水難マリン襲来! 週末の温泉は波乱の行方?

作者:麻人

 それが目の前に現れた時、水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)は予定外だ、と肩を竦めた。
「ふふふ、ひとりきりでこんな辺鄙な温泉にやってくるなんて襲ってくれと言わんばかりじゃない?」
 楽しそうに笑うのは下半身を鱗に覆われたドラグナーの娘。その手に槍を持ち、温泉を楽しんでいた最中のサテラを魅惑的な瞳で見つめる。
「で、いったい何の用なの? こっちは楽しく休日を楽しんでいたのだけど……」
「美しい者も溺れれば醜くなるの」
 ギラリ、と刃を閃かせて彼女――水難マリンは言った。
「あたしより美しい全ての者よ、苦しみもがいて死ね。キャハハ!」

「集まって下さってありがとうございます」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロス達を出迎えて早速、説明を始めた。
「場所は街から離れた山中の温泉地。突如として現れたドラグナーが水町サテラさんを襲撃するという予知がありました。至急、援護に向かって頂けると助かります」

 サテラを襲うおうとしているドラグナーは、自分より美しいものに嫉妬して水の中に引き込んで殺そうとする少女・水難マリン。
「混沌化した下半身で水を呼び、相手を溺死させようとしてきます。特に美しい女性を目の仇にしているようなので、年頃の方は気をつけてくださいね」
 彼女の戦法は、手近な相手を水流に引きずり込むことと、簒奪者の槍と同様の斬撃による単体攻撃。
「既に敵が人払いをした後らしく、温泉地にはサテラさんの他に人気はありません。また、周りはほとんどが岩場です。広さはありますが、足場が悪いので念のためご留意ください」

 そう、この場所は知る人ぞ知る天然温泉で、今の時期は紅に染まる渓谷を間近に臨む絶景が広がっている。
「無事にサテラさんを助けられたら、温泉を楽しむのもよいかもしれませんね。皆さん、どうかよい週末をお過ごしください」


参加者
ギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606)
ライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
アム・クローズ(導く者・e24370)
ライ・ハマト(銀槍の来訪者・e36485)
ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)
水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)

