ウィンターナイト・マーケット

作者:雨音瑛

●輝きの夜
 普段ならばただの公園であった場所に、光が灯った。
 木々を彩る光の玉はさまざまな色で点滅し、訪れた人を楽しませる。流れ始めた音楽は軽やかに、けれど確かに冬を感じさせる。漂う香りは甘く、どこかスパイシー。
 子どもが見上げた大きな樅の木、その頂上には眩く輝く金色の星。明滅する光は星から流れ出るようにも見えて、流れ星、なんて声も聞こえてくる。
 12月も中旬。開催されるは、クリスマスマーケット。
 年に一度のお楽しみに浮き立つ人々を、まずは轟音が襲った。続いて飛び出すは音速の拳、大鎌の刃、さらには剣から放たれた星辰のオーラ。
 そのどれもが、骨の兵――竜牙兵によるものだった。
「グァハハハ! ナケ、ワメケ!」
「ニゲテモ、無駄ダ!」
「グラビティ・チェインをヨコセ!」
 竜牙兵の振る舞いは躊躇なく、無差別だ。
 戦う手段を持たぬ人々は、竜牙兵の振るう武器により成す術なく倒れてゆく。
 やがて呼吸をする者のいなくなった公園は、一面が血の色で塗れていた。

●冬の一幕
 以上がヘリオライダーに予知してもらった内容だと、比良坂・冥(カタリ匣・e27529)が紫煙を吐き出した。
「時も場所も考えないの、ほんと勘弁してほしいよねぇ」
 苦笑しつつ冥が話すのは、現場に駆けつけた後の注意点だ。
「公園に到着したら、すぐに人々を避難させたいのは山々なんだけど……避難させちゃうと、竜牙兵は別のところに現れるんだって。重ね重ね迷惑な話だよねぇ、でもそうなっちゃうものは仕方ない。5分前には公園に到着できるみたいだから、出現まで待ってた方が良さそうだね」
「避難誘導は現地のスタッフが行ってくれるとのこと、私も助力いたしましょう」
 進み出たのは、柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)。
 続けて桟月が話したのは、スタッフには既に連絡もついているということ。それならば、ケルベロスは竜牙兵との戦闘に集中できるだろう。
「ヘリオライダーから聞いた話によると、現れる竜牙兵は3体。それぞれゾディアックソード、バトルオーラ、簒奪者の鎌を装備してる、とのこと。ポジションは全員がスナイパーなんだって。……そうそう、戦闘が始まれば、竜牙兵は撤退しないし、一般人を狙うことはないってさ」
 出現地点は、公園の中心にあるクリスマスツリーの付近。ツリーには直撃しないというから、不幸中の幸いだろうか。
「公園の地形としては、およそ円形。真ん中にクリスマスツリーがあって、その周囲に出店がある、って感じだよ」
 つまり、戦闘において支障の出る地形というわけではない。加えて、立ち回りに気をつければ出店への被害も抑えられる。
「それと。竜牙兵を倒した後は、クリスマスマーケットを楽しむ時間があるみたい。グリューワインとドイツソーセージで食べ歩き、なんてのも楽しそうだし、お土産にクリスマスオーナメントやガラス細工、なんてのもいいかもしれないねぇ」
 楽しげに話す冥が見上げた空は、今にも雪が降り出しそうな空のいろ。スムーズに事が運べば、雪がと共にクリスマスマーケットを楽しめることだろう。


参加者
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
比良坂・冥(カタリ匣・e27529)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
八坂・夜道(無明往来・e28552)
ラカ・ファルハート(有閑・e28641)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
アイザック・オルティース(ルカン・e46078)

