惑のキンモクセイ

作者:麻人

「うーん、ここの台詞もうちょっと感情込めた方がいいかな……」
 夕暮れに染められて咲き誇る金木犀の下で、花帆は台本をぱらぱらとめくっている。演劇部の練習をこっそりやるのに、町の外れにあるこの空き地はちょうどいいのだった。
「わっ――」
 その時、ひと際強い風が吹いた。
 思わず髪を抑えて目を閉じる花帆の背後で金木犀が不気味な影となって揺らぐ。みるみるうちに枝は鞭のようにしなり、背を向けている少女の身体に巻き付いて己の中へと取り込んでしまった。

「大変だよ、また攻性植物の発生が確認されたんだ。そばにいた女の子を襲って宿主にしようとしてる」
 燈家・陽葉(光響射て・e02459) は集まったケルベロス達を見渡して、口早に告げた。胞子のような物体が植物に取り付くことで、普通の植物を攻性植物化させているようなのだ。

 場所は町の外れにある寂れた寺の裏手。
 そこに植えられていた金木犀は、自らの花を柩のように寄せて花帆という少女をその内へと取り込んでいる。
「どうやら、敵はこの1体のみで配下もいないみたいだね。ただ、普通に倒すのだと宿主にされている少女の命は助けられない」
 救出するには攻撃と同じだけの回復をかけて、粘り強く戦い続ける必要がある。回復できない負傷を蓄積させて倒す、という方法だ。
「攻撃方法は主に、その星のような花々から放つ光線状の遠単攻撃。他にも遠列の攻撃と回復手段も持ってるみたいだよ」

 助けてあげたいよね、と彼女は神妙な様子で呟いた。
「だから、皆にも力を貸して欲しいんだ。難しいかもしれないけど、救えるかもしれない命を見過ごすことはできないから」


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
燈家・陽葉(光響射て・e02459)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)
ミレイユ・リヴィエール(地球人のガジェッティア・e67319)
如月・沙耶(誓いの導き手・e67384)

■リプレイ

●密やかな誘い
 現場に近づくにつれて、鼻腔をくすぐる芳香が強まってくる――燈家・陽葉(光響射て・e02459)は隣をゆく親友のカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)と視線を酌み交わし、先を急いだ。
「住職や季節外れの墓参り客も居るかもしれませんので、私は避難協力を仰いで参りますね」
 念のため、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)は仲間たちと別れて寺院の中へと向かう。
「お願いしますね、しおんさん」
 ミレイユ・リヴィエール(地球人のガジェッティア・e67319)は彼女を見送り、声を上げた。
「――いました、攻性植物です」
 ヒュゥ、とルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)が口笛を吹いた。巨大化した金木犀の樹木は辺りに星の花を舞い散らしながら佇み、その内部に意識を失った一人の少女を抱き込んでいる。
「花柩に包まれる美女とは見応えのあるものだ。しかしその女、柩に押し込めるにはまだ早いと見た」
 気取ったルースの言い回しに肩を竦めるのは彼の患者であり茶飲み友達でもあるヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)だ。
「また雑草駆除のお仕事カ。保健所じゃあねぇんだけどナ」
「せっかくなんで、お手並み拝見といこうかね」
「ヤレヤレ、人使いが荒いナ」
 ルースはムズムズとする鼻頭を親指で擦り、攻撃手であるヴェルセアが花嵐のただ中へと突っ込んでいくための路を圧縮化したプラズムの砲撃によって切り拓く。
「そらヨ」
 邪魔な枝葉を蹴り分けるように、ヴェルセアはスターゲイザーによる鋭い襲撃を食らわせた。その瞬間、バッ、と花房が散った中から本体が露出する。
(「金木犀……あの人の頭に咲くのと同じ花」)
 如月・沙耶(誓いの導き手・e67384)は記憶に甦る花の色を脳裏に浮かべつつ、襲い来る花弁から味方を護るためにミレイユと息を合わせて星域を取り囲む光の壁を張り巡らせた。
「未来ある方の道を金木犀が奪う悲劇は避けなければいけません」
「うん。悪いけど、この子はあげないよ。僕は彼女の紡ぐ『この先』が見たいんだ」
 赤い頭巾を被ったフィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)が両手を伸ばして金木犀の傷を閉じてゆくさまは、不思議な童話の挿絵にも似た幻想を思わせる。
「ん……」
 小さく花帆が呻き、夢心地のような吐息を漏らした。
「花帆さん、今助けるからもうちょっとだけ我慢してね」
「私たちはケルベロスですわ。必ず助けますので、辛抱してくださいませ」
 カトレアが続けて呼びかけると、花帆は目を閉じたまま微かに頷いた。
 ザァ――。
 ひと際強い風とともに、燃え盛るように輝く花の群れがケルベロス達を迎撃。フィーは目を腕で庇いつつ、仲間の支援は味方に任せて己はひたすら攻撃を受けた『敵』の傷口を塞ぐために両手を動かし続ける。

