終末機巧大戦~架上の城、劫火の武

作者:銀條彦

 死神集団『ネレイデス』による大儀式『ヘキサグラム』を阻止し見事その野望を打ち砕いたケルベロス達だったが、次なる戦いの影は既に訪れようとしていた。

「今度はダモクレスなのですっ!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)からの説明をかいつまむと、『ネレイデス』から援軍にと期待されながらもついぞ姿を現さなかったダモクレスの軍勢が、儀式失敗によって行き場を失ったままの膨大なグラビティ・チェインを奪い取り『終末機巧大戦』を引き起こそうとしているのだという。
 この指揮を執るのは『五大巧』と呼ばれる5体の強大なダモクレス達である。
 ディザスター・キング指揮のもと本来ならば『東京六芒星決戦』に送りこまれる筈だった戦力を自らの支配下に置いた『五大巧』達は、死神を裏切ったばかりでなく温存された戦力をもって死神達の成果すら横取りする今回の作戦を強行しようとしているのだ。

 すでに『ヘキサグラム』の儀式の中心地であった晴海ふ頭へ出現した拠点型ダモクレス『バックヤード』を基点に沿岸部の工場地帯の機械や建築物が続々と取り込まれ、合体変形を繰り返し、巨大拠点が建設されつつあるのだという。
「それだけでも一大事ですけどこのままだともっと大変なことになるのですっ。晴海ふ頭の巨大拠点を基点にして東京湾そのものが、あっという間に、ダモクレスのものになっちゃうんですっ!」
 『終末機巧大戦』とはすなわち――『東京湾マキナクロス化』を最終目標とする新たなる大儀式。
 それはかつて攻性植物が大阪で行った超増殖現象『はじまりの萌芽』をダモクレスが機械的に模倣したものと推測されている。
「だから『終末機巧大戦』を止めるためには『爆殖核』にあたる、核となる『6つの歯車』を壊さないとダメなんです」
 『歯車』はそれぞれを載せた6つの巨大な拠点型ダモクレス達の内部で儀式に使用されている為、それらを破壊するにはまず拠点型ダモクレス体内へ侵入する必要がある。
 そして拠点型ダモクレスはすべて、儀式の性質上、晴海ふ頭からその外縁部へと散開せねばならないらしい。
「儀式が始まると同時に侵攻も開始されます。儀式の力が発動する前にケルベロスのみんなで乗りこんで阻止して来てほしいんです。猶予は、30分かぎりです……!」
 そのわずか30分以内にケルベロスがなすべきは歯車の破壊のみ、ではなく当然さまざまな障害が立ち塞がる事となる。
 拠点型ダモクレスはいずれも外敵を撥ね返すための戦闘能力を有し、その攻撃を潜りぬけて辿り着いた体内では多くの量産型ダモクレスが防衛の任についている。
 特に儀式場付近には護衛役の有力ダモクレスが配備されており、この強敵を撃破もしくは突破して『歯車』の儀式場へと到ったとしても……最後に待ち構える敵は、儀式を執り行う『五大巧』達なのである。
「…………。6つの儀式全てが完全な形で発動すれば東京湾全体がダモクレス拠点に覆われてしまいます。逆に6つ全部を阻止できれば被害は『バックヤード』付近……晴海ふ頭中心部だけに収まるはずなのです……」
 儀式の阻止数に比例してマキナクロス化面積は大小するという事らしい。
「……とってもきびしい戦いです。でも、ねむはケルベロスのみんなにお願いするしかできません。東京を助けてくださいって」
 そこにあるのはヘリオライダーの少女の、揺るぎない、まっすぐな瞳と決意。

 強襲作戦を請け負うべく居並ぶケルベロス達へ、ねむからの懸命な説明は続けられる。
「ここにいるみんなには『第三の儀式場』の『突入班』を担当してほしいんです」
 限られた時間内に果すべき多くの役割を効率化させる為、投入されるケルベロス戦力を『先行班』『突入班』に分けて引き受ける敵をそれぞれ分担させる――今回すべての戦場でそのような運用が行われるのだという。

