白鷺の花結び

作者:秋月諒

●白姫椿と冬桜
 ひら、ひらりと冷えた風に花が散る。山間のこの地に咲く唯一の花も終わりの季節を迎えようとしていた。あと少しすれば、冬桜が姿を見せる。
「いつもあと少しが届かないか」
 山茶花。池の周囲を囲うように咲く花は、この地では姫の名で呼ばれていた。姫椿が夢見るは桜の花。ひとつ、ふたつと春を超え、冬にその花を咲かせてもあと少しーー。
「姫の花には届かない、か。先代にはもう少し詳しい話を聞いておくべきだったか」
 池の畔に立つ和菓子屋・白鷺堂の先代は、姫と呼ばれた山茶花と冬の桜の話について己よりは詳しかった。今や尋ねる方法も無いままに、毎年追いかけるように花を開き、散り、また花開く花たちを店主はずっと見てきた。
「写真でも撮っておくべきかな。今年はまだ……」
 少し、と言いかけた店主が足を止める。遠く見えていた時よりも山茶花の色味が濃い気がしたのだ。大樹だ。古参の山茶花は、だがこんな色をしていただろうか。
「朝で寝ぼけていたか……?」
 一人首を傾げる店主の前、山茶花の花がーー咲く。
「これ、は」
 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 一輪とそう思えぬのは、ぽんぽん、と咲いていくからだ。赤く、艶やかな花はやがて木々の緑を覆い、しゅるり、と伸びた枝が店主の腕に絡みついた。
「お前は……!?」
 引きずりこむ枝に、反射的に退いた体が敵う訳もないままに。攻性植物化した山茶花は店主に寄生すると、赤い、あかい花をその身に咲かせた。

●白鷺堂の花結び
「山茶花散らす不穏な翳り、と確かに気になってはいましたが……」
 ほう、と落ちた息とともに朝日射す淡い金の瞳が、ややあって考えるように細められた。広げられた地図の一角、池の畔へと指先を滑らせたのは斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)であった。
「攻性植物ですか?」
「はい。斑鳩様が危惧されていた通り、池のあるこの山間の地にて攻性植物の発生が確認されました」
 朝樹の言葉に頷き、話を次いだのはレイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)だ。
「なんらかの胞子を受け入れた山茶花が、攻性植物に変化してしまったようです。被害にあわれたのは、この池の畔に和菓子屋さんを構える白鷺堂の店主様です」
 朝の散策中に、山茶花を見て回っていて被害にあってしまったのだ。
「急ぎ現場に向かい、攻性植物の討伐をお願い致します」
 敵は山茶花の攻性植物が1体。配下はいない。攻性植物化したことにより、肥大した山茶花は背の高い大人ほどの大きさだ。見上げる者の方が多いだろう。
「山茶花の攻性植物は絶え間なく花を咲かせては、舞い落ちる花びらによる遠距離攻撃、花粉による攻撃のほか、その硬い枝による突き攻撃を持ちます」
 その性質上、ジャマーであることは間違いないだろう。
「取り込まれた店主様は、攻性植物と一体化しており、普通に攻性植物を倒した場合一緒に死んでしまいます」
 だが、ひとつだけ方法はある。
「相手にーー攻性植物にヒールをかけながら戦うという方法です」
 ヒールでは回復できないダメージというものが存在する。例え、敵を回復してもヒール不能ダメージは少しずつ蓄積する。
「粘り強く攻性植物を攻撃することにより倒すことができます。勿論その分、長期戦となるのは事実です」
 こちらのダメージもあるだろう。だが、取り込まれた人を救出できる可能性があるのは、その方法だけだ。
「攻性植物に寄生されてしまった方を救うのは非常に難しくなります。ですが、もし可能なら救出をお願い致します」
 冬桜を追いかけているという山茶花の大樹も、誰かを傷つけるような終わりは望んではいない筈だ。その花を、血で染め上げる終わりなど。
「それと、もし全てが無事に終わったら店主様の和菓子屋さんに寄ってみては頂けませんか?」
 避難指示を出してしまう以上、今日の客は見込めないだろう。今の時期は、栗もなかの他に、山茶花の花を模した上生菓子もあるのだという。中にちょっとした喫茶スペースもあり、普段は池を散策する客などで賑わっているのだという。
「斑鳩様より情報を頂きました。今であれば、間に合います。このままにはできませんから」
 一度、朝樹を見て一礼すると、レイリはケルベロス達をまっすぐに見た。
「行きましょう。皆様に幸運を」


