●宿縁のビジョン
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)は波打ち際に立ち、夕日が沈む水平線を眺めていた。
感傷に浸っているわけではない。なにも考えず、なにも思わず、ただ眺めているだけだ。
この時はまだ。
「やあ!」
「……?」
前触れもなしに陽気な声をかけられ、隆治は横に目を向けた。
どこか彼に似た顔立ちの竜派ドラゴニアンの少年が波打ち際を歩いてくる。いや、飛んでくる。といっても、ドラゴニアンの翼で舞っているではない。宙を泳ぐ骨格標本めいた異形の生物にまたがっているのだ。
隆治は息をのみ、目を見開いた。あり得ざる光景を見たのだから、当然の反応といえる。だが、隆治にとって『あり得ざる』のは骨の生物ではなく、それに乗った少年のほうだった。
死んだはずの少年。
「勇治……」
そう呟く隆治の前で、少年(を乗せた生物)は停止した。
「やあ!」
再度、少年は隆治に挨拶した。
「進藤・隆治さんだよね? これをあなたに返しにきたんだ。もう飽きちゃったからさ。別のやつに乗り換えようかと思ってね」
『これ』と言った時、少年は自分の胸を軽く叩いてみせた。
「飽きたからといって、どこかにうっちゃっておくのは僕の良心が許さないんだよね。やっぱり、家族のところに返すのがスジってもんでしょ」
「……」
「あれれー? どーして、そんなに怖い顔してるの? 僕、なにか気に触るようなこと言った?」
当惑の表情を浮かべて、少年は首をかしげた。挑発しているわけではなく、隆治の反応が本当に理解できていないらしい。
「むしろ、これって嬉し泣きするような状況でしょ? いや、泣かないまでも、僕に感謝の気持ちを伝えるくらいのことはしてよ。それが礼儀ってもんじゃないの?」
「……」
隆治は返事をする代わりに身構えた。
全身から殺気を放射しながら。
「やれやれ。返すつもりで来たんだけど――」
少年が大袈裟に肩をすくめてみせた。
「――逆に奪うことになりそうだ。礼儀知らずのあなたの命をね」
●音々子かく語りき
「人の心ってものが判らないクソッタレな死神野郎の出現を予知しましたよー」
ヘリポートの一角に並ぶケルベロスたちの前でヘリオライダーの根占・音々子が語り始めた。
「そいつが現れるのは鎌倉の砂浜なんですけど、そこに進藤・隆治さんが居合わせちゃってるんです……いえ、居合わせというか、その死神は隆治さんに会うためにやってきたみたいですね」
それを隆治に伝えようとしたのだが、連絡が繋がらないのだという。
もっとも、連絡できたとしても、隆治はこの事態を避けようとしなかったかもしれない。
なぜなら、件の死神は――、
「――たぶん、隆治さんの亡き家族をサルベージして、自分の体として使っているのだと思います。それだけでも許せないんですが、『もう飽きた』とかなんとかふざけたことを抜かしてやがるんですよー!」
死神自身はふざけているつもりはないのだろう。彼にとって、遺体を乗り換えることは服を着替えることと同じ。そして、着飽きた服を捨て去ることなく、あるべき場所(遺族の元)に返すというポリシーを自分の『良心』だと信じて疑っていない。
「皆さんの手で死神野郎の悪趣味な着せかえごっこを終わらせてやってください!」
と、怒りの咆哮をヘリポートに響かせると、音々子はヘリオンに向かってずんずんと歩き出した。
参加者 | |
---|---|
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) |
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709) |
一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651) |
差深月・紫音(変わり行く者・e36172) |
菊池・アイビス(飼犬・e37994) |
黒岩・詞(エクトプラズマー・e44299) |
●Hi,Daddy
夕日に染まった砂浜で。
「やれやれ。返すつもりで来たんだけど、逆に奪うことになりそうだ。礼儀知らずのあなたの命をね」
