いつかD列車に乗って

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
「やっぱり、山は暮れるのが早いですね」
 ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)は夕暮れの山道を歩いていた。トレッキングの帰路。人里はまだ遠い。
「熊にでも遇ったしたら、どうしましょう……あら?」
 思わず足を止めるゼラニウム。
 熊ならざるものが山道の向こうから近付いてくる。重機の駆動音めいた足音を響かせて。
 距離が縮まると、それが人型のダモクレスであることが判った。もっとも、この場合の『人型』というのは直立して四肢を備えているというだけの意味であり、人間の姿には程遠い。胴体は蒸気機関車の煙室扉のような形をしており、頭部は昆虫のそれなのだから。
「ローカストに似てますね……」
 かつて、この山の奥の秘密基地で見た悲惨な光景――イクソス・ジェネラルを始めとするローカストたちの最期をゼラニウムは思い出さずにいられなかった。
「非でうすえくす型知的生命体、発見」
 ダモクレスが急停止し、声を発した。
「種別、おらとりお。武装アリ。けるべろすデアル可能性高シ。排除ノ必要ヲ認ム」
 無機質な赤い目でゼラニウムを見据えて、ダモクレスは武器を構えた。長大な戦斧を右手に。給弾ベルトが付いたマシンガンを左手に。
「さんせっとEX、索敵もーどカラ戦闘もーどニ移行」
「感傷に浸ってる暇はなさそうですね」
 悲しげに溜息をついて、ゼラニウムもまた武器を構えた。

●音々子かく語りき
「ここです、ここ! この山麓地でゼラニウム・シュミットちゃんが『サンセットEX』とかいう機関車モドキのダモクレスに襲撃されちゃうんですよー!」
 タブレットに表示された地図の一点をヘリオライダーの根占・音々子が指し示した。
 夕暮れ時のヘリポート。彼女の前にはケルベロスたちが並んでいる。
 ゼラニウムの救援に向かってほしい――その意を皆に伝えた後、音々子はサンセットEXについて解説した。
「ドレッドノート攻略戦で入手したダモクレスの資料によりますと、サンセットEXの素体となったのはローカストの兵士でして、今は亡きイクソス・カーネルに仕えていたようです。イクソス・カーネルは独自の情報網でダモクレス技術の一旦を入手し、なんらかの目的のために甲殻列車の機関部をその兵士に融合させたみたいなんですよー」
 しかし、改造されたローカストの兵士は『なんらかの目的』とやらを果たす前にダモクレス勢に鹵獲され、改めて機械手術を受けてサンセットEXとして新生したのだという。
 もっとも、サンセットEXはローカストだった時の記憶を完全に失ったわけではないらしい。アイデンティティーを揺さぶるような言葉をかけて動揺を誘えば、戦闘を有利に進めることができるかもしれない。
「なんだか可哀想な気がしないでもないですよね。二つの勢力に翻弄されて、何度も改造されて……」
 サンセットEXに同情を示す音々子。
「でも、残念ながら、サンセットEXをローカストに戻すことはできません。もちろん、アリアンナちゃんたちのように定命化することもできないでしょう」
 サンセットEXを救う術はただ一つ。
 速やかに死を与えることだ。


参加者
村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
シルディ・ガード(平和への祈り・e05020)
アウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)
ジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)
神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450)

■リプレイ

●D for DAMOCLES
「さんせっとEX、索敵もーどカラ戦闘もーどニ移行」
 ローカストと機関車を掛け合わせたかのような姿のダモクレス――サンセットEXが長大な戦斧とマシンガンを構えた。
「感傷に浸ってる暇はなさそうですね」