 『第三の儀式場』は晴海ふ頭から築地大橋を通って築地市場へ侵攻中の拠点型ダモクレス『機工城アトラース』体内下層に存在するという。
 『アトラース』との戦闘は仲間に託し、『突入班』は3班総出でまずは突入口をこじあけねばならない。
 また、体内侵入後は防衛ダモクレスの大軍も仲間に任せてまっすぐ中枢部を目指すのが『突入班』の役目である。
 『アトラース』中枢部にあたる機関室めいた一角で『歯車』の儀式を行う『五大巧』の名は『『終末機巧』ラグナロク』。
 純粋な戦闘力のみならば『五大巧』の中でも最強。ただしその強さ故に指揮官でありながら「ケルベロスが侵入したとしても全滅させればそれで済む」と考えており、儀式完成まで時間稼ぎせよという敵側全体方針を守るつもりは一切無い様だ。
 そして、この傲岸不遜極まりない――だがそれに見合って余りある実力を備えた指揮官との戦いを前に『突入班』3班でまず決めておかねばならない点がある。
 それは儀式場を護衛する戦闘型ダモクレス『カムジン』およびそれを取り巻く『スチームギア』達への戦力割り振りについてだ。

 『突入班』3班全員が『カムジン』の軍勢とあたり全滅させた上で『ラグナロク』に向かう場合、少なくとも前者との戦いの勝利は間違い無いだろうが大幅に時間をロスしてしまう恐れがある。
 1班のみで『カムジン』率いる護衛戦力を足止めする間に突破した残り2班が『ラグナロク』へと向かえば時間の心配は無くなるが、足止め班が全滅した場合、残存する護衛戦力が全て儀式場への増援と化し『ラグナロク』の力となってしまうだろう。
 2班が足並みそろえて『カムジン』らと戦い、残る1班が『ラグナロク』待つ儀式場へ突入した場合は……ヘリオンの演算では対護衛戦は『互角』であるとのみ弾き出されており、勝利したいずれが儀式場への増援として現れるかまでは全く予測がつかないらしい。

「『第三の儀式場』にいるダモクレスについての情報はぜーんぶここにまとめておきましたっ。みんなが1番イイって思える方法でがんばればきっと大丈夫なのです!」
 ねむから渡された資料にさっそく眼を通し始めるケルベロス達。
 そんな彼らのさまを頼もしげに見つめていたヘリオライダーの少女は、ふと、空のはるか彼方を見上げた。
「……ケルベロスのみんなの頑張りでいったんは『東京六芒星決戦』に介入するのを諦めた竜十字のドラゴン勢力も、今は太平洋上にとどまって様子をうかがってるみたいなのです」
 狡猾たるは『五大巧』ばかりではないといった所だろうか。
 今回の作戦中に手出ししてくる事は無いにしても……ダモクレスに続きドラゴン達もまた何らかの漁夫の利を狙っているのは間違いないだろう。
 その隙を与えぬためにもまずは『終末機巧大戦』の粉砕あるのみ。
 ますます意気あがるケルベロスらを乗せたヘリオンは築地大橋へと飛び立つのであった。


参加者
霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
シド・ノート(墓掘・e11166)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)
ガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)
トリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)
リリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)

■リプレイ


 架上、吹き上がる蒸気。
 砲撃音と共に炎熱は広がり、築地大橋は、悲鳴の如き軋みを上げる。
 機工城アトラースとケルベロスとの戦いの火蓋は既に切られていた、が。
「あいつら解体してストーブ作ろうぜ」
 重要作戦への緊張感も待ち構える劫火の軍勢達への敬意もあえて全く排した物言いの後に緩く、寒い、と零したのは玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。
 もとより容易に本心を見せるような男ではなかったが、冬天下紡がれたその軽口は、幾つかの笑みと賛同を伴って自班を奮い立たせてくれた。今はただ虎視眈々と機を窺うのみ。

