星辰の記憶

作者:崎田航輝

 天球を彩る宝石が眩く瞬いている。
 美しすぎる星辰は非現実のようで、手の届きそうな夜空だからこそ心に漣を生んだ。
 夏の星郡を望むのに理想と言える、透明な宵の空気。星を眺めれば心踊るはずなのに、エアーデ・サザンクロス(自然と南十字の加護を受けし者・e06724)にはどうしてか胸騒ぎがする。
「何だか、あの時みたい」
 呟く声を緩く反響させるのは、緑色の木々の立つ林の中だった。
 どうやってここまで歩いてきたのかふと判らなくなるくらい、気持ちが粟立っている。
 偶々通りかかったのか、或いは何かに導かれたような気がしたのか。
 少なくとも、それが気の所為だったらよかったと思うほど、エアーデの脳裏に過る過去は痛く胸を締め付けるものだった。
 それでも首を振って歩みだそうとした、その時。
 足が再び止まり、深い青の髪が揺れる。
 星夜の如き美しい瞳が見開かれた、が、そこに映ったのは空の星々ではなかった。
 始めに視界に入ったのは蠢く根。怖気を催す程絶え間なく流動する、枯れ木色の触手のような植物。
 見上げれば、腕や頭代わりの枝も不気味にうねっているのが分かる。そして乾いた音とも湿った音ともつかぬ枝葉の擦過音。それは元が檜であった事実だけが類推できる、全てが歪の異形。
 それでもエアーデは後ろに下がらなかった。
 植物の体の一部、その幹の内奥。そこに人型の影が見えたからだ。
「──嘘、でしょう」
 一歩植物に近づいて、エアーデは見つめる。まるで植物に囚われているような人の姿。“それ”は、その顔は、記憶を刺激し胸を締めてやまないものだった。
『──、おいで』
 幹の中から“それ”は顔を上げて音を発する。それにエアーデは一時、誘われる。
「……生きていたの?」
 違う。自分は知っている。もうあのひとが生きているはずはないと。
 なのにエアーデの唇は一瞬、震えた。
「どうして……? いえ、もしかして、本当に生き延びて──」
 人型は笑った。まるでそれに応えるように。
『さあ、こちらに、おいで』

 星の美しい夜に、イマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)はその事件の未来を伝えた。
 エアーデ・サザンクロスへのデウスエクスによる襲撃。
 紛うことなき、命の危機となる事件だ。
「予知にて分かっているのはお話しした部分までです。ですが、一刻の猶予も無いことは確かでしょう」
 エアーデは既に、予知にあった林の中にいる。
 こちらも連絡を試みたが、何かの原因によってそれがうまくいかない。敵も既に出現し、エアーデが1人の状態のまま戦闘に入ってしまうのは、避けられない事態だろう。
「それでも、今から急行してエアーデさんの救援に入ることはできます。時間の遅れは多少出てしまいますが、充分にその命を救うことはできるはずです」
 ですから焦りすぎず、作戦を練った上で戦闘に当たって下さい、と言った。
 現場は町外れの林。
 森という程ではないが、木立の並ぶ場所で周囲は無人。一般人の流入に関してはこちらが気を使う必要はないだろう。
「皆さんはヘリオンで現場に到着後、急ぎ戦闘に入ることに注力して下さい」
 静かな場所でもあるので、エアーデを発見すること自体は難しくないはずだ。
「無論、敵も弱い相手ではありませんから、合流後も細心の注意を払って戦ってください」
 敵は檜の攻性植物であるらしい。木がそのまま変容したらしく、大きな体を持っている。その目的などは不明だが、エアーデの命が危機にさらされていることだけは確かだ。
 能力としても多彩な力を行使してくる、強力な相手だろう。
 それでもエアーデを無事に救い出し、この敵を撃破することも不可能ではない。
「さあ、僕たちの仲間を助けるために。急ぎましょう」


参加者
翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)
エアーデ・サザンクロス(自然と南十字の加護を受けし者・e06724)
レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)
月岡・ユア(孤月抱影・e33389)
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)