■リプレイ

●白
 アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)がかたわらのウイングキャット「チャロ」と共に警戒するのは、今宵現れる竜牙兵だ。
「素敵な催し物を邪魔するなんて、竜牙兵はクリスマスのよさもわからないのねぇ」
 淡い銀糸の髪に飾る様々な色のビオラ、夕闇色したグラデーションの翼。オラトリオの証であるそれらは、いっそクリスマスを彩るかのように鮮やかだ。
「ホントさぁ人が愉しんでる所に来るよね」
 けだるそうに、比良坂・冥(カタリ匣・e27529)も周囲を見回す。
「此処を染める赤は血じゃなくてサンタさんだけで十分」
 頷き、答えるのは性別だけでなく年齢、そして生死すら曖昧な印象を受ける八坂・夜道(無明往来・e28552)だ。
「ええ。きっちりやっつけてクリスマスマーケットを楽しまなくては」
 どこか浮世離れしたドラゴニアンの少年、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)の言葉に、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)がふむ、と思案した。そのまま煙草を消して携帯灰皿へと押しつけた。
「竜牙兵の顔も見飽きたもんだが一仕事、だ。……早く迎えに行ってやりてぇしな」
 ごく小さく付け足せば、冬の風に漆黒の髪が揺れる。
 一般人に紛れて待機するラカ・ファルハート(有閑・e28641)が、ぴくりと動いた。ラカいわく「腐れ縁」のボクスドラゴン「どらさん」も、ラカを真似るように上空を見遣る。
 そこから牙が地面に刺さるまで、ほぼ数秒。牙が竜牙兵に変じたのを見て、ラカは翠の眼で柔く笑んだ。冷え気味の体は、今日はより冷えているように感じられる。
「おいで、竜牙兵共。遊び相手は此方だ」
 遠慮無く告げるラカの横を、カルナが攻撃を仕掛けるべく駆け抜けてゆく。
「可愛い女の子達を寒空の中、待たせてんのよ……! 脳みそもカルシウムも足りない骨共、バッキバキにしてやるわ!」
 そう吼えるのは、普段は子供専門フォトスタジオにスタイリスト兼カメラマンとして勤めるアイザック・オルティース(ルカン・e46078)だ。ライドキャリバー「撫子」もエンジンを吹かし、やる気充分である。
 イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)も、ケルベロスでありながらアーティスト[Raison d'etre]として活躍中の現役歌手という顔を持っている。
「おや、雪だ……」
 葡萄酒の瞳を瞬かせて見上げれば、白い髪に咲く白薔薇がその動きに追従する。気付けば、漆黒の片翼にも雪が乗っている。
「こんなに綺麗な白を血で汚そうとするなんて、なんて無粋で野暮」
 希望に心浮かせている一般人を怖がらせてしまうのは心苦しいが、せめて速やかに撃破するのがケルベロスとしての務め。
 イブが避難する人々を見遣ると、柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)と、イブの恋人である菊池・アイビスが避難誘導を手伝っているのが見えた。

●煌
 剣を手にした竜牙兵。それが、最優先で撃破を定めた相手だ。
 各個撃破の作戦のもと、カルナは大気の時限圧縮を始めた。
「舞え、霧氷の剣よ」
 瞬く間に現れたのは、八本の凍てつく剣だ。
 回避に動く竜牙兵の動きは、出現した剣とは比べるべくもない。いっそ攻撃を受けやすい位置に移動したとしか見えないほど。剣が獲物を狩る獣、その牙を想起させる動きで竜牙兵へと食らいついた。
 カルナは、翡翠の瞳にどこか楽しそうな色を浮かべる。
 実のところ、カルナには記憶がない。それを忘れられるのは、戦っている時だけだ。また、戦うのは割と好むところでもある。
「確実に撃破していきましょう」
「……ま、急いで大怪我でもしたらこの後が楽しめないからな」
 とはいえ、手早く蹴散らしてしまいたい、というのがアベルの本音だ。だから、竜牙兵を見遣り、笑みを漏らす。
「残念ながら本番はお前さん等の相手じゃ無いんでね」
 今は待たせる相手の姿こそ見えないが、待たせているというその事実だけで気は急いてしまうもの。そうして深呼吸より浅い呼吸ひとつ、召喚の言葉を口にする。
「行きな、お前さんの好きな様に」
 冬の気配に紛れて現れる透明な龍が通る。通った路に残すは煌めきの痕を、竜牙兵たちはただ疑問に思うだけ。アベルの笑みが深まると同時に降る斬撃の煌めきを、為す術もなく受けるとも知らずに。
「多勢に無勢……とイイタイトコロダガ!」
「退くワケニハイカヌ!」
「クラエ!」
 星辰のオーラ、オーラの弾丸、投擲された大鎌がケルベロスへと迫る中、
 カルナを弾丸から庇ったのは、サポートに駆けつけた玄梛・ユウマだ。折角の催し物を邪魔させるわけにはいかないという思いは、ユウマも同じだ。
「助かりました、ユウマさん」
「どういたしまして、どんな形でも力になれるなら何よりです……!」
 カルナの礼にぺこりと頭を下げたユウマは、再びケルベロスをサポートすべく動く。
 星辰のオーラを受けたイブは、傷口をちらりと見て不敵に笑った。
「それじゃ、お返しだぜ?」
 イブの手元から飛んだ大鎌は、竜牙兵ではなく巨大なクリスマスツリーへと向かう。
「ドコを狙ッ――ナニ!?」
 竜牙兵の背に、大鎌が突き刺さった。ツリーを迂回した大鎌は、最初から竜牙兵の背後を狙っていたのだ。
 つんのめる竜牙兵に、アミルが迫る。
「そのまま、眠って頂戴な」
 アミルが竜牙兵の眉間に突き刺すのは、刃。ただの刃、と油断する竜牙兵は三流か。何せ、呪詛を纏った刃は毒をも混入させられるのだから。
 耐えきれず、竜牙兵は崩壊した。
「1体撃破だよ!」
 チャロの風を受けながら、アミルは竜牙兵から離れた。直後、ラカによる炎の息が竜牙兵へと届く。
 ケルベロスと竜牙兵が立つのは、周囲に被害が出づらい場所。ラカの調査の成果といえるだろう。
 どらさんも誇らしげに箱に入り、オーラの竜牙兵へと体当たりをする。竜牙兵がその反動を堪える中、凍てつく弾丸が胸元を貫いた。
「ほらほらオジサンが遊んだげるー」
 ひらり余裕で手を振る、冥によるものだ。いつもと変わらぬ冥の様子に、夜道は穏やかに笑んで前衛へと破魔の力を与える。
 また、派手に戦列を飛び出した撫子がタイヤを唸らせ、竜牙兵たちの足元を轢いていく。
「その勢いよ、撫子!」
 そこに重なるのは、アリアデバイスを手にしたアイザックの歌い上げる「深空」。この後のお楽しみのために紡がれる歌声は真っ直ぐに、そして容赦の無いものだった。

