初夏の幻影

作者:東公彦

 意識を研ぎ澄ます。さわりさわりと囃したてる木々の音が徐々に鮮明に、それでいてゆっくりと遠のいていく。やがて何かの息遣いが耳に届きだすと村崎・優(未熟な妖刀使い・e61387)は更に深く気配を手繰ろうと大きくゆっくりと息を吐いた。……途端、全てが戻る。息遣いはもう聞こえず、空気との一体感もない。未熟な自分を笑うように、さわさわと木々が風に揺れた。
 ケルベロスとしての修行は何も肉体的、技術的なものだけではない。むしろ戦いの最中、精神が肉体や技術を凌駕することは多々ある。少なくとも優はそう感じとっていた。
 意識的に呼吸をしたのがまずかったのかな。心中でひとりごち、喰霊刀に手をかけたその時。ざくり、背後で音がした。振り返りながら刃を引き抜こうとするが、見知ったその顔その姿に優は手を止めた。
「……アマリリス」
「こんにちわ、優」
 白いワンピースに身を包んだアマリリスはその名前さながらに見えた。優が彼女と出会ったのはある夏の日、家族も友人もなく『ケルベロス』という特異な存在になったばかりの時のこと。右も左もわからなく浜辺に立ち尽くしていた優に彼女は言った。ひとりは寂しいね、と。
 どうしてここに、と言いかけて優は押し黙った。彼女と初めて出会った日以来、アマリリスはどこからかいつの間にか現れた。夏の砂浜では花茎のような細い素足を水に晒して、祭りでは境内の影にひっそりと咲き佇み、街で会った時にも風に花びらのような赤い髪を揺らしていた。
 そして今日も僕の側に彼女はいる。誇らしいような気恥ずかしいような、優は曖昧に笑った。
「今日も突然だね。海水浴にお祭りに……今日はハイキングかな?」
「ううん」
 アマリリスが首を振るう。
「今日は……お別れを」
 咄嗟に言葉が出ず、優はしばし言葉を探し、絞り出すように言った。
「……寂しくなるね」
 男の吐く言葉ではないかもしれなかったが、優のなかでないまぜになった感情は一口に説明できるものではない。心の許せる人がどこかへ行ってしまう、今生の別れではないにしろ、どこか親近感を感じる彼女の不在というのは心細いものがあった。
「リンゴ飴、本当に美味しかった」
 アマリリスが僅かに口角をあげた。その言葉で優は思い出す。祭りの会場でアマリリスと会った時、林檎飴を渡したことを。ぽっぺんのような飴を不思議そうに見ていた彼女は、赤く色づいたそれを一口食べて、今のように顔をほんの僅かにほころばせていたことも。
「あれは、アマリリスの色だから」
「私の色……赤い、色」
 優が返すとアマリリスは途端に顔を曇らせ、ぎゅっと自らの腕を抱き寄せた。苦虫を噛み潰したよう顔を伏せたまま、アマリリスはぽつりとつぶやいた。
「さよなら」
 致命傷を避けられたのは平素の訓練の為である。でなければ腕の一本程度は覚悟しなければならなかったろう。腕を伝い、血が指から滴った。
「どうして――」
 互いの刃が激突し、優の言葉はむなしく消えた。


