おばあちゃんちに咲くエンジェルストランペット

作者:ほむらもやし

●予知
 おばあちゃんの家に、ラッパを下に向けたような白い花がたくさん咲いた。
 玄関の軒下ほどの高さから吊り下げたように見える、この花はエンジェルストランペットと呼ばれる南米原産の植物。初夏に向かう新緑の中で、百輪近くの花が風に揺れる様は壮麗で煌めくシャンデリアのようにも見える。
 近くを通る者は思わず目を向けてしまいたくなるほど、近くに住む学生もよく写真映えすると言うことで、写真を撮らせて欲しいと家を訪ねて来るほど。
 しかし異変が起こる。
「やだ、なに……、やめて、いやああっ!!」
 外出をしようとしたおばあさんが、突然動き始めたエンジェルストランペットに襲われて、悲鳴を上げる。
 おばあさんは必死に逃れようとするが、手足を拘束され、妖しげな匂いを嗅がされて、急速に抵抗の勢いは弱まってゆく。
「……おじいさん、そこにいるのですか? もっとやさしくして下さいな」
 在りし日の——美術教師だった夫への思い出が走馬灯のように頭の中を巡り、現実に見える景色が塗り替えられて行く。
 かくして微かな意識の欠片のみを残して、おばあさんは攻性植物と化したエンジェルストランペットの体内に取り込まれた。

●ヘリポートにて
「エンジェルストランペットの攻性植物が発生し、人を襲い始めると分かった。至急対応をお願いしたい」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は軽い会釈に次いで、手早く茨城県南部の地図を提示して、その一点を指し示す。
「現場となるのはここ、つくば市の東平塚、集落と農地の境界付近にある一軒家になる。宿主にされた被害者は、吉田ウメさん72歳、ひとりぐらしだが、学生向けの賃貸アパートを所有している」
 到着時点で被害者の吉田ウメさんを体内に取り込んだ、攻性植物は地中の根を蛸の脚のような形に変えて、移動を開始しようとしている。
「目標はこの攻性植物の撃破。数は1体のみで、配下などはいないから、戦力を整えて挑めば間違い無く撃破できるはずだ」
 現地到着は東者がが攻性植物に取り込まれた直後。
 到着したら、すぐに戦闘を開始できる。
「依頼は攻性植物の撃破が目標だ。だけど、通常通りの攻撃をして撃破すれば、攻性植物に取り込まれて一体化している、吉田ウメさんも一緒に死亡する。ウメさんを助けるには、敵にヒールグラビティを掛けながら戦わなければいけない。そうすれば戦いが終わった後で、救助できる可能性もあるが、単にヒールを掛けるだけではなく、攻撃とヒールのバランスやタイミングの調整も大切だ」
 戦闘中のダメージにはヒールで回復可能なダメージと戦闘中のヒールでは回復できないダメージの二種がある。
 二種のダメージの内、回復可能なダメージを敵にヒールを掛けることで回復させて、回復出来ないダメージのみを蓄積させ、体力の上限を段階的に削て行くというテクニックを使えば、攻性植物の止めを小ダメージで刺すことが可能となるため、攻性植物と融合状態にある被害者を巻き込まずに、攻性植物だけを撃破することができる。
「誰も死なない結果を目指すには、手間の掛かる戦いになるだろう。時間も掛かる。さらに言えば、諸君が敗北するリスクも出てくるから、絶対に救助してくれ、とは、僕の立場では言えない」
 ただ、やるからには、全力を尽くして下さい。
 祈りを込めるような目線を向けると、ケンジは出発の時間を告げた。


参加者
倉橋・十三(インドア趣味のアウトドア野郎・e77761)
スタンレイド・ブローバック(無明無刀の剣鬼・e78690)
グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)
エレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)

