暗闇の使途、暴虐の使途

作者:雷紋寺音弥

●深淵より蘇りし者
 山の麓の草原に、ひっそりと立ち並ぶ大型テント。夏も終わり、今はシーズンオフなのか、辺りに人の気配はない。
 見れば、ロッジやテントのいくつかには、ファンタジックな装飾が施されていた。未だ残る、ヒールの跡。それは即ち、かつてこの場所でデウスエクスと番犬達との、死闘が繰り広げられた証拠に他ならず。
「キュ……キュ……」
 ガラスを引っ掻いたような音を立てながら、ゆらゆらと揺れる青白い光。人の身の丈よりも少しばかり大きな魚が、青い軌跡にて不可思議な紋様を描いた時だった。
「ァ……アァァァ……!!」
 突然、地の底で呻く亡者の雄叫びの如き声が響き渡り、紋様の中心からおぞましい何かが現れた。
 その形は崩れ、既に半分は人の姿を残していない。流動的な、粘性の高い不定形な何かが、無理やりに人型を維持しているかのような様。
「ウゥ……オォォォ……」
 何かを求めるようにして、それは瞳のあるべき場所にぽっかりと空いた穴の中から、黒い液体を流しながら手を伸ばした。そして、その声に呼応するようにして、飛来したのは新たなる影。
「フハハハ! 随分と醜い様になりやがったなぁ、黒喰の旦那ァ! だが、この『狂竜のランペイジ』様にとっては、暴れられればなんでもいいがな!」
 鋸状の大剣を担ぎ、現れた巨漢の戦士が豪快に笑う。彼らが待つ者は、他でもない。この地球を守りし、地獄の番犬達だった。

●荒ぶる乱入者
「エリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)の懸念していた通り、死神の行動に呼応する形で、新たな罪人エインヘリアルが出現しているようだな」
 今回も、そんな死神と罪人エインヘリアルが引き起こす事件が予知されたと、ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)は開口一番にケルベロス達へと告げた。
「死神が出現するのは、かつて罪人エインヘリアルとの戦いが行われた大型キャンプ施設だ。『黒喰のフォグナー』と言えば、思い出す者もいるかもしれんな」
 幸い、今はシーズンオフで、キャンプ場に客はいない。出現する死神は3体ほどだが、どれも下級の怪魚型のみ。ここまでは、死神の引き起こすサルベージ事件としては、別段に珍しいものでもない。
「問題なのは、介入者の存在だ。死神がフォグナーをサルベージすると同時に、新たな罪人エインヘリアルも、現場へと出現するだろう」
 恐らくは、罪人エインヘリアルのサルベージを援護するための、ケルベロス達に対する妨害行動。サルベージされた罪人エインヘリアルは、出現の7分後には死神によって回収されてしまうため、撃破するための時間は限られる。
「サルベージされたフォグナーは、知性を失った状態にある。その半身は不定形な黒い塊となっており、辛うじて人型を維持している程度だが……」
 変異強化されただけあって、その攻撃は生前以上に邪悪さが増している。不定形な肉体は変幻自在の武器と化し、相手に絡みつかせて捕縛する他にも、精神に作用してダメージを与えたり、複数の相手に対して同時に猛毒を注入したりする術まで手に入れているという。
 一方、怪魚型の死神だが、こちらは噛み付くことで攻撃できる以外、そこまで強い個体ではない。しかし、自らを盾にしてフォグナーを守ろうとするため、乱戦になれば厄介な壁となる。
「これだけでも厳しい戦いになるとは思うが、新たに出現する罪人エインヘリアルも忘れてはならんな。恐竜の鱗と骨を組み合せたような武器と防具を身に付けた、見た目通りの凶悪な相手だ」
 敵はケルベロスを見つけるなり、問答無用で戦闘を仕掛けて来る戦闘狂。『狂竜のランペイジ』という二つ名を持ち、鋸状の大剣を駆使して、チェーンソー剣に似たグラビティを使用する。
「お前達が駆け付けた時点で周囲の避難は行われているが、広範囲の避難を行ってしまえば、敵は別の場所で、別の存在をサルベージしてしまう。フォグナーが撤退するまでの時間を考慮すれば、一般人への被害は考えなくて良いのは幸いだ」
