ファントム・オブ――

作者:柊透胡

 ――その公園を通ったのは、単に帰りの近道だったから。その筈だった。
「……歌?」
 ふと、耳をくすぐる調べに、アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)は銀髪を揺らして立ち止まる。
 緑溢れる大きな公園だった。並木道を縁取る木立はよくよく手入れされていて、森を愛するアイカにも好ましい。だが、これまで散策は外周の並木道に留まり、奥まで入った事はなかった。
 公園の中央には、確か……劇場があったと記憶している。老朽化で閉鎖されて久しく、取り壊すにも費用が掛かるとかで、そのままになっていた筈だ。
「……あ、ごめんね。ぽんず」
 腕の中で、窮屈そうにウイングキャットが身動ぎする。自然と力が入ってしまったのかもしれない。聞こえてきたのは、何と言うか……胸に迫るような哀しい旋律だったから。
「誰が、歌ってるんだろうね? ぽんず」
 アイカは鹵獲術士だ。可愛いものに目がないし、甘いものと食べる事が大好きだが……音楽に対する感性は人並だろう。常ならば、「綺麗な歌声だね」程度の感想で終わっていただろうに。
「行ってみる?」
 その時は何故か、好奇心が、芽生えてしまった――後から考えれば、周囲に人っ子一人いない時点で「誘われていた」のかもしれない。
 ――――♪
 錆びた鉄柵に囲まれた瀟洒な劇場は、一見、まだ朽ちてはいなかった。優美な曲線を描く鉄製の門も、劇場の両開きの扉も差し招くように開かれていて、アイカとぽんずは歌声に引き寄せられるかのように、足を踏み入れる。
 ――――♪
 色褪せた絨毯敷き詰められたロビーを抜けてホールへ。埃っぽい客席を抜けた先の舞台の上で、『彼』は佇んでいた。
 細身の青年だった。クラシックな黒の礼服にマントを羽織り、胸には赤い薔薇。ハラハラと花弁が舞う中、伏し目がちに静かに歌う。顔の半分は白い仮面に覆われて。
 その様は、まるで。
「……ファントム?」
 ――夢現に焦がれた 我が音楽の天使は何処?
「……っ!」
 旋律が明確な意味を成し、直截響いた瞬間。身の内を侵されるようなおぞましい感覚に瞠目するアイカ。
 ――私に全てを与え 総てを奪い つれなくも失せた影を追い彷徨う……。
「あなたは、デウスエクスっ!」
 青年は、歌うのを止めない。だが、歯を食い縛って身構えるアイカと、彼女を守るように前に飛び出したぽんずを見やり――確かに愉悦の色を滲ませた。

「ヘリオンの演算により、アイカ・フロールさんとデウスエクスの遭遇が判明しました」
 硬い面持ちで、緊急事態を告げる都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)。
「例に漏れず、フロールさんとは音信不通です。可及的速やかに、救援に向かって下さい」
 彼女と対峙するデウスエクスは、古めかしい礼服姿。その面は半ば仮面に隠されている。芝居がかった様相ながら、一見は人間と変わりない姿だ。恐らくは、人の殻を奪う存在。
「名作に準え、『ファントム』とでも仮称しましょうか……フロールさんとの遭遇の前から歌い続けており、歌声そのものが武器となります」
 哀しみを歌い続けるその声は、時に朗々と冴え渡り、時に1人へ囁き掛ける。物理的に耳を塞いでも、直截響くその声は身の内から正気を冒す。
「老朽化により閉鎖された公園の劇場に、ファントムがフロールさんを呼び寄せた形です。ホールの舞台の上にファントム、客席にフロールさん。皆さんはロビーから客席に駆け付ける事になるでしょう」
 劇場周辺は、元より立ち入り禁止区域。一般人の姿は無く、避難誘導の類は不要だ。
「電気は通っていない筈ですが、デウスエクスの力か、ステージはスポットライトに照らされています。客席こそ残っていますが、ホール自体は広く、戦闘に支障はないと考えます。敵とフロールさんの間に、速やかに割って入って下さい」
 劇場自体は閉鎖されて久しいようだが、まだ廃墟と化すには至っていない。戦闘の余波で崩落、の心配もなさそうだ。
「フロールさんを明確に狙ったのか、それとも通り魔的なものなのか、ファントムの意図は判然としません。しかし、『舞台』に拘っているようで、救援が現れても多勢だからと逃亡する事はないでしょう。何より、フロールさんの救援が最優先です……どうぞ、御武運を」


