月に蹄音

作者:麻人

 その砂浜では、秋になると海水浴客の代わりにバーベキューを楽しむ人達で賑わいを見せる。
「あれえ、ないなあ……」
 既に営業時間が終わった砂浜に戻ってきた佑季は、スマートフォンの明かりを頼りに何かを探していた。昼間、会社の飲み会でバーベキューをした時に好きな人からもらったストラップを落としてしまったのだ。
「このへんだと思うんだけど」
 その時、馬の嘶きを聞いたような気がして、顔を上げる。遠く月に照らされた海原に不自然な水飛沫と、あれは――。
 愕然と、佑季は目を見開いた。
「え、ちょっと、なにあれ!? こっちくる……!?」
 海から上陸した馬の群れは、そのまま砂浜にしゃがみ込む佑季を呑み込んでいった。悲鳴ごと蹂躙していく――……。

「兵庫県の大蔵海岸に『シーホース』という屍隷兵の群れが現れ、その場にいた女性を襲うという事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は聞き取りやすい声で依頼の説明を始める。
「数は8体。屍隷兵ですので戦闘力と知能はそこまで高くなく、複雑な作戦行動などは行えないようです」
 襲撃は無差別、ということだ。
 そして人間を見つけ次第襲いかかる性質を持っている。もし迎撃に失敗した場合は大きな被害を引き起こす可能性が高いだろう、と彼女は告げた。

 予知によれば、シーホースが上陸する際に佑季という女性が夜の砂浜で探し物をしているのだという。
「現場への到着はシーホースの上陸の直前となります。他に人気はなく、また戦場も広いので戦うこと自体に支障はないでしょう。シーホースの使用するグラビティについては、水飛沫のような力を散布する近列の攻撃と角を武器とした近単の攻撃が基本となります。1体1体は強敵でなくとも、数が多いので、十分に気を付けて下さい」
 彼らは味方の数が減ってくると、回復を多用して守りを固めようとするようだ。ポジションは半分ずつ、クラッシャーとディフェンダーに分かれている。

「バーベキュー会場の営業時間は終わっており、辺りは暗いので明かりの用意をお願いします。どうか、犠牲者が出ることのないようこの屍隷兵達を討伐してください」
 彼女は丁寧に頭を下げて、信頼の微笑みを唇に乗せた。


参加者
シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)
倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
江戸川・シャーロット(ぽんこつホームズ・e15892)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)

■リプレイ

●月の光
 薄っすらと輝く月明りだけが差し込む夜の砂浜。シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)とノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)の腰で人工的な明かりが揺れる。他にも、手が自由になる形で持参された照明が多数、砂浜を目指して移動していた。
「こんな時じゃなかったら良いロケーションよねー。一杯船通るらしいし」
 闇に浮き上がる明石海峡大橋を見上げ、呟いたのは水町・サテラ(サキュバスのブラックウィザード・e44573)だ。
 昼間は人で賑わう砂浜もいまはしんと静まり返っている。闇の中、彼らは佑季を探して目を凝らした。
「……おかしいですね、まだ水は浴びてないはずですが……とてもひんやりしています、ハイ」
 ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)はふと月を見上げて言った。
「それにしても、馬の屍隷兵ですか……犠牲者が出ないよう、うまいこと頑張りましょう。馬だけに」
「……一理ある」
 ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)は表情を変えないままで頷いた。最近あまり活動報告を耳にしていなかった屍隷兵の、久しぶりの登場でもある。心置きなく戦いたいものだ、とノチユは遠い水平線を見つめながら呟いた。
「そもそも海から来ていいような生き物じゃないからな、馬は。この場所には似つかわしくないと教えてやるか」
「そうですね。――見て下さい、あそこを」
 ロスティ割り込みヴォイスを使って探し物に没頭する佑季の存在を仲間に伝えたのは、それからすぐのことだった。
「……避難誘導はお任せします」
「ラジャー! 時刻の夜だし、レッツ妖怪退治!」
 ペスカトーレ・カレッティエッラ(一竿風月・e62528)はおどけて敬礼しながら、佑季の元へと急ぐ。
「ここは危ないヨ!」
「え?」
 びっくりして顔を上げる佑季に、シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)が大声で名乗った。
「ケルベロスだよ、今はとにかく避難を……!」
「え? え? ケルベロスってことは、やばいのが来るの? ここに?」
 さっと佑季の顔色が変わる。
「で、でもまだ探し物が……きゃっ!」
「後で一緒に探すから!」
 早く、とサテラは佑季の手首を掴んで立たせる。
「う、うん」
 分かった、と佑季が頷いた時、海原に飛沫が上がるのをズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)は見た。
「来たわよ!」
「早くいけ」
 佑季をシーホースの群れから隠すように割り込んだノチユは振り返らないままバトルオーラを揺らめかせ、戦闘態勢をとった。
「所詮はリビングデッド……蹴散らすよ……!」
 シェミアの振り抜いた鎌から一斉に現れた亡霊たちが、上陸してくるシーホースの群れに石化の呪いを吹きかける。嘶きとともに首をめぐらせた彼らは、幾つもの明るい灯りが輝く方向へと足を向けた。
「目論見通りですね」
 倉田・柚子(サキュバスアーマリー・e00552)は光源が敵を引き付ける囮となったことに微笑み、手にしたスイッチを親指で押し込む。
 ――直後、砂浜に鮮やかな色をした爆発が彼女達の背を彩った。重ねるようにロスティがケルベロスチェインを操り、砂浜に加護の魔法陣を展開。更にはズミネの召喚するライトニングウォールが光の紗幕となって前衛を守護する。
「天下御免の大探偵、只今現着!!」
 江戸川・シャーロット(ぽんこつホームズ・e15892)が九尾の扇を振るえば、ミミックのワトソンは偽幣をばらまいて敵を幻惑。その全てが前衛なれば、広範囲に渡る氷結と催眠地獄はかなりの猛威となるはずだ。
「さぁ、ここから先は通行止めだよ……!」
 出合頭の迎撃にシーホース達が足並みを崩したところへ、シェミアは更なる嚆矢となるべく凍結弾を射出。
「ここなら大丈夫かな。絶対に顔をださないようにネ」
「う、うん……!」
 海岸から離れた岩場に隠れた佑季はペスカトーレに強く頷いた。
「頑張ってね!」
 ペスカトーレは笑って請負い、敵の元へと駆け出していった。