参加者
ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)
卯京・若雪(花雪・e01967)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
ラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
深幸・迅(罪咎遊戯・e39251)
天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)

■リプレイ

●山椿
 冷えた風が、水面を揺らしていた。木々を揺らす程の風は、だがケルベロス達の眼前にある一体には届いていなかった。山茶花の攻性植物。姫と呼ばれた花はその姿を大きく変えていた。
「……」
 その枝の動きが、止まる。
 外敵と、気がついたのだろう、と卯京・若雪(花雪・e01967)は思う。
「切なくも美しい逸聞。一途に桜を追っていた筈の姫」
 この地に咲く山茶花は、姫と呼ばれていたという。姫椿が夢見るのは桜の花。冬桜と咲く時を待つ姫椿は、今や攻性植物と姿を変えていた。
「その結末がこのままでは、あまりにも……」
 先に続く言葉は風に揺れ、引き結んだ唇を薄く、開く。
「止めてみせましょう」
 その言葉に、ゼロアリエ・ハート(紅蓮・e00186)も頷いた。
「店主サン救出のために頑張ろう!」
 ふいに、姫椿が軋んだ。ギ、と落ちたそれは、巨体を動かしてか。視線を上げた先、空気が変わる。殺意だ、とゼロアリエは思った。狙いを定めてくるようなそれに、相棒のリューズが翼を広げる。
「似たような話、あったよなァ? 雪と春だか夏だかの花の話だっけか? ありゃ」
 戦場の空気にあって、ほう、と息をついた 深幸・迅(罪咎遊戯・e39251)の髪が揺れた。さっきまでの風とはまるで違う。花か、と迅は目を細めた。
 姫椿が、花を咲かせていたのだ。
 唐突に生まれた甘い香りは、最初の淡さを塗り替えるようにむせ返るほどの甘さに代わり、毒々しいまでの鮮やかさを見せる。
「実に美しき花の妖し」
 その色彩に斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)は悠然と微笑み告げた。
「さぞや散華も格別なことでしょう」
 金の瞳がゆるり、弧を描き、指先に符が乗る。
「来ます」
「ギィイイイイ!」
 告げる朝樹の言葉を喰らうように、姫の名を持っていた攻性植物はーー吠えた。

