セパレート・ウェイズ

作者:鹿崎シーカー

 夜。乾いた風が吹き抜ける荒野を、巨大な満月が照らし出す。草原に囲まれた、底の浅いクレーターの中央で、月の光は女の影を切り取った。
 艶やかなセミロングの黒髪に、鴉めいた羽毛のマント。肌に張りつく形の衣類は月明りを跳ね返し、女のボディラインと黄龍の模様を見せつける。螺旋柄の朱色面で顔を隠した女は夜空を見上げ、不意につぶやく。
「良い夜だ」
 そよぐ風がマントを揺らし、地表に砂煙を流す。
「美しい月、満天の星、そよぐ風の音。……雅なものだ。こんな夜には、何か感傷にでも浸りたくなる」
「感傷じゃと? 笑わせる」
 女の背後で、吐き捨てるように言い放つ声。女は無言で、離れた場所に佇む小柄な影を振り返る。先端でくくった長い銀髪に黒炎の翼と黒鱗の尾。額に黒い一本の角。呂・花琳(デウスエクス飯・e04546) は握った拳をわななかせ、うつむき気味に女をにらむ。女が侮蔑的に鼻で笑った。
「おや。風光明媚は好みでないか? それとも、お子様にはまだ早かったか?」
「何が風光明媚じゃ! たわけッ!」
 花琳が一歩踏み出し、噛みつくように怒鳴り散らす。翼が激しく燃え上がり、陽炎に触れた涙が蒸発していく。
「お主は一体どの口でッ、そのようなことが言えるのじゃ! 一体何を感じるという!? その耳で、その目で、お主に何が見えると言うのじゃ! 人から奪っただけの体でッ!」
 怒声が止まり、辺りがシンと静まり返った。肩で息をする花琳を見、女は朱色の仮面を僅かにずらす。半分だけ露出した怜悧な美貌に冷たい嘲笑を浮かべ、彼女はおどけるように言った。
「世界の全てを、と言ったらどうする?」
 息をのみ、目を見開いた花琳は歯を食いしばる。ギリギリと歯軋りの音が響くと共に炎の翼が膨らんでいき、彼女の体を包み込む。黒炎の塊と化した花琳は弾丸めいて飛び出した!
「ふざけるなあああああああああああッ!」
 真っ直ぐ突っ込んで来る爆炎に、女が嘲りを崩さないまま黒い短刀を引き抜いた。刃に蒼い炎が宿る。


「………………」
 重苦しい空気が立ち込める中、跳鹿・穫は汗を拭きつつ話し始めた。
 とある荒野において、呂・花琳(デウスエクス飯・e04546)がデウスエクスの襲撃を受けるとの予知が入った。
 花琳を襲撃するのは、螺旋忍軍の一体である『墨華大聖』呂・雪麗。本来は墨華派なる一派を率いる統率個体だが、今回は何故か単騎で花琳に挑む。
 二人の間に何があるかは不明だが、ケルベロス一人ではデウスエクスを相手取ることはできず、間が悪いことに花琳と連絡も取れない。彼女に何かある前に、皆には救援及び呂・雪麗を倒してほしいのだ。
 戦場となるのは、人里離れた夜の荒野。過去に何があったか浅く広いクレーターが出来ており、その内部で二人は対峙している。周囲に人影は無く、人工物やオブジェクトの類も見当たらない。月も明るいので、戦う分には困らないはずだ。
 次に、呂・雪麗について。彼女は宝刀『帰天剣』を武器に、しなやかな身のこなしを活用した体術で襲いかかって来る。『帰天剣』は蒼炎をまとい、物体のみならず精神にもダメージを与えるという代物。防御に関係なくダメージを負わせてくる非常に厄介な相手であるが、幸いなことに一発あたりの威力は低め。どのように戦略を組み立てるかが鍵になる。
「詳しい事情は良くわかんないけど、相手さんは結構強いよ。早く行って加勢してあげて!」


参加者
灰霧・懶(鍛冶屋の金属加工師・e01662)
落葉・ペイン(地底の種子・e02528)
