フルール・デ・ドラゴン・エン・フィーレ・エンドロミ

作者:鹿崎シーカー

 とある山の一角を地響きが震わせた。
 驚いて飛び立つ鳥達。なぎ倒されていく木々。森を踏み躙りながら進むのは、イバラめいてトゲの生えた首を持つ多頭の竜だ。首は八つあり、それぞれに別種の花を襟巻じみて咲かせた爬虫類の頭がある。
 一方、八つの首をうねらせ、巨体を引きずるようにして進むエイトヘッズドラゴンの前方上空には、小型のドラゴンが耳障りな羽音を響かせ飛行していた。体長三メートル程。長い首と胴を持ち、両前脚にカマキリめいた鎌を備えた蜂のような姿。蜂竜は周囲を警戒し、時折エイトヘッズドラゴンを振り返りながら先行していく。
 やおら、蜂竜は多頭竜を振り返り、前方を差して一声鳴いた。口々に返答する多頭竜の声を聞いた蜂竜は高度を落とし、多頭竜の首の付け根に着地する。
 木々をなぎ倒し、下草を踏み潰し、地を抉りながら進む多頭竜の首に守られるようにして咲いた、大きな桃色の花一輪。その中心を覗き込んだ蜂竜は、優しげな声色で喉を鳴らした。そこでは、胎児めいて身を丸めて眠る一人の少女が、安らかな寝顔を見せていた。


「えーっと……それじゃ、準備はいいかな?」
 集まった面々を見回し、跳鹿・穫は咳払いをした。
 過日のリザレクト・ジェネシス追撃戦にて暴走し、行方をくらませていたシエナ・ジャルディニエ(攻性植物を愛する人形娘・e00858)が発見された。……が、どうにも複雑な状況となっているため、順番に説明していく。
 まず、シエナの暴走状態は少し特殊だ。暴走しているのはシエナではなく、彼女に寄生した攻性植物と彼女のボクスドラゴンといった方が近い。暴走形態は二体のドラゴンからなり、片方は多頭の『花壇竜ヴィオロンテ』、もう片方は蜂型の『益虫竜ラジンシーガン』という名を持つ。
 花壇竜ヴィオロンテは、文字通りシエナの手足として動いていた攻性植物ヴィオロンテがベースとなっている。宿主であるシエナを中枢、ヴィオロンテを司令塔として最低十体の攻性植物をまとめ、一体のエイトヘッズドラゴンの姿を形作っている。
 益虫竜ラジンシーガンは、元々はシエナの宿敵である『ジュモー・エレクトリシアン』が益虫の属性を付加して品種改良して生み出したドラゴンであるようだ。現在は暴走によりシエナとの繋がりが弱まったせいか、デウスエクス時代の姿と知能を取り戻した形態となっている。
 さて、問題はここからだ。何が問題かというと、このドラゴン達の行く先である。
 花壇竜ヴィオロンテが攻性植物によって作られた存在だと、今説明した。そう、姿こそドラゴンだがヴィオロンテは攻性植物。その行先は、大阪城。2016年、ケルベロス・ウォー『爆殖核爆砕戦』の舞台となった、あの大阪城だ。なんでと言えば理由は単純。大阪城地下は攻性植物の本星へと繋がるゲートがあるからだ。
 理性か、あるいは本能からか、ヴィオロンテはシエナを連れてユグドラシルへ行くつもりのようで、攻性植物と共生関係にあるラジンシーガンもまた同様。今はラジンシーガンの誘導に従い、大阪へと続く山道を突き進んでいる状況にある。加えて、多数の攻性植物の中枢となっているシエナは、攻性植物に侵食されつつある状態だ。侵食が末期まで進めば、シエナの意識はヴィオロンテの意識と同化してしまう。当のシエナは深い眠りに落ちており、暴走している限り目覚めることはあるまい。
 こんな状態でユグドラシルに行かれてしまえば、二度とこちら側に戻ってはこれまい。止めるならば今しかないのだ。急いでヴィオロンテ・ラジンシーガン両名の後を追いかけ、どうにかして引き留めてるのが今回の任務となる。

