かわいいもの、ぜんぶ

作者:洗井落雲

●休日の襲撃
 桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)が「誰かに見られている」ことに気づいたのは、オフの日に訪れた繁華街でのことだった。
(「……雑誌のファンの人……じゃない。なんっていうか……」)
 どこか寒気をも感じるそれは、いわゆる物珍しさによるそれとも違う。何か――例えるなら、獲物を見つけた時のような視線と気配。ケルベロスである萌花には、それが尋常ではない何者かからによる物であることが、理解できた。
 萌花はゆっくりと、路地裏へと足を運ぶ。一般市民を巻き込むことは避けたい。萌花の行動に、視線の主は、暴れたり、声をあげたりするなどのアクションを起こすことはなかった。ただ、しっかりと、後ろからついてくる。あるいは、このように人気のない場所へと向かうことは、視線の主にとっても、好都合であったのかもしれない。
 中心街から離れ、人気のない路地へ。そこにあるのは、萌花と、視線の主、二つの気配だけだ。
 萌花は息を吸い込むと、意を決したように、振り返る。
「あたしのファンの子? オフの日はそっとしておいてほしいんだけどな」
 あえて余裕のあるようにふるまう。相手が敵意を持った存在であるのなら、相手のペースに乗ってやる義理はない。
「やっぱり、かわいい声……!」
 視線の主は、そう声をあげた。外見は、中学生か、高校生か、それくらいの年齢の少女である。特徴的なものは数点。まず、黒い、大きなポニーテールの髪型。それは先端に行くにつれて徐々に薄く、淡い桃色に染まっていた。続いて、頭についた羊のような角。ピンクの羽としっぽ。一見するとサキュバスのように見えたが、正体はわからない。そして――凶悪な鋭さを誇る、ピンク色の大鎌。その殺傷能力とは不釣り合いに、熊のぬいぐるみやハートの小物など、「かわいらしくデコ」ってある。
 外見は余裕を見せ。内心は最大限の警戒を続ける萌花に、その少女は満面の、じつにあざとい笑顔を見せた。
「声もかわいい、見かけもかわいい。ぜんぶ、ぜんぶかわいい……やっぱりね。一目見た時から、わたしのものにしなくちゃ、って思ってたの」
 どこかポーズをとるように――あざとく、計算しつくした動きで、少女は手にした大鎌を、軽々しく振るう。
「かわいいものは、わたしのもの。命も、体も……全部、全部頂戴?」
 ころころと弾むような声とは裏腹に、爆発的な殺気が、周囲を振るわせる――。

●愛しの収奪者
「緊急事態だ。時間もないので手短な説明になってしまうが、すまない」
 アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は、集まったケルベロス達へ告げて、さっそく予知された事件の内容を説明し始めた。
 曰く、桜庭・萌花が単独行動中に、デウスエクスによる襲撃を受けるのだという。本人に連絡を取ろうとしたのだが、どうしても連絡がつかない。
 デウスエクスの襲撃の刻限は迫っている。速やかに出撃し、萌花が無事なうちに合流、デウスエクスを撃退してもらいたい、とのことだ。
 戦場となるのは、人気のない路地裏になる。周囲はデウスエクスにより人払いがされているのか、人の気配は全くなく、また新たに人がやってくることもないだろう。
「襲撃を仕掛けてきたデウスエクスは、『萌愛(もあ)』と名乗る死神だ。華奢な少女のような見た目だが、単独で仕掛けてくるほどの相手だ。決して油断はできない」
 アーサーの言葉通り、萌愛は配下などは連れていない。萌花の救出と、萌愛の撃破に、専念してほしい。
「速やかに萌花を救い、デウスエクスを撃退してほしい。萌花と、君たちの無事。そして作戦の成功を、祈っているよ」
 そういって、アーサーはケルベロス達を送り出したのであった。


参加者
源・那岐(疾風の舞姫・e01215)
和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)
近衛・如月(魔法使いのお姉ちゃん・e32308)
曽我・小町(大空魔少女・e35148)

■リプレイ

●愛らしく着飾って
「命も、体も……全部、全部頂戴?」
 死神『萌愛』はくるり、とその大鎌を振りかざす。愛らしさを振りまくその所作から放たれるのは、すさまじいまでの殺意――それから、欲しいものは必ず手に入れるという熱意。
