唐紅にひそむ蛇

作者:麻人

 黄昏にライトアップされた紅葉が重なるようにして頭上を覆い隠す、幻想のトンネル。蛇腹道と呼ばれる歩道をほのぼのと登っていく登山客の背後で、がさりと不気味な音が鳴った。
「え?」
 みるみるうちに緑色の異形と化していく紅葉を目の当たりにして、次々と悲鳴があがる。
「きゃああ!!」
「――女は殺すな。我が主への供物となろう。だが、他は全て殺せ。ニンゲンどもよ、グラビティチェインを我が主に捧げよ!」
 それはまるでカメレオンのような姿をしたドラグナー。
 複数で紅葉に擬態していた彼らは逃げ惑う登山客に次々と襲いかかると、泣き叫ぶ人々にに爪を立て、引き裂き、辺りを血の海へと変えてしまった。

「この度、高野山の山中で紅葉に擬態して人を襲うドラグナーの存在が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まったケルベロス達を見渡して、依頼の説明に入る。
「彼らはどうやら、『堕落の蛇』と呼称されているようです。正体は分かりませんが、このままでは紅葉狩りにやってきた登山客が多数犠牲になってしまいます。至急、現場へ向かって頂けますか? 幸い、近くには警備員の方がいらっしゃるので到着後の避難誘導はそちらに一任できるはずです。皆さんは敵の撃破に全力を注いでください」

 現場は生垣に囲われた遊歩道。
 頭上を覆い隠す紅葉のトンネルのどこかに敵は潜んでいる。
「彼ら『堕落の蛇』の擬態を一般人が見破ることはできませんが、ケルベロスであれば注意深く索敵することで隠密行動中の敵を発見できる可能性が高まります。先に彼らの存在を突き止め、先制攻撃を仕掛けることができれば戦闘はかなり有利になるはずです」
 敵の数は3体。
 隠密型のため攻撃力は低く、ドラゴンへの変身も行わないようだ。予知の情報からすると、彼らは敵を逃がさないように包囲するため、ある程度の距離をとって前後に散開していると思われる。
「攻撃方法はその長い舌と尾を使っての遠距離攻撃です。2体はスナイパー、1体はメディック。毒を持っているようなのでお気をつけてください」

 説明を終えたセリカは、しかしまだ何か気がかりなことがあるような顔で言葉を連ねる。
「彼らを使役している者の存在も気にはなりますが……今は、犠牲者を出すことなく事件を未然に防ぐことが先決です。皆さん、どうぞよろしくお願い致します」


参加者
大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)
伏見・万(万獣の檻・e02075)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
千歳緑・豊(喜懼・e09097)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)
リリベル・ホワイトレイン(怠惰と微睡・e66820)

■リプレイ

●襲撃者は紅に
 サァ――と、紅葉が風に吹かれて揺れる。A班の大義・秋櫻(スーパージャスティ・e00752)は表情を変えないまま頭上を振り仰いだ。
(「全センサーフル稼働」)
 足音ひとつ聞き逃すまいと、秋櫻は感覚器の精度を限界まで引き上げる。
「臭いでもしねェモンかね」
 伏見・万(万獣の檻・e02075)は鼻を鳴らして、がりがりと頭をかいた。既に警備員に話を通して一般人は遠ざけてもらっている。
 木の上、地面。
 もしかしたら、塀の裏側などの物陰からこちらの様子を伺っているのかもしれない。親指でスキットルの蓋を回して、一口をちびりと舐める。大丈夫、これくらいで酔えるほどなまくらな体はしていなかった。
(「主への供物、ねェ。いかにもな悪役じゃねェの」)
 万は上等だ、と唇の端を釣り上げる。
「ちょっと寒くなってきたですが、夏の緑とはまた違った良さがあるですよね」
 機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は紅葉を鑑賞する素振りで赤や橙色をした木々の天蓋を指差した。
「うん、綺麗だ」
 頷くリリベル・ホワイトレイン(怠惰と微睡・e66820)は持参したサーモグラフィーゴーグルを装着、そっと耳を澄ませて妙な音がしないか、臭いがしないかと神経を集中する。
 同じく、B班に分かれた千歳緑・豊(喜懼・e09097)は蛇腹道の標高の低い方を注意しながら仲間と共に山道を登っていった。
(「一度、戦闘中にまみえてからなら手配書を作ることもできるんだがな……」)
 ふと、ライトアップされた影の部分に視線を投じた時、気になるものを見つけた豊はトントンと仲間の肩を叩いた。
「紅葉が美しいよ、ほら」
 注意深く周囲を観察していたジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)は、豊の示す方向を見た瞬間、異変に気が付いた。
 ――影だ。
 どれだけ姿を紅葉に似せたとしても、自らの作り出す影までは消すことができない。ライトアップされた紅葉の下に、スゥッと伸びる爬虫類の影があった。
(「身を隠すには十分なボリュームのある場所を狙ったようだが、影までは隠せなかったようだな」)
 ユーディット・アルニム(装甲砲士・e29597)は予想通り、紅葉の枝葉に紛れて擬態していた敵を認めて隣のペスカトーレ・カレッティエッラ(一竿風月・e62528)と頷き合った。
「――わたしだ」
 事前に用意していたアイズフォンでもう一方の班に連絡を取る。