●舞う花びらを涙と言えば
 瞬間、視界を覆うほどの山茶花の花が戦場に舞った。淡く、光を帯びた花びらは宙で踊りーー落ちる。交わすには密度が濃すぎるか。触れた瞬間、ごう、と唸るほどの炎が戦場を包み込んだ。
「大丈夫か?」
「ーーまぁ、なんとかいけるっすよ」
 小さく、息を詰め、迅の言葉にザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は頷く。視線を上げた先、こちらも、とローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)が剣を抜く。
「問題ないわ」
「はい」
 頷いたラズリア・クレイン(黒蒼のメモリア・e19050)は息を吸う。痛みより先に、熱さが届く。じくじくとした感覚はあの炎の所為だろう。だが、それを感じる程度。愛用の槌を握る手に違和感はない。
「こっちの回復は先に行くっす」
 ザンニの肩で、翼を広げていた青い目をした鴉がしゅるり、と鳥を模した形状の杖へと変わる。空いた手に符を構え放てば淡い光が戦場に落ちた。
「熱を、払うっす」
 癒しの陣は、後衛へと届く。熱が払われるのを瞳に、では、と朝樹は手にした符を解き放った。
「こちらは前衛へと参りましょう」
「ギィイ!」
 異変に気がついたか。舞い踊る紙兵に、姫椿が鈍い音を響かせる。動きだした巨体にラズリアは動いた。
「山茶花に罪はございませんのにね」
 振り上げたのは愛用の槌。空を叩く一撃は竜の咆哮となる。
「散って、頂きましょう」
 重い一撃が姫椿へと届いた。踏鞴を踏む巨体を視界に、天羽・蛍(突撃戦闘機・e39796)はヒールドローン達を展開する。
「前衛へ、よろしくね」
 重ねて紡ぐそれは、回復ではなく守りの手だ。
(「秋らしい景色。こんな時じゃ無ければゆっくり見たいけど今はそんな場合じゃないね。確実に助け出そう」)
 助ける為にまず、自分たちが立っていないといけない。
「千鷲さん、植物の残体力に気をつけてお願い」
「仰せのままに。さて仕事と行こうか」
 撃鉄をひいた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が、地を蹴っていく。射線をとった男の前、揺らぐ姫椿に蛍は顔を上げた。
「向かってくるよ」
「引き受けるわ」
 静かに告げたローザマリアが、切っ先を姫桜へと向ける。解放された魔法は、石化の光を打ち出した。
「ギィ!?」
 衝撃に、姫桜が僅かに身を浮かせる。与えるダメージが強すぎるかどうか、確認の為だったがーー序盤の今では、まだ強すぎるかどうかの判断はつかないか。
「十分、注意しておく必要はありそうね」
「とりあえずは、まぁまだピンピンしてるってことだね」
 ローザマリアの言葉に、ゼロアリエが猟犬の鎖を戦場へと踊らせる。紡ぐ癒しは前衛へ。リューズ、と呼びかけた先、ツンデレ反抗期の相棒殿も指示には耳を傾けてくれるらしい。
「頼りにしてるからね」
「……」
 重ねる加護の光を視界に、若雪は後衛への癒しを紡ぐ。淡い光の中、姫椿の意識が向かうのは癒し手たちだ。
(「成る程、回復手を狙ってくる……か」)
 こっちにはこっちで事情もある。
 揺れる巨木に取り込まれたまま、揺れる指先を視界に迅は癒しの術を展開した。
「悪ぃな、しんどいかもしんねぇけどももうちっとばか耐えてくれっか?」
 癒しの向かう先は、姫椿へ。声は青白い顔をしたままの店主へ。
 浅く開いた唇が、震えるように息を零したのを見ながら迅は真っ直ぐに、戦場を見据えた。