「ひとり修行中の優をエインヘリアルが襲撃するようだ。少なからず、優と関係がある相手のようだな……」
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)の表情は窺えないが、声には常の覇気がない。ザイフリートのなかには一つの懸念があった。
「優は人目につかない場所で個人的な訓練をしていたようだ。熱心なのは良いが、こうして襲われてみると駆けつける側としては手間かもしれんな。両者が戦闘の経過で移動をしていれば、到着次第、探す必要が出てくるだろう。とはいえケルベロスの戦いだ、音や振動、それ以外にも目に見える副次的な現象があるはずだ。ヘリオンから優の姿が確認できるようなら、その地点にすぐさま降下してもらう。急ぎ戦闘に加わってくれ」
 その懸念はザイフリートの中で徐々に不安の芽を芽吹かせる。村崎優とアマリリスのいきさつを推測するごと、芽はむくりと育つ。
「戦闘区域の山麓に人の姿はないので避難の必要はない。整備された登山道ですら段差があり動き難い、剥きだしの岩肌など言わずもがなだ。鬱蒼とした山林とは勝手が違い、樹木は少なく草花は膝丈くらいがせいぜいのものだ。体の大きな者、細やかな動きが苦手な者は足元に注意しつつ戦ってくれ。アマリリスは短剣二刀での機敏な攻撃を得意とするようだ、こういった戦場は得手だろうな」
 問題は情である、しかし情がなければケルベロス足りえるのだろうか。
「優は、彼女を殺すことが出来ると思うか? 人間を知るようになったからか、俺は自信を持てん。そういった点も含め、お前らには優の力になってもらいたい」
 願わくば俺の胸中の暗雲を晴らしてくれ。ザイフリートは思い、遠く山の稜線へ目をやった。


参加者
シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
レミリア・インタルジア(咲き誇る一輪の蒼薔薇・e22518)
レイニー・インシグニア(舌切り雀・e24282)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)
エリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)
村崎・優(未熟な妖刀使い・e61387)
ライスリ・ワイバーン(外温動物料理人・e61408)

■リプレイ

 黒白対なる刃が煌めく。剣閃鋭く、迷いは微塵も感じられない。だが迎え撃つ二振りの短剣が矛先に触れると魔法のように切っ先が逸れた。短剣はそのまま刀の棟を滑って肉を裂く。赤い髪が視界を塞いだかと思うとアマリリスは既に下方へ後退している。異色の喰霊刀『暗牙』と『織心』を擦り合わせ、村崎・優(未熟な妖刀使い・e61387)はすぐさま飛び掛かった。
 彼女はデウスエクスだった。優は奥歯を噛みしめた。耳障りな爆発音でさえ思考の妨げにはならない。足元へ刃を突きだし、続けざま頸部を狙って横薙ぎに払う。首を刎ねんと襲いかかった刃は、しかし物足りなげに髪だけを断ち切った。
 アマリリスが舞うように回転し短剣を突き出す。柔い腕の関節を狙った一撃を身を引いてかわし、同じく回転しつつ足払いをかけると、敵はそれを足場にして跳ねた。空中で互いの刃が交錯する。
 ここで僕の復讐をやめることは出来ない。彼女がエインヘリアルなら……殺す。それだけだ。
 手傷も顧みず、優はグラビティの力を球体にし投擲した。気咬弾は敵へ向かう途中で幾つかに分かれ、個体それぞれが目標を追尾する。初手と次手を短剣で弾くと、アマリリスは跳躍し岩場を蹴って逃げる。だが気咬弾は光の尾を引きながら、飛びすがるアマリリスの体を強烈に打った。この機会を逃す優ではない。岩場から滑落し、起き上がったばかりのアマリリスに肉迫する。そして暗牙は振るわれた。
 アマリリスの白い、すこし痩せた肩口から胸元、乳房から臓物までをえぐり、暗牙は恥骨に達してようやく止まる。血が噴水のように噴き出し優の体を汚して辺り一面を紅に染める。深く裂けた傷口から臓器がこぼれ落ち、赤い瞳は色を失ってアマリリスは命の鼓動を止める。憎きエインヘリアルを殺した、復讐に一歩ちかづいた。そのはずだった。
 暗牙の切っ先はいつまでも天を向いていた。アマリリスの肌には血の滴すら出来ていない。そうだ、優は自分の奥なる声を聞いた。
 本当のところ彼女にはどうにも手を出せない。彼女とだけは戦えない。たった一人、心が通じ合える彼女が消えてしまう。そう考えるだけで、体の震えが止まらなくなる。
「なぜキミは、どうして僕の前に現れた。なぜ……せめて刃さえ交えなければ僕はまだ自分を騙せたのに」
 応えることなく短剣が突き出された。


