フンドシ姿で、レッツ乾布摩擦!

作者:砂浦俊一


「最も素晴らしい健康法、それは乾布摩擦! これを早朝にフンドシ一丁で行うことこそ至高である!」
 真冬の早朝、午前7時。不法占拠した倉庫の中で異形のビルシャナが自らの教義を力説していた。信者は10名ほどで全てが男性だ。全身に羽毛の生えたビルシャナを別にすれば、彼らは揃って厚手のコートを着ている。
「皆も、私と同じく老いも病気も知らない体になろう! しかも強くなれる!」
 ビルシャナはボディビルダーのようなポージングを決めると、天井を仰いで口から孔雀炎を吐いた。もちろん倉庫の天井を焦がさぬよう炎の高さは調節して。
「私も教祖さまのような体になりたいです!」
「老いも病気も怖くなく、しかも強くなれるなんて乾布摩擦は素晴らしい!」
 賛同する信者たちはビルシャナの異形を気にすることもなく、恍惚とした表情だ。
「さあ今日もフンドシ一丁での乾布摩擦で一日を始めようではないか。レッツ乾布摩擦!」
「レッツ乾布摩擦!」
 ビルシャナの号令に続いて信者たちも叫び、一斉にコートを脱ぎ捨てる。コートの下は揃いも揃って真白なフンドシ一丁。そして手拭いを持って屋外に出た彼らは、朝日の下での乾布摩擦を開始した――。


「以上が予知した内容っす。それにしてもフンドシ姿の男どもとは……新年早々、むさ苦しいものを見ちまった気分っす」
 オラトリオのヘリオライダーである黒瀬・ダンテは、げんなりした顔だ。
「……何故、フンドシ?」
 集まったケルベロスの1人が、思わずそう聞いてしまった。
「それなんすけど、このビルシャナには『自宅の庭で早朝にフンドシ姿で乾布摩擦をしていたら、近所の人から通報された』という過去があるっす。通報の内容は『小学生の登校時間になると下着一枚の男性が現れて、小学生に乾布摩擦をするよう勧めてくる。変態ではないのか』とか何とか。この件で傷ついていたところ、ビルシャナ大菩薩の光の影響を受け、悟りを開きビルシャナ化したわけっす」
 どうやら自宅の庭が小学生の通学路に面していたらしい。それで乾布摩擦をしつつ、登校中の児童に声をかけていたのだろう。
「今はまだビルシャナは信者を集めているだけですが、より過激な行動に出る前に対処したいっす。この信者たちは毎朝7時にビルシャナが不法占拠した倉庫に集まり、ビルシャナの説法の後で屋外へ出てフンドシ姿で乾布摩擦をするのが日課っす」
 となると、この時間に倉庫へ行けば一網打尽にできるわけだ。
「戦闘時にビルシャナは孔雀炎、ビルシャナ閃光、清めの光を使うっすね。信者の数は10人、戦闘時はビルシャナの配下になるっす。信者たちはビルシャナの教えを信じていますが、戦闘前にビルシャナの主張を覆すようなインパクトのある主張をすれば、目が覚めて配下となる数も減る可能性があるっす。もし効果がなくても、ビルシャナを倒せば配下の信者たちも元に戻るっす。ただ配下の生死は問いませんので、救出できたら良い程度に考えて欲しいっす。また冬なので朝は冷え込むっす。戦闘終了後のために温かい飲み物や、行動不能にした配下にかける毛布を用意しておくと良いかもしれないっすね。何せ彼ら、乾布摩擦のためにフンドシ一丁になってますから」
 ビルシャナの影響下にある信者たちは理屈だけでの説得は難しい。インパクトのあるの演出を用いての説得が有効だろう。
「ビルシャナ化した人間は救えませんが、おかしな混乱が拡大しないよう、撃破をお願いしたいっす」
 頭を下げるダンテに見送られ、ケルベロスたちはヘリオンへと向かう。


参加者
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
秦野・清嗣(白金之翼・e41590)
旗楽・嘉内(魔導鎧装騎兵・e72630)
フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)