■リプレイ

●ある晴れた日の午後
 明るい陽光が頬に当たってひりひりとした熱を感じさせる。
 アイスエルフのエレインフィーラ・シュラントッド(翠花白空のサプレション・e79280)は、大阪での出来事と二ヶ月前までの自分の記憶から、自分なりのケルベロスとしての在り方について思いを巡らせていた。
「美しい花を育て美しい庭を作る素晴らしい方を、育てていた花型の攻性植物が取り込むとは何と惨い——」
 戦いに向かう感情の昂ぶりと共に仮面の如き氷膜が顔の半分を覆う——すると、不思議と心が落ち着いてくる。このタイミングで、グラニテ・ジョグラール(多彩鮮やかに・e79264)の声が響き渡った。
「ウメーー! 救助に来たぞー!」
 まるで名前に応じる様に、エンジェルストランペットの攻性植物はエレインフィーラの右斜め後方に位置する花の様に白いアイスエルフの女性、その澄んだ緑の瞳に焦点を合わせてくる。
 タコの触腕を連想させる下半身をうねらせながら動き出す異形、その視線を遮る様に、倉橋・十三(インドア趣味のアウトドア野郎・e77761)はライトニングウォールを発動する。
 明るい陽射しの中にあっても存在感を示す光の障壁の眩しさから目線を逸らす攻性植物。
 機を逃さずに、スタンレイド・ブローバック(無明無刀の剣鬼・e78690)は体を覆うオウガメタルに命じ、『黒太陽』を具現化させる。
「敬老の想いを忘れるべからず。人生の先輩を敬わぬその態度、到底許容できるものにござらん! 囚われの姫君を救いだし、不埒な輩は切り崩すにて候!」
 絶望を孕んだ黒光が、生命力に溢れた明るい風景を、惑星レギオンレイドの如き荒涼とした雰囲気に一変させる。もし聞こえていれば、72歳で姫君と呼ばれればかなり恥ずかしいだろうが、攻性植物と融合して肉体がどうなったか分からない今ならば、違った気持ちを抱けるかも知れない。
(「この戦が首尾良く終わったら聞くのも悪くないでござるか——いや無粋でござるな」)
 黒太陽が萎み始めるのと前後して、攻性植物は攻勢に転じる。
「さぁ、私を打ちなさい。……遠慮はいりません。どんどんいらしてください。ディフェンダーは私だけなのですから、皆さんの盾代わりに、すべて受け止めて差し上げます!」
 序盤の小競り合いから、この敵の強さの見当もついた。
 しかし戦いが計算通りにならないと知ればこそ、エレインフィーラはより堅実な手立てを選ばねばならないと考えて前に出る。
 そしてなによりも、定命化した今だからこそ分かる命の意味。
 定められた寿命が無いデウスエクスがどんなことでもできるのかと問われれば、今の状況下では、そうではないと答えられる者は多いだろう。
 生きている命という事実自体が奇跡なのだ。
 次の瞬間、触腕の如き攻性植物の根が、迷うこと無くエレインフィーラを捉える。
 次いで、急所を避けようとする動きを封じる様に四肢を固定してから、身体を密着させて来る。
「くうっ……! ウメさん。かつてないほど、私はあなたを救いたいと思っています」
 黒光が薄まって、普通の太陽光が戻ってくる中、緑のはずの敵の肌色が西洋人形ような澄んだ白に変わって行くように見えた。
「私が定命化して過ごした一月に懸けて! 制圧だけではない、護る戦いを!」
 満身の力を漲らせて拘束を解こうとするが、攻性植物の力が強く簡単には行かない。
「わたしもがんばるから、ウメも、エレインフィーラもうちょっとだけ耐えてくれなー!」
 グラニテの叫びに続いて、流星の如き光の筋を曳いた蹴りが攻性植物の頭部を直撃する。地面に激突しそうなほどに、巨躯は大きく傾いて、ぶら下がっていた大きな花の幾つかを落下させる。
「ありがとう……ございます。助かりました」
「お互いさまー、まずは戦える状況、作ってゆこうー!」
「そうっすよね。自分、か弱い老人に鞭打つようなことは、許せないんすよ!」
 斜めに傾いた攻性植物の身体に取りつくようにして、十三はウィッチオペレーションを発動、その強引な緊急手術がもたらす莫大な癒力が敵に刻まれたダメージを帳消しにするが、刻まれた状態異常は消失しない。
「よっしゃ、これなら大丈夫そうっすね」
「そのようです。あとは、私が簡単に落ちさえなければ、——いえ、私は砕けない、護る者がある限り!」
 頼もしいっすねと、十三は笑顔で応じつつも、今の人数はおばあさんを助けるには本当に最小限の戦力で、エレインフィーラの癒術の助け無しには目指す未来はつかみ取れないと確信した。
(「これが本当の、綱渡りってやつっすね……」)
 戦いは不利では無い、作戦にミスも無い。それなのに不安になってくるのは、思いがけないアクシデントに対応する余力が少ないこと。もしエレインフィーラの回復不能ダメージが敵のそれよりも先に限界に達すれば、おばあさんの救助は困難になる。そのバックアップには、スタンレイドの従える、ライドキャリバー『ヒノマルタロウ』が控えているが、もし出番となるようなことがあれば、かなり不味い状況だ。

