廃墟を彷徨う殺人鬼

作者:MILLA

●廃墟での襲撃
 鬱蒼たる森林に隠されて、その巨大な廃墟はあった。もとは工場であったというが、それも怪しい。建物一階の奥には見慣れぬ奇妙な祭壇があり、異様な雰囲気を醸し出している。
「いつ来ても不気味ね、この建物は……」
 廃墟マニアである草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)が、この廃墟に足を踏み入れたのは二度目だった。
「それに……何かいるみたい」
 廃墟に一歩足を踏み入れた瞬間から、その異常なまでの殺気には気づいていた。
「ククク……」
 不気味な笑い声とともに、その者は奇妙な祭壇に姿を現した。
 エインヘリアルだった。
 体躯は、エインヘリアルにしてはやや小柄なのかもしれない。青いコートを羽織った背に黒い髪を靡かせ、左右両手に鉈を握っている。
 その容姿からは性別はわからなかった。不気味な笑みの浮かぶ仮面をかぶっていたからだ。声は男にしては高く、女にしては低い。
「お前はケルベロス……私が屠る何人目のケルベロスとなるだろう」
「その口ぶりだと、すでに何人かのケルベロスを襲ったってわけ?」
「何人……何百といったほうがいいかもしれないねえ。数えるのも面倒くさくなっちまった」
「襲う理由は?」
「さあ?」
 純粋なる快楽殺人鬼なのか。それ以上の言葉は、エインヘリアルには無用だった。
 鉈を構え、翠華に襲い掛かった。

●予知
「翠華さんが、エインヘリアルの襲撃を受けることが予知されました。急いで連絡を取ろうとしたのですが、連絡をつけることは出来ません。一刻の猶予もありません。翠華さんに危害が及ばないよう、手伝ってあげてください」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が急遽集まってくれたケルベロス達に説明を始めた。
「人気のない廃墟での襲撃になります。よって人払いは必要ありません。敵であるエインヘリアルを打ち倒すことに集中してください。エインヘリアルについての詳細は不明ですが、何百もの人殺しをやってきたようです。その殺人技術は脅威かと思われます。十分に注意してください」
 セリカは胸の前で拳を固めた。
「翠華さんを危機にさらすわけにはいきません。なんとしても敵の撃破をお願いします!」


参加者
エイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)
暮葉・守人(迅雷の刃・e12145)
草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)
風祭・古都樹(剣の鬼という程じゃない・e51473)
ヴァイスハイト・エーレンフリート(死を恐れぬ魔術師・e62872)
フロッシュ・フロローセル(疾風スピードホリック・e66331)

■リプレイ

●謎めいた殺人鬼
 やっぱり、この廃墟に来るんじゃなかった。ケルベロスに覚醒した次は殺人鬼なの? 後悔している暇はなかった。殺人鬼は鉈を振り回し襲い掛かってくる。草津・翠華(碧眼の継承者・e36712)はゲシュタルトグレイブで鉈を受けるが。
「ぐっ……!」
 一撃の速さ、重さともに一級。対等にやって勝てる相手ではないとすぐにわかる。これほどの手練れが何故こんなところにいたのか?
 翠華は大きく後方に飛びのき、油断なく武器を構えつつ、殺人鬼に問いかけた。
「ねえ、見逃してくれない? 代わりの生贄紹介するから」
 時を稼ぐ必要があった。相手の隙を突き攻撃するにも、撤退するにも、考える時間が必要だった。
「私は貴方に何の怨みもないわ。貴方だってそうでしょう? 初対面だもの、因縁なんて無いでしょう」
 殺人鬼は両方の鉈の刃をこすり合わせ、薄気味悪い声でくくくと笑った。
「出会えば、それが縁となる。後は生じた縁を断ち切るだけさ……殺すことによってねえ」
「それでは、私たちもその縁に絡ませて頂きましょうか」
 その声とともに霊弾が飛来、殺人鬼を鉈でそれを弾く。
「誰だい?」
 祭壇の入り口に木箱型ミミックの田吾作とともに佇んでいるのは、マリオン・オウィディウス(響拳・e15881)。その後ろからエイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)がひょっこり顔を出す。
「こんにちは! 突然ですが同業者のピンチに助太刀に参りました通りすがりのケルベロスでーす!」
 救援に来たケルベロスたちが殺人鬼を取り囲む。ひとまず、翠華はホッと胸を撫で下ろす。
「ようこそ。ケルベロスなら大歓迎だ。何百体目の贄となるだろうねえ?」
「千人を超えるケルベロスを葬ったと言われる殺人鬼……その記録は驚嘆に値しますが、それもここまで! 我が名はラリー・グリッター! 古霊アルビオンの加護を受けた騎士にして、あなたを倒すケルベロスの1人です!」
 ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)が剣を抜き、威風堂々と言い放つ。
「同じく風祭古都樹、助太刀します!」
 風祭・古都樹(剣の鬼という程じゃない・e51473)もまた刀を抜いた。
「真偽は不明ですけど、相手は何人ものケルベロスを襲ったとされるエインヘリアル。逃したら大変なことになるかもしれませんし見逃すわけにはゆきません!」
 暮葉・守人(迅雷の刃・e12145)は小さくうなずき、拳を固めた。
「殺人鬼ね、お手並み拝見と行きますか」