●伝え聞く
 舞い上がる炎の中、剣戟が響いていた。囚われた店主へと声をかけながら、ケルベロス達は戦場を駆ける。
 救う為の戦いは、結果として長期化する。だがその長期を保てているのも、姫椿に与えるダメージを注意しながら攻撃の手を選び、立ち回っているからだ。自分達が立ち続けたその上で。
「たとえキレイな花でも悪さするなら止めないとね」
 ふ、と息を吐きゼロアリエは天を指差す。
「本日は晴天なり。ただし所により俄か雨が降るでしょう」
 晴れ渡った空から癒しの雨が降り注いだ。回復は後衛へと。舞い上がった花から受けた熱を払い、傷を癒せば踏み込む一歩は加速する。
「山茶花に捕らえられた白鷺――店主の命は、救ってみせる」
 告げたローザマリアは、力ある言葉を解き放つ。
「……其は全ての仇為す者達を地に留め置く誅罰の縛鎖」
 それは中空に浮かび上がった紋様から打ち出される無数の縛鎖。
「星霜の後も天を鎖せ、永久の戒めよ」
 淡い光の中から所管された鎖は、踏み込む姫椿を絡め取った。
「ギィ!?」
「これ以上はさせない」
 ローザマリアの一撃が姫椿を絡め取れば、一瞬の隙が生まれる。そこをケルベロスは逃さない。姫椿の回復を行なった迅が、そろそろだと声をあげた。
「回復不能のダメージ、いい感じに重なってきてる」
 癒し手であったからこそ気がついた感覚。後少しだ、と告げる声を払うように、姫椿が熱を帯びた花びらを散らした。向かうのはーー後衛か。だが、一撃が熱と変わるより先に踏み込む者達の姿があった。
「させないよ」
「えぇ」
「そういうこと!」
 ゼロアリエ、若雪、蛍だ。
 巻き上がった炎を盾役として受け止めた3人に、ザンニが回復を告げる。
「回復するっすよ。後は……」
「えぇ。届けましょう」
 淡く、落ちる光の中。指先から痛みが払われるのを感じながら、若雪は踏み込む。
「狂える姿のまま、次なる季節い冬の桜を迎えたとて、最早姫は幸いとは言えぬでしょう」
 貴女に血の色など、似合わない。
 流れるように、舞うように。閃く刀が姫椿へと届く。
「せめて、これ以上の悲哀と不幸を呼ぶ前に……安らかなる眠りを」
「ィイ!」
 一撃に、姫椿が揺れる。暴れるような枝に、右だと上がる迅の声に若雪は地を蹴る。追いかける枝を制したのは蛍の一撃だ。
「させないよ」
 光は、花を撃ち抜く。砕けた枝を視界に、ラズリアは蒼光の弓矢を手にする。それは始原の楽園を崩壊させし一手。
「混沌を破壊せし星となりて敵を討て!」
 放たれた星光の矢が姫椿を刺し貫く。暴れるように姫椿はその身を振るった。まだだと言うように踊る金色の粉はーーだが紅き花に制される。
「!?」
「店主殿の命と花の命を以ての仮初の輝き。偽りの謳歌は儚きもの」
 それは朝樹の紡ぐ術。薄紅の霧は花のように枝葉に触れ、光を制しーーその奥へと、届く。
「届かぬ姫の想いが高天原で昇華されますよう――どうぞお休みなさい」
 バキ、と枝が割れた。紅き花と散り舞う山茶花の紅。どちらも霞となって大気へ消える様へと朝樹はそっと指先を伸ばした。
「ギ、イ」
 触れるのは一瞬。枝が落ち、ぐらり、と姫椿は崩れ落ちる。転げるように落ちた店主を迅が受け止めれば、次の瞬間、さっきまでとは違う華やかな花が一瞬咲きーー光となって、消えた。

●山茶花と冬桜
「もう秋も終わり、って気がするな。山間の花が散るのを見るとさ」
「そだなぁ……冬になったら雪降んのかね、この辺は」
 ほう、と落とす息が白く染まるにはまだ少しかかるだろう。救出後、目を覚ました店主はケルベロス達に礼を言うと、ぜひ店に遊びに来て欲しい、と言った。姫椿の弔いを終えれば、手も空く。開店までは流石に少しばかり時間がかかるから、ということで迅はつかさと一緒に散策に出ていたのだ。
「栗もなかも練り切りも折角だし土産に買ってこーぜ? あいつらにゃ物足りねぇかもしんねぇけどな?」
「確かに、質より量な所があるけど。ちゃんと……良いものは少量で味わう、ってのも知ってるさ」
 吐息一つ零すようにして、つかさが視線を上げれば、息をつく迅の姿が見えた。
「つか、あいつらはもう少し風情とか情緒とか必要だろ……」
「四季の彩りを綺麗に映して見た目でも季節を感じられるのが練り切りの良さだと……」
 ほう? とばかりに向いた迅の視線を感じながらつかさは次を紡いだ。
「理解してる、と……思う」
 思う、と。
 妙に開けてしまった間は旅団の皆を思い出してか。吹く風にコートの裾を引けば、用意ができたと店主の声がした。

 曰く、この地にある山茶花が姫と呼ばれるようになったのは季節外れの桜が姿を見せた頃であったという。
「その頃、山茶花の花の付きが悪い年があってな」
 やれ、拗ねたんじゃないかと誰かが言い出してな、と和菓子屋の店主は笑った。姫と呼ばれたのはその頃らしい。
「翌年、姫椿が美しく咲けば冬桜も少しばかり早く咲いたそうだ」
 だが互いに花を見せることはできない。花びらで触れられるのは桜ばかり。
「姫は、冬桜の話ばかりを聞くものだから、と先代が言ってね。共に咲く日を夢見ているのだろう、と」
 何故そんな話に行き着いたのかは知れぬまま。ただ、店にある花の絵は店主が誰かから貰い受けたものだという。
「大切にしてくれと、そう言ってね」
 姫椿と冬桜の絵。二つの額縁は並んで飾られていた。

