●覚醒
――不意に覚えた冷たさに、驚いて目を醒ます。
醒ましたつもりだった。
だが全身を襲うひどい倦怠感に、四肢には力が入らず、五感も直ぐには甦らない。
微睡みの半ば、薄く膜がかかった意識が、情報を探れと本能を動かす。
真っ先に、尖った耳がぴくりと動いて周囲の音を探る。
――漣の音。
そして、潮の匂い。
寄せては返す冷たい白波が、尾の一つをじっとりと濡らしている。完全に覚醒した彼は、跳ねるように起き上がり、身を震わせ水を飛ばした。
天に鼻先を向け、すんすんと何かを嗅ぎ分け――彼は猛然と駆けだした。
何処へ。何処へだろうか。
ただ人の気配のある方へ、彼はひたすら駆った。
――どろりとその裡に渦巻く破壊の衝動を解放するため。
其れを助けるように、四肢を巡るのは純粋な力。本能による迷いの無い駆動は、羽のように軽く千里を駆けられるやもしれぬ、疾風の如き速度を彼に与えた。
海岸を駆け抜けるは――艶やかな毛並みもつ巨大な三つ尾の狐であった。
●救援の手
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が見つかった――雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)は集ったケルベロス達に告げた。
彼は恐らく城ヶ島で戦った後、海から逃れ、泳いだか流されたか――その後、千葉県の浜辺のどこか、人目に付かぬ場所で休眠状態に陥ったのだろう。
然し、目覚めた宵一は休眠前に保っていた僅かな理性をも失っている。
覚醒するや否や、人気のない海岸から人里目指して移動を開始するのがその証左――彼の裡にあるは、破壊衝動のみ。
「ゆえ、疾く駆けつけ……止めて貰いたい。人々のためにも、御子神のためにもな」
彼は静かに説明を続ける。
今から向かえば、彼が完全に覚醒した直後、移動を開始する前に間に合う。
周囲は人気のない冬の海。足場は岩場と浜辺の境界で、砂に足が取られるということもない。一般人が駆けつけるという心配も不要な、戦闘に集中できる場所だ。
言うまでもなく、暴走時の力を残し、更には知性も失った状態の宵一はかなりの強敵。
まさしく真の獣らしい動きで、俊敏かつ強烈な一撃を放つ。接近戦においても厄介でありながら、距離をとっても咆哮を放ちて相手を縛る。
恐らくまともに渡り合えば、苦戦は必至の相手であろう。
「だが、御子神には弱みがあり――そこをつけば、弱体化できる」
言って、辰砂はひとたび口を閉ざし、瞑目する。
――どう説明したものかと言葉を選んでいるようでもあった。
弱体化を誘うには――端的に表現するなら『モフればいい』らしい。普通に動物を愛でるように、もふもふと、ふわふわと。時には大胆にその毛並みに飛び込んで、滑らかな手触りを堪能――もとい、撫でて落ち着かせる。
すると、彼は戸惑い、攻撃の手が鈍るらしい。
無論、彼はケルベロスを敵と認識しているため、懐に飛び込むのは危険が伴う行動だ。
それを振り切る勇気とタイミングが重要となるだろう。
更に、辰砂は付け足す。
「彼には、食べ物も効く」
暴走前に彼が好んだ食べ物を供物と捧げれば、注意はそこに向き、好きなだけもふれる……もとい、元に戻すための戦いを優位に進められるだろう。
とはいえ、正気に戻すためには少なからずダメージをいれる必要がある。その覚悟だけは確かにもって挑む必要がある。
「仲間のために死地に身をおいた御子神を迎えにいくついで、労ってやるといい……労いになるのか? ……私には何とも言えぬが、貴様らの心がけ一つだろう」
