福音をもたらすもの

作者:洗井落雲

●月下の教会
 須々木・輪夏(翳刃・e04836)は、夜の街を走った。
(「あの人影……間違いない……!」)
 胸中で呟き。人ごみをかき分け、それを探す。
 あるいは、路地の影に。或いは、人ごみの中に。それは、輪夏を誘うように、姿を現し、消えた。
 輪夏がその人影と遭遇したのは、休日の散策の帰り道だった。ふとすれ違ったその姿は、紛れもなく――。
(「あの時、わたし達を助けてくれた――」)
 息を切らせながら輪夏がたどり着いたのは、一軒の教会である。
 教会は不気味なほどに静まり返っており、辺りには人の気配も感じられない。
 しかし、ここに、何かがいる。
 確信の様な直感の赴くままに、輪夏は教会の扉を開いた。
 照明が、煌々と辺りを照らしていた。
 真正面、壁面には宗教的なイメージによって作られた、美しくも壮大なステンドグラスが輝き、それを見つめるように、一人の人物が立っている。
「このステンドグラスは、人間の救済のイメージだそうだ。興味深いと思わないかい?」
 呟き、振り返る。
 金色の瞳が、輪夏を見つめた。
「これより汝に授けられるは、我らよりの祝福――死神の救済だ」
 途端、辺りの空気が一気に張り詰めた。
 輪夏が思わず、身をすくませる。
 目の前の人物――死神はその殺意を膨らませ、そして。

●福音をもたらすもの
「すまない、緊急事態だ」
 アーサー・カトール(ウェアライダーのヘリオライダー・en0240)は集まったケルベロス達へ、焦りを隠さずにそう告げた。
 アーサーが言うには、輪夏が敵デウスエクスからの襲撃を受けるという予知がなされたそうだ。本人に連絡をとろうと試みたが、どうしても連絡をつけることができない。
「もはや一刻の猶予もない。予知された刻限は迫っている。速やかに現地へと、救援に向かってほしい」
 アーサーが言うには、襲撃場所は街はずれにある教会であるという。
 襲撃時刻は夜間であるが、辺りは照明などにより充分明るいため、光源の心配などはしなくていいだろう。
 また、敵デウスエクスの能力によるものなのか、周囲に人気はおらず、また新たに人がやってくることもないという。
 輪夏の救出、そして敵の撃退に注力してほしい。
「敵の名は『アナスタシス』。死神のようだな。強敵であることが予想されているから、充分に気を付けてほしい。作戦の成功と、君達の無事を、祈っているよ」
 アーサーはそういうと、ケルベロス達を送り出したのであった。


参加者
光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)
遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)
須々木・輪夏(翳刃・e04836)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)
交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)

