襲う獣と惑う者

作者:雨音瑛

●襲撃
「お前達の使命は、このコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぎ復活させる事にある」
 そう話すのは螺旋忍軍がひとり、ソフィステギア。
 ソフィステギアの前には、コギトエルゴスムの装飾品を与えられた犬たち――犬型の螺旋忍軍が座り込み、彼女の話に聞き入っていた。
「本星『スパイラス』を失った我々に、第二王女ハールは、アスガルドの地への移住を認めてくれた。妖精八種族の一つを復興させ、その軍勢をそろえた時、裏切り者のヴァルキュリアの土地を、我ら螺旋忍軍に与えると」
 とはいえ、とソフィステギアは犬たちを見渡す。
「ハールの人格は信用に値しない。しかし、追い込まれたハールにとって、我らは重要な戦力足りうるだろう。ハールが目的を果たしたならば、多くのエインヘリアルが粛清され、エインヘリアルの戦力が枯渇するのは確実となる」
 沈黙の後、ソフィステギアは語気を強める。
「我らがアスガルドの地を第二の故郷とし、マスタービースト様を迎え入れる悲願を達成する為に、皆の力を貸して欲しい」
 ソフィステギアが語り終えると同時に犬の螺旋忍軍は頭を下げ、何処へと駆けて行った。

 外灯の明かり眩い夜の道で、目の下にくまを作った女性がふらふらと歩いている。
「ちっくしょ〜、3日も家に帰れてない……あのクライアント、いつか泣かす……」
 よれよれのシャツをコートからはみ出させて、女性はぶつくさ文句を言い続ける。
 そんな中、足音が聞こえたものだから。
 女性はポケットに手を突っ込んで防犯ブザーを取り出した。
「く、来るかあ! い、いつでも来いやあ!」
 いきがる彼女の前に現れたのは、3匹の犬。
「わ、わんちゃん! わんちゃんおいでおいでわんちゃんおいで〜〜〜〜〜〜!!」
 泊まり込みの仕事が続いて、判断力が鈍っていたのだろう。女性はにぱっと笑ってしゃがみこみ、犬たちを手招きする。
 犬たちは要望どおり駆け寄り、そして彼女が予想もしなかった行動に出た。
 首筋を、脇腹を噛みちぎり、あっという間に女性の命を奪ったのだ。
 すると犬たちの装飾品に仕込まれたコギトエルゴスムが輝き、下半身が馬の胴体となっている者たちが現れた。
 かつてエインヘリアルに滅ぼされた妖精8種族のひとつ「セントール」だ。
「えっ、あ、あの、何これ、え、血!? あばばばば……!」
「あ、あの、君たちが復活させてくれたんです?」
 一人がそう話しかけると、犬たちは静かに頷いた。
「わ、私たちはどうすれば……?」
 さらに別の一人が問うと、犬たちは歩き始めた。時折振り返る様子は「ついて来い」と言っているようだ。
 3人は顔を見合わせ、犬たちの後を追い始めた。