改めて注意を促しつつ――辰砂はケルベロス達への説明を終えるのだった。
参加者 | |
---|---|
天矢・恵(武装花屋・e01330) |
浅川・恭介(ジザニオン・e01367) |
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725) |
二藤・樹(不動の仕事人・e03613) |
夜陣・碧人(影灯篭・e05022) |
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699) |
佐藤・非正規雇用(プリンはディナーのあとで・e07700) |
櫻木・乙女(プリマヴェーラを祈る・e27488) |
●開
「トリック・オア・トリート……にしちゃ、かなり早いし遅いんだけど意味は合ってる……か?」
霧島・カイト(凍護機人と甘味な仔竜・e01725)が戸惑う。
たいやきはそんな彼の疑問に疑問を抱くように小首を傾げた。
「まあ、まずは無事……? 無事見つかってくれて良かったのだぜ」
タクティ・ハーロット(重喰尽晶龍・e06699)は頬を掻いた。その表情は若干緊張を孕んでいる。
冷たい飛沫を感じる海辺――そこに彼は居た。
金毛を逆立て、唸り睨み据える宵一。強い殺気はケルベロス達を敵と見ている証拠だ。
「……まさか君も暴走するとはね……――でも大丈夫、今度は私たちが、君を助けに来たよ」
負けじと正面より彼を見つめ、零が静かに声をかける。
前に助けて貰った恩を、返す時だ、と。
「御子神……随分と凛々しい姿になっちまいやがって。一人で色々と背負い込み過ぎたか? 今助けてやるから待ってろよ!」
佐藤・非正規雇用(プリンはディナーのあとで・e07700)が意気込めば、店長も応えてひとこえ鳴く。
「まあまあ、ちょっと見ない間に随分大きくなったもんですね。成長期なんですかね。え、そうじゃない?」
割と本気で首を傾げている櫻木・乙女(プリマヴェーラを祈る・e27488)の言葉に、
「成人したからちょっと大人ぶりたかっただけですよね。まだまだ子供なんだから」
フレア撫でつつ、夜陣・碧人(影灯篭・e05022)が笑う。
彼を認め、非正規雇用はひとたび相好を崩す。
「夜陣! よく来てくれた! 一緒に御子神を連れて帰ろう」
「ええ、勿論……おイタをしたのを咎めるのも、友人の役目ですよね」
優しい声音で言って、肩を竦める。
「さあ、成人男性が老若男女にモフられるのをガン見しに来ましたよ!」
ぶんぶんと凶器を素振りする頼もしい安田さんと共に、浅川・恭介(ジザニオン・e01367)がにこにこと、悪意を感じさせぬ声音で身も蓋も無く言い放つ。
並ならぬ敵意に――皆、たじろぐ様子は無い。
今がどんな状態であれ、彼が宵一であることに変わりない。
きりと構えたラグナルと共に、低く重く、晟が構える。
「やけに動物感が増している気がするが……まぁそれはいい。首輪をつけてもでも彼を連れて帰るぞ」
状況が状況であったとはいえ、彼の自責の念は消せぬ。そう、宵一を連れて戻るまでは。
「……それ以上のことはないしなぁだぜ」
そこに安堵を覚えつつ、タクティも不敵に笑い、オウガメタルの仮面を身につける。
「無事救出できるよう自分も全力でサポートさせていただきます……!」
ユウマが真摯な声音で宣言した。
「家に着くまでが依頼です、ってね。他にも待ってる人がいるんだから、はよ帰らないと」
ぼさぼさの髪を掻き、二藤・樹(不動の仕事人・e03613)は親友の――いつもと違い、顕わな金眼をしかと見つめ、常と変わらぬ様子で声を掛ける。
そして。