参加者
福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)
ユージン・イークル(煌めく流星・e00277)
京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)
フォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)
リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)
アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)
雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)
トーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)

■リプレイ

●空ろなる劇場にて
 遠くからでさえ、心が震えるような、綺麗な旋律だったのに……。
 ――夢現に焦がれた 我が音楽の天使は何処?
「……っ!」
 古色蒼然の劇場に響く歌声。旋律が明確な意味を成し、直截響いた瞬間。身の内を侵すような感覚に、アイカ・フロール(気の向くままに・e34327)は瞠目する。
 ――私に全てを与え 総てを奪い つれなくも失せた影を追い彷徨う……。
「あなたは、デウスエクスっ!」
 薔薇の花弁が舞い散る中、仮面の青年は歌うのを止めない。歯を食い縛って身構えるアイカと、彼女を守るように飛び出したウイングキャットのぽんずを見やり――その唇が、弧を描いたその時。
「我が名はフォーネリアス・ラルクシアン・ドゥーム・瑠璃・スカーレット! 正義の騎士よっ!」
 名乗りの声も威勢よく。ドラグーン・フルプレートメイルに身を包み、フォートレスシールドを構えるフォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)は、煌びやかな騎兵そのもの。
「怪人! 貴方を串刺し刑に処する、覚悟!」
「まあ、誰かがピンチなら助けるのが道理ってものよね」
 フォーネリアスと対照的に、モノトーンで統一した装いのトーキィ・ゼンタングル(悪戯描きのモノクロガール・e58490)は、カツリとブーツの踵を鳴らす。
(「ついでに、雰囲気ある劇場で将来有望な歌手のオペラ公演も見れる……んなら、なお良かったけど」)
 世は儘ならぬもの。その人型もデウスエクスの殻でしかないという、やるせなさは呑む。
「あ、すみませんアイカさん。美形と一緒だったなんて、もしかしてお邪魔でしたかね」
 淡々と惚けた風を呟き、アイカとデウスエクスとの間に割り込む京極・夕雨(時雨れ狼・e00440)。肩を並べるオルトロスのえだまめは、神器の剣を咥えて身構える。
「邪魔じゃないです! ありがとうございます!」
「ふーん……立派な舞台でござ。雰囲気だけはありますな」
 続々と現れる仲間の姿に、アイカはホッと安堵する。その肩をポンと叩き、福富・ユタカ(慕ぶ花人・e00109)は客席の真ん中で首を巡らせる。
「聞いているだけで、胸くそ悪くなる歌でござー……そういう悲しい歌、オレは嫌いだ」
 スポットライトへの執着に他人を巻き込むなと、その横顔は不機嫌そうだ。
「狂おしく焦がれ、求める想い。判らなくもありませんが……わたしの大事なお友達を傷付けるのであれば、その歌劇が終演を迎えるよりも先に」
「しずくさん!」
 アイカの歓声に、微笑んで手を振る雅楽方・しずく(夢見のウンディーネ・e37840)。柔らかな表情が一転、翠の眼差しが鋭く舞台上を睨む。
「『ファントム』、あなたの台本通りにはいかせませんよ!」
「……助力を」
 リノン・パナケイア(黒き魔術の使い手・e25486)は、客席の最後列で立ち尽くす。永くコギトエルゴスムとして封じられていたヴァルキュリアの青年は、地球の文化にも疎い。それでも、舞台上にいるのは正しく敵と、灰の眼に戦意が瞬く。仲間が準えるモチーフは知らずとも。
「現れたな醜き怪人よ! 輝かしき歌姫ぽんずとアイカちゃんを返してもらおうかっ☆」
 果たして、劇場に明瞭な声音が響き渡る。軽やかに舞台まで駆け寄ったユージン・イークル(煌めく流星・e00277)の姿は、まるで白馬の王子様のよう。続くウイングキャットのヤードさんは、従者というより家令か。そう言えば、ぽんずが歌姫なんだね。
「アンコールの仕度は整った。その輝かしい舞台から、アイカちゃんを返してもらうよっ☆」
 ちなみに、アイカはまだ客席だが……それを突っ込むのも野暮というもの。

