レイリの誕生日 ミッドナイトブルーに染まって

作者:秋月諒

●生まれた日ということ
 薄く差し込む朝日に、ベッドの中で縮こまる。薄く開いたカーテンが外の景色を教えていた。日が昇ってまだ少し、朝焼けのひどく強い赫にゆるゆると体を起こす。
「朝……そう、朝ですよね」
 何時もより少しーーいいや、だいぶ早い。開け放ったカーテンの向こう、よく見えた空は晴天の予感を滲ませていた。今日はきっとよく晴れるだろう。そんなことを思うのに、ふと、雪景色がちらつく。遠い日のこと。小狐ちゃんと笑われた日のこと。間違ってもいなかったから、言い返せなくて。けれど最後の最後、レディになるようにと言った人を見送ってーー……。
「己が魂を主として。私は、大人になれたのでしょうか」
 レディに。
 分からないけれどきっともう、小狐でいられないのだけは確かだ。

●ミッドナイトブルーに染まって
「そうか、レイリちゃんももう二十歳か……、二十歳か」
「そこで二回言われたのがちょっと気になりますが。そうですよ、千さん。二十歳になったんです」
 レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って笑みを見せた。
「夜更かしだって色々できちゃうんですよ」
「成る程ねぇ」
 年嵩の友人は小さく笑って、ココアの入ったグラスを置く。オレンジピールに今日からはリキュールもね、と笑う千鷲はそれで? と首を傾げた。
「レイリちゃん的にやりたいこととかってある?」
「やりたいこと、ですか?」
「そうだね。二十歳になったしやってみたいこととか。まぁ勿論プレゼントは別に用意してはあるんだけどね」
 大人になって、と敢えて言わないのは気遣いだろうか。知り合ってもう随分となるひとを一度見つめて、レイリは微笑んだ。
「千さんって、気遣いもできちゃうんですねー」
「お兄さんだからね。まだ。頼れるお兄さんポジを維持しようとしてみたり、かな?」
「成る程」
 甘くて、少しだけ大人の味がするココアに口をつけて、ほう、と息をつく。オレンジの香りが抜けてちょっとだけオランジェットが恋しくなる。
「じゃぁ、お酒、飲んでみたいです」
 お決まりみたいなものだけれど。やっぱりずっと気になっていたから。酒場とかバーとかそういう素敵な場所の雰囲気というものを味わってみたいのだ。
「成る程ね。まぁ自分がどれくらい飲めるか……っていうのはまだ早くても、何か好きなものを探すのは良さそうだね。参考までにレイリちゃんの中でお酒のイメージって?」
 お店は探しておいてあげるから、とにっこりと笑みを見せた千鷲に少しばかり考える。周りの年上たちはみんなお酒が飲める人たちだったけれどーー……。
「ショットグラスチェスとかですかね」
「ーー……、よし。レイリちゃん。普通のお店から行こうね」
 記憶をたぐり寄せた先、迎えられたのはがしりと肩を掴む友人の有無を言わさぬ笑顔で。ココアにおまけだというクッキーを乗せた千鷲が情報収拾に出かけたのを見送ると、レイリはケルベロスたちをみた。
「何だか千さんがお店を貸切にしてくれるそうなので、良かったら皆様も如何ですか?」
 きっとお酒はいろんな種類が揃っている場所だと思うので、とレイリはいう。

 メモ書きにはミッドナイトブルーの文字。
 天井には星空を映すというカジュアルバー。
 決まりごとはただ一つ、ミッドナイトブルーのリボンを体や髪に一本つけること。
 カクテルやウイスキーをメインに出すカジュアルバーだが簡単な食事であれば取り扱っているのだという。オーナーの一押しは、シンプルだがハムとチーズだ。5種のチーズに、ハムはその日の天候に合わせた一品を。簡単な食事であれば小さなグラタンから、アヒージョと種類も様々だ。
 立ち席も多いが、カウンターと少ないがテーブル席も用意されているという。
「日々の感謝を。いつも来てくださっている皆様に」
 向かってくれる人たちがいるから、自分も依頼を告げることができるのだ。
「そして帰ってきてくださっている皆様に。できれば一緒に」
 ミッドナイトブルーに染まって。
 素敵な夜の時間を過ごしませんか?


