黄金の木々

作者:土師三良

●黄葉のビジョン
 山梨県某所の湖畔にある公園の一角。
 秋の終わり頃になると、そこに黄金の回廊が現れる。
 黄葉したポプラ並木だ。
 その美しさを満喫しながら、三十人ほどの老人たちがぞろぞろと歩いていた。
「絶景、絶景。バスに揺られた甲斐があったってもんだ」
「冥土に続く道もこんな感じなのかもしれんのう」
「縁起でもないことも言わないでくださいな」
「よーし! このポプラ越しの富士山の写真をSNSにアップして、いっちょバズらせてやっか!」
「おまえさんはあいかわらず若いねえ」
 だが、騒がしい並木巡りは中断を余儀なくされた。
 道の中央に魔空回廊が開き、光り輝くエインヘリアルがその奥から現れたのである。もちろん、『光り輝く』といっても、体そのものが光を放っているわけではない。宝石が散りばめられた黄金の甲冑を纏っているのだ。
「随分と地味な場所だなぁ。薄汚い色の葉ばっかりじゃねえか。おまけに定命者どももうっす汚い老いぼればかりと来たもんだ。まあ、しかし――」
 エインヘリアルは体の前で両腕を交差させて、左右の腰から剣を抜いた。ちなみに剣の柄や鞘も黄金色であり、宝石が埋め込まれている。
「――血の色をたっぷり加えれば、俺好みの派手な景色になるかもな!」
 そして、エインヘリアルは二本の剣を振るい始めた。
『派手な景色』とやらを生み出すために。

●あかり&イマジネイターかく語りき。
「エインヘリアルの凶行を予知しました」
 離陸の準備が整ったヘリオンを背にして、ヘリオライダーのイマジネイター・リコレクションがケルベロスたちに告げた。
「永久コギトエルゴスム化の刑罰を受けた者が送り込まれてくるという事件が頻発していますが、今回もそれと同じケースです。凶悪な罪人を地球に解き放つことで、エインヘリアル勢は人々に恐怖と憎悪をもたらそうとしているのでしょう。上手くいけば、地球で活動しているエインヘリアルの定命化を遅らせることができますから。もちろん、その罪人がケルベロスに倒されることも織り込み済みだと思われます」
「許せないよね。人の星を流刑地兼処刑場にするなんて……」
 と、静かに怒りを表したのは新条・あかり(点灯夫・e04291)だ。
「で、罪人のエインヘリアルが事件を起こす場所はどこ?」
「河口湖の湖畔にある公園のポプラ並木です」
「ポプラ並木?」
 静かなる怒りの表情から一転、あかりは目を輝かせた。シャドウエルフ特有の長い耳を無意識のうちに勢いよく立てて。漫画なら『ピコン!』という擬音が描かれるだろう。
「今の時期はきっと綺麗だろうね」
「はい。クロロフィルの減少に伴う葉の変色作用によって、趣のある情景になっていますよ。でも、件のエインヘリアルは風流を解さない性質らしく、『薄汚い色の葉』などと評しています」
「うーん。確かに『薄汚い色の葉』は論外だけど、『クロロフィルが云々』という表現もせっかくの趣が台無しになっちゃうような気が……」
 苦笑交じりに呟くあかり。今度は耳が垂れている。漫画なら『へなへな~』という擬音が描かれるだろう。
 その反応に気付くことなく、イマジネイターは話を続けた。
「予知の中でエインヘリアルの罪人の犠牲になったのは観光客の一団――『フェニックス老人會』というサークルに属する高齢者の方々です。とくに避難誘導などをする必要はありません。高齢とは思えないほど元気なかたばかりなので、皆さんがエインヘリアルの相手をしている間に自力で避難されるはずです」
「頼もしいね」
「はい。その頼もしさに応えるためにも――」
 か細い体に似合わぬ力強い声でイマジネイターは皆の奮起を促した。
「――風流を解さないエインヘリアルをきっちり仕留めてください」


参加者
琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
月岡・ユア(孤月抱影・e33389)
差深月・紫音(変わり行く者・e36172)
真田・結城(銀色の幻想・e36342)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)
朧・遊鬼(火車・e36891)
ナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)