 次に、ヴィオロンテとラジンシーガンの能力について解説していく。
 花壇竜ヴィオロンテの詳細は先述した通り。その能力は、『格下の攻性植物を取り込んで自己強化』、『現実を改変する芳香を放つ』、『益虫竜を癒やす果実や蜜を出す』こと。
 一つ目については言葉通り。ヴィオロンテが支配できる程度の攻性植物を吸収することで、肥大化と能力の強化を行うことができる。攻性植物を武器に向かっていくのは、ほぼ自殺行為と見て間違いない。
 二つ目は、簡単に言うと『願いを叶える』力だ。現状叶えられるのは『攻撃の無効化』や『対象の無力化』など極々限定された願いのみ。適用範囲は芳香が漂う場所のみで、その外側には一切の影響が無い。
 三つ目も難しく捉える必要は無い。単に、ラジンシーガンに薬を与える程度の能力だと思っておけば良い。
 強力な能力を持つ相手ではあるが、ヴィオロンテはケルベロスを仲間と認識しているようで、積極的に攻撃しようとはしない。殴られたら殴り返す程度がせいぜいで、芳香への願いも攻撃の無力化とシエナの防衛に注がれている。攻撃の際は八つの頭で捕食して自らの糧にしようとするのでそれだけは注意。むしろ厄介なのは益虫竜ラジンシーガンの方だ。

 ラジンシーガンの武器は、高い機動力、分泌毒、眷属とした毒蜂、鎌状の前肢、羽根から放つ超音波と非常に多い。特に機動力はケルベロス動体視力を以ってしても捉えきれないほど速く、麻痺を始めとして様々な悪影響を及ぼす毒と鎌を使ったヒットアンドアウェイを主軸に戦う。離れたところで眷属の毒蜂や超音波も扱うため、無策で挑むとあっさり狩られかねない。小型でも元はドラゴン、ということなのだろう。

 と、ここまで来れば中々絶望的な戦力差なのだが、ひとつ対応策がある。それは、シエナを目覚めさせることだ。
 シエナは現状、益虫竜と花壇竜にグラビティ・チェインの大半を奪われて深い休眠に入っている。故に、移動も攻撃も全てヴィオロンテとラジンシーガンが担っているということになる。
 そしてその益虫竜と花壇竜だが、大阪城に向かうというのは、ラジンシーガンの発想らしい。曰く、『攻性植物側についた方がシエナは幸せになるだろう』と信じているようで、大阪城を目指すのもシエナをカンギに保護させる為である。
 そのため、まずはラジンシーガンを説得して思い止まらせ、ラジンシーガンを倒して割かれていたグラビティ・チェインを回収。次に花壇竜を説得し、シエナに回収したグラビティ・チェインを注いで目覚めさせれば、暴走は止まるはずだ。
 ただし、ひとつ注意点がある。主導権こそヴィオロンテが握っているが、花壇竜の中枢はシエナである。シエナは今、花壇竜の心臓と言っても過言ではない。花壇竜を撃破するか、花壇竜からシエナを無理に引き剥がした場合、シエナは確実に死亡する。作戦の成功失敗はもとより、彼女の生死すら関わってくる。立案は慎重に行ってほしい。
 また、ラジンシーガンは説得に応じて思い止まった場合、自ら首を差し出す。彼の為でもあると思って、一息に倒してやるべきだろう。
 ちなみに、説得せずともラジンシーガンを倒して、ヴィオロンテの攻撃を避けつつシエナにグラビティ・チェインを注いでも暴走は止まると思われる。もし出来れば、の話だが。
「相手は強大ではあるけど、どっちもあくまでシエナさんの幸せが第一みたい。このままカンギのところに行くのが幸せなのか、どうなのか。話し合うなら、しっかりね」


参加者
佐々塚・ささな(やりたいほうだい・e07131)
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)
