春を告げる花

作者:猫鮫樹


 埼玉県秩父にあるムクゲ自然公園。
 四季折々の花を咲かせる自然公園は、入園時間前のため静かだった。
 冷たい風の吹く公園の中を、園内管理する男性が1人。
 男性の頭上で咲くロウバイは小さな黄色の花を凛と咲いており、それを見た男性の顔が綻んでいる。
 足元に咲く秩父紅という福寿草の花も橙色の花を可憐に咲かせていた。
 見頃を迎える福寿草は公園に来る人々の目を、心を楽しませる為か小さな花が開き、絨毯のように斜面に咲き誇る。
 そんな福寿草に、漂っていた花粉が付いた。
 花粉の付いた福寿草はたちまち男性を見下ろす大きさになっていく。
 目の前で大きくなる福寿草に男性は驚愕して声も出せず、逃げることすら思いつかなかったのだろう。
 動かない男性に大きくなった福寿草は襲い掛かっていった。


「集まってくれてありがとう。バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)さんが危惧していた通り、攻性植物が現れたよ」
 中原・鴻(サキュバスのヘリオライダー・en0299)は赤目でヘリオンに集まったケルベロス達を見つめる。
 埼玉県秩父にある四季折々の花が楽しめるというムクゲ自然公園。そこで見頃を迎える秩父紅という福寿草が攻性植物となり、園内管理をしていた男性を襲い、宿主にしてしまったようだ。
「入園時間前ってことで、その男性だけが取り込まれてしまったけど……放っておいたら被害が大きくなってしまうんだよねぇ」
 福寿草の攻性植物が1体のみで、配下はいなようだと付けたし、鴻はさらに説明を重ねていく。
 取り込まれた男性に意識はないが、まだ命に別状はない。だがこのまま攻性植物を攻撃し、倒してしまうと男性も一緒に死んでしまう。
「一体化してるからねぇ……少し大変だけど、ヒールをかけながら戦えば戦闘終了後に取り込まれた男性を救出できる可能性があるよ」
 ヒールをかけながらの戦闘となれば、時間もかかり大変かもしれない。
 それでも鴻はただ、ケルベロス達ならば攻性植物を倒し、男性を助けることができることを信じている。
「戦いが終ったら、見頃を迎えた福寿草やロウバイを見たりして楽しんできていいからねぇ」


参加者
ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)
アルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)
如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)
フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)

