愚者の天秤

作者:犬塚ひなこ

●星屑の荒野で
「――金を返せ、だって?」
 馬鹿言ってんじゃねェよ、と昏い夜の狭間に下卑た声が響いた。
 声の主は足元に倒れている青年を見下ろし、鳥を思わせる趾でその身を蹴りあげる。ぐ、と青年から鈍い声が零れ落ちる様をにやにやと見つめた彼――異形の鳥の姿をした男は続けて口をひらいた。
「返さないと訴えるだとか寝言は寝てから言えよ。テメェは俺に金を貸せたことを感謝すべきであって、恨むなんて筋違いだろ?」
 ひひ、とビルシャナの姿の男は喉を引き攣らせて笑う。
 異形の力を使って無理矢理に青年を連れてきたのか、郊外の荒野には二人以外は誰も見当たらない。すっかり怯え、蹴られた痛みで身動ぎすら出来ぬ青年は呻き声以外には声も出せず、震えながら男を見上げていた。
「いいだろ、この姿。前の俺よりもかなり格好良いよな」
 青年の眸に自分が映っていると気付いた男は大仰に翼を広げてみせる。
 この姿と力があれば何だって出来るはず、と話した男には禍々しいオーラが纏わりついているかのようだ。
「つーか、前々からテメェのことはムカついてたんだ。俺が狙ってた女は横取りするわ、俺の金の使い方に文句を言ってくるわ……それさあ、でしゃばりすぎの罪じゃね?」
 自分勝手な言い分をつらつらと並べたビルシャナの男は鋭利に尖った羽を青年の耳元に当てる。そして――。
「だったら罪には罰が必要、だよなァ!」
 勢いを付けて男が羽を上に逸らし、青年の耳を切り落とす。
 瞬く間に其処から血が溢れ、絶叫にも似た悲鳴が辺りに響き渡った。だが、ビルシャナはそれを見て愉しげに嗤っている。
「安心しろよ。すぐには殺さねェ。じっくりと罰を与えてやるから、な?」
 屈み込んだ男は青年の髪を引っ張ってその身体を持ち上げる。耳元で囁かれた言葉は重く、青年は恐怖の声すらあげられないまま絶望に飲まれていった。

●天秤の傾き
 とある街の郊外、広い野原の片隅にて。
 デウスエクス、ビルシャナを召喚した人間が事件を起こそうとしている未来が予知された。イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)は集ったケルベロス達に状況を説明し、協力を願う。
「ビルシャナを召喚した人間は、理不尽で身勝手な理由での復讐を――今回は金を返せと言ってきた友人を痛めつけるということ願って、その願いが叶えばビルシャナのいうことを聞くという契約を結んでしまったようです」
 彼が復讐を果たして心身ともにビルシャナになってしまう前に、または理不尽な復讐の犠牲者が死んでしまう前に何とか助けて欲しい。そう告げたイマジネイターは現場について詳しく語っていく。

 戦場となる現場には難なく辿り着ける。
 周囲には少々の草木以外に遮るものはないので到着さえすればすぐに二人の人影を発見できるだろう。
「皆さんが介入できるのはビルシャナが青年を傷付けようとする直前です」
 その前に声を掛けるか、戦いを仕掛ければビルシャナと融合した人間は、復讐の邪魔をしたケルベロスの排除を行おうとする。敵は相手を苦しめて復讐したいと考えているので復讐途中の人間を攻撃することはないのでその点は安心だ。
 だが、自分が敗北して死にそうになった場合は青年を道連れで殺そうと攻撃する場合があるので注意が必要となる。
「敵はそれほど強くはありません。皆さんが全力を出せば勝てる相手のようです。ですが、敵を倒すと男性はビルシャナと一緒に死んでしまいます」
 ただ、可能性は低いながらも男を救う方法もある。
 それはビルシャナと融合した人間が『復讐を諦め契約を解除する』と宣言した場合。その際は撃破後に人間として生き残らせることもできるのだが、この契約解除は心から行わなければならない。そのため、「死にたくないなら契約を解除しろ」といった利己的な説得では救出は無理だ。
「ビルシャナになった男は僕から見ても酷い人間に思えます。酷いからといって見捨てる理由にはならないのですが、説得はかなり困難です」
 イマジネイターは僅かに顔を伏せ、男とどう相対するかは実際に向かうケルベロス達の判断に任せると告げた。
 被害者の青年と男は友人同士。もとい利用される側とする側であったようだが、青年は怯えきっていて協力は求められそうにない。ビルシャナとなった男を一言で表すならクズだ。そんな相手に凶行を思い留まらせるのは至難だろう。
 それでも、と顔をあげたイマジネイターはケルベロス達を見つめる。
「悪いことが起こるのを知っていて放っておくことはできません。理不尽な行いから救わなければいけない人がいるのは確かです」
 どうか、ひとりでも助けられることが出来るならば――。
 イマジネイターはそっと願い、戦いに赴く仲間達の背を見送った。