(「そういうの視線を向けられるのは、嫌じゃない……むしろ役得ってモンだけれど」)
 桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)は冷静さを保ちつつ、胸中でぼやいた。周囲の気配を探る。わかっていることだが、人の気配はない。全力で迎え撃てる……が、一人でどこまでやれるものか。
(「……ま、しょーがない。なるようになるか」)
 萌花は自身も簒奪者の鎌を取り出して、構えた。二つの大鎌。二人の少女。どこか似通った何かを持つ二人は、対照的に、対峙する。
「キミとは正直、趣味が合いそうな気もしてるんだけどさー……それとこれとは話が別ってゆーか」
 萌花が言った。
「ただで全部アゲルってのも、なんかヤだし。ま、あたしが欲しいなら、それこそ命がけで奪いに来てよね」
 武器を持つ手に力を込める。萌愛がクスリと笑った。
「やだー。そういうの、わたしのキャラじゃないしー?」
 途端、萌愛が跳んだ。一足飛びで一気に距離を詰める。速い。
「貰うって決めた……ううん、この世のかわいいものは、全部わたしのものって決まってるから」
 笑顔から激しく振るわれる、大鎌の斬撃! 迎え撃つ萌花もまた、大鎌をかざし、それを受け止める――だが、衝突の瞬間は訪れなかった。
 突如として飛び込んできた人影が、萌愛の斬撃を受け止めたのである。
「よかった、間に合った……!」
 人影――源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が、声をあげた。萌愛がむっとした表情を浮かべる。
「まったく、乱暴で、わがままじゃないか。君の凶行は、止めさせてもらうよ」
 『月白』の白銀のバトルオーラが、瑠璃の体を包み込む。瑠璃はエクトプラズムの霊弾を生み出して、萌愛へと撃ち放った。萌愛は慌てて、大鎌でそれを受け止める。衝撃を逃がすように、後方へと跳躍。
「――義姉さん!」
「了解しています!」
 瑠璃の言葉に、現れた源・那岐(疾風の舞姫・e01215)が答えた。『蒼天』の空の青をしたバトルオーラが那岐を包む。その光を纏い、那岐は『舞った』。刹那、巻き起こるは朱色の風。その一吹き一吹きが鮮烈なる刃。疾風の舞姫が舞う戦舞。『風の戦乙女の戦舞・朱』。舞い起こる朱の刃が、萌愛を切り裂かんと迫る。萌愛はそれらを受け止めんとするが、いくつかの刃がその肌に傷を作る。
「大事ないですか? 可憐な花を護る為、参りました」
 ふわり、と那岐は萌花へと告げる。
「あ、えっと……うん」
 些かびっくりした様子で、萌花が答えるのを、那岐は微笑んで頷いた。続いて鋭い視線を、萌愛へと向ける。
「もなちゃん、大丈夫!?」
 と、声をあげながら萌花の下へと駆けてきたのは、近衛・如月(魔法使いのお姉ちゃん・e32308)だ。如月は萌花の無事を確かめると、今度は萌花を守るように立ちはだかる。
「如月ちゃん……? 助けに、来てくれたの?」
 萌花の言葉に、如月は強くうなづいた。
「私は、もなちゃんのお姉ちゃんなんだから。ピンチには絶対、駆け付けるのよ!」
「もちろん、私たちも、ですよ」
 言葉をつづけたのは、和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)だ。そして紫睡に続いて、ケルベロス達が一気に駆けつけてくる。
「まったくもう、無茶をして……でも、間に合って本当に良かったです。ひとまずは、安全を確保しないといけませんね」
 紫睡の安堵の声。
「萌花ちゃん、怪我してない?」
 フィアールカ・ツヴェターエヴァ(赫星拳姫・e15338)が、続いて声をかけた。ミミックの『スームカ』もぴょんぴょんと飛び跳ね、心配する様子を見せている。
「ちゃんと連絡出てよ……って言いたいところだけど、相手はデウスエクスだものね。ジャミングとかされてたかもだし、仕方ないか」
 フィアールカはそう言って、『ゾリャー・ウートレンニャヤ』へと呼びかけた。オウガ粒子が放たれ、仲間たちを包み込む。
 自分を助けに来てくれた仲間たち。自身を照らす、温かな光――自らに向けられる感情。萌花はその時、たまらない心地よさを感じていた。
「もう、ほんと心配したんだからー! でも、間に合ってよかった!」
