銀色の夜に

作者:崎田航輝

 一面の氷は光の飾りだけでなく、星空まで映すくらいに澄んでいた。
 そこをさりさりと音を立てながら滑っていくのは元気な子供。それに遅れて少しぎこちなく氷上を歩くのはその両親だろうか。そうして彼らだけでなく、多くの人々が楽しい声を交わしていた。
 どこかから鈴の音も響くそこは、美しいスケートリンク。
 見渡す限りにきらきらと輝いているのは銀盤が屋外にあるから。街が聖夜の飾りに彩られている今宵、商業施設の一角にあるこのリンクもまた、建物から零れる明かりと高い位置に飾られたオーナメントで幻想の世界のようだ。
 沢山遊んで疲れれば温かな飲み物を愉しみ、買い物にでかけ、また光の世界を滑る。
 冬の美しい夜だからこその贅沢な時間を、人々は楽しく過ごしていた──けれど。
 夜空を裂いて降ってきた衝撃に人々の悲鳴が上がる。
 地面に刺さったのは硬質な牙。一瞬後には蠢いて骸骨騎士へと姿を変えてゆく、竜牙兵達だった。
「血ノ凍ル絶望ヲ──」
「苦シミノ叫ビ声ヲ、我ラニ聞カセルガイイ!」
「ソシテ、グラビティ・チェインヲ──命ヲ以テ捧ゲヨ!」
 冷徹に翳った眼窩で見据え、牙の騎士は人々へ斬りかかる。

 吐息も白く染まるヘリポート。
 聖なる夜を牙が襲う──予知されたそんな事件に、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は困り顔だ。
「きれいで、楽しいクリスマス。そんな中にデウスエクスがやってきてしまうようです」
 光に満ちた街。身を冷やす空気にも人々の笑顔が咲く、そんな夜。人々の只中でデウスエクスが暴れればどうなるかは想像に難くない。
「というわけで皆さんに力を貸してもらいたいんです」
 竜牙兵が現れるのは屋外のスケート場。
 商業施設の一角にあるところで、広々とした敷地をもっている。
「ここに向かうわけですが……事前の避難は予知がずれて被害を防げなくなってしまうことから行えません」
 ただ、今回は警察や消防の協力が得られることになっている。一般市民の避難はそちらに任せられるので、こちらは敵との戦いに注力すればいいと言った。
 それから、とイマジネイターは皆を見回す。
「せっかくの夜ですから。勝利できれば街で過ごしていっても良いかも知れませんね」
 きらきらとしたスケート場で遊ぶのも良いし、そばにあるカフェで休んでもいいだろう。
「クリスマスマーケットに買い物に寄っても、楽しめると思います。そんな時間を守る為に……ぜひ、撃破を成功させてきてくださいね」
 イマジネイターはそう声に力を込めたのだった。


参加者
ジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)
狗上・士浪(天狼・e01564)
虎丸・勇(ノラビト・e09789)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
神子柴・甚九郎(ヒーロー候補生・e44126)
ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)