 ヘリオンから降下する勢いのままライスリ・ワイバーン(外温動物料理人・e61408)は翼を風に揺らす。ただ風に乗るだけでなく尾の先端部から爆風を起こし、加速度をつけ空を飛翔した。
 地上で戦っている優を探すのがライスリにとって何よりも優先される事項である。翼を傾いで旋回、高度から地表を見渡す。と、地表の一地点で躍動する二つの影があった。高度を下げるごと豆粒のような点だった二つの影は輪郭を確かなものとしてゆく。間違いない、優とアマリリスだ。
「目標を発見した」
 誰ともなしに独りごちて、仲間への狼煙がわりにライスリは地表を爆撃した。それは極々加減した爆撃で、口径の小さい迫撃砲程度の威力である。ケルベロスやデウスエクスにとっては問題にならない攻撃だ。しかし爆撃するたびの轟音と砂埃は目標地点のランドマークとなる。戦闘地点に目印をつけたライスリはいま一度上昇し、一気に転回。頭から地表へと急降下をはじめた。


 その狼煙に真っ先に気づいたのは低空から付近を見渡していたレイニー・インシグニア(舌切り雀・e24282)である。地面から沸き立つように次々とあがる砂煙を見やって苦笑する。ライスリのやつ、派手にやってんなァ。レイニーが地上に降りると辺り一面を探っていたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)が進路へ指さし確認を行なっていた。
「では、一足先に行ってきます。エリザベスさん、共に!」
 足を揃え敬礼をひとつし走り出すと、木箱のようなミミック『相箱のザラキ』が後をついてゆく。
「わっ、ちょっと待ってよ!」
 エリザベス・ナイツ(スーパーラッキーガール・e45135)が姿勢を低くして続く。振り返ってレイニーはレミリア・インタルジア(咲き誇る一輪の蒼薔薇・e22518)を見やった。
「レミリアも行ってくれ。優を守れる奴は多い方がいいからな」
 頷き、槍を水平に構えレミリアは走り去る。彼らの歩みを確かなものとするためレイニーはオウガメタルを剥離させ辺り一面に粒子を散布した。合わせて皇・晴(猩々緋の華・e36083)も自らのオウガメタルを粒子化する。五感に働きかけ感覚を鋭敏化するこの粒子があれば周囲の把握、戦闘行為の補助等、利点は多い。
「私たちも急ぎましょう」
 シア・ベクルクス(花虎の尾・e10131)がふんわりと微笑み、濃霧のような粒子のなか萌黄色のブーツで踏み出した。


 突きこまれた双剣は存分に腹中を掻きまわし、ようやく動きを止めた。双剣から呪詛が放たれるとイッパイアッテナの体を雷撃に似た黒い閃光がはしる。
「――――っ!!」
 イッパイアッテナは息を殺し呪詛に耐える。アマリリスは更に呪詛を流し込もうと力を籠める。が、その頭上に巨大な影が落ちた。
「退け!」
 錐揉み降下しながらライスリが叫んだ。あわや地表に激突する寸前で翼竜の口から膨大な炎が放たれる。地表で行き詰った火炎は行き場を探し三次元的に広がり大火となる。味方をも巻き込むような広範囲の攻撃だが、優のことはザラキが、イッパイアッテナはレミリアが連れ立って跳び下がり、事なきを得た。
 炎に巻かれながらも大きく跳躍したアマリリスはしっかと着地した。足元を見やってハッとする。この辺りでは咲くことのない花が見えるからだ。
 幻覚だ。舌を噛んで、その痛みに目を覚ます。光剣はすぐそこまで迫っていた。
「やぁっ!」
 裂帛の声と共にエリザベスが光剣を振るう。どうにか短剣を緩衝材にしたものの、アマリリスの体は軽々と吹き飛び、灌木の幹に当たるとどっと地に伏せた。
「まだ間に合います」
 晴が傷口を塞ごうとグラビティを流し込む。サーヴァント『彼岸』も力を貸したが、呪詛が侵したイッパイアッテナの傷は容易に快復出来るようなものではなかった。黒い瘴気が癒しの力を阻害し立ち昇る。
 僕のせいだ、僕の情のせいで彼が危険な目にあった。自戒の念に力なく、優は漫然と歩みだす。と、その肩に手がかかり強引に引き戻された。
「待てよ、お前にだって傷があるじゃねェか」
 レイニーの声には有無を言わさぬ含みがあり、優は素直に従った。得意とは言えねェけどな、呟きながら優の傷を癒すレイニー。そのままの軽い口調でぽつりとつぶやく。
「お前、殺すのか。それとも救うのか。どっちかに決めとけ。中途半端な気持ちで戦われたらこっちが迷惑だぜ」
 言葉が優の胸に突き刺さった。それは真実という鋭利な刃物である。ために優は何も言い返せなかった。
「邪魔だからそこにいろ。心が決まるまでな」
 レイニーが帽子を深くかぶり突き飛ばすように言い捨てた。優は愕然とそこに座りこむ。レミリアは痛々しいその姿を見ていたが、やがてレイニーを追って前線へ走った。この人は大切な味方の為なら、いくらでも損な役回りをするのだろう。
 共に戦えることを光栄に思います。熱い想いを胸に押し込み、レミリアはその捌け口を槍へと求めた。眼前ではエリザベスがアマリリスと斬り結んでいた。


