さくらんぼの夢

作者:坂本ピエロギ

 そのフルーツは、さながら初夏の甘酸っぱい夢と言うのに相応しい。
 ひと月に満たない間に風のように短い旬を迎え、夏の前に儚く消えてしまう。
 名を桜桃。またの名をサクランボという。
 節くれだった枝から垂れ下がる、深紅の瑞々しい粒は、まるで木々の新緑で輝く星座のような存在感を放つ。
 砂糖も何も必要ない、さっと洗って口に入れてみよう。プツリという確かな歯応えの後に仄かな酸味を含む甘い果汁が迸る。
 生だけではない、加工品も絶品ばかりだ。
 天日干しにされたドライチェリーは果実の酸味と香りが極限まで凝縮され、生の果実以上にサクランボのエッセンスが際立つ。クッキーやケーキのみならず、生のまま食べても美味しい食材だ。
 皮と種を丁寧に取り除いて作られた砂糖漬けは、中までシロップが染み込んでいるにも関わらず、半生と間違うような風味と歯応え。
 生地を台座にサクランボがずらりと敷き詰められたチェリータルトは大人にも子供にも人気が高く、気づけばペロリと平らげてしまう。
 ソフトクリームやジェラートも捨てがたい。芯の通った心地よい甘酸っぱさが、体をキンと冷やしてくれることだろう。
 そんなサクランボばかりを扱う物産展フェアに、攻性植物の胞子が飛来したのは――。
「お、おい! あれを見ろ、サクランボの苗木が……!」
「誰か! 早くケルベロスを……!」
 全く持って、不幸な出来事だったと言うほかない。
『サクッ!』『ランッ!』『ボオオォォォッ!!』
 こうしてサクランボの攻性植物達は会場を飛び跳ね、光線を乱射し、瞬く間にデパートを地獄へと変えていったのである。

「それは大変ですわ……!」
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は、事のあらましを告げたザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)に、息を忘れたような驚きの顔を浮かべた。
「うむ。このままではサクランボの攻性植物達のせいで、惨劇が起こってしまう……」
 事件が起こるのは、サクランボの物産展を開催中のデパート。屋外に展示されていた苗木に攻性植物の胞子が取り付いて、デウスエクス化するというのだ。
「残念だが、攻性植物が発生する未来は避けられない。急ぎ、討伐を頼む」
 敵は全部で3体。いずれも妨害に優れる個体だという。
 引火性のある樹液を吹きつけたり、サクランボの実を振り子のように揺らして催眠をかけて攻撃してくるほか、黄金に光る果実の光で傷を癒す能力も有している。
 迎撃地点はデパートの入口前にある広場で、攻性植物達はデパートの外周から現れる。
 なお広場付近の人払いは済んでおり、市民が巻き込まれる可能性はない。
「爆殖核爆砕戦の敗北にも関わらず、攻性植物の勢力はしぶとい抵抗を続けている。地道な仕事だが、奴らを大阪にのさばらせないため、これは絶対に必要な戦いなのだ」
 どうか確実な遂行を頼む――そう言って説明を終えた王子に、シアはそっと口を開いた。
「王子。このサクランボの物産展、参加して行く事は可能ですの?」
「勿論だ。無事に事件を解決できれば、の話だが……」
 油断しなければ全く問題なかろう。そう付け加えて、王子は物産展の話題を付け加えた。
「デパートでは、サクランボにちなんだ商品を買い求める事が出来る。青果はもちろん、菓子やドライフルーツ、それから苗木なども売っている」
 食料品の各コーナーでは、試食も出来るようだ。
 甘く香り高いサクランボ尽くしのひと時を、のんびり過ごす事が出来るに違いない。
「ふふっ。絶対に負けられませんわね」
「うむ、迅速かつ確実な遂行を頼むぞ。――それでは、出発する!」


参加者
月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)
フィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
楪・熾月(想柩・e17223)
美津羽・光流(水妖・e29827)
クラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)
ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)