 黙々と、もうもうと――前進を止めない巨城へ真正面から闘い挑んだ小さき番犬達の無謀は、5分を経過した後、完璧な陽動として結実する。
 一条、差し込んだ鮮烈な光がそれまでケルベロスを蹴散らし続けた巨脚を鋭く穿った。
 大きく体勢を崩したアトラースに対し、絡みつくように召喚された御業が無数の剣が、次々と畳み掛けられズズリと音を立てながら『城』の傾ぎは加速してゆく。

「あそこなら飛び込めそうだよ」
 隠密気流のお陰で他よりもやや肉薄し、じっと観察を続けていたリリエッタ・スノウ(小さな復讐鬼・e63102)が指差したのは長大な横っ腹のとある一点。
「……排気口か」
 一片も躊躇わず疾駆する霧島・奏多(鍛銀屋・e00122)から立ちのぼる薄明の如き闘気。
(「仲間も東京も、必ず守り抜く……その為なら、何度でも――」)
 見回せば別々の物陰から飛び出した他2班も同じ箇所を目指しているらしかった。
 自然と集結が為されてゆくさまをガートルード・コロネーション(コロネじゃないもん・e45615)は心より頼もしく想う。
(「ひとりなら無理も承知。ですが、皆さんとなら……」)
 武骨なガントレットに堅く包んだ少女の左腕が、高く、振り上げられる。
 進む道を共に切り拓く為に。
「誰も欠けることなく戻れるように……微力ですけど、力を尽くしましょう」
 かくして突入班ケルベロス達の一斉攻撃が巨大排気管の内部へと吸い込まれ……網状の格子をへし折りぶち破る金属的な破砕音を響かせた後、ぽっかりと大穴をこじ開けるのに成功していた。

「強襲作戦は初めてじゃないけどこの緊張感は慣れないなぁ……って、あっ!?」
 進むべき通路上にいきなり1体のスチームギアを発見した那磁霧・摩琴(医女神の万能箱・e42383)は思わず声をあげる。
 普段は専らメディック担当という本人曰く攻撃手はまだまだ勉強中との事だったが咄嗟にルーンを発動させ振り下ろした斧を命中させたのだから充分すぎるだろう。
「さぁ、いつも以上に気合入れていくわよチャロ」
 アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)の一撃もまた豪快な斧技。愛らしく一声鳴いた後に続いたウイングキャットも迎撃に加わり、後は数の暴力による瞬殺である。
 その一部始終を見届けた陣内は何やら思案顔。
「思った以上に『堅い』雑兵だな……。こいつが数に物言わせて来たら、確かに、ヘリオライダー達が口々に警告したように攻守ともさぞや骨が折れることだろう」
 懸念は生まれたが、実地の体感から得たデータはすぐさま解析され共有化されてゆく。
 その間にも、ボクスドラゴンを抱えたミライやウルトレスが信号弾を打ち上げるのに倣い、取り出した信号銃を空に向けて撃ち放ったシド・ノート(墓掘・e11166)が大穴を潜り抜け追いついて来た。
「外の奴さんもまだまだ絶好調だ、先行班の到着はもうしばらく掛かるだろうね」
「……本当に、待たずに進むのか?」
 シドも奏多も、不意を衝けた自分達突入班よりも少ない戦力で交戦状態から無支援のまま侵入へと移行せねばならない先行班を案じずにはいられなかった。
 突入位置が敵の巨体を挟んで反対側と大きく離れていなければ、あるいは、もう少しだけそれは容易だったかもしれないが……。
「そうね、先行班には追い駆けて貰ってそのまま後詰めにと考えていたけれど……今の状態からではそれも難しいんじゃないかしら?」
 そう危惧するアミル自身も悩んだ末に未合流のまま突入班が先行する策に賛同した1人だったが、事前の想定以上に膨らんだ不安要素を前に僅かな迷いを覗かせつつあった。
「はなっからシビアな時間との勝負、消耗は覚悟の上なんだよ!」
「その通りだな」
 だが毅然と作戦遂行を訴えるリリエッタに陣内も頷き、直前の方針転換は却って混乱を招くと説いて場を纏めた。
 ――かくして。
 此の儀式場においてはヘリオライダーから提示された『5班での内部潜入後に役割分担』の選択肢は破棄され、『先行して道を切り拓く突入班3チームと大きく遅れながらも敵中突破で追い縋る先行班2チーム』という戦場図が新たに描かれ始める事となる。