■リプレイ

●無法者の理
 やれやれ、と水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)は心中にてため息をつく。
(「せっかくの休日がいきなりデンジャラスな事に……」)
 それにしてもこのドラグナーの娘――と、シャウトで肢に絡みつく水流を払い除けながら、サテラは問いかける。
「あなたが人を襲う理屈はわかったけれど、なぜ私を?」
「な、なぜですって?」
 マリンは「きぃッ!」と歯ぎしりした。
「あたしはね! そーゆー自覚のないやつが心の底からキライなのよ! あたしより美しい者は溺れて死んじゃえって言ってるんだから分かるでしょ!?」
「……ああ、やはりそういうことなのね」
 サテラは困ったように頬をかき、肩を竦める。
「それは、私にはどうする事もできないわ。結局、相手がどう思うかなんて私が気をつけても意味ないもの」
 マリンの突きを避けてひらりと岩場を後退しながら、ちらりと背後を振り返る。
「つまりは、当たり屋的なそれというわけね。――みんな、気を付けて。どうやら無差別に獲物を狙っているようだから」
「え?」
 驚いたマリンの眼前に赤い翼を背負った大男――ギル・ガーランド(義憤の竜人・e00606)だ。
 仲間たちが駆けつけてくれる気配をいち早く察していたサテラは驚くことなく信頼の微笑みを浮かべ、礼を言った。
「来てくれると思ってたわ」
「まったく、美人は得とか聞くもんだがサテラも災難だったな。だが安心しろ」
 俺達が助けてやるからよ、とギルは唇を釣り上げながら思いきり吸い込んだ息を業火と代えて、紅蓮の炎をマリン目がけて吐き出した。
「きゃあっ!!?」
 思わず顔を覆って防御態勢をとるも敢え無く暴虐の炎に撒かれてしまったマリンへと、更なる炎が襲いかかった。
「私の幻想のドラゴンは……熱いわ!」
 自らの放ったドラゴニックミラージュが義竜の業火と競い合うようにしてマリンの体を呑み込んでいくのを見届けるのは、一段高くなった岩場の上に佇むアム・クローズ(導く者・e24370)だ。
「サテラちゃん大丈夫!? 話には聞いてたけど本当に人魚なのね! 幻想的だわ!」
「ええ。自分より美しい者を狙うそうなので、アムちゃん達も気をつけて」
「わかったわ! 燃やし甲斐がありそうなその下半身を焼き魚にしてあげる!」
 体勢を立て直すサテラの周囲は、瞬く間に囚人の格好をしたネズミの獣人ウェアライダーの亡霊たちで騒がしくなった。ヴィクトル・ヴェルマン(ネズミ機兵・e44135)の操るゴーストオブサポートである。
「……やれやれ。その考えは間違っちゃいないが、美しかろうがなかろうが、皆溺れたら肉のずだ袋に成り果てる事に変わりないと思うがな」
 ヴィクトルは呆れたように呟き、サテラを気遣い声をかける。
「サテラの嬢さん、大丈夫かい?」
「おかげさまで、助かりました」
 よし、とヴィクトルは頷いて同じウェアライダーのライ・ハマト(銀槍の来訪者・e36485)を呼ぶ。
「ライ、頼んだぞ」
「クライアントの依頼だ、治癒は任せろ」
 ちら、と目配せを交わしたライの手元で満月の煌々とした輝きを生む光球が爆発的に膨れ上がっていく。
「さて、正義の味方参上としますか」
 サテラ目がけて放たれたルナティックヒールの逆光を背に受けながら、ライゼル・ノアール(仮面ライダーチェイン・e04196)は黒い錠前のバックルを腰へと装着。
「ライダーチェインの新たな力を見せよう。変身っ!」
 ブレイズチェインを繋げた途端、瞬く間に黒曜石のような装甲がコートを覆ってライゼルの姿が変容した。
「チェインブラック、仲間を助けに参上」
 名乗りと共にその全身を地獄の炎が鎧のように包み込み、攻撃力を底上げる。
「やだ、なんかガチなやつじゃん!」
 さっさとサテラだけを殺して逃げようとしていたマリンが形勢の不利を悟って慄いた。その下半身に生えるヒレの付け根や手足の腱を容赦なく切り刻む、玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)の連撃――!
「いった、痛いじゃない!?」
「どうですか、チェイントリガー・リタードによる足止めは?」
「このッ――」
 頬を紅潮して槍を突き出すマリンに告げるユウマの声色は、普段とは打って変わって落ち着いている。
「逃がすかよ」
 飄々とした台詞とは裏腹に、ギルの拳と蹴りは重く鋭く、マリンの白肌に赤い傷跡を増やしていった。
「今です、フロートさん」
「――待ってたわ!」
 ユウマの呼びかけにジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)はその肉体美を見せつけるかのようなバイカラーのビキニ姿で仁王立つと、即座にマリンの急所を見抜いて避けきれない一撃をお見舞いする。
「かはッ……!」
 鳩尾に食らったマリンが、背中から湯の中へと倒れ込んだ。
 ジェミは腰に手を当て、堂々と彼女を見下ろした。
「美しいものに嫉妬するそうだけど、美しく鍛えられた肉体はどーかしら!」
「くッ、美しい上に強いだなんて余計にずるいじゃない……!? あんたたち全員、溺れ死なせてやるんだからね!!」
 頭から湯を被って濡れそぼったマリンは心底悔し気に呟くと、その両目に憎しみの炎を宿して津波のような水流を巻き起こした。