■リプレイ

●月下の教会で
「……お互い名前も知らないけど、かつて助けられて……それからちょっとした目標になって……」
 須々木・輪夏(翳刃・e04836)は、静かに呟いた。叩きつけられる殺意。明確な敵意。それは、輪夏の完全にて相対する存在――死神、アナスタシスより放たれていた。
「いつか、もし会えたら立派になったわたしを見せたかった。でも、それは叶わないのね。今目の前にいるのは、あの人の体を奪った、あの人ではない存在、なのね」
 静かに。その声は震えていた。それは、悲しみからだろうか。或いは、怒りからだろうか。
 輪夏は、冷たく、切り裂くような視線で、アナスタシスを睨みつけた。
「あの人はきっと、生きている限り、誰かを助け続けた。その手で誰かを傷つけるというなら、わたしは、絶対に、許さない」
 輪夏は斬霊刀を抜き放ち、正眼に構えた。
「わたしは此処で、あなたを止める。たとえ一人でも――」
「いいや、一人じゃないさ」
 教会内に、声が響いた。途端、人影が教会を駆け抜けた。
「……人の恋人に何してくれちゃってるのかな、お兄さん?」
 アナスタシスから輪夏を守る様に立ちはだかるその人影――遠矢・鳴海(駄目駄目戦隊ヘタレンジャー・e02978)はお道化るように笑いながら、『雪灯』と名付けられた斬霊刀を、アナスタシスへとつきつけた。
「もしかして馬に蹴られたい?」
「なるみ……!」
 輪夏が声をあげるのへ、鳴海はにっこりと笑う。
「輪夏さん、助けに来たよ!」
 続いて、新たなる声と共に、複数の人影が、教会内になだれ込む。
「マサ君の時に助けてもらったんだから! 今度は私の番っ!」
 武器を構えつつ、光宗・睦(上から読んでも下から読んでも・e02124)が笑いかける。
「同じケルベロスの仲間が傷つけられるのを、黙ってみているわけにはいかないからな」
 螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)も構えながら、声をかけた。
「これはこれは。予想外の来客のようだね」
 形勢逆転――しかしアナスタシスは、薄く笑った。それは、自身の力への自信によるものだろうか。
「しかし、こういう時、人は、飛んで火にいる夏の虫、というのだろうね。それとも君達も、我が祝福を授かりたい、という事かな?」
「それね。救済を謳うわりには、随分と美しくないやり方じゃないかしら?」
 輪夏を庇うように位置取りつつ、アミル・ララバイ(遊蝶花・e27996)が言う。足元ではウイングキャット、『チャロ』が威嚇するように毛を逆立てた。
「そう簡単に、輪夏ちゃんは奪わせないわ。あたし達が来たんだもの、ねぇチャロ」
 アミルの言葉に、チャロは一鳴きしてこたえる。
「須々木さんの恩人の姿に似せて誘き寄せるなんて、気分のいいもんじゃありませんねぇ」
 交久瀬・麗威(影に紛れて闇を食らう・e61592)が言う。二人の言葉に、しかしアナスタシスは薄く笑うばかりである。
「死は、永遠の別れだ。その苦しみは、悲しみを、僕は知っている。アナスタシス、それをもたらそうとするお前を、僕は絶対に許さない」
 瞳に怒りを宿し、源・瑠璃(月光の貴公子・e05524)が声をあげる。
「死を弄ぶのも大概になさい」
 と、アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)。
「それは、不可侵の物よ」
 そう紡ぐアウレリアの傍らには、ビハインド、『アルベルト』が静かに寄り添う。
「成程。よくわからないけれど、僕は君達の逆鱗に触れているようだね」
 アナスタシスが肩をすくめた。
「でも大丈夫だ。それも直に感じなくなる」
 言って、手元の本を開いた。再びの殺意が、ケルベロス達に叩きつけられる。問答無用、という事なのだろう。
 一般人ならそれだけで逃げ出すであろう殺意を叩きつけられて、しかしケルベロス達はアナスタシスをにらみ返した。各々の武器を構え、臨戦態勢をとる。
 いずれが動くか。戦いの火蓋を切ったのは、輪夏の声だった。
「あの人の想いを、行いを受け継ぐために、わたしは此処で、死ぬわけにはいかない……!」
 刀を構え、息を吸い込んだ。
「生きて、もっと人を助ける! だから……っ!」
 吐き出すように紡いだ言葉が、戦いの始まりを告げる。
 アナスタシスとケルベロス達、二者が一斉に、動いた。