「時計は3個持ってきたわ! ……時間? 合ってるでしょ、多分!」
 胸を張った幼き青髪のヴァルキュリアのドヤ顔は蒸気篭もる機工城内で今サイコーに輝いていた。そんなトリューム・ウンニル(碧き天災の運び手・e61351)も箱竜ギョルソーもバリバリとスナイパー仕事に勤しんでいる。
「先行班の皆さんは大丈夫でしょうか……」
 道中ずっと中衛からのヒールで消耗抑止に尽力するガートルードは仲間を案じ幾度か後ろを振り返れども……追い縋るのは手負いのまま振り切ってきた敵兵ばかり。
 彼女も5班合流後の潜入を望んだ1人だったが全体方針に異論を挟むつもりは無い様子である。
(「今回の様な攻め重視の時には、仲間から頂く意見は大事ですね……」)
 他者に影響が及ぶとなると己はどうしても守りへと意識が傾きがちだから、との自覚が、自制へと繋がっていたからだ。

「行くぜみんな! ぶち破るぞ!」
「あの灯りが船倉なんだね! りょーかい!!」
 橙のマフラーを靡かせランドルフが扉めがけ吶喊するのに続き、勇ましくエクスカリバールを握る小さなトリュームが怪力無双っぷりを発揮する。
 薄暗い通路から一転、護衛部隊の待つ船倉は隅々まで広く明るさが保たれていた。
『来たか……』
 声の主は誰何するまでも無く、10体ものスチームギアを従える二刀の鎧武者、カムジンである。
 三方に散って囲めと陣内が素早く仲間へ差配したのは作戦開始から10分のタイミング。
 3方針から突入班が選んだのは、3班全員掛かりでカムジンを近接の殺し合いへと引き摺り込み護衛戦力も全滅させた上でのラグナロク戦だ。
 内部突入は3分、カムジン撃破は9分以内にとの個人的想定からは既に大きく遅れ、護衛ボスと五大巧両機を撃破という目標達成はもはやほぼ望み薄であろうが――落胆が黒豹のおもてへと表れる事は決して無かった。
「誰ひとり……倒れさせない!」
 固き決意と共に取り外されたガントレットの下、現れた異形の腕から混沌の霧を振り撒いて後衛列へと纏わせようとするガートルード。
 だが――その殆どは癒し高める加護を形作る寸前、文字通り、霧散して消えた。
 サーヴァント含め3班29名からなるケルベロスの後衛列と前衛列は各13名。どうしても減衰の壁が立ちはだかってくるのだ。
 只でさえ攻撃が全て遠射程の為、カムジン撃破まで清浄の翼のみとなるチャロや陣内の猫は苦しい闘いを強いられる事となる。
 対する護衛部隊の内訳はディフェンダー5、スナイパー3、メディック2――そして事前情報通りクラッシャー1。
 たとえカムジンが作戦を忘れ殺し合いにのめり込もうとも短期戦にはさせないという『上』からの意図が透けて見えそうな布陣だと苦笑を漏らしながら、陣内は、挨拶代わりのスターゲイザーを敵兵の1体へ蹴り込むのだった。