■リプレイ

●銀夜の牙
 煌めく星空に、鋭利な牙が降ってくる。
 リンクへと疾駆してきた神子柴・甚九郎(ヒーロー候補生・e44126)は、空から落ちてくる敵影に呆れ声を零していた。
「楽しいクリスマスだってのに、まーた呼んでもない奴らが来たんだな!」
「あいつら、季節なんて関係ないんだな」
 ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)はただ、冷めた瞳。仰ぐ空に白い吐息だけを昇らせながら、声音は静かで、昏い。
「──寒いのにわざわざご苦労なことで」
「聖なる夜でも襲撃を企むのは、ある意味では勤勉とも言えるのでしょうが……」
 と、羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は視線を下ろす。そこには無辜の人々が大勢見えた。
「とても感心できる内容ではありませんから。ここに集う方が心安らかな夜を過ごせるよう、全力を尽くしましょう」
「うん、ばしっと追い払ってクリスマスの続きだ!」
 甚九郎の言葉に頷き、皆は前進。地面に落ちた牙へと、素早く肉迫していた。
 牙から変貌した竜牙兵達は、包囲するこちらの姿に一瞬驚く。
「貴様ラハ──」
「よォ、テメーらもスケート滑りに来たのかァ?」
 乱暴な声を投げたのはジョーイ・ガーシュイン(初対面以上知人未満の間柄・e00706)。既に、鋭い冥刀を上段に構えていた。
「滑るんだったら俺らを倒してからにしねェと──」
 そのまま剣先にまで焔の如きオーラを纏い、一拍力を溜めて──瞬間。
「なァッ!!」
 振り下ろすのは鬼神の一太刀。重い斬打が一体を大きく後方へ弾いていく。
 そこで初めて牙達は憎らしげな顔を浮かべた。
「オノレ、番犬カッ……!」
「そういうことだ。俺達の目の前で、好き勝手はさせないよ」
 ウリル・ウルヴェーラ(ドラゴニアンのブラックウィザード・e61399)は人々の盾になり立ちはだかる。同時に空気が痺れるほどの殺戮衝動を顕現させ、仲間に力を与えていた。
 この間にノチユは人々へ声を向ける。
「コレは僕達番犬が相手をする。警察の指示に従って避難を」
「一般人の皆さんを、よろしくお願いします」
 七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)は隣人力を発揮して警察へ言葉をかける。その効果もあろう、避難は迅速に進んでいった。
 竜牙兵は窪んだ眼窩に怒りを湛える。
「我ラノ餌ヲ、逃スツモリカ……!」
「餌は人間じゃなくて、テメェらの方だからな」
 そこへ投げられたのは、狗上・士浪(天狼・e01564)の声音。牙の視線がそちらに向くと、士浪は既に砲と化した槌を構えている。
 砲音、爆炎。強烈な衝撃が骸の体を宙へ煽った。
 その一体の腹をノチユが躊躇なく蹴り抜くと、甚九郎も鋭く跳んで蹴撃を重ねる。別の二体が剣撃を返してくるが──その刃を受け止める金属音。
「させると思うかい」
 それは声と共に虎丸・勇(ノラビト・e09789)の奔らせたナイフだった。
 だけに留まらず、勇は剣を弾き返すと跳躍。ワイルドと化した右手に光の軌跡を描かせて一体へ斬撃。左手に握る混沌の紅刃と共に、二刀で骨の体を刻んでいく。
 減じた勇の体力には、綴が治癒力を与えていた。
「自由なる力よ、仲間を助けてあげて下さい!」
 発光する魔力が眩く傷を癒やしていく。同時に勇が身を引けば、そこに勇の相棒のエリィが駆動し弾丸を撒いていた。
 よろける敵陣をウリルは見逃さず、黒鎖で繋ぎ止める。
 紺はその一体へ、声音を紡いでいた。
「徒に人間の死を求める。その己自身の心に、あなたは斃れることでしょう」
 言霊が恐怖を生み出させ、竜牙兵自身の心を蝕ませる。『まつろう怪談』──言葉が一体の精神を瓦解させ、その体ごと消滅させた。