●水底への誘惑
「くぅうぅっ……!」
 四肢へと絡みつき、水底へと引きずり込もうと猛威を振るう波にジェミは抗う。
「な……!?」
 予想以上の抵抗にマリンが目を見開いた。
「このくらいで!溺れるもんですかっ!」
 雄叫びを上げつつ、ジェミは逆にマリンの差し向けた水流を引っこ抜くようにして水上へと這い上がった。
「よく耐えたな」
 ライの指先が閃き、生み出された光盾がジェミの眼前に展開。
「ちっ、往生際が悪ぃなあ」
 逆巻く水流からサテラを守るように進み出たギルは、軽く腕を振るって辺りに回復用の紙兵をばらまいた。主人を真似るように、ギルのボクスドラゴンはライゼルの腕を水流から引き上げるようにして属性をインストール。
「助かるよ」
 ライゼルは短く礼を言い、月光斬の余韻が残る二刀を鞘に収め、突き出した左腕から鎖を解き放った。
「なに――!?」
 マリンはぞっとして呻いた。
「鎖に、目玉が……!」
「根付いた恐怖は簡単には拭えないものだよ。見せてもらおうか」
 低い呟きに、微かな悲鳴が被さる。
「やだ、やめて!」
 のたうつマリンをユウマの轟竜砲が追い詰める。
「足場の安定しやすい場所へと追い込みましょう」
「了解よ!」
 アムの唇から紡がれる禁じられた歌の旋律に、マリンの体がぴくんと震えた。戦場に切なげなオオカミの遠吠えがこだまする。獣化したライが祈りを捧げる度、降り注ぐ雨露が仲間たちの傷を塞いでいった。
「うそ、体が動かない――」
「悪いが、逃がす気なんざないんでね」
 愕然とするマリンに、ヴィクトルが無情にも告げる。
 メタリックバーストで更に仲間の命中精度を上げつつ、クイックドロウで弾丸を連射。腕を射抜かれたマリンの手から槍がこぼれ落ちた。
「くッ……」
 それでも立ち上がろうとするマリンを、天空から迸った雷が貫いた。
「きゃああッ!!」
「溺れれば醜くなる。そうかもしれない。でもそれは外見だけよ。本当の醜さは心の中にある。そんな行為を繰り返す貴女の心」
 立ち塞がるサテラの傷は既に癒えている。チェーンソー剣がマリンの肌を裂き、その身に受けていた数々のエフェクトを更に増加。
「や、やめて……殺さないで」
 命乞いするマリンをユウマのブレイズクラッシュ――煉獄の炎を纏わせた身の丈程もある鉄塊刀が横殴りに叩きつけた。
「きゃああッ!!」
「そうやって命乞いした女性たちを、あなたはいったい何人溺死させてきたんですか?」
 ゆっくりと歩み寄るユウマの足元には他の場所よりも平坦な砂利が広がっている。マリンが気付かないうちに戦いやすい場所へと追い込んでいたのだ。
「そんな、いつの間に――」
「鍛え方が足りないわっ! さぁ、気合いっぱーつ!!」
 唸りを上げて突き込まれるのは、ジェミの磨き抜いた自慢の拳。まともに食らって後方へと体を傾がせたマリンを目がけ、全身をオウガメタルの装甲で覆い迸る鋼の獣と化したヴィクトルの拳が轟音を上げた。
「ぐはッ……、くッ! この!!」
「おっと」
「気をつけろ、ヴィクトル」
 投擲された槍の刃がヴィクトルの肩口を裂くも、すぐさま傷の周囲にライの差し向ける光盾が輝いた。
「悪いが、仲間たちを倒させはせん」
「な……ッ、なによ! 寄ってたかって私をいじめて!!」
「あなたの真の心、本当に相手を醜くさせる事だけなのかしら?」
 愛しげな歌声で前線の士気を煽りつつ、尋ねたのはアムだ。
「なんですって?」
「だって、美貌に嫉妬するって悲しいもの」
「うぐッ……同情はよしてよ!! 私はもっと力を得なくちゃいけないんだから……!!」
 喚くマリンの体を猟犬のように駆けるサテラの鎖が縛り上げた。
「あッ!?」
「でも、美貌というならあなたもそんなに悪くはないはずよ」
 ぎりぎりと鎖でマリンを締め付けながら、「それとも」とサテラは呟く。
「ドラグナーとなってその姿に変わったならわからないけど」
 ぎくり、とマリンの表情が変わった。
「な、なにを……あ、あたしは、そんな――や、やめてよ、そんな目で見ないで……!! はッ!?」
「……見えた!」
 隙を逃さず、ライゼルとギルが距離を詰めている。
 神速で居合抜かれた、二刀による交差の剣閃と全てを丸呑む義竜の煉獄。動けないでいるマリンを左右から挟み込み、逃げ場を断つ。
「ライダー……スラッシュ!」
「俺の業火は一味違うぜ。遠慮せずに食らっておきな!」
 鮮血が舞う戦場で、ヴィクトルの低い声が告げた。
「決めろ、サテラの嬢さん。こんな綺麗な紅葉を見ながら浸かる湯に、死体を浸からせるものか。……Vallop!」
 同時に彼の投げかけたオウガメタルがサテラの体を包み込んでいく。アムが頷き、ジェミとユウマが道を開ける。
 サテラの両手から打ち上げられた衛星が、遥かな頭上で帯電を始めた。
「あ……」
 絶望に歪むマリンにサテラはただ、事実だけを伝える。
「あなたがもし、その人の醜さを愛する事ができたなら、何か変わっていたのでしょうね」
 直後、天雷のように降り注ぐサテライトブリッツが哀れなドラグナーの娘を焼き払い、その身を粉々にしてただの塵へと虚しく帰した。