■リプレイ

●春を呼ぶは橙の花々
 日の光で暖かな陽気の中、冬が名残惜しげに冷たい風を吹かせては咲き誇る花の香りを振り撒いていく。
 ロウバイの小さな黄色い花からは甘く瑞々しい香りが溢れていた。
 地面に近い場所には、橙の秩父紅と呼ばれる福寿草が見頃を迎え、まさしく春を呼ぶように、春が来たことを告げるかのように、それは立派に咲いている。だが、それも一株の福寿草に取り付いた攻性植物が大きく花開いて、花びらを揺らしていた。
「男性は下の方にいますわ」
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)は金の瞳に大きな攻性植物を映すと、橙の花びらの下から覗く太い茎、その根元に取り込まれた男性の姿を見て声を上げた。
「開園時間が来て多くの人が来る前に、倒してしまいましょう」
 踏みしめる土を鳴らし、如月・沙耶(青薔薇の誓い・e67384)が福を齎すはずの花を見上げて言葉を漏らせば、ケルベロス達は頷く。
 幸い福寿草は遊歩道脇に植わっており、攻性植物もその根を動かし本来植わっていたであろう土から這い出して、ケルベロス達と同じように広い遊歩道で男性を取り込んだ状態でいる。他の花や植物に被害がないようにとシアは注意を払い、それを仲間に伝えれば、分かったと言う声と頷きが返ってくる。
 自分達が為すべきことは、攻性植物を倒し、男性を救出。そして春を呼び、告げるように誇らしく咲き誇る秩父紅を傷つけないようにすることだ。
「綺麗な花には……って言うけど、これはこれで怖いよね……」
 なんて呟きながらも頑張ろうと続けた山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)が強く握った拳を攻性植物に叩き込む。男性に当たらぬようにと注意しながら。
 涼子の背に続くように晴天の空のように、それよりも澄み切った青色の髪を揺らして、可憐な容姿とは裏腹なバジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)の力強い飛び蹴りが攻性植物の太い茎へと仕掛ければ、その二人の攻撃を合図にケルベロス達が自分の持つ武器を、力を使い攻撃や仲間をフォローするために動き出した。
 可憐に咲き誇る秩父紅。橙の幻の福寿草。
 一度見てみたいと思っていたシアは、折角会えたのに攻性植物となってしまっていたことに胸を痛めた。こんなに綺麗に咲かせてくれた人にも危害を加えてしまい、きっとそんなこと福寿草も望んでいないはずだろう。
 攻性植物が空の青さを見るように大きな花びらを上に向けている中、秩父紅のように幻の花を咲かせる。
「足元の花もご覧になって?」
 福寿草の根元。シアが咲かせるのは幻の花。
 素朴な美しさの幻の花が咲き誇る中、揺蕩う青い髪を踊らせ湯川・麻亜弥(大海原の守護者・e20324)が攻性植物に爆破攻撃を仕掛けた。
「吹き飛んでしまいなさい!」
 麻亜弥の声とほぼ同時くらいだろうか、福寿草の萼辺りを爆破すれば、攻性植物が反動で仰け反った。
「ヘッズ・アップ!」
 仰け反った攻性植物に今度はルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)の大きな声が襲う。ルアの声に乗った衝撃波は仰け反っていた福寿草をさらに仰け反らせるが、倒れるまでに至らないのだろう。しなる茎を戻し、福寿草は体制を立て直した。
 仰け反る反動は当然取り込まれている男性にも伝わってしまう。
「必ず助けるから、耐えてくれ」
 未だに意識がない男性にアルベルト・ディートリヒ(昼行灯と呼ばれて・e65950)は声を掛けて、福寿草に膝蹴りを入れていく。皆が攻撃をしていけば沙耶が皆の守りを固めるために杖を奮う。
「貴方の運命をお守りします!!」
 指し示す運命が、仲間を護るための力となる。
 運命の導き「女帝」(フェイト・ガイダンス・エンプレス)を施され、福寿草が蠢かせる触手の攻撃が他の仲間に行ってしまう前にアルベルトが庇っていく。蔓触手がアルベルトに向かっている内に、フレデリ・アルフォンス(ウィッチドクターで甲冑騎士・e69627)が守りをより堅実にする為に、前衛をライトニングウォールで補強した。
 飛び交う男性を励ます声、ケルベロス達の状況を把握する声が公園に響いていく。その思いは一重に男性の命を守るため、この公園……綺麗に咲く花を守るために、ケルベロス達がその手に持つ武器と力を奮っていくのだ。