「……」
天矢・恵(武装花屋・e01330)は無言で、調理を開始する。
彼の真剣な眼差しは、ただただ手元に注がれていた。
宵一が天を仰いで吼えた。
びりびりと空気が震え、ケルベロス達の身体に圧が掛かる。
だが、即、居竦むわけではない――碧人が魔法の木の葉を樹に纏わせ、彼は非正規雇用と共にヒールドローンを展開し、皆を警護する。
「折れぬ心は、朽ちぬ魂は、深淵をも伐ち祓う無限の勇気。勇敢なる魂よ、今此処に集いし戦士達の導となれ」
乙女は光の中から斧を召喚し、確りと構えた。微塵の揺るぎも無い動作で、軽やかに風を斬った。
バイザーを下げたカイトが、紙兵をばら撒く。たいやきが鯛焼き属性をタクティへと注ぎつつ、様子を窺っている。
「さすがにあのサイズでにくきゅうぷにぷにビンタやしっぽふさふさビンタをされたら首がもげそうですね」
恭介が身体を震わせてみせながら、自身の髪に咲く花を無造作に毟った。
「当ったらゆっくりになれ~」
集めた花弁を宵一に向け、放つ。オラトリオの力が宿った花弁の力は、宵一の時間を一時的に緩やかにする。
花弁に紛れつつも、正面から挑んでいた安田さんが血の付いた鉄パイプを振り下ろす。
同時、タクティは右腕のガントレットを振り抜く。ミミックが畳み掛けるようにかぶりつくが、豊かな毛並みは皆の攻撃をふんわりと受け止め、本体へのダメージを軽減する。
「とにかく相手の勢いを殺がなければ、お話になりませんからね!」
威勢良く、乙女が流星の輝きを伴い、空を駆けた。
周りを囲む皆を飛び越え、重力と共に滑空する。
宵一は迎撃の姿勢で顔をあげる。接触の瞬間、巨体からの体当たりで姿勢を崩した乙女を庇うように、フレアがタックルを仕掛ける。
尾のひとつにもふっと跳ね返された。誰かが可愛いと呟いたが、誰も追求しなかった。
鬱陶しいと思ったか、全て薙ぎ払うように宵一はくるりと転回する。
振り払われ無防備となった誰かへと、一気に食らいついてくる――そう思い、覚悟を固めた瞬間。
――寡黙なる菓子職人が紅の軌跡を描いて、斬り込んできた。
ふわり漂う甘い香りに、ひくりと宵一の鼻が動く。
「先ずは王道卵プリン。硬さを変えたとろけるプリンだ」
バケツプリンもあるぜ、恵は両腕に抱えたそれを丁寧に配膳した。
巨大な狐は、ふるふると身を戦慄かせた――何かを堪えるように。だが、尻尾が激しく上下している。
「効果は覿面だ……!」
非正規雇用が思わず拳を握ると、乙女が声を上げる。
「皆のもの、供物をもてー!」
●宴
戦場は、一気に謎の行楽地と化していた。
岩場の上に冷たい海を望むロケーション、広がる料理の数々――一番充実していたのは、やはり稲荷寿司。
「じっくり煮てしっかり味をしみこませたお揚げですよ~。噛めば甘い煮汁が口の中にじゅわ~っと。お酒も飲むなら甘さ控えめもどうぞ~。酢飯も五目寿司、海鮮寿司、お肉を入れた物もありますからね~」
朗らかな恭介の誘い文句に、
「サビ入り辛めの稲荷寿司は酒のつまみになりますよ?」
日本酒の入ったスキットルを振りつつ、碧人が頷く。
「まだまだおかわりはあるからな」
ハインツがもってきた大量のそれを更に積むのを、チビ助も尻尾を振って見守っている。
装花の如く盛りつけられた刺身を始め、居酒屋でおなじみ、鶏のから揚げ、焼き鳥各種、牛肉の串焼き、熱々の肉じゃが――極めつけに幻と言われ、手に入れることすら困難な日本酒の一升瓶。
釜で炊いた銀シャリの、塩だけのおにぎり。デザートには生クリームたっぷりのプリンを。
剣太郎がリヤカーで運んできただけでも、充分に豪勢な宴会メニューである。