●ヘリポートにて
 リザレクト・ジェネシスの戦いの後、行方不明になっていた『宝瓶宮グランドロン』に繋がる予知があった。
 ケルベロスたちに説明しつつ、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)は手元のタブレット端末に視線を落とす。
「これより発生するのは、動物型の螺旋忍軍による襲撃事件だ。概要としては、『コギトエルゴスム』の装飾品を身につけた動物型螺旋忍軍が一般人を襲撃して殺害し、グラビティ・チェインを奪う、といった感じだな」
 すると、コギトエルゴスムから人馬型のデウスエクスが出現するというのだ。
「このコギトエルゴスムは、おそらく妖精八種族のうち一つ『セントール』だろう。こちらも気になるところだが、まずは襲撃される一般人を守り、動物型螺旋忍軍を撃破してほしい」
 その後ならば、妖精8種族のコギトエルゴスムを入手できると、ウィズは付け足した。
「襲撃されるのは、デザイン事務所に勤める女性だ。3日ほど会社に泊まり込んでいたようで……うむ、実にお疲れさま、だな……。やっと解放されたと思いきや、動物型螺旋忍軍に遭遇。とはいえ女性は疲労のためか動物型螺旋忍軍をただのかわいい犬だと思い込んだようで、自ら彼らを招いてしまう。その結果、襲われてしまうことになるのだが……」
 女性を襲う動物型螺旋忍軍は3体。黒い毛並みの『アブランカ・ククリ』は攻撃力が高く、身体に傷の目立つ『アブランカ・オダマキ』は防御力が高く、白い毛並みの『アブランカ・カメリア』は状態異常の付与を得意としている。攻撃方法は3体とも共通しており、武器に噛みつくことで攻撃力を下げたり、毒を染みこませた手裏剣を召喚して斬りつけたり、足止め効果のある遠吠えを行ったりする。
「襲撃前に女性を避難させたいのはやまやまだが、そうすれば別の人間が襲われるだけで、救出はより難しくなってしまう。結局、女性が襲撃されたところを救援する、というのが最善のタイミングになるだろう」
 ちなみにこの動物型螺旋忍軍は『ケルベロスに近接単体グラビティで攻撃された』ターンは一般人を攻撃しない。
 攻撃をされなかった場合や、遠距離攻撃・近接範囲攻撃を受けた場合は、攻撃を受けたりかいくぐったりしながら一般人を殺害し、妖精八種族のデウスエクスを復活させてしまう。
「もしセントールが復活した場合、彼らは予知にあったように混乱し、その後は戦闘を避けるように逃走しようとするだろう。一方で、犬型螺旋忍軍は足止めをするように君達に攻撃をしかけて来る」
 逃走しようとするセントールは、捕縛こそできないものの集中攻撃を行えば撃破は可能だという。ウィズはケルベロスたちを見渡し、セントールが復活した場合の判断は現場に任せると告げた。
「今回、重要なのは一般人を殺害させないことだ。攻撃する相手、攻撃に使用するグラビティに充分気をつけ、連携して臨んで欲しい」
 一般人に被害が及ばなければ、セントールのコギトエルゴスムを入手することもできる。それに、セントールのコギトエルゴスムを可能な限り確保できれば、グランドロンの探索が有利になることだろう。


参加者
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
レヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)
清水・湖満(氷雨・e25983)

■リプレイ

●訪う者たち
「わ、わんちゃん! わんちゃんおいでおいでわんちゃんおいで〜〜〜〜〜〜!!」
 しゃがみこむ女性の元に、動物型螺旋忍軍――すなわちアブランカ・ククリ、アブランカ・オダマキ、アブランカ・カメリアの3体が駆け寄る。
「させないよ」
 青い瞳が外灯に照らされ、彼の動きに合わせて弧を描く。竜の槌を容赦なく振るうのは、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)。合間に瞬いて見遣るは、愛しい銀狼の女性だ。
 加速された軌道がククリを打った直後、地獄化した右腕が空を切りオダマキを弾き飛ばす。
「その人から離れろ!」
 左の腕に獣の毛並みを宿した、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)の一撃であった。
「えっ、えっ……」
 状況を飲み込めない女性が腰を抜かすが早いか、ククリの咆吼が響いた。
 続いてオダマキが清水・湖満(氷雨・e25983)に噛みつこうとしたその時、ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)が庇い立てる。白いケルベロスコートについたウサギ耳がふわりと揺れる。カメリアの召喚した毒手裏も、ついでとばかりに受け止める。
 あと一瞬でも遅れていたら、回復の要である湖満がさっそくダメージを受けていたことだろう。
 想定以上に早い彼らの動きに、ヒメは眉をひそめた。
 ケルベロスとしてはなんとしても彼女を庇いたいところだ。しかしこの素早さだ、いざ近接攻撃が当たらない個体が女性のもとへ向かったならば――。彼らはケルベロスたちを出し抜き、グラビティ・チェインを得てしまうに違いない。
 彼女を守る為には、全ての個体に近接攻撃を命中させるのが最も確実だろう。
「ありがとうございます、ヒメさん。――さて」
 ゆるりと頭を下げた後、湖満は振り返って女性を見遣る。
「油断しては駄目。一歩でも近づいたら、喉を、腸を食いちぎる化け物です。ですから、私たちが貴女を守り、そして敵を撃破します」
 柔らかな笑みを向ける湖満に、女性は息を呑んだ。
 此度の湖満は、冥王妃ニュクス。所属する歌劇団で上映している劇の役そのものだ。ドレスの裾を翻し、前衛へと紙の兵たちを放つ。
「次は……オダマキだね……」
 妖刀”千鬼”をすらり抜き、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)は刀身に重力を纏わせた。
 気付けば彼女の茶色であったはずの瞳は、緋色に変じている。
「残念…これは躱せない…」
 一閃、納刀。オダマキはまるで「斬られる」ために千里の軌道上へと引き寄せられ、無様に斬撃を受けた。
「ひとまず……全員に当てたね……」
 千里の言葉に、ヒメはうなずいた。ひとまず女性は大丈夫だ。
 それでも女性を勇気づけようとプリンセスモードを発動し、敵との間に立つヒメ。
「ボクたちはケルベロス。あの犬はデウスエクスよ、危ないから下がっていて」
 ボクスドラゴン「紅蓮」もうなずき、オダマキへと炎を吐き付ける。
「オネーサン、お疲れンとこ悪ィケド邪魔するぜ」
 緩い言葉は、鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)によるもの。
「ありゃ癒しどころか災い齎す狂犬だ。そんで俺らは番犬――必ず護るから、焦らず背中に隠れててくれ」
 そう言い終えれば、雅貴の雰囲気は一点、銀の瞳は鋭くオダマキを捉える。
「さァ、遊んできな」
 外灯の落とす円の中に、烏の影が映り込む。それらは瞬く間にオダマキに群がって視界を覆った。暴れる烏とククリがもつれ合う中、オダマキの鳴き声が響いた。潜む刃がオダマキを貫いたのだ。
「蓮華も続くよ、雅貴さん! ぽかちゃん先生もよろしくね!」
 鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)はウイングキャット「ぽかちゃん先生」に声をかけ、日本刀を振るった。曲線の傷がオダマキへと刻まれ、数歩下がる。
 ぽかちゃん先生が翼をはためかせて前衛へと送る風は、癒しと共に耐性を与えてくれる。
「ごめん、怖いと思うけど絶対に守るから信じて待ってて欲しい!」
 隣人力も使用したレヴィン・ペイルライダー(秘宝を求めて・e25278)は、しゃがみこみ、女性と目を合わせた。
「……はい! ケルベロスさんたちのこと……信じて、ます!」
 女性がうなずくと、レヴィンはにかっと笑ってゴーグルを着用した。