■リプレイ

●宿縁
 不思議なくらいに冷えた夜。
 星空は美しくとも空気は締め付けるようで、林に降り立ったレンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)は不穏な気配に目を細めていた。
「嫌な空気だな。早く見つけねーと」
「そうだな。今も……苦しんでるかもしれない」
 頷くラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)も、木々の間に仲間の姿を求める。
 皆も見回し、探していた。ほんの少しでも早く助けるために。
 だから遠くに響く剣戟音も聞き逃さない。月岡・ユア(孤月抱影・e33389)は月色の髪を靡かせて、もう駆け始めていた。
「向こうだよ! さあ、エア姉のトコへ行こう!」
 ユアが表情と声音に明るさすら含めるのは、“彼女”が芯の強い人で、もしもの事はないと信じているからだ。
 相馬・竜人(エッシャーの多爾袞・e01889)は確かめるように、メガホンで大音声を響かせていた。
「──生きてんのかオイ! その気があるなら返事しやがれ!!」
 すると空に立ち昇ったのは魔力の光。
 星空のように美しい、無二の輝き。
 スウ・ティー(爆弾魔・e01099)もそれを見て、迷わず疾駆し始めていた。
「……あとは、エアちゃんが怪我してなければいいんだけどね」
「エアなら大丈夫さ。あいつの勝負強さは俺が一番良く知っている」
 ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)は言葉に信頼を滲ませる。皆を励ますように見回した。
「だから、信じて進むとしよう」
「もちろん、あなたがそう言うのなら」
 と、そっと頷くのは翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)。
 事情に無遠慮に立ち入るつもりはなかった。
 苦境にある者がいるなら救う。今の自分にはそれがするべきことと、ロビンには分かる。
 程なく皆は遠方の人影を見つけた。同時に、異形の姿も。
 ゼフトは信頼に偽りは無くも、それを目の当たりにするとどうしても胸の内が騒ぐ。そこで苦しむのが、何より大切な人だから。
(「頼むから俺が来る前にやられるなよ……!」)
  だからその人の元へ向かう足に、ゼフトは全力を込める。

「おじさま──」
 エアーデ・サザンクロス(自然と南十字の加護を受けし者・e06724)はその人型へ呟く。
 それは記憶の中の師の姿形をしていて、だからエアーデは親しみを込めて使っていた呼び名を口走っていた。
 彼は誘うように優しく語る。
『私はここにいる。だからおいで。話をしよう』
「おじ、さま……」
 エアーデは一瞬だけ、そこから前に歩みかけた。
 でもそれは心の甘えだと自分で判っている。
 刹那、エアーデは真後ろへ高く跳んだ。直後に地に無数の枝が突き刺さる。“敵”の攻撃を、エアーデは避けたのだ。
「私も吸収するつもりなのでしょう。おじさまの時の様に……そうはいかないわ!」
 言葉と共に思うのは過去。
 自分を助ける為に戦い、異形の樹木に取り込まれた師の姿。
 それを見ていることしかできなかった自分。それでも彼が言った最後の言葉。
 ──次に会う時は私の姿に惑わされずこいつを葬り去ってくれ。
「私はそれを、忘れていない」
 瞬間、エアーデの手から魔力が煌めいた。
 それは強い意志の閃光。弾丸となって飛ぶとその樹木──攻性植物に直撃し、空にまで輝きを昇らせる。
『私は囚われているだけだ……君なら、助けられるんだ』
 エアーデは目を伏せた。
 心は波立つ。しかしそれでも、首を振る。自分の気持ちに負けていない。
 そして遠くに、駆けつける仲間の声が聞こえていたから。
 エアーデは枝の攻撃を受けながらも、応戦する。倒れさえしなければよかった。敵が次の一撃を狙おうとする頃には、目の前に頼もしい背中が現れてくれたから。
「大丈夫……とまではいかないようだな、エア」
「ゼフト……!」
 ゼフトは振り向き頷くと、前を向いた。
「安心してくれ。俺が勝たせてやる。君に悔いは残させない…!」
 瞬間、黄金竜の輝きを放って異形の枝を焼いていく。
 次いでふわりと黒薔薇を揺らして降り立ったのはユアだった。
「やっほ♪ エア姉」
「ユアも、来てくれたのね。皆も」
 見回せば、皆もエアーデを守るように立っている。だからユアは微笑んだ。
「痛いトコはない? あったらすぐに手当て受けるんだよ~! 少し──時間稼いで来るからさ♪」
 そして敵へ見せたのは刃の笑み。ユアの放った光線は、眩く宙を奔って敵を後退させた。
 この間にスウは気力を集中。オーラとして現出させて優しくエアーデを癒やす。
「これで、多少はマシだろう」
「後はオレに任せてくれ」
 レンカは魔導書の頁を紐解き、膨大な魔力を発現。生命の力を賦活させてエアーデを回復強化した。
 ラルバは『降護・聖龍鱗』。聖なる龍の如く輝く『再生の力』を宿させて、仲間の守りも固めている。
「よし、これで準備も万端だ」
「……みんな、ありがとう」
 エアーデの言葉にロビンは頷き、長槍を構えた。
「後は、反撃ね」
 同時、地を蹴って樹木へ肉迫する。その表情は夜のように静謐。だが瞳には星の瞬きのように、勝利への意思が宿っていた。
 雷光を宿した刺突を加えると、樹木はわななくように枝葉で反撃を試みる。
 だが直前に、竜人が自身の右腕を竜腕に変貌させていた。
「がたがたうるせえな。ちょっとばかし──黙ってろよ」
 竜人は髑髏の仮面で顔を隠し、その表情は窺えない。
 だが獰猛な声音と黒き腕は、巨木を圧倒する威容があった。『古竜の剛腕』──単純に殴り伏せるばかりの一撃は、だからこそ強力。枝の一本を千切り飛ばすと共に、巨木自体に地を滑らせていた。