■リプレイ

●ミッドナイトブルーに染まって
 高めの天井に紗の夜空が描かれ、瞬く星は春の星座を写す。
 今日という時を楽しんで。
 それはこのバーでは決まりの言葉。
 レコードの代わりに古びたピアノが今宵ひと時を彩るのだ。
「おとなになるってどんな感じ?」
 興味津々とティアンは目を輝かせた。ききたい、と囁く少女にぱち、とレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)は瞬いた。
「そうですね……。朝起きた時は、あぁ今日から大人なんだなって思ったんです」
 でも、とレイリはグラスに触れる。
「いきなり大人だぞとはいかないですね。やっぱり。でも、私の知っている人達に近づいて追い越すのであれば誇らしくありたいと」
「そうか」
 故郷を離れて既に千夜は越えた。あの頃から変わったこと、変えたこと、たくさん。
(「いつか自分も先達になる番が来るのか、わからないけれど。あの頃並びたかった大切な人達に、追いつかせてもらえなかった人達に少しでも近付いているだろうか」)
 共に歩く幸福が得難い事、よくしってる。
 得られている事の幸福をそっと、かみしめた。

「こういうバーもいいですね、良い雰囲気ですし♪」
 艶やかな髪を揺らし、蒼香は微笑んだ。オススメのハムはカクテルに合わせたハモンだった。濃厚な旨みに目を細め、唇を綻ばせた蒼香にカイムは頷いた。
「私はまだお酒は飲めないのでこういう場には初めてですが、バーというのは綺麗な雰囲気がしますね」
 二人は椅子席でゆったりとした時間を楽しんでいた。カクテルグラスに指を滑らせ、ふ、と悪戯っぽい声音でやっぱり、と蒼香が囁く。
「アルコールを飲むと温まってきますね、ほら♪」
「そ、蒼香さっ!?」
 身を寄せられれば柔らかな肌が触れて、かぁっとカイムは頬を染めた。

「季節のカクテルって今だとチェリーブロッサムとか?」
「うん、最初はチェリーブロッサムで」
 桜リキュールも美味しそう、とミレッタは笑みを零した。
「俺は拘りはないから、ジンフィズからにしよう」
 乾杯しましょう、と誘う声に笑って、二人、グラスを小さく鳴らし合う。
 立ち席で二人、カクテルを片手につまむワインは程よくスモーキーで思わず口元が綻ぶ。
「星空の下でお酒って、故郷を思い出すわ」
 お酒もハムもチーズも美味しい。
 綺麗でゆったりできて安心出来る場所と人と美味しいお酒。これは顔が緩んで耳が寝るのも致し方ない。
「摘みが美味けりゃ酒も美味いし、良いバーだね」
 ふ、と雨祈が横を見れば、ぴこぴこと言葉より雄弁に美味さを語る耳。溢れる笑みを隠すようにグラスの口をつけた。

「お酒初心者の私でもいけそうなカクテルとか知ってる? お酒の甘めってどんな甘さなのかしら?」
 ジュースみたいな感じ? と聞く小町に考えながら灰は言葉を選ぶ。
「初心者なら甘くて飲みやすい果実系のリキュールカクテルか。ま、ジュースみたいなもんさ」
「私もちょっと調べてきたけどピンと来ないのよね……。夜の雰囲気なこのお店から『ブルームーン』飲んでみたいと思ったけど」
 一緒に飲んでくれる? と小町は緩く首を傾ぐ。ふ、と灰が笑った。
「ブルームーン……いいな、この店にピッタリだ」
「ん。少し強いお酒らしいけど、灰と一緒なら安心ね」
 さぁ、星空へ月を掲げて、乾杯しよう。

