MAYONAKA・PANIC

作者:麻人

 まだ凍てついた気配を十分に残した春先の夜半という時間帯を考えれば、その女の格好はあまりにも露出が多すぎる。
「このところ、ケルベロスの戦闘力は急激に進化しています……これに対抗するには、私達ダモクレスも進化しなければなりません」
 愁いを帯びた吐息をつき、女――ジュモー・エレクトリシアンはその優美な指先に石のようなものを掲げた。
 それを嵌め込む先は、量産型の日輪と月輪。
 かちりとそれが嵌った瞬間、彼らの表面が褐色にくすみ始める。同時に身体の要所の部分がまるで生きているかのように脈動し、生物的な形状へと変化した。その様子を満足げに見つめたジュモーは指先を東へと差し向ける。
「多くの犠牲を払い手に入れた、宝瓶宮グランドロンの宝……私たちの進化の為に有効に活用させてもらいましょう」

 新たな力を得た日輪と月輪は夜の街を駆け抜ける。歩道に植えられた樹木をなぎ倒し、ガードレールを打ち破って到達したのは真夜中に輪転機を運転している街中の印刷所だった。

「大変です。『リザレクト・ジェネシス』後に撤退し、行方が分からなくなっていたダモクレスである『日輪』と『月輪』が工場を襲撃するという予知が確認されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は既に集まっていたケルベロスたちに向けて、手早く状況を伝えた。
「場所は足立区にある印刷会社で、彼らの目的は従業員の殺害によるグラビティの強奪と資材の略奪です。既に従業員の避難が済んでいるのが幸いですが、このままでは工場にある資材を根こそぎ奪われてしまいます」

 数は日輪が3体、月輪が2体。
 どうやら、日輪のうち1体が近接攻撃型で、残る2体は敵の引き付けや味方の盾となることを主目的とするようだ。一方、月輪は2体とも後方射撃型で遠距離からの破壊行動をとる。
 すぐに現場へ向かえば、彼らがちょうど工場の表門に到達するのとほぼ同時に駆け付けることができるだろう。
「非常に攻撃力の高い編成となっていますので、戦闘の際は十分にお気をつけください。彼らが工場に侵入して、個別に資材を回収している際に奇襲をかけることができれば戦いやすいでしょうが……その場合、工場に甚大な被害が出ることは避けられません」
 もし表門付近を戦場とした場合、日輪・月輪は思う存分にその力を奮うだろう。外見に生物的な要素が付与されており、色が褐色にくすんでいることを除けば戦闘能力自体は大きく変化していないようだ。
「どうやら、この日輪・月輪の変化はダモクレスとは違う『コギトエルゴスム』を埋め込まれた事が理由のようですね。既に回収されたコギトエルゴスムの解析はこちらで進めています。引き続き、戦闘後に発見したコギトエルゴスムの回収をよろしくお願いします」

 全てを語り終えたセリカは手を胸に添え、改めて事件の解決をケルベロスたちに依頼する。
「詳しいことはわかりませんが、ダモクレスが追い込まれていることは確かです。彼らに情勢を立て直す余裕を与えることは防がねばなりません」
 そう告げて、彼女は「よろしくお願いします」と真っ直ぐにケルベロスたちを見つめたのだった。


参加者
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
天変・地異(は帰ってきた・e30226)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)
長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)
 

■リプレイ

●闇夜の激突
 その夜、件の印刷所に二つの勢力の者たちが迫っていた。片や、機械仕掛けのデウスエクスたち。そして片や――数人のケルベロスたちだ。
(「日輪月輪……お前達の取り込んでいるコギトエルゴスム……渡してもらおう……」)
 ほぼ変わらない表情の下に冷徹なる心を秘め、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)は行く手を阻むフェンスをひらりと飛び越える。その瞳が『彼ら』の駆動音を捉えた瞬間、僅かに血の色彩が滲むように浮かび上がった。
「近い……急ぐぞ……」
「分かっタ、出力ヲ上げる」
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の体内で心臓の代わりに駆動する器官がその回転数を上げる。腰元で発光するランタンが音を立てて揺れ動いた。
「遅れルなよ、広喜」
「言われるまでもねえ」
 にやりと笑んだ尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)は眸と並走する形でぽつんと闇夜に明かりの灯る印刷用工場の敷地内へと飛び込んだ。
「すぐ来るぞ」
 まるで機械の部品同士が共鳴するかのように、『彼ら』の気配を音で、振動で、――気配で感じ取る。
「さあ、いつでもかかってこいよ」
 表門の上に飛び乗った長久・千翠(泥中より空を望む者・e50574)は、闇夜を透かし見るように目をすがめ、髪を飾る鳥の羽を風に靡かせながらその時を待つ。
(「ダモクレスにゃ散々やられてきたが……どうやら、あっちも限界が近いようだな」)
 だが、地球に害を成す形での進化など認めてなるものか。
「――来た!」
 その武骨で機械的で、しかし異様な生体めいた姿をした機体が現れた時、千翠は期待に胸が躍るのを感じた。
 強敵。
 自然と笑みが浮かび、全力でぶっ飛ばすための拳が握られる。
 まず、日輪がその拳で門を破ろうと疾駆する勢いのまま突っ込んだ。その拳を受け止めたのは、首に鈴をつけたウイングキャットを連れたフィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)の刃である。
「ダモクレスも相当追い詰められているようだな。ならばここで、引導を渡してくれる!」
 敵の拳を押し返して、今度は逆にフィストの方が大きく前へと踏み出した。手にした剣に雷が纏った直後――具現化したグリフォンの咆哮が雄々しく日輪へと襲い掛かる。
 咄嗟に、別の日輪が割り込んで激しい嵐のようなフィストとグリフォンの乱舞をその身に引き受けた。後方よりその戦いを援護するため砲塔を掲げたのは、銀色の機体を褐色にくすませた二体の月輪だった。