 光剣は威力も速さも申し分ないが逆に言えば長所もなかった。とりわけアマリリスの双剣に対しては速度に負け、更には地形までもがその味方をしている。足場を気にしながら剣を振るうエリザベスにとって彼我の差は大きかった。打ちつけたつもりで流された剣先が岩場を傷つける。咄嗟に剣を引き身構えると寸分たがわず打ちこまれる。上体を捻り双剣をかわすと、エリザベスは打ち込もうとして逡巡し、再び防戦に回った。
 短剣は素早く独特の呼吸で軌道が読めない。半ば直感的に、半ば経験則に頼りながらエリザベスはどうにか襲い来る双剣を防ぎ続ける。
「エリザベスさん!」
 防戦に徹する彼女を助けたのは遠距離に陣取ったシアであった。ドラゴニックハンマー『空花乱墜』を砲撃形態へと変え、器用に山なりの曲射を行なう。轟竜砲の狙いが徐々に正確になり、直撃を避けるべくアマリリスは一度距離をとる。が、そこへ再び翼竜が強襲をかけた。
 急降下のすれ違い様に放たれた強烈な蹴りにアマリリスの体が弾かれ、たたらを踏む。更にレイニーの起こした爆発を背に受け、加速度を増したレミリアは未だ体勢の整わないアマリリスのみぞおきを槍の石突で突いた。
「う――っ!」
 体液を吐き、えづくアマリリス。シアは轟竜砲から長身のバスターライフルへ銃器を持ち替え、今度は直線的にアマリリスを狙った。動きを予測し飛来してくる幾多もの光線。撃ち抜かれるたび苦痛に顔を歪めるアマリリスへ、エリザベスが叩きつけるように轟竜砲を密着させた。ゼロ距離では防ぐ術がない。アマリリスは覚悟し唇をかみしめた。
 山が崩れたような轟音。硝煙に包まれアマリリスはボロ人形のように宙を舞い転落した。


「間に合わなかったのでしょうか……」
 陣を払って前線に合流したシアが声にした。いまだ優の姿は見えない。
「このまま……私達が止めを刺すことになるんでしょうか?」
「それはっ――わかりません」
 レミリアが暗い顔で答える。先頭に立つレイニーは無言のまま歩みを進める。
「どうだろうな、オレは来ると思うが……」
 地上に降りたライスリがひとり言のように口にするとエリザベスもうんうんと首肯した。
「絶対、来るはずよ。だって村崎くんにとって大事な人のはずだもん」
 アマリリスの落下地点に5人が足を進める。と、ザラキが慌てて飛んできた。蓋を忙しなく開け閉めし、何かを伝えようと必死である。不意に背筋に冷たいものがはしり、ケルベロス達は身構えた。視界の端、白いワンピースは岩陰に落ちていたが中身はない。……敵はどこだ?
 その時、風が吹いた。木々を揺らし葉をおとし、同時にケルベロス達の間にアマリリスが現れた。白磁のような素肌、その所々に傷を作っていたが未だ牙は捨てていない。双剣に魔力が宿り、アマリリスが回転すると魔刃が飛び交った。