 悲しげに溜息をついて、オラトリオのゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)もまた武器を構えた。刃の付いた盾。今は亡きイクソス・カーネルの右下の腕を加工した『カーネルバックラー』だ。
 それを見た途端、サンセットは――、
「Piii!」
 ――旧式の家電じみたビープ音を発し、武器を構えたままの姿勢で硬直した。かつての上官の体の一部を見て、失われたはずの記憶が刺激されたのだろう。
 しかし、すぐに我に返り、自分自身に警告するかのように叫んだ。
「脅威れべる上昇! 脅威れべる上昇!」
 そう、サンセットが動揺している僅かな間に『脅威レベル』なるものは上昇していた。
 ケルベロスたちがゼラニウムの周囲に降り立ったのである。ハイパーステルスモードで空を行くヘリオンから。
「ゼラニウムさん、御無事ですか?」
 そう尋ねる犬の獣人型ウェアライダーのジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)の体を黄金の粒子群が彩っていく。ドワーフのシルディ・ガード(平和への祈り・e05020)がオオアリクイ型のオウガメタルを用いてメタリックバーストを発動させたのだ。
「はい。大丈夫です」
 同様にオウガ粒子の加護を受けながら、ゼラニウムが答えた。だが、彼女のオウガメタルは体を小刻みに痙攣させて不満を表明している。『エルピス』という名のそのオウガメタルはアリ型なので、オオアリクイ型が放出した粒子を浴びることが我慢ならないのだろう。
「ならば、重畳。ともにこの場を――」
 ジュリアスはサンセットに突進し、獣撃拳を放った。
「――切り抜けましょう!」
 獣化した拳が命中した部位は胴体。蒸気機関車の煙室扉のような形状をしており、『SUNSET』と記されたプレートが嵌め込まれている。
「サンセット……それは本当に貴方の名前?」
 そう問いかけながら、レプリカントのアウレリア・ノーチェ(夜の指先・e12921)がフォーチュンスターで攻撃した。
「故郷で近しいかたから呼ばれていた別の名が……いえ、本当の名があるのではなくて?」
「質問ノ意図ガ不明。回答ノ必要ヲ認メナイ」
「貴方はローカスト? それとも、ダモクレス?」
「質問ノ意図ガ不明。回答ノ必……」
 サンセットは言葉を切り、黙り込んだ。気付いたのだろう。相手の質問の意図ではなく、自分の中の大切ななにかが『不明』であることに。
 とはいえ、戦う意志をなくしたわけではない。マシンガンをケルベロスに向けて、抑揚のない声の代わりに銃声を響かせた。
 炎の状態異常を伴う弾丸の雨が前衛陣へと浴びせられる。
 その雨の中をエクトプラズム製の霊弾が突き抜けた。ゼラニウムがプラズムキャノンで反撃したのだ(その代償として、体の炎が燃え広がったが)。
 星形の傷――アウレリアのフォーチュンスターの名残りがある腰のあたりに霊弾を受けて、サンセットは体勢を崩した。
 一方、ゼラニウムたちのダメージと炎の一部は消え去っていた。メディックのポジション効果を得た村雨・ベル(エルフの錬金術師・e00811)のサークリットチェインによって。
「ところで――」
 愛用の青いヘッドホンを装着しながら、空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)がベルに尋ねた。
「――なんで殺界形成なんか使ってんだ? べつにいらねえだろ」
「万が一の用心です。これ、シャドウエルフの嗜み」
「嗜みねえ……」
 首をかしげつつ、空牙はトンファー型のドラゴニックハンマー『銃鬼』から竜砲弾を発射した。
「うちがジャポンに来たんは、ローカスト・ウォーが終わった後やったナ」
 砲弾を受けてサンセットが再びよろめく様を見ながら、フランス生まれのドワーフのジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)が惨殺ナイフの柄を指先で叩いた。ジャマー能力を上昇させるグラビティ『デュ・ボワ』。
「調査隊には参加せえへんかったケド……そっかぁ。この山の奥にアレがあったんやね」
「うん。ローカストたちの休眠基地がね」
 シルディが頷き、そして、サンセットに訊いた。
「キミはそれを知ってたの? だから、ここに来たの?」
「質問ノ意図ガ不明。回答ノ必要ヲ認メナイ。質問ノ意図ガ不明。回答ノ必要ヲ認メナイ」