海獣の骨格標本めいたものに跨がった少年が……いや、その少年の体に宿った死神が大袈裟に肩をすくめてみせた。
「いつか、こんな日が来ることは判っていた。あの場所から勇治の体がなくなっていたからな」
進藤・隆治(獄翼持つ黒機竜・e04573)はゆらりと足を踏み出した。
次の瞬間、緩慢な動きにそぐわぬ大きな砂煙が斜め後方で巻き起こった。
竜派ドラゴニアンの神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)が降下したのだ。
隆治が二歩目を踏み出すと、また砂煙が上がった。
その奥から現れたのは、黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)だ。
隆治は歩き続けた。
三歩、四歩、五歩、六歩。
砂浜に足跡を刻む度にケルベロスたちが降下してきた。レプリカントの空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)、ドラゴニアンの一之瀬・白(闘龍鍛拳・e31651)、猫の人型ウェアライダーの差深月・紫音(変わり行く者・e36172)、そして、隆治の友人の菊池・アイビス(飼犬・e37994)。
「おう! 隆ちゃん!」
乱入者たちに驚く様子も見せない死神を睨みつけながら、アイビスは隆治の背中に声をかけた。
「いろいろあって、ちぃとキツかろうとは思うけど……こんまま、こいつに好きにやらせるわけにゃあいかんけえ。わりいが、倒すで」
「悪くなどない。むしろ、皆には感謝している」
七歩目が踏み出され、七人目が降り立った。
シャドウエルフの黒岩・詞(エクトプラズマー・e44299)。
「てめえの中身を引きずり出して、叩き斬ってやりたいところだが――」
右手に持ったアニミズムアンクを左の掌に何度も軽く叩きつけながら、詞は刃のごとき鋭い眼差しで死神をねめつけた。普段は眼鏡をかけていることが多いのだが、今日は裸眼だ。
「――あいにくとそれは私の仕事じゃねぇ。進藤、おまえが納得できるようにやりな。私たちは全身全霊で手伝ってやるからよ!」
「そう、『納得できるように』だ」
と、晟が詞の一部を繰り返した。
「納得できるのなら、好きにすればいい。だが、一つだけ言っておく……後悔するようなことだけはするなよ」
「ああ、判ってる」
隆治は頷き、八歩目を踏み出した。
すると――、
「あだっ!? 着地失敗! 足首、グネった! 思い切り、グネった!」
――最後の降下者であるヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が後方で騒ぎ立てた。『皆には感謝している』と言った隆治ではあったが、この男だけは感謝の対象に入れなくていいだろう。
「グネったぁぁぁーっ!」
●Die,Daddy
「なあ、おい」
喚き続けるヴァオを無視して、陣内が死神に語りかけた。
「ヘリオンから降下してる時に礼儀知らずとかなんだとかいう言葉が聞こえてきたが――」
陣内の頭にしがみついてたベンガル種のウイングキャットが翼を広げて舞い上がり、シーサーを思わせる赤毛の獣に姿を変えていく。
「――礼儀云々を他人様に説く前に、自分は『貸してください』と断ったのか?」
「は? 誰に断れっていうの?」
死神はまた肩をすくめてみせた。
「これの本来の持ち主の……えーっと、勇治クンだっけ? その子は既に死んでいたんだから、断りようがないよ」
もちろん、『これ』とは死神の体――勇治の死体のことだ。
「それとも、持ち主以外の誰かに断りをいれなくちゃいけないのかなー? いや、いくらなんでも、そんなのはおかしいでしょ。君たちだってさぁ、道端に転がっている石ころを拾う時に誰かに断ったりしないよね?」
「石ころに例えるか……」
晟がぽつりと言った。
その身を包むオウガメタルの『灣』から黄金の粒子群が放出され、彼自身を含む前衛陣を覆っていく。
「あいかわらず、死神どもとの異文化交流は平行線のようだなぁ」
と、陣内が肩を揺らして苦笑した。
だが、目は笑っていない。
肩の揺れが止まり、右腕が振り上げられた。