■リプレイ

●一
 デパート前の広場は、シンとした静けさに包まれていた。
 昼だというのに都会の喧騒はなく、小鳥達の声だけが街路樹から聞こえて来る。
「サクランボですか。幼少期の頃以来、食べた記憶はないですが」
 ニコ・モートン(イルミネイト・e46175)は帽子のつばを上げて、デパートの垂れ幕に書かれた「物産展」「サクランボ」の文字に目を留めた。
「折角の物産展ですから、色々と食べ比べてみたいですね」
「ああ。だが先に、『連中』を早急に片付けないと……だな」
 デパートの入口を塞ぐように立つ鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は、建物の外周へと視線を向けて言う。
「来たぞ。……皆、気をつけろ」
『サクッ!』『ランッ!』『ボオオオッ!』
 現れたのは、サクランボ型の攻性植物が3体。奇妙な叫び声を上げながら、根を足がわりにケルベロスの方へ這い進んでくる。
「さく、らん、ぼー……? お名前かしら……?」
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は首を傾げ、湧き上がる疑問を口にする。
 姿こそコミカルだが、その本質はデウスエクス。放置すれば地球に禍を撒く存在だ。
「……加減なし、ですわね」
 悲劇の芽は、ここで摘み取らねばならない。
 素晴らしい実をつけるはずだった苗木への悲しみを封じ込め、シアは日本刀『野紺菊』を構えた。
「……サクランボさん、凄い鳴き声だね。フィーちゃん」
「うん。ちょっとあれは予想外だったかな」
 迎撃の準備を整えながら、どこか呆然とした表情で呟く月鎮・縒(迷える仔猫は爪を隠す・e05300)に、相棒のフィー・フリューア(歩く救急箱・e05301)は深く同意する。
「誰も危ない目に遭わないように、此処はしっかり倒さないとね!」
「うん。苗木さんはかわいそうだけど、放っておくわけにはいかないから……」
 縒は中衛のフィーを庇うように立ち、ライオンさんなりきりモードで気合を入れた。
「ごめんね……がおー!」
『サクッ!』『ランッ!』『ボオオオオッ!』
 縒の可愛い咆哮に、負けじと叫び返すサクランボ。
 端から見れば長閑な光景なんだけど――と、楪・熾月(想柩・e17223)は苦笑に似た表情を浮かべ、攻性植物に向かって肩を竦める。
(「その鳴き声、俺達の夢の方に残りそうだよ」)
 シャーマンズゴーストの『ロティ』に盾を任せ、ひよこのファミリアの『ぴよ』を肩に乗せて、熾月は藍玉が燦めく杖に雷を込め始めた。
「ぴよ、絶対に離れないでね」
 そう言って熾月は中衛を支援すべく、ロッドの先をフィーの背中へ向ける。
「あーあー、苗木かい……人生ならぬサクランボ生もこれからちゅうとこやったのにな」
 美津羽・光流(水妖・e29827)は、惜しむような表情を浮かべて溜息をついた。
「しゃあない、仇取ったる」
 攻性植物となった以上、討つ以外の選択肢はない。せめて苦しまず逝かせるのみだ。
 梅花の香りを纏う忍装束に包んだ身を鞭のようにしならせて、光流は得物の螺旋手裏剣を振りかぶる。攻性植物達もまた、枝の実を揺らしてケルベロスへにじり寄ってきた。
 張り詰めた空気が広場を包む。
「さあ行くよ。おいたする悪いサクランボは、キンキンのシャーベットにしてあげちゃうんだから!」
 宙を舞う氷結輪をクラリス・レミントン(夜守の花時計・e35454)が回転させると、それに反応するように攻性植物達が襲い掛かってきた。
 戦闘開始である。