 反面、新たに出現するランペイジの方は撤退などしないため、撃破に失敗すれば周囲の村々における被害は甚大。苦戦は必至と予想されるが、それでも必ず勝機はある。
 罪なき人々を守るため、その力を貸して欲しい。最後に、それだけ言って、ザイフリート王子はケルベロス達に依頼した。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)
嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)
ユグゴト・ツァン(しょくざい・e23397)
花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)

■リプレイ

●黒喰と狂竜
 誰もいないキャンプ場に、冷たい夜風が吹き抜ける。月見をするには程良い夜だったが、しかし今はそんな余裕もない。
「ウゥ……オォォォ……」
 怪魚型の死神達が描く蒼い紋様の中心部から、おぞましい影が姿を現す。眼球を失い、身体の半分は溶けてなくなり、それでも生ける屍として、歪んだ蘇生を遂げた存在が。
「ゾンビみたいに復活させられるのって、どういう気持ちなんだろう……」
「倒した敵がこうも簡単に復活させられると、どうにもやる気が削がれるよねぇ……」
 多少なりとも憐憫の情を抱いているスノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)とは対照的に、ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は辟易した様子で、異形の再生を遂げたエインヘリアル、黒喰のフォグナーの姿を見て溜息を吐いた。
 もっとも、生前のフォグナーの所業を知っている者からすれば、この場はロベリアに賛同したい気持ちでいっぱいだろう。重罪人のエインヘリアルは数多けれど、フォグナーはその中でも極めて卑劣で、外道と呼ぶに相応しい性格をしていたのだから。
「ずいぶんとまあ哀れな姿だな。そんな姿になって、お前は何を思う?」
 答えが返って来ないと知りつつも、ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)はフォグナーに問い掛けた。美しい者を穢し、弱者を惨たらしく殺すことに快感を覚えていた罪深き戦士。己の意志さえ奪われた今、その奥に渦巻くのは怨嗟か、それとも後悔か。
「死んでなおこき使われるとは、哀れなモンだ」
 捨て駒として放り込まれ、果ては死神に利用されているフォグナーの姿を見て、嘉神・陽治(武闘派ドクター・e06574)が思わず零していた。最後まで、それに気付かないまま勝機を奪われたのであれば、ある意味では救いだったのかもしれないが。
「二回目だ。此度は全部抱擁すべき。愛すべき罪人に母親の貌を。さあ。私に魂の一滴までも寄越すのだ。可愛らしい『物体』よ……」
 これ以上は、哀れみの感情を抱く必要もないと、ユグゴト・ツァン(しょくざい・e23397)がナイフを引き抜く。そして、その刃より放たれる混沌と殺気を感じ取ったかのようにして、新たなる影が姿を現した。
「……来たか」
 それだけ言って、御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)は乱入者を見据えて身構える。己の身の丈を軽く超える、巨大な鋸状の大剣を担いだ屈強な戦士を。
「ガハハハッ! 待たせたな、地獄の番犬ども! 今から、この俺様が、お前達を本当の地獄へ送ってやるぜ!」
 狂竜のランペイジ。その名が示す通り、まるで狂った手負いの竜の如く、血と破壊と殺戮を至高として暴れ回る、戦闘狂のエインヘリアル。戦うことしか頭にないとはいえ、それでも巨体から繰り出されるパワーは相当のものだろう。
「エインヘリアルが2体……怖いですけど、怯んでいる場合では、無いですね。さぁ、行きますよ夢幻、頼りにしています」
