弓束巻くまで

作者:藍鳶カナン

●檀
 渓流の冷たい水の香と甘く朽ちゆく落葉の香。
 それらに彩られた山の懐に華やかな薔薇色の紅葉が錦をかける。
 錦の木と書いて、ニシキギ。秋に紅葉する樹々は多々あれど、文字通りニシキギ科の木はひときわ美しい姿を見せてくれる。この地に錦をかけた檀(まゆみ)もその一種。
 檀――真弓とも書かれるこの木は、薔薇色に紅葉する頃合に可愛らしい桃色の実が熟し、花咲くように割れた実の中に鮮やかな赤い種を覗かせるのだ。
 遠くから薔薇色の紅葉を眺めて感嘆の吐息を洩らしたひとびとは、樹の傍に近づけばその紅葉の中に鈴なりになった桃色の実の愛らしさに歓声をあげ、檀から贈られる二重の歓びを思うさま享受していた。
 大勢のひとびとの中から次々あがる歓声。
 同じように歓声をあげた娘が更に弾んだ声で連れを呼ぶ。
「綺麗だね可愛いね、いっぱい写真撮らなきゃ! そしてSNSにアップして、皆に――」
「いや、それはナシで」
 何で? と彼女が不思議そうに訊ねれば、内緒にしとこうぜ、と囁いた青年が指先で甘く彼女の唇に触れる。檀の美しさを知らない皆には、秘密のままでいい。
「今でも結構ひといるのに、もっと混雑したら嫌だろ? 来年また、二人で来るときにさ」
「……!! そうだね、ふふ、それじゃ皆には」
 秘密で、と輝くような笑みで彼女が言いかけた、そのとき。
 突如秋風を貫いた巨大な牙が地に突き立ち、四体の竜牙兵へと変じた。
『サア、ドラゴンサマにササげる『狩り』のハジまりダ!!』
『オマエたちのグラビティ・チェインを、ゾウオを、キョゼツを、ドラゴンサマへ!!』
 恋人達が最期に見たものは。
 この世で最も好きなひとの頭蓋を貫く矢と、背から胸を貫く剣。

●弓束巻くまで
 檀は真弓とも書くとおり、古来より佳い弓を作る木として貴ばれてきた。
「弓束(ゆづか)巻くまで、人に知らえじ――檀の若木を見つけた男が『おまえが成長して自分が弓に仕立てる日が来るまで、他人におまえの存在を知られたくない』って詠んだ歌が万葉集にあるくらいでね」
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)はそう語り、悪戯に瞳を煌かせた。
「この和歌、男が檀を見初めた女性に譬えてるって読み方もあってさ。『巻く』を『枕』に掛けてるって思えばいっそう深いけど」
 要は、見初めた女性に譬えるほど紅葉が美しい木だって話、と彼は狼の尾を揺らす。
 檀の紅葉に彩られたその地も、誰にも知られぬまま、もしくは、知る人ぞ知る――程度の絶景スポットであれば良かったのだろうが、予知の光景で恋人達が言っていたように結構な人出になったのが災いし、竜牙兵の襲来という凶事を招くことになった。
「だけど敵の出現前に周囲に避難勧告すると、彼らが『狩り場』を変えちゃって『狩り』を阻止できなくなるからね、事前の勧告はできない。だからさ、あなた達には現場に竜牙兵が現れた瞬間にヘリオンから降下して、即座に戦いを仕掛けてもらいたいんだ。派手な攻撃で思いきり気を惹いてやって」
 一般人の避難誘導はまるっと警察に任せちゃって、と遥夏は続けた。
 現場にケルベロスが到着次第即座に警察の避難誘導は開始される。
 全力で戦いを挑んで敵の気を惹き、撃破することに集中するのがケルベロスの役目だ。
 現れる竜牙兵は前衛二体と後衛二体の計四体。
「ゾディアックソード使いのディフェンダー二体に護られつつ、スナイパー二体が妖精弓で矢を射かけてくる――って、僕よりあなた達のほうが肌で感じられると思うけど、これ結構厄介な編成じゃない? 連携も取れた戦い方をしてくるだろうしね」
 こちらの作戦や連携に穴があればそこを衝かれて崩されるはず。油断は禁物だ。
「竜牙兵達は戦意も高いし、絶対に撤退もしない。けれどあなた達なら、知らないひとには秘密にしておきたいって思うほどの光景を血に染めるやからを全て撃破してきてくれる。――そうだよね?」
