星天のささやき

作者:東間

●ひとつぼっちの宇宙
 どこまでも広がる夜空。剥き出しの地面と、申し訳程度に生えた草。
 ぽっかりと開けたそこにあるのは自然だけで、過去に人がいた気配は無い。
 ──なのに、ころころと丸い『それ』は、そこにあった。
 全身薄茶色なのは、岩と地面に挟まれる形になってから、だいぶ時間が経っているからだろう。ややまだらになっているのは、動物にちょっかいを出されたからか。
 そんな丸い物体に、蜘蛛のような出で立ちの小型ダモクレスが近付いていく。確認するように周囲をぐるぐる動いた後、丸い物の中に飛び込んだ。
 問答無用で施された機械的なヒールが、『それ』を変えていく。
 特徴的な丸いフォルムは、頭に。そこから胴が、手足が生えれば、自然しかなかったそこに宇宙飛行士めいたダモクレスが誕生する。
『──……ほ、し』
 ダモクレスはたどたどしい第一声を発すると、ゆっくり歩き始めた。
『アナタ、に、星を。宇宙を』
 頭部からいくつもの光が奔る。
 ダモクレスが去った後、周りにあった草に虫食いのような黒点の焦げ痕が刻まれていた。
 識る者が見たなら、気付いたかもしれない。草を灼いたその痕が、星座を描いているという事を。

●星天のささやき
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が持ってきた報せを聞き、藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)は緩く笑った。
 棄てられたものらしい家庭用プラネタリウム。ダモクレスに変えられたその姿は、宇宙飛行士を思わすものになったという。
「宇宙繋がりってやつかな。で、場所は?」
「東北地方のここに出現……いや、この場合は『誕生』かな。何もない荒野だから、まだ被害は出ていないよ」
「まだって事はその前に何とかしないと、か」
 頼んだよと笑ったラシード曰く、宇宙飛行士めいたダモクレスの戦闘能力は、その時々で違う星座を刻むレーザー光線と、惑星型のミサイル。そして星雲の映像を纏う自己ヒールの3つ。
 言葉を発しはするが、それは家庭用プラネタリウムに組み込まれていた音声ファイル。会話は出来ないだろう。
「現場上空には見事な星空が広がってるんだけどね。それの解説も期待出来ないと思うよ」
「星空ねー。……あー、そうだ。終わった後、多少のんびりするっていうのは、」
 どう?
 目で問えば、笑顔で『大丈夫』の声。街の灯りが全く届かない場所な為、夜空を埋め尽くす星々がそれはもうよく見えるのだとか。
 東北地方の夜なので少々肌寒いが、そこは服装次第で何とでもなるだろう。ケルベロスなのでダメージを受ける事もない。
「んー、じゃあ。宇宙飛行士が人里へ旅立つ前に、止めねぇとな」
 星を映すのは、今宵限りに。


参加者
ティアン・バ(朝靄・e00040)
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)
サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)