●救済の行方
 両者の戦いの行方を、ステンドグラスに描かれた聖母だけが見つめていた。
 交差する刃。放たれるグラビティ。荘厳な教会に吹き荒れる戦いの痕跡を、慈愛の瞳で、聖母が見つめている。
「聞け、我が鎮魂の歌を……!」
 アナスタシスが本を開き、言葉を紡ぐ。途端、大鎌を持った死神の様な幻影たちが現れ、ケルベロス達を斬りつける。斬撃の嵐を浴びせた幻影たちは、一斉に消え失せた。
「この程度で……!」
 瑠璃が『霊杖「菫」』を掲げ、癒しの風を巻き起こす。その風に背を押されるように、ケルベロス達は駆けた。
「仲間に手出しはさせん……!」
 『降魔刀「叢雲」』を抜き放ったセイヤが、アナスタシスへと肉薄する。弧を描くように放たれた斬撃が放たれ、たまらずアナスタシスはそれを受けた。
「速さが足りない様だな……思った通りだ……」
 と、セイヤ。続いて、
「損傷部位分析……破損深度測定……完了。アルベルト、援護を」
 アウレリアが、アナスタシスにつけられた傷へと視線を巡らせる。アウレリアの言葉に応じるように、アルベルトはその武器を構えた。
「狙うべきは、其処ね」
 呟きつつ放たれる、正確無比なる射撃。放たれた銃弾は、寸分たがわずアナスタシスの傷口へと突き刺さった。さらに放たれたアルベルトの一撃が、アナスタシスの足を止める。
 追撃するように、睦が『飛んだ』。翼から放たれた空気はジェットエンジンのように勢いよく放たれ、睦の体を吹き飛ばすように加速する。
「逃がさないっ! 空の果てまで、ぶっ飛ばすっ!」
 速度を乗せた拳の一撃。加速する銃弾、いや砲弾のようなその一撃を、アナスタシスは半透明の障壁のような物を展開させて受け止めたが、しかし勢いは殺しきれず、盛大に後方へと吹っ飛ばされた。地を擦りながら、何とか態勢を整えるが、それを待ち受けていたかのように、鳴海がとびかかった。
「凍れ。その身の内の、内までも……ッ!」
 かざした刃より解放される冷気。冷たく、全てを凍らせるほどのそれを纏い、刃は青白く輝いた。
 振り下ろされる刃を、アナスタシスは再度の障壁を展開してとっさにガード。障壁と刃が衝突・つばぜり合いが発生し、生み出された冷気が白煙となって辺りを漂う。
「輪夏の恩人は、私の恩人も同然……その身体を利用するって言うのならっ!」
「どうする、と?」
 鳴海の言葉に、アナスタシスが声をあげ、
「ここでお前を止める――」
 鳴海がそう言った途端、鳴海の影から白煙を切り裂き、人影が飛び出した。
「――わたし達、が」
 輪夏だ。鳴海の言葉を引き継ぎ、影より放たれる視認困難な一撃。不意を突く形で放たれたそれが、アナスタシスの体を切り裂いた。
「ぐっ……!?」
 呻くアナスタシス。
「あなた達の悪縁、ここで断ち切ってあげるわ」
 アミルの放った攻性植物がその大口を開け、アナスタシスの足へと噛みついた。呻きつつ振りほどくアナスタシス。一方でチャロは羽ばたき、清浄なる風による援護をケルベロス達に行う。
「油断大敵、ですからねぇ……?」
 麗威は呟き、手をかざした。途端、爆発するような赤い雷がその手より発せられ、拳へとまとわりつく。
「もう止められませんよ……!」
 駆けた。突き出された拳は、アナスタシスの体へと吸い込まれるように突き刺さり、宿る赤い雷は、爆発の衝撃のように、アナスタシスの体を駆け巡る。
 雷による衝撃、その痕跡である薄い煙を身体から立ち上らせながら、アナスタシスはよろよろと片膝をついた。
「くっ……少々、君達の力を見誤ったようだ……」
 呟き、ゆっくりと立ち上がる。ダメージを受けながら、しかしその目からは戦う意志は消えてはいない。
「君達の力は認めよう。だが、それでも勝つのは、僕だ」
 手にした書物を開く。途端、先ほどの攻撃とは比較にならぬほどの、無数の死神の幻影が現れた。アナスタシスは、ゆっくりと手を掲げ、
「これぞ神罰……怒りの日、最後の審判を受けるがいい……っ!」
 振り下ろした。同時に、無数の死神の群れが一斉に解き放たれ、ケルベロス達を飲み込んだのである。
 雪崩の様な無数の死神の群れによる蹂躙は、わずかな時間であったのか、それとも。その審判が下されたのちには、立つ者などは、一人もいない……はずであった。
「――まだよ」
 死神の群れが消えうせ、しかし仲間を庇う様立ち続けていたのは、アミルである。
「誰一人倒されるもんですか。守りきってみせる」
 その肌に血をにじませ、しかしアミルはにこりと笑った。
「一筋縄じゃあいかないのは存じ上げてますが……生憎こちらも、生半可な気持ちで戦ってはいませんので。……この程度で最後の審判など、おこがましいのでは?」
 麗威もまた、仲間を庇い、立ち続けていた。
「……馬鹿な」
 アナスタシスの顔が、驚愕の色に染まる。
「僕達は、この程度では倒れないよ」
 言って、瑠璃が癒しの風を巻き起こす。
 続いて、セイヤが駆けた。一瞬にして懐に飛び込んでの、電光石火の蹴りの一撃が、アナスタシスの体へとめり込む。
「これ以上やらせると思うな……ッ!」
 吠えるセイヤを振りほどいて、アナスタシスが飛びずさる。しかし、それを狙っていたかのように、アルベルトとアウレリアの銃撃がアナスタシスへと降り注いだ。
「どこへ行くのかしら。あなたは此処で、行き止まりよ」
 アウレリアの言葉を待たずして、睦が再び『飛んだ』。砲弾じみた加速を乗せた拳の一撃――直撃を食らったアナスタシスが、冗談のように吹き飛んだ。
 壁に叩きつけられたアナスタシスがよろよろと立ち上がるのへ、
「輪夏さんっ!」
 睦が声をあげる。応じるように、輪夏は鳴海と共にかけた。
「輪夏。辛いなら――」
 心配するように声をかける鳴海へ、輪夏は、
「大丈夫」
 と、声をあげた。
「ありがとう、なるみ。でも、大丈夫」
 鳴海は、笑った。
「よーし、二人の力を見せてやろうよ!」
 鳴海は飛んだ。かざす刃は、照明の明かりを受けて、月光のように煌いた。
 その月光の影には、輪夏が居た。影の刃を構え、月影に隠れし刃は、月と共に、地へと舞い降りる。
 落下の勢いを乗せた鳴海の刃の一撃を、アナスタシスは何とか受けようと障壁を展開する。が、鳴海の刃は、その障壁ごと、アナスタシスを深く切裂いた。間髪入れず、影より現れた輪夏の刃が、鳴海の刃と交差するように振り払われ、アナスタシスにさらなる傷をつける。
「――ッ」
 アナスタシスが、血を吐くように、深く、深く息を吐いた。その眼前に、輪夏が立っていた。
「最後に」
 輪夏が、声をあげた。
「ねぇ、一つだけ。その人が死ぬ前のこととか――知っている?」
 その言葉に、アナスタシスは引きつった笑みを浮かべた。
「さぁて、ね」
 それは、本心の言葉であったのか、或いは、相手を惑わすための嘘であったのか。
 それは、分らない。
 だが、それがアナスタシスの最期の言葉になった。
 アナスタシスはその場に崩れ落ちる。放り出されたように、手にしていた書物が宙を舞った。
 ばたり、と、書物が地に落ちる音だけが響いた。
 アナスタシスは死体も残さず、跡形もなく、消滅していたのだった。