 挑むような笑みに確たる信を乗せ、遥夏はケルベロス達をヘリオンに招く。
 さあ、空を翔けていこうか。弓束巻くまで誰にも知られたくない、美しき檀のもとへ。


参加者
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
織原・蜜(ハニードロップ・e21056)
フィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
天喰・雨生(雨渡り・e36450)
綿屋・雪(燠・e44511)
四十川・藤尾(厭な女・e61672)

■リプレイ

●あかねさす
 深秋を迎えた山の懐を彩る薔薇色が、鮮やかに瞳に沁みた。
 薔薇色の紅葉がかける錦を心から綺麗だと思うのに、純白のウェディングドレスが鮮血に染まった日の記憶がムジカ・レヴリス(花舞・e12997)の脳裏を翔けぬける。だが今何より胸を刺すのは、この世で最も好きなひとの頭蓋を貫く矢と、背から胸を貫く剣。
 ――予知で語られた恋人達が見たという、最期の光景。
「そんな最期なんて絶対迎えさせないワ! 無粋な竜の牙、全部折らせてもらうカラ!!」
 高空から一気に錦秋の山裾へ降り立った瞬間、衝撃を膝で殺した体勢を活かして大地から蹴り上げた檀の落葉が、幾重にも進撃を阻む制圧射撃の礫となって竜牙兵達へ襲いかかる。
 華やかに躍る薔薇色の紅葉、花咲くような桃色の実に真紅の種。
 巨大な牙から変じた直後を急襲された竜牙兵達にそれらを愛でる余裕はないが、そもそも秘密にしたいほど美しい光景に心が動くことなど識りえぬ木偶どもだ。
「無粋は許さない、塵芥になってもらうよ」
「ええ。粉微塵にして差し上げましょう。後ほど我が姫に、この景色を見せるためにも」
 水の如く透きとおる刃が紅葉を映す様に双眸を細めたのは僅か一瞬、即座に標的を定めた天喰・雨生(雨渡り・e36450)の大鎌が敵の星剣使いへと流麗に一閃した呪詛の斬撃はもう一体の星剣使いに阻まれたが、ならばそちらから潰すまでとばかりに旋回したアレクセイ・ディルクルム(狂愛エゴイスト・e01772)の気咬弾が喰らいついた。胸に燈るのはこの世の如何なる絶佳より美しい薔薇姫。
 けれど、彼女にこの薔薇色の錦を見せられたなら、きっと飛びきりの笑みが咲くから。
 予知の光景のみならず自陣にも咲く恋の花、弓束巻くまで、人に知らえじ――と願う者が数多いるのであればなおのこと、
「佳いですよ。無粋な邪魔は、わたくし達で除いてしまいましょう?」
「当然ね。紅葉狩りを鮮血で染めるなんて、甚だ無粋すぎるもの」
 嫣然たる微笑みを咲かせた四十川・藤尾(厭な女・e61672)が揮う竜の槌が盛大に咆哮。気咬弾に胸を喰らわれた敵の腰骨を轟竜砲が正確に砕けば、骨のかけらが散るなかを極小の星の煌きが翔けぬける。織原・蜜(ハニードロップ・e21056)が撃ち込んだのは神殺しの星、弓持つ竜牙兵の腕を穿ったカプセルが殺神ウイルスを振りまけば、
「はい。このうつくしいあかのせかいに、血の色は、ひつようないのです」
「ええ。秘密の場所を血と涙で暴きたてるなんて風情がないわ、そうでしょう?」
 ――ここで摘まれる命は、ひとつもないのよ。
 大きなバケツヘルムの中で鈴鳴る声を響かせた綿屋・雪(燠・e44511)が空中に生成した雪域が白銀に煌く六花を星剣使いに降らしめ、アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)が解き放った気咬弾は別の敵に阻まれるも、チャロと呼ばれたウイングキャットの爪が各個撃破の最優先目標となった星剣使いを裂いた。
 だが、流れるような連携攻撃はそこで止まる。
「貴方たち竜牙兵は、人知れずここで散っていくのが良いのです!」