●星花燃ゆ
 戦場は――花弁の舞い降りる、惑わしの舞台。
「長期戦になることは間違いありません。焦らずいきましょう」
 住職への協力を取り付け、戦場へと戻ってきたしおんは花の舞う中空を切り裂くように跳躍し、金木犀に襲撃を与えながら危なげなく着地する。
 その肩に舞い落ちて炎上する花弁を、別の花が溶かすように消失した。ミレイユの召喚した花精の気が、痛みごと鎮静しながら傷を癒していく。
「金木犀ですか。綺麗な花ですけれど、それが人の命を脅かすのを放ってはおけませんわね。――この一撃で、吹き飛んでしまいなさい!」
 カトレアの宣告に合わせて、幹の一部が爆破。すぐさま陽葉が穏やかな囁きと共に葉風を回せてその場所を包み込み、また元のように再生させる。
「ッたく、気分はジャックだナ」
 防御手を務める二人の背後から、ヴェルセアがまるで影のようにしなやかな飄々さで躍りかかる。片脚で枝の根本を蹴り飛び、前転しながらその中心部へとルーンアックスを振り下ろす――! 着地と同時に素早く飛び退き、隣の樹上へとヒットアンドウェイ。
 敵の動きが鈍い。
 序盤で仕掛けた足止めの成果を見て取って、ルースがぼそりと呟いた。
「効いてきたな。ヴェルセア、ここが勝負どころだ。休むなよ」
「ヘイヘイ。そっちこそナ!」
 言われなくとも、とルースの構えたルーンアックスに気が漲り、その重さをものともせずに一閃するのと同時に、花をつけた枝葉が複数弾け飛んだ。
「愛する方の命を奪うようでいささか心痛みますが、今はそのようなことを言っている場合ではありませんね。まずは救える命を救いましょう」
 切り裂かれる花に哀悼の意を示しつつ、沙耶は足元に鎖を張り巡らせて防護のための魔法陣を描き上げた。さらにその上から、金木犀を中心に円を描くような足取りで舞い続けるミレイユのスターサンクチュアリが煌々と輝いて仲間たちを敵の炎から守り抜く。
「みんな、頑張って」
 更に彼らの攻勢を支えるのは、フィーの奏でる幻想のオーケストラ。
「頼もしいです」
 しおんは礼を言って、自らの体に呪紋を刻む。
「う……」
 柩の中で苦しむ花帆に、沙耶は励ましの言葉をかけた。
「必ず助けます!! もうちょっと頑張って!!」
「で、でも――」
「主役が欠けちゃ、締まらないでしょう?」
 フィーの言葉に花帆がはっとしたように目を開いた。
「そう、だ……私、劇の練習……」
 にっこりとフィーは微笑みかける。
「無事に助けたら、少しだけお芝居のことを聞かせてね」
「うん……」
 苦しいだろうに、花帆は気丈に頷いてみせた。
「ペースはどうだ?」
「ちょっと押し気味かも」
 フィーの要請にルースはヴェルセアに目配せを送る。
 やや攻撃を抑えろ、という意味だ。二人で螺旋を描くようにレガリアスサイクロンを発動。樹上から滑り落ちるながら回し蹴りを食らわせて、着地と同時に敵の様子を振り仰ぐ。
「そろそろ損傷が蓄積してきたみたいですわね」
 最初は息もできないほどに周囲を満たしていた花嵐が随分と減っている。カトレアは自信ありげな微笑みを浮かべ、更なる襲撃を繰り出した。
「ッ……!」
 柩に守られた花帆の顔にも苦痛が滲む。
 だが、自分を助けると約束してくれたケルベロス達を信じて、決して悲鳴はあげない。彼女を包み込む柩の花の色が褪せ始めているのを見て、陽葉は万が一にも金木犀を倒しきってしまわないように葉風の勢いを強めた。