 光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)が萌愛を警戒しつつ、続けた。
「……あいつが死神だね。見た目は可愛いけど、考え方は立派に死神ってゆーか……」
 突然のケルベロス達の援軍に、萌愛は露骨に不機嫌そうな顔をした――ただし、あくまでかわいらしさを意識して。
「もー、サイアク! せっかくデコったべあべあがケガしちゃったじゃない!」
 見て見れば、先ほどの攻撃を受けたせいだろう、萌愛が手にする大鎌にデコられたクマのぬいぐるみに、ほつれが見える。
「……そんな所につけてるのが悪いと思うけどなぁ……」
 瑠璃がぼやく。だが、萌愛は意に介さず、むぅ、とほほを膨らませた。
「ってか邪魔しないでくれる!? 空気読みなさいよ!」
「それはこっちのセリフ。どこのどなた様か知らないけど、私の許可なく萌花ちゃんに触るのはやめてくれないかなー?」
 と、フィアールカ。
「あなたに萌花ちゃんを連れてゆかせはしないの! いくよスームカ!」
 その言葉に、スームカはエクトプラズムで武器を具現化し、萌愛へと叩きつける。打ち付けられた武器が、萌愛の体を硬直させた。
「誰もアンタなんかにやらせたりはしないわ! グリ、皆を守るわよ!」
 『**Achromatic Rose**』――バイオレンスギターをかき鳴らし、高らかに歌い上げるは曽我・小町(大空魔少女・e35148)だ。サーヴァントのウイングキャット『グリ』は、自らの翼をはためかせ、清浄なる風を巻き起こした。その風に、主の歌声を乗せて世界に届かせるように。
「――ふふ。あたし、モテ期って奴?」
 微笑を浮かべつつ、萌花が言う。
「……もう。嬉しいのはわかりますけど」
 紫睡が言った。
「ん、分かってる。ありがと、紫睡ちゃん」
 萌花は笑って、言った。
 『桜蝶』を鳴らし、萌花は駆ける。先ほどのお返しとばかりに、一気に接近。
「さ、楽しませて頂戴?」
 くすりと笑い、放つ蹴りの一撃が、萌愛へと突き刺さる。ううっ、とうめきつつ、萌愛が後ずさるのを、『紫砕き』を携えた紫睡が追う。
「逃がしません……!」
 振り下ろされる紫水晶の魔斧が、萌愛を吹き飛ばす。
「くっ……う!? もう、あんた達、なんなの……っ!」
 苦痛にうめく萌愛へと、今度は睦が迫った。
「決まってるっ! 萌花ちゃんの友達っ!」
 その腕を、巨大な異形の刀へと変貌させ、睦は思いっきり振り下ろした。重い斬撃が、萌愛に強く圧し掛かる。
「お願いアメジスト……悪意を跳ね除ける力を!」
 一方如月は、マインドリングをつけた手を高く掲げた。途端、紫水晶が輝きだす。激しいながらも、それはどこか優しい輝きであった。
「コード……アメジスト!」
 『紫水晶の大結界(コード・アメジスト)』。その名のままに、現れた薄紫色の結界が、ケルベロス達の体を癒し、悪しきものからその身を守る盾となる。
「なんか、名前も、雰囲気も……やな感じがする、けど!」
 如月は声を張り上げた。
「もなちゃんも……皆も……やらせないっ……絶対に!」
 その決意に応じるように、薄紫色の結界は強く、強く輝く。
「あー、もう! ほんとサイアク! 何が気に入らないわけ!? かわいいものが、わたしのものになる――それって当然のことでしょ!?」
 萌愛がそういうのへ、フィアールカが答えた。
「そういう考えをしてるなら、きっと一生、分からないよ」
「もー頭来たからね! あんた達は滅茶苦茶に壊してやるから!」
 萌愛が叫び、その瞳を妖しく輝かせた。

●あいして、消えてしまう位
 脳みそを直接かき回されたような衝撃。
 夢の中で殺人を犯してしまったような、他人事のような嫌悪感。
 上下が逆さまになる感覚。
 白が黒くみえて、黒が白く見えるような変成。
 胸をかき乱し、それは訴える。
 愛せよ、愛せよ、愛せよ。
 愛しき人を、愛しき者を。
「――――ッ!」
 那岐は叫んだ。頭にかかるもやを、一気に吹き飛ばす。自身を蝕む異常を、ケルベロス達は察していた。萌愛の妖瞳。肉体的なものと同時に、心を傷つける、その攻撃。
「皆、回復を!」
 瑠璃が癒しの風を巻き起こした。ケルベロス達を蝕むもやが、一気に振り払われる。
「そう簡単には、惑わされないわ!」
 『Золушка』に速度を乗せて、繰り出されるフィアールカの蹴りと、スームカの大口が、萌愛へと迫る。それらを大鎌で受け止めながら、萌愛はほほを膨らませた。
