白月の狩人

作者:麻人

 青く晴れ渡る初冬の乾いた空気を切り裂く、人間の悲鳴。逃げた登山客の女性を引き倒したエインヘリアルの男は心地よくそれを聞きながら素手で首を折り、死体を林の中へと転がした。
「もっと、もっと……!!」
 獲物はどこだ?
 獰猛な瞳がぎらぎらと濡れるように輝いている。空に浮かぶ白い残月を仰ぎ、彼は獣のように吼えた。
 これは狩りだ。
 人々を、まるで兎のように追い詰めていく狩りの宴。

「群馬県の山中にエインヘリアルが現れ、登山客を襲うという情報が得られたの。ヘリオライダーに協力してもらって詳しい話が分かったから、お願い、力を貸してくれる?」
 シャルロット・フレミス(蒼眼の竜姫・e05104)は集まったケルベロス達を見渡して、事件のあらましを語り始めた。
 エインヘリアル――特に今回の相手は、過去にアスガルドで重罪を犯したらしい凶悪犯罪者だ。
 名前ではなく、管理番号で呼ばれている男。
 ナンバー1021。
「逃せば多数の犠牲者が出る。それだけじゃなくて、地球で活動するエインヘリアルの定命化にも影響を及ぼすかもしれない。放ってなんかおけないわ」

 深い山中に解き放たれたエインヘリアルはまるで獣のように駆け、手あたり次第に遭遇した登山客をその手にかけようとしている。
「最近急に冷え込んで、登山客の数が少ないのが幸いね。エインヘリアルが登山客を見つけて襲いかかる前に何とか接触できればいいんだけど……」
 ナンバー1021の武器は両刃のルーンアックス。
 無論、それを使うまでも無く一般人であれば素手で一捻り、だ。彼を倒すにはケルベロスの力がなくてはならない。

「とにかく、現場に急ぎましょう。奴はまるで兎狩りのように人々を襲うのよ。それを逆手に取ればうまくおびき寄せられるかもしれないわ」
 シャルロットはそう言って現場の地図を広げた。中央よりの東部に大きく裾野を広げた山がある。
 赤城山、と名前が振ってあった。


参加者
ルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)
春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)
燈家・彼方(星詠む剣・e23736)
清水・湖満(氷雨・e25983)
カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)
八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)
終夜・帷(忍天狗・e46162)
 

■リプレイ

●白月に吼える
「いやあ、有名なアイドルさんとご一緒できるなんて有難いねえ」
 寒波の到来にも関わらず、元気に登山を楽しむ初老の男性はそう言ってにこにこと微笑んだ。春花・春撫(プチ歴女系アイドル・e09155)は大人びた可愛い笑顔で嬉しそうに語りかける。
「この山にはよく来られるんですか? えへへ……っっ、実は、次のロケの下見で来てるのですよ。なので、色々なお話を聞けたらなあって」
「ほうほう。いい山だからね、ロケには最適だろうねえ」
 うんうんと、男性は楽しそうに頷いた。
「他の皆さんも芸能人なのかい?」
 などと尋ねられて、真面目な燈家・彼方(星詠む剣・e23736)は少し慌てた様子を見せた。
「いいえ、僕は違います。春撫さんとは義理の姉弟で……」
 登山用の装備を揃えた彼方は、男性には気づかれないように辺りを警戒している。他の者も皆、登山客に見えるように出で立ちを工夫していた。
「そちらはどうですか?」
 反対側を任せていたルティアーナ・アキツモリ(秋津守之神薙・e05342)に彼方が尋ねると、ルティアーナは顎を引くようにして頷いた。
「いまのところは、まだ気配もないのう。近くにはいると思うのだがな。……ところで、おぬし。その格好はさすがに場違いではないのかえ?」
 ルティアーナが肩を竦めるもの無理はない。
 清水・湖満(氷雨・e25983)は時代劇の峠越えよろしく、なんと着物姿でこの登山に臨んでいるのだった。
「心配しなくても平気よ。これでも私、体力はある方なんやから」
 息を乱しながらも、湖満は軽く胸を張る。
「いや、疲労困憊しておるではないか。まあ、好き好きかもしれんがの」
 ルティアーナはもう一人、カヘル・イルヴァータル(老ガンランナー・e34339)の方を見た。
「ふぅ……いかん、いきなり山道を駆け上がったせいで腰にきとるわ」
 張り切って行動食にお茶、おにぎりを詰め込んだ登山ザックを背負ったカヘルは後ろに回したこぶしで腰を労わった。
「相棒は飛べるぶん気楽でええのう」
 カヘルのボクスドラゴンは褒められたと思ったのか、得意げにホバリングする。
「…………」
「…………」
 賑やかな彼らの後ろを、八久弦・紫々彦(雪映しの雅客・e40443)と終夜・帷(忍天狗・e46162)が無言で歩いていた。
(「敵に居場所を知らせるという意味では、騒がしいくらいのほうがふさわしいか」)
 紫々彦は考え、そのまま仲間についていく。
 ふと、帷が表情を動かさないまま空を見上げた。
「どうした?」
「動物たちが静かだ」
 紫々彦に帷が答えた時、――ガサリ、と前方の茂みが動いた。