 僕はどうすればいいのだろう。どうするべきだったのだろう。治療を続ける晴、眠るように目を閉じるイッパイアッテナをぼんやりと眺めながら、優は考えていた。
 アマリリスを殺せる、そんなのは強がりの言葉だ。思うだけで生半に出来ることじゃない。じゃぁ救う? どうやって。ケルベロスは、僕はエインヘリアルへの復讐で生きてきたのに……。それを果たさなければ自分が自分でなくなってしまう。もしかしたら、彼女はもう今頃――。
「――っ!」
 腕を掴まれ、優は飛び上がりそうになった。晴がは真っすぐに、淀みのない瞳を優に向けている。
「起きたぞ」
「どうも、ご心配をおかけしました」
 平素のように明るい顔で、イッパイアッテナは笑いかけた。どっと押し寄せていた諸々のものが肩から降りて、優は自然と安堵の息をついた。
「ごめんなさい、僕のせいで……」
「駄目です、優さん。それ以上口にしてはいけません。私はこの通り無事ですから、責任感など負わなくて結構。あなたの言葉を伝えるべき人は別にいるはずです」
 言い終えると、彼はザラキに囁きかけた。皆さんが心配です、どうかあなたはあちらを。ザラキが去ると、改めてイッパイアッテナは優の顔を見据えた。優はイッパイアッテナの曇りない鏡のような瞳の中に自分の姿を見る。肩をおとし青ざめた顔の少年の姿を。
「どんなに僅かな可能性でもあなたに決意があるなら、この先一瞬もそれを取り零さないでください」
「それがどんなに叶わないことでも?」
「ええ。でなければ伝わりません。不甲斐ないですが、私はここで待っていましょう。あなたが迷いの晴れた顔で帰って来るのを」
 そうだ、伝える。彼女に全てを伝えるんだ。優は刀を鞘に納め、立ち上がり、気配のする方へと駆けた。いつも傍にいたあの気配へと。岩場の起伏に足をとられながら優は走った。木々の枝葉が肌を切っても止まらず、時にまろび転がりながら進んでいく。
 不意にぱっと視界が拓けたかと思うと、そこは辺り一面の灌木、草木の類が不自然に片っ端から断ち切られていた。アマリリスはそこにいた。一糸纏わぬ、傷だらけの獣のような、壮絶なまでの姿で。
「遅ェぞ」
 傷だらけの体を横たえ、レイニーがつぶやいた。シアは傷口から流れ出る血を強く抑えて脂汗をうかべながら、それでいてふんわりと微笑んでみせた。
「失念してましたわ。彼女、暗殺者でしたものね。流石に虚を衝くのは得意のようですわね」
「みんな……」
 一瞬、謝罪の言葉が口からもれ出そうになったが、優は咄嗟にそれを飲みこむ。もっと言うべきことがある。
「行ってくるよ」
「優、腹は据わったのか。あの子をどうする?」
「……とにかくやってみるよ、ライスリ」
 呆然と立ち尽くすアマリリスが優に顔を向けた。そしていつものように笑う。
「待ってたの、優。決着をつけないと……」
「そうだね」
 惜しみなく肌を晒し立ち尽くすアマリリス、無手で近づく優。一歩ずつ間合いが狭まる。更に近づく、もはや一息で喉を掻ききれる距離だ。遂に刀一つ分の距離を切ったところで――アマリリスが突撃した。
 短剣に呪詛を漲らせ優の懐へ飛び込む。そしてそのまま短剣を突きだすと、
「……どうして?」
 優は避けもせず正面からアマリリスの体を抱きとめた。呪詛が体内へ流れ込む。焼けつくような痛みが体中をはしり、優はくぐもったうめき声をあげた。
「……どうして避けなかったの?」
「アマリリス、一緒に暮らそう。だって僕たちってソックリだ、嫌っていうくらい似てる……。性別も、種族も、陣営も違うくせに」
「っ私はデウスエクス! あなたは人間じゃ―――」
「違う」
 言葉を遮り、優は腕に力をこめた。いま彼女を放すわけにはいかない。
「僕はケルベロスだ。君と同じグラビティでしか傷つくことのない……人間とは違う生き物だ。だから、君だって一緒に生きられる。この世界で」
「……無理よ」
「無理じゃない。君を傷つける者がいたら僕が守ってみせる。僕は君を殺したくないんだ」
「……変よ。人間より、デウスエクスを選ぶなんて……」
 一筋の涙がアマリリスの頬に落ちた。途端、彼女の瞳からも止めどなく涙が溢れだす。
「私だって……あなたがいない世界でなんて生きられない! けど、あの御方を裏切ることも、出来ないっ……」
 子供のように泣きじゃくる。優がそっと頭を撫でるとアマリリスは、困らせないで、と静かに言った。
「私には耐えられない。生きていくことは辛いことばかりだから。優、お願い……殺して。せめてあなたの手で」
 優は躊躇しかけたが赤い瞳に見つめられるとそう迷ってばかりもいられなかった。彼女は僕を殺したら死ぬだろう、不思議と確信できた。ならばあとはアマリリスのために、この体よ、保ってくれ。
「っあああああぁ!!」
 瞳からあがった炎が涙を蒸発させる。獣のような声をあげ、磨かれた鏡面のような織心を大上段に構えた。振り下ろした刃が斬ったのは何だったろう。夢か、仇か、己か、それとも儚く消えてゆく少女か。少なくとも、少年はもう立ち止まりはしないだろう。
 もっとあなたを見せて。どこへ行っても、忘れないように。
 手は憶えている、救えない感触を。瞳は見ている、消えゆく存在を。耳は聞いていた、もう聞こえることのない声を。
 刀身が映すのは血にまみれた自分だけだ。他には何も……残らない。