●言
 アミルの手元からオーラが放たれ、弾丸の形を成す。
 竜牙兵が視認した頃には、もう遅い。頭部を吹き飛ばさんばかりの勢いで押し出され、竜牙兵2体が綺麗に並ぶ形となった。
「今がチャンスよ!」
「ああ、ありがとうな……さあ、手加減なんざ出来ると思うなよ?」
 アベルの手にする「Bereitschaft」の宿す星辰は、双子。竜牙兵2体並んで受けるオーラで、骨が氷に覆われてゆく。
 駄目押しとばかりにラカが振るう黒き鎖は流麗にしなやかに、前衛の加護をいっそう厚いものにしてゆく。
「お嬢、」
 呼ばれるが早いか、どらさんは素早く雪の属性をラカへと注入した。尻尾を振りつつ、澄まし顔のどらさんである。
 仲睦まじげな様子をちらり見遣り、冥は竜牙兵へと視線を戻した。口の端をいつもよりさらに吊り上げて紡ぐ言葉は――。
「そう、欺くなら自分から。嘘が本当で事実は虚構、言ってる俺すらわからない――だから貴方を騙せるの」
 本音とも嘘とも知れぬ揺さぶりと物理的な苦痛で、竜牙兵のオーラが欠ける。
「そうね、ラカくんの傷が少し深いかしら。……疾れ」
 炎を纏った撫子が突撃するのを見届け、アイザックは短い言葉と音を告げた。傷を癒し、さらなる活力を与える。
「それじゃ、私は前衛を回復するね」
 癒し手二人体制ならば、手分けをしての回復も心強い。夜道は呼吸を整えた。
「死に抗うならば」
 夜道が示した先で、再生の炎が灯る。生きる意思に呼応して、前衛の傷口を塞いでゆく。
「ありがとうございます、夜道さん。さぁ、ネレイドもひと仕事してきてくださいね」
 カルナの言葉に「仕方ないなぁ」という表情で、ファミリアの白フクロウが体を丸めた。
 魔力を籠めてぶん投げられたネレイドが、オーラの竜牙兵を打ち砕いた。
「残るハ我のみダト!」
 大鎌の竜牙兵が振るう大鎌の軌跡は、精彩を欠いている。仲間の代わりに受け止めたラカの肌を滑る刃も、大した傷を残せないでいた。
「その程度、紙で切るのと大差ないのぅ」
 余裕を見せるラカの横で、イブは心を決めた。
「――奏でるのは恋の歌にしようか、クリスマスだもの」
 冬を彩る恋人たちのために、竜牙兵にはそろそろご退場を。天啓の如く響く歌声、その曲は10thシングル収録曲「Lovesick Paranoia」だ。
「きみなしじゃ生きられない僕にして」
 【恋わずらい】がテーマのこの曲調はダンスポップ。病には薬、イブの身には――。言葉では表さない感情を表現した曲が終わり、ひとときの静けさがあたりを満たす。
 静寂の中降る雪に紛れ、最後の竜牙兵は溶けるように消えていった。
 倒れた者もなし、ケルベロスの完全勝利だ。
 最後の仕上げとばかりにヒールと片付けをするケルベロスたちを、明滅するイルミネーションが見守っていた。