愛篠・桃恵(愛しの投影・e27956)
風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)
ドリゴ・ルシェルシュ(沈黙の試験機・e41091)
ルストール・シブル(機動防壁という名の変態・e48021)
ジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)

■リプレイ

 森林! 道を開けるように倒れる樹木の間を複数の影が駆け抜ける。人影のひとつ、ドリゴ・ルシェルシュ(沈黙の試験機・e41091)は斜め前方、時折木立の隙間からのぞく蜂めいたドラゴンを見上げ、巻物型液晶にタイピングした。
『あれがラジンっすか。少し見ない間に随分と立派になったっすねぇ……』
 ドリゴの隣、走りながら液晶を覗き込んだ佐々塚・ささな(やりたいほうだい・e07131)が半眼を作る。一方、同じくラジンシーガンを眺めるルストール・シブル(機動防壁という名の変態・e48021)が遠い目をして呟いた。
「わしの家族が身近に二人もおったとは。世の中狭いものじゃのぅ……」
 ルストールとドリゴを交互に見、ささなは大きな溜め息を吐く。
「もう、しみじみしてる場合じゃないでしょ! 急がないといけないのに!」
 その時、先頭を走っていたジークリット・ヴォルフガング(人狼の傭兵騎士・e63164)が肩越しに振り返った。
「その手の感傷は、後に取っておくべきであろうな。遅れてくれるなよ? 家族を助けたいならばな」
 マスクに『(゚Д゚;)』を浮かべるドリゴ。ルストールはやや憮然とした顔で言い返す。
「心外じゃな、童でもあるまいに。第一、わしらは迷子のシエナを迎えに行く側なのじゃから」
「ならいいが。……さて、囚われの眠り姫を助けに参ろうか、兄上殿」
『(゜Д゜;)!』
『(`・ω・´)ゞ』
『はいっす』
 ジークリットは口角を吊り上げ、並走する風陽射・錆次郎(戦うロボメディックさん・e34376)と頷き合う。二人が目前に広がる森に手をかざした瞬間、モーセのエジプト脱出めいて森が割れ、一直線に獣道が生成された。
「接触まで一気に行くよぉ! みんな、ついてきて!」
 他方、花壇竜ヴィオロンテを連れ森の空を征くラジンシーガンは、進行方向近くから響く葉擦れの音を捉えた。神経を集中した聴覚に複数の足音と息遣い。それが行く手で止まった直後、薄緑色の光が放射状に森を走った! 光に撫でられ倒れていく樹木の中央、仲間と共に立ちふさがった愛篠・桃恵(愛しの投影・e27956)が大きく息を吸いこみ叫ぶ!
「止―――ま―――る―――の――――――っ!」
「せいやっ!」
 ささなが地面に剣を突き刺し放電! 仲間達に電光が走り、ラジンシーガンの目が鋭く光る。稲妻を浴びたジークリットは横倒しになった木の上部に屈み、跳躍体勢!
「行くぞ! 合わせろドリゴ!」
 足元の樹を殴りつけた瞬間、ジークリットとドリゴ足元の樹が二人を投石器めいて射出! 弾丸じみた二人の飛び蹴りが宙空で急停止するラジンシーガンの腹に突き刺さった! ドリゴは腕の液晶巻物を開く。
『御免』
 二人は足を曲げ、ラジンシーガンを蹴り飛ばす! 後方回転して頭上を過ぎるラジンシーガンにヴィオロンテの多頭が鳴き声を上げ、体勢復帰したラジンシーガンが咆哮で応える。多頭全てから極彩色の霧を吐き出すヴィオロンテ。滞空するドリゴとジークリットを睨んだラジンシーガンは一瞬で姿を消し、左右に開いた大鎌の刃で二人を捉えた! 鈍化する時間の中、目を見開く二人を叩き落とす!