 凛と声を張り、光の翼もぴんと張ったフィアルリィン・ウィーデーウダート(死盟の戦闘医術士・e25594)の防具が鮮やかな薔薇色のドレスへと変じて、されど、一般人の皆さんは警察の指示に従って整然とお願いしますです――と声を張り上げる寸前で彼女は我に返る。
 それは、仲間が全力で気を惹いた竜牙兵達に一般人の存在を再認識させる悪手だ。
 ケルベロスの避難誘導が必要なケースもあるが、今回は『派手な攻撃で敵の気を惹き』、『一般人の避難誘導はすべて警察に任せる』よう事前に要請されていた。グラビティ同様に一手を要するプリンセスモードに初撃の機を費やしたフィアルリィンだったが、
『けるべろすドモめ!』
『そのメダつイヌから『狩って』クレル!』
 一般人に勇気を与えるための術で偶々敵の気を惹けたのは不幸中の幸いか。
 彼女を含む後衛陣へ星の輝きが襲いかかる。二連続の凍気の波濤に雪とアミルが盾として跳び込むも後衛すべてを護ることは叶わず、間髪容れず射ち込まれた一矢を翼猫が遮るが、もう一矢はフィアルリィンの胸を貫いた。
「もう、ちょっとおいたが過ぎるんじゃないかしら」
 肌が裂けるような凍気を堪えて笑んだアミルが治癒を阻む呪いの刃を揮うが、
「待ってアミルちゃん! アタシと一緒に牽制に回るんじゃなかっタ!?」
「わたくしも、ムジカさんとアミルさんで牽制に当たってくださるものとばかり……!」
 彼女が最優先目標の敵を狙う様に、花堕とす風の蹴撃を放ったムジカの、流星となるべく地を蹴った藤尾の切迫した声音が響き渡る。ムジカの列攻撃はブラックインヴェイジョンと制圧射撃、単体攻撃を挟まねば見切られるがゆえに、連続で広く牽制するのは難しいのだ。
「これは、厳しい戦いになりそうね……」
 鮮やかな魔術切開でフィアルリィンへ手術を施す蜜の背を冷たい何かが伝う。
 重要なのは何人が牽制に回るかではなく、作戦認識を齟齬なく共有して戦えるか否だ。
 皆の脳裏に、事前に聴いていた言葉が甦った。
 ――こちらの作戦や連携に穴があれば、そこを衝かれて崩される。

●あづさゆみ
 激しい剣戟の最中にあっても、渓流は清らなせせらぎを響かせていた。
 だが薔薇色の紅葉がひとひら、ふたひら流れる水面に鮮紅の血が融けて滲んで流れだす。
 時に星の聖域を描いて縛めに抗い、祝福の矢で傷を癒す竜牙兵達はそれよりも多くの手を攻撃に割いていた。牽制を担うムジカはその標的を前衛とするか後衛とするか定めあぐね、御霊殲滅砲で牽制を試みるフィアルリィンもあくまで集中攻撃の片手間で、やはりいずれを標的とするかで逡巡するため、効率的な牽制は叶わずにいる。
「ムジカさん! 弓使いを、スナイパー達の牽制をお願いします!」
 白と金の薔薇咲く竜の槌、絶大な加速を乗せたそれを揮いながらアレクセイが声を張った刹那、彼の言葉を劈くよう飛来した矢の前にアミルが身を躍らせ、
「アミル様、すぐにキュアをいたします!」
 心貫く矢を受けた彼女を即座に雪が己が咎人の血で清めにかかる。
 催眠を警戒するのは堅実な策だ。しかし、僅かでも催眠があれば浄化を最優先にと考える者が多く、ハートクエイクアローはこちらへの極めて有効な牽制攻撃として作用していた。キュアの発動は確実でもその解除成功率は六割、二度手間になることも少なくないのだ。
 癒し手たる蜜が織り上げた雷光の壁や、翼猫の羽ばたきも破魔の斬撃や妖精の祝福を得た凍気の前には長くは保たず、魔法手術により多く手を割かれる蜜は再度の雷壁展開まで中々手が回らない。
 漸く掴んだ機に戦場を見渡した紫水晶の双眸が瞠られた。
 星剣使いに石化の魔法光線を撃ち込む仲間の後方に――。
「フィアルリィンちゃん、危ない!!」
 瞬間、フィアルリィンの背と光の翼に熱い飛沫がかかった。振り返れば眼に入ったのは、
「チャロ、さん……?」
 完璧な狙いで彼女の頭蓋を貫くはずだった矢を受けとめた翼猫が、しぶいた鮮血とともに消滅していく光景だった。こちらの隙を衝いた弓使いが後方へ回り込み、正確無比な狙撃を射ち込んできたのだ。