●二
 先手を取ったのは、シアだった。
「行きますわよ」
 言い終えると同時、シアは敵の間合いへ飛び込む。
 パァン――。
 野紺菊が描く白い三日月に触れた攻性植物の枝が、派手な音をたてて斬り飛ばされた。
 続けて熾月が、クラリスとフィーを雷の壁で包む。
「シアと同じ敵を狙って、ロティ」
 心得たとばかりロティが霊魂を引っ掻くと、攻性植物達は怒り狂ったように、
『サクッ!』『ランッ!』『ボオオオオッ!』
 次々に赤い果実を振り子のように振り始める。催眠攻撃の予備動作だった。
 攻撃動作を取ったのは2体。狙いは前衛と中衛だ。
「ちっ、いきなりか……!」
 郁はクラリスを庇い催眠術を受けるもギリギリのところで正気を保ち、シアの刃を浴びた個体へ竜砲弾を撃ち込んだ。
 クラリスは氷結輪から放つ冷気でサクランボを凍り付かせ、郁の様子を注視した。
 郁の目線は宙を漂い、焦点も定まっていない。もう一度浴びれば、深い催眠状態に陥ってしまうだろう。
「だったら、これで治しちゃうよ!」
 フィーが発動する『幻想のオーケストラ』が広場に鳴り響いた。小動物や人形達の奏でる合奏がケルベロス達を包み込み、状態異常の耐性を付与していく。
「僕も支援をお手伝いしますよ」
 ニコは杖をぐるっと回すと、光る五線譜を描き出した。
「大事なおまじないをかけるから、お静かに」
 オーケストラの力が届かない後衛を、五線譜から飛び出た音符がニコの意思によって旋律を奏で、静かに短く鳴り響く。
 熾月とフィー、そしてニコの支援を受け、ケルベロスは反撃に移った。
「大丈夫だよ! しっかり狙えば、びしっと当たる!」
「まとめて釘付けにしたる。じっとしとき」
 前衛の命中を底上げする、縒の『一心の啼』。それを後押しするように、光流が手裏剣を雨あられと敵の頭に降らせる。
 根を縫い留める手裏剣の嵐に反応するように、攻撃に参加しなかった最後の1体が、黄金に輝くサクランボの光で取り除き始めた。
『サクッ! サクーッ!!』
「その鳴き声、その姿……本当に痛ましいですわ」
 悲しみに沈んだ表情を浮かべたシアは、手負いとなった敵の足元に瞳を向けると、囁くような声でその言葉を紡いだ。
「ただ、一輪」
『サクッ!?』
 攻性植物の足元に花開くは一輪の令花。
 サクランボの心を暴いた小さな花が、サクランボの保護を音もなく消し去った。
「気をつけて、来るよ!」
 熾月のエレキブーストがフィーの催眠を消し去った直後、攻性植物達は3体同時に燃える樹液を吹きつけて来た。
 今度の狙いは後衛だ。
 縒とロティが盾となるも、ふたりの間をすり抜けた一撃がニコへと到達した。
 一斉に立ち上る3本の火柱。炎を吹き消した郁が、反撃でオーラの星を蹴り飛ばす。
「倒れろ!」
 縒の遠吠えで集中力を研ぎ澄ませた郁の一撃が幹に直撃し、苗木の樹皮を削り取った。
 悲鳴を上げるサクランボ。好機だ。
「クラリス、頼む!」
「任せて。さぁひつじ達、突撃タイムだよ!」
 クラリスの奏でる軽快なメロディに乗って、エクトプラズムの羊の群れがサクランボ達をもみくちゃにしていく。
「迷わず進め 夢見たあの場所へ 僕ら皆が一緒なら きっと怖くなんかないさ」
 踏みつけられ、突き飛ばされ、転がされ、悲鳴をあげる攻性植物。
 そこへ降り注ぐフィーのマルチプルミサイルがとどめとなり、深手を負った1体が粉々に砕け散った。