呂・花琳(デウスエクス飯・e04546)
ロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
ロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)
ルゴール・ブラッドマン(熱輝求む戦人・e66139)

■リプレイ

「ぬあああああああああッ!」
 錫杖のフルスイングが蒼炎の剣と衝突。呂・花琳(デウスエクス飯・e04546)の連撃を短刀一本でさばきつつ、呂・雪麗は花琳を見下ろした。
「憎いか? 私が」
 逆手の剣を振るい、振り下ろされた錫杖を打ち返す。浮き上がった片足を踏み込み再度攻撃! 難なくガードした雪麗の目を、花琳が睨む。肩がわななき、腕を伝って錫杖の輪を震わせる。
「そんなもので済むものか!」
 錫杖に力を込めて雪麗を押す! 軽やかに後ろに跳んだ雪麗は、突進する花琳の錫杖連打を受け流す。攻撃を加速させながら、花琳は声を荒げた。
「この日をどれ程待ち侘びた事か! 家も、家族も、守って来た伝統も、この翼さえも奪われッ! あの日の後、我がどうやって生き延びたか貴様に解るか!? ゴミ溜めを転げ! 泥水を啜り! 外道に色目を使って這い上がった! 全ては貴様を八つ裂きにする為に! 返してもらうぞ! その身体と……刀だけはなッ!」
 錫杖の突きを雪麗は刀で逸らし、花琳に迫った。前傾姿勢で彼女の両目を至近距離からのぞき込む。
「吠える割に、身の入らぬ攻撃よな。それとも」
 花琳の耳元に口を寄せ、穏やかに囁く。
「私を傷つけるのが怖いのか? 花琳」
「……ッ!」
 見開かれた花琳の両目に銀髪がかかる。無数の手の形を取る黒翼と、幻めいて薄れる角から稲妻を放ちながら、花琳は両脚を踏みしめた。
「呼ぶな……その声で、我を呼ぶなあああああッ!」
 錫杖のフルスイングを宙返りで回避する雪麗! 歪な翼で羽ばたいた花琳は掲げた錫杖を雪麗の脳天へ打ち落とす!
「ああああああああああああああッ!」
 直後、超低姿勢の雪麗が花琳の手首を蹴り上げた。攻撃を弾かれ硬まる花琳の喉笛に帰天剣が突き出されたその時、夜空に甲高い金属音が響き渡った!
「ぐっ!?」
 尻餅をついた花琳が面を上げる。彼女のすぐ目の前、月明りに照らされた緑の羽織を着た背中。帰天剣を交叉した二刀で止めた灰霧・懶(鍛冶屋の金属加工師・e01662)は、体からエクトプラズムじみた白煙を昇らせながら告げる。
「激情に身を任せるでない。過度な怒りは判断力を鈍らせる。敵の行動の真意を見抜く冷静さを保たねばいかんぞ」
 一筋汗を垂らしつつ、懶は二刀を持つ手を握り直した。
「とはいえ、若人の無茶を支えるのは年寄りの仕事じゃし、のうッ!」
 踏み込み斬撃で剣を弾かれた雪麗の足元が爆発! 吹き上がる爆炎からカボチャ頭の怪人が飛び出し、手斧で襲撃! 半身で斬撃を避けた雪麗に両断され、蒼炎に焼け落ちる怪人の間からロディ・マーシャル(ホットロッド・e09476)が飛び蹴り!
「でりゃあッ!」
 靴裏を片手で止められたロディは心臓狙いの一撃を左手の剣でガード! 刀身から腕に移る炎に構わず、蹴り足を引き戻して右手の銃を撃つ。バク転しながら鉛弾を避ける雪麗に銃を向けたまま、ロディは剣の柄を撃鉄にあてた。
「食らえッ!」
 撃鉄をこするように剣を動かし弾丸を連射! 鼻を鳴らした雪麗は弾丸を蒼い剣閃で弾きマントで一発絡めとる。一回転した勢いで斬り上げられた黒刀から噴き出す炎の波、ロディを襲う!