●蹄が奏でる符号
「避難は済んだし、これで存分に戦えるわね」
 いざとなれば佑季の援護に回るつもりだったズミネは、こちらを半包囲するような形で襲いかかってくるシーホースの挙動に注目したまま強烈な右ストレートを撃ち込んだ。
 敵に――ではなく、味方へである。
 れっきとした回復用のグラビティなのだ。
「面白い技ですね」
 援護を喜び、甘い吐息をつく柚子の周囲からは淫惑の霧が満ちていく。
「そちらが水しぶきを上げるのでしたら、僕は混沌の水の波を放ちましょう!」
 欠損した部位から波のように押し寄せる衝撃波がシーホースをなぎ倒していく。右手から発したその力が敵を消失させてゆくのを、ロスティは最後まで見送ることなく次のグラビティの起動に入る。
 敵の攻撃は数が多く、その半数は攻撃力に秀でるものの――こちらの防御はいつにもまして厚い。
「この陣は破らせませんよ」
 ロスティが左手のケルベロスチェインを振るうと、即座に描かれた魔法陣が先ほど受けたばかりの飛沫を蒸発し、傷を癒していった。
「それそれそれー!」
 的は多い方が当たりやすいとばかりに、ペスカトーレはアブソリュートボムとナパームミサイルを交互に撃ち込んだ。
 足並みが揃わずたたらを踏む群れの数が、1頭、2頭と数を減らしていく。
「――今よ」
 サテラの手のひらから空へと放たれた疑似衛星から炸裂した雷撃がシーホースを直撃。動きを止めたところへ、ノチユが突っ込んだ。暴風の如き化身となって戦場を荒らし、更に敵の数を減らす。
「この見た目ってケルピーとかを参考にしたのかしらね」
「そうそう。こういうのケルピーっていうんだっけ? イギリスの妖怪だってどっかで聞いたことあるヨー」
 答えるペスカトーレの手元でガジェットが鞭形態へと変形。砂浜を蹴り、くんっと手首を返すと鞭型の得物が敵の傷跡目がけて迸る。
「水の生き物ならエビでもカニでもアシカでも海馬でも釣り上げてあげるヨー!」
 脚を吊り上げられ、砂浜へと横倒しになった個体へと忍び寄ったシャーロットが鎖をぐるんッと鞭のようにしならせる。発動したシャドウリッパ―によって引き裂かれた体が霞のように消失していった。