●三
 仲間を失い窮地に陥る攻性植物とは対照的に、ケルベロスは攻撃の手を強めていく。
「これで……!」
 縒が放つ回し蹴りは暴風を生み、攻性植物の保護を容赦なく吹き飛ばした。
 エクトプラズムの羊によってジグザグの傷を受けたところへこの一撃である。敵が黄金の光で付与した保護は、見る間に無意味な物へと変わっていった。
 ケルベロスの攻撃は止まらない。更なる追撃を光流が放つ。
「西の果て、サイハテの海に逆巻く波よ。訪れて打て。此は現世と常世を分かつ汀なり」
 胸の前で描いた波模様が空間を切り裂き、溢れ出た海水がサクランボを飲み込んだ。
 直撃を受けて転倒し、絶叫する攻性植物。氷を溶かしきれずにケルベロスの攻撃を浴び続けた事で、その体力は大きく削られているようだ。
 ニコは炎の勢いを弱めると、バトルオーラの音速拳で敵を殴り飛ばす。
「それにしても、鳴き声がうるさすぎですよ!」
 回転しながら宙を舞い煉瓦に叩きつけられた攻性植物は、むくりと身を起こすと霜の降りた樹木を揺さぶって、サクランボの催眠を後衛へと飛ばす。
『ラ、ラン……ラ……』
 悪あがきのような一撃は、しかし縒と郁が熾月とニコを庇い、
「ちょっと痺れるけど、我慢してね」
「誰がチェリーや! 誰が!!」
 熾月に生命賦活の電流を注ぎ込まれた光流は、シャウトで催眠を完全に吹き飛ばした。
「……っと、あかんあかん。錯乱させられてもうたわ、サクランボだけに」
 おどけた口調で肩を竦めて笑う光流。
 前方では緑色の翼を広げたシアが、地上を滑空しながら敵の懐へ飛び込んでいた。
「終わりと致しましょう!」
 三日月の一閃が攻性植物の胴を切断、サクランボはぐらりと幹を傾かせて枯れ果てる。
 最後の1体はケルベロスを惑わそうとして、体を引きつらせて実を落とした。
「やった……! フィーちゃんのミサイルが効いたみたい!」
「ふふーん。さあ、一緒に攻撃だよ縒ちゃん!」
 ヌンチャク型如意棒の乱舞で、サクランボの枝をへし折っていくフィー。その反対側から挟み込むように縒の螺旋掌が幹を打ち、敵の体内を滅茶苦茶に破壊する。
「郁、とどめ行くよ!」
 クラリスがあらん限りの速度と重さを乗せた音速拳が蜂蜜色の尾を引いて放たれ、
「了解だクラリス!」
 郁が己の内包するグラビティ・チェインを込めたドラゴニックハンマーを振り下ろして、
「行けえええっ!」「食らえ!!」
『ボ……ボオオオオオオッ!!』
 残る敵を跡形もなく粉砕し、戦いに幕を下ろした。
 深手を負った仲間はゼロ。周囲の損害も煉瓦が割れた程度の軽微なものだ。
 熾月はニコと一緒に仲間達をヒールすると、ロッドを地面の亀裂に向ける。
「お疲れ様。それじゃ修復しようか」
「そうしましょう。サクランボが僕達を待っています!」
 ニコが杖で五線譜の光を描き始めるのに合わせて、仲間達も現場を修復していく。
 こうして平穏の戻ったデパートには、人の賑わいが戻り始めていた。