●その花言葉は
「あと、少し……!」
 陽葉の癒しを受けて、金木犀はその花を枯らしつつも取り込んだ花帆の身にまでは攻撃が至ることなく柩を支え続けている。
 無論、その間にも敵の攻撃は激しさを増していく。地面からせり上がる根の一撃からミレイユを護るように割り込んだしおんは、最大の防御は攻撃――と言わんばかりにその拳を撃ち込んだ。
「この寺は近くの町がまだ宿場町か農村だった頃からあった寺でしょうし、そうなるとこの木はきっとその頃から人の生き死にを見てきたのでしょうね」
 ですが、と八方睨みの構えで相手を見据え、告げる。
「伐らざるを得ないとあらば、手加減は致しません」
 決着は近いと悟り、しおんは自らも金木犀の癒しに力を注ぐ。万が一にも、花帆を巻き込んで撃破することがあってはならない。
「そろそろですかね」
 ミレイユは十分に回復が集まっていることを確かめてから、その手にペイントブギを取り上げた。
 思いきりスプレーを吹きかけられた金木犀は、苦しそうに幹を捩る。
「貴方の運命は……閉塞して身動きが取れなくなる、ですね」
 沙耶の導く未来は『吊るされた男』。
 敵の動きが鈍った、その隙をついてヴェルセアが懐に忍び込んでいる。
「おとぎ話のようにおいしいリアルじゃなイ。タダ、お前が枯れ果てておしまいサ」
 言い捨てた直後、金木犀の大木がゆらりと傾いだ。それはバリスターの裏切り、偽装された一刃の裏から迸る真実の刃。
「悪いが、終わりだ」
 ブンッ、とルースの繰り出した後ろ回し蹴りが完全に根本から幹をへし折ってその体勢を崩した。
 倒れ込む先には、カトレアと陽葉が待ち構えている。
「その傷口、チャンスですわね!」
「これで決めるよ」
 その時、これまで以上に無数の葉々が戦場を吹き抜けた。
 カトレアの刀が一文字に金木犀を切り伏せ、鞘に収められると同時に残っていた花が一斉に塵となって消えていく――……。

「大丈夫ですか、意識はありますか?」
 カトレアの問いかけに、フィーに抱き起された花帆はしっかりと頷いた。
「よかった……」
 沙耶はほっと胸を撫で下ろす。
「金木犀はその香りの割りに控えめに咲く花の様子から『謙虚』の花言葉が付けられたそうだけど……花帆さんがひたむきに努力してるのに惹かれて宿主にしようと思っちゃったのかな?」
 はい、とフィーは落ちていた台本を拾って彼女に渡した。
「約束だったよね。もし良かったら、好きな台詞のひとつでも聞かせてくれないかな」
「うん。僕たちでよければ練習に付き合うよ」
 陽葉も進んで手を挙げる。
 その間、興味無さそうにプラプラしていたヴェルセアを促すように、ルースとミレイユは巻き込んでしまった塀の修復に取り掛かっていた。
「ま、こんなもんだろ」
 慣れないせいか、所々がファンタジックな出来になってしまってもご愛敬。
「では、私は住職にご挨拶をしてきますね」
 しおんはどこまでも律儀だ。
 その時、わっとフィーが拍手を鳴らした。
「すごい、かっこよかったよ! 陽葉さんも掛け合いの台詞がすごく上手で、情景が浮かんでくるようだった」
「あ、ありがとう……でも、本当は自信がなくて。だから毎日ここで練習してたんだ」
 相手役の台詞を陽葉に頼んで、最後の一幕を演じた花帆は照れたように言った。
「生還のハッピーエンドを見せてくれた君なら、きっと大丈夫。主役、頑張ってね」
 フィーに勇気づけられた花帆は、恥ずかしそうに笑って「うん」と頷いた。
 ふと強い秋風が吹いて、つられたように空を見上げる。そこには、天の星が微かに瞬き始める西の空が広がっていた。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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