「ルシェルシュさん! ヴォルフガングさん!」
 ドリゴとジークリットの落下点に、ユウマとちさが走って二人を受け止めた。勢い余って後方へ押される二人に強い向かい風が吹き、ワープじみて零距離まで詰めたラジンシーガンが両腕の大鎌を振りかぶる! ハサミのような挟撃二閃を、滑り込んだルストールとミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)が防御! 盾にした大剣に力を込めつつ、ミリムは黒い兜の奥からラジンを見据える。
「此処から先には……行かせませんッ!」
「ぬぇいッ!」
 大鎌を振り払う二人。ラジンシーガンは即座に垂直飛行しその場を離脱、上空で雄叫びを上げた。平原の如き様相を呈する森のこずえが突如ざわめき、四方から黒い砂嵐めいたものが飛び出した! 毒蜂の群れだ! リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)が携えた大鎌を構え、戦乙女姿のビハインドに命ず!
「アミクス!」
 金髪をなびかせたビハインドのアミクスは頭上でデスサイズを振り回し、斬撃の竜巻を生み出した! 全方位から突撃した毒蜂の群れが竜巻にぶつかったそばからズタズタに斬り裂かれていく。蜂の群れを突き破って空へ伸びた竜巻の中からリューインと桃恵が飛び出し、光の翼を限界まで拡張!
「ようやく見つけたの。言っとくけどシエナがほっといてって言っても絶対どかないの!」
「積もる話も色々あるから……ちょっと大人しくしてもらえないかしら!」
 威嚇の咆哮を上げるラジンシーガン! 羽根を蠢動させて姿を消すドラゴンを追い、リューインと桃恵も二色の光と化して神速飛翔! 空中複数個所で火花と金属音が散らし、三者は凄まじい速度でドッグファイトを繰り広げる。急降下するラジンは真横から突っ込んでくる桃恵の槍を鎌を広げた錐揉み回転で防御! 空中で急に角度を変えて突き出された尻の毒針を、桃恵は紫色の槍の柄を当てて逸らした。
「ラジン! 僕達の話を聞いてほしいの! シエナにも君達にも帰ってきてほしいの!」
 ラジンシーガンは右の鎌を下段に引き絞り、アッパーじみた斬撃を繰り出した。桃恵の前に割って入ったアミクスの胴が下から引き裂かれ、目元を覆う仮面が剥がれる。アミクスは隠していた両目が青白い閃光を放ち、半透明な光の腕と大鎌を顕現! 刃を振り回す腕に弾かれたラジンシーガンの背に、リューインは飛び蹴りを叩き込んで首筋に大鎌の内刃を当てる。
「いい加減にしてラジン! あなた、シエナを殺す気なの!?」
 その時、ラジンシーガンの前にささなが跳躍! ささなはバチバチと電撃を散らす右手を握りしめ、勢いよく突き出した!
「はぁーッ!」
 手の平から一直線に雷が伸び、ラジンシーガンを直撃! 右腕に左手を当てたささなは電気の勢いを強めながら声を張る。
「よーく聞いて! ボクらから三つ、言う事あるから! ひとつ! ユグドラシルに行ったら、いずれシエナは殺される!」
 悲鳴を上げていたラジンシーガンが羽根を震わせて電撃を弾いた。そのまま羽根の蠢動を続け超音波をささなに浴びせる! 激しく揺さぶられた大気で耳を塞ぐささなの声をかき消し、鎌足を振り下ろして叩き落とす! 垂直に突き落とされたささなに錆次郎が駆け寄り、瞬時にオタ芸を開始。背後から後光じみて出現したピンクのオーラがささなを包んだ。
「さ、佐々塚さんしっかり! ……っ!」
 ハッと空を見上げた錆次郎に、近づいていたラジンシーガンが尾針を突き出す! 毒液したたる一撃は割り込みをかけたルストールの腹を貫き、傷口から緑色の煙を上げた。ルストールは構わず毒針を両手でつかむ!