 無傷で帰ることは叶わないと知って、花見里・綾奈(閃光の魔法剣士・e29677)が覚悟を決めた。次の瞬間、死神達が一斉に牙を剥いて襲い掛かり、フォグナーもまた溶けた身体の一部を触手に変えて、ケルベロス達目掛けて解き放ってきたが。
「……っ! そう簡単に、ここは抜かせへんで」
 魔性の牙を、黒き触手を、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)がその身で受け止める。残り時間は、後7分。黒き捕食者を再び地の底へ送り返すべく、決死の戦いが幕を開けた。

●暴喰と暴虐
 死神が踊り、邪悪が猛り、狂える竜が暴れ回る深夜のキャンプ場。平時よりも更に多く、更に強力な敵を相手にせねばならぬ状況は、それだけでケルベロス達を追い詰めるのに十分なもの。
「イリス、合わせるよ!」
 ビハインドのイリスと共に、ロベリアは異形と化したフォグナーを狙って鎖を放つ。同時に、周囲の物体が浮遊したかと思うと、それらもまたフォグナーへと殺到して行くが。
「キ……キ……」
 ガラスを爪で引っ掻いたような鳴き声を上げながら、怪魚型の死神が斜線へと割り込んでくる。先程から、この魚どもが邪魔をしてくれるおかげで、思ったようにフォグナーへと攻撃が通らない。
「雷よ、来たれ……そして、敵を薙ぎ倒す力となれ……」
 こうなれば、纏めて叩き伏せてしまおうと、綾奈が雷の力を宿した斧で死神達を薙ぎ払う。さすがに、これは効いたのか、2体の死神が纏めて地に落ち弾けて消えたが。
「グハハハッ! どうした、小娘? 貴様の力は、そんなものか?」
 問題なのは、同じ隊列に居座るランペイジ。彼は、その手にした鋸大剣で綾奈の攻撃を受け止めると、そのまま力任せに振り払って見せた。
「……きゃぁっ!?」
「ウゥ……オァァァァッ!!」
 吹き飛ばされた綾奈を狙い、己を失ったフォグナーが高々と吠える。腐敗し、溶け掛けた肉のような身体から獰猛なる漆黒の触手を生やし、全てを汚染すべく周囲へと放出する。
「ったく、けったいな身体しよってからに!」
「うっ……ま、まだです……まだ……倒れるわけには……」
 複数の触手で同時に身体を貫かれ、瀬理と綾奈が猛毒を注入される不快感に思わず顔を顰めた。が、そんな彼女達に体勢を整える暇さえ与えずに、今度はランペイジの振るった鋸状の大剣が、真正面から瀬理の肩に食い込んだ。
「なんや、めっちゃ強いのがおるって聞いたから期待しとったのに、こんなもんかいな。見かけ倒しやねぇアンタ……」
 それでも、敢えて弱音は吐かず、瀬理はランペイジを睨み返す。もっとも、実際は一撃で相当の体力を持って行かれていたのだが、今はまだそれを悟られるわけにはいかない。
「それじゃぁ、うちの壁は抜けへんなぁ……。まだ奥の手あるんやろ? 出し惜しみなんてつまらん勝負しぃな。ガツンと来ぃ!」
「ガハハハ! 言うではないか、貴様! だが、後で取り止めは聞かんからな! 後悔しても、俺は許しても見逃してもやらんぞ!」
 その二つ名が示す通りの戦闘狂。豪胆に笑うランペイジにとっては、挑発の言葉さえ褒美なのだろう。
「マシュ、手伝って」
 ボクスドラゴンのマシュと共に、仲間達の体勢を立て直すべく立ち回るスノーエル。自らも狙われ易い位置にいながら壁役を務めれば、それだけ前に立っている者達の負担も大きいはずだと。
「こっちでもフォローするぜ。……だが、あんまり時間はなさそうだな」
 薬液の雨を降らせつつ取り除き損ねた猛毒を除去する陽治だったが、その顔には早くも焦りの色が見え始めていた。
 サーヴァントを連れている者が多い今回の布陣。手数こそ増えるものの、それらの面々では単体での回復量は平時の6割程度。多対1で強敵を追い詰める際には効果的なのかもしれないが、こうも乱戦になってしまっては、アドバンテージも減ってしまう。
 回復を怠れば、ランペイジの狂刃に倒れる者が出るかもしれない。だが、攻撃に回せる手数が減れば、それだけフォグナーを叩くための時間が減る。