●妖精種族
 螺旋忍軍たちの身につけている装飾品、そこに埋め込まれたコギトエルゴスム――封じられていた妖精種族のもの――をヒメは見遣った。
「……出自はどうあれ敵戦力を増やしたくは無いわね。そもそも被害者を出すつもりはないのだけれど」
 呟き、状況を確認すヒメ。
 全ての個体に近接攻撃を命中させていくため、ほとんどの者が攻撃に回っていた。
 都度回復をする湖満の回復は心強いが、被害が分散すれば回復が後手になることもある。ならば少しでも被ダメージを抑え、回復がしやすくなるようにと、ヒメは防備を高めるヒールドローンを展開した。
 姿は違えど、雅貴とて妖精種族の端くれ。叶うのならば敵対せずに、何より謀略に利用されずに済んで欲しいとコギトエルゴスムたちを時折視界に映す。
 そのためにも、と抜いた日本刀の切っ先を犬たちへと向けた。
「此処に沈むのはテメーらだ。覚悟しな、狂犬共」
 雷光を纏わせた日本刀を手に一気に距離を詰め、雅貴はオダマキを貫く。
「行けるか?」
 と、雅貴が視線を遣った先はレヴィン。
「もちろんだ、オレのリボルバーが火を噴く……っと、今日は勝手が違うんだったな」
 リボルバーやライフルを好むレヴィンであるが、此度の目的は「近接攻撃」を当てていくことだ。すぐさま切り替え、地面を蹴る。
 星屑を纏った足はオダマキを捉え、弾くように蹴り上げる。
 仲間が攻撃を仕掛け続けるのに対し、湖満ははあくまで回復を主軸として動いていた。
 此度もレヴィンを嫌そうと、穏やかな笑みのまま懐刀を取り出す。
「レヴィンさん、大人しくしていてくださいね」
「な、なにぃ!?」
「ご心配なさらず、ただのヒールですよ」
 後ずさるレヴィンとの距離を詰め、懐刀で一気に切開。強打も伴う強引な治療法にレヴィンは冷や汗だらだらになっていたが、縫合された後はもちろん痛みなどなく、犬たちによって与えられた傷が癒えていた。
 今回は回復を担う湖満であったが、もし攻撃を担当していたのなら――。その刃が自分に向かうことは無いと理解していても、レヴィンは身を震わせた。
 クレーエはGladius de《Leo》を構え、ククリへと狙いを定める。クレーエが切っ先の向こうに見るのは敵だけではなく、ケルベロスが紡いできた戦いとその戦果だ。
 かつて、ヴァルキュリアを仲間としたように。
 セントールも、仲間とすることができれば。
「そのための足がかりになるんだったら、いつも以上に油断は禁物……だよ、ね」
 刃に輝く星辰に、雷光のそれが重なる。呼吸を整えて繰り出した一撃が、ククリの胸元を貫いた。
「蓮華さん、頼める?」
「はーい、任せてクレーエさん! ……それじゃ、いくよ!」
 凍気を纏わせたパイルバンカーを手に、蓮華がカメリアへと駆け寄る。勢いのままに貫くと、凍気がカメリアへと移行して氷が厚くなっていくのがわかる。
 ぽかちゃん先生の送る心地よい風を受ければ、蓮華の目に犬たちが攻撃に動いているのが見えた。
「うまくいかなくて怒ってるのかな? ――でも!」
 蓮華がクレーエへと向かった手裏剣を受け止め、ヒメが千里へと向かった犬の前に立ち腕にて噛みつきを受け止める。
 オダマキの咆吼が前衛を対象に響く中、紅蓮がオダマキへと体当たりをするとルティエが進み出た。
「失せろ、お前達にくれてやる物など何も無い」
 ルティエは無意識に右耳のカフスとピアスに触れていた。それは、亡き親友からの贈り物と形見だ。
 デウスエクスによる悲劇はこれ以上起こさせやしないと、惨殺ナイフ「Roter Stosszahn」の刃に氷塵を纏わせた。
「氷蔓を伸ばしてその身を縛り、氷華を咲かせて絞め殺さん…紅月牙狼・雪藤」
 閃かせた先はオダマキ。ルティエが刃を手元に戻すと、刃の奇跡から氷の藤蔓が伸び始めた。蔓の先でひとつ、ふたつと藤の氷華が咲くと、オダマキの体は既に凍り始めている。
 やがてオダマキを襲ったのは、締め付けと凍傷による激痛。弱々しい悲鳴を上げ、オダマキは倒れ臥した。
「いまのところは順調……私たちの方が……優位……」
 無表情のまま、千里は次の標的を見遣る。
 次の弱っているのは、カメリア。そう認識するや否や、千里は目印でもつけんばかりの勢いでカメリアを蹴り抜いた。