●静寂
 骸の喉が苛立ちの声音を零す。
 人間が逃げ去り、仲間を一体討たれ、竜牙兵はその殺意を強めていた──おのれ番犬共、と。
「待ッテイロ……人間ノ代ワリニ、貴様ラノ絶望ヲ響カセテヤル……!」
「絶望、か」
 ウリルは緩く首を振って、周りを見渡す。
「星と光が煌くこの場所を……この時間を壊そうとするなんて無粋だな」
「ええ。スケートリンクは人を襲う場ではなく、皆で楽しむ場所ですよ」
 綴が頷けば、勇も呆れを含んだ声を零していた。
「本当に、どうしてこうも竜牙兵ってのは野暮な真似ばかりしたがるかね……」
「骨共にゃ年中行事の概念もねぇってことだろ」
 士浪は肩を竦めてみせる。
 そして鋭い眼光で敵を見返した。
「だからここいらで知識でも付けてきゃどうだ? ──あの世に行くついでによ」
「……愚弄ヲ!」
 竜牙兵は憤怒の様相で攻め込んできた。
 が、ジョーイはそこへ、手元に握り込んだ小さなものを振りかぶっている。握力鍛錬用にポケットに入れていたクルミだ。
「ふん!」
 圧倒的な膂力で投げ放たれたそれは、風の唸る音を上げて命中。まるで弾丸のごとき衝撃を骸に与えている。
 胸を撃たれ呻く竜牙兵。反撃の剣を繰り出すが、それも紺が横から撃った杭が弾いている。
「敵は一人ではありませんよ」
 紺はそのまま間合いを詰めていた。至近に迫ると正面から連撃。パイルで腹部を穿ち、敵の体表に亀裂を入れる。
 竜牙兵は苦痛の中で呪わしげな声を零していた。
「……我ラ、ハ……貴様ラノ血デ……夜ヲ……」
「諦めろよ。今日の澄んだ星空は──お前達にはもったいない」
 骸の視界にぼやけた星屑が映る。
 それは仰ぐ夜空か、ノチユの美しく煌めく黒髪か。
「ここで終わりだ。──もう永遠に、月も星もお前達を照らさない」
 ノチユの振るった斬閃は『月を看取る』。鋭く慈悲無く、竜牙兵を脳天から両断した。
 残る骸は一体。それでも退かず氷波を放ってくる、が。
 番犬達を蝕む氷気を洗う、眩い光があった。
「──身体を巡る気よ、空高く立ち昇り癒しの力を降らして下さい」
 それは綴の集中させた気功。
 練気驟雨──天高く飛ばしたその輝きは、まるで驟雨のように仲間達に降り注ぎ、負傷を浄化していく。
 その一瞬に勇は竜牙兵へ疾駆。怯む骸の顔の前に、紅き混沌を煌々と瞬かせていた。
「血の気が凍る思いは、そっちにしてもらうから」
 刹那、刃の雨が舞う。
 放たれた無数の刀身は『逆徒の刃』──竜牙兵を掠めながらその影へ突き刺さり、本体の動きを縫い止めてしまう。
 甚九郎はそこへ阿頼耶識の光を纏いながら突撃していた。
「悪い子のお前らにやるクリスマスプレゼントはないからな。そろそろお引き取り願おうか──っと」
 足元が氷であるが為に、思った以上によく滑って甚九郎はびっくりする。
 何せスケートは未経験──けれど高速の突進は摩擦の阻害を受けず、いつもより勢いを増す。それが功を奏してか、強烈な体当たりが直撃して竜牙兵を銀盤の外へ突き出した。
 倒れた敵へ、ウリルは迫る。立ち上がりざまに剣を振るわれても素早く躱し、逆に槍で躰を貫いていた。
 苦悶を零す敵を、見据えながら微笑む。
「苦しみの叫び声を聞かせてくれるんだろう?」
「グゥ……」
 竜牙兵には最早言葉を返す力もない。ウリルは槍へ力を込めた。
「この寒い中、人を待たせているからね──さっさと終わりにしよう」
 瞬間、槍に雷を奔らせ体力を奪ってゆく。
 倒れ込んだ竜牙兵は、這うように間合いを取ろうとする。そこへ士浪は回り込んでいた。
「ここまでだな」
 一呼吸した士浪は体内で濃密な氣を練り上げている。
 周囲に陽炎が生まれるほどの揺らめきを、その力は生み出していた。
「欠片も残るかは知らねぇけどよ、とりあえず歯ぁ食い縛れ」
 瞬間、氣を利き腕の前腕に収束させると、拳先へ向けて一気に螺旋状に放出。
 高速で渦巻く奔流を纏った拳を──力任せに骸へ叩き付け、抉り込んだ。
「──穿て……!」
 爆発的な衝撃を生んだ『天狼羅閃崩』は、骨の躰を割り、砕き、粉々に破壊していく。残滓が風に溶けて消える頃には、場に静寂が戻っていた。

●銀の夜
 皆は戦いの痕を修復。きらびやかな景色を取り戻していた。
「今日ばかりは、ファンタジックになってもいいよね」
 ツリーや電飾の一部分が幻想的になったのを甚九郎は見上げている。実際、それは光の世界に溶け込んで鮮やかな景観を演出していた。
 修復も終われば、避難を解除して人々にも戻ってきてもらう。
「ご協力ありがとうございました!」
 呼びかける甚九郎の予想通りと云おうか、リンクに戻った子ども達は、はしゃぐように幻想の景色を楽しんでいるようだった。
 後は、皆も解散してそれぞれの時間へ。
 甚九郎はそのままスケートを楽しむことにした。とはいえ何故か戦闘時と違い、氷上を歩く仕草は生まれたての子鹿のようだったけれど。
「こ、これは難……おわっ!?」
 すってんと転んだりしつつ、それでも時間を掛けて歩く程度のことは出来た。
 休憩には、ココアを買ってくる。銀盤を眺めつつ口をつけて──。
「……あっつぅ!?」
 猫舌なのでびくりと驚いたりしつつ。それでもふうふうと吹いて飲むと、温かさと甘みが身に染みた。
「よーし目指せトリプルアクセル!」
 充分味わったら、また元気いっぱいに銀盤へ。くるりくるりと氷上に舞っていく。