「僕はたまに仕事に行き詰まったりすると気分転換に飲みに行ったりするね。そのときはぼんやり飲んでいるだけだけど、それが役に立つなら」
 一緒に来れて嬉しいよ、と彼女を招いて、二人テーブルの席につく。ピアノの生演奏を聞きながら、二人で選んだのは宇宙の匂いがイメージのラズベリーソーダ。少し前にピジョンが話を聞いたものだった。
「あの星がレグルス、しし座の一等星。しし座の隣には見つけにくいけどかに座があるの。かに座としし座、何か気づかない?二人とも夏生まれだから星座も並んでるんだよ」
「へぇ、あれがしし座とかに座かぁ。そっか、星座も隣同士だったんだ。じっくり見ることもなかったから気づかなかったが、もしかして向かい合っているように見えるのは気のせいではない、かな?」
 ぱち、と瞬いたピジョンにマヒナは微笑んで頷いた。

「いつかの先生のお礼、まで含めちゃ流石に詰め込みすぎかね」
 祝いの言葉と共に軽く言って笑うキソラに、いいえ、とレイリは笑みを見せた。
「ありがとうございます。キソラ様。なんだかこういうの、大人っぽいですね」
 擽ったそうに笑うのは、娘の想像の範囲にある大人雰囲気がしたからだろう。渡すのは星空の名を冠するショートカクテル。流れる星の色に淡く色付いたシャンパンベースのものだ。
「わぁ……すごい、綺麗です」
「この星空の様に、わくわくする事がたくさんありますように」
「ありがとうございます。まずひとつ、キソラ様に頂いたわくわく、ですね」
 そっとグラスを受け取ってレイリは微笑んだ。

「琥珀の月?」
「大好きな僕のお嫁さんの瞳と、同じ色」
「ーー」
 息を飲む音は聞こえてしまっただろうか。熱くなる頬に、笑うような冬真の吐息が触れる。自分を思って選んでくれたのが、凄く嬉しい。
「どんな味だろう」
 興味のまま口にすれば、あぁ、と声が落ちる。
「僕も君のカクテルが気になるから―……味見、してみようか」
「味見なら……」
 これ、とグラスに伸ばす筈の指先は、ひたりと触れる掌に止められて唇には甘いーー感触。
「甘くて美味しい、ね」
 吐息に触れる場所で、冬真が微笑み告げる。すごく強いお酒だね、と有理は囁き返す。
「一口で酔ってしまったみたい、でも」
 触れた指先を少し絡めて、漆黒の夜のような瞳を覗き込む。
「もう一口だけ、くれる?」
「お代りなら、いくらでも叶えてあげる」
 僕も欲しいから、と返る声が、甘く吐息に濡れた。

「こんなカジュアルバーもたまにはいいわね、洒落てるわ」
 誕生日の祝いを、遊鬼と共に告げたセルショはバーカウンターへと身を寄せる。
「マスターさん、なにかオススメはあるかしら? あれば2人分お願いね」
「そうですね……では、ウイスキーは如何ですかな。チーズに合う良いものが入りましたので」
 ならそれで、と微笑んだセルショと共に、乾杯とグラスを傾ける。スモーキーな香りが強さに小さく遊鬼は笑みを零した。
「ふむ……オススメだけあって美味しいですね」
「おつまみもいけるしお酒が進むわね。今度は二人で来るのも良さそうだわ」
 スティルトンチーズを受け取りながら、遊鬼は少しばかりその瞳を緩めた。
「ええ、ぜひとも次は二人で……もっとおしゃれもしてね」