●人の殻を奪う
 ――嗚呼 嗚呼! 激情を乗せた絶唱は 真に彼方へ届くのか?
 ケルベロス達が動くより早く、響き渡る歌声。
 ――空しき呼び掛けに 切なる祈りに 応えるものはない。
「……くっ!」
 呻いたのはフォーネリアス。音の刃で斬られた感触と同時、強烈なプレッシャーが手足を抑える。
「そんな……」
 愕然となった。元より、眼力の示す命中率は芳しくないが……現状、彼女の攻撃が敵を捕えるのは相当に厳しい。
 今回の編成は、実戦経験の差が大きい。眼力はデウスエクスも具える。命中率の差が、如実にケルベロス達の経験を明らかにしたのだろう。
「悲嘆で圧するその歌声。本来なら、きっと大衆の胸を打つ素敵なものだったんでしょうね」
 早速、フォーネリアスに気力を注ぐ夕雨。敵の気を引かんと、えだまめのソードスラッシュが奔る。
「ですが、嫌なノイズを撒き散らすのは今日限りにして頂きましょう」
「ああ、本人だって、こんな悲しく狂おしく歌いたかった訳じゃねぇだろうに」
 敵は人の殻を奪う存在と、ヘリオライダーは言っていた。尊厳を奪う行為は見過ごせない――達人も斯くやの一撃を繰り出したユタカは、顔を顰めて吐き捨てる。
「掴まえろ」
 身を強張らせた敵へ、リノンの足許から影が伸びる。狙った獲物を捕らえる様は、まるで奈落へ誘う悪魔の手のよう。アディス・カロ・マヴロ・ヒェリ――リノンが『とある魔術師』から教わった魔法の1つ。
「あなたを見てると、嫌なひとを思い出します」
 しずく自身、かつて『舞台』に拘る死神と対峙した。既視感に嫌悪が胸を食む。
「だからこそ、止めます。あなたの最後の大舞台、わたし達が彩ってみせましょう……さあ、今のわたしが、なにに見えますか?」
 問い掛けたしずくを包むのは、サキュバスミストにも似た霧。その向こうに、この世のものと思えぬ異形の影が浮かぶ。凍れる視線に晒され、敵の礼服の上から霜が張る。
(「舞台設定は……地下の住処、かな?」)
 書割は荘厳にして陰鬱。それを背景に歌い続ける敵は、彼の名作で歌姫が地下に誘われるシーンを彷彿とさせる。それ故か、見回す限りシャンデリアの類はなく、ユージンも一安心。芝居がかった手付きで、シャーマンズカードを繰る。
「水面に映った月のように、静かな輝きをキミへ」
 ゆうらりと儚い影も束の間。無数の泡がファントムを取り巻く。水葬楽団 ピッコロターラ――ヤードさん伴う身で、初手より死神少女の影を残せたのは重畳だ。
「ヤードさんも、ヒールお願い」
 ネズミの青年に応じ、ウイングキャットは真白の翼を広げる。
「早速、助かったわ!」
 重ねられた癒しに、フォーネリアスはホッと息を吐く。
「これが私の愛馬よ、カルネージウエポン!」
 異相次元から巨大ブースター付き騎兵槍を召還。爆音を響かせ標準を付ける。
「何でもいいから串刺し刑よッ!」
 代々の航空騎士の魂込めた騎兵突撃――だが、気炎吐く一撃は、僅かな身動ぎでかわされる。
「やっぱり……」
 悔しげながら、フォーネリアスは確信の表情。夕雨の気力溜めも、ヤードさんの清浄の翼も、使役修正伴うもののキュア付きヒール。それで尚、プレッシャーを掃い切れなかったとなれば。
「怪人は、ジャマーよ!」
 ビシリと騎兵槍を突き付け、声高に叫ぶ。
「そんなに綺麗で、心震わせるような歌声なのに……どうして、人を傷付ける為に歌っているのですか!?」
 逸早く飛び掛かったぽんずは礼服に爪を立て、自らの脳髄を賦活しながらアイカは声を張る。返事は、ない。
(「いえ、『歌わされている』が正しいのでしょうか……」)
 アイカ自身、敵の正体は死神と見当を付けている。目を付けられてしまった『彼』がどんな死を迎えたのか、想像するだに哀しい。
「私達と遇った時点で、これがあなたの最後の舞台となるでしょう……物語の彼同様、悲しい結末を」
「ま、どんな悲劇も、喜劇に塗り替えさせてもらうわ!」
 眉根を寄せるアイカと対照的に。まぜっかえすような笑みを浮かべ、トーキィは軽やかに床を踏み鳴らす。
 ――――!!
 楽しげなタップダンスを彩るように、カラフルな爆炎がリズムを刻んだ。