参加者
アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)
砂川・純香(砂龍憑き・e01948)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
月井・未明(彼誰時・e30287)
レティ・エレミータ(彩花・e37824)

■リプレイ

●生という罪
 何もない、ただ大地だけが広がる荒野に影がふたつ。
 片方は異形の鳥の姿をした男。もう片方は怯えきった青年。男は一方的に何かを捲し立て、翼を振りあげる。
「――だったら罪には罰が必要、だよなァ!」
 だが、次の瞬間。
「何処までも身勝手ね」
「復讐とすら呼べないものでひとであることを、やめるのかしら」
 アリス・ヒエラクス(未だ小さな羽ばたき・e00143)と砂川・純香(砂龍憑き・e01948)の声が響き、月井・未明(彼誰時・e30287)が青年達の間に割り入った。
 振り下ろされた一撃は八崎・伶(放浪酒人・e06365)が受け止め、ビルシャナの凶行を已の所で阻止する。
「自分自身の選択の責任は自分で取らねェとなァ」
 罪や罰などという言葉を使う相手に伶は嗜めるように告げた。その傍らには匣竜の焔が身構えて控えている。
 小鞠・景(冱てる霄・e15332)とルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)も青年を庇うように立ち塞がり、驚くビルシャナに鋭い視線を向けた。
「これ以上は何もさせません」
「治せぬ馬鹿に興味はないが、そうでない者の無駄死には見過ごせぬ」
「馬鹿だと!?」
 吠えるように反発した男がルースを睨み返している最中、純香は青年を保護する。
 これから始まる戦いに巻き込まれぬよう遠くへ誘導していく純香に続き、戦場に翼猫のヘルキャットを残したウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)も、こちらへ、と彼の腕を引いた。
「この、度は、災難でし、たね。あの方、は、以前からあんな感じ、だったのです、か?」
「……ひっ」
 ウィルマは青年に問いかけてみたが、まだ怯えて混乱している様子で何も聞き出せそうにない。純香とウィルマは致し方ないと頷きあい、彼をその場に隠れさせる。
 その頃、戦場では一触即発の空気が流れていた。
「邪魔するならテメェらからぶっ殺してやる!」
「弱肉強食ってやつかな。なら私達も君からお金を貰っても良いのかな」
「意味の分からねえこと言ってんじゃねェ!」
 殺気立つビルシャナにレティ・エレミータ(彩花・e37824)が答えると、乱暴な怒号が返ってくる。景は青年の保護が上手くいったことを感じ、真っ直ぐに敵を見遣った。
 そうなるに至った事情がどんなものであれ、彼が亡くなれば悲しむ人はいるのだろう。憐憫か、それとも同情なのか、言葉に出来ない感情が景の中に巡っている。
 アリスもまた、哀れにも思える男を見据えた。
(「この男は自らの行いの責を負いきれず、他人に其れを押し付けているのだわ」)
 仲間達の思いと同じく、未明も彼を瞳に映す。その傍には翼猫の梅太郎がいつ敵が動いても良いように身構えていた。
 伶とルースは決して先に手を出さず、相手の出方を窺う。
 異形となることを選んだのは彼だ。ならば此方も番犬としてなすべきことを行うだけ。
「お金も、その力も借り物。何も持っていない君から貰えるものはないか」
 続いたレティの言葉を聞いた敵は「うるせえ!」と叫び、先手必勝とばかりに氷の魔力を巻き起こした。未明は梅太郎と共にそれを受け止めに駆け、静かに告げる。
「それが望んだ姿なら、他人が口を出す筋ではないけれどな」
 それでも、未来を救う為に手を伸ばす。
 この腕が何を掴むのか、もしくは何も掴めないのかはまだ自分達には判らない。
 そして――戦いは始まりを迎えた。