「ロディ様、上へ!」
 とっさに跳躍したロディの下を突き抜けた餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)は大剣を振り回す! 暴風めいた風圧が炎波を散らし、火の粉が彼の四肢に火種を灯す。その後方、月を背にしたロージー・フラッグ(ラディアントハート・e25051)は抱えた落葉・ペイン(地底の種子・e02528)を手放しくるりと回る。
「いかに精神を傷つける剣と言っても、その心を癒すのがアイドルです! さあ聴いてください! 『Colorfull☆World』!」
「どのような因縁か知れぬが助太刀するのじゃ!」
 あふれ出す歌声とポップサウンドに合わせて虹色の色彩が戦場を包む。まばゆい光の波動の中、ペインは巨大な風船を銀のスコップで破裂させ、大量の液体を降り注がせた。薬液が炎を消し去り、色彩が仲間の傷を癒やす。雪麗は嘆息すると刃を掲げた。
「やれやれ、風情の無い……」
 炎の剣が吐き出す火の粉が虫の大群を形作った。耳障りな羽音を響かせる虫達は真っ直ぐロージーに殺到し、大爆発を引き起こす! 爆炎を見上げる雪麗。
「折角の夜が台無しだ」
「ハン。そいつぁ残念だったなァ」
 零距離に踏み入ったルゴール・ブラッドマン(熱輝求む戦人・e66139)が炎と粘液で覆われた右ストレートを打ち出した! 剣の腹で防いだ雪麗は彼の右あばらに膝蹴りを入れ、逆の足で彼の顎を蹴り上げる。
「がッ……!」
 のけ反り浮き上がったルゴールに横蹴りが直撃! 吹き飛びながらも燃えるスライムで全身を包み魔人となったルゴールへ蒼炎の一閃が飛来。両脚を地につけ、制動をかけながら防御態勢を取る彼を蒼炎が飲み込んだ。
「ぐおおおおおおおおッ!」
 咆哮と共に炎が吹き飛び、不敵に笑うルゴールの姿が露わになった。呆気にとられる花琳の隣に、ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)が進み出る。
「やあ、ごきげんよう花琳。満月と美しい星空だけれど……」
 腰にテディベアを括りつけ、ニュニルは花琳に手を差し伸べる。
「今、この場には感傷より剣戟が相応しい。そうでしょ?」
「事情はわかんねえけどさ」
 近くでリロードを終えたロディがガンスピン。肩越しに悪戯っぽい笑みを花琳に向け、ウィンクしてみせた。
「取り戻したいものがあるんだろ? だったら手助けさせてもらうぜ。その代わり、後でチャーハン奢れよ?」
 花琳は毒気を抜かれた表情でまばたきをし、やがて相好を崩してニュニルの手を取る。
「……かたじけない」
 立ち上がり、傍らに仏僧めいた格好のゴーストを呼び寄せる花琳を尻目に、ラギッドは小さく微笑むそして。大剣を油断なく構えつつ、ルゴールと懶に声をかけた。
「お二人とも、ご無事ですか?」
「何、問題無い」
「これが死に体に見えるか? ……オイ、そっちはどうだよ」
 後方、倒れたロージーを診ていたペインが叫ぶ。
「無事じゃ! 立てそうか」
「だ、大丈夫……ですっ」
 首を振って起き上がるロージー。体勢を整える八人を見、雪麗は溜め息を吐いた。
「静かな夜に、騒がしい」
 嫌そうに言う彼女にルゴールとラギッドが挑発的な笑みを浮かべた。
「おいおい、他人の身体を無様に借りてまで風流気取りか? 滾るねぇ……」
「全くです。他人様の体で好き放題とは。いやぁ、外道ですねぇ」
 無表情な雪麗に、詩とホロスコープが刻まれたスイッチを手に、ニュニルが宣告。
「他人の身体を奪うのがキミの業なら、それを取り返すのはボクらの役目だ。返してもらうよ。ボクの友達から奪ったもの、全部」
「何か、勘違いをしているようだが」
 雪麗が前髪をかき上げる。手の下から氷の如く冷たい視線を向け、平淡に言い放った。
「私は墨華の大聖、呂・雪麗。それだけだ」
「黙れ」
 取りまわした錫杖の先を向け、花琳の足が地にめり込む。
「貴様が……その名を名乗るな!」
「やれやれ」
 雪麗の瞳がぎらつき、帰天剣を地面に突き刺す。直後、大地から巨大な蒼炎の津波が噴き出しケルベロス達に襲いかかった! 蒼炎の大津波を前に、ペインが再度声を張る。
「行けェ! どんな怪我でも、治してやる! 思いきり戦うがええぞ!」
「そうするぜ。楽しませてもらおうか!」
「道を空ける。ついて来い!」
 言うが早いか懶は加速! 縦に高速回転し、津波へそろえた二刀を振り下ろす! 半分に割断された炎壁の間を抜けて突っ込むルゴールとニュニル。ニュニルの花柄模様のブーツを虹色の輝きが包む。
「そこだっ」
「ふん」
 スタートした雪麗はニュニルの飛び蹴りを紙一重でかわし背中を斬り裂く。次いでルゴールのコンビネーションパンチをすり抜け、顎を掌底で打ち飛び膝蹴りを腹に打ち込んだ。吹き飛ばされ、背中から倒れるルゴールを飛び越えた花琳が錫杖で殴打を仕掛ける!