■リプレイ

●一犬当千の武辺者にて候
 ポプラ並木に挟まれた遊歩道が惨劇の場に変わろうとしていた。
「随分と地味な場所だなぁ。薄汚い色の葉ばっかりじゃねえか。おまけに定命者どももうっす汚い老いぼればかりと来たもんだ。まあ、しかし――」
 惨劇を引き起こさんとしているのは一体のエインヘリアル。
「――血の色をたっぷり加えれば、俺好みの派手な景色になるかもな!」
 黄金の柄と鍔を有した二本の剣を黄金の鞘から抜いて、黄金の甲冑を纏ったエインヘリアルは獲物の群れをねめつけた。
『フェニックス老人會』というサークルに属する三十人ほどの老人たちである。
 凶悪なデウスエクスを前にして、力なき彼らは恐怖におののき、絶望に打ちひしがれ、死の運命を受け入れ……てなどいなかった。
 それどころか――、
「よっ! 待ってました、地獄の猟犬!」
「一騎当千ならぬ一犬当千!」
「かー! またまた若い連中においしいところを持ってかれるのかよー。たまにはワシらにも一暴れさせてくれっての」
「あらまあ。うちの孫と同じ歳くらいの娘までいるじゃないの」
「そこのお兄さん、後でサインをちょうだいね」
 ――と、口々に歓呼の声をあげ始めた。
「……へ?」
 目をテンにしたエインヘリアルであったが、老人たちの視線と声が自分を素通りしていることに気付いて振り返った。
 そこにいたのは十数人の戦士たち。
「おおう!? ケルベロスか! ケルベロスだな!」
 喜悦に顔を歪めて、エインヘリアルは身構えた。
「老いぼれ相手では物足りぬと思っていたところだ! 貴様らの血で飾ってやろう! このどうしようもなく地味ぃ~な景色と、『電光のドゥルグ』と呼ばれた俺様の花道を!」
「花道などと言うからには判っているのだな? ここが自分の死に場所になると……」
 静かに問いかけたのはシャドウエルフの朧・遊鬼(火車・e36891)。
 相手の反応を待つことなく、彼は言葉を続けた。
「しかし、この情緒ある風景の良さまでは判っていないようだ」
「そういう無粋な野郎にゃ、とっとと退場してもらわねえとな。もちろん、花道を通って退場とはいかねえけどよ」
 と、猫の人型ウェアライダーである差深月・紫音(変わり行く者・e36172)が言った。敵ほどではないが、彼の姿も派手だ。赤い着物を羽織り、目尻に紅をさしている。
 その二人に続いて、シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)もドゥルグを挑発した。
「ホント、こんなに綺麗な金色を『薄汚い色』呼ばわりするなんて――」
 黄葉に染まった並木をぐるりと見回した後で、バスターライフルを突きつける。
「――性格も感性も腐ってるんじゃないの?」
「腐っているのでしょうねぇ」
 と、新たに攻撃ならぬ口撃に加わったのはサキュバスの琴宮・淡雪(淫蕩サキュバス・e02774)だ。
「永久コギトエルゴスム化の刑罰を受けるほどの悪漢ですから、さぞかし凶暴な風体をしているのだろうと思っていたのですが……まさか、こんな中二病くさい装備に身を固めてるなんて。もしかして、中二病を煩い過ぎちゃったという理由で刑罰を受けたとか?」
「まあ、そう言うな。価値観というのは人それぞれだし、感性の有無をとやかく論じてもしょうがない」
 と、神崎・晟が仲間たちをなだめ、無粋なドゥルグをフォローした。
「とはいえ、血潮で云々などという猟奇的な発想は許容できないが」
 いや、フォローの意図はなかったらしい。
 代わりに晟は前衛陣をフォローした。ヒールドローンの群れを展開して防御力を上昇させるという形で。
 そして、ドローンが隊列を組み終えた瞬間、あかりがライフルを発射した。
 銃口から飛び出したのはゼログラビトンの光弾。
 それがドゥルグの胸に命中して弾けると同時に淡雪も口撃ならぬ攻撃を仕掛けた。傍目には無言の冷笑を浴びせたようにしか見えないだろうが、それは『triumphant smile(トライアンファントスマイル)』という名の歴としたグラビティ。ダメージを与えるだけでなく、怒りを植え付ける効果もある。
「ええい! なにがおかしい!」
 ドゥルグの顔がまたもや歪んだ。今度は喜悦ではなく、憤怒によって。
「食らえい! 百刀流宙撃斬っ!」
 二本の剣が唸り、斬撃が矢継ぎ早に繰り出された。標的は中衛陣の淡雪。『triumphant smile』の怒りが効いたのかもしれない。
 しかし、淡雪はひらりと身を躱した。同じく中衛に陣取っていたテレビウムのアップルも攻撃に巻き込まれる形となったが、紙一重で回避した。テレビフラッシュで新たな怒りを付与しながら。
「随分と立派な武器を持ってるな」
 サキュバスのナザク・ジェイド(甘い哲学・e46641)がドゥルグに声をかけた。だらりと下げた腕の先から鎖が伸び、サークリットチェインの魔法陣を淡雪とアップルの足下に描いていく。
「しかし、ちゃんと使いこなせているのか?」
「無理、無理! 使いこなすとかいう以前に持ち慣れてないでしょ!」
 せせら笑いながら、オラトリオの月岡・ユア(孤月抱影・e33389)がスターゲイザーを放った。
「だって、そんなに派手な武器なのに、キミが持ってると地味っぽく見えるもーん!」
「なんだとぉーっ!?」
 顔を更に歪めるドゥルグ。
 その隙をついて遊鬼もスターゲイザーをぶつけようとしたが、ドゥルグはいとも簡単に躱した。
 だが、紫音の斉天截拳撃までは躱せなかった。
「てか、その武器って、大層なのは見かけだけじゃね? そんな物で本当に人を殺せるのか?」
 ヌンチャク型の如意棒を叩きつけながら、嘲りの言葉をぶつける紫音。
 更に淡雪も嘲罵の追撃を加えた。
「百刀流とか仰ってましたけど、残りの九十八刀はどこですのぉ?」
「ここにある!」
 淡雪たちを睨みつけて、ドゥルグは両手の剣を突き上げた。
「俺の手で振られる一刀は十刀に値するのだ! 右手に十刀、左手に十刀、合わせて百刀!」
「……なにを言ってるんですか? なにを言ってるんですか?」
 と、狼の人型ウェアライダーである真田・結城(銀色の幻想・e36342)が問いかけた。
 冷め切った声で。
 あえて、二度。
「右手に十刀、左手に十刀、合わせて百刀ぉーっ!」
 剣を空に突き上げたポーズのまま、ドゥルグは律儀に答えた。結城の言葉を純粋な質問と受け取ったらしい。
 そんな彼に向かって、人派ドラゴニアンのラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)が轟竜砲を発射した。大音声のツッコミとともに。
「いや、合わせても二十刀しかないだろうが! 足し算とかけ算の区別もつかないのかよ!」
「かけ算だとぉ?」
 砲弾の直撃に怯むことなく、ドゥルグは胸を張ってみせた。
 そして、揺るぎなき自信に裏打ちされた声で言い切った。
「そんな高等数学は知らーん!」
「こ、高等数学って……」
 呆れ返るばかりのラルバ。
 その横を結城が通過し、黒鉄の日本刀を振って、ドゥルグに月光斬を浴びせた。
 先程と同じ言葉を繰り返しながら。
「な、に、を、言っ、て、る、ん、で、すか?」