それを前に戸惑い彷徨う狐を見、動きは凶暴だけど、ナリは普段の御子神みてぇに優し気なモンだ――双吉は鋭い目を細めた。
「腹が減ったか? 飯は人が作ってくれたものが一番美味ぇよなァ? 友人の家で御子神が持って来てくれたモンも美味かったしな」
冷えても美味いだろうと、たんと奮発した良い牛肉をローストビーフにして、彼は持参していた。
片や。
「肉か! 肉が必要か! いくらでも焼こう! 牛! 豚! 鳥! みーーーーと!」
叫びつつ、えにかはひたすら肉を焼いていて、胃をダイレクトに刺激する香りが充満している。
――もはや、そうそう見かけないレベルの宴会に発展している。
ご馳走の暴力を前に本格的に彷徨いだした狐の元へ、陣内がどんと立ち塞がった。
「カンパチ美味いよな、わかるぜ」
ひとり噛みしめるように頷く彼の手にも、刺身の盛り合わせ。
旬ではないがカンパチ、そして鰤。
歯応えのある刺身のあとには、とろける帆立の甘みのコントラストと――いずれも上等なものだ。
ひとつまみ、これ見よがしに口に運び、
「……ほしい?」
フッ、と笑う。何という挑発――くれろ、という本能的なダイブ。その瞬間を、猫は狙っていた。間違いなく目が光った。
「犬とか猫って毛皮持ってるくせに上等な毛布好きですよね、そういうことだ! 飛び込め!」
いわれる前から、猫は突進していた。
もふっと埋まった瞬間、流石に驚いたのか身体を浮かした宵一を宥めるように、
「ほら飯(ともふもふ)の時間だぞー」
すき焼き煮つつ、カイトが呼ぶ。刺身からすき焼きへ、くるっと踵を返した彼の首元に、たいやきがタックルする。
そのまま両腕で、しがみつくようにもふりだす。
肉に釘付けになっている隙に、カイトもがしがしと柔らかな毛を撫でた。
「ほうほう、中々良い毛並み……」
思わず零す。しっとりと手に馴染みつつ、ふんわりと柔らかい。
形こそ全く異なるが、そのぬくもりは彼が確かに生きているのだと感じ、彼はバイザーの下、笑う。
「殺伐としたやり取りよりは呑気に飯つついたりだべってる方が俺ららしいだろ?」
――いや、いつも彼をモフったりはしてないけど。
その反対側で、ぼくの事分かるかなー……分かんないだろうなー、弱気に呟きつつ、劉生が優しく背を撫でていた。
「いつもぼくのお店に顔出してくれて本当にありがとう、どうか戻ってきてくれますように!」
気がつけば、宵一が我に返る瞬間、代わる代わる食べ物を突きつけるような流れになっていた。
零が稲荷寿司を抱えて懐に飛び込んだ時には、もうすっかり寿司にのみ集中していた。
そんな野生に還ったかのような親友の姿に、
「……元に戻ったら、まるまる太ってたりしてな」
樹がぼそりと呟いた。
そんなやりとりを意にも介さず、恵は黙々とプリンを生み出しつつける。そして適当なタイミングを見て、直接差し出しにいく。
「焼きプリンだフランベしてやるから待ってろ」
バーナーが砂糖を焦がす匂いが漂う。
更に、喉越し優しいミルクプリン。圧倒的質量の樽プリン――魔法の如く次々とプリンを並べていく彼の手際をしげしげと見つめ、非正規雇用が腕組み唸り、
「天矢さんはめっちゃ料理上手いけど、櫻木さんはどうなの? 大丈夫? 女子力負けてない?」
こっそりでもなく乙女に問うと、
「うっせーな! プリンの材料で目玉焼き作んぞ!!」
普通にキレられた。
そういえば、と今度は碧人が囁く。
「御子神さんも料理上手らしいですよ奥さん」
「うっせーな! 肉でプリン作んぞ!!!」
キレたまま、どうせ私は料理しませんからね、ぷいと振り返ったかと思うと、真っ直ぐに駆け出す。