「貴様……先の技、どこでッ!」
「愚かな娘」
 横薙ぎ一閃が錫杖を跳ねた。後退しかけた花琳は袈裟掛けの斬撃を錫杖の柄で防御! 白煙が昇り出す彼女の目と鼻の先に雪麗の顔がずいと近づく。
「覚えてないのか?」
「ッ……梵天丸ッ!」
 押し返されバク転する雪麗に梵天丸が爪を振るう! 大振りの一撃を剣で相殺した雪麗は梵天丸の下腹を蹴って首を一閃。火だるまのゴーストを叩き飛ばした彼女にラギッドが回し蹴りを繰り出した! 立てた腕で受け止める彼女に毒を吐く。
「要するに、螺旋忍軍としての貴方は回虫と同じような寄生虫なのでしょう? 気持ち悪いのでさっさとどっか行ってもらってもいいですか、ねっ!」
 真横に蹴飛ばされるも雪麗は連続側転! ロージーのガトリングガンが吐き出す弾が雪麗の居た場所を貫きながら追いかける。合図を出すロージー!
「ロディさんっ!」
 雪麗の前方、真っ向から機動砲台を発射しながらロディが迫る。一際高く飛んだ雪麗は砲弾を斬りながら駆け、首狩り斬撃! 剣でガードしたロディの銃に肩を射抜かれながらも反転し、肘鉄を入れる。ギリギリ差し込まれた剣がひび割れ、亀裂から溢れた炎を受けてロディが苦悶。
「流石に、強いな。……けどな、人から奪った身体とお宝でこれ以上ドヤ顔させるかよ!」
 バックステップしたロディはひび割れた剣の柄を使ってファニングショット! 至近距離の弾丸をマントで払いのけた雪麗は、腰だめにした帰天剣の先をロディの胸元に向けた。
「蒼龍泉門・『飛天鳳舞』」
 ひと際強く燃えた炎がレーザーめいてロディの胸を貫いた。彼の全身が白煙を噴く!
「がはッ……!」
「ええいッ!」
 ロディ背後の地面を破ってペインが出現! 水風船を叩きつけて薬液をまいて蒼炎を消し、膝から崩れるロディを叩く。
「シャッキリせい! 傷は浅いぞ! ……むっ!?」
 顔を上げたペインに雪麗が直線で突っ込む! とっさに身をよじるペインの前に割り込んだ懶が刀で受け止め、返す刀で首を狙う。背を反らして二刀をかわした彼女に回転しながら斬り込む懶! 後退しながら打ち合う雪麗は二刀そろえての剣閃を屈み回避し、懶の脇腹を斬り上げた。
「ぐぬっ!?」
 燃え上がる懶! すぐさま飛び離れる雪麗は振り向いて走り、複雑軌道を描いてロージーが撃つ光線を避け、正面から来るルゴールの拳を刀でガード! 次の瞬間、ルゴールはマシンガンじみてラッシュを放つ!
「一見すりゃ情けない行いで補い、己の力では足りぬと断じて刀を奪い、尚世界を取りたいという情念! 最高だぁな!」
 連打を剣技と掌底でさばき、雪麗は拳の隙間に滑り込む。密着状態から逆手の帰天剣を斬り上げをもろに食らったルゴールは蒼炎に飲まれながらも拳を繰り出す!
「オラアアアアアッ!」
「ほう?」
 全力のフックがわずかな後退でかわされ空を切る。空ぶりの勢いに身を任せたルゴールは反対の手を背後に伸ばした。
「剣ッ!」
 後ろでニュニルが彼の大剣を振りかぶった。長大な刀身にカボチャ頭の怪人を過ぎらせたそれを、投擲!