●夜
 土煙の中で、攻性植物は未だ枝を波打たせ、人型の口で声を発していた。
『私に、敵対の意志は無い……武器を収めるんだ……』
「……随分とよく喋る木だな」
 竜人は瞳を細めて様子を窺う。
 皆も怪訝な色を浮かべる中、エアーデは一度目を閉じた。それから皆へ、語る。
「あれは私の師……“だったもの”。遥か以前に、攻性植物に取り込まれた人」
 言葉は短かった。昔に見たもの。そして目の前のものが最早攻性植物でしか無いこと。
 竜人は話に不機嫌な色を作った。
「攻性植物ってのは、相変わらず胸糞悪ぃな」
「……エアの師匠、昔のエアを護ってたんだな」
 ラルバは師という言葉に少し、胸が痛む。
 自分にも尊敬する師がいて、その人はラルバを護って宿敵と戦ったことで死んだ。尊敬する師がいなくなること、それがどれほどの思いかラルバには想像できる。
 だからこそ拳を強く握った。
「なら尚更。護るぜ、エアも、エアの師匠の思いも」
「ああ。エアーデ。師匠ごと、敵を倒すんだな」
 レンカの言葉にも、エアーデはええ、と頷いた。
 そして凛然と敵へ向き直る。
 ──あれからどれだけの月日が流れただろう。
「師の命を奪いその魂までも汚し続ける呪われし者よ。どんなに惑わそうとも負けはしない。さぁ、師の魂を返してもらうわ」
『愚かな、ことを……』
 人型は嘆く。それでもエアーデは惑わず、迷わない。
 その背中を見てスウは少し帽子を目深にする。
(「呪縛からの解放、か」)
 他人事でもない、と思った。
 それでもこれは彼女の選んだ戦いだ。ならせめて彼女がこの因縁の先に何を得るのか、見せて貰いたいと思った。
「エアちゃん。全力でサポートするよ。思いっきりやりな」
「オレも手伝ってやるさ。それがお前の師匠の遺志で、お前自身の願いでもあるなら」
 レンカの言葉にも力強く頷き、エアーデは進む。前へ、前へ。
 樹木は枝を鞭にようにしならせた。だがその枝先が突如、苦しげに震える。
 それは強い炎に触れたから。ロビンの掌からひとつふたつと解放される炎の子だ。
「これで少しは、お腹も満たされるかしら」
 枝に這う『炎の子・属性付与』──それは空腹を満たそうとするかのように纏わりつき、ロビンの漆黒の髪すら明るく照らすように、眩く燃え盛る。
 ラルバは拳同士を打ち付けて御業を発現。降魔の術で操り巨木を拘束した。竜人は竜鳴の銘を持つ大槌を唸らせ、強烈な砲撃を畳み掛けていく。
 ただ、攻性植物は煙の中からでも魔力光を撃ち出してきていた。
 が、スウは同時に『悪神の狡知』。殺傷力の無い爆破で味方の移動を助け、飛来する光の衝撃を低く抑えこませている。
「きっちりエスコートさせて貰いますぜ。後の治療は──」
「こっちでやっとくよ」
 応えたレンカは仲間の周囲に炎を展開、火の粉を美しい天使の羽根へと昇華させる。
 不浄を消し去り、傷を撫でるそれは『敬虔なる赦罪の聖母』。瞬間で皆の体力を万全に持ち直させた。
 異形の檜はその間も、エアーデを枝で打ち据えようとする。
 が、弾けるように細枝の群が粉砕されていた。ゼフトが銃口から煙を揺らめかせ、その全てを撃ち払っていたのだ。
「無駄なことだ。彼女は守ってみせる」
『おお──私を苦しめ……私を殺すつもりなのかい──』
 だが懇願する声にも、もうエアーデの瞳は曇らない。
 ゼフトは首を振った。
「諦めるんだな。まやかしで縛り付けられるほど、エアは弱くはないんだぞ?」
「ええ。それに私だけじゃない」
 エアーデは至近から見上げる。
「あの時の様に、ここにいる者は何もできない者達じゃないのよ……サイプレス!」
『……おのれ』
 声を零したのは人型ではなく。樹木自体に刻まれた歪な口だった。
『醜い足掻きを……!』
「足掻き、ね。それは、どっちのことかな?」
 声は空から降ってきた。
 それは星と月を背に高い位置に昇っていたユア。闇翼を一度風に揺らめかせると、まるで光が落ちるように強烈な蹴り落としを加えた。
 樹木の天頂がひしゃげると、ユアは背面に飛んで声を落とす。
「エア姉!」
「ええ」
 エアーデは魔力の刃を奔らせて幹を切り刻む。
 檜が呻く間も黙すユアではなく。着地すると再度跳んで樹木の上部へ接近。容赦のない飛び蹴りを叩き込んで、巨木を地に打ち倒す。