 咄嗟に御霊殲滅砲で反撃するもその射線に星剣使いが跳び込んでくる。返す刀とばかりに放たれた星の凍気を小さな身体で雪が受けとめ、夕闇の翼も声も震わせたアミルが気咬弾を叩き込んだ。
「チャロ……! これ以上はさせないわ、何としても!」
 たとえば全員で敵を包囲するよう動いていたなら、包囲そのものが成功せずとも敵挙動の把握もその牽制ももっと容易であっただろう。
 四種のホーミングを駆使するアレクセイと二種のホーミングを操る雨生、自陣の強化にも敵への状態異常にも頼れないと見越したクラッシャー達の選択は的確だったが、仲間と同じ標的を攻撃するだけなら、然して知性的とは言えぬ竜牙兵にすら可能なことだ。
 そして、二人が攻撃に専念できるのは、敵からの攻撃やその牽制を引き受け、戦線維持に努めてくれる仲間達あってこそ。
「私ももっと積極的に作戦立案や摺り合わせに協力していれば……」
 たとえ戦いに勝利しアレクセイ自身が無事に戻ったとしても、仲間に犠牲が出たと知れば彼の薔薇姫の笑みはたちまち曇ってしまうはず。満月の瞳に翳りをよぎらせた彼が純粋なる愛ゆえの呪いを孕む刃で逃れえぬ斬撃を描けば、その軌跡に滑り込むよう雨生が続く。
「確かにもう、痛快に圧勝ってのは無理だね。だけど」
 ――お前達は必ず、殲滅する。
 白き外套の裡で梵字めいた魔術回路を輝かせ、渓流を渡る風から瞬時に指先へ収束させた水の粒子を鋭い奔流と成して撃ち込めば、一気に斬り裂かれた竜牙兵が霧散した。
「次はもう一体の星剣使いカシラ!? 速攻撃破、お願いするわネ!!」
「承りましてよ。お任せくださいませ」
 明るい笑みを咲かせたムジカの脚が翻ったなら、大地から掬い上げられた数多の落葉達が猛然たる勢いの礫となって敵の弓使い達へ降り注ぐ。薔薇色の落葉舞う華やかな牽制の中を貫き、流星の煌き燈した藤尾の蹴撃が残る星剣使いへ喰らいついた。後衛を護るだけでなく護り手同士でも庇い合っていたこの相手なら、屠るまでの時間もそうかかるまい。
 翼猫が力尽きた分、雪とアミルへの負担が重くなったが、
「私も全力で支えるわね! 二人とも頑張って……!!」
「はい! さいごまで皆様をおまもりします!」
「ええ、負けないわ。こんな骨どもなんかに!」
 刃にも矢にも敢然と跳び込み受けとめる彼女達を蜜の魔法手術や雷壁が癒して護る。続く攻防は僅か数分ほどだったろう。見惚れるような軌跡を描いた雨生の大鎌に幾つもの肋骨を容赦なく割られ、間近に迫る死を悟った星剣使いは、己でなく弓使い達のために星の聖域を描き出した。
 敵の献身を見たアレクセイに凄艶な笑みが浮かぶ。
 嗚呼、我が姫も献身のひとだ。皆のために歌って、皆の輪の中で笑って。
「見たくなど、見せたくなどありませんね。そのような姿」
 独占したいのに閉じ込めれば枯れる薔薇、彼女を攫って己が腕に隠した日々はもう遠く、世界を拡げていく姿を輝かしいと思うのに――。私の愛を思い識れ。彼がそう呟いた刹那、十二星座を宿す羅針盤が浮かび上がり、星光の刃を迸らせて竜牙兵を無に還した。
 随分と愛されておいでの姫君ですこと。
 彼の表情や言葉の端々からその狂おしいまでの渇愛を感じ取り、藤尾は秘めやかに吐息の笑みを洩らす。灼けつくような愛執や激情は彼女が好ましく思うもの、
「……ですけれど」
 蠱惑の嬌笑で傲然と揮う竜の槌、次なる獲物の側頭部を轟竜砲で粉砕して、欠けた頭蓋の先に薔薇色の錦を見て笑みを深めた。檀。男が見初めた女に譬えた樹。
 けれども、誰かに見初められるなんて御免。
 わたくしを見初められるのは――わたくしだけ。

●さねかづら
 深秋に冬の息吹を吹き込むような北颪。