●刀撃
 盾役を撃破できたとなれば、ケルベロスたちにもいくらか余裕が生まれてくる。
「へへっ! どうだ、オレたちの力は!」
 レヴィンはチェーンソー剣を唸らせ、強気の笑みを浮かべた。
「バラバラにしてやるぜ!」
 レヴィンが斬り下ろす先は、ククリだ。
 一度地に伏せたククリが力を振り絞って起き上がるのを見ながら、クレーエは体内に宿る《悪夢》の残滓を呼び起こす。
「動きを止め、息を止め、生を止め……休んだらいいよ、オヤスミナサイ」
 ククリの前に黒き翼を持つ悪魔の化身が立ちはだかり、黒い羽根を落とした。羽根は、瞬く間にククリを虚無へと誘ってゆく。
 ククリが倒れるまで、もう間もなくだろう。この場でセントールが復活する可能性は、既にかなり低い。
 けれど、とクレーエは小さく息を吐いた。
(「セントールが復活しようとしまいと、駒として扱われることがなければ良いな……」)
 かつて〈飼い主〉を転々とした経験からか。セントールたちの未来を、そっと思いやるのだった。
 厄介なのは回復をする者がいるためだと判断したのだろうか、ククリとカメリアは湖満へと攻撃を仕掛ける。ククリが足へ噛みつき、カメリアが咆吼を上げる。
 立て続けの攻撃に、湖満がよろめいた。
「こみちさん!」
「ご心配には及びません、大丈夫です」
 心配するクレーエに微笑みかけ、湖満は叫びと共に自らを癒やす。
「……良かった」
 一般人はもちろん、ケルベロスにも犠牲を出したくないルティエだ。一刻も早く決着を付けようと、カメリアへ日本刀「紅華焔」の斬撃を浴びせる。紅蓮も主の動きを理解しているから、立て続けにブレスを浴びせる。
「……状態異常……すごい数になってきてるね……」
 言いつつ、憐れむでもない千里である。ククリの傷を、妖刀”千鬼”にて火傷ごと斬り広げる。そこに見舞われるは、ククリの後ろに回ったヒメによる雷光を纏った突き。勘などではなく、仲間と敵の動きを読んだからこそできる芸当だ。
「今よ」
 いったん刀を収めたヒメが、呼びかける。代わりとばかりに刀を抜いたのは、雅貴だ。
「任せな」
 応答を潜ませるは斬撃の音。一度刃を振って鞘に収めれば、ぽかちゃん先生の癒しが飛んで来る。
「ありがと、ぽかちゃん先生」
 万が一の時は回復に回ろうとしていた蓮華であったが、ぽかちゃん先生の動きもあってか、回復は足りている。そう判断し、パイルバンカーの勢いを螺旋力で増し、ククリへと突き立てた。
 装飾品が弾け、ククリが力なく倒れる。また一つ、コギトエルゴスムが地面に転がる。
「誰の指示でやらされているのか知らないけれど、君達のご主人様をうらみなよ」
 綺麗な顔立ちは、今宵は冷たく犬たちを見遣る。
 ただの獣であれば、蓮華はも優しく接していたことだろう。しかし目の前の犬の形をした彼らは螺旋忍軍。すなわち、敵として立ちはだかる獣だ。
 そこに、容赦する理由は何一つ無い。