「ドリゴ、やれいッ!」
 ラジンシーガンの目と鼻の先にハイジャンプしたドリゴが腕の液晶巻物を引っ張り出す。画面が放つ眩い光がラジンシーガンの目を潰した! 鎌足で両目を覆い後ろによろめくラジンシーガンの懐に飛び込んだミリムは、大剣に宿った蒼炎に緋色の闘気を混ぜ込んだ。
「裂き咲き散れッ!」
 大剣が複雑に走り、剣閃が緋色の牡丹を描き出した! 最後の一閃に吹き飛ばされたラジンシーガンは空中で体勢を整え、再び空に吠えて毒蜂の大群を呼び出しケルベロス達にけしかける! 身をひるがえして超低空飛行したラジンシーガンは、霧から出たヴィオロンテの頭ひとつが吐き飛ばした蜜団子を食ってCターン。仰向けになったラジンシーガンに、毒蜂を振り切ったリューインと桃恵が強襲! 振り下ろされる蒼い鎌と電撃の槍が鎌足と衝突! 空中で鍔迫り合いを仕掛けつつ、リューインが口を開いた。
「いい? ヴィオロンテはもう定命化しているんだよ? デウスエクスが、定命化したデウスエクスを同族と認識できるとは限らない。このままだとシエナはヴィオロンテ諸共殺されるよ? あなたそれでいいの!?」
「シエナを守りたいって気持ち……ちょっとわかるの。デウスエクスと僕達は、似てても必ず合い入れないの。本当の所、僕もどっちが幸せな場所なのかわかんない。数年前まで僕……いやヴァルキュリアはそっち側だったしね」
 一声吠えたラジンは槍と鎌を振り払う! その場で錐揉みして姿勢を戻し、高速で突っ込んで来るドラゴンに桃恵は槍を振るって電気を発射! 稲妻を素早く回避して繰り出される鎌足の連続斬を槍を取り回して必死にいなしながら、桃恵は続ける。
「でもどっちに行くか決めるのは本人なの! 決して君達じゃない。それに、多分君達は歓迎されるかもだけど、シエナは異物として弾かれる。攻性植物はそういうのシビアだよ。他の種族と協力するけど、絶対仲間とは認めないの!」
 露出した肌の複数個所を引き裂く斬撃。太ももを貫かれた桃恵は冷気をまとわせた槍を振り上げラジンシーガンをノックバックした。大きく反った竜の背中に狙いを定め、ジークリットは鋭い拳打!
「ふッ!」
 苦しげに苦悶を吐き出すラジン。距離を取るジークリットと桃恵が飛来した毒蜂の群れに飲み込まれた瞬間、地上に集る毒蜂の嵐を激しい稲光がぶち抜いた! 稲光の中心、全身に濃紫色の痣を浮かべたささなはドス黒い血の塊を吐いて叫ぶ。
「ふぁーたつ! ユグドラシルに連れていくのが、本当に、シエナの幸せなの!? らあああああああッ!」
 稲光が更に密度を増し、毒蜂の群れを霧散せしめる! よろめきながら立ち上がった錆次郎もまた全身を強いてオタ芸を再開。電光に乗ってピンクのオーラがライトエフェクトめいて周囲を駆ける!
「未知の星にいきなりいって、受け入れられるとはとても思えないし……敵として、この星に来た時、どうなるのか。わからないはずは無いと思うんだ! デウスエクスが欲しがるグラビティ・チェインだってこの星から出てる……どんな生き方を選ぶとしても、こっちにとどまった方が賢いと思うんだ。それに、本当に眠り続けるのが彼女にとって幸せかどうか、もう一度考えてよ! んおおおおおお!」
 加速するオタ芸! オーラが空中にわだかまる蜂の群れに沁み込むと同時、群れのひとつが内から弾け飛んだ。毒蜂を振り払ったジークリットは遥か上空に飛翔したラジンシーガンに呼びかける。
「大阪城に巣食う連中は何れ、我々ケルベロスと雌雄を決する。貴様らはカンギ側に就くのがシエナの為だと信じて疑わないだろうが……果たしてそれがシエナが心の底から願っている事か? 攻性植物として、仲間だった者達と殺し合う宿命を、彼女は本当に望んでいるのか!」
 正中線に構えた紫の十字剣が暴風をまとう。柄に埋め込まれた山羊の頭骨じみたパーツに左手を当て、ジークリットは剣を空高くに掲げた。ラジンシーガンは吼え、一直線に急降下!