●ファントム・オブ――
 ――手を伸ばし 身を乗り出し それでも届かぬ 焦燥に身を灼く。
 戦劇を彩る旋律は緩やかに変わる。明確な歌詞が響けば、忽ちファントムの術中に嵌る。
「……っ」
 咄嗟にアイカを庇う夕雨。脳裏を過る、像も結ばぬ己のルーツ。過去の記憶がない夕雨にとって、それは虚無に近い。
(「……気持ちが悪くて、不快です」)
 故郷とか家族とか、存在すら知れないものを追い求めるのはもう辞めた。未練も悔いもない、そう断言出来る筈なのに……思い切れぬ惨めさが、その虚無から溢れそう。
「夕雨殿、しっかり!」
 唇を噛む彼女に声を掛け、ユタカはイガルカストライク、の代わりにデッドエンドインパクトを叩き付けんと。
 ――今宵こそ、眩き音楽の天使よ。我が許にて歌って欲しい……。
「くぅっ!」
 寸前で杭の切っ先が逸れた。音も空気を震わせるなら、歌声で突撃の相殺もあり得ようか。
 ―――♪
 ファントムの標的は、気紛れに変わる。ユタカも例外でなく――夕雨、アイカ、ユージン、次々と現れる幻は、自分には無い輝きを持った友人達。そして、けして忘れ得ぬ長兄の姿。尊敬の一方で湧く嫉妬が苛む。
「……哀しい歌は、嫌な思い出ばかり蘇るから好きじゃないんだ」
「じゃあ、パパッと変えちゃいましょ。トラジティをコメディに!」
 快活なトーキィの声が響き渡る。弾いた真白のシグナルボタンは、クルクル回って彼女の掌に――上を向いたのは、勿論白。
「トーキィのモノクロ占い! 白はあるけど黒がないから、私達の勝ち!」
 あんまりな適当さだが、メディックのバトルプロフェシーは確実に仲間を癒していく。
(「……だから、私も大丈夫」)
 トーキィの白皙の面がニンマリ緩む。ファントムの歌が無理矢理思い出させた「自分にない肌の色への渇望」を胸の底へ沈め直しながら。
「歌声には歌声で対抗だよ!」
 戦いは続く。盾を逆向きに構え、敵の声量に負けぬよう声を張るユージン。ヤードさんが節付けて鳴けば、えだまめやぽんずも集合。
 わんわんにゃあにゃあみゅぅ――パイロキネシスを使うえだまめの上に、清浄の翼を広げるヤードさん、1番上のぽんずのふっくら尻尾からリングが飛ぶ――気分はブレーメンの音楽隊。
「ブレーメン?」
「ブレーメンは地名だけど、動物の音楽隊の童話があるのよ」
 首を傾げるリノンに、フォーネリアスは敵から目を離さず教える。
「なるほど」
 ボソッと呟き、床を蹴った青年の飛び蹴りが煌めき軌跡を描く。オリジナルの影技とスターゲイザー、狙い定めて足止め技を重ねてきた。やはり、スナイパーたるアイカのシャドウリッパーも援護とはなったが、実戦経験に差があれば尚更、『総攻撃』に至る布石を地道に打ち続けたリノンの功は大きい。
「雨よりも五月蝿いですね」
 そして、夕雨が夜色の炎雨を降らせば、刹那あらゆる雑音が消え集中力がいや増す。
「刮目せよ! 勇ましいフォーネリアス、正義の騎士の一撃を! ……ちょっと語呂が悪いわね」
 戦籠手を握り、指天殺を敢行するフォーネリアス。
「ドン・キホーテ気味なのは認めるけど……私のは本物だからね!」
 その宣言に違わず、指1本の突きが漸くファントムの鳩尾を捉える――それこそが、反撃の狼煙。
「皆輝いているね!」
 氷結の槍騎兵を放つユージンに続き、ケルベロス達の攻撃が殺到する!
 ――傍にいても 遠きに追いやっても 苦しい……故に夢の逢瀬さえ 歓喜する。
 だが、ファントムの歌声は澱みない。そして、全ての攻撃をディフェンダーが庇う事は叶わない。美しき呪詛は、速やかにアイカに沁みる。
「みん、な……まって……」
 お前みたいな弱い奴いらないんだよ――頼りとした仲間に突き放される。遠くなる背中を必死に追い掛けても追いつけない。
「……ぽんず、行かないで!」
 そして、溺れんばかりに愛しいあの子が、一顧だにせず駆け去っていく……。
 ――大丈夫。わたしはここにいますから!
 滂沱の涙に滲む視界を、桃色の霧が覆う。霧が晴れた時、アイカが見たのはステキと思う優しい微笑み。
「しずく、さん……」
 植えられたトラウマをジャマーのキュアが一掃する。
「アイカとぽんずは大切な友人です。傷付けたあなたは、絶対に許さない!」
 しずくの淡い蒼の髪とスカートの裾が、ふんわり翻る。代わりに激怒を叫ぶように、チェーンソー剣のモーターが唸りを上げた。