頭上から矢が飛び、死神の肩を射抜いた。姿を変えたウイングキャットがグラビティ・チェインによって錬成した鉛の矢。
「――!?」
死神は顔をしかめ、苦鳴を発したようだった。
『ようだった』がつくのは、その苦鳴が砲声にかき消され、誰の耳にも届かなかったからだ。
隆治が轟竜砲を発射したのである。
砲撃形態のドラゴニックハンマーを手にした彼の横をモカが駆け抜けた。
「子供を痛めつけるのは心苦しいが、おまえは――」
矢と砲弾で傷ついた死神の周囲を高速で回りながら、モカは『蜂刺乱舞脚(ホウシランブキャク)』で攻め立てた。連続で蹴りを見舞うグラビティだ。
「――隆治さんの御子息の皮を被った死神。容赦はしない」
「ああ。隆ちゃんの許可ももらったことやしなぁ」
アイビスが気咬弾を撃ち出した。
死神は骨の海獣の肋骨を蹴って宙を走らせ、紙一重で回避……したかと思われたが、その紙一重をホーミング効果に埋められ、右の腿に被弾した。
しかし、やらっれぱなしでは終わらない。
「ホント、困ったもんだよ。礼儀も常識も知らない野蛮な定命者っていうのはね!」
死神は口を大きく開き、深紫色のガスのようなブレスを吐き出した。攻撃範囲にいたのは晟、隆治、モカ、アイビス、ボクスドラゴンのラグナル、オルトロスのイヌマル。
「礼儀を知らぬのはおまえのほうだ」
と、モカが吐き捨てた。
その肩にラグナルが乗り、自らの傷も省みずに属性をインストールした。
「まあ、人の心が理解できないおまえになにを言っても無駄だろうがな」
「君たちこそ、理解すべきじゃないの? 死というものについてさ。定命者ってのは死から逃れられない存在のくせして、死のことを知らなさすぎる。死はただの現象に過ぎないのにやたらと怖がったり、逆に美化したり……」
「うるさい!」
死神の長広舌に白が怒声で割り込んだ。
その怒声に導かれるかのように鎖が宙を走り、死神に絡みついた。鎖の端にいるのは和服姿の少女。白の亡き妹の姿をしたビハインドだ。
白は思い出さずにはいられなかった。数箇月前、この砂浜で繰り広げられた戦いのことを。
そして、重ねずにはいられなかった。自分と隆治を。
その戦いの相手は、妹をサルベージした死神だったのだから。
「僕たちが死というものを理解していないだと? そう言うおまえらは命というものが判っていないだろう!」
鎖で拘束された死神めがけて、白は手刀を振り下ろした。
いや、それを『手刀』と呼べたのは最初に構えた瞬間だけ。何者かたちの魂魄が手の位置に集束し、大きな戦斧となっている。
「命は! おまえたちの! 都合のいい! 玩具じゃない!」
実体なき戦斧の一撃が死神の首に叩きつけられた。
大きなダメージ(機動力を削ぐ状態異常も伴っていた)を受けながらも、その衝撃を利用して、死神は骨の海獣とともに間合いの外に離脱。鎖の残骸(斧の攻撃の巻き添えを受けて断ち切られていた)が体に絡んだ状態のまま、白たちに向き直った。
「ほら、命とか言ってるしぃ……そういうとこだよ、そういうとこ。君たちはなーんにも判ってない」
首の傷口から溢れ出る血を拭いながら、死神を顔を歪めて笑った。
そして、自分の胸を叩いてみせた。
「確かに僕はこれを都合のいい玩具扱いしている。でもね、これは命なんかじゃないの。ただの死体だよ。バカな君たちにも判るようように、もっかい言うね。た、だ、の、し、た、い!」
「随分と舌が回るじゃないか。ただのクソのくせしやがってよ」
戦化粧の紅をさした目尻を微かに吊り上げて、紫音が片腕を振った。
「クソなおまえにも判るように、もっかい言うぞー。た、だ、の、ク、ソ!」
腕を包む縛霊手から無数の紙兵が勢いよく放出された。
それらを浴びながら、後衛陣の詞がキュアウインドを送り出し、ヴァオが『紅瞳覚醒』を奏でた。対象は前衛陣。
癒しの風と音楽を背に受けて、晟が死神に突進した。錨型のドラゴニックハンマー『溟』が唸り、アイスエイジインパクトが炸裂する。
『溟』がぶつかった部位――死神の脇腹から無数の氷片が飛び散ったかと思うと、見えない渦に巻き込まれるようにして、また同じ部位へと集まり、小さな爆発を起こした。今度はモカの螺旋氷縛波が命中したのだ。
「あーぁ。ボロボロじゃないか」