●救済の後
 ヒールが施された後の教会は、今まであった事が全てうそであったかのように、綺麗に、綺麗に整えられていた。
 今日、この場で起きたことを知っているのは、ケルベロス達と、その戦いを見つめ続けていた、ステンドグラスの聖母だけだろう。
「あの……今日は、ありがとう」
 輪夏が、仲間達へ、頭を下げる。
「ううん、私も前に助けてもらったし……間に合ってよかった」
 そう言って、睦が笑った。
「助けられてよかった。輪夏さんにとっては、辛い結果かもしれないけど――」
 瑠璃の言葉に、アウレリアが続ける。
「……彼は本人ではなく死神だったけれど、貴方の内にある思い出の人の面影と、行動がもたらした志は紛れもない『本物』よ。どうか、そちらを大事に、ね」
 その言葉に、輪夏は頷いた。
「うん。分かってる」
 輪夏の様子を見て、アウレリアは安心したように、ゆっくりと頷いた。
「管理者の方と、話はつきました。この教会で預かってくれるそうです」
 麗威が言った。
「……良かった。彼もここで、静かに眠れるのね」
 アミルが言った。手には、最後に残された一冊の本があった。
「そうだな。名も知らぬ、先達か……どうか、安らかな眠りを」
 セイヤが言った。それを合図にしたように、誰もが瞳を閉じ、ささやかな祈りを捧げた。
「……倒して止めてほしかったのよ、ね」
 輪夏が呟いた。
「きっと、そうだよ。彼も輪夏に感謝していると思うよ」
 鳴海はそう言って、輪夏の肩を抱いた。
 輪夏は身を預けるように、鳴海へと身を寄せた。
 それからしばし、ケルベロス達は祈り続けた。
 死に行くものへの救済を。
 生き行くものへの救済を。
 どうか等しく、全ての物が幸せになれますよう。
 静かな教会で捧げられた祈り――。
 聖母はただ静かに、ケルベロス達を見守っていた。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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