●万愚不当の阿呆者にて候
 皆がドゥルグの相手をしている間に比嘉・アガサはフェニックス老人會の面々を守っていた……というよりも、見張っていた。元気な彼らが暴走しないように。
「はい。ここから先には行かないようにね」
 アガサが地面に線を引いていると、淡雪が戦場から声をかけてきた。
「アガサ様! そこに逃げ遅れたおじいさまが!」
「あ、ホントだ。おじいちゃん、なにやってんの。ほら、早くこっちに来て」
 と、アガサが親切に避難を促したにもかかわらず、その礼儀知らずな『おじいちゃん』は怒声を返してきた。
「誰がおじいちゃんだ、こらぁーっ!?」
「あれ? なんだ、ヴァオだったのか。ごめん、間違えた。ついうっかり」
 そう、その『おじいちゃん』はフェニックス老人會のメンバーではなく、チーム最年長のヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)だった。
「なんで間違えんだよ!? 俺はピチピチのアラフィフだぞー!」
「……ピ、ピチピチ?」
 首をかしげながら、玄梛・ユウマがサイコフォースでドゥルグを攻撃した。
「……ピチピチだと?」
 同じ角度で首をかしげながら、晟がまたヒールドローンを飛ばした。
「そう! ピチピチだから! ピチピチだーかーらー!」
 若さを必死にアピールしつつ、『紅瞳覚醒』の演奏を始めるヴァオ。
 だが、そのギターの音色はすぐにかき消された。
 ドゥルグの咆哮によって。
「百刀流天衝光!」
 二本の剣から禍々しい光が放射された。今回も標的は中衛陣。
 しかし、淡雪はそれを躱すと――、
「さすが、百刀流。なんとか避けることはできましたけど、あと九十八刀あったら、あぶなかったですわ。ホント、あぶなかったですわー」
 ――と、相手を嘲弄しつつ、戦術超鋼拳を叩きつけた。
 アップルも無傷だったが、攻撃を回避したわけではない。玉榮・陣内が盾になったのだ。
 もっとも、陣内は不満げな顔をしていた。本当は恋人のあかりをクールな挙動で庇いたかったのである。クールに庇うことには成功したものの、対象がテレビウムではコントにしか見えない。
「この野郎……よくもイケメンムーブを披露する機会を奪ってくれたな」
 微塵も正当性のない怒りを両腕の縛霊手に込めて、双掌裂界撃でドゥルグを攻撃する陣内。
 彼に続いて、他の者たちも次々と猛攻を加えた。
 各々のグラビティに挑発の言葉を添えて。
「ほらほら、もっと暴れてみせて? せっかく、キミと派手に戦うために来たんだからさぁ」
 と、楽しそうに語りかけたのはユアだ。その身を覆うバトルオーラ『死神ノ寵愛』から気咬弾が撃ち出され、ドゥルグの甲冑に穴を穿った。
「言われなくても、暴れてみせるわ! 派手に、華やかに、ダイナミックに!」
 ドゥルグは両腕を体の前で交差させ、勢いよく広げた。
「百刀流空絶波!」
 水平の軌跡を描いた二本の剣から旋風が生じた……が、それは誰も傷つけることなく、虚しく吹き去った。またもや回避されたのである。
「百刀流だか二百刀流だが知らないけど――」
 あかりの体に七色の薔薇が咲いたかと思うと、棘だらけの蔓がドゥルグに伸びて絡みついた。『7th heaven(セブンスヘブン)』というグラビティだ。
「――当たんなきゃ、意味がないんだよ」
「なのー!」
 あかりに同意するかのように鳴きながら、ナノナノのルーナが尻尾をドゥルグに突き刺した。
「てか、どうして派手とか華やかとかダイナミックとかにこだわるかねえ」
 着物を翻して、紫音が旋刃脚を披露した。槍のごとき爪先がドゥルグの太股を刺し貫く。
「そう言うシオンの身なりも派手だが……」
 ブレイズクラッシュで追撃しながら、遊鬼が指摘した。
 それを聞き流して、敵の挑発を続ける紫音。
「戦場っていうのは派手なら良いってもんじゃねえんだぞ。まあ、お子様にゃわからねえか」
「誰がお子ちゃまだ!? 俺は貴様らなんぞよりも八百箇月は長く生きてる!」
 必死の形相を見せて、ドゥルグは抗弁した。主張は逆だが、先程のヴァオに通じるものがある。
「八百箇月って……」
 鼻白みながらも、ラルバが再び竜砲弾を発射した。
 そして、サークリットチェインを展開しているナザクに問いかけた。
「なんで、年じゃなくて月なんだろうな?」
「……たぶん、桁が多いほうが派手だと思っているんじゃないか」
「その通りだ!」
 と、ドゥルグが力強く頷いた。
 一ミリたりともブレない男である。
 別の言い方をするなら――、
「――暑苦しい奴だ」
 ナザクが面倒くさげに吐き捨てた。