 一度は断ち切った言葉を繰り返すサンセット。
「もしかして、休眠中のローカストたちにグラビティ・チェインを運んでくるのがこのロコモティブ(機関車)さんのお仕事やったんかナ?」
「だとしたら、可哀想ですね。グラビティ・チェインを供給すべき相手はもういないのですから」
 と、ジジの推論に反応したのはレプリカントの神無月・佐祐理(機械鎧の半身・e35450)。
「しかし、どれだけ同情の余地があろうと、人々に危害を加える存在を見逃すわけにはいきません。きっちりと――」
 佐祐理は一気に間合いを詰め、スパイラルアームでサンセットの右肩を抉った。
「――倒しましょう!」
「タオ、シマ、ショー!」
 佐祐理の叫びを真似て、サンセットが右半身を退いた。スパイラルアームを受けた衝撃によるものではない。右手の戦斧を振りかぶったのだ。
 そして、それを勢いよく振り下ろす……かと思いきや、佐祐理に組み付いて彼女の肩に牙を立てた。
「おおう!? ローカストファングだぁーっ! めっちゃ久しぶりに見たぜぇ! てゆーか、もう見る機会はないと思ってたぁーっ!」
 興奮のあまりに足を踏み鳴らしながら、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)がバイオレンスギターを奏で始めた。
 サンセットを引き剥がして離脱した佐祐理の傷を『紅瞳覚醒』のメロディが癒していく。対複グラビティなので効果は薄いが、シャーマンズゴーストのイージーエイトさんが祈りを捧げて足りない分を補った(いや、イージエイトさんがメインであり、ヴァオのほうが補っているに過ぎないのかもしれない)。
「もー。変なことで感動しないでよ」
 ヴァオの言動に苦笑しつつ、シルディが再びメタリックバーストを発動させた。

●D for DESTINY
 戦いが始まってから数分が経過し、サンセットのマシンガンが二度目の連射音を響かせた。
 クラッシャーのポジション効果もあって、その威力は高かったが――、
「負けないで、皆さーん!」
 ――ベルが紙兵を散布して、仲間たちをヒールした。もっとも、彼女の目は仲間たちではなく、サンセットに向けられている。狂的な知的好奇心の光を宿して。
「それにしても、興味が尽きませんねー。甲殻列車の機関部との接合部はどうなっているでしょう? 窯の中も見てみたいです。いえ、いっそのこと、分解して研究材料にしたーい!」
「体の前に付いているあれは煙室の扉ですから、開けることができたとしても、窯は覗けないでしょうな」
 そう言いながら、ジュリアスが如意棒で破鎧衝を繰り出した。
 攻撃は命中したが、それを見届けた彼の表情は暗い。
「……どうにも、やりづらい。佐祐理さんが仰ったように可哀想な相手ですからね」
「うん。そうだね」
 同じく暗い顔をしたシルディが『大地の眠り猫さん』を発動させた。粘土でできた猫がどこからともなく現れ、サンセットに飛びかかっていく。
(「あの時はアリア騎士たちを助けることができなかった」)
 シルディの脳裏に蘇るのは、調査隊の一員としてこの山地に来た日の記憶。彼らと相対したアリア騎士たちは戦って散ることを望み、そして、その望みを叶えた。
(「今回も助けることはできないのか……」)
「生まれも育ちも違うんだ。理解し合えるわけがないってことはよく判ってるんだけどな」
 シルディの心中の声に呼応するかのように空牙が吐き捨てた。
 彼の脳裏にもまた苦い記憶が蘇っていたのだ。阿修羅クワガタさん一党のアクリスとの戦いの記憶。
「あの血の気の多いバッタの姉ちゃんも結局、殺すことしかできなかった……この手の連中にかかわっちまうと、後味が悪い思いをするって決まってんだよな」
 空牙は走り出した。
 サンセットに向かって。
 正面から。
「ホント、面倒事に首を突っ込むもんじゃねえや」
 その呟きだけを残して、空牙はサンセットの視界から消えた。
 そして、タイムラグを置くことなく、死角から一撃を加えた。ジグザグ効果を有するグラビティ『螺旋不意討重(ラセンフイウチガサネ)』だ。
「ごく少数だが、ローカストたちはまだ生きている」
 と、空牙はサンセットに言った。
「だから、おまえはもう休んでいいんだぜ」
「休止ノ必要ヲ認メナイ」
「ホンマ、仕事熱心やネ。せやけど、働きすぎは良うないよー」