●市
「お待たせしちゃってごめんなさい。バッチリ轢いて……じゃなくて、倒してきたから遊びましょう?」
 アイザックと撫子を迎えたのは、【狭藍】の女子たちだ。お疲れ様の言葉に、撫子が返事代わりのフルスロットルを返す。
 色んな店と賑やかな雰囲気に、マイヤ・マルヴァレフはどんどん上がってゆく。
「そういえば、教会にはツリーを飾るのかしら?」
「ツリーの準備はバッチリよ。ね、キアラ」
 答えるセレス・アキツキが、キアラ・カルツァを見る。
「皆の色なオーナメントもシッカリ準備してるよ。だから今日は飲み物やお菓子を食べて、当日の参考にしようかなって。鈴ちゃん食べたいのがあったら言ってね?」
「白くてサクサクするまーるいクッキー好きー。スノーボールだっけ? キアラおねーちゃん、作ってくれるの? マイヤおねーちゃ、いっしょに食べよーねー」
 花守・鈴が目をキラキラさせて二人をせわしなく見る。
「鈴ちゃんも、よかったらクリスマスに遊びに来てね、お菓子も準備しておくから」
 セレスの言葉に、行く! と即答する鈴。
「アイちゃと行く! セレスおねーちゃん、ツリーにおほしさまつけていい?」
「勿論つけていいわよ。……アイ、いいシャッターチャンスがありそうよ?」
「とても素敵なツリーになりそうね……! 記念写真を撮りたくなっちゃう!」
 セレスの笑みに、アイザックは頬に手を当てて目を輝かせる。
「思い出写真、いっぱい撮ってもらいたいな」
 今から楽しみにしていると、マイヤがアイザックに微笑みかけた。
「あっ、グリューワイン飲みません?」
 とは、キアラの言葉。気付けば、ドリンクスタンドが目の前にある。白い息を吐き出し、セレスが友人たちを見た。
「やっぱり夜は冷えるものね。マイヤは何がいい?」
「ホットココア飲みたいー甘いやつ」
「鈴もココアがいーな! アイちゃ、たくさんがんばったから鈴のココアのんでいーよ?」
「ありがとう! それじゃ、少し貰っちゃうわね」
 なんて楽しく話ながら飲み物を買ってシェアできるのも、女子の楽しみだ。
「えへへ、みんなでのむとあったかいね」
 ココアで手を温め、鈴が顔をほころばせた。
 キアラのコーンポタージュを一口もらったセレスの顔にも、笑みが広がる。
 よく知る物たちと楽しめば、心も、体もぽかぽかだ。

 ホットココアを片手に、カルナはワッフルやチョコチュロスを楽しんでいた。
「いくらでも食べられますね……」
 幸せそうに甘みを楽しみつつ、ネレイドにもワッフルをお裾分け。
「……ソーセージも食べたいのかな? じゃあ、それも買って……ん?」
 不意に見つけたのは、ジンジャークッキー。お土産に良さそうだ。そこから通路を挟んだ場所にあるオーナメントの店では、雪だるまのオーナメントも売っている。
 クリスマスは、物や街、人がいつもよりキラキラして見えるから。楽しい気持ちが、いっそう盛り上がる。
 フランクフルトを頬張るユウマも、楽しそうだ。人々が無事とあっては、なおのこと。
 温かなコーンスープをお供に、ターキーにドイツソーセージを楽しむのはアミル。チャロにも甘いもの渡しつつ、全力で楽しんでいる。
「ほかほかの食べ物って心もあったかくなるから最高よねぇ。さて、次は……」
 キラキラしたミニツリーや硝子細工の小物。
「ふふ、今年はどんなクリスマスになるかしら」
 見上げた空からは雪がちらほら。冷たい雪が額で溶ける感覚は、不思議と心地よかった。

 グリューワインを飲んでお土産を買って。マーケットを満喫したイブは、アイビスと手を繋いでツリーを眺めていた。
 眺める不利をしてイブを盗み見ようと思ったアイビスであったが、一足先に見つめられていたようだ。
「えへへ、見とれてたの」
 そう話すイブのふにゃっとした笑顔は、アイビスにとってたまらなく可愛く映るから。胸が苦しくなるから。堪らず堪らず抱き竦め、耳元で囁く。
 寒さで鼻の頭が赤くなってもかっこいいくろいぬさん。
「メリークリスマス、おれのちゃん」
 その意味は「最愛の人」。
 そしてイブは抱きしめ返す。メリークリスマス、と彼の耳元で囁き返して。

