名を継ぐもの

作者:麻人

 天変・地異(は帰ってきた・e30226) が何者かの襲撃を受けたのは、日も暮れかけた黄昏時の時刻だった。
(「まさか――?」)
 いま、彼は襲撃者の足取りを追いかけている。単独では危険だと知りながらもそうせざるを得なかった理由――土人形だ。足元に投げ込まれたそれが爆ぜて、もう少しで傷を負うところだったのだ。
「オレは知っている……あの術を、土による技を極めたあいつの名を――!」
 ざっ、と跳躍して襲撃者が逃げ込んだと思しき廃墟の窓から内部へと転がり込む。そこに、『あいつ』はいた。
「お前、ユズル……!!」
 華美な衣装に甘い顔立ちの青年は肯定とも否定とも取れない仕草で首を傾け、薄っすらと唇を開いた。
「気安く呼ばないでくれるかな、ええと……今はなんと名乗っているんだったっけ?」
 すっと、ユズルの指先がタクトを振るように宙を泳いだ。地異を取り囲むように、円形に土人形が出現する。
「――天変地異」
 胸をかきむしられるような激しい感情を覚えつつ、地異は己の名を名乗った。
「お前から受け継いだ名だ……!」
「くだらない感傷はやめてもらおうか」
 ユズルが言い捨てると同時に、土人形が爆発する。地異は歯ぎしりして難を逃れると、戦うため、彼を倒すための拳をきつく握りしめた。

「緊急の事態です」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の報告によれば、天変地異が宿敵とまみえているのは廃墟に取り残されたビルの内部。一瞬即発の状況だ、と彼女は告げた。

「いますぐに駆け付けたとしても、介入は戦闘開始とほぼ同時になるでしょう。ただし、敵は人払いをしており、邪魔が入ることを想定してはいないはずです。皆さんの援軍は宿敵・楠木ユズルの不意をつく形になると思われます」
 螺旋忍軍であるユズルは、その見た目とは裏腹に高い戦闘能力を持ち、優れた土系の術を使いこなす。
 ひとつには、まるで爆弾のような効果を及ぼす土人形。
 ふたつめは、土人形を身代わりにしての回復と盾を得ること。
 そして、最後は戦場一帯を底なし沼と化して飲み込む。

「お二方には浅からぬ因縁がある様子……ですが、敵はデウスエクス。倒さねばならない相手です。どうか、地異さんを救い、宿敵を倒す力添えをよろしくお願いします」


参加者
五嶋・奈津美(なつみん・e14707)
霧崎・天音(星の導きを・e18738)
天変・地異(は帰ってきた・e30226)
有頂天・独尊(酒池肉林・e33043)

■リプレイ

●過ぎ去りし時と未来の狭間で
 夕暮れの沈みゆく太陽が二人の横顔を狂おしく照らしあげていた。鉄骨の長い影はまるで、既に死した骸骨のように不気味な絵面をこれから戦場となるべき場所へと投げかけている。
「ユズル……お前は信じないかもしれないが、俺は――ずっと、お前と再会することを祈ってたよ」
 例えその時が、互いに殺し合う時だとしても天変・地異(は帰ってきた・e30226)の決意に揺らぐ気配は見られなかった。
 覚悟なら、とうの昔に出来ている。
 その言葉に嘘も躊躇いもないことを感じ取ったらしく、ユズルは「ならば」と静かに呟いてその手に土人形を呼び出した。
「ここで死んでもらうよ!」
「――そんなこと、絶対にさせない……!」
 朱赤に染まる夕陽よりも赤い髪が宙を舞い、霧崎・天音(星の導きを・e18738)がすんでのところで窓枠を飛び越えて駆け付ける。
「天音!?」
 驚いた地異がその名を呼び、天音はしっかりと頷いた。
「地異、無事!? 助けに来たわ!」
「五嶋まで……!!」
 続けて姿を現したのは、黒い毛皮に白髭のウイングキャットを連れた五嶋・奈津美(なつみん・e14707)だ。
「よかった、間に合ったみたいね」
「地異さんが危ないって聞いたから……どんな事があったのかはわからないけど、でも……あなたは絶対に守ってみせる……どんなことをしても!」
 天音の突進は星を纏った流星の如き蹴りだった。
「くらいなさい……!」
 天井ぎりぎりまで跳躍してからのスターゲイザーに左腕をもっていかれ、ユズルは舌打ちして泥人形を天音に投げつける。
「ッ――」
 とっさに目を庇い、両腕を顔の前に掲げた天音へと同じく地異のために駆け付けた彼の師匠である有頂天・独尊(酒池肉林・e33043)が鋭い声を掛けた。
「大丈夫か! 今すぐに回復する!!」
 同時に独尊の足元から展開した鎖の魔法陣が天音と地異の周辺に強固な盾を作り上げる。
「独尊も来てくれたのか!」
「間に合ってよかったぞ」
 ほっと安堵の表情を見せ、独尊は剣呑な眼差しをユズルへと差し向けた。
「地異、一人で勝てる相手でないぞ。まだまだじゃな」
「うぐっ、お説教なら後で聞くって!!」
 周囲を囲っていた土人形が見る間に泥へと溶けてゆき、地異たちの足元に底なしの泥沼を作り上げる。
「お仲間ごと、まとめて消してあげるよ!」