氷結の連続攻撃を受けた体を見下ろして、死神は溜息をついた。
「ちゃんと感謝を示してくれたら、無傷で返してあげたのに……てゆーか、君たち、矛盾してない? これに固執してるくせに撃ったり、叩いたり、斬ったりしてさ」
「私たちが斬るのは体じゃねぇ、てめーの腐りきった魂だ!」
詞が吠えると、死神は骨の海獣の上で体を少しばかり低くした。
「でもさ、そこの坊やは命がどうこうとか言ってたじゃないか。都合の良い時だけ――」
頭部を軽く叩かれ、海獣が凄まじい勢いで飛び出した。
槍のように尖った嘴が狙っている相手は詞。
「――命と体を分けて、考えないでよ!」
しかし、嘴に腹を突き刺されたのは詞ではなく、隆治だった。詞と海獣との間に割り込み、盾となったのだ。
「我輩の前で他の奴らに手を出させると思うか? その子の体で仲間を傷つけるのは許さん」
腹を抉る嘴を掴み、引き抜くと同時に相手を押し返す。
「……強いな」
と、言葉を漏らしたのは陣内。
彼もまた隆治や白と同じような経験をしているが、今の隆治のように振る舞うことはできなかった。
その時の苦い記憶と思いを吐露したくなる衝動を抑え、死神にスターゲイザーを見舞う。
「そうでもない」
隆治が小声で応じた。陣内ではなく、自分に言ったのかもしれない。
腹の傷を押さえもしない彼に紙兵が降り注いだ。先程と同様、発生源は紫音の縛霊手。
「俺にはこの程度の手助けしかできねえが――」
凶悪な笑みを浮かべる紫音。
「――まあ、存分に暴れてくれや」
「そのつもりだ」
隆治もニヤリと笑い、バスターライフルを構え、銃口を死神に向けた。
「先程、『感謝を示してくれ』とか抜かしていたが、我輩は貴様に感謝しているぞ。だが、勇治の体を持って帰ってきたことではない。貴様をこの手で討つ機会を与えてくれたことに対してだ」
バスタービームが閃いた。
●Bye,Daddy
戦いが始まってから十分ほどが過ぎた。
死神は劣勢に追い込まれているが、当然のことながら、ケルベロスたちも無傷というわけではない。
「セイギのミカタ面してんじゃねえぞ。どんなにご立派な題目を並べたところで、おまえがやってきたことが許されるわけじゃない。その手は血で汚れたままだ。これからもずぅーっとな!」
何度目かの螺旋氷縛波を放った直後、モカは痛罵と反撃を受けた。螺旋氷縛波の標的たる死神ではなく、トラウマの幻覚に。螺旋忍軍の一員だった頃に暗殺した人々の亡霊に。
「ぎゃう!」
「にゃあー?」
「……大丈夫だ」
頭上で鳴くラグナルとウイングキャットに答えながら、モカは呼吸を整えた。二体と紫音が付与してくれた異常耐性が働き、トラウマが消えていく。
「大丈夫には見えないよ、お姉さん」
新たなトラウマを生み出すべく……という意図があったのかどうかは判らないが、死神がまた骨の海獣でモカを攻撃しようとした。
その軌道上に隆治が立ち塞がる。
「言ったはずだぞ。その子の体で仲間を傷つけるのは許さん、と」
しかし――、
「すまんな、進藤君。だが、この程度では傷ついたうちに入らんよ」
――隆治の前に晟が立ち、自らの巨体を盾にした。
そして、海獣の嘴に腹を刺し貫かれても(『傷ついたうちに入らん』とまではいかなかったが、防具の斬撃耐性でダメージは半減された)表情一つ変えることなく、ドラゴンブレスを吐いた。通常のドラゴンブレスではなく、『旋焔』という名の蒼い炎。
「うわっっと!?」
炎に焼かれて、海獣の上でよろける死神。
その右側に陣内が回り込み、日本刀『まくとぅ丸』の刃を水平に走らせた。
間髪を淹れず、紫音が左側でケルベロスチェインを振り下ろし、先端の錘で垂直に斬りつける。
「おまえの言う通り、俺らは礼儀を知らねえからよ。こういうもてなし方しかできねえわ」
両者が放った技はともに絶空斬。ジグザグ効果によって、死神の体を焼く蒼い炎が燃え広がった。更にイヌマルがパイロキネシスで追撃し、紅い炎を付け加えた。
「くそっ!」
死神の体から何本かの攻性植物が伸び、骨の海獣に絡みつき、あるいは砂浜に突き刺さった。錨代わりのそれらによって、落下しかけていた彼の体はなんとか安定した。
ほんの数秒だけ。
「うぉらぁぁぁぁぁーっ!」