●奇襲成功
「こちら秋櫻。同じく、敵性体確認」
 連絡を受けた秋櫻は、敵に気取られないように気を付けながらユーディットに告げる。風が吹いた瞬間、不自然に動きのなかった紅葉の枝を真理は見逃さなかった。
「紅葉が綺麗でありますね」
 真理は紅葉に見惚れるように呟いた。
 そのまま、ゆっくりと距離を詰める。
「悪ィな、俺らの方が上手だったようだぜ」
 敵の背後に回り込みながら、二丁のバスターライフルを構える万。背後に駆け付ける仲間の足音を聞きながら、秋櫻は颯爽とマントを翻す。
「躯体番号SRXK―777、スーパージャスティ参上。観光客を狙うとは不届き千万。ここで成敗です。リミッター解除。戦闘モードへ移行」
 ガシャン、と機械音を響かせつつ、アームドフォートの形状を変化。――そして、先手を取っての砲撃開始。
「なぜわかった!」
 樹上から二体のドラグナーが姿を現した。
「これでも猟師だからね。息をひそめて獲物を狙う側の気持ちは、何となくわかるんだ」
 飄々と微笑む豊は、純粋な疑問から尋ねた。
「かくれんぼは楽しかったかね?」
「これは遊びではない! 主に捧げる生贄とグラビティチェインを集めるための立派な仕事なのだからな」
「おっと、これはすまない」
 それでは、と問答無用で繰り出されるのは、目にも止まらぬ早撃ち――!
「あだだだッ!!」
 不意をつかれ、悲鳴をあげるドラグナーに真理がキャバリアランページで突っ込みながら叫んだ。
「ドラグナーのくせにオークみたいに女子を誘拐して……貴方の主、オークなのですか?」
「むかっ、貴様ら本当に失敬だな!?」
 狙撃手と思しきドラグナーが鞭のように振るった尾を、ズザザッと滑り込んだジェミの腹筋が弾き返す。
「なにッ!?」
「軽い軽い! ……鍛えなおしてらっしゃい、な!」
 ジェミの浮かべる笑顔はどこまでも頼もしい。師匠譲りの鍛え上げられた体は、これしきのことで揺らぐわけもなく敵の攻撃に耐えきった。
「調子に乗りおって!!」
「――敵性体の動きを予測。援護します」
 ジェミと足並みを揃えた秋櫻は、もう一体の攻撃を自らの肉体でもって受け止めた。ジェミと秋櫻の間で共感の目配せが交わされる。
「貧弱なカメレオンなんかにこの腹筋は打ち倒せないわよ!」
「100%同意します」
 言い放ちながら、その心の奥底に流れる正義の血潮を開放するかのようにブレイジングバーストが爆ぜた。
「ぐぬぬ……ッ」
「そーれ!」
 小型治療無人機の群れを前衛目がけて放ちながら、ペスカトーレがわくわくと弾んだ口調で言った。
「そもそも、ドラゴンっていうか爬虫類? こんなドラグナーもいるんだね」
「ああ、カメレオンは蛇というより蜥蜴だと思うんだがね」
 眼鏡の位置を直しつつ、豊の放つ炎弾が三体目のドラグナー目指して迸る。その直後を真理のライドキャリバー・プライド・ワンが追走、時間差で敵を炎に撒いた。
「そらよ、ッと」
 全員が射程に入った瞬間、万はひらりと踊るように両手のバスターライフルを撃ち尽くす。轟音と爆発で満ちた戦場をペスカトーレが身軽に駆けた。
「手品には随分と自信があったようだけど、見抜かれたらソレまでだネ!」
 ペスカトーレはさも楽しげに笑うと、その両手に凝縮した月光のエネルギー体を豊めがけて軽業のように投擲。
「気を付けろ、狙われているぞ!」
 狙撃手からの警告を受けた治癒担当と思しきドラグナーは、迫りくる炎獣とバスタービームの光条に慄いた。
「Feuer frei!」
 ユーディットの狙い済ました一撃が肩を穿ち、豊の放つ猟犬のような走狗がしつこく足元に食らいつく。
「く……ッ!」
 舌先で体を絡めとられたユーディットは、きっと敵を睨みつけてアームドフォートの全砲門を開いた。
「Salvo!」
 全身を蜂の巣のように射抜かれたドラグナーが慌てて共振しながら後ずさるのを、ペスカトーレは見逃さない。
「逃がさないんだヨ!」
「ぎゃふッ!」
 獣化した爪で斜めに裂かれ、ドラグナーは徐々に透明化しながら消失していった。