●ナンバー1021
「キシャアッ!!」
 異様な、獣めいた咆哮を上げて斧を手にした大柄な男が飛び出してくる。その風貌から、件のエインヘリアルであることは容易に知れた。
「名前すらも呼んでもらえぬとはの。その狂乱ゆえに当然と見るか、哀れと見るか」
 ルティアーナは喰霊刀・秋津守御護刀―影打―の柄に手を添えながら前へと跳躍、既に指先で印を結び、氷縛の竜巻を飛ばしていた帷と並んで攻撃手の双璧を為す。
 同時に、カヘルの早撃ちしたリボルバー銃が乾いた音と硝煙を上げた。
「な――」
 驚いた登山客が声を上げかけた時だ。
「き、やぁあああああ―――!!」
 鼓膜が破れそうなほどの大音量で、湖満が悲鳴を上げた。
「!?」
 びくり、とエインヘリアルの動きが固まる。
 ふらりとその前に進み出た湖満は、ほとんど抱き着くような至近距離で再び叫んだ。
「助けてー!!」
 目の前で背を向けて逃げる湖満の姿は、獣じみたエインヘリアルの狩猟本能を刺激する。追われれば追いたくなる。
「ま、待てッ!」
 くすりと、肩越しに湖満が唇の端を上げた。
 すぐさま、帷が樹上に姿を消して木々を次々と飛び移りながら二人の後を追いかける。
「こりゃまた、たまげた悲鳴じゃったな」
 変装に使っていた帽子を脱ぎながら、カヘルは登山客の男性に向き直った。
「すまんが、山登りはここまでじゃ。あとはケルベロスであるわしらに任せて、ゆっくり下山するといい」
「あ、ああ」
 動揺している男性を落ち着かせるように、春撫が言葉を紡いだ。
「大丈夫、わたしが誘導しますから。こっちですよ」
 彼を連れて現場を離れる時、彼方に向けて片目を閉じてみせる。彼方はしっかりと頷き、エインヘリアルを追って駆け出した。
 きつい山道を駆け下り、いくつかの藪を越えた先にやや開けた場所がある。
 そこまで逃げ込んだ湖満がくるりと振り返った途端、シャッ、と空間が裂けた。エインヘリアルは急停止して、後方へと跳躍する。
「始めましょうか? 言うとくけど、私は手加減しないよ」
 湖満は向かってくるエインヘリアルをすり足で躱し、そのまま鋭い蹴りを放つ。肩口を切り裂かれたエインヘリアルはようやく、これは『兎』ではないと理解したらしい。
 慌てて後退しかけるが、退路を断つように帷が突き出した忍刀が深々とその背に突き刺さる。エインヘリアルは血を吐きつつ、斧を振り回した。
 そこへ身を割り込ませたのが、双刀を手にした彼方である。
「狩人……というより、猛獣のようですね。一般人に犠牲者を出さない為にも、あなたはここで討ちます!」
 斧を交差した斬霊刀で受け止め、宣言する。
「!」
 エインヘリアルは噛み合う武器を起点として高く跳躍すると、低く獰猛な唸りをあげながらケルベロスたちへと躍りかかった。