●百宴錬磨の洒落者にて候
 知力の低さ(『知力の無さ』と言うべきか?)を気力と体力でカバーして、ドゥルグは獅子奮迅の戦い振りを見せた。
 もっとも、ただ『見せた』だけであり、実際にダメージを与えた回数は少なかった。あかりが言ったように、当たらなければ意味がないのだ。
「おまえの望みどおり、血で染まったな」
 遊鬼がドゥルグめがけてエクスカリバールを投げた。最初に使ったスターゲイザーと同様、命中率は高くない。しかし、ドゥルグは回避することができなかった。状態異常が大量に付与されて、動きが鈍くなっているのだ。
「ええ、染まりましたね」
 結城が小さく頷き、雷刃突を繰り出した。
「この景色じゃなくて、悪趣味な甲冑が」
「やかましい!」
 と、怒鳴り散らすドゥルグの甲冑は確かに血に染まっていた。その大半はケルベロスたちの返り血ではなく、彼自身が流した血だ。
「我が鎧の輝きを曇らせた血は貴様らの血で拭ってやるわ!」
「その意気、その意気! 血塗れになろうが、傷だらけになろうが――」
 ユアが愛刀の『終焉ノ月律』を振り、月光斬を見舞った。
「――最後の最後まで全力でぶつかってきてよ!」
「おう! 俺の全力を見せてやる! 億刀流宙撃斬!」
 ドゥルグは両腕を振り回し、二本の剣を乱舞させた。技の名前の頭につく言葉が『百刀流』から『億刀流』に変わっているが、レベルアップしているわけではない(それどころか、状態異常の影響で威力も命中率も低下している)。
 例によって例のごとく、そのワンパターンな攻撃は中衛陣へと向けられた。
 そして、例によって例のごとく、あっさりと回避された。
「さすが、億刀流。なんとか避けることはできましたけど、あと九千九百九十九万九千九百九十八刀あったら、あぶなかったですわー。ホント、アブナカッタデスワー」
 空を切る剣が起こした風で髪をなびかせながら、淡雪が縛霊撃で反撃した。愚かな敵を煽り続けることに疲れた(かつ飽きた)ため、棒読みになっている。
「正直、ちょっと驚いた」
 ゾディアックソードを手にしたナザグが憑霊弧月で追撃した。
「まさか、おまえが『億』という単位を知っているとは……意外と教養があるんだな」
「なははははは! 恐れ入ったか!」
 網状の霊力に拘束されて(縛霊撃)、霊体たちが憑依した刃に斬り裂かれる(憑霊弧月)という地獄絵図のような状況であるにもかかわらず、肩を揺らして哄笑するドゥルグ。
「皮肉ってものが判らないのかよ!」
 ラルバが両手を突き出し、『降駆・風神掌(コウク・フウジンショウ)』を発動させた。練り上げられたグラビティチェインが突風に変じて掌から放たれ、ドゥルグの体を自慢の甲冑もろとも傷つけていく。
「なにぃ!? 今の皮肉だったのかぁ?」
 ドゥルグは驚愕に目を見開いた。突風のグラビティがもたらしたダメージよりも、ラルバの言葉がもたらしたショックのほうが大きいようだ。
「許さんぞ、貴様ら! 誇り高き勇者を愚弄した罪は万死に……いや、千死に値するぅーっ!」
「もしかして、万よりも千のほうが大きいと思ってるのか?」
 そう問いかけるラルバを無視して、派手好きなエインヘリアルは得物を構え直した。
「千億刀流空絶波!」
 咆哮が戦場に響いた。
 そう、咆哮だけが。
 必殺(と本人は思っていたであろう)の技は繰り出されなかった。
 それに先んじて――、
「『兆』という単位は知らないみたいだね」
 ――あかりがドラゴニックミラージュを放ったからだ。
 そして、竜の幻影が吐き出した炎によって、ドゥルグは消し炭に変わった。
 黄金の甲冑に包まれた大きな消し炭に。