「もう治っちゃうの? つまんない!」
「同士討ちさせようとか、趣味が悪いわよ!」
 小町が『**Achromatic Rose**』をかき鳴らし、歌を歌う。それを清浄なる風に乗せて、グリは羽ばたいた。
「望む虚像に視る夢よ、己の枷となり自らの虚飾に鎖を繋げ――」
 紫睡が唱えると、空中に黄鉄鉱の結晶を模した枷が生み出される。
「黄鉄鉱――愚者の黄金。欲深き者ほど深く溺れる、虚飾の毒。あなたには、お似合いでしょう」
 『黄金愚者の枷(パイライシャックル)』は打ち出されるや、萌愛の手へと絡みつき、拘束する。
「な……にこれっ、重っ……!?」
 思うように武器を振るえぬ萌愛。
「魅了させる……っていう手段はわかるけど、中途半端じゃ何の意味もなくない?」
 萌花は萌愛へと肉薄する。繰り出される、傷口をなぞる斬撃。
「どうせなら、しっかり落とさないと。深く、深く……這い上がれない所まで。あたししか見られなくするの」
「なに、それ……?」
 萌愛が眉をひそめるのへ、萌花は微笑んだ。
「んー? ふふ、なぁにか、な?」
「……もなちゃんを貴女なんかのものに、させないのよぅ!」
 そんな二人の間に割って入るように、如月はその腕をオウガメタルで包み込んで、打撃を振るった。萌愛が衝撃を殺しながら、後方へ距離をとる。
 如月はむっとした表情で、萌花を背中にかばい、萌愛の前に立つ――その左手で、小さく、萌花の服の裾を掴みながら。その様子に萌花は微笑んで、優しく如月の髪を撫でた。
 一方、睦は一気に駆け出し、萌愛へと接敵。
「それ、重いんでしょ? ……落としちゃおうっか!」
 途端、睦の手にオーラがまとわりつき、膨れ上がる。そのオーラは、巨大にしてある種のおぞましさすら感じられる、異形の腕へと変貌した。それは。友を狙われた睦の、激しい怒りの具現であったのかもしれない。
 その腕で行うことは、簡単だ。相手の武器、あるいは手をつかみ、ひねり落とす。シンプルであるが、それ故に力を一極に集中させる、覇道の一撃!
 さすがの萌愛も、痛みにその表情をゆがめた。武器を落とさせた睦は、腕をもとの細腕へと戻しながら離脱。
「……服もボロボロ。デコったストーンも取れちゃったし、服だって滅茶苦茶。ほんっっっっっとっ! ムカつくっ!」
 それまでは、言葉には怒気を含みながらも、どこか計算した表情を見せていた萌愛が、この時初めて、明確な怒りの表情を見せた。ケルベロス達の攻撃により、余裕がなくなってきたという事だろう。
「わがままで……身勝手で。そういう女の子は、男の僕としては遠慮したいところだけど」
 ぼやく瑠璃に、
「別に、アンタに好かれたくない!」
 萌愛が負け惜しみを叫ぶ。
「欲しいものを求めて暴力を振り回す……萌愛、今の貴女は、凄く醜いですよ?」
 那岐の言葉に、萌愛は叫びで返した。
「誰のせいで、こうなってると思ってるの!?」
 そのずれた返答は、那岐の言葉の本質を理解していない証左である。
「相手も限界……もう一息、って所ね」
 小町が言う。
「では、一気に畳みかけましょう」
 紫睡の言葉に、
「うんっ。迷惑な死神は、ここで退場してもらお!」
 睦が頷いた。
「あの子をやっつけて……皆で帰ろ!」
 如月が声をあげて、
「よし……行こう、萌花ちゃん」
 フィアールカが続ける。
 自身に向けられる感情。その心地よさに、萌花は頷いて、少し笑った。
 ケルベロス達は、最後の攻撃を予感し、その戦意を高めた。それを察知したように、萌愛は苛立つように唇をかむ。
「アンタたちは……っ!」
 言葉にならぬ感情を無理矢理掃き出し、萌愛はすでにボロボロになった大鎌を構え、突撃した。その斬撃を、瑠璃が受け止める。生命力が吸われていく。だが、瑠璃の膝をつかせるには、遠い。
 那岐は『Luz de las estrellas』を構え、跳んだ。落下速度を乗せて放たれる、打撃にも似た斬撃。衝撃が萌愛の体を激しく打ち付け、その隙を突いた瑠璃の蹴りが突き刺さる。
 萌愛が吹き飛ばされる。無理矢理体勢を整えて着地。だが、萌愛が次の行動をとることを許さず、フィアールカは『舞った』。
「これなるは女神の舞、流れし脚はヴォルガの激流!」