●いつかどこかで
 最後の1体を相手に、ケルベロスたちは勢いづく。
「移動は素早くても――」
 ヒメの手には、斬霊刀「緋雨」と「緑麗」。しかし何より目を惹くのは、その高い機動力だ。
「こっちから捉えれば、あっけないのね」
 言い切ると同時に、カメリアの傷をなぞり、いっそう深く斬り広げた。
 続く雅貴と蓮華による攻撃も、やはり刀によるもの。
 癒しをくれるぽかちゃん先生に手を振って礼を述べたレヴィンは、地獄の炎をチェーンソー剣に纏わせ、叩きつけるかのように見舞う。
 炎の勢いを増す一閃は、クレーエのGladius de《Leo》によるものだ。
 飛来する手裏剣をいとも容易く躱し、湖満はうやうやしくドレスの裾をつまんで一礼した。回復不要と判断したためだ。
「冥府へご案内いたします」
 薄い色の瞳で瞬きひとつ、右手が斬撃を発生させた。
「骸と成って沈め」
 斬撃は追う。カメリアを、死神のようにどこまでも。逃げる者と追う者の姿は、いっそ踊っているようにすら見える。
 続けざまに紅蓮が体当たりをするその様子を見守る湖満の顔は、嬉々としていた。
 なにせ、最後の敵が撃破されようと――冥王妃ニュクスいわく「冥府送り」にされようとしているのだから。
 星屑の蹴りを見舞ったルティエは、着地と同時に名を呼ぶ。
「千里さん!」
 無言でうなずいた千里が、神速もかくやという速度でカメリアへと迫った。軸足を起点に、カメリアの弱点と思しき場所を強かに蹴り上げる。
「これで……最後……」
 千里が言い終えるよりも早く、最後の個体は空中にて消滅した。
 ケルベロスは、女性を守り切ったのだ。
「もう大丈夫だよ。……立てる?」
「は、はい……あの、ありがとうございました!」
 蓮華の差し伸べた手を握り、女性はゆっくりと立ち上がった。
 戦場に残ったのは、3つのコギトエルゴスム。それらを回収しつつ、周囲のヒールを行う。
 女性にラブフェロモンを使わずに済んだことに安心し、クレーエは胸をなで下ろした。何せ、今日の仕事には家族――妻がいるのだ。仕事とはいえ、ルティエの前で見せるには勇気が要るというもの。
 彼女の尻尾がゆっくりと揺れているさまを見て、クレーエは微笑む。その視線に気付いたのか、ルティエが振り返って首を傾げた。
「……クレーエ?」
「ん? なんでもないよ、るてぃえ」
 それなら、とルティエは紅蓮を抱えて女性に近寄った。
「えと……良かったら紅蓮もふります? 望むなら動物変身で狼になってみましょうか」
「で、では、狼を……狼をお願いします……!」
「え? ……紅蓮じゃなくて??」
 きょとんとしつつ、ルティエは動物変身で狼の姿となった。
 銀の毛並みに顔をうずめる女性は、とても幸せそうだ。
 茶色の瞳に戻った千里も、ナノナニックハンマーの巨大ナノナノぬいぐるみ部分で女性の背中をふかふか、女性の癒しへと加わった。
「もふもふ……ふかふか……幸せ……あ、ああっ、もう大丈夫です、恥ずかしいところをお見せして……それに、本当にありがとうございました!」
 家は近いので、と言う女性を見送り、ケルベロスたちも帰路につく。
「――もうちょい待っててな」
 彼の種族が石の眠りから平和に目覚められるように。
 そう願いつつ、雅貴はコギトエルゴスムを月光に透かした。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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