●尽くした人事
 攻性植物の背面にはおばあさんの家があり、低いブロック塀と生け垣がある。
 エレインフィーラが正面から敵と対峙して、グラニテとスタンレイドが十字砲火の要領で左右から攻撃を掛け、十三とライトキャリバーが変化する状況に対応しながら、味方への支援や敵へのヒールを担っている。
「それでいいのです。此方に来なさい!」
 粘り気のある毒液噴射を、エレインフィーラは両腕で顔を隠すようにして受け止めた。
 熱くも冷たくも無い液体が濡れたという感触を感じさせないままに服の隙間から浸入し、間も無く布が身体に張り付く感覚がして強い毒に冒されたことに気がつく。
(「多少の苦痛ぐらい耐えられるつもりでしたが……」)
 思惑通り、敵は自分に狙いをつけている。そして緊縛も打撃も猛毒も、苦痛をもたらすばかりではなく、体力の上限を容赦なく削り取って行く。
 重ねられた怒りの感情から来る憎悪からか、それとも立ち続けるしぶとさへの苛立ちからか、緊縛に加えてさらに非道い責めを加えんと、それまでに無い触腕の動きを見せる。
 次の瞬間、爆音と共に突っ込んできたライドキャリバーが妖しく震える触腕の奔流に飲み込まれる。思惑を阻まれた攻性植物が悔しそうに舌打ちする刹那、機を逃さずにスタンレイドは必殺の間合いに敵を捉える。
「無観無携こそ我が月兎一刀流の極意。音と影だけを残して白刃を用いず叩き斬る」
 目に非ず、心にて捉え、刀に非ず、心にて斬る。手段を選ばずに極めんとした技の極至。
「——刮目せよ、これぞ我が心眼心剣、その名も雷影刃!」
 開く傷口という形でのみ刃筋を残す、神速の斬撃が攻性植物の肉体を斜めに裂いた。
「うっ、ぐぐ……」
 黄味の強い澄んだ体液が傷口から滝の様に溢れ出し大きく見えた攻性植物の身体は急速に萎み始める。
「スタンレイドさん、やりすぎかも知れないっす——」
 幸い止めには至らなかったが、激しい損傷に崩れ落ちそうな巨躯に駆け寄って、緊急手術を施した十三が珠の様に大きな汗を顔一面に浮かべながら苦々しい表情を見せた。
「土も、風も、太陽も。そこに生きる命も、みんなぽかぽかあたたかくて。だからきみにも、ぬくもりのお裾分けだー」
 グラニテの声と共に、広葉樹の若葉を揺らすそよ風の如きタッチがもたらす煌めきに溢れる気配が、これまでに積み重ねたバッドステータスを解除して行く。
「ははっ、なんか、次の一撃は、責任重大って感じはするっす」
 汗を拭い去って、間合いを再び広げた十三がグラニテの方を見る。
「信じろ。きっと大丈夫だ。わたしも、やれることはみんなしたぞー」
 命中の安定かもたらす過剰なダメージの可能性にまで気を配った、グラニテが心の底からの笑顔を見せる。
 水が高いところから低いところに流れる現象を理解していれば、自分の意図する場所に水を導くことが可能であるように、戦いにおいても予測可能な結果の積み重ねによって、目指す結果を導くことが出来る。
「ふふ、流石です。ここまで来たのですから、共に、ウメさんを救助しましょう!」
 エレインフィーラの声にほぼ同時に頷き合う、スタンレイドとグラニテ。
 次の瞬間、精神の集中によっても引き起こされた爆発の輝きがエンジェルストランペットの攻性植物を包み込む。
 断末魔の如き悲鳴が轟き、焼け焦げた匂いのする白煙が吹き抜ける。
 そして、煙が薄れた爆心地には、バラバラになった植物の破片のようなものと粘液に塗れたおばあさんが横向きに倒れていた。