「……絃が告白して、否を告げられる者などいまい」
 内心騒めいた心のまま、気がつけばそんな言葉が唇から零れていた。思わず顔を背ければ、ぱさりと揺れた髪が己の顔を隠す。わたしなら何処であっても、絃からであれば嬉しい、と独り言ちれば丁度店の音楽がジャズに変わったところだった。
「結構熱いんで」
「その警告は、もう少し早めであってほしかった」
 初めてのアヒージョは、どうやらお気に召したらしい。
 涙目の彼女に眉を下げて笑い、水凪と囁き呼んだ。
「水凪が成人したら、また来ましょう。一緒に酒を飲める日が待ち遠しい」
「……ああ、そうだな。その時にはまた、頼む」
 熱さにも少し慣れたのか、冷たい水で喉を潤す彼女に、ふと絃は思い出す。あの時の、彼女の言葉。逸らされた顔。
「――水凪、好きですよ」
 なんだ、と告げる声よりも先にそう、ふわりと微笑んだ。

「ショットグラスチェス……フォルティカロ家の方で目にされて居たんですかね?」
 ロックのウイスキーを片手に漏らせば、どうかな、と千鷲が視線を上げた。
「僕も詳しくは無いけれど、親戚がって話だったかな」
 そうすると、強いのかねぇレイリちゃんも。と言う男の苦笑は、年下の友人がとうとう成人した事実にか。見れば、レイリが丁度話を終えた所だった。
「……人生に二十歳は一度切りです。私の三十三というものも同様にその積み重ねでしかありません」
 誕生日の祝いにそう添えたのは、己の重ねた時を思ってか。
「社会的な責任だけで大人の自覚なんてものは曖昧ですよ」
「曖昧……」
 なぞるようにレイリは言葉を落とす。すとん、と落ちたのは年上の律だったからか。
「なんだか、少し、安心しました」
 そう言って、レイリは感謝を告げた。

 笑った店主が二人に選んだのは生ハムの盛り合わせに、ローストビーフだった。
「星空の下にあるバーなんて、洒落てるよな」
 こうしてゆっくり過ごすのも悪く無い。
 カクテルを手にしたエリアスが様になっている様に見えるのは雰囲気と照明の所為か。梅ワインも気になり出せば麗威も饒舌になる。
「エリアス! 今日のお前は満天の星空が霞む程可愛い!」
「おいおい、もう二杯目かよ。ペース早すぎだろ……」
「毛深いけど……」
「って誰が毛深いだ、コラ!」
 ご満悦でロキに擦り寄る前後不覚気味な相方にやれやれと息をつき。お陰で酔いが遠い。
「星空そっちのけでもう笑うしかねぇなぁ?」

「美しい景色、美味しいチョコの店。君に沢山の幸いを貰っているから、いつか返せたらと思うのだけど欲しい物や望みを知らない。君自身の為だけの、希望を尋ねてみたいな」
「私自身の、ですか?」
 ぱち、とレイリは瞬く。小さく首を傾げた狐に夜はグラスを傾ける。
「例えば、俺の望みは君に名前で呼んで欲しい、なんてね」
 いつも「藍染様」だから、と、と悪戯っぽく笑えばレイリは瞬いて、秘密ひとつ告げるように口を開く。本当は沢山返して貰っていると思うのだ。色んな話だったり。けれど、そういう意味で無いのならば。
「もう一度、夜様のピアノを聞かせていただきたいな、と」
 誕生日のお祝いの曲なんて、とっても久しぶりだったんです、とレイリは笑った。

「……ねぇ、君に飲んでほしい物があるんだけど」
 滑らせたグラス。爽やかに香るモヒートとともにイヴァンは紫の双眸を覗き込んだ。
「ねぇ、……俺の渇きを癒してくれる?」
「モヒートか……ふーん……」
 悪戯に口元を緩め、一口、楽しんだアレクサンドルが選んだのはーーロブロイ。
「キミの心の渇きを癒し、そのまま奪ってしまいたい気持ちだよ」
「ロブロイか」
 カクテルで交わし合う秘密の言葉。ふ、と笑うイヴァンの次の誘いはーー。
「サイドカ-を2人で飲まない?」
「そうだね。一緒に飲もうか?」
 きっと、俺達に似合いのカクテルだ。