 空牙の忠告に真顔で(いや、表情はないのだが)で応じるサンセットめがけて、ジジが笑顔とともにグラインドファイアを放った。
「本人に休むつもりがないのなら、私たちの手で『死』という休息を与えるのみ」
 佐祐理の右目から高出力のレーザーが発射された。距離計測用レーザーを兵器に転用した『鷲の目』。
 しかし、命中率が五割に満たぬその攻撃をサンセットはかろうじて躱した。命中率が低いのに『かろうじて』がつくのは、状態異常が蓄積しているからだ。
「仕事熱心、か……」
 と、ゼラニウムが呟いた。
 休眠している仲間たちにグラビティ・チェインを供給すること――それがサンセットに与えられた任務だとジジたちは考えていたが、ゼラニウムの見解は違う。
(「おそらく、イクソス・カーネルがサンセットを改造する際にダモクレスの技術を用いたのは、ローカストの絶対制御コードを無効化するためでしょう。『サンセット(日没)』という修辞的な名前も実は目的を表したものなのかも……」)
 思考の海に沈みかけていたゼラニウムであったが――、
「がおー!」
 ――オルトロスのイヌマルの迫力皆無の咆哮で我に返り、『エルピス』を纏った。
「暗君アポロンも貴方の上官のカーネルも既に亡くなりました」
 ジジのグラインドファイアとイヌマルのパイロキネシスの炎に焼かれるサンセットに語りかけつつ、ゼラニウムは戦術超鋼拳を叩き込んだ。
「貴方はもう手を汚さなくていいんです。空牙さんの言うとおり、休んでください」
「あぽろん? かーねる?」
 ローカストたちの名に戸惑う様子を見せながらも、サンセットは反撃を試みた。
 振り上げられた戦斧がオウガメタルのようにぐにゃりと変形し、刃が伸びて獲物に向かう。
『獲物』として狙われたのはアウレリアであったが、彼女は体を半回転させて回避した。それはさして難しいことではなかった。斧による攻撃はマシンガンと同じく敏捷性に基づくものなので、見切りが生じたのだ。また、命中したとしても、シルディの召喚した猫が体を泥状にして刃にまとわりついているため、威力は低下していただろう。
「あぽろん……かーねる……」
「攻撃が見切られることを考慮できないほどに動揺しているようね」
 呟き続けるサンセットにアウレリアはリボルバー銃を発射した。負傷箇所に弾丸を撃ち込む狙撃術『バラ・エスターカ』。
 命中したのは弾丸だけではない。小さな石礫もサンセットの装甲を傷つけていた。アウレリアの亡き夫であるビハインドのアルベルトがポルターガイストを使ったのだ。
(「造られたダモクレスが心を持ち、レプリカントに変わることもあれば――」)
 かつて自分に心を与えてくれたアルベルトの横で、元ダモクレスのレプリカントは声に出さずに独白した。
(「――生身を持って生まれた者が力を求めて自らを機械化することもある。皮肉な話ね。いえ、このサンセットの場合はカーネルの意思だけが優先され、当人には取捨選択の機会すら与えられなかったのかもしれないけど……」)
 物思いにふけるアウレリアの顔をジジが見上げた。
 そして、非情な事実を明るい声で告げた。複雑な胸中を読みとったのかのように。
「なんであれ、うちらはこのロコモティブさんを倒すしかないよヨ」
「……そうね」
 アウレリアは小さく頷いた。

●D for DAWN
「あぽろん? かーねる?」
 今は亡き者たちの名を呟きながら、サンセットは戦い続けた。
 時間が経つにつれて彼の動きは鈍くなったが、それはダメージと状態異常のせいばかりではない。ケルベロスたちの言葉でメモリーが混乱し、自分が何者かを見失いかけているからだ。
 いや、見出しかけていると言うべきか。
「うち、虫さんのことは見るのも食べるのも好きやねんけど――」
 ジジがサンセットの横を駆け抜け、斬殺ナイフで脇腹を斬り裂いた。
「――ケルベロスになってからこっち、まともなローカストと接する機会は一度もなかってんなー。なーんか、残念デス!」
「ろー……かす……と?」
 痛みに苦しむ様子も見せず、首をかしげるサンセット。
 その背後からシルディが迫る。
「いや、かえって良かったんじゃないかな。虫が好きなら、ローカストたちと戦うのは辛かったかもしれないから」
 ジジにそう言いながら、シルディはサンセットに戦術超鋼拳をぶつけた。
「……え? ちょっと待ってください!」