●日月の咆哮
「日輪、月輪……!」
 噂に聞いていたダモクレスたちを前にして、天変・地異(は帰ってきた・e30226)は久々の戦いに高揚した声を上げた。
「近くで見ると確かに強そうだ。けど、量産型に負ける訳にいかないぜ!!」
 次々と砲塔をこちらへ差し向ける月輪の一斉射撃に僅か数秒を先駆けて、地異の翻した手のひらを起点に星座を象る魔法陣が爆ぜるように即時展開する。
「まずは――フィストと君乃! そしてメリーナ!」
 名を呼ばれたメリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)は、自分たちの眼前に張り巡らされたスターサンクチュアリの光芒が月輪の放つ斬撃弾の電撃から我が身を守るように輝くのを間近で見た。
「きれいですねー」
 余裕の笑みを浮かべつつ、第二波が来るよりも早く芝居の口上を告げた。
「聖なるかな――聖なるかな、聖なるかな」
 瞼を伏せ、門限を繰り返す度に深淵色の幕が上がる。そこから現れたのは無数の影からなる妖精の群れ。
 ――おいで、おいで。
 囁きの声が盾となる日輪の機動力となるエネルギーを奪い去る。
「おいで♪」
 引き継ぐように、メリーナが微笑んだ途端――褐色の外装に覆われていた日輪が内部から弾けるようにして崩壊した。
 仲間の仇を討つかのように突進を開始した双璧の片割れである日輪は、しかし眸のビハインド・キリノの妨害によって飛来したベンチに足を取られて態勢を崩す。
 その隙を千里は見逃さず、手にした刀を神速の身のこなしで振るった。いつしか緋色へと転じた双眸に映る月輪の姿が、ぱっくりと二つに割れて飛散する。
「……まだ……足りない……」
 千里は一片の刃こぼれすら皆無の妖刀『千鬼』の刀身に指先を這わせ、誰に聴かせるともなくつぶやいた。
「なかなか良い連携だが……ワタシ達には及ばなイ」
 その眼前へと盾役の日輪が迫るも、危なげなく立ちはだかった眸の拳から輪状に回転する碧蒼色のリングが激しい干渉を生じて一進一退の攻防を演じる。
「バイタル測定……稼働率60%まで低下。ダが、持ちこたえル――!」
 日輪と鍔迫り合う拳から放たれる強烈な輝きが、降り注ぐ嵐のような攻撃から眸を守るように閃いた。体中に仕込まれたあらゆる機械が軋むような音を奏で、少しずつ敵の拳を押し返していく。その時、日輪の右肩にバスターライフルが着弾。その余波で瞬く間に拳から力が失われていった。
「広喜、良い狙いダ」
「連携なら負けねえ」
 日輪から力を奪った張本人である広喜は眸に背を預けながら、シュートの要領で煌めく流星型の気弾を続けざまに放つ。
「ここは人の世に知識と情報を送り出す、大切な工場ですからね♪」
 楽し気に、あるいは歌うように囁き、メリーナは両手に持っていたナイフを瞬く間にしまい込んだ。ひらりとマントが翻った後にその手にあったのは、赤く錆びついた鎌。それを、広喜の気弾が飛ぶ方角へと投げ飛ばす。
「一つの被害も出しちゃ駄目、でーすよ!」
 立て続けに顔面へと食らった月輪が一歩を後退した。
 だが、そこには――。
「残念。こいつでとどめだ!」
 まだ轟竜砲の余波で噴煙をあげているハンマーから禍々しき鎌へと持ち替えた千翠は大きく腕をしならせて、それを渾身の力で投擲する。闇を裂いて飛来した鎌の一閃が月輪の肩から腰にかけてを斜めに切断、がっくりと倒れ込んだ体は火花を散らしながら微動だにしなくなった。