■リプレイ

●地上の輝き
 彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)は手にした物を四方に放った。地球を守る為の戦い、その1つであるこの戦場を明るく照らすライティングボールは、作り手が込めた信頼のようで。
 悠乃が決意を浮かべる間、他の光も灯っていき──佇んでいた機兵がケルベロス達を見る。
 つるりとした、中身の見えない丸い頭部。光沢のある、ややふくらとした体躯。
 宇宙飛行士のような姿。広がる満天の星と荒野。それら全てはぴたりとはまっていて、まるで此処が月世界になったかのようだった。
「だがご覧よ。本物の月は天上に輝いている」
 唇に笑みを描いた藍染・夜(蒼風聲・e20064)が静かに前へ出ると、藤波・雨祈(雲遊萍寄・e01612)も緩く笑い、結った髪を夜風に吹かせながら共に駆けた。
「宇宙飛行士なんて浪漫溢れるってヤツだけど、ダモクレスじゃな」
 あれでは地を這うばかりか、災い振り撒く無粋の極み。
 サクッとご退場願おう。そう言って、雨祈は左手の親指へと犬歯を立てた。ぷつりと指の腹が切れ、血雫が影を揺らす。
「宙へお帰り。在るべき場所を違えるな」
 夜の竜戟は流星の如く揮われ、直後を這い伸びた血影が絡め取る。
 衝撃音と締め上げる音が敵を捉える刹那、誰よりも早くというティアン・バ(朝靄・e00040)の気概と添うように輝きが溢れた。
 そんじゃ俺もと、サイガ・クロガネ(唯我裁断・e04394)は後方へとオウガ粒子を解き放ち、アイヴォリー・ロム(ミケ・e07918)が起こした同じ輝きがきらきらと乗る。
 戦場に輝く三連の煌めきは宇宙の欠片を広げたようで、アイヴォリーは輝き映した瞳で敵を見た。今の光景をまあるい頭にうすら反射した機兵には、どう見えたろう。
『ご覧ください』
 とんっ。機兵が荒野を蹴り、ふわんと跳ぶ。
『この広い宇宙には、沢山の星が存在します』
 手が上空を示した瞬間、ガコン、と飛び出した無数の丸。小さな太陽系惑星の群れは煙と火を噴きながら後衛に迫るが、天使翼と竜翼が素早く風を切った。
 悠乃は立派な角の持ち主に礼を言って即、一気に駆ける。星の蹴撃が突き刺されば、レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)の縛霊手からは無数の紙兵が顔を出し、
「こっちは任して」
「うむ」
 夜空に負けず煌めく瞳をぱちりウインクした桜庭・萌花(蜜色ドーリー・e22767)も紙兵を羽ばたかせた。
 前衛後衛に向かった2つの癒し。その中を『冴月』の刃波立たせた夜が、間を繋いだレーグルの地獄焔が踊る。
 しっかりと心繋いだケルベロス達の動きは機兵よりも遥かに速く、四度目の銀煌──萌花の癒しが前衛を包めば、ティアンの起こした彩豊かな爆煙が後衛を鮮やかに支えた。
 そこへお邪魔するように、機兵も星屑散りばめた蒼を纏っていく。ほおー、とサイガが愉しげに笑った。
「案外まだソレっぽく動くじゃあねえか。噛み付かねえなら俺んちで使ったってもイイぞ? なあんつって、」
 殺人プラネタリウムはB級ホラーがお似合いだろ。機兵の姿にひらり重ねた手を握り込んだ瞬間、機兵の動きがガクンと乱れた。

●宇宙の下で
 月面を歩く人のように頼りなげな動きに、迫る雨祈を躱す間は皆無。流星蹴りは受けた加護も重なって深々と突き刺さり、アイヴォリーの御業も機兵を難なく捕らえ握り潰そうとする。足掻くその頭上には豪奢に煌めく宇宙の命。
「ダモクレスも宇宙へ憧れるのかしら。わたくし達と、おんなじに」
 光を放つ科学技術は様々な用途で使われる。星空への憧れに応えるプラネタリウムの輝きもその1つだと、悠乃は知っていた。そして、科学技術の在り方は使う人に委ねられるものだという事も。
「プラネタリウムを作った人々は殺戮なんて望んでいなかったはず。あなたの在り方は、止めなければならないものです」
 繰り出した脚に纏うのは流星の輝きと圧。
 精度を激しく高められた蹴撃は凄まじく、夜も『天旋』の名が示すような風を響かせながら、容赦ない一撃を見舞った。その目がショコラ色と視線交わり、静かに笑む。
 機兵の懐に飛び込んだアイヴォリーが月を描けば、その通りの斬撃が機兵に刻まれて──軌跡を頭に映した機兵が、『顔』にぽ、ぽ、と光を浮かべた。
『この星を、知っていますか?』
 直後、光は線で繋がり、形を成す。
 迸った光線は一瞬で雨祈を捉えていたが、貫いたのは反射的に跳んだサイガとその向こうに広がる荒野だった。
「あっちぃ。今の何座だ?」
「速くてわからなかった。後で、確認する?」
「前衛陣が矢鱈と頼もしい。中衛も」
 振り上げられた鋼鬼の拳。白い胸元から溢れ零れる、濁った黝い色の焔。
 サイガとティアンのやり取り、そして機兵を喰らう攻撃に雨祈は笑いながら『空』帯びた如意棒を掴んだ。皆が『こう』だからこそ、後衛の自分は安心して役目に専念出来る。
(「無論、油断はしないけど」)
 ここで宇宙飛行士の旅を断たねば。
 刃の先端は皆が刻んだ傷跡のひとつへ。脚に残る癒しきれなかった亀裂に刺し込めば、過去に得た技を斬撃に変えた悠乃の一撃がぴたり重なった。
 オウガメタルの輝きで、スナイパーである2人の攻撃は鬼のような精度を誇っている。何重にも刻まれた禍も手伝い、命中と回避を得意とする機兵が彼らの攻撃を躱す事は、太陽を消すのと同じくらい難しい。
 そしてオウガメタルの力は前衛陣にも注がれている。前に立つからこそ得た力に加え、精度を高めた前衛陣の攻撃もまた苛烈。レーグルは殴打と同時に霊網で機兵を捕らえ、仲間貫いた光線の跡は、萌花がふんわり起こした桃霧で綺麗に消し去った。

