる威力で異形を切り裂き、吹き飛ばす。
「よし、キッチリとケリをつけろ!」
「やるなら思い切りやっとけ、ってネ」
キソラも言って飛び退くと、ノチユは少女を見据える。
彼女はどこまでも声音を嫋々と響かせて、心を刺し貫いてくる。だからシルヴェストルは小さく唇を動かして『Bonne nuit chaerie!』──詠唱ひとつで小夜曲の楽譜を舞い散らせ、幻想の音色で少女を包んで阻害した。
そうしてノチユに目を向ける。
「──やれるかね、君」
友人たる彼の闇が如何ほどの深さなのかは知らない。けれどせめて其の闇に灯を照らせればと、短い言葉に思いを込めて。
ノチユは応える代わりにイシャへ歩み寄った。
「なき声を聞くのはもううんざりだ。……そっちも、なくのに疲れたろ」
だから、殺してやるんじゃない。
殺すんだ、と。
立つこともできず、座り込んで声を紡ぐばかりの少女を見下ろして言葉をかけた。
そっと顔を上げて、終の娘はノチユに触れる。
ノチユはその手を振り払わないまま、自身の手を伸ばした。
「僕は、お前のためには死ねない。だから、忘れないでやるよ」
それはノチユの『星訣』。きらりと瞬く星の耀が、澄んだカーテンのように揺らめいて少女の命をさらってゆく。
イシャはまるで眠るように、歌を止めた。ノチユが視線を上げると、いつしか隠れていた星と月が現れて夜が明るくなっていた。
「終わりましたわね」
静寂が戻る中で頃子が振り返ると、うむ、とオニキスも武器を収めていた。
「なんとか、勝てたな」
「ふむ」
と、頷くシルヴェストルはノチユの方を向いた。
「──怪我は残っていないかね」
「うん」
助かったよ、と。ノチユは皆へ小さく頷き、視線を下ろしている。
少女の亡骸は横たわり、消滅を始めていた。
ひなみくも少しそれを見つめる。
嘗て人であった異形。何者かの身勝手で造られたもの。
この、果てのような自然の中にたった一人でいたのは──或いは、捨てられたからなのかもしれない。
あんまりだと、そう思う。けれどひなみくは、それには何も言わず小さく首を振る。
一度ノチユの横顔を見て。ノチユが彼女と何を話していたかは聞かない。自分は自分らしく──ひなみくは底抜けに明るく笑った。
「……えへへ! ノチユくんが無事でよかったんだよ!」
「そうだなァ、ま、勝って終われて何よりだ」
ジョーイも多くは言わず、剣を収める。
皆で周囲をヒールした後、キソラは歩み出した。
「それじゃ。帰ろーか」
「……ああ」
ノチユも短く相槌を打つ。
少女の残滓は、星屑のような煌めきになって空に昇り始めていた。
少しだけ仰いだノチユは──見下ろして、土の上に首飾りの欠片を見つける。
それをそっと拾うと、跡にはもう何も残らない。
只の深い森。きっと皆が忘れ去ってしまう、夜の果て。
「……」
だったらせめて自分くらいは、と。ノチユは静かに心に思って歩み出した。皆と共に木陰で自分を待っているその人の姿も、しかと見やりながら。
葉の揺れる音が聞こえて、前髪がさらりとそよぐ。森に風が、吹き始めていた。
作者:崎田航輝 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年5月31日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
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