「それっ」
 回転しながら飛んだ大剣がルゴールの手に収まると同時、振り下ろされた一撃が地面を砕いた。着地し、斜めに裂けた胸元に触れる雪麗を囲うように複数の黒煙が大地から噴出! 煙から奇声を上げて現れるカボチャ頭の怪人達が一斉に手斧を雪麗に打ち下ろす! だが雪麗はその場で華麗に一回転。怪人達の胴体が横一文字に斬り裂かれ、蒼炎に巻かれて消え失せた。
「甘い!」
 直後、駆け出した雪麗はルゴールの拳を潜って胸を斬り、回転しながら背後に回って背中を斬り裂く。軽く跳んで彼の後頭部を蹴って跳躍! ロージーが連射する弾丸を全て斬って肉迫し、彼女の胸に刃を立てた。ルゴールとロージ―が同時に炎上!
「がああああああッ!」
「あああああああッ!?」
 マントをはためかせながら、音も無く着地する雪麗。その視界を翼の生えた猫がふさぐ。
「やっちゃえ、クロノア」
 猫引っかきが雪麗の仮面をはぎ取る。目蓋から血を飛ばしながらもクロノアを叩き伏せた彼女の背中に組みつくラギッド! 雪麗は無表情のまま、後ろ手に帰天剣をラギッドの脇腹に突き刺す。炎上!
「ぐあああああああぁぁ……ッ!」
「我が帰天剣は魂食らいの剣。お前から先に焼け落ち……ッ?」
 雪麗の口上を遮るように羽交い絞めの力が強まる。焦点のブレ始めた瞳に強く光を宿し、ラギッドは叫んだ。
「呂様、今です!」
 その瞬間、横合いから飛び出した花琳が錫杖を掲げ、帰天剣を持つ腕の肘に振り下ろす! 打擲音と共に骨の軋む音が鳴り響き、苦痛を浮かべる雪麗の横顔を見た花琳はわずかにためらう。が、それも振り切るように吠えながら肘の骨を破壊! ねじ曲がった腕から帰天剣が飛び出した! そちらに目をやった花琳のうなじを雪麗がわしづかみにする!
「はァッ!」
 花琳を振り回してラギッドを解いた雪麗は一瞬で速度を上げ、円弧を描いて飛んでいく剣を追いかける。その背中に跳ぶニュニル!
「行かせないよ」
「ッ!」
 ニュニルの回転ドロップキックを雪麗は振り向きながら片腕でガード! めり込む蹴り足を振り払い、跳躍回し蹴りで反撃。さらに横蹴りで吹き飛ばす! 地面をバウンドしながら転がり飛ぶニュニルにペインが猛ダッシュ!
「ニュニル君ッ!」
 背後に突き立てたスコップを支えにしてニュニルを受け止め、被弾部分に手を触れさせる。そして再度剣を取りに走る雪麗を見て肩越しに叫んだ。
「治っておるな!? 急げ! 取られるぞ!」
「はい!」
 光の翼を広げたロージーが飛翔し、雪麗に並走! 帰天剣に手を伸ばすも雪麗の方が早い。その時、銃声が鳴り剣が真上に弾かれた。すぐに垂直上昇するロージーを追いながら、ロディは銃を再装填。
「言っただろ……これ以上、ドヤ顔させねえって」
 ロージーの手が虚空を舞う黒刀を捕らえ、しっかりと握る。喜色を浮かべるのも束の間、彼女は剣を花琳に投げつけた!
「花琳さんっ!」
 投げ放たれた帰天剣を、黒炎の翼を羽ばたかせた花琳が取った。蒼炎を灯すそれを手に飛翔!
「返せえええええッ!」
 突き出された帰天剣が雪麗の胴に食い込み、蒼の火柱を巻き起こす。響く雪麗の悲鳴。固唾を飲んで見守る仲間達の視線を背に、花琳は祈るように剣を握った。
「剣は戻った。後は、母上を……お母さん、を……」
 炎の中から伸びた手が花琳の頬を優しくなでる。はっと顔上げた花琳にもたれかかった雪麗が、耳元で囁いた。
「私は墨華、私は雪麗。どちらも私だよ、花琳。愚かな私の、可愛い娘……」
「おかあ……さん……?」
 火柱が弾け、雪麗の身体から力が抜ける。母を受け止め膝を突いた花琳の、見開かれた瞳が震え、涙をこぼす。動かなくなった雪麗を抱きしめたまま、彼女は顔を歪めて嗚咽した。
 慟哭が夜の空に響き渡った。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年9月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 5/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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