●廃墟の激戦
「さあて、どいつから血祭りにあげてやろうかねえ?」
 殺人鬼はケルベロスたちを眺めまわす。
「決めた」
 狙われたのはラリーだった。咄嗟に剣で防御したが、鉈での凄まじい一撃に弾き飛ばされる。敵の圧倒的なまでの破壊力をどうにかする必要があった。
「沢山のケルベロスを倒した、と。殺人鬼は本当にどの国でも居るんだね。それもこんなオカルトじみた場所で襲われたとは……深く考えても戦闘に支障がでるだけだね」
 ヴァイスハイト・エーレンフリート(死を恐れぬ魔術師・e62872)が、紅と黒の2丁銃を召喚。
「我は死を恐れぬ魔術師、テスタメントの名を冠せし魔銃よ、顕現せよ。シュロス・ブレッヒェン・ツヴァイ・マギゲヴェーア!」
 銃口の先に魔方陣が現れ、紫のオーラを纏った銃弾が射出される。殺人鬼は、その紫紺の弾丸を鉈の腹で受け止め凌ぐ。
「――発火ッ!」
 フロッシュ・フロローセル(疾風スピードホリック・e66331)も続けて弾丸を撃ち込む。
 もうもうと砂塵が巻き上がる中、飛び出してきた殺人鬼が鉈を振り回すことによって生じる風圧でケルベロスたちを薙ぎ倒していく。
「ククク……他愛無いねえ!」
「いつまで笑っていられるでしょうか?」
 古都樹が大太刀・灯桜羅刹を力任せに降り下ろした衝撃で、殺人鬼の足元の地面が砕かれた。崩れ行く床から飛びのいた殺人鬼を待ち受けていたのは、エイダ。ドラゴニックスマッシュを叩き込む。殺人鬼は激しく壁に衝突し、瓦礫の中に沈む。
 しかし、ほどなくして、殺人鬼は瓦礫の中からよろりと身を起こした。不気味な仮面のせいで、どの程度ダメージが通っているのかはその表情からは窺い知れない。
「なるほど、少しはやるようだねえ」
「あなたがケルベロスを倒してきた、という事について詳しくは知りませんけれど、今ここにいる私たちを容易に倒せるとは思わないことですね! ケルベロスの皆さんは、昔に比べると凄く強くなった……らしいですから!」
 古都樹はオウガ、定命化以前のことは記録でしか知らない。
「お前たちは殺し甲斐があるよ。これまで私が殺した多くのケルベロスたちと比べてもねえ」
「あなたはなぜケルベロスを襲うのかしら?」
 マリオンがまるで自身に問いかけるように静かにたずねた。油断なく光の盾を生み出しながらではあったが。
「殺した数さえ覚えていないのに、殺した理由なんぞいちいち覚えている必要があるかい? まったく必要ないと思うがねえ?」
「その通りだ。御託は結構だ。さっさと終わらせようぜ。かかってきな」
 守人が祭壇の上に立ち、相手を挑発するように手招きする。
 殺人鬼にとっては、誰から殺すも同じ。挑発に乗ったわけではないだろうが、死にたい奴から殺してやろうとばかりに守人に襲い掛かる。
 ――かかった! 疾走形態に入ったフロッシュが、すさまじい加速をかけた。殺人鬼の視野の外から飛んできてはすり抜けざまに鋼と化した拳を叩き込む!
 だが、さすがは千のケルベロスを葬ったとされる殺人鬼、間一髪その一撃も鉈で受け、最小限のダメージに抑える。
「今の調子でどんどんいくぜ、フロッシュ」
「OK、守人」
 フロッシュは再び加速に入ろうとする。しかし。
「あんまり調子に乗るんじゃないよ」
 瞬時に間合いにまで詰めてきた殺人鬼に叩き伏せられる。
 ヴァイスハイトのビハインド・テスタメントが援護に向かったが、その攻撃はむなしく空を斬り、殺人鬼の反撃を喰らう。
「これ以上はやらせませんっ!」
 エイダが気弾を放つと、敵は追撃の手を止めて大きく飛びのいた。その隙を突き、翠華が敵をサイコフォースの爆発で包んだが……。
「……やっぱり一筋縄じゃいかないか」
 殺人鬼は爆発を物ともせずに佇んでいた。