●間違った道
「ひひっ、痛いか。俺の力はスゲーだろ!」
 冷たい氷が未明達の身を貫き、ビルシャナは嘲笑う。
 だが、其処に保護を終えて純香とウィルマが戦場に戻って来た。痛みを振り払うように身を翻した未明の元へ、純香が放つ気力の癒しが舞う。
「強くなったから罰を与えるって、なんの勘違いなの。力をくれる、声に乗って人以外の者になったら人以外のものから裁かれることになる」
 その覚悟はおあり? と首を傾げた純香に忌々しげな敵の視線が刺さった。
 ウィルマはヘルキャットが更なる癒しを紡ぐ姿を見遣った後、敵に問いかける。
「……あなた、は、あの人を殺め、れば、す、すっきりして、不満がなく、なって、満足、なのです、か? ……本当、に?」
「ああ、満足に決まってんだろ」
 魔鎖で陣を描いて守護とするウィルマに彼は答えた。それは迷いも衒いもない悪意の塊だ。しかしルースは表情を変えず喰霊刀を抜き放つ。
 ルースが地面を蹴った瞬間、刃に霊力を纏わりついた。一瞬でビルシャナとの距離を詰めたルースが振り下ろす一閃はその羽を深く抉る。
「任せた」
 続けて彼が口にした言葉は景に向けたもの。随分と乱雑な声掛けではあるがそれもルースと景の間柄だからこそ。
 頷きで以て返事とした景は炎を纏い、ひといきに跳躍する。
 誰かの生き方を肯定することも否定することも景には出来そうにはない。その姿になることを選択した男もまた、様々なことがあってそうなったのだろう。
「憐れめば、貴方は怒るのでしょうか」
 独り言のような言の葉を落とした景は宙で身体を捻る。回転からの炎蹴が見舞われ、ビルシャナが僅かに揺らいだ。
 その隙を見計らった伶は焔に呼び掛ける。主の声に反応した匣竜が激しい吐息を放つ中、伶は治療無人機を飛ばして仲間を援護してゆく。
「はッ、そんな鶏みてェな恰好してイキってんじゃねェよ。結局見た目を気にしてンのはてめェのコンプレックスじゃねェか」
「何だと……!」
 敵は怒りをあらわにして次の攻撃を放つ。閃光が辺りを包み込み、アリスとウィルマを穿った。だが、すぐに梅太郎が二人に癒しの力を施す。
 レティは地を強く蹴りあげ、流星を思わせる蹴りで相手を貫いた。
「格好悪いにも程があるね」
 敬われず愛されず己が罪を認めず、きっと心配してくれたであろう友人の言葉さえ無下にした男は哀れで滑稽だ。
 レティに続いたアリスも更なる蹴撃を打ち込み、首を横に振る。
 総ての人が目の前に有る物と戦えるわけでは無いだろう。だから、とアリスはビルシャナの男に真っ直ぐな眼差しを向けた。
「お前が現実から逃げるのは仕方の無いこと。だけれど……其れを以って他者を害するというのであれば私達が此の手で止める他に無いわ」
「罪も罰も、ひと同士だから成り立つんだ。おまえは道を踏み外した」
 アリスの宣言にも似た言葉にあわせ、未明も思いを口にする。そして、変形させた竜槌から轟く弾を放った未明は敵に大きな痛みを与えた。
 道を誤れば、彼がどんな人間で、何をしてきて、何をしたかったかなども一切合切関係がなくなり、そして――これから只の人類の敵として殺される。
「外道だってか? だが俺はその方が良いんだ!」
「やめときなさい。クーリングオフできない契約に乗ったら二度と、人に戻れない」
 縁も明日も無くなるわ、と話す純香は癒しの花のオーラを周囲に散らしてゆく。回復は十分だと察した伶は焔を伴い、機械腕を振りあげた。
「鳥野郎から貰った力で暴れて喜んで弱いモンいじめして、がたがた抜かしてるようじゃ結局てめェの中は何も変わらねェよ。文字通りのチキン野郎が!」
 そう告げると同時に敵を殴り抜いた伶に続き、匣竜の体当たりが見舞われる。景も連撃を叩き込む好機を逃すまいとして槌を振るった。
「生まれつきの悪人は――いない、と思いたい所ですが、」
 其処から先、続く言葉はない。その代わりに重い衝撃を落とした景は身を引き仲間の為に射線をあけた。
 それを見逃すルースではなく、素早く敵の前に躍り出る。
「借りなどダサいものを作るからそんなダサい格好になるんだよ」
 欲しけりゃ稼ぐか貰うか奪い取れ、と冷ややかにも聞こえる声が落とされた刹那、ビルシャナに向けて鋭い痛みが齎された。
 命の行動原理はふたつ、愛と恐怖。彼はそのどちらなのかと確かめることもせず、ルースは次の一手に備えた。
 敵が苦しむ様を見つめたウィルマは更に説得を試みる。
「悪友も、友は、友、というもの、なんで、しょうか? あの人が、いなく、なれば、あなたは、孤独になり、ます。……もう、誰も、あなた、を、助けません」
「はッ……アイツだけが俺のダチだとでも思ってンのか?」
 息を切らしながらも反発する男は馬鹿馬鹿しいと一笑に付した。未明は肩を竦め、彼がどうしようもない奴なのだと改めて感じる。
「金や女が欲しかったのは誰だ。このままだと欲しいと望んだ人生ごとビルシャナに喰われて、跡形も残らんよ」
 自分達には望んだ破滅を止める義理もない。ただ、ひとの報いはひとから受けるのが道理だとは思っている。彼が未だ辛うじてひとである内に、と。
 そう感じているのは伶も同じであり、遣る瀬無さに唇を噛み締めた。
 氷の銃閃で敵を貫く未明は、これで彼が踏み留まれば良いと考える。だが、踏み留まらなくても割り切れるとも思うのは番犬としての使命を持つからこそ。
 弱くとも、前を向けずとも人には生きる自由がある。
 だが――。
「お前は一線を越えた」
「それに、その力じゃ何も出来やしないよ」
 アリスとレティは其々の言葉を向け、斧と光の剣で以て敵を斬り裂いた。
 その罪と弱さに向き合って、自分の力で何かを手に入れる。たったそれだけのことが彼には出来なかった。
 男は次々と攻撃を繰り出し、攻防が巡る。
 純香も癒しを続けながら、そちらに行けば得るものより失う者が多いのだと諭してゆく。しかし、男の心を動かす言葉を自分達が用意できてないことも解っていた。
 直前まで景は一縷の希望があると考えていた。されど手遅れなのだと悟り、鉄爪の切先を差し向ける。
「きっとあなたもう、引き返せないところまで来てしまったのですね」
 それは自分に言い聞かせる言葉でもあったかもしれない。景が振り下ろした爪は異形の鳥の身を抉り、周囲に羽が散った。