「風よ……主に忠を尽くす哀しき竜を鎮まらせよ! 烈風ッ!」
 振り下ろされた剣から真空の刃を飛んだ! ラジンシーガンは真っ直ぐ自身をめがける真空の刃を鎌脚のクロスガードで受け止め、弾く。そのままジークリットに突進して彼女の機械装甲に尾針を突き刺し諸共に落下! 地面にピン止めされ、血を吐くジークリット。ラジンシーガンが掲げる大鎌に、ミリムが大剣で刺突を放つ!
「でぇぇぇやッ!」
 真横から伸びた切っ先が鎌を逸らし、刃こぼれさせる。ミリムは踏み込んだ足を地に押し入れて跳躍、ラジンシーガンの胴に組みついた! ミリムを振り払おうと暴れるラジンシーガンの懐に入ったドリゴは、翡翠色に光る拳でジャンプアッパー! 顎を跳ね上げさせ、がら空きになった胸元のボディブローを叩き込む! 後ろによろめきたたらを踏むラジンシーガンに、ドリゴは液晶巻物を開いて文を見せつけた。
『もうひとつ。ロキの奴から妹を守り切れるっすか? 正直、自分も妹は攻性植物側の方が幸せだとは思うっす。でも、今の攻性植物勢力はカンギは兎も角、それ以外の奴は危険な事この上ないっす。特にロキの奴に目をつけられたら何をされるか』
 巻物裏側のホロキーをタイプし、文章を追加入力。
『妹を攻性植物側に連れて行くのは危ない奴らが一掃されてからでも遅くない筈っす。自分はコミュ障のへたれっすけど……それでも自分は兄として妹をその時が来るまで守るっすよ』
 不愉快げに喉を鳴らし、首を振ったラジンシーガンの羽根が蠢動。咆哮と共に甲高い超音波が放射され、組みついたミリムとドリゴの武装に亀裂が走った。音程を上げたラジンシーガンはミリムをくっつけたまま地を蹴り、耳を押さえて苦しむドリゴに斬りかかる! ドリゴを追い抜き庇いに入るルストール!
「ふぬッ!」
 ルストールが振り下ろし斬撃を肩で受け、腕を絡ませて我が身に食い込ませる形で抱え込んだ。後方、錆次郎とささながデコレート戦斧と両手を足元に叩きつけ、閃光斬撃と稲妻を発射! 地を這う二条の光で仲間を包み、ささなは声の限り叫びを上げた!
「みぃーっつ! ボクは、友人として、彼女を向こうに連れて行かせたくない。エゴ剥き出しって言われようが、我儘だって言われようが、必ず止める! リューイン! 桃恵ッ!」
 背後に回ったリューインと桃恵が槍と鎌で羽根を切断した。超音波が止み、ミリムの兜がボロボロに崩壊。耳と目から血を流しながらも、ミリムはラジンを抱え込んで微かに着いた足で地面を蹴っ飛ばす!