●限月の乱闘
「させんわい」
 追いついたケルベロスたちが包囲する中、獣のように飛びかかるエインヘリアルの足元で爆発が起こった。
 サイコフォースによる爆破を仕掛けたカヘルは続けて、速射で斧を振るう手を狙い、銃弾を撃ち込む。
「ぐがあッ!!」
 標的の部位を狙い済ました銃撃は見事にエインヘリアルの武器を封じ込めることに成功する。空の薬莢が宙を舞い、再装填したカヘルが手早く撃鉄を起こしながら告げた。
「今じゃ!」
 敵に体勢を立て直す時間を与えることなく、その足元に白い雪が――吹雪が纏わり始めた。紫々彦の雪浪起による足止めだ。
 エインヘリアルの動きが鈍ったところへ、帷が素早い動きでサイコフォースを発動。煙幕のような爆発が辺りを飲み込んだ。
 帷の、表情の読めない目元が僅かに細まる。
 鼓膜をつんざくようなエインヘリアルの咆哮が山中に響き渡った。手負いの獣という言葉が帷の脳裏をよぎった。
「はっ!」
 ルティアーナは、瞬時に刀を振るって斬撃を迸らせた。
 それは、昏き呪詛を込めた一撃。
 躱そうと身を翻すエインヘリアルをどこまでも追い詰める。
「逃がさぬわ」
 回避しようとした先を読んでいたかのように、ルティアーナは呟いた。そこには虚無なる球体がぽっかりと黒い穴を開けている。
「ぐ――……!!」
 四肢を大地に突っ張って抵抗するエインヘリアルを、虚無なる球体が包み込み、生気を大いに奪い取った。
 ふらり、とよろけた懐へ潜り込んだ彼方が刀を一閃。
 ――破・残風止水。
 余計なものを全く巻き込まず、生み出さず、真空で斬ったかのようにぱっかりとエインヘリアルの腕が割れた。
「ぐああああああッ!! 腕が! ああッ!!」
 狂ったように叫びながら、エインヘリアルはルーンをやたらめったらにばら撒いて傷を癒そうとする。
「なら、こちらも回復させてもらいますよ」
 敵の攻撃が収まったところで、無事に男性を避難させた春撫がキープアウトテープを張り終えた戦場に合流した。
「私の歌、たっぷり聞かせてあげますよ」
 春撫の歌声が冬の乾いた空気に心地よく響く。
 それは仲間を鼓舞する歌だ。
 前向きに、まるで何でもできるような気にしてくれる勇気の旋律。
「ええね、気分があがるわ」
 呟きと同時に、湖満がすっと前に出た。
「!!」
「遅いよ」
 エインヘリアルが気づいた時にはもう、湖満の肘まで凍り付いた氷砕鎚が右肩から胸元にかけて深々と食い込んでいる。傷口までもが凍りつくほどの、無慈悲なる諸刃の譜。
「こんな人のおらん季節に来たのが間違いやったね。さよなら」
 エインヘリアルの氷に侵食された体が不自然に痙攣した。麻痺が効いてきたのだ。湖満は、紅を引いた唇を引き締めると炎獄の蹴りを放った。
「あと少しよ」
 応えるように、カヘルの蹴りが脇腹を払う。
 瞬く星々の輝きの中で、握りしめた拳が凍気を纏った。瀕死のエインヘリアルのルーンが炸裂する閃光からカヘルを守ったのは、彼のボクスドラゴンだ。
「食らえい!」
 正中へと突き込んだ拳がエインヘリアルを穿ち、血を吐かせた。
 すかさず、気配を消して背後に回り込んでいた帷が忍刀で喉を貫き、紫々彦の刃の如き襲撃が腱を断つ。
「決めましょう」
 彼方の二刀がこれまでにない霊圧を放つ。
「頑張ってくださいっ!」
 春撫が軽やかにジャンプして、周囲に癒やしを振りまいた。
 戦場が稲光り、空間から三鈷剣を引き抜いたルティアーナは、もはや虫の息のエインヘリアルを見据え、言い放つ。
「もはや言の葉の意味すら分からぬか。せめてもの慈悲よ、長く苦しむことはさせるまい。疾く常世へ赴け!」
 最大霊圧を乗せた彼方とルティアーナの剣閃が戦場ごと飲み込むように、エインヘリアルをその魂ごと斬り伏せた。
 空には白い月。
 地面に三本の剣筋だけを残して、エインヘリアルは影も形もなく消滅していた。

●絶景哉
「あー、たまには山登りも良いわえ。帰りはヘリオンで迎えに来てくれぬかのう?」
 山頂から見事な景色を眺め渡しつつ、ルティアーナは気持ちよさそうに伸びをした。この晴れ渡る空を飛んでヘリオンが来てくれたら、さぞかし楽ができるだろうに。
「それにしても、ええ景色やね」
 一息をつく湖満にお茶を渡して、カヘルも満足そうに頷いた。
「おぬしも一杯どうじゃ?」
「どうも」
 短く礼を言って、帷はふうっとお茶に息を吹きかける。
 既に紅葉が終わり、やや寂しさを増した冬の山はもう少し立てば雪化粧するのだろう。吹き抜ける風はしんと冷え渡る。
 深い冬は、もうそこまで迫っていた。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月27日
難度:普通
参加:7人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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