●満身創痍
「ククク……そろそろ狩らせてもらおうかね」
 殺人鬼の攻撃を翠華はゲシュタルトグレイブで受けて捌くが……がむしゃらに振り回される鉈をすべてかわし切るのは難しい。ゲシュタルトグレイブが弾かれ、防御ががら空きになる。殺人鬼の振り上げた鉈におぞましい漆黒のオーラが纏わりついた。
「終わりだ!」
 振り下ろされた鉈を剣で受け止めたのは、ラリーだった。
「これ以上の暴虐、許しはしません!」
 しかし小柄なラリー、エインヘリアルの腕力にかなわない。じりじりと押されていく。だが、そんなことは本人が百も承知している。剣を斜めに傾けて相手の力を流すや否や、大きく跳躍、壁を蹴って天井から柱へと跳ね回り、多角的に敵を翻弄。さながら跳弾のようなその動きに殺人鬼は苛立ちを隠さずに鉈を振り回す。
「速さが活かせるならこっちのもの!」
 フロッシュも加速。ラリーとともに敵からつかず離れずの間合いで跳ね回り、敵の目を惹く。
「よし、そのまま立ち止まるんじゃねえ!」
 守人がGun Blade【Sephirothic】に魔力を込めた特殊な魔法弾を装填、頭上に向けてトリガーを引く。魔力が四方に飛散し、味方の傷を癒すと同時に、反撃の狼煙ともなった。
「Fahr zur Holle!」
 ヴァイスハイトの解き放ったブラックスライムが獰猛に襲い掛かり、殺人鬼の腕に食らいついた。しゃらくさいとばかりに鉈でブラックスライムを断ち切る殺人鬼だったが、その一瞬の間に懐に詰め寄っていた古都樹が全力で刀を振り抜いた!
 ゴウッ!!
 砂塵が真っ二つに割れ、殺人鬼の肩から血飛沫が上がった。
「おのれ……!」
 体勢を整えようと後退する殺人鬼の背後にマリオンはいた。
「一々殺めた数を覚えていない、というのはそれっぽいですが、それだけです。私とてあなたが何人目かなど一々覚えてはいませんから。取るに足らぬデウスエクス。今日が年貢の納め時ですよ」
 ――Call、八角の牢獄。
 その呟きが生み出す正八角柱の結界に閉ざされ、高圧力に動きが鈍る殺人鬼。鉈を振るって結界を打ち破るが、その両腕はだらりと垂れ下がり、手に持つ鉈がひどく重そうだった。防御も覚束ない敵の腹に、エイダがすかさず如意棒を突き入れる。
「これでお終いよ!」
 翠華がアームドフォートの主砲を一斉発射!
 凄まじい連射に廃墟内がもうもうたる煙に覆われた。
 窓から、あるいは天井から、煙は流れ、視界が徐々に戻りつつあった。
 敵の気配はない。終わったか?
 その刹那、テスタメントの合図に気づいたヴァイスハイトが声を上げた。
「危ない!」
「え……?」
 崩れた床の下から飛びあがってきた殺人鬼の仮面が翠華の目の前で嗤っていた。
 振り下ろされる鉈。
 血飛沫が散る。
 翠華は声もなく倒れた。
「ヤバい…!!」
 フロッシュが再度加速した。殺人鬼はそれに気づき、迎え撃たんと両の鉈を構える。
 襲い掛かる、殺人鬼の刃。その狙いは余りに正確だった。
 だからこそ……! フロッシュはその正確さに賭けた。振り下ろされた二刀の刃へ突っ込んだ直後―――その刃を足場として跳び上がる!
「暴れろ、嵐……勇んで逆巻けえっ!!」
 ガジェット・瞬走駆輪炉が【暴嵐形態】に変形、上空より打ち下ろした蹴りによって殺人鬼を竜巻に呑み込む。
「ナイスだ、フロッシュ!」
 殺人鬼が吹き飛んだ隙に、守人が駆け寄り、翠華を抱き起こした。
「大丈夫か?」
 胸から肩にかけて、ざっくり切れているようだった。すぐにヒールをかける。
 うっ…と呻いて、翠華は目を開いた。
「……大丈夫。かすり傷よ。見た目ほどひどくはないから」
 翠華はよろよろと立ち上がり、痛みを押し殺すように唇をかんで敵を見据えた。
 殺人鬼は不気味に笑っていた。