 演じるは華麗なるバレエの舞。時に緩やかに。時に激しく。時に跳び、時に伏す。萌愛を中心に描かれる、フィアールカの軌跡。フィアールカが萌愛とすれ違うたびに、鋭い蹴りの一撃が、刺すように/斬るように/打つように、振るわれていく。
「――『Сарасвати санкций(サラスヴァティー・サーンクツィイ)!』」
 最後に高く跳躍したフィアールカが、萌愛へとトドメの蹴りを叩き込んだ。たまらず吹き飛ばされる萌愛。その華麗なるダンスに対し、花束を贈るように。スームカは愚者の黄金をまき散らし、追撃とした。
 小町はグリと共に、仲間たちへの援護の歌を歌い続ける。その歌声を背に受けて、ケルベロス達は攻撃を継続する。
 萌花は萌愛へと接近して、神速の蹴りを叩き込んだ。一瞬、交差する、二人の視線。その時お互いは、何を思ったのだろう。
 萌花が離脱すると同時に、紫睡が萌愛へと接近。『紫砕き』を振るい、叩きつけた。直撃を受けた萌愛が体をよろめかせる。
 睦が続いた。その腕を、再び巨大な刀へと変貌させる。振るわれる、斬撃! 萌愛がよろめきながら、力を振り絞って、大きく距離をとった。その瞳に、憎悪の色がちらつく。
 如月は癒しのオーラを放ち、仲間の傷をいやす。もう少し、あと少し、耐えられるように。
 よろめく萌愛の瞳が、妖しく光る。苦し紛れの魅了の瞳は、もはやケルベロス達の足を止める程度の力も持ち合わせてはいない。
 那岐は駆けた。接近――振りぬかれる、斬撃。萌愛の体から、力が抜ける。膝をつく。喘ぐように、息を付いた。
「どう……して……どうし、て、どうして、どうして、どうして……っ!」
 怒りを言葉に乗せて、萌愛が吼えた。そんな萌愛へと、ゆっくり、萌花が近づいて行った。
「残念。もう、おしまい」
 萌花が、言った。
「だから――あたしがキミを、あたしのモノにしてあげる。そしたらキミも結論としては望みが叶うでしょ」
 なぁんて、ね。萌花が笑う。
 薄暗い路地裏に、ようやくと差す光。
 その妖しい光を背に笑う萌花は、ある種、夜魔のようにも見えた。
「キミからの好意には、至上の『絶望』で報いてあげる」
 萌花が萌愛に口づける。満たされていく。失っていく。膨れていく。萎んでいく。命を、心を、恋を、愛を奪う、甘い甘い口づけ。『Sugar Sweet Syndrome(シュガースイートシンドローム)』。そのグラビティが萌愛の命を甘く断った時、愛しき死神はこの世から消えうせた。

●心を満たしたモノ
「……おつかれ。で、ありがと。心配かけてなんかごめん? かな?」
 萌花がそういって、苦笑した。
「もう! ほんとだよ! ……でも、よかった」
 そういって、睦は満面の笑みを返した。
「萌花ちゃんが襲われたって聞いて、ほんとびっくりしたのよ!?」
 フィアールカが声をあげるのに、萌花は笑った。
「もー、だからごめんってば……あれ、如月ちゃん?」
 萌花はそう言って、如月へと視線を移す。当の如月は、些か不機嫌な様子を見せていた。どうやら、萌花の最後の一撃が、お気に召さなかったらしい。
 萌花は微笑んでから、如月へとそっと、耳打ちをする。それを聞いた如月は、かぁぁ、とほほを赤らめると、
「ん……おうちで……」
 と呟くのであった。
「もう……お説教するつもりでしたが、今回は勘弁してあげます」
 嬉しそうな仲間たちの様子。水を差すわけにもいくまいと、紫睡が嘆息するのへ、
「ちゃんと反省してまーす」
 萌花はいたずらっぽく笑った。そんな仲間たちを眺めながら、
「うん。ちゃんと助けられて、よかった」
 瑠璃が静かに呟いた。那岐は、そんな瑠璃へと頷いて、
「ええ、本当に……瑠璃も、お疲れ様でした」
 と、微笑んだ。
「ねぇ、いつまでも路地裏で、って言うのもなんだし、そろそろ戻らない?」
 小町がそう提案するのへ、グリが一鳴き、鳴いた。ケルベロス達はその提案に頷いて、路地裏を後にする。
「……ばいばい」
 去り際に、萌花は小さく、そう呟いた。そして唇に人差し指を這わせてから、唇の端を、ぺろり、と舌で舐めた。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2019年1月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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