●土の使い手
「バロン、あなたが頼りよ! 皆を守って!」
 奈津美の言葉にバロンは「ニャ!」と勇ましく鳴き、翼を広げて滑空するように前へ出た。清らかな風が見るまに泥で汚れた足を洗い流して、その効果を拭い去る。
「いいわよ、バロン。その調子でお願い!」
 彼の巻き起こす風に背を押されるようにして、奈津美は愛用のロッドで見えない鈍器を打ち出すようにそれを振るった。
 ユズルは眼前に防御用の土人形を展開して、正面からそれを受け止める。
「!?」
 だが、すぐにはっとして肩越しに振り返った――その先に、両手で日本刀を抜いた地異がいる。
「く――!!」
 真上から斬り下ろされた剣閃に傷口を広げられたユズルは苦悶の呻きを発した。
「もう一度ッ!!」
 返す刃でその胸元を更に抉る。
「ッ……!」
 ユズルの視線が、自由の利かなくなった足元に注がれた。これでは満足に攻撃を避けることもできない――!
「案外とやるじゃないか」
 もう一度、彼はまるで壁のような人形を盾にするため呼び出した。
「以前の君とは大違いだな。それでこそ、殺し甲斐がある」
「なぜならば――」
「?」
「相手がお前だからだ、ユズル。いや――かつての天変地異!!」
 地異の構えた刀の切っ先が雷を纏って稲光る。二人の会話を聞いた天音が目を見開いた。気づかず、地異は刀を振り下ろす――!!
「りゃあああッ!!」
「させるか!!」
 真正面から、迅雷と土人形がぶつかって爆ぜる。激突に耐えきれず、建物自体が大きく揺れた。足場がおぼつかない中で、天音は床を蹴って今度はその脚に炎を宿してユズルへと躍りかかる。
「しつこいな……!!」
「きゃあッ!!」
 カウンターで土人形の爆発を喰らい、炎で焼けたユズルが一歩後退するのと引き換えに天音の体が壁へと叩きつけられる。
「天音!!」
「こんなの……なんとも、ないッ……」
 血だらけで踏み堪え、両腕のパイルバンカーを全開にしてもう一度飛び掛かる。その前後に薄い霧のような幻影がぶれて見えた。
 にやり、と独尊の唇が笑みを象る。分身の術によって、迎撃する土人形の爆撃がその威力を減衰されているのだった。
「――!!」
 激しい敵意を乗せた一撃が、ユズルの脇腹を深々と抉った。
「天音……!」
 あまり感情を表に出さない天音の怒りが、思わず奈津美に息を呑ませる。
(「確かに、最近は感情を見せてくれるようになってきたところではあったけど。それくらい、彼女にとって地異が大切だってことよね」)
 その気持ちを汲み、奈津美もまた容赦のない攻撃を続ける。力強く握りしめたロッドへとグラビティチェインの力が注ぎ込まれ、杖先にまで満ちた瞬間にそれを敵へと叩きつけた。
「ぐあ、ああッ!!」
 まるで弾けるように、ユズルを守っていた人形が破裂する。
「くッ、人形が……ッ」
「あなたと地異の間に昔何があったのかは知らないけど、これ以上手出しはさせないわ」
 じり、とにらみ合う二人の距離に変化が生じていた。
 ユズルの方が、若干だが下がり始めている。気づいた奈津美はその足運びが不自由であることを知ってすぐさま魔導書を開いた。
「逃がさないわ!」
 ペトリフィケイションの光が彼を包み込み、その動きを一瞬にして封じる。その隙を見逃すことなく、懐へと潜り込んだ地異の刀が再びユズルの傷口を深く抉り上げた。
 ――赤い鮮血がユズルの服を染め、地異の頬に染みをつくる。
「く……、こんなはずじゃ……ッ」
 揺らいだ足元を天音の襲撃に掬われ、ユズルは自らの土人形が爆ぜた泥の上に倒れ込む。とっさに沼地を拡げ、悪あがきのようなそれが奈津美と独尊の足元を飲み込んだ。
「なんのこれしき!!」
 カッ、と独尊の赫瞳が輝きを帯びた。その身に宿した魔紋の力を得て、独尊は彼の人形を破るための力を地異たちに与える。
「さあ、地異! 今じゃ!!」
「うおおおぉぉおおおッ――――!!」
 渾身の力で薙いだ刀が、ユズルの肩から腰までを袈裟に斬り裂いた。
「浅い……!」
 叫んだ奈津美の脇を、疾風のように天音が駆ける。
「天音――!!」
 目が合った瞬間、地異は頷いていた。
「行くぜッ、天音!!」
「はい……!」
 二人の距離が限りなく零に近づいた瞬間、まるで反発する磁力のように赤と青――炎と氷の『気』が迸った。本来は混ざり合うことのないはずの太極の力が収斂する時、桁違いの破壊力が生み出されるのだ。
「ああああ、あああッ――!!」
 焼かれ、凍結し、燃えながら砕け散る。
 自らの生み出した泥人形と共に気が狂わんほどの苦痛に苛まれながら、ユズルは炎氷の渦の中に消えていった。