「胎が減った。捕食の時間だ。我が精神は空を拒絶する。貴方と貴女の魂を……」
 ミミックのエイクリィが蓋を開き、その縁にある牙で怪魚型の死神に噛み付いたところで、ユグゴトは死神の口へ静かに手を掛け、ゆっくりと、しかし確実に上下へ割って行く。まずは、この邪魔な魚どもを黙らせねば、フォグナーとの戦いに集中することもできない。
「キュ……ギュェ……」
 蛙が潰される時のような声を上げて、死神の身体が悲鳴を上げた。顎が、骨が軋む音が響き、そして最後は筋肉の千切れる音と共に、口から真っ二つに引き裂かれ。
「……おいしい♪」
 粘性の高く、生臭い体液を全身に浴びながら、ユグゴトは口元に垂れて来たそれを軽く指で掬って舐め、うっすらと微笑んでさえ見せる。
 兎にも角にも、これで邪魔者はいなくなった。後は改めてフォグナーへと攻撃を集中させるだけだが、しかし時間も残り僅か。
「死を撒く者が、死に魅入られる……。皮肉なものだな」
 ユグゴトの引き裂いた死神の残骸。それを足場にして、白陽は高々と跳躍すると、真上からフォグナーへと刃を突き立てる。顔面に空いた二つの空洞。かつては眼球のあった、黒い涙を流す場所へと。
「ア”……ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ……!?」
 異形の姿と成り果てても、痛覚はあるのだろうか。空洞から夥しい量の黒い液体を撒き散らし、暗闇の中でフォグナーが吠えた。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から! ……あはっ、丸見えやわアンタ」
 追い討ちとばかりに、瀬理がフォグナーの額に鉄杭を深々と突き立てる。黒い影のような半身を持つ肉体が斬り刻まれ、貫かれる度に、その傷口から溢れ出るのは腐臭を伴うドス黒い液体。
「痛いか? 苦しいか? ……安心しろ、俺達が眠らせてやる」
 巨大なハンマーを掲げ、容赦なく振り下ろすムギ。死してなお、利用されるというのであれば、せめて在るべき場所へ帰してやるのが情けというものなのかもしれないが。
「オラオラ、どうした! 俺の相手はしてくれねぇのか?」
 フォグナーの反撃に重ねて繰り出されるランペイジの痛烈な一撃が、再びケルベロス達へと襲い掛かる。
 互いに退く姿勢を見せないまま、繰り広げられる激しい技と技の応酬。だが、残された時間は僅かであり、それでさえも刻一刻と減って行き。
「ウゥゥ……アァ……」
「……取り逃したか」
 呻きながらも、魔空回廊の奥へと静かに消えて行くフォグナーの姿を見て、白陽が静かに呟いた。
 敵が撤退するまでの時間は7分間。巨大ロボ型のダモクレス等が、戦闘を中止して逃走を始めるのと同じ時間。しかし、巨大な敵とはいえ単機で出現するダモクレス相手とは異なり、今回は2体のエインヘリアルを同時に相手取らねばならず、更には怪魚型死神による防壁のおまけ付きだ。
 サーヴァントの維持に力の半分を持っていかれている者が半数を占める状況では、瞬間的な火力は低下する。だからこそ、それを補うべく、いつも以上に前のめりな陣形で戦う必要があったのだが、ケルベロス達の選んだ戦い方は、あまりにも『バランスが良過ぎる』ものだった。
 そう、バランスが悪かったのではなく、良過ぎたのだ。しかし、平時とは異なり、何かを犠牲にしてでも尖った能力を求められる状況において、それは却って器用貧乏になってしまい兼ねない諸刃の剣。
「どこを見ている、貴様達! 戦いは、まだ終わってはおらぬぞ!」
 大剣を振り上げ、独り残されたランペイジが、嬉々とした表情で襲い掛かって来た。戦いを至高とする彼にとっては、どのような状況下であれ、退くという選択肢はないようで。
「ごめんなさい……後は……お願いします……」
 その身を挺して攻撃を受け止めた綾奈が、ついに大地へと倒れ伏す。暴喰の化身こそ去りはしたが、しかし未だ災厄は過ぎ去っていなかった。

●宴の終わり
 黒き影の捕食者は去ったが、しかし荒れ狂う暴力の権化は止まらない。