●祭壇での決着
 殺人鬼は不敵に笑う。とはいえ、あれだけの攻撃を受けて無傷であるとは思えない。相当のダメージを負っているはず。
「さすがは何人もの同業者を倒した実力者……! ですが、私たちが退くわけには参りません! 最後の最後まで気を抜かずに攻め抜きましょう!」
 エイダの言う通りだった。ここからは純粋にぶつかり合うのみ。
 先手を打って飛び出したのは、ラリーだった。
「刃に輝きの洗礼を! 邪悪を貫く怒涛の奔流……受けてみなさい!!」
 手にした剣に光輝の力を集束、凄まじいエネルギーとともにその切っ先を敵の胸めがけて鋭く突き入れる! 二本の鉈に寸前のところで剣を阻まれるが――。
 刀身に宿らせていた光を解き放つ!
 その光の奔流に肩を焼かれ、ラリーの間合いから脱する殺人鬼。
 ヴァイスハイトは見逃さない。虚無の球体の中に殺人鬼を呑み込む。
「無に帰る者よ。Auf Nimmerwiedersehen」
 そのまま素直に無に呑み込まれるほど往生際はよくはない、殺人鬼は鉈を突き刺し、虚無すら打ち砕く。だが、すかさずエイダとマリオンがオーラの弾丸と霊弾を撃ち込み、敵を追い込んでいく。
「おのれ……!」
 余裕を失い、理性をも喪失したか、殺人鬼は半狂乱の態で鉈を振り回した。その時点で勝敗は決した。
 殺人鬼の懐に、守人が滑り込んでいる。冷静さを失わなかった彼は、尋常じゃない殺気を放ちながらも、にっこりと微笑んだ。
「そもそも数を自慢する奴は二流以下ってことだ、あの世で狩った命に懺悔しな!!」
 雷の気を纏わりつかせた拳を叩き込むと、仮面に亀裂が入り、殺人鬼はゆっくりと後ろに倒れた。
「……終わった?」
 フロッシュが大きく息を吐く。
「この殺人鬼、いったい何者だったんだろうね?」
 ヴァイスハイトの問いに、マリオンが肩をすくめた。
「今となっては何とも。しかし三桁単位の被害は流石に誇張が過ぎるかなと。そこまでの被害を隠しきれるとも思えませんしね」
 古都樹が逸早く気付いた。
「まだです!」
 鉈を手に立ち上がる殺人鬼は、半壊した仮面から狂気に満ちた目を光らせ、ケルベロスたちに襲い掛かった!
「やらせない……! やあああああっ!!」
 翠華が深手を押してゲシュタルトグレイブを構え、突っ込んだ。
 一直線に、相手の胸を目掛けて。
「ギャアアアアアアアァァァ!!」
 その穂先は殺人鬼の胸を貫いていた。
「あなたが何者だろうと構わない! この世界から消えなさい!」
 翠華が精神を集中。
 穂先に光が宿る。悪しき者を滅する光。その光に呑まれてゆく殺人鬼。
 爆発が生じた。明滅する世界から殺人鬼は消えた。永遠にこの世から姿を消したのだ。
「終わったな、今度こそ……」
 守人が呟く。
 力を使い果たして崩れ落ちた翠華を、仲間たちが支えた。
「大丈夫ですか!?」
 ラリーがたずねると、翠華はふっとやわらかく微笑んだ。
「ええ、何とかね。だけど、あいつの正体はわからずじまいね。念のため、この廃墟には誰も来ないようにしないと……。思い切って、私がこの廃墟を買い取ろうかしら?」
 その冗談に仲間たちは笑い、薄暗かった祭壇に光が差した。

作者:MILLA 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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