 湖畔を揺らす漣を眺めながら、蛍は和菓子をひと口、口にする。
(「和菓子と言えば抹茶が合うね。上生菓子の上品な甘さが口に残った後にゆっくりと飲む抹茶は本当に美味しい」)
 ふ、と口元を綻ばせ、蛍は手の中の器を見る。常緑を思わせる深い緑に、するり、と伸びて見えたのは器に描かれた絵だろう。
(「そういえば器に描かれている絵は姫椿かな?」)
 ゆるく、傾けてそっと見れば美しい花の絵柄と出会う。少しばかり、その端の色が外で見たものと違う気がした。
「これは……」
 あぁ、と蛍は思う。冬桜の色だ。
「今年の秋もそろそろ終わりだね」
 ほう、と零す息ひとつ、肌寒くなってきた秋の景色に目を細めた。

「この山茶花が姫、なのかな?」
「かわいいね。食べちゃうの、もったいない」
 眉を下げたティスキィの横、ひょい、とリューズが鼻先をあげる。まだダメよ、と言う彼女の声には伸ばした足をそっと戻すのだから、相棒は今日もゼロアリエに対してツンデレ期だ。
「まだ、ゼロと見ていたいから。もう少しだけ」
 せっかくだし、と並べた二つはゼロアリエとティスキィの前で漸く隣同士だ。喫茶スペースのふかふかの長椅子に腰掛けて、ほんのりと届く甘い香りに知らず笑みがこぼれた。
「山茶花が冬桜を追いかけるなんてカワイイねぇ」
「折角なら冬桜と姫椿を選んで一緒に並べて。冬桜を追いかけてもすれ違ってしまう姫椿が来年こそは追いつけると、いいよね」
 二人、選んだ和菓子を半分こずつ。ティスキィが美味しそうに食べてくれるから可愛くて、思わず和菓子より彼女に目が行ってしまう。
「キレイな和菓子とカワイイキィ、シアワセだ~」
「ゼロの笑顔も幸せそうで、花のようにステキだから」
 はく、と口の中、広がる幸せに自然と笑顔になればふと目があって。照れ隠しに、ティスキィは和菓子をゼロアリエの口元へと差し出した。ふに、と唇に触れて。小さく瞬いた婚約者に紅緋の瞳の少女は微笑んだ。
(「その笑顔が私のそばでずっとずっと咲き続きますように」)

 ショーケースには様々な種類の和菓子が並べられていた。メニューには名前だけを。後はその目で選んでほしいと笑う店主にラズリアは思わず笑みを零した。
「ああ、こんなに美味しそうな和菓子がたくさんあったら、私迷ってしまいます……!」
 ぱぁっと目を輝かせると、ラズリアは綺麗に並んだ和菓子を見つめる。冬桜の飾りと共に並ぶ上生菓子、紅葉の模様の入った羊羹にオススメの文字が輝く最中。
「最中も良いですし、羊羹も食べたいですしっ…と、一人で盛り上がってしまってました」
 こほん、と一つ息を切って、まっすぐにラズリアは店主を見た。
「とりあえず、端から端まで一つずつ、全部頂きましょう」
 そう、甘味は胃袋ブラックホールなのだから。ひょい、とラズリアはショーウィンドウを眺めたままの千鷲を見た。
「三芝様はどれがお好きですか?」
「なんかどれも美味しそうなんだろうなって。キミがそんなに楽しそうにしてるから」
 ふ、と笑って、千鷲は上生菓子と栗最中を選んだ。