●地球飛行のゆくえ
 星々は常に夜空で瞬いていたが、機兵がこの荒野で星を煌めかせたのは数度。
 宇宙の旅路と比べれば、その時間はあまりにも短い。
 だが、いってらっしゃいと送り出せば数多の時間が奪われてしまうから。

「もう少し……!」
 これまでの応酬、そして手応え。狙い通りのものが見えてきている事に悠乃は気付き、何度目かの流星となって蹴り飛ばした。
 機兵の体が大きく吹っ飛び、砂利を弾き飛ばす。よろり立ち上がる姿はあちこちが欠け、内部の機械パーツが火花散らしながら顔を覗かせていた。
「ここ、じゃんじゃんやっちゃう方がいーよね」
 癒しではなく攻撃に加わる事で皆を支えるのが一番。
 妖精靴の踵を鳴らして駆けた萌花の一撃は機兵の生命を喰らい、衝撃で破片が星のように飛んですぐの瞬間を、レーグルの放った矢が穿つ。
 機兵に対し、ケルベロス達はほぼ万全の状態。
 僅かな一瞬で敵が何を考えたかはわからないが──選んだのは、生き延びる事だったらしい。
『遠い銀河の光を、お見せしま、しょう』
 浮かび上がる無数の煌めき。深く澄んだ蒼。
 どれが何という名前か、サイガはまるでわからない。だが、頭上や目の前にある沢山の煌めきは好みだった。
(「届いた試しは無ェが」)
 ──そういえば、夜空を見たのはいつぶりだろう。
 ふと浮かんだ疑問は機兵の姿に重ね、掌を握る。
 糸の切れた人形のように膝を突いた敵の背後に、ふわり。朧気な煙のように現れたのはティアンだった。その『ゆびさき』は機兵の頭部を的確に掻き斬り、きらきらと破片が散る。
 誰もいない場所で新たな生を得て。
 そして今は、番犬達に追い立てられて、傷だらけ。
 まるで、独りきり取り残された宇宙飛行士のようだ。
「宙へ送ってあげるから星に抱かれて眠れ」
 夜の声と共に夜明け鴉の唄が今際を刻んでいく。溢れる薄明かりの羽根は永久への別離へといざなって──。
「じゃあな」
 機兵の世界を、流星となった雨祈が断ち斬った。

 暫くして、倒れ伏した機兵の体は崩れ始めた。
 宇宙飛行士めいた形がぼとりと崩れ、よく見ればそこは無数の小さな粒となって、さらさらと。塵になって消えていく様は夜空にある瞬きと似て──そっと手を伸ばす夜の隣、風に巻き上げられ、上へと向かう欠片をアイヴォリーも見送った。
「星のさざめきに抱かれ眠れるのなら、お終いの夢もきっと美しいことでしょう」
「ああ。きっと」
 姿が完全に消えて無くなると、戦闘中は落ち着いて見られなかった夜空に目を向けたくなる萌花だが──そこはちょっと我慢して、と、仲間達に目を向けた。
「みんなお疲れ様。星空、楽しんでくよね? よければホットココア用意したから、一緒にどぉ?」
 異議を唱える声は無し。手分けして場を整えていく中、悠乃はライティングボールの回収に向かった。夜空の星を楽しむ障害の1つは光害。ライティングボールの使用に責任を持ち、1つ1つ拾っていく──と、先にあった1つがひょいっと持ち上げられる。
「手伝うよ」
「ありがとうございます、雨祈さん」
 そして戦闘の為に点けていた灯りを全員が切れば、星見の時間がやって来る。