 二刀抜刀と共に乱舞する紅の灼炎が前衛を切裂き、敵火筒からは熱線と砲弾の一斉掃射が繰り返される。
「相手が殺戮マシーンならヒールのマシーンに俺はなる!」
 ドン!! と集中線を幻視しそうな迫力で回復役に徹するシドは、弱体化にも挫けず他回復役達と声を掛け合い幾重にも重ねる事で列ヒールを運用し、ここぞの気力溜めを織り交ぜながら奮戦する仲間を支えた……だが。
「新手――!?」
 先に蹴破った入口から出現したスチームギア2体が他班へ攻撃を仕掛けて来たのだ。その直後さらに敵2体が到着するに到りこれらを抑える筈の先行班の無事を気遣う空気の中。
 突如、それまでカムジン担当の他班ケルベロスと嬉々として斬り結んでいた凶刃がこちらへと向けられる。
 敵盾減らしだけに一丸となって腐心して来たのだが……近列を蹂躙する摩琴お手製リサイクル危険物、もとい、必殺の『Mist up the Colchicum(ミストアップ・ザコルチカム)』が見せた、減衰してなお危険水域なその威力が武人としての興を湧かせてしまったらしい。
「そ、それはさすがに笑えないっ」
 可憐なオーロラピンクを深紅に染めんと振り下ろされた両刃烈火を真正面から受け止めたのは小さき翼。
「――チャロ!」
 攻撃の兆しすら見せない翼猫に水を挿された格好のカムジンは不快げに双眸を揺らめかせたがアミルの知った事ではない。
 役割を全うした末に消失した相棒を、翼人は、心からの感謝で慈しむ。
「……ありがとう……こんな時こそ頼りになるかわいいあなたって本当に最高だわ」

 結局、先の4体以降敵増援はピタリと途絶えた。
 防衛戦力の殆どは、きっと、今も先行班が釘づけにしているのだろう。
 突入班として報いる為にも先を急ぎたい所だったが、援軍含めようやく盾兵を全滅させチームの撃破目標がカムジンへと移った頃には既に作戦開始から17分が経過しようとしていた。

「ルー、力を貸して!」
 切なる呼び声に応えて戦場へ降り立った黒ゴシックの乙女は、丸眼鏡越しの穏やかな笑みと共にリリエッタへ手を差し伸べた。
 繋がれる手と手……循環する『力』は恐るべき魔弾を創りあげる。
「これで決めるよ、――死ヲ運ブ荊棘ノ弾丸(スパイク・バレット)!」
 放たれたのは鎧すら摺り抜けて心臓へと絡みつく茨の一矢。
 10分にも及んだ二刀の『武』との死合いに終止符を打ったのはセイヤの腕から解き放たれた漆黒龍のオーラとアンノがのばした魔杖とが、ほぼ同時。
「君は、任務を果たした。眠ってもらうね」
『……良き……最後よ』
 表情こそ判らぬがすっかりと満足し切って逝ったらしいカムジンの最期を見届ける暇すら今は惜しい。
 残り10分に差し掛かってなお船倉には7体の後衛兵――終末機巧の『回復手段』が健在なのだから。


「どいてもらうぜ、雑魚が!」
 怒号にも似た雄叫びとともに鎧砲兵を貫いたタツマの拳に合わせ、奏多からは達人の一撃が放たれウルトレスが光の刃を突き立てれば、ここにようやく最後の1体が撃破される。
 残党狩りに要した時間は4分。突入班は残り6分の間に歯車核を打ち砕かねばならなくなった。
「……悔しいけど、まずは儀式阻止が第一だね」
「速度勝負、しっかり決めないとね!」
 五大巧撃破断念と位置変更の決断はほぼ同時。
 儀式場へと急ぐ全力疾走は決して緩めぬまま、リリエッタと摩琴は、歯車狙う狙撃手へと転身を果たすのであった。

 辿り着いた儀式場のその中央で――歯車が、廻る。
 待ち受けるは、劫火。『現時点では』五大巧最強のダモクレスという絶望。
 異形の四つ腕が、居並ぶ射手達がほぼ同時に放った部位射撃の全てを、容易く、弾き防ぎ叩き伏せてゆく。
『爺からは時を稼げとの指示だが……やはり生温い。あの小僧などでは、とても持つまい。我は、我のやり方で、やらせてもらう』
 刻限迫る今だからこそ時間稼ぎに走らぬこの気性こそが最大の隙、などと、ケルベロスが思えたのはほんの僅かな間。
 大いなる灼焔そのものと化したラグナロクから迸った火焔縛鎖の標的は後衛列。盾たる番犬達の多くが咄嗟に防御へと割って入るもあっさりと蹴散らされてゆく。