 優は後悔しただろうか、彼女と知り合ったことを。
 消え入りそうな姿を見て、そんな考えが頭をよぎった。とはいえ聞けるはずもない、ライスリがただ背中を眺めやっていると、レミリアがそっと優の背後に立った。
「あなたの行動はケルベロスとしては間違っていると思います。人間世界の守護者たる私達はデウスエクスを選んではいけない……」
 けれど。レミリアが肩にそっと手を置いた。
「人として、あなたが間違っているとは思えません。規則や規律よりも大切なものがありますから」
「ねえ村崎くん、これ……そこにあったの。消えずに、まだあったんだよ」
 エリザベスがうなだれる優の前に赤いチョーカーを差し出した。現世に残った、二人が共に生きていた証。優は小さく嗚咽を漏らした。涙は見せまいと拭っても、狂ったように流れてくる。
「優、ここを花でいっぱいにしようぜ。あの白い花で、赤い花で」
 ライスリが言うと、詩的じゃねェか、とレイニーが茶化す。そして涙を隠すように帽子を優にかぶせた。
「育つんじゃねェか。お前がいれば、きっと」
「お手伝いします。穴を掘るのは得意ですから」
 イッパイアッテナがあんまり真面目な顔で口にしたので、くすりとシアが噴き出した。
 シアには見えるようだった。寒気にも負けず、夏になれば日光をたくさん浴びて、満開の花をつけるアマリリスが。誰かを迎えるようにそこに咲いているのを。
 心が有ればエインヘリアルとも触れ合う事が出来るのね。奇跡のような一幕のせめてもの礼に、シアは幻の花を咲かせた。葉のない細身の茎、赤い六枚の花弁、そよぐ鈴のような雌しべ。冬に咲いた赤いアマリリス。夏の幻影を。

作者:東公彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 9/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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