 と、声をあげたのはベル。アウレリアにステルスリーフを施しながら、彼女はジジに問いかけた。
「思わずスルーしそうになりましたけど、さりげなく『食べるのも好き』って言いませんでした? ねえ、言いませんでした?」
 ジジがそれに答えようとした矢先――、
「ろーかすと! あぽろん! かーねる!」
 ――サンセットが呟きを叫びに変えた。
 戦斧が横薙ぎに振るわれ、先端部が伸びる。
 しかし、その標的となった空牙は戦斧の刃に目をやることもなく躱し(それほどまでにサンセットの動きは鈍っていた)、右手のトンファー『斬刹』を素早く半回転させた後に突き出した。
 刀身状の打撃部が戦斧に倣うかのように長く伸び、サンセットの胸部のプレートを刺し貫く。
「『休んでいい』って言ったはずだぜ、ローカストの兵士」
 空牙が『斬刹』を引き戻すと、サンセットの胸からプレートが剥がれ落ちた。
「ろーかすとノ兵士……」
 サンセットは頭を下げ、自分の名が記されたプレートを見下ろした。反射的な動作なのかもしれないが、気落ちしてうなだれているように見える。
 もっとも、彼の視線はすぐに上がった。上がりすぎと言えるほどに。ジュリアスのファミリアロッドを食らい、のけぞったのだ。
 そして、体勢は更に崩れた。佐祐理の『鷲の目』を腹部に受けて。
「貴方の日没は今、この時……」
 サンセットに語りかけながら、アウレリアが間合いを詰め、下手に構えていたチェーンソー剣を振り上げた。
「暴虐な日射しの届かない夜に抱かれて、静かに眠りなさい」
 プレートを失った胸部の装甲をチェーン状の刃が斜めに斬り裂いた。いや、斬り砕いた。騒音と火花と破片を撒き散らしながら。
「あぽ……ろん……」
 サンセットの両膝が地に落ちた。
 だが、アウレリアの『静かに眠りなさい』という言葉に従うつもりはないらしい。背中から大量の蒸気を発して、再び膝を上げようとした。
「今時、煙をぼうぼう吐く蒸気機関っぽい改造とか! 天国のカーネルさんに『もうちょっと現代風にできなかったんですかー』と言いたいですぅー!」
 本気とも冗談ともつかない調子で騒ぐメル。
 そんな彼女とは対照的に佐祐理が静かに自問した。
「なぜ、ああまでして戦い続けようとするのでしょう? そのようにプログラムされた機械兵だからか。それとも、別のなにかに突き動かされているのか」
 もちろん、答えが判るはずもない。
 佐祐理は悲しげにかぶりを振った後、ゼラニウムに声をかけた。
「どとめを……」
「はい」
 ゼラニウムがカーネルバックラーを構えた。その刃についた無数の棘が高速で振動を始める(カテゴリー上はチェーンソー剣なのだ)。
「でも、本当にとどめを刺すのは――」
 自らの武器に声をかけながら、ゼラニウムはサンセットにゆっくりと近付いた。
「――あなたですよ、カーネル。それが上官の責任というものです」
「かー……ねる様?」
 サンセットの背中から蒸気が途絶え、真っ直ぐになりかけていた膝がまた地に落ちた。
 その拍子に目の色が変わった。
 より深い赤に。
「かーねるず・おーだーニ従イ、戦闘もーどカラ特務もーどニ移行。ターゲット、太陽神あぽ……」
「もういいんですよ」
 ゼラニウムが優しく遮り、カーネルバックラーの刃を水平に走らせた。
「ローカストとしての誇り、確かに見届けました。どうか安らかに……」
 最後のローカスト兵の首から体から離れて落下し、偽りの名が記されたプレートに当たって、鈍い音を立てた。

 夕日を望める丘にサンセットは埋められた。
 墓標として置かれたのは大きな石。ジュリアスが『怪力無双』を使って運んできたのだ。
「この者に安らぎの夜が訪れんことを……」
 と、ジュリアスは祈りを捧げ、破鎧衝を用いて同じ文面を石に刻み始めた。
 その後方で空牙が――、
「面倒事に首を突っ込むもんじゃねえや」
 ――戦闘時に口にした言葉をまた吐き出した。
『それでも俺はまた面倒事に首を突っ込んじまうだろう』という諦観じみた確信を抱きながら。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年10月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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