●光
 呪わしげな唸りを響かせながら、攻性植物は起き上がる。
『何故、だ……人間、共……』
「何故? 他人の褌で相撲取る時点で勝てるわけねえだろ」
 歩み寄る竜人には、他人の顔を利用するその図々しさが気に食わない。だから加減する気も情けを与える気も無かった。
「終わりだってことだよ、テメエはよ!」
 同時に剛腕で正面から殴りつけることで、敵を大きく吹き飛ばしていく。
 そこへ歩んでいくエアーデに、ラルバは口を開いた。
「やるんだな」
「ええ」
「……」
 彼女の心を想像して、ラルバは今も複雑な思いだ。それでもエアーデと、ここにいる仲間にラルバは報いたかった。
 ロビンは一度だけ瞳に深く沈んだ色を揺蕩わす。
(「……わたしの主さまは」)
 と、その人の事を思う。
 自分を庇って死んでしまったその人を。死して尚利用されることなく、矜持を汚されず。ただもう二度と会うことが叶わない彼女を。
 けれどロビンは首を振る。
 ──今はただ、やるべきことを。
「どうぞ……せめて、悔いなく」
 ロビンの声にエアーデは頷き歩んでいく。
 敵はあくまで枝を飛ばして抵抗する。が、スウは自身の攻性植物を輝かせ、穏やかな光で皆の傷を癒やしていた。
「悪いけど、こっちに隙はないんでね」
 敵はそれでも残る枝で拘束しようとする。だがそれもラルバが正面から受け止めた。
「させねえよ──仲間を、エアを狙った事、エアの師匠を取り込んだ事も許しはしねえぞ」
 ラルバは力を込めて、拳の一打で敵の顔を潰していく。
 残る傷にはレンカが素早く魔力を収束。体を包み上げることで、ラルバを治癒していた。
「今だ」
「ええ」
 頷くロビンが翡翠色の輝きで敵の根元を石化させると、宵に歌声が響いた。それはユアの『月魄ノ夢』。
 ──満ちる月と共に深く、ゆるやかに堕ちてゆけ……。
 月光詩は月を顕現させ、甘い虚無を与えて動きを奪う。同時にゼフトの生み出した融合竜の瞬きが、樹木の大半を焼き尽くす。
 そこでゼフトとユアは後ろに下がった。
「エア」
「──いってらっしゃい、エア姉」
「ええ」
 エアーデは両手を伸ばし、星の光を宿していた。
「さぁ! おじさまの魂を返してもらうわ!」
 煌々と照らされるのは自身の顔と、苦しむ攻性植物の人型。目をそらさずに真っ直ぐと、エアーデは見据えた。
「我が聖なる守護星座よ。一族の名のもとに命ず。邪悪を永遠の闇に、聖なる魂を天に。あるべき場所に帰したまえ!」
 エアーデを守護する南十字の力、『聖十字光』は全てを煌めかせる。その光が“彼”を朽ちさせていくのを、エアーデはずっと見つめていた。