●名を背負うもの
 彼が存在した証すら残さず消えていったその場所に佇んだまま、地異はぽつりとつぶやいた。
「……天変地異はちゃんと受け継いだぜ。この俺が、この拳が」
 氷気を纏う手を握りしめ、地異は彼の魂を見送るように瞑目する。
「地異さん……」
 もの言いたげな天音の視線に苦笑して、地異はわざと飄々とした調子で言った。
「ああ、もう気づいてると思うけど天変地異ってのは俺の本当の名前じゃないんだ」
「……聞いてもいいの?」
 彼が答えたくないのであれば黙ってそばにいようと思っていた天音は少し驚いたように顔を上げた。
「もちろんだよ。天音は、俺の大切な人だから。さっきは助けに来てくれて嬉しかった、ありがとう」
 囁くように告げられた名前。
 天音は無言でそれを聞き入れ、頷いたように見えた。
「さっきのあいつ、ユズルはオレの親友だったんだ。そして、オレはその名を継いだ……」
 もう何も残ってはいないその場所に向けて、地異は小さく「じゃあな」とつぶやいた。それが最後の別れの言葉だった。
 周囲の損害を直して回っていた奈津美は、同じく作業を手伝っていた独尊とこっそり顔を見合わせる。
「2人ともいい雰囲気ね?」
「まったく、果報者の弟子じゃな」
 頃合いを見て、奈津美は二人に声をかけた。
 地異はすぐに顔を上げ、改めて感謝の言葉を述べる。
「五嶋も独尊も、ありがとうな」
「ううん。わたしたちは当たり前のことをしただけよ。さて、片付けも済んだことだし、無事を祝って皆で何か食べに行こうか?」
「……じゃあ、焼き肉がいいな……」
 ぽつりと天音が言い、独尊が胸を叩いた。
「よし、ならここはワシの奢りじゃ!! 喜べ皆の者!!」
「マジで!? やったー、俺カルビ食べたい!」
 破顔一笑して、地異が挙手する。
「うむ。いくらでも頼むがいい」
 独尊は腕を組み、得意げに言った。
「本当? なら、私はお腹いっぱい食べたいかも……」
 緊張が解けたせいか、天音のお腹が小さく鳴った。ほんの少しだけ慌てて、両手でお腹を押さえるようにする。
 街に戻って、焼き肉屋の暖簾をくぐった時。
 雑然とした店の喧騒が何となく懐かしく感じたような気がする。
「さあ、なんでも頼むがよいぞ。わしはビール一杯!!」
「よーし、じゃあさっそくカルビ下さい!」
「私は……取り合えず、ここからここまで……」
 メニュー表の一列目を指差して店員に注文する天音に、独尊がぎょっとする。財布の中を確かめる彼女の脇で、奈津美が運ばれて来た先から肉を鉄板の上に並べていった。
「さぁ、皆ドンドン食べてね!」
 小皿に取り分けていると、奈津美の膝元で膨らんだ鞄が揺らめいた。少しだけ開けてあげると、バロンの物欲しげな瞳と目が合った。
「バロンもお疲れ様。はい、あーん」
 味のついていない焼いた肉を差し入れてやると、嬉しそうに齧り付く。
 その間にも、天音の箸は止まらない。表情ひとつ変わらないまま、次々と皿が空になっていく。上手そうに冷えたビールのジョッキを傾ける独尊も、好物のカルビをかき込む地異も――ささやかに過ぎゆく時間の尊さに身を委ねるように、焼き肉を堪能し尽くしたのだった。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月29日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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