●完全包囲
「大丈夫?」
「勿論だ」
 ユーディットに駆け寄ったリリベルの手元に癒しの聖光が宿る。気丈に頷いたユーディットはスモーク・グレネードを発動して時間を稼いだ。
「頑張って!」
 敵の数が減ったことで余裕のできたリリベルはメタリックバーストによって前衛を援護。業火絢爛を起動する真理の全身をオウガ粒子の輝きが包み込んだ。
「ホワイトレインさん、感謝しますです」
 直後、全砲門から放たれる無数の焼夷弾の前にドラグナーが悲鳴を上げる。
「に、ににに逃げろ!!」
「できるものならな」
 冷徹にユーディットは呟き、紅葉に紛れようとするドラグナーをバスターライフルの連射で牽制。
「まったく折角景色がきれーなのにこれじゃ見物するヒマもないネ!」
 高速演算によって敵の弱点を見極めたペスカトーレがその眼前に滑り込み、ガジェットによる強烈な一撃を食らわせた。
「ぐはッ!!」
 リリベルの援護によって高められた命中率は伊達ではなく、深手を負ったドラグナーは泣く泣く尾を振るって反撃に徹する。
「くそ、邪魔だ!」
 だが、しつこくスピンして周囲を回るユーディットのライドキャリバーによって動きが制限されている上、滑空するリリベルのウイングキャット・シロハが巻き起こす羽ばたきによってケルベロス達に与える怒りもすぐさま冷めきってしまう。
「きゃうっ!?」
 何とか伸ばした舌でジェミの上半身を絡めとるも、その瞳に浮かぶ怒りの前にはさすがのドラグナーもただ怖じる他ない。
「……この! なんて声あげさせるのよっ!」
「ごふうッ――」
 可憐な悲鳴とは裏腹な稲妻突きを食らったドラグナーは、がくりと膝をついて倒れ込む。
「よし、残りは1体ね!」
 さあ来い、とジェミは拳を手のひらに打ち付けた。真理の手にあるチェーンソーが唸りを上げ、ドラグナーの首めがけて真横に薙がれる。
「ひ、ひえ……」
 もはや戦意を失いつつあるドラグナーに向けて、秋櫻は容赦なく拳を撃ち込んだ。体勢を立て直すと同時に流れるような動作で旋刃脚へと切り替えて、一気に勝負を決めにかかる。
「そら、もう一度いけ」
 豊の手が、再び狗を放つ。
「くッ!」
「させないっていってるでしょ!?」
 だが、その舌をジェミの手が握り取ってぐいと引いた。受けた傷をリリベルの操る血によって塞がれながら、渾身の破鎧衝を思い切り叩き込む。
「あ、主……お助け……」
 チャキ、とその後頭部にバスターライフルの銃口を差し向けて、万が問う。
「で、その主とやらはどこのどいつだ? ……言うわきゃねェか」
 万の周囲から獣の幻影が立ち現われ、最後のドラグナーをその爪と牙で蹂躙していく。
「ぎゃああ、あああッ!!」
「――喰い終わったか」
 全てが終わると、万はやれやれと肩を竦めてみせた。

「我が主かぁ……いつかそいつもぶん殴ってやらないと」
「ああ、そうだな」
 拳を握って気合を入れ直すジェミに、ユーディットが鷹揚に頷いた。
「隠れても無駄だということは身を持って分かったはずだ。例えドラゴンの力を用いようとも、な」
「さっさと凝りてくれればいいけど」
 リリベルはため息をつき、仲間たちと手分けして現場の修復を行った。
「良かったら、ライドキャリバーも一緒に記念撮影しないですか?」
 真理がユーディットを誘う脇で二台のライドキャリバーが互いを気にして輪を描くように走り回っている。更にその向こうでは、万が塀に寄りかかるようにしてスキットルを傾けていた。
 後には風に攫われる落ち葉と頭上を覆いつくす紅葉があるだけ。再び観光客で賑わい始めた遊歩道を、涼やかな秋の風が吹き抜けていった。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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