●地獄の業火
「スポットライトを浴びるなら1人にしてくれ。アイカ殿は、日だまりの下に連れて帰らせてもらう」
 大事な団員で、大事な友人だから――両のパイルバンカーから螺旋力をジェット噴射し、飛翔突撃を敢行するユタカ。
(「これ以上の怪我は……ユウちゃんの時のような事は、絶対に起こさせない!」)
 ユージンとて演技より仲間が大事だ。躊躇いなく、ルナティックヒールをアイカに投げる。
「クライマックスは派手にいきませんと、ね?」
 しずくのズタズタラッシュが礼服を切り裂く度、リノンが浴びせた凍結の光線がその威を強めていく。
「システムコネクト、臨界点までカウントスタート……さあ、騎士の真髄を見せるわよ!」
 最初は掠りもしなかったフォーネリアスの騎兵突撃が、今度こそ敵を穿ち貫く。
 ケルベロスの総攻撃の体制が整った時点で、雌雄は決したと見て良いだろう。或いは、ファントムも攻撃を誰かに集中させれば、一角を落とせたかもしれない。
 ――――♪
 だが、ファントムは的を定めず禍歌を撒く。仲間を悪戯に弄ぶ、その所業が夕雨は許せない。
(「過去のない私は自分とえだまめが1番絶対的で確実で大切な存在。だから、大切な自分が何より大切だと思うものを絶対に守ります」)
 勢いよく蹴り出したオーラの星が、ファントムに爆ぜる。その勢いに――カラン、と音を立てて仮面が落ちた。
「……っ!」
 露となった醜悪。焼け爛れた半面を目の当たりにして、静寂が落ちる。
「……どうだ、実に醜かろう」
 目蓋溶け落ちた眼窩で、ぎょろりと濁った眼球が動く。半ば火膨れた唇が震えた。声帯さえも灼かれたか。旋律に乗らぬ声音は、掠れ切っていた。
「煉獄の中、焼身の果てに絶命したこの男の絶望、実に心地良かった」
 故に蘇生した、と死神は嗤うや、舞い散る薔薇の花弁が焔と化し爆嵐が渦を巻く。
 ――地獄の業火に焼かれようとも! 果てなる楽土の光を求め続けん!
「ユウちゃん!」
「わかってます……略奪したもので我が物顔に振舞う姿、本当に醜い」
「伝統の大盾は伊達じゃないのよッ!」
 ディフェンダー達が一斉に動く。人数差で庇われ切れなかったトーキィは、灼熱に顔を顰めながら思い切りよくペンを走らせる。
「アイカ、決めちゃって!」
 大量のパイ皿を描いた黒インクが、正に敵の半面を黒く染め直した瞬間。
「最後の舞台は満足いきましたか? ここでゆっくりとお眠り下さい」
 ファントムを真直ぐ見詰め、アイカの詠唱が蔓薔薇を招来する。鋭く硬い棘に覆われた人型は、喘鳴と共にその呈を崩した。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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