「神々の黄昏の名を掲げたって構やしない、全ての絶望を打ち破るのがあたし達番犬よ!」
 ビオラの花弁揺らす、揺るがぬ魂の啖呵。凌駕の後に治癒ではなく、ありったけ、エアシューズに空の霊力を篭めて羽搏いたアミルが叩き込んだ絶空斬は1秒でもスナイパーから敵の注意を逸らす為の、足掻きだ。
 ほどなく灼熱発起の只中へと沈んだ彼女だったが、希望は、仲間へ託された。
「苛烈なおじ様、だこと。でも……」
 やられっぱなしで終わるほど番犬は大人しくないのだと、倒れ臥す寸前、彼女は艶やかに微笑んでみせた。
「……撃て、俺が守る」
 このチームに於ける最後の盾にして前衛たる奏多が発した、其れは身命を賭けた檄。
「どうにもならないことをどうにかするのがケルベロスのお仕事ってね」
 狙撃手潰しの煽りを受けて彼自身も既にズタボロながらシドは殊更に呑気な声で仲間達の鼓舞を試みる。
「仲間の支えとなる力を……光を!」
 今度こそほぼ十全の形で、ガートルードのメタリックバーストが仲間にと注がれる。
 ――それら全てはこの絶対不利を逆転させ得る、狙撃手達に向けたもの。

「予告ホームランよ!」
 ノリノリポーズでZigZag-Zapperを構えたトリュームが『ビリビリビーム!』による部位狙いモードに集中を始める。
 いったんは縛鎖に霧散した陣内の猫も、主人の毒気に惹かれる様にして残霊としてUターン復活を果すや、歯車目がけ今にも飛び掛らんばかりだ。

 これが最後の総攻撃と数々の狙撃が集められ浴びせられ。その幾つかは確かに歯車を穿ち、遂には一筋のヒビすら走らせた。
 沈黙横たわる儀式場のその中央で――歯車がゆっくりと軋み、そして……。
 廻る歯車と時計の針が告げるは『終末機巧大戦』の――成就。

「そんなっ!?」
『……は、ははは! 素晴らしき執念! 見事な心火よ! 流石の我も、焦ったぞ!』
 動揺から一転、勝利を確信した劫火の終末機巧は高らかに笑い儀式は完成したのだと告げた。
『やがて! その命燃やすに足る、いくさ場で! 再び、見えようぞ! 屈辱と怨嗟を胸に抱いた……我が愛しき宿敵どもよ!』
「ふんっ、約束も守れない恥知らずのお前達になんて負けないよ」
 冷ややかに吼えかかったのは仲間の肩を借りて立ち上がったリリエッタだった。

 知らず、その指先は怒りに震える喉元を飾るチョーカーへと添えられていた。冷気伴わぬ暴風雪にも似た激しさで進行を始めた機械化の只中へその姿を消した五大巧に、少女の声は届いただろうか。
 今はただ、苦い敗戦すらも呑み込んで崩壊と再構築とを始めた機関室から……否、機工城そのものからの脱出をケルベロス達は急ぐしかなかった――。

「あれは……」
 冬天を見上げれば、其処には、儀式の完成に呼応して現れた巨大な手、手、手……。
 数百機にも及ぼうかという数の『防勢機巧』月輪と『攻勢機巧』日輪の大軍団が、世界をマキナクロスへと造り改めるべく、築地の空を埋め尽くし不気味に蠢いていたのだった。

作者:銀條彦 重傷:アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月7日
難度:やや難
参加:8人
結果:失敗…
得票:格好よかった 4/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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