■リプレイ


 早朝。ケルベロスたちはビルシャナたちの拠点へ向かっていた。
 信者たちは毎朝7時にビルシャナの下へ集まり、説法の後で乾布摩擦をするのが日課。倉庫へ到着する頃には、乾布摩擦の時間になっているだろう。
「ちょっとした事でビルシャナ化するんじゃ、その内『なんとかのプロ』みたいな人が弾みでそうなるんじゃないか……ねぇ。今回も理由としてはちょっと可哀そうな気もするし」
 嘆息する秦野・清嗣(白金之翼・e41590)、真冬だけあって吐く息も白く長い。
 今日は特に寒い。この時間の気温は零度を少し上回っている程度だ。
「健康でいられるよう頑張っているだけだったら良かったのですが……なんて言うか、タイミングが悪い人だったですかね?」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は首を傾げる。人間だった頃のビルシャナが健康法として児童にも乾布摩擦を勧めていた点は、別段おかしくない。フンドシ一丁だった点だけは、解せないが。
「露出癖があるのでなければ、フンドシは彼のこだわりか。フンドシの愛好家か?」
 通報されなければ、いいやフンドシ一丁でなければまた違っていたかもしれない、フレイア・アダマス(銀髪紅眼の復讐者・e72691)はそう思った。
「ビルシャナ化の経緯は気の毒だけど、なってしまった以上は放っておけない……見えてきましたね」
 ぱんぱんに膨れたリュックを背負った旗楽・嘉内(魔導鎧装騎兵・e72630)、その視線の先には不審な倉庫。そこはビルシャナが不法占拠する倉庫だが、屋外に人の姿はない。まだ説法の最中だろうか――その時、音を立てて倉庫の扉が開いていった。
 ひとまずケルベロスたちは付近の物陰に身を隠し、様子を伺う。
「雲ひとつない快晴、朝陽も眩しく、空気も程よく冷えている。絶好の乾布摩擦日和である!」
 先頭に立って出てきたビルシャナは、全身を覆う羽毛を除けば真白なフンドシ一丁。後から出てきた信者たちはまだ厚手のコートを着込んでいる。
「さあ一列に並ぶのだ。全身で朝陽を浴び、乾布摩擦をしようぞ!」
 ビルシャナの号令の下、並んだ信者たちがコートを脱ぎ去る。
「さすがに寒い!」
「だが、それが良い!」
「乾布摩擦ですぐにあったまるさ!」
 ビルシャナと同じく真白な信者たちのフンドシが、朝陽に照らされた。