 ジョーイはリンクを後にしていた。
 あそこに交じってはしゃぐ歳でもない、という気持ちもあるし──。
「滑ったことねェし、何よりクッソ面倒臭ェからな……」
 口癖のように零すと、足は自然と疲れを癒やすものを求めて歩み出していた。
 そのすぐ近くにカフェはある。飾り付けされつつも、落ち着いた雰囲気の店だ。
 可愛らしい見た目でもあるので、ジョーイはそこへ入る。中は想像される通りに小綺麗だったが……。
(「チッ……猫カフェじゃあねェのか……」)
 ジョーイの抱いた一番の感想はそれであった。
 なので多少不満げな表情をしつつも、寛げる空間には違いないと席へ。コーヒーを注文してその香ばしさと温かさを楽しんだ。
(「猫カフェがあったらゆっくり過ごせるんだがなァ……」)
 思いつつも、美味なコーヒーは疲れを癒やす。
 体も温まれば会計を済まして外へ。白い息を吐きつつ帰路についていった。

 士浪はふらりとリンクを歩み出て、店々を眺めている。
「骨掃除も済んだこったし、何すっかな──」
 赤い瞳が景観を暫し彷徨う。
 そこで、メインの通路沿いにカフェが複数あるのを見つけた。
「ま……一暴れしたらくたびれちまったしな」
 かつりと足はその一軒へ。物静かなテイストの内装の店に入っていった。
 メニューを眺めつつまずはコーヒーをオーダー。それを啜ると、一息ついた気分になる。
 立ち並ぶカフェは、それぞれに飲み物の味が特徴的だったり、軽食のメニューも差別化を図っているのだという。
 それを巡るのもいいか、と。店を出た士浪は、次の店でコーヒーを頼んで豆と香りの違いを実感し……一軒でサンドイッチ、もう一軒でスープと、それぞれに自慢のメニューを味わった。
「こういうのも、たまには悪くねぇか」
 ふと零すと、また次の店へ歩んでいく。のんびりとした夜の時間が続いていった。

 勇はスケートリンクから一番近いカフェに来ていた。
 窓際の席につくと、すぐ目の前に銀盤が見える。綺麗な飾り物も眺めつつ、勇はメニューを開いた。
「それじゃあ、温かいコーヒーを……ブラックで」
 いい香りが鼻先をくすぐる。口をつければ苦味と深い芳香のある一杯だった。
 冬の景色と温かなコーヒー、それが少し贅沢に思える。
「美味しいな……」
 体が温まって、心はゆったりとする。
 寛いだ時間。それは間違いなく心楽しいものだけれど。煌めく景色やリンクの賑やかさを見ていると、ちょっとだけ──。
「はぁーあ、今度は素敵な殿方と来れたらなぁ。……なんてね」
 くすりと笑ってみたりする。
 色々な出来事があった、この一年間の事を少し思った。
 来年はどうなっているだろうか。見つめる夜の空は、星が瞬いて美しかった。

 子供達が楽しそうにスケートシューズで滑っていく。
 賑やかなその銀盤の、直ぐ側のカフェに綴も入ってきていた。柔らかな革張りの椅子に座るとほっと一息。
「ふう、今日は疲れましたね」
 大きな変化を見せぬ表情にも、人心地がついた色を見せつつ。紅茶とケーキを注文して、食事をした。
「これは美味ですね」
 頷きつつ、外を見る。
 綴はスケートが苦手だ。だからすいすい滑っている人達を見ると何だか不思議な気分でもある。
 そんな光景を見られるのも、無事に勝利できたが故だ。
「もう少し、食べましょうか」
 呟く綴はまたメニューを開いて、ゆっくりと過ごしていく。

 紺はリンクを出る前に、巫山・幽子を見つけて声をかけていた。
「戦闘での支援、ありがとうございました」
「こちらこそ……。皆さんのお力が、あってこそです……」
 深く礼をする幽子。
 そんな彼女に、紺は思いついたように視線を巡らせている。
「何か、巫山さんのオススメのお店とかイベントってありますか? この後少し、見て回る予定なんです」
 そうですね、と少し考えた幽子は外の方を見た。
「広場で大きなツリーの飾り付けを催していると……」
「それは、楽しそうですね」
 紺はわくわくした。そういう賑やかそうな集まりには興味もある。
 というわけで幽子に礼を返しつつ──まずはクリスマスマーケットへ向かうことにした。
 お店でホットワインを頂いて、冷えた体を温めつつ。手作りオーナメントのあるお店を見つけると、星型や球型の美しい硝子飾りを見つけて購入した。
「これも、可愛いですね──」
 次に目を留めたのはキャンドル。赤が綺麗な果実を象ったものや、透明な器に入った純白のものに惹かれて、お土産の分も合わせてそれも買うことにする。
 そうして広場へと足を運んだ。
 見上げる大きさのツリーが据えられていて、通りがかった人々が好みで飾りをつけている。
 そこへ紺も硝子の飾りを結びつけた。
 メリークリスマス、と集まった人々が言うのにも唱和して。
「この時間を守れて、良かったです」
 心から零れたのはそんな声だった。