●彼の選択
「ぐ、ああ……何でだ、何で上手くいかねェ!?」
 男の叫びが荒野に響き渡り、純香は哀しげに、アリスは冷ややかに目を細めた。彼は人をやめ、けだものになった。そう思うと憐憫の気持ちが浮かぶ。
「自分で選んだのよ、残念だわ」
 静かに言い放った純香は魔女の子守歌を紡ぎ、砂の檻を展開していった。
 共鳴する魔術回路の力によって敵の動きが阻まれる中、レティが更にその不利益を増やす為に刃を振り下ろす。
「やっぱり君には無理か。期待するだけ無駄だったね」
 最後の望みとして厳しい言葉を掛けるが、男はただ呻くばかり。向き合う強さが無ければ自分を信じたまま逝った方が幸せかもしれない。
 レティも、ルースも彼を殺すことが正しい事ではないと知っている。それでも戸惑わず、終わらせる事に躊躇はない。
 因果応報。どんな結末でも、それが彼の報いだ。
 そしてルースは刃に呪詛を載せて敵の懐へと切り込む。
「最期に言っておこう。アンタの鳥じみた姿は滅茶苦茶ダサい。……そのファッションの流行った歴史も知らぬ」
「黙れ、黙れよ……ッ!」
 激昂する男は足掻こうとするが身動きが取れないでいた。
 ウィルマはヘルキャットに先行させ、自らは冷めた殺意で時空を歪ませる。地獄から呼び出した蒼い炎を纏う剣を引き摺り出した彼女は、それまでとは違う表情を浮かべた。
「ああ……。本当に、本当に、どうしようもない。人間ってめんどうくさい」
 くすりと笑んだウィルマの一閃が敵を断つ。
 更に焔が竜の吐息を浴びせかけ、梅太郎が引っ掻きを見舞った後に伶も続いた。相手は最低でクズとしか言えない。しかし誰しも彼を本当に殺したいわけではない。
「死んで当然だなんて俺に思わせないでくれよ。……今更だけどな」
 気咬の弾を撃ち放つ伶の声には諦めが交じっていた。されど倒すしかないと感じた以上、衒いも加減も何もない一撃が放たれる。
 ひとの享楽を甘受したいのなら、ひとを保てなくては意味が無い。道理を外れたら、外れた道で裁かれる。その為にケルベロスが居るのだ。
 未明は使命に忠実であろうと心を落ち着け、硝子壜の蓋をあけた。
「馬鹿だな。死にたがりに付ける薬はない」
 薄月を思わせる霞がかった大気の向こう、ビルシャナは気の遠くなるような痛みを覚える。気付いたときにはもう遅く、敵は苦しみに喘いだ。
 純香にレティ、そしてルースも終わりが訪れていると悟っている。景も密かに覚悟を決め、ただ淡々と碑文の一節を詠みあげた。
「お還ししますね」
 感情は乗せずに紡がれた魔力。四面を焦がす燐光を纏う螢の群は全てを灰に還が如く夢の跡をみせる。
 アリスは自分が終焉を与えると決め、男を眸に捉えた。
「……罪には罰を。其れを真理とするのであれば、其の心理は当然にお前自身にも降りかかる呪詛なのだわ」
 そして甘い毒は正確無比な一撃となり、真の意味での罰を与えた。