 一人の信者がビルシャナへと手拭いを恭しく差し出した。
「さあ私の号令に続け! おいっちにー、さんしー!」
 と、ビルシャナが率先して乾布摩擦を始めようとした時。
「コートの下はフンドシだけ……新手の変態か?」
「乾布摩擦は良いことだと思いますけど、足も擦るわけでなし、別にフンドシでなくてもショートパンツやジャージでいいんじゃありません?」
 物陰から出てきたフレイアと嘉内がビルシャナたちを挑発した。
「へ、変態……!」
 やはり過去に通報された件がトラウマになっているのか、ビルシャナの表情が歪む。
「変態は一番の禁句だぞ! 取り消せ!」
「これは乾布摩擦をする時の由緒正しい正装だと教祖さまが仰った! 教祖さまの言うことは正しいんだ!」
「君たちもフンドシ一丁で乾布摩擦をすれば世界が違って見えるぞ! 一緒に新しい世界の扉を開こう!」
 信者たちが口々に言い返す。乾布摩擦はともかく、勧められたのはあまり開きたくない世界の扉な気がしないでもない。
「ゆ、由緒正しい正装ですか……」
 真理は目のやり場に困っていた。さすがにフンドシ姿の男たちがずらりと並んでいるのは刺激が強い。
「君たちは健康法として乾布摩擦を選んだ。それは良いことだし、そうやって健康になろうとしている。素晴らしいことだ。でも、どうしてフンドシなんだい? 理由を教えて貰えるかな?」
 清嗣の問いに、ビルシャナがカッと目を見開いた。
「問われたならば聞かせてくれよう。何故フンドシなのか、何故早朝の乾布摩擦なのか。知っておるか、人は太陽光を浴びると脳内でのセロトニン合成が活発化するのだ。セロトニン不足はストレス障害や睡眠障害、鬱の原因となる。また消化や体温調節にも深く関わっておる。冬はただでさえ日照時間が短い……故に、下着姿で全身に太陽光を浴びるのだ。なかでも特に良いのが朝陽だ。朝の太陽光は心身を覚醒させるスイッチだからな!」
 喜々とした顔でビルシャナが自説をまくしたてる。
「冬だろうと全身の素肌で朝陽を浴びて体内の生活リズムを整え、セロトニン合成を最大限に活発化させる。乾布摩擦は皮膚への刺激が延髄を介して迷走神経に影響を及ぼすことで自律神経の働きを高め、また肌も清潔に保てる。ここに日本古来からの下着であるフンドシが加わった時、最高にパーフェクトな健康法となるのだ!」
 語られる乾布摩擦の効能は、理に適っているようにケルベロスたちには聞こえた。同時に、フンドシのせいでおかしなことになっている気もした。やはり、このビルシャナはフンドシの愛好家なのかもしれない。
「ふむふむ。寒さに耐えて乾布摩擦で身体を鍛える、と理解したです。でも、ですよ?」
 頷く真理だが、即座に反論に出る。
「それだったら、もっと健康になる為にもっと凄い寒さに耐え抜けば、無敵の身体になるのですよ。つまり……寒中水泳なのです。この時期の氷みたいに冷たい川へ飛び込んで泳ぎ切ることが出来たら、身体も若いってことですし、病気なんて裸足で逃げ出すですよ。お祭りとしても取り上げられる寒中水泳なら、ご利益も効果も折り紙つきなのです!」
 そして彼女は恥ずかしそうにしつつも服を脱ぎ去り、黒と赤のビキニ姿になる。
「このあたりに泳げそうな川ってあるんです?」
 寒冷適応によって寒さは感じないが、フンドシ姿の男たちの前での水着姿になるのは彼女には少々恥ずかしい。
「か、寒中水泳……いやさすがにそこまでは」
「待て待て、美女と寒中水泳できるならそれはそれで」
 一部の信者は怯み、また一部の信者は心が揺れ動く。
 ここでフレイアが信者たちの前に進み出て、嘉内は持参したMP3プレーヤーを小型のスピーカーに繋いだ。
「乾布摩擦の効果は否定しないが……ぬるい! とはいえ寒中水泳が無理ならば、ブートキャンプはどうだ。私がお前たちを軍隊式ブートキャンプで鍛えてやる。乾布摩擦よりも強い体になれるぞ!」
「ミュージック、スタート。さあ皆さんも彼女に続いて!」
 軽快な音楽が流れ出してブートキャンプの実演が始まった。
「この曲、踊り出したくなっちゃうです!」
 真理も水着姿で踊り出し、その姿に信者たちの目は釘付けになってしまう。
「そ、そう言えば乾布摩擦もせずに突っ立っていたせいか体が冷えてしまった……」
「体を動かさないと風邪を引いてしまう!」
 何人かの信者がブートキャンプを始め出した。残りの信者はおろおろとしてビルシャナと彼らを交互に見ることしかできない。
「ええい、私たちには乾布摩擦があるではないか!」
 ビルシャナは乾布摩擦で対抗するが、そこへ清嗣が歩み寄る。
「過去の件は聞いている。君は間違ってはいなかった。ただ場所とやり方と時節が悪かっただけだ。通報されて悲しかったろう。寧ろ、君がそうなる前に止められなかった自分が悔しいよ」
 自らも上着を脱いで半裸となり、お気に入りのストールだけは首に巻いた彼は、ビルシャナの肩をそっと抱いた。