 ノチユは銀盤から歩み出るところで、幽子を見つけて言葉をかけていた。
「幽子さん、一人ならカフェにでも寄っていく? 何か奢るよ」
「よろしいのですか……?」
 頷きを返したノチユは、そのまま幽子と共に店内へ。
 暖かな空間の中で席に付き、ひとまずサンドイッチやパスタを頼んであげた。
 もぐもぐとそれを食べていく幽子。
 その対面で、ノチユはカフェラテを。まろやかでいい味だった。
 次々完食しつつ、幽子はノチユに目を向ける。
「私ばかり頂いて、いいのですか……?」
「別に、気にしないでよ」
 軽く頬杖をついて、ノチユはその食べっぷりを見ていた。幽子は新たに注文されたサンドイッチをかじりつつ目を前に上げる。
「エテルニタさんは、お優しいですね……」
「まあ、よく食べる人を見るのは、楽しいし」
 ノチユはスケート場の賑わいにも目をやっていた。
 楽しげな声は、ここまで届いている。
「……幽子さんはああいうのやんないの?」
「経験が無いので……。エテルニタさんは──」
「僕? 僕もやったことないや」
 ノチユも僅かにだけ首を振っていた。
「不思議なもんだよな、靴の裏に刃をつけて氷の上を滑るなんて」
「そうですね……」
 幽子はつられるように目を向けている。
 ノチユもそのまま外を見つめた。
 氷上の楽しさはまだ知らないけれど──人々は楽しげだ。
 この景色と星空が荒らされなかったのなら、まあいいやと。ノチユは呟いて、カフェラテを啜っていた。

 ウリルはリンクの端で待ち人と落ち合っていた。
「お待たせ」
「うりるさん、お帰りなさい!」
 華やぐ笑みを浮かべて、ウリルに駆け寄る──リュシエンヌ・ウルヴェーラ。愛しの旦那さまであるウリルに、お疲れさまのキスをひとつ、ほっぺにしていた。
 嬉しい労いにウリルは笑みを返す。
「寒くなかった?」
「全然、平気よ!」
 そっか、と頷くウリルは、安堵もあってか空腹にお腹を押さえる。
 リュシエンヌはふふっと笑んでバスケットを取り出した。入っているのは作ってきたローストビーフのラップサンド。
「スケートの前に、軽くお腹に入れましょう?」
「ありがとう。美味しそうだ」
 二人はベンチに腰掛け、ぱくりと軽く腹ごしらえ。
 愛情籠もった美味を味わうと、次は銀盤だ。ウリルは早速スケート靴を借り、二人で氷へと滑り出すことにした。
「スケートは経験あるんだっけ?」
「んと、ちっさい頃に何度か……わぁ……つるつるね!」
 手を差し伸べるウリルに、リュシエンヌは覚束ない足取りで楽しげな表情を浮かべる。
 久しぶりの氷の感触だったけれど、ウリルの手を確りと握れば不安はない。
 そうやって進む内に、滑りも段々と滑らかになってくる。
「ルル、上手に滑れてる?」
「うん。上手いよ」
 ウリルが褒めれば、リュシエンヌはちょびっとスピードを上げてみたり。
 それを見て、ウリルは悪戯心ににやりと笑んだ。
「じゃあ、これは?」
 繋いでいた手を引き、くるりとその場でターン。
 綺麗にくるん。くるんくるん!
 煌めく光も一緒にくるくる回って、美しい。
「あはは、綺麗に決まったな!」
「う……うりるさん、止まらないー……!」
 半分目を回すリュシエンヌは、それでもウリルの笑い声に自分も楽しげな声を上げた。
 輝く夜の時間は過ぎていく。
 見上げればはらりはらりと粉雪も降って──聖夜を楽しむ人々を祝福するように、景色を一層美しく彩っていた。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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