「栗のお菓子というとモンブランをよく思い浮かべるんすけど、和風ものってのも良さそうっすよね」
 和栗を使った和菓子。季節の品らしく、折り紙で作られた栗の飾りが店の棚に飾られていた。
「やっぱり人気者が気になるので、自分は栗もなかの注文を」
「俺も栗もなかを注文しよう」
 ユラさんは? と見た先、友人も栗の魅力に抗うことはできなかったらしい。花の紋様が入ったテーブル席へと辿り着けば、お茶の良い香りと共に栗もなかがやってくる。さくり、と一口、口にすれば餡子と栗の爽やかな甘さが、秋らしいハーモニーを感じさせる。思わず、頬を緩めたそこでーーはたと、ザンニは気がついた。
「……は! そういえば何時も甘味処ばかり。連れ回してましたが甘いものお好きでしたっけ?」
「甘味処は元々好き故、平気だ」
 此れが人気者の実力か、と栗もなかに舌鼓を打っていた揺漓は、ザンニに笑った。
「未だ知らぬ店を色々と行けることもあって、実は御誘いがあるのを何時も楽しみにしているんだ」
「美味しいものは分け合えた方が、より楽しくなるっすからねぇ」
 ゆるり、ひとつ笑うザンニに頷いて揺漓は言った。
「俺で良ければ、何時でも」

「成る程、この葉は冬桜の葉ね」
 落とし文は初夏の和菓子だから、と。もしあればと頼んだ先で、店主は変り種であれば、とこの落とし文を出してくれたのだ。
「見目と、餡を季節に合わせて変えたものだがね」
「御馳走様。白鷺堂、善い味だったわ。覚えておくわね」
 伏せた瞳を上げたローザマリアに、店主は嬉しそうに頷いた。

 山茶花の枝が遠く、揺れていた。大樹と呼ばれた姫椿は、冬桜が姿を見せ出した頃からあったという。
「逸聞が残るのも頷ける佳景ですね」
 さくり、と口の中、溶ける栗もなかに笑みを零し、若雪は視線を上げた。店に飾られている絵は姫椿と冬桜だろうか。手を伸ばすように伸びた枝は二つの額縁の間で届かない。
(「ん? ですが……」)
 花びらばかりであったと、店主の話にはあった。留守番になった友の為に、お土産話と合わせて上生菓子も頂きながら、若雪は飾られている絵をじっと見た。互いの枝にかかる淡い影。あれは互いの花びらだ。
「ついぞ想いは届かずとも――その記憶は白鷺の主と残る花達、そして僕達が継ぎましょう」
 お休みなさい、姫君。

「レイリさんも千鷲さんも上生菓子は初見ですか?」
 炉開きに用いる山茶花の主菓子を選び、見つけた冬桜の干菓子を一緒に買った朝樹の言葉に、千鷲は頷いてみせた。
「僕は見たのも初めて、かな。レイリちゃんは見たことはあったみたいだけど」
 千鷲は、未だ物珍しそうに並ぶ和菓子を見ていた。
「ならば茶道も未体験でしょうか。宜しければ今度茶席へ招待致しますよ」
「興味深いな、うん。良ければ是非。レイリちゃんも確か経験ないって話だったかな」
 見ることはあっても、経験は無いらしい。
 先の約束をひとつ紡いだ所で、ふいに、風が吹いた。外より少し、暖かく感じるのは穏やかな晩秋の日差しが差し込んでのことだろう。ふ、と朝樹は目を細める。舞う白い欠片へと掌を差し出せば、指先に触れて舞い上がるのは早咲きの冬桜の花弁か初雪か。
「……」
 姫椿は追いかけ、冬桜も叶うならばと手を伸ばし花を見せていたのだろう。届くには未だ足りぬまま、古老の一振りは眠りについた。結んだ組紐を思い出し、いずれ、捕らえることなく風に流して微笑む。朝日の射す淡い金の瞳をふ、と緩め、謳うように朝樹は告げた。
「自由なまま、あるがまま」
 花も雪も咲き誇りなさい。
 舞うように空を滑る指先に、花の甘い香りが触れるようにして舞っていった。

作者:秋月諒 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。