 戦闘の余波で荒れた場所をケルベロスたちは一通りヒールした。
 ヒールの性質上、完全に元通りとはいかない。それでも再生した景色は鑑賞に耐えるものだった。今は亡きドゥルグの趣味には合わないだろうが。
「お疲れ様、ユウキ、シオン」
 遊鬼が結城と紫音に声をかけた。
「仕事も片付いたことだし、少しばかり散歩でもせぬか?」
「いいですねえ」
「うん。せっかく来たんだから、駄賃代わりに目を楽しませてもらおうか」
 連れ立って歩き出す三人。
 彼らの他にも散策を始めた者たちがいる。
 あかりと陣内だ。
 名匠たちが描いたポプラの絵を心のうちに蘇らせながら、本物のポプラが並ぶ道を行く陣内。
 並んで歩くあかりはといえば、前方でもポプラでもなく、陣内をじっと見つめ続けている。
 陽光を透かして輝く黄葉と同じ色の瞳で。
 もっとも、静かな時間が流れているのはこの二人の周囲だけだった。
 先程まで戦いが繰り広げられていた場所では、フェニックス老人會の面々が楽しげに騒いでいた。
「そりゃあもう、調停期の終わり頃ってのは混乱も混乱、大混乱だったわいな。だけど、そういう時代を経験したからこそ、ワシらは……」
 ……などと昔話を始めた者もいる。
 しかし、ケルベロスたちは疎ましげな反応をしなかった。
 ラルバに至っては――、
「なるほどー」
 ――と、熱心に聞き入っている。そもそも、彼が老人たちに話をせがんだのだ。
 ユウマもまた話を聞いていたが、人生の先達者たちの英気に少しばかり圧倒されていた。
「フェニックス老人會……凄いサークル名ですけど、実態はそれ以上に凄いですね」
「そうだな」
 苦笑混じりのユウマの呟きにナザクが答えた。
「ドゥルグに負けず劣らず暑苦しい方々だ。まあ、しかし、ご老人が元気なのは良いことだな」
「うんうん。元気が一番だ」
 と、何度も頷いたのはユア。
 老人の昔語りに耳を傾けつつ、彼女は改めてポプラ並木に視線を巡らせた。
(「綺麗な色だなぁ。来てよかった!」)

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年12月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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