●戦い終わって
 戦闘が勝利に終わり、誰もが気になるのは、被害者の安否であった。
「ウメーー! もう大丈夫だぞ。目を覚ましてくれー!」
 倒れたままのおばあさんの脇に跪き、グラニテの呼びかける声が響く中、季節が逆戻りしたような風が吹き抜けて粉雪が舞い始める。
「凍える吹雪の中にあって、雪は時にあなたを温める事もあるのをご存知かしら?」
 それはエレインフィーラの発動した癒術の余波。
 雪が孕む癒力が消耗しきっていたウメの体力を一挙に回復させ、痛んでいた着衣をも元通りの形に戻す。
「……あら? 今日はお客さんがたくさんですこと。えっ!?」
 瞼を開いたおばあさんの目に最初に映ったのは、不安そうに眉尻を下げたグラニテの顔。
 続いて感極まってハグをするグラニテの勢いにおばあさんは少し驚いて咳き込んだ。
「何も覚えていないのか? 結構大変だったんだぞー!」
「はいハッキリしたことはあまり……あそこのエンジェルストランペットが突然動き始めて——なぜだかおじいさんの声が聞こえたような気がして……」
 戦いの痕跡はどこにも残されていなかったが、玄関の方を指さしたおばあさんは、そこで咲き誇っていたはずのエンジェルストランペットが根こそぎ無くなっていることに気がついて、少し寂しげな顔をする。
「あのようなことがあった後でござる。さぞ怖かったでござろう。まずはそれがしの特別ブレンディ緑茶をご賞味されるがよかろう」
「お気遣い痛み入ります。ああっ、これは助けて頂いたのに、気が利かずに恐れ入ります。少し散らかっていますが、差し支えなければ、お上がり下さいませ」
 家の中はおばあさんの言葉通り本当に狭くて雑然としていた。
「……これは散らかっているというよりは、博物館みたいな感じですね」
 鳥の剥製や骨格標本、外国の人形のような物、古い足踏み式のミシン……眺めているだけで、エレインフィーラは好奇心をかき立てられるような気がした。
 縁側の窓を開けて庭を見渡せば、色づき始めた紫陽花がくす玉の様に膨らんだ花をつけている。
「冷めてしまったっすけど、よかったら、タコ焼きどっすか?」
「ありがとう、これは冷えても美味しいですね」
「本当だ。タコ焼きって、冷えると素材の味がよく分かるんだなー!」
 スタンレイドのお茶も、十三のタコ焼きも、きっと美味しい感動を分かち合いたい気持ちでもって来てくれたもの。美味しい物で元気にしたい。その真心があればこそ、おばあさんも精一杯の気持ちで応じたいと思う。
「あ、ウメも絵を描くんだ——この女の子は娘さんなのか?」
 グラニテが指さしたのは頭頂部から緑の双葉が生えた少女の絵。
「光と水を栄養にして生きられれば、他の生き物を殺さなくても生きていける——と思っている子でした」
 照れくさそうに笑うおばあさんを見ていると、グラニテは楽しい想像の世界は何歳になっても思い描くことが出来るのだろうという気がした。
「良いパステルだねーちょっと使わせてもらっていい?」
 沸き上がる創作意欲、皆がハッピーエンドを迎えられる世界を願って、グラニテは描き始めた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年6月3日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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