●死という罰
 男――否、ビルシャナは倒れ伏し、戦う力を失う。
「テメェら全員、恨んでやる……」
 死の間際に放った言葉には憎悪が込められていた。それ以外の感情を口にすることはなく彼は死を迎えた。
 景は向けられた悪意に臆することなく彼の最期の言葉を受け止めた。
 せめて骸を埋葬するべきかと考えた景だったが、ビルシャナ化した影響なのか男の躰は消え去っていく。
 純香も風化していくそれを見つめた後、そっと目を閉じる。
 座り込んだヘルキャットを撫でたウィルマは仲間達に労いを向けた。
「お疲れ様でした。我々の勝利です」
 伶は頷いた後に首を横に振り、亡骸があった場所を見下ろして独り言ちる。
「……人の道を気軽に外れてンじゃねェよ、大馬鹿野郎」
 焔だけがその声を聞いていたが、匣竜は何も言わず主を見上げた。
 そうして、未明とレティは安全圏に逃がしていた青年の元へ向かう。
「大丈夫か? どこか、怪我は」
 未明が問うと青年は何も傷つけられてはいないと話した。戦いの間に徐々に冷静さを取り戻していたのか彼の声は落ち着いている。
「ごめんね、でも無事で良かった」
 レティが思いを伝えると青年は目を伏せ、悲しげに呟いた。
「アイツは……霧生はあんな奴でも、友達だったんだ……」
 霧生。それが死した男の名だったのだろう。
「そうか」
 ルースは短く答えて彼に青の眸を向けた。それ以上は何も言わぬルースだったが、彼の言葉にはそうであったことを認める意思が聞いて取れた。
 景と未明は自らの裡に宿る複雑な感情を表に出さず、ただ青年を慮る。
 アリスも青年を見つめ、ビルシャナとして死した男について思った。
「人は過ちを持つもの。この男は、自らの其れと向き合おうとしなかった」
 ただ、それだけの話。
 冷たく感じられるアリスの思いは本当のことだ。伶も純香もそれが解っているので何も語らず、吹き抜ける夜風をその身に受けていた。
 空は昏く、雲が星や月の明かりを覆い隠してしまっていた。
 けれど、とレティは両手を重ねて願う。
 ――どうか此処にいる皆に優しい星明かりが届きますように、と。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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