●思惑を、砕き飛ばす
 いまや、戦場は眩く煌めく舞台のようだった。
 闇に浮かぶ魔法陣はひとつやふたつではない。地異の描いた星図は既に戦場の全てを覆い尽くして、全ての仲間たちを守護するに至る。
「頼んだぜ!!」
 既に鋼色のオウガ粒子に包み込まれたフィストへと、地異は更にマインドシールドを飛ばして鉄壁の守りを約束した。
「我を天に産み落とした星よ、生命の加護を我と我に味方す者へ!」
 日輪の振るう警棒の効果を光盾が減じるのを見つめつつ、フィストはもう一枚、夜空に描き出した星図で駄目押しとなる防御を固める。
 いくら撃ち込んでも手ごたえのないことに、だんだんと日輪の動きが苛立ちのような仕草を帯びてくる。だが、少なくとも彼らに『退避』の二文字はないようだった。くすんだ外装にはフィストのウイングキャット・テラに引っ掻かれた爪跡が生々しく刻まれている。
「にー」
 闇夜に照る翼のはためきが清浄なる風を生み、前線を両脚に履いた『蝶々のメリージェーン』で飛ぶように跳躍して蹴りを放つメリーナのマントを心地よくたなびかせた。
「そーれ、っと!」
 弧を描く蹴りの軌跡から魔法のように吹き出す炎が月輪の視界を塞ぎ、幾つめかの異常を積み重ねる。狂ったように乱射される砲弾の反撃から彼女を守ったのは、身を挺して庇いに入った眸だ。
「仲間に手ヲ出すな」
 自らの受けた傷を光盾で癒した彼は、その輝き越しに千里が低い体勢から千鬼を放つのを見た。覚束ない足取りをすくわれ、脚部を損傷した月輪はがくんと態勢を崩したまま砲塔をぐるりと旋回させる。
 立て続けにばら撒かれた弾幕を「ふん」拳で薙ぎ払った広喜が口角を上げた。
「やるじゃねえの」
 彼がこの時抱いていたのは、同じ量産型という親近感である。
 自ずから振りまいた花びらの舞う最前線へと身を躍らせる広喜の拳を瞬く間に青い妖炎が呑み込んだ。負荷のかかった部品を急速冷却しかけていた月輪の行動は、迫りくる拳に殴り飛ばされたことで自身が得ていた防御膜ごと打ち砕かれる。
「まだだ!」
 いっそ、全て剥ぎ取ってやると言わんばかりに指先でパズルを弄ぶ。カチリと嵌った直後、龍の咆哮とともに月輪の頭上から雷が落ちた。
「おー、面白え機能だなこれっ。――おっと、後ろは任せろ」
「んじゃ、俺は前だな!」
 その間にも降り注ぐ弾幕から仲間を守るため、広喜と地異は手分けをしてそれぞれに花の嵐を、光の盾を放つ。
 追い詰められても諦めずに撃ち続けていた月輪だったが、その動きが不自然に止まった。見ればその四肢が歪な枷に捕らわれている。
 その鎖が繋がる先に仁王立つ千翠の口元に、愛しさすら感じさせるほどに深く倒錯した笑みが浮かび上がった。
「お前のことは忘れないよ」
 直後、枷が月輪を粉砕して激しい爆発が起こる。
 遂にただひとりとなった最後の月輪の砲撃をかいくぐり、フィストは剣を真横に薙いだ。力を込め、彼の外装を覆っていた盾状のエネルギー膜ごとそれを叩き切る。
「悪いが……それは返してもらおう……」
 ふっ、と吐息をつく微かな間に千里は巨大なぬいぐるみ型のハンマーを砲台と化して、解き放った竜砲の一撃を月輪に見舞った。
 直撃を受けた機体は装甲を破壊され、中に嵌め込まれていた石が露になる。ころころと足元に転がってきたそれを、千里は指先で拾い上げた。

●眠る石
「はい、こちらへどうぞ」
 メリーナは柔らかい布袋の口を開いて、仲間たちが回収したコギトエルゴスムの石をその中へと仕舞い込んだ。
「んもう、せっかくお昼寝してたのに可哀想に。……ほうら、ベッドでゆっくりおやすみなさーい、でーすよ♪」
 周囲の修繕はすぐに済み、戦闘中に飛んだベンチや日輪・月輪が破壊したガードレールは概ね元の機能を全うできるようには修正された。
「……それにしても、何の妖精種族なのだろうな」
 メリーナの持つ袋を見つめ、フィストは首を傾げる。
「ああ、どんなやつなのか気になるよな」
 千翠は興味津々で頷き、袋の中を覗き込んだ。
「コギトエルゴスム化されるとこんな風になっちまうのか……」
「確か二、こうして目にスルと不思議なものだナ」
 眸が頷き、思案するように目を伏せる。
 ふと、広喜の視線に気が付いて顔を上げると、ベンチを元の場所に戻して来た彼は嬉しそうに言った。
「な、負けねえって言ったろ」
「……あア」
 肩を並べる二人の隣で、地異は考え込むように頭の後ろへと腕を組む。その視線はさきほど日輪・月輪が消滅した辺りに注がれていた。
「多分、あいつらを仕向けた背後は知ってるんだろうなあ」
「ふむ……」
 物思いに耽るように千里はつぶやき、背後を振り返る。そこには守りきった印刷所の明かりがあった。もし、新たな妖精種族たちが仲間になった時は彼らに関連する本がここで刷られる日も来るのだろうか。そんな未来のことを考えつつ、帰途につく仲間たちの背を追うようにしてその場を後にするのだった。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月11日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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