●海より来りて、海へと還る
「残り4体!」
 初歩的なことだよ――と某有名探偵のようなことを宣いながら、シャーロットは休むことなく攻撃を繰り出した。
 何をされているのかまるで分からないグラビティの襲撃にシーホースの群れは動きを乱し、狂ったように蹄で砂浜をかく。
 残りが攻撃手のみになった途端、甲高いモーター音が夜の砂浜に響き渡る。サテラはそれを両手で構え、笑った。
「手加減はしないけど、苦情くるのは嫌だから……早くやられちゃってよね」
 直後、飛び掛かってその首を削ぎにかかる。
 血しぶきをあげながら後退したシーホースの背後にはノチユが回り込んでいた。
「弱点はこれか?」
 鉄塊剣を烈火の如く突き刺した時の感触で、ノチユは敵の弱点と見定める。
 シェミアが頷き、跳躍した。
「その魂……焼き斬る……!」
 体より大きな鎌に炎を纏わせての一閃がシーホースを炎獄へと叩き落す。炎を纏ったまま突き出した角を柚子はO.C.M.――オウガメタルで受け止め、艶然と微笑みながら傷を霧で癒していく。その肩上ではウイングキャットが翼を羽ばたかせ、癒しの清風を送り続けた。
「あと少しよ」
 ズミネの指先が前線で戦い続けるノチユの傷を強引に縫い合わせ、その背を再び送り出した。
「せめて送ってやる。海の底より遠い場所に」
 ノチユの、星屑のように揺らめいた黒髪が闇の中で煌いてブレイズクラッシュの放つ紅蓮の炎に美しく映える。
「左に地獄! 右に混沌! 同時に行きますよ、地獄混沌波紋疾走ッ!」
 同時に、ロスティは自ら飛び込んできた敵の首筋をその腕で捕まえて、両手から迸る水と火の疾走をその体内へと注ぎ込んだ。
 残る片方にはペスカトーレの召喚した巨大な錨がぶつかっていって、そのまま海の中へと引きずり込んでしまう。
 完全にこちらが圧倒した戦況の中で、三人の射撃手であるシャーロットとシェミア、サテラが一斉に各々のグラビティを放出――!!
 サテラのチェーンソー剣が深々と突き刺さり、そこから怨恨に満ちた霊の顔がシーホースの身体を蝕んでいく。それを容赦なく切り裂き、更に傷を深めるのはやはりシャーロットのシャドウリッパーだ。
「これで……おしまいだよ……!」
 ザンッ、と頭上から落とされたシェミアによる鎌の一閃が七体目のシーホースを無へと帰す。その首に何重もの鎖を巻きつけられた最後の一体が、蹄をかきながら力なく嘶いた。だが、ロスティがぐっとそれを締め付けると次第に動きが弱まり、やがてゆっくりと波打ち際に倒れていった。
「――」
 そっと、ノチユは瞼を伏せる。
「またよからぬことが計画されているのでなければよいのですけどね」
「ああ」
 柚子の言葉に応え、物思いに耽るように海原を見つめ続ける――……。

●宝物は何処へ
「失せ物探しなら、この子に頼ってみようか……」
「う、うん」
 シェミアが動物の友で仲良くなった犬に佑季は大人しく匂いを嗅がれている。だが、やはり訓練されていない犬では難しいらしく、その場にいる全員でそれらしい場所を手分けして探してもなかなか見つからない。
「どういう形のものなの?」
「えっと、これくらいの大きさの三毛猫のマスコットがついてて……ぬいぐるみっぽいの、です」
 ズミネの質問に答える佑季は今にも泣き出しそうだった。
「……大丈夫。きっと見つかりますよ」
 慰めながらも、戦闘の余波や潮の満ち引きで攫われていたらどうしようというロスティの不安を払拭したのはシャーロットの小気味よい叫びだった。
「見つけたわよ! こちとら探し物は大得意の大探偵ですからね!! これくらい朝飯前なのよ!」
 四つん這いで砂浜を探し回っていたシャーロットは顔まで泥まみれで、見つけたストラップを高々と掲げていた。
「あっ、あっ――ありがとう……!!」
 それを受け取った佑季は、泣きじゃくりながら夢中で礼を繰り返す。
「……今度は気をつけなよ。それに、大切な物だとしてもこんな夜中に一人で海に来るもんじゃない」
 心配したように窘めるノチユに、佑季は泣きながら微笑んだ。
「優しいんだね。うん、もうこんな危険なことに巻き込まれないように気を付ける」
 砂浜に残る蹄の跡を、寄せては返す波がさらっていく。微かな波音を奏でながら、まるで何事もなかったのように、静かに。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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