●クノウ
 地を打つ。肉を打つ。
 しなる蔓触手は容赦なくケルベロス達の体を傷つけていく。
 福寿草の別名はいくつか存在していて、その内の一つであるクノウ。その由来となる伝説の中にあるように、まるで福寿草が神となったかのようにアルベルトの体を打ちつける。
 それでもフレデリが施した守りが、沙耶の守りが、アルベルトの防御を高めている今はそこまでの傷とはならないが果たしてそれもいつまで保つか。
「他の花達があなたの世話を待ってるんだ!」
 フレデリが意識を失ったままの男性に声を掛ける。攻撃をしかける合間にも仲間の傷を癒し、福寿草に攻撃をしては、取り込まれた男性を助けるために福寿草を回復する。
「敵を癒すのは不本意ですけど、男性の救出の為です、オペを施術しますね!」
 涼子の攻撃の後、バジルが福寿草を癒せば、シアと沙耶がこのまま攻撃するようにと皆に伝えていく。それを聞いた麻亜弥とルアがその手に持つ武器を奮い、男性を避けるようにして福寿草の萼や茎を狙い攻撃を与え続けていた。
 アルベルトが福寿草の動きを少しでも止めるために、稲妻を帯びた高速の突きで茎を狙う。多少なりともその瑞々しい緑色を削ることはできるが、致命傷には至らないのだろう。
「なかなかに丈夫な茎ですね」
「そうだな……だが、少しずつでもダメージは入ってるはずだ」
 沙耶が少しだけ削れた茎を見て呟けば、それにフレデリが返した。
「ちゃっちゃっと倒して、助けてやろうぜ!」
 艶やかな黒髪、その合間から覗く耳をピンと立たせて、金目を輝かせてルアが駆け出す。喋りながら繰り出す攻撃は鋭く、黒豹の威厳を見せて叩き込む攻撃が福寿草の体を揺らした。
 その衝撃のせいだろうか。
 うっかりしていたら聞き逃してしまいそうなほど、小さな呻き声が取り込まれた男性の口から漏れた。
「男性の意識が!」
 福寿草の観察をしていた沙耶とシアが顔を見合わせて、どちらともなくそう叫んだ。
 攻撃の手を止めて、ルアも警戒するように福寿草から距離を取る。
 くぐもる男性の声と荒い息遣いが聞こえる。
「もう少し辛抱してくれ」
「今は痛くても辛抱してくれ! 必ず助ける!」
 フレデリとアルベルトの二人は男性に声を掛け続ける。
 意識はなくても痛みや振動は伝わり、反射で男性の体が反応を示していく中で、ケルベロス達が出来ることは一刻も早くこの福寿草の攻性植物を倒すことだけだった。
 福寿草の動きを少しでも鈍らせるためにフレデリが時空石化剣で福寿草の茎を切り刻む。
 皆は武器を握り、男性の命を守るために今一度福寿草へと立ち向かっていく。

●アドニス
 大地を揺らす福寿草の攻撃。
 しなる蔓触手を避けても、地面を飲み込み、さらにこちらの体をも侵食する福寿草に嫌な汗が出る。
 一度距離を取った涼子はそれを軽く拭った。
 その様子を心配気に見つめるバジルだが、今は目の前の攻性植物を倒すことに集中しなければと、視線を移動させる。
 体の異常もすこしずつでも回復はしているが、それでも疲弊と痛みは体を苛む。
 ふわふわのボブカットの髪に生えたミモザの花を揺らすシアが、ふわりと舞い踊るように、仲間が攻撃して傷が幾重についた茎を斬りつける。その一閃は確実に福寿草の傷を広げていた。
「海の暴君よ、その牙で敵を食い散らかせ……」
 斬り広げられる茎の傷。それはまだ完全に切断までは行かないでも、確実なダメージなのだろう。
 揺れる橙の花びらはそれでも天を仰ぎ、取り込んだ男性を放そうとはしなかった。
 そこに麻亜弥が袖から引き抜く暗器で更に深手を負わせるために、重なる傷に深く斬りつければ、福寿草が痛みに揺れ動く。
 仲間がそうやって回復と攻撃を重ねて動いている中、涼子も同じように攻撃をするために足を一歩踏み出した。
 その涼子の動きに合わせたかのように揺れる地面。
「気を付けてください!」
 沙耶の声が響く。揺れる地面に身構えた瞬間だった。
 それは一瞬であったのだ。
 地面を侵食する攻撃だと思ったはずが、いつの間にか蔓触手が涼子の体を捕らえていた。
「涼子さん!」
 目の前で捕らわれた姿を見てバジルが叫んだ。ルアや麻亜弥がその蔓を斬り落とそうと武器を構えるが、蠢く蔓がそれを邪魔してくるのだ。
 新たな栄養源にするつもりか、福寿草はそのまま自分の元へ涼子を引き寄せていく。
 だが指をくわえて見ている訳にはいかない。
「音速を超える拳を、見切れますか?」
 麻亜弥が先手を打つように蔓を弾き飛ばせば、今度は蔓を斬り落とすべく、ルアとアルベルトが攻撃をして道を開く。
 その攻撃のダメージから男性を守るために後方で沙耶は福寿草に回復をし、フレデリとバジルは蔓を掻い潜り、前線に向かう。
 捕まった涼子の肌には血が滲み、地面に落ちると、まるで花が咲いたかのように広がる。
「はいはい、おとなしくしましょーね!」
 フレデリが絡まる蔓や茎を巻き込みながら斬りつければ、涼子の体は自由を取り戻した。
 浮遊感から脱した涼子は地面に着地し、その背をバジルがそっと支える。
 安堵の息を漏らしたバジルに、涼子がそっと微笑むと、すぐさま福寿草に向き直り構える。
「かわせるかな? 地摺り焔鮫!」
 バジルが涼子に合わせ、青薔薇を咲かせて茨を飛ばし、そこに赤い涼子の炎が鮫の如く交わり、福寿草に襲い掛かった。
 燃えるような赤に、静かな青。
 シアと沙耶が注意深く福寿草の様子を見ていると、風が吹き抜けていく。
 吹く風に目を細める麻亜弥は、影を落としていた攻性植物の姿が消えたことに息を吐いた。
 遊歩道には攻性植物の姿は消えて、その場には男性が倒れているだけだった。