 静寂に、エアーデは佇む。
 でもそれも一瞬で、すぐに皆に振り返った。
「……みんな、本当にありがとう。これでおじさま……師も安らかに眠れます」
 それは気丈な言葉で、ゼフトは歩み寄る。
「エア。……大丈夫か」
 ええ、と頷くエアーデ。竜人は少しだけ視線を外した。
「知った顔を殺すってのは辛ぇだろうに、お前さんは強い奴だよ。……潰れねえように泣きわめく日があっても良いと思うぜ」
「ありがとう。でも私は……」
 と、エアーデが言った時。
 倒れた攻性植物が淡い光になって、消滅を始める。
 その輝きが一瞬、40代後半の男性の姿に変わったように見えた。
 ──ありがとう。
 そう聞こえたのも、優しく微笑んでから消滅していったのも、気のせいかも知れない。
 でもエアーデはゆっくりと深く頭を下げていた。その時だけは目に一筋、涙を光らせて。
 ユアはそっと、彼の魂の安らぎを祈った。
 親友であるエアーデの大切な人が、せめて戦いが終わった後は安らかに、無事に天へと逝けますように、と。
 皆へ向き直ったエアーデには涙の跡が残る。それでも表情は前向きでもあった。
「果たせなかったことが果たせたのだと思う。だから皆、改めてありがとう」
「ああ。……もしその方が生きていれば……挨拶に行きたかったものだな。エアを幸せにすると言いに」
 ゼフトが見上げると、エアーデはそっと、ええ、と頷いていた。
 ユアはエアーデの手を握り、安心したように笑いかける。
「本当に、無事でよかった。お疲れ様、だよ。──さ! 帰ろう、皆で帰ろ~! 皆、エア姉の帰りを待ってるんだよ!」
 そうして皆で歩み出していく。
 スウは口の端を上げて見せていた。帰って酒でも呑むかい、とでも言いながら。
 ラルバはふと呟く。
「これで良かったんだよな」
「ああ、そーだな」
 レンカは一度俯く。思うのは、亡くしている自身の師の事。
 今も心の全てで寄り掛かる大きすぎる存在。自分も、デウスエクスとして出逢ってしまったら?
 自分はエアーデのように強くなれるだろうか。
「……」
 それでも今は首を振った。エアーデが笑んでいて、星が眩しくて、いい夜に思えたから。
 エアーデは最後に一度だけ、振り返っていた。そうしてそこに何者もないのだと確認すると、また前を向いて歩き出した。

作者:崎田航輝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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