●そして休日の午後
「未成年には悪いがこれがねぇとなあ!」
 胸まで湯につかり、ギルはなみなみと注いだ焼酎を傾ける。隣には仰向けになってプカプカと気持ちよさそうに浮かぶボクスドラゴンの微笑ましい姿があった。
「いいんですか? 傷を癒さなくても」
 ユウマの問いかけにギルは満足げに頷くのだった。
「ちっとの傷なら温泉が癒してくれるさ」
「相変わらず豪快だな」
「なんだ、ライゼル。一杯やるからどっちがでけえか勝負しようぜ~」
「こ、この人ってば既に酔っている……!!」
 肩に腕を回し、調子に乗った様子で絡み始めるギルから逃げつつ、ライゼルはユウマに向かって苦笑した。
「まったく、団員以外のメンバーもいるというのに。そうだ、せっかくだから何か奢るよ」
「いえいえ、お構いなく……!」
 すっかり戦闘前の気弱そうな青年に戻ったユウマは慌てて首を振る。戦闘の余波で崩れかけていた温泉もヒールで元通り。特にサテラがヴァンパイアミストで直したせいか、何となくハロウィン風味な外観になっている。
「……デッ。……デッッよね」
「二人とも、相当だと思うけどね。アムちゃんは意外なものをお持ちのようですし」
 ちらちらとこちらを見てくるアムにサテラはため息をつき、反論。
「い、いや、私はその……」
 照れるタンキニ姿のライは、ふと視線に気づいて振り返った先にサーフパンツを履いたヴィクトルを見つけて全身の毛を逆立てた。
「こ、こんな格好で悪かったな! サラシとタオルだけで良かったんだが止められたのだ!」
「お、おいそんなに暴れると……ッ」
 うっかりポロリしそうになるライから慌てて距離を取り、投げつけられる桶を華麗に回避するヴィクトルたち。
「さすが秘湯ね!」
「うんうん! 景色もいいし、時期もいいしやっぱり温泉はいいわよねー!」
 アムとジェミは頬を上気させながらのんびりと温泉を楽しむ。存分に戦った後のリフレッシュ。英気を養い、また次の戦いを乗り越えるためにも今はゆっくりと休もう。
「改めて皆さん、ありがとうございました。温泉楽しんで帰りましょうね」
「おうよ」
 サテラの言葉にギルが杯を掲げるのに合わせて、他の仲間たちも歓声を上げる。一波乱あったものの、週末は楽しい温泉旅行となりそうでなによりだった。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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