夏の終わりに

作者:あかつき


 山奥の廃棄家電に現れたのは、握り拳大のコギトエルゴスム。蜘蛛の足のようについた足をしゃかしゃか動かし、適当な廃棄家電の中へと潜り込んだ。その廃棄家電とは、一夏ほぼ休み無しで稼働した挙げ句動かなくなった、かき氷機。
「ヴ……ヴヴヴヴヴヴ……ガリガリガリガリ!!!!」
 機械的なヒールで身体を作り変えられたかき氷機は、空気中の水分を凍らせて一瞬で氷を作成、それを刃で削り、辺りに撒き散らす。
「シャクシャクッッ!!!」
 氷の冷気と雪のようなかき氷を辺りに振り撒きつつ、かき氷機はにょきりと伸びた手足を使い、前進を始めた。


「香月・渚(群青聖女・e35380)の依頼で調べものをしていたら、かき氷機のダモクレスによる事件が発生する事が判明した。山中のため幸いにもまだ事件は起きていないが、放って置けばやがて町にたどり着き、多くの人々を殺害し始める。その前にダモクレスを破壊して来て欲しい」
 雪村・葵は、ヘリポートに集まったケルベロス達にそう言った。
 場所は人里離れた山奥の廃棄家電置き場。そのため、周囲に人はおらず、避難の心配も無い。攻撃方法は雪のようなかき氷を撒き散らしたり、冷気で辺りを包んだり、あとは手足をばたばたさせて暴れまわる事もあるようだ。
「今年はかき氷機にお世話になったものだが……このような終わり方は好ましくないだろう? 気持ちよく成仏……といっていいかわからないが、とにかくすっきりとかき氷機としての役割を終えられるよう、頑張ってきてほしい」
 葵はそう言って、ケルベロス達を送り出した。


参加者
鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)
香月・渚(群青聖女・e35380)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)
フィーリ・フィオーレ(乱舞フロイライン・e53251)
風柳・煉(風柳堂・e56725)

■リプレイ


 廃棄家電置き場へ向け、歩を進めるケルベロス達。時間は昼間、残暑というには残りすぎている暑さで、コンクリートはじりじりと焼けているようだった。
「忘れられた道具が牙を向く、か……人の因果が呼び込んだ事件とも言えるか」
 陽炎がたちそうな暑さの中、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)が肩を竦めた。
「今年は暑かったですし、かき氷機もいっぱい働いたですかね。……お世話になってたかもですし、ゆっくり眠らさせてあげたいですね」
 かき氷機に思いを馳せ、機理原・真理(フォートレスガール・e08508)はぽつりと呟く。彼女の横をついて走るサーヴァントのプライド・ワンも同意を示すように青いヘッドライトを明滅させた。
「それにしても……暑いよねぇ……。こんな時期にかき氷製造機を捨てるなんてもったいないね」
 香月・渚(群青聖女・e35380)は手を翳し、太陽を透かし見る。強烈な陽射しは、まだまだ夏のものだった。彼女について歩くサーヴァントのドラちゃんも、なんだか暑そうにしているように見える。
「日付的には、もうかれこれ夏も終わりなのだがな……」
 そう呟く鏑木・蒼一郎(ドラゴニアンの執事・e05085)。確かに、八月ももう終わり。小中学生達の夏休みもかれこれ終了といった所が多いはず。立秋なんかとっくに過ぎている。
「ンな事言ったってよ、暑ぃもんは暑ぃんだよな。残暑厳しい今考えりゃ、まだ現役じゃねェか? かき氷。未練タラタラも解るぜェ。もっと働きたかったンじゃねェか?」
 うんうん、と頷くディオニクス・ウィガルフ(否定の黒陽爪・e17530)に答えるように、廃棄家電置き場の方から唸り声を上げ、現れたかき氷機のダモクレス。
「念のため、殺界形成をお願いできるかな?」
 視線を巡らせる渚に、風柳・煉(風柳堂・e56725)が頷いた。
「ああ、任せてくれ」
 煉は手に持った煙草を口に咥えつつ、その身体から殺気を放ち、一般人の立ち入る事の出来ない空間を作り出した。そして、ポケットからマッチを取り出し、シュッと擦り火を付ける。煙草の穂先が紅くなるのを視界の端に捉えた煉は、吸い込んだ紫煙を吐き出すより先に、マッチを