回復役を務めてきた詞が野獣のごとき叫びを発し、アニミズムアンクを叩きつけた。アンクが声を出すことができるなら、主人と同じように野獣の叫びを発していたかもしれない。その打擲は肉食獣の一撃だったのだから。
死神の体が大きく傾き、その拍子に何本かの攻性植物がちぎれた。
死神は思わず手を伸ばした。五指が虚しく空を掴む。次の瞬間、彼の脇腹に窪みができた。アイビスの気咬弾が命中したのだ。
残されていた攻性植物もちぎれ、あるいは解けて、死神は海獣の背から落ちた。
砂煙が上がる。それらの一部が固まって礫に変じ、死神を打ち据えた。百火――白の妹のポルターガイスト。
「こ、これで……あなたたちは満足なの?」
死神は立ち上がり、骨の海獣に向かって、よろよろと歩き始めた。
ケルベロスたちに問いかけながら。
「ねえ、満足なの?」
だが、海獣に再び跨ることまではできなかった。
如意棒を手にした白が肉迫し、斉天截拳撃を食らわせたからだ。
その攻撃の成果を見届けることなく――、
「進藤殿……」
――白は隆治に視線を向けた。
「……」
隆治は無言でかぶりをふった。白の気遣わしげな目に込められた『辛ければ、僕がとどめを刺します』という思いを読み取ったのだ。
「ねえ、満足なの?」
と、死神が再び問いかけた。
先程まではなかったものがその目に宿っている。
悪意だ。
「なーんの罪もない僕を殺して満足なの? 息子さんの死体を取り戻すことができれば、それで満足なの? 死体なんて、ただの抜け殻なのに。抜け殻なのに!」
「……黙れ」
無言のままの隆治に代わって、陣内が唸るような調子で言葉を吐いた。
もちろん、死神は黙らなかったが。
「抜け殻が手元に返ってきたところで、息子さんが生き返るわけじゃない。それくらいのことは判ってるはずでしょ。ねえ、教えてよ。死体を供養とかして自己満足に浸る貴方たち定命者と、死体を器として利用している僕たち死神との間にどれほどの違いがあるっていうの?」
「ええかげんにせえよ!」
怒りをずっと堪らえていたアイビスが耐え切れずに叫んだ。
しかし、それ以上の行動は取らなかった。
隆治が目顔で押しとどめたからだ。
そして、隆治は死神に向かって走り出した。
手元に光が生じ、小刀に変わる。『形定めぬ希望の光』という名のグラビティ。
「すまんな」
そう呟きながら、隆治は死神の懐に飛び込み、小刀を胸に突き立てた。
「……ぐぁっ!?」
濁った呻き声と濁った血が死神の口から吐き出された。両膝が地面に落ち、ただでさえ大きな身長差が更に広がった。
「こ、これで、満足?」
震える両手で隆治の腰にすがりつき、生気の消えかけた(だが、悪意を示す光は激しくなっていた)目で見上げて、死神はあの問いをまた投げかけた。
「ねえ、満足なの? オトーサン?」
「いや」
隆治は短く答え、小刀を引き抜いた。
『抜け殻』がゆっくりと崩折れた。
波打ち際に片膝をつき、息子の亡骸を抱きしめる隆治。
その様子をちらちらと見ながら、ヴァオは『紅瞳覚醒』を(いつもより控え目な音量で)演奏して周囲をヒールしていた。
「なんか言ってやんなくていいの?」
「まあ、落ち着くまで見守ろうや」
ヴァオの問いに答えたのは、同じようにヒールに励んでいた紫音だ。
「言葉をかけてやるにしても、俺なんかよりも適任な奴らがいるだろう。そいつらに任せるさ」
「少なくとも、ワシは適任者じゃねえわ」
と、アイビスが言った。
「かけられる言葉なんて、なんもねえ。じゃけえ、せめて今日のことは忘れん。あいつの最愛の人の姿と魂、この胸に刻んどく」
小声で話していたので、皆のやりとりは隆治には聞こえていない。
聞こえたとしても、反応は示さなかっただろうが。
『抜け殻』ならざる者を抱きしめる腕に力を込めて、彼は囁いた。
「……おかえり」
作者:土師三良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年3月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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