●四
「これは凄いですね……!」
 デパートに入ったニコは、物産展会場を埋め尽くすサクランボに目を見開いた。
 生食、アイスクリームにタルト、ドライチェリー。薄紅色の宝石のようなサクランボが、ケルベロスの視界を埋めるように並んでいる。
「見て見てフィーちゃん、すごく綺麗……!」
「うん、綺麗で美味しそう。なんか食べるの勿体ないかも」
 縒が指さす木箱入りの高級品サクランボを見て、フィーは思わずそう呟いた。
 艶やかな色合いに、ぷっくり膨らんだ果肉。農家の人達がひとつひとつ丁寧に選別して詰めたのだろう、粒のサイズや色艶はぴったり同じに揃っている。
「僕はどれがいいかな……よし、これにしよう」
 試食品を何種類か摘まんで、フィーは大粒のパックを手に取った。
 ぎっしり詰まった実は真っ赤に熟れて、傷んだ箇所はどこにもない。まさに今が食べ頃といったサクランボだ。
「うちは、こっちがいいな」
 いっぽう縒は、お買い得用のパックを手に取った。
 中には500円玉サイズから10円玉サイズまで、大小揃ったサクランボが沢山だ。形はやや不揃いだが、皆でわいわい食べるにはもってこいだろう。
「フィーちゃん、一緒に食べよ! あ、旅団の皆と兄ちゃん達にお土産も買わなきゃ!」
「りょーかーい。付き合うよ♪」
 ずっしりとした重さに頬を緩ませる縒に、ほくほく顔で頷くフィー。
(「ふふふ。この一番美味しそうなサクランボを縒ちゃんの口に……」)
 悪戯っぽい笑みを浮かべるフィーより一足先に、クラリスとシアは、買ったサクランボのパックにそっと指を伸ばした。
「サクランボ、美味しそうだね……!」
「はい。早速いただきましょう」
 ずしりと重く、艶やかに光る大粒を、そっと口に入れる二人。
 ぷっつり皮が破れ、溢れ出る果汁。蕩ける甘味の後を追いかける鮮烈な酸味。つやつやで瑞々しく、きゅんと甘酸っぱい初夏の幸せを体現したような味だった。
「ふわぁ……サクランボ、美味しいね」
「このみずみずしい甘さ……! とても素敵……!」
 嬉しい悲鳴をあげる二人の傍で、熾月は肩に乗ったぴよにも一粒を差し出す。
「気に入ったかい、ぴよ?」
「ロティもぴよも嬉しそうだな。美味いもんな」
 実をついばむぴよを見て、微笑む郁。
 生以外にもお土産を見てみようと、郁は熾月や仲間達と場内を回る。
「ドライチェリーは買った、と。次は……おっ、あれは」
 目に留まったのは氷菓子のコーナーだった。
 展示ケースのガラスを一枚隔て、綺麗な容器に包まれたアイスクリームやジェラートが、ひんやりと冷気をまとって並んでいる。
「ふむふむ、ジェラートがイチオシですか。やっぱりそうじゃないかと思ってました!」
 ニコは店員のお勧めに目を輝かせると、早速買ったジェラートにスプーンを伸ばした。
 ちょっぴり欲張ったひと匙をぱくりと頬張り、ニコはほろりと頬を緩ませる。
「ああ……滑らかなくちどけ、抜けるような香りと程よい甘さ……これは最高です」
「んんん、美味しい! 戦った後の疲れも吹き飛ぶね」
「お土産は買ったし、ゼリーやジェラートは美味しいし。うち、幸せ」
 惜しみない称賛を述べるニコに、クラリスと縒も感極まったように歓声を漏らした。
 桜の花弁より薄い紅色のクリームは、舌の上で濃厚な香りとなって花開く。サクランボ特有の、弾むように軽快な甘酸っぱいフレーバーが、心と体をスッと吹き抜けていく。
 縒はジェラートを食べ終えると、追加注文でサクランボたっぷりのパフェも頬張った。リッチな牛乳の風味に乗った爽やかな酸味と甘味が、優しく体に沁みるようだ。
「暑い季節になってきたし、冷たい食い物は嬉しいよな」
「ん、しあわせ。お目当ての品も手に入ったし……ね」
 ジェラートをつつく郁に熾月は頷くと、包みのチェリータルトに目を落とす。
 しっとりしたシェルに甘いチェリーをたっぷり詰めた品はお土産にも最適。
 見た目から満点、食べる宝石という所でしょうか――とは同じ品を買ったシアの言だ。
「ん~、ジェラートかソフトか、どっちがええかな~」
 光流は散々悩んで、両方買う事に決めたらしい。
「どうぞ喜んでくれますように……っと」
 彼がジェラートに込めたのは、溢れんばかりの恋心。
 恋人と二人でサクランボのようにくっついた光景を想像し、ソフトクリームを舐める彼の鼻の下がちょっぴり伸びたのは愛嬌だ。
 こうして皆の舌が満足し始める頃、シアとクラリスは苗木販売コーナーへ足を運んだ。
「色々な品種がありますわね」
「うん。あっ、見てこのサクランボ、綺麗だよ」
 クラリスが目を留めたのは、ルビーのような実をつけ始めた苗木だった。
 丈夫で受粉樹もいらず、花も美しい品種だという。
「沢山実がなったら、友達にもお裾分けできるかな」
 店員の説明に想像を遊ばせるクラリスに、シアはニッコリと微笑む。
「ええ、きっと。私はこの苗に決めましたわ」
 このこは元気に育ちます様に――。
 黄色いミモザを優しく揺らして、シアは心から願うのだった。

作者:坂本ピエロギ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年5月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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