「彼女の幸せは彼女自身が決める事。それにあなた達の判断だけでなく、シエナさんの本当の幸せが何なのか、まだ彼女本人から訊いていません。シエナ本人が自ら聞かせてくれるまで、私は納得出来ません! その機会も与えず私の友人を連れ去るのは止して下さい!」
 ラジンシーガンの体躯が後ろに傾き、押し倒される。マウントポジションを取ったミリムはラジンシーガンの黒瞳を覗き込んだ。
「人の繋がりは有益無益だけなんかじゃない! 私はそう信じてます!」
 血の涙が滴りラジンシーガンの顔を濡らす。じっとミリムを見返すラジンシーガンに、ルストールは胸まで届く傷を押さえて告げた。
「もう十分じゃろ、ラジン。皆の言葉を聞いて、その上で何がシエナの幸せになるか考えてみよ。わしらか、カンギか。それとも、お主がシエナを守るのは、単なる与えられた役目だからか? 役目さえ果たせれば、シエナの幸せなどどうでも良いのか?」
 腹の風穴を押さえるジークリットに肩を貸し、錆次郎が歩み寄った。
「何も、ケルベロスに従えとは言わん。だが、定命者と共存するというのも、生存戦略としては有りではないか? 我々に力を貸す攻性植物の保護、という名目でな」
「既得損益だけじゃなくて、どうやったら、この地球にいた方がシエナさんの為になるかとか、そういうのも……こっちにいる限り、みんなで考えていけるよ。ね?」
 顔の近くに桃恵が屈み込む。
「帰っておいで。こっちは幸せじゃなかったかもしれない。けど、これから幸せな場所にすることができるの!」
 ラジンシーガンはしばらく考え込むように喉を鳴らした。極彩色の霧から多頭を出したヴィオロンテが、その様子を遠目に見つめる。長い沈黙があった。仰向けに倒された姿勢のまま、竜の眼がケルベロス達を見回し……やがて、ラジンシーガンは圧し掛かったミリムを優しく押しのけ、うつ伏せになった。
 拗ねたように鼻を鳴らすラジンを見て、ジークリットは少し相好を崩してドリゴに目配せ。顎で合図されたドリゴは、剣を手にラジンシーガンの首に近づくジークリットを追いかけた。
「悪いが、首はもらうぞ。でなければ、シエナが目覚められないのでな」
 ラジンシーガンは二人を横目で見、すぐに不機嫌そうな表情で目を閉じた。ジークリットは剣を掲げ、一刀の下にラジンシーガンの首を斬り落とす。切断面から琥珀色の光が立ち上り、亡骸の上で球状に凝る。ドリゴは恐る恐る光の球に手を伸ばし、そっとつかんだ。ルストールとリューインは、遠くで一部始終を見ていたヴィオロンテを振り返る。
「来い、ヴィオロンテ。お主らもわしの味方なんじゃろう? ……わしらも、シエナの味方じゃよ」
「シエナを死なせたくないんでしょ? なら邪魔、しないで」
 やや首を引くヴィオロンテ。その時、ドリゴの足元に爪が転がり、巻物型デバイスが続く。ドリゴは仮面を外し、ホールドアップ。そして緊張に蒼褪めさせた表情で、ヴィオロンテにゆっくり歩き始めた。
 多頭が互いに顔を見合わせ、逡巡。緊張した面持ちのドリゴと見つめ合い……漂う霧を全ての首で吸引し始めた。徐々に芳香が薄れ、ヴィオロンテの胴体が露出。緩く首を開いた首の中央で、静かに眠るシエナを晒す。ドリゴはシエナの傍に歩み寄り、震え声でささやいた。
「さ、さぁ……目覚めの……時間……っすよ」
 琥珀色に輝く光球が差し出され、シエナの胸元に吸い込まれた。ヴィオロンテの多頭が蕾に変わり、縮小を開始。同時にシエナの目蓋が開き、ドリゴを捉えた緑の瞳が涙をこぼした。
「Se lever……夢を見ていましたの。幸せな夢……なのに、なんの夢か、思い出せませんの……」
 ドリゴは首を振った。
「お、思い出せなくても……いいと、思うっすよ……す、少なくとも、今は、まだ……」
 不思議そうな顔をするシエナを、他の面々が取り囲む。シエナは一同を見回し、小首を傾げた。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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