 木枯らしとも呼ぶべきその風が薔薇色の檀の錦を波打たせ、花咲く桃色の実と真紅の種を躍らせた。落葉がさざめく大地には蜜が織り上げた雷光の壁や星剣使いが遺した星の聖域が輝きを広げ、けれど落葉の彩も星の輝きもすべて覆い隠すようにムジカが解き放った漆黒の残滓が三重の破魔で弓使い達に遺された光を喰らい尽くす。
 頭蓋の欠けた一体めがけて間髪容れず襲いかかったのはアレクセイの斬撃、呪詛を孕むがゆえに絶美の軌跡を描くそれに、小さな身体で大きな竜の槌を揮う雪が続く。
 うつくしいものは、おそろしい。
「それは、たましいをうばわれてしまわぬよう、秘するものです」
 弓束巻くまで誰にも知られたくない、美しき檀のもとで。血族の誰をも凌ぐ美貌を頑なに大きなバケツヘルムに封じた土蔵篭りの少女が、砲撃を轟かせた。
 ひみつはどうぞ、ひみつのままで。
 だが護り手達を喪った弓使い達も決して怯まず、時に攻め時に癒して抗い続ける。迸った雨生の流水、何よりも透きとおる刃と化したそれに斬り裂かれ、逃れえぬ速度で真っ向から迫るフィアルリィンの如意棒に打たれてなお、竜牙兵は弓を引いた。
 一矢の盾となったのは雪、けれどもう一体の狙撃に身を挺したアミルが力尽きる。癒しの効かぬ傷が嵩み翼猫と命を分け合う身では耐えきれなかった。だがこれが防具と相性の良いハートクエイクアローであったのはまだしも幸運だったのだ。
 これがホーミングアローであれば、アミルは確実に重傷を負っていた。
「「アミルちゃん……!!」」
 頽れる彼女の姿に重なったのは蜜とムジカの声。二人がその光景に重ね見たのも奇しくも同じ、己と同じ姿をした姉の姿。だが胸の裡に鮮烈に甦った光景はまるで違うものだ。弟を救うべく自身の命を犠牲にした蜜の姉、妹と華燭の典を挙げるはずだったひとの命を奪ったムジカの姉。
 敵の顎へ藤尾の気咬弾が喰らいついた隙に、蜜が雪の矢傷の魔術切開にかかる。
「ここは任せるわ、ムジカちゃん!」
「ええ、必ず仕留めてみせるワ!!」
 信を預け信に応えて空に舞う。鋭い一蹴から放たれた風は山茶花の花弁を散らすよりも、寧ろ緋紅の髪に飾られた椿を堕とすが如く、竜牙兵の首を落とした。小指の煌きを無意識にもう片手で覆い隠す。
 弓束巻くまで、否、願わくば永遠に。
 この国で出逢った今愛するひとを、『彼女』には見せたくない。
 落葉積もる大地から高下駄で軽やかに跳躍し、最後の敵のもとへ雨生が躍り込んだ。
「さて。意外に手こずらせてくれたけど、そろそろチェックメイトだね」
 大きな頭巾の裡から冷笑を覗かせて、揺蕩う水面に波紋を描くかのように滑らかな大鎌の一閃で骨の躯に痛撃を刻む。それが最後の竜牙兵の、葬送の始まり。
 敵は護りに入ることなく果敢に攻め続けた。雪ひとりでは防ぎきれずに妖精弓の魔法にも斬撃にも耐性の無いフィアルリィンが倒れたが、彼女がその直前に撃ち込んだ魔法の石化を雪の生む凛冽な煌きが活かす。
 深々と、切々と降るささめゆき。六花の煌きが魔法光線を反射するよう石化を増幅させ、ぴきり、と骨に石の彩が奔り、更にぴきりと奔って竜牙兵が弓につがえた矢が霧散すれば、その隙を見逃す者など誰もいなかった。
 一気呵成の集中砲火の涯てに、蜜が掌中に神殺しの星を生む。
「漸く終わりね。趣を解さない野暮天は落葉の如く――散れよ」
 僅か一瞬、素のままの己を覗かせて、鋭く撃ち込まれた彼の神殺しの星が、竜という神の尖兵を確かに殺す。大きく、ゆるりと息をついたなら、次いで蜜の胸を満たしたのは、血の匂いでも冷たい水の香でもなく、甘く朽ちゆく、落葉の香。
 ――密。
 ひそか、と愛しい名を辿れば、紫水晶の瞳が甘く緩んだ。
 この胸に燈ったままの禁忌の想いに往く宛てはなく、弓束巻く日は来ないけれど。
 それでも、決して。
 ――人に、知らえじ。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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