 どこもイルミネーションで輝くこの季節が、藤宮・怜は好きだ。まるで、星空の中にいるようで。そんな戯れを口に、共に歩く相手はアベルだ。
 アベルは幼なじみの楽しげな様子に目を細め、そっと手を攫う。
「……やっぱ冷えてんな。折角だ、グリューワインでも飲み行くか」
「貴方こそ。グリューワイン、とても温まりそうですね」
 握り返し、怜は出店を示した。
 購入した後は、そっとカップを合わせて。
「――お疲れ様でした」
 微笑みと共にもたらされた労りの言葉は、次いで口にしたワインよりも温かいから。ありがとさん、とアベルは緩く笑った。
 体が温まれば、足取りは更に軽い。
 クリスマスのお土産、オーナメント、ガラスの細工に心和ませる怜の口から出た言葉は。
「折角ですしお揃いで何か買ってみます?」
「目移り不可避だが揃いなら……其処の星形オーナメント風のストラップとか金と銀の対で綺麗じゃないかい?」
 戯れだった問いへの返答に、瞬き一つ。示された揃いの品に、怜は笑みを滲ませた。

 散歩がてら、どらさんと見て回るラカは硝子細工の店で足を止めた。
「……硝子の君に似ているなぁ」
 それは、どらさんと仲良くなりかけの美人な箱竜だ。
「クリスマスローズでも添えて土産にしようか、お嬢?」
 ラッピングを待つ間、甘い香りと共に賑わいに身を浸す。受け取った硝子細工を手に白い息を吐いた後、夜の深い方へと静かに立ち去った。楽しむことへの無意識の罪悪感と、ともに。

 乾杯の後、グリューワインを飲む冥の体が内側から温まってゆく。ドイツの黒ビールを勢いよく飲むのは、狭間・十一だ。夜道も、ぐびりと一気にグリューワインを飲み干す。
「ヨミちゃんの飲みっぷり惚れちゃう、ビールもちょーだい」
「おう、飲め飲め。塩っ気あるもん買ってきたから、それも食え」
 十一が視線で示す先には、チキン、ソーせージ、ポテト。
 そして冥にビールを注ぐ十一の前に、ブッシュ・ド・ノエルとシュトーレンがでん!と置かれた。
「そう思って、私はこれを。食べないなら私が食べちゃう。シュトーレンはフルーツ入ってるけどそんなに甘くないよ? オレンジピールがフランクフルトのレモンみたいにいい風味出してるのに……」
「シュトーレンおいしいのに……」
 これ見よがしにシュトーレンを齧る夜道と追撃する冥を、ビールを注ぎ終えた十一がじとりと見る。
「……ちょっとだけなら」
 そんな飲み喰いはたまらなく幸せな『いつも』の光景だ。
「一昨年に狭間サンタに煙草カートンもらったのが懐いたキッカケだっけね。ヨミちゃんはサンタさんになんかもらった? まだならおねだりするといいよ」
「そうそ、あの時冥が巫山戯てカートン欲しいつったのが切っ掛けだったんだよなぁ。……って失礼な、じじいサンタはちゃんとプレゼント用意したぞ」
 ガキのように笑った十一が投げたのは、リボンで縛られた靴下ふたつ。
 夜道にはスノードームのネックレス、冥には煙草1カートンの詰め合わせだ。
 靴下にちょっと吹き出しながら、ありがとうを述べる夜道は冥の手元を見遣った。丁度良かったかな、と少し嬉しそうに。
 冥も吹き出しつつ、早速ほどいて一箱、だ。
「俺からおとーさんへはこれね。たまにゃ酒以外も飲みなさいな」
 渡された蓋付き湯飲みとティバッグ緑茶に、十一は苦笑した。
「こういう日常と長く付き合う為には健康も大事か」
「そういうこと。私から冥さんには、はいこれ」
 差し出されたシックな革製携帯灰皿に、冥は小さな歓声を上げた。
「ありがと、ペナペナのはそろそろみっともない年だし」
「本当、煙草ありきだよねぇ……あなた達は。禁煙しなさーいって言うのはもう諦めたけど……程々にね」
「無理無理、だってこれが命の焔だものーやめらんない」
 そう、お酒と煙草がお供なのが、いつものこのメンバーなのだ。
 冥の手にした煙草の先で、淡い泡沫の焔が揺れた。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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