 巨大な鋸状の大剣が振るわれる度に、凄まじい衝撃と共に襲い来る痛烈な斬撃。まともに受ければ3発と耐えられない恐るべき威力に加え、牙のように食い込む刃は強固な鎧さえも容易く引き裂き、肉をも抉る。
「ガハハハ! どうした、地獄の番犬どもよ! 貴様達の力は、そんなものか?」
「まだまだ……こっからが全力全開の闘いや! アンタもホンマはこういうのを望んどったんやろ!? さぁ、闘ろか!」
 身体に刻まれた傷跡も意に介さず狂刃を振るうランペイジに、瀬理は口元の血を拭いながらも力強く嗤い、叫ぶ。そんな彼女自身、既に身体は限界に近かったが、ここで敵に背中を見せるわけにも行かず。
 腕を振るうと共に繰り出される氷結の螺旋が、ランペイジの身体に次々と食い込み、その強靭な肉体を抉りながらも凍結させた。が、その一撃を、全身の筋肉に軽く力を入れることで粉砕して耐え、凶暴なるエインヘリアルは、お返しとばかりに大剣で瀬理の身体を薙ぎ払う。
「……ぐっ! あ、あかん……ちぃっとばかり……下手打ったわ……」
 巨木に叩きつけられ、その幹が音を立てて折れると同時に、瀬理もまた力無く崩れ落ちた。圧倒的な攻撃力を誇る敵を前に、たった2人しか壁を用意しなかったことが、彼女達への負担を大きくしてしまったのだろう。
 これ以上、この戦いで犠牲は出せない。壁を突破された今、残された手段は手数に任せ、全員で攻撃を叩き込むのみ。
「マシュ、一気に行くよ!」
 時間さえも凍結させる魔法の弾丸。スノーエルの放ったそれに続け、マシュもまたブレスでランペイジを迎え撃つ。すかさず、大剣の刀身を盾のようにして防ぐランペイジだったが、それでも全ては避け切れず。
「おっと、動かないでね?」
 死角から繰り出されたロベリアの鎖がランペイジの腕に絡み付いたところで、イリスが背後からも抑え込み。
「恐れを知らぬ哀れな仔よ。其の内に在る、忌むべき記憶を解放すべし」
 ユグゴトが漆黒の魔弾をランペイジの頭めがけて発射すれば、その隙に懐まで潜り込んだエイクリィが、そのまま脚に噛み付いた。
「アンタだって、あんな風にされちまうかもしれねえのに、よく平然としてられるな」
 全身を拘束され、凍結させられつつあるランペイジに、陽治は研ぎ澄ました一撃を食らわせつつも問い掛ける。もっとも、ランペイジは豪胆に笑い飛ばすだけだったが、それこそが陽治の狙いでもあった。
「注意を逸したな……。心臓よ鳴り響け、我が手に焔の刃を宿せ!」
 その身から湧き出る焔を呪詛によって刃とし、ムギが一気に間合いを詰めて振り下ろす。すかさず、ランペイジも強引に拘束を振り切って、大剣でそれを受け止める。斬り結ばれた刃と刃。その間に迸る力の奔流は、激しい火花を散らせて周囲を煌々と染めて行くが。
「……死にゆく者は無知であるべきだ。要らぬ煩悶は捨てて逝け」
 瞬間、突如として現れた白陽の手が、狂える戦士の奥底にある、魂の芯を貫いた。
「グハッ!? ま、まさか、この俺様が膝を……」
「筋肉全開! 我が一撃に迷いなし。眠れ……此処は生者の生きる場所だ!」
 敵が体勢を崩したところで、最後はムギが強引に刃を押し込み、斬り捨てる。真正面から両断されたランペイジの肉体は炎に包まれ、やがて全ては灰と化し。
「か、勝ったん……だよね?」
「ああ。終えた。されど彼等は幾等でも」
 思わず額の汗を拭って尋ねるスノーエルに、ユグゴトは言葉を濁しつつも答えた。
 死神の手に掛かれば、どうせまた、この命も再び偽りの生を与えられるのだろう。死を冒涜する者と、死に急ぐ者。この世には、とかく莫迦な生命が多いと。
 村は守られ、当面の脅威は過ぎ去った。だが、死神達の不気味な動向に気を抜くことは、しばらくの間は許されそうになかった。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月29日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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