●星と共に
 空に流れる天の川の輝きは、長い長い歳月を旅した星の声が聴こえそうなくらいだった。レーグルは貰ったココア片手にまじまじと上を見ていたが、同じ事をココアの主、もとい萌花も思っていたようで。
「普段はこんな風に星見上げることもあんまないし、そもそもこんなに星見えることもないからなんか新鮮。綺麗だねー」
 全員が見上げる星の煌めきは、ずっとずっと彼方に在るものだけれど。きっと今、皆の双眸にも落ちた筈だとアイヴォリーは感じていた。
(「世界が全部キラキラエフェクトで見えるかも」)
 なんて。満天の空を仰ぎ、笑って、わくわくする心と一緒に、ココアへ星形のマシュマロを落とす。
「わぁ、アイヴォリーおねえさまの超かわいい!」
「萌花とアイヴォリーの合作も可愛らしいな」
 一緒に覗いたティアンはゆるり頷き、持参した温かい紅茶のペットボトルに金平糖を入れた。ころころと落ちた甘いそれをイマドキ女子は見逃さない。目をきらきらさせて見つめていると。
「夜空に輝く一等星のようだね。ティアンの金平糖は星屑みたいだ」
「さっすが夜おにーさん、わかってるぅ♪」
 2人が星形マシュマロ浮かべたココアを互いに掲げ、何やら讃え合っているような空気の傍。ティアンは気付いた。
「サイガ。飲み物それで冷えはしないの」
 ペットボトル貸そうかと首を傾げる間も指先は温まっていく。温かい飲み物はこういう事にも使えると、前に彼から教わった事だ。
 炭酸飲料をぺたぺた触るサイガの吐く息は、まだ白くないが。
「思ったほど悪くなってねーわコレ。イケるイケる」
 外気のおかげか。蓋開けたらプシュッといい音がした。
 弾ける粒を踊らせるそれが何だか星々の囁きにも似て、夜の唇が笑む。今宵の美しい光景も、遠い宇宙の誰かの元へ星が歌い継ぐのかもしれない。
「其々の掌の中、甘い小宇宙が完成したね。それじゃあ、乾杯」
「うーぃ、カンパーイ」
「乾杯! あの青の瓶と星空をかけて、なんてね」
 豪勢な星をツマミに星見酒だと笑う雨祈の手には、ボンベイサファイアで満ちたスキットル。帰る迄がお仕事ですヨ、雨祈サン──と硬い事を言いながらも、夜は悪戯っぽい表情で手を差し出した。だが、一口貰ってすぐ返され、やり取りを見ていた萌花の頬がぷくーと膨らむ。
「星見酒なんて大人はカッコイイことできていーなー」
「ティアン達の星見酒は数年先だな。アイヴォリーは……」
「あと4ヶ月と少し。ですが、わたくし達には。ほら」
 ちょっぴり羨ましい星見酒の代わり。まるで夜空から降ってきたような熱い杯を皆で酌み交わせば、身も心もほっこりと。
 紅茶と指先からの温もりを感じながら、ティアンは星空を見上げる。
 金平糖を入れたのは、透かしたら星のように見えるだろうかと。そう思ったから。ペットボトルを持ち上げて目の前にやってみると、動きに合わせて紅茶がとぷんと揺れて──星が、見えた。
 融けのこる星も紅茶と一緒に飲み干せば、空になったペットボトルに残る熱が、指先に寄り添っていく。
 温かな一杯を飲み終えていたアイヴォリーと夜は、共に秋の星座を辿る旅路のさなか。星満ちる空で星座を見付けるのは難儀なものだが、それだけ宙に物語が描かれてるのだと思うと、あの瞬きが内緒話の囁きにも思えて──何処か、擽ったい。
 空のものとは逆に、地に残る星座形の焦げ跡はすぐ見付けられた。残された落とし物を辿り歩き、空と見比べ指さし確認すれば。ほら。
「秋の大四辺け――っくしゅん、」
 冷えた体はすぐ傍の温もりに寄せれば大丈夫。髪を撫でる手の優しさと微笑みを感じながら振り向くと、空を見上げる仲間達の姿が不思議とよく見えた。
「ね、ケルベロス座なんて、どうですか」
「学会に出ますか、ロム先生?」
 2人が新星座を発見した時、彼らもまた見付けていた。じ、と見つめていたティアンは、ほのかに納得顔。そうあれは。
「きっとヤクトクというやつ」
「ハイハイ、お熱いコトでー」
 雨祈が棒読みでからかい、萌花がいーなーと笑えば、自分達のリアクションはしっかり伝わっていた様子。ひらひら動く夜の片手に、サイガもニヤリ。
「平和ねぇ」
 ところで、静かな時間が手持ち無沙汰なのか、何なのか。もそもそ動いていたオウガメタルが時折チカッと光る。在る場所はかなり違うが、その姿は夜空の星とそう変わらないと気付いた。
「空のヤツらも実は生きてたり? おめーどう思う?」
 つつけばぷるりと揺れ、チカッと。
 どこか穏やかなやり取りに雨祈は小さく笑い、スキットルに口を付ける。
 喉は潤い、目の前には贅沢な光景。
 ああ──なべて世は事も無し。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
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