この鬱屈から癒やされるには、最早モフしかあるまい。
「えーい、抱きもふり、微もふり、スライディングもふり、ジャンピングもふり、土下もふり、寝もふり!」
乙女はどーんと転がった。
顎の下とか、尾とか、もうどこでももふもふし放題である。何せ頭から突っ込んでも手にあまるほど、相手は大きい。
頭の近くはフレアが占拠していた。
御子神は撫でるのがうまいとお気に入りだ。それを、思い出して貰うために。今回はフレアが彼を撫でる――その姿に、碧人はいい笑顔を浮かべている。
楽しそうにその光景を見ているのは、恭平も同じ。
(「動物変身して可愛い行動をしてるきつねさんが実は良い歳した男性とか考えるともう楽しくて楽しくて」)
サーヴァントは兎も角――良い歳をした仲間が、彼に埋もれて一心不乱にもふりもふられている図は――その発想だと、結構危険な構図な気もするが、
「やっぱりいつもの愛くるしいきつねさん……いえ、御子神さんの方が良いと思いますよ」
日常を思い出し、ふふと笑う。
「うおおデザートを食らえ!!」
プリンそっくりの店長を投げつけ、非正規雇用がその尾のひとつに飛び込むと――すぐ近くに、無我の境地に至っているタクティを見た。
ずっと静かだと思ったら、すっかり金の毛並みに埋もれている。
背に乗ったミミックはエクトプラズムでブラシを創り、丁寧にブラッシングしている。
「……俺はあくまでみんなが危険に晒されないよう最前線で押さえ込んでいるだけなんだぜ」
以上、完全にモフみに負けている男の言い分でした。
●酣
さてすっかり和やかな雰囲気ではあるが――このままでは終われない。
プリンアラモード出来たぜ、恵が贅沢なプレートを手に呼び掛ける。もうひとつ、ホットケーキのプレートも器用に重ね。
「朝営業、お前の分も用意していた。来ねぇと廃棄が増え無駄になる……遠慮せず顔を出せば良い」
誰とも馴れ合わない彼は、それでも彼を呼び戻しに来た。
「宵一お前の仕事の続きをやりに行った奴もいる。安心しろ、成し遂げてくる――そのかわりというには俺は縁薄いがな」
そして長々と喋ってしまったと言わんばかりに、一度口を固く結び。
「いつまでごねている。目を覚ませ」
その言葉を切っ掛けに――はっと気付いたように、戦闘態勢をとる神狐。
であるのだが。
彼のためにここに集った二十人。サーヴァントは十一体。ぐるりと取り囲まれ、満腹でへべれけ。そもそも身体をモフられ続けている。
「たくさんのダチが食い物持って来てくれたんだ。暴れてる場合じゃねぇ。ちゃっちゃと元に戻って宴にした方が良いだろうよ」
双吉がにっと歯を見せ笑う。
「社の狐さんたちも帰りを待ってるからな?」
チビ助と共に、ハインツが真剣な眼差しを注ぐ。
振り切るように宵一は跳躍する。ついでの一閃は、気を抜くことなく晟が対応した。
すかさず、非正規雇用が兎の脚を模した形状のブーツで地を叩き、仲間達を癒やす花びらのオーラを降らせる。
「戻って来い御子神。みんな待ってるぞ」
返事代わりの咆哮は、イッパイアッテナと相箱のザラキが身を挺し、庇う。
そして――彼を取り戻すという強い意志の力を籠めたグラビティが、飛び交う。
「死は歩き、祝福を与え。黒の王からは逃れること能わず。」
碧人は妖精伝承の一節を唱え、皆の集中を高めつつ。
「――そう言えばお茶を一緒に飲んだことは合っても、まだお酒を酌み交わしてなかったですねえ。酔いつぶれるまで呑ませてみたいものです」
にやりと悪戯っぽく笑う。
「モフは好きだしあのおっきいのにはすごく興味があるし変身とけるの勿体無いから早く制御できるようにして?」