●希望の橙
 倒れた男性に駆け寄るケルベロス達。
 アルベルトが男性へと声を掛ける。何度か呼びかければ、男性の瞼が持ち上がった。
 ぼんやりする意識が段々と覚醒してきた男性は、混乱する頭で回りを見渡している。
「大丈夫ですか?」
 バジルが混乱している男性に声を掛ける、その後ろでは涼子が心配そうに見ていた。男性は大丈夫と返事をすればほっとケルベロス達から息が漏れる。
 沙耶とシアと麻亜弥が大きな怪我がないかを確認し、小さな傷がちらほら見えた。それを優しく手当とヒールをしていけば、周りの崩れた遊歩道を整えるべくフレデリとルアが破片を集めていく。
 無事な男性に安心したアルベルトが今度は壊れた周辺へとヒールを施せば、見た目に変化はあるものの戦いがあったとは思えない姿へと戻っていった。秩父紅も戻った景色にほっとしたかのように、小さな橙の花を満足げに揺らしていた。
 周辺のヒールに、男性の介抱を終えれば開園時間となったのだろう。男性はお礼を言ってその場を離れる。足取りも問題なさそうだ。
 そうこうしている内に弦楽器の音がケルベロス達の耳に届く。チューニングを開始しているのだろう、音を確かめるように爪弾く弦の音。
「ホンモノの福寿草を見られた事だし、ちょっと野外コンサートやるみたいだし行ってくるね~」
 軽く背伸びをしたルアが音が聞こえる方向を見ると、一人そそくさとコンサートの会場へと向かっていけば、バジルが涼子の手を引いて遊歩道を歩き始めた。
 甘い雰囲気が漂うバジル達をそっと祝福するかのように、秩父紅が揺れる。
「私たちも公園内を散策しましょうか?」
 麻亜弥は残った仲間に声を掛けると、同意するように皆が頷く。
 幻の福寿草である秩父紅を眺めて麻亜弥と沙耶、フレデリが微笑んでいると風に乗って上品で瑞々しい香りが鼻腔を擽る。
「上品でいい香りだな」
 アルベルトは香りを楽しむように、深く呼吸をして枝に成る小さな花に目を細める。
 その隣でシアも同じようにロウバイを見上げた。
 染み入る様に寒い風が吹いても、暖かな色の花々は春の訪れを告げてくれる。
 始まるコンサートの音も流れてくれば、それに耳をすませ、贅沢で胸が温かくなるような時間をケルベロス達は過ごすのだった。

作者:猫鮫樹 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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