「慰めなどいらぬ! 私の目の前で、私の信者たちを奪おうとは……通報されたことより屈辱だ!」
 だがビルシャナの心は頑なだ。清嗣を突き放したビルシャナは、威嚇するように空へと炎を吐き出した。もはや説得は通じまい。
「私の教えに従う者のみ許す。それ以外は全て焼き尽くす!」
 一部の信者は血相を変えてフンドシ姿のまま逃げ出した。残る信者は3人、彼らはビルシャナに従うようだ。
「予定変更! 今日は乾布摩擦ではなく彼奴等をぶちのめす! 行けぇい!」
 ビルシャナに指示され、配下となった信者たちが襲いかかってくる。だが、その動きは精彩を欠いていた。長時間、フンドシ姿で真冬の屋外にいたために体が冷えたのだろう。
「守り続けることが、私の戦いなのです……!」
 真理は味方の周囲にドローンを展開。敵の動きが鈍いうちに排除するべく、ケルベロスたちも一気に動いた。
「少しおとなしくしていてもらえるかい?」
「その鳥はデウスエクスだから乾布摩擦しなくても老いたり死んだりしませんが、皆さんは普通の人間だから乾布摩擦しても普通に老いて死にますよ……わかってます?」
 清嗣と嘉内は手加減攻撃で1人ずつ信者を気絶させる。残った信者もフレイアがエアシューズによる踵落としで昏倒させた。
「健康にかつ強くなりたいのなら、乾布摩擦だけではなくそれ相応の努力をするべきだ。貴様の主張にはそこが欠けている!」
 そしてフレイアはオウガメタルを嵌めた拳をビルシャナに向ける。
「皆が身も心も私と同じになれば良かろうが!」
 ビルシャナが猛烈な勢いで乾布摩擦を行う。直後に肉体が輝きを発し、ビルシャナ閃光が放たれた。
「ブラッドワン、あいつを牽制するです!」
「響銅は彼らを守っていてくれ」
 強烈な光のプレッシャーに耐えつつ、真理はサーヴァントをビルシャナへ突っ込ませると、自らはフォートレスキャノンでの支援射撃。清嗣は相棒を気絶した信者たちの護衛につかせた後、敵へとシャイニングレイを放った。
「行くぞゴルトザイン! 遠慮はいらぬ、ぶちかませ!」
「ていうか信者連中はフンドシ一丁なのに、自分は温かそうな羽毛に包まれたまま乾布摩擦はズルだろ。丸焼きだ、裸になれ鳥野郎!」
 フレイアがサーヴァントとともに鉄拳制裁を与えたのと入れ替わりに、戦闘となれば好戦的な口調になる嘉内がドラゴニックミラージュをビルシャナに浴びせる。
「火力では負けぬ!」
 ビルシャナも乾布摩擦を続けながらの孔雀炎を吐き、反撃に出る。しかし両者の炎が乾布摩擦用の手拭いに燃え移り、あっという間に焼失した。
「ぬかった! これでは乾布摩擦ができん!」


 乾布摩擦の愛好家であるビルシャナは、乾布摩擦こそがアイデンティティ。それができなくなった今、ビルシャナの動揺は激しい。
 この機にケルベロスたちは総がかりで畳みかける。
 フレイアと嘉内の一撃がビルシャナの両の脇腹を斬り裂き、真理はストラグルヴァインで相手を捕縛、動きを完全に止める。
「今回は救えるチャンスかもしれないって思っていたよ。なんとか正気に戻して分離か定命化できないものか……だから、残念でならないよ」
 清嗣の懺悔自新。カードから放たれた青い光がビルシャナを包み込んだ。それは凋落のきっかけを映し懺悔と後悔の念を呼び起こさせ、続けて白い光が改過自新へと向かわせる。その輝きの中で、ビルシャナの命は潰えていく。
「私は、子どもたちに、病気を知らぬ健康で強い体になってほしかった……間違ってなどいなかった、はずだ……嗚呼、そういえば貴様は私が『間違ってはいなかった』と言ってくれたな……そのことには、礼を言お……」
 最期に和らいだ表情を見せ、ビルシャナの体が崩れていく。包まれた光の中で苦しみもなく逝っただろう。後に残ったのは、ビルシャナが身に付けていた真白なフンドシのみ。
「児童の健康を願う心だけは本物だったか。ビルシャナ大菩薩の光の影響さえなければな……うん?」
 逃げ出した信者たちが急いで戻ってくるのを、フレイアは見た。彼らはフンドシ一丁のままで逃げていったが、途中で自分たちの姿に気づいて、戻ってきたようだ。
 彼らと、そして気絶から目覚めた信者たちに、ケルベロスたちは持参してきた毛布や温かい飲み物を配っていく。
「温かくショウガのきいた豚汁に、ホットココアもありますからね」
 大きなリュックから、嘉内は魔法瓶に入れたそれらを取り出していく。
「どんなことだって、やりすぎはダメなのですよ」
 真理も健康法への注意を促しつつお汁粉の缶を信者に手渡すが、受け取った方は何故か赤い顔で不自然に視線を逸らしている。
「いつまでもそんな恰好でいるものじゃないよ。女の子なんだしね」
 そんな真理へと清嗣が上着をかけてやる。
 自分がまだビキニの水着姿であることに気づいた彼女は、頬を赤くしてしまった。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年2月1日
難度:普通
参加:4人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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