実はうずうずしていた碧人が、結構なことを言った。
だが、力を制御しろ――というのは真理に近い助言なのかもしれぬ。
回復のために食らいついてくる一撃を、ユウマがその身を捧げて受けとめる。彼とくるりと身体をいれかえ、カイトが凍護晶拳を振り上げる。
「まだ礼を返しきってないからな、此処で帰ってこないのは困る」
かつて窮地を救われた。その恩を、返すために――氷魔法で編んだ網を放つ。
そこへ、安田さんの応援動画に鼓舞されながら、恭介はすかさずファミリアロッドを投げる。
「さあ、御子神さん。あなたが無事に戻って来たら楽しい宴会の時間が待ってますよ――皆さんの想いと、このご馳走を無駄にしないためにも頑張ってください」
身動きのとれなくなった宵一へ、剣太郎が穏やかに告げれば、そうだぜ、尾にしがみついて宥めるタクティが声を上げた。
「次は、また一緒に美味しいもの食べに行くんだぜ!」
神社に遊びに行って猫をモフったり狐霊モフったり――いつも通りの日常を。
「さあ、そろそろお目覚めの時間じゃありませんか!」
共に首に縋り付くような形で乗り上げた乙女が、真剣な表情で声をかける。
言葉を発せぬサーヴァントたちも、必死に食らいつき、戻って来てと撫でている。
「宵一」
いつしか鼻先の距離まで近づいていた樹が、唐突にその場で堂と座り込んだ。
片手に日本酒。片手に二十歳の誕生日に宵一から貰ったぐい呑み。
ゆっくりと見せつけるように注いで、先に樹がひとくち飲む。
――無害であると示すように。
そして、とつとつと語る。
「あの時も二人で酒飲んで、いろんな話して――もしデウスエクスがいなくなったら、俺は勉強して資格取って、宵一は修行して神社継ぐって」
語りながら、ぐい呑みをそっと差し出す。
それに鼻先を寄せた狐は――彼の話を神妙に聴いているようだった。
「なら、こんなとこで油売ってる暇無いでしょ。『いってきます』って言ったからには、『ただいま』で帰ってこなきゃ」
少しだけ、狐が顔をあげた。
互いの視線が交差した――直後。そこからの動作はまさしく瞬く間のこと。いつしか樹は立ち上がり、拳を振りかざしていた。
爆破を主として戦う彼が生身の腕で――狐の頬を思い切り殴る。
「いい加減、目ぇ覚ませ」
声を荒げるでも無く、ただ静かに。
軽く吹き飛ばされた宵一は人の姿でその場に崩れ落ちた。
――お返しは……今度は自分が助けてもらう時に。
瞑目して、樹は小さく囁いた。
「いやー、なんとかなりましたね」
乙女が名残惜しげに撫でる仕草を繰り返しつつ、皆を労う。
樹が肩を貸しつつ少し動かしたが、宵一は意識を失ったままだ。
「お疲れ様、御子神。走り回って疲れたろ? 今はゆっくりお休み」
非正規雇用は優しく声を掛けつつ――そっとずっと気になっていたプリンへそっと手を伸ばす。
「持ち帰り分の費用は別途請求するぜ」
ちゃんと見ていた恵はにべもなく。
だが、それは後日でいいぜと言い残すと、さっと踵を返し去って行く。
そんな姿に孤高の職人魂を感じつつ――カイトがバイザーを上げて皆を振り返った。
「じゃ、残った料理片付けるか……ほら、帰還祝いってトコで」
――友の帰還を祝って。宴は、続く。
作者:黒塚婁 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2019年2月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 13/キャラが大事にされていた 2
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