「うん、美味しいかも」
「……」
 ペースが、早い。どんどん飲むアトリを横目に、ハンナは瑛華を見やる。
「何事も経験ということで、思うままに飲んで貰っても良いかと」
 二日酔いになるでも、意外に問題がなくても。何も一人で飲んでいる訳では無い。酒量を知るには良い機会だろう。
「人のような女性になれたら良いんだけどね」
「ーー……、今のままであなたの方が、わたし達よりずっと素敵です」
 零れ落ちた様なアトリの言葉に、笑いかけて、瑛華はそろり、と手を伸ばす。柔らかな髪を撫でればぱち、と瞬く瞳に出会う。酔いが回っているのか、どこかふわふわとしたままのアトリにハンナは不敵に笑った。
「なら先ずは軽口を叩いてみると良い」
「これ以上皮肉屋が増えると胸焼けするよ」
 違いない、と瑛華にシニカルな笑みを返し、ハンナはアトリを見た。
「ならこのまま、2人の背中を追う事にするよ。軽口は……そのうち」
 するり、とグラスに伸びる指先。モスコミュールは、さて彼女を何処に連れて行くのか。

「私はドイツに居たころはまだ子供だったから飲んだ事無いけど、ビールは苦そうなので、リンゴのワインの方がいいかも」
 そう言いながらも、ルリィはレイリの飲むお酒に興味津々だった。
「リンゴのワイン……! わぁ美味しそうです」
「レイリはどんなお酒飲むの? カクテルとかジュースみたいで美味しそう。私も早く飲みたいな」
「甘いのが私も好きなんですが、皆様から頂いたもので飲めるものも探していきたいなぁと」
 ユーロの言葉に、レイリは笑って頷いた。
「レイリが考える大人ってどんなのかな?」
「私の考える、ですか?」
 そんな妹たちを眺めながら、ふ、とカレンは笑ってレイリに向き直った。
「私は、自分がレディに慣れてるかは分からないけど、妹達にとって良い見本になれるように頑張ってるつもりだから。レイリの頑張りもきっと認めてもらえると思うよ」
「ありがとうございます。カレン様」

「フロリダを二杯、お願い致しマス。……ジェミには全くのノンアル、俺のはジンを入れテ」
「ーー」
 今日は、大人を感じる日だとジェミは思った。さらっと、カクテルの名前が出てくる所に『大人』を感じてエトヴァの横顔を盗み見る。
「この夜に」
 触れたグラスの涼やかな音色に喉を潤す甘酸っぱい液体。大人って何だろう、とジェミは微笑むエトヴァを見つめて考えていた。大人はきっと、何も言わなくても好物を頼んでくれたり、居心地の良い場所を選んでくれる心遣いそういうのをスマートに出来ちゃう事、なのかも 。
「後二年、僕は素敵な大人になれるかな?」
 それはほんの独り言の様な言葉だったのかもしれない。考える様子を見守りながら視線に笑みを返し、エトヴァはともに味わい過ごす幸福に眦を緩める。
「……今夜ハ、一緒に夜更かしをしテ?」
 微笑みながら囁けば、ぱち、と瞬くジェミの瞳。
「夜更かし?」
 良いとも、と笑い頷く彼にエトヴァは微笑んだ。

「今夜はプルミエ・フルールをお願いしたいな。来る前に調べたんだけど『誕生酒』という物があるらしんだよね」
 アンセルムはそう言って笑みを見せた。
「せっかくだし自分の誕生日のお酒を飲んでみたくて」
「アンセルムさんの誕生酒素敵ですね」
 エルムはそれなら、と自分も誕生酒を選ぶ。出てきたのはヨーグリートストロベリーソーダだ。
「……随分と可愛いのが来ました。酒言葉なんてのもあるみたいですよ。先程自分のを聞いてビックリしました」
「どんなのですか?」
 ぱ、と環が顔をあげる。青リンゴが香るポーラ・スターに蕩けていた瞳は興味に輝いて。けれど、返る言葉はーー。
「内緒です」
 内緒なんだ、と零して環はひょい、とチーズを摘んだ。
「それにしても誕生酒なんてのもあるんですね。調べてくればよかったですー!」
「朱藤のカクテルもお洒落だし、ウィスタリアのはなんだかジュースみたいで可愛いね」
 柔く笑うアンセルムを視界に、見ればカウンターバーに仲間が一人。
「あちらのお客様からです」
 ポーズひとつ。素敵なレディに、と告げているのは雅で。ついでにカウンターの奥、声をかけられた女性はきょとんとしていて。あれは多分、勝率的にはーーうん低そうで。
「葛宮さんは……未成年のはずなのに一番バーにいそうな雰囲気ですね……」
「あ、うん。自由に過ごしているようで何より。中条もそう思うよね、って」
「ん……ちょっとふわふわしてきたような……」
「え?」
 頷いたアンセルムが見た先、首を傾げる竜矢の姿はどう見てもーー。
「……飲みすぎちゃってる……誰かお水飲ませてあげて」
「中条さん大丈夫です? お水置いておきますね。少し中和しましょ? ね?」
 エルムが水を差し出すのを見ながら、環はほう、と息をついた。
「くそぉ……やっぱりダメかよ!」
 カウンターでは予想通り敗退している雅の姿。ふわふわの酔っ払いもいて、でも何だかちょっと自分達らしい時間な気もした。

「今日はお目付け役だしね。っていうか、サイガ君は?」
「俺はいんだよ」
 サイガは店主にひらりと手を上げる。空になったグラスを手にしたままの千鷲に、に、と一つ笑みを見せた。
「ここはパァーッと一緒に飲んだくれてやんのが筋つうモンでは」
「ちょ、サイガ君!?」
 代わりにオーダーしたると覚えのある名前を口にして。妙に可愛らしいカクテルが届けば流石の似合わなさに笑みが溢れる。全く、と息をつき、笑っていたのが少し前でーー今、サイガの横でカウンターに突っ伏しているのはーー……。
「これ誰が運ぶの……?」
 甘い酒は回りやすかったとか、最後に聞いた言葉はそんなもので。
「そういやコイツが成人したときは誰かに祝ってもらったんかね」
 頬杖つきながら、ふとサイガはそんなことを思った。
「ま、楽しく兄貴してるしいっか」

「レイリが憧れた大人って、どんな人なんだ?」
 聞かせてほしい、と告げたアラタにレイリは静かに頷いた。
「親戚なんです。兄の様なひとで。誰かを守るために多くをできた姿に少し、憧れているんです」
 あの宝箱の送り主でもあるのだと。そしてある事件で亡くなったのだと。
「そうか」
 その苦笑に、ほんの少しの哀しさが見えた気がして、アラタは顔を上げた。
「でも焦ることはない。どうありたいか問いながら積み重ね。レイリにしか見れない世界を広げてく」
 その先にはきっと、レイリにしかなれないレディがある。
「奮戦するのは楽しいぞ」
 応援する、と言ってアラタはレイリを見た。
「それでもし疲れた時や、困った時は助けに行くからな!」
 レイリが大好きだって笑顔で伝るように、アラタは言った。ぱち、と橙の瞳は瞬いて揺れるほんの少し泣きそうな顔をしてレイリは微笑んだ。
「ありがとうございます、アラタ様」
 淡い光に照らされて。秘密の星夜に秘密の時間。ミッドナイトブルーに染まって、酒香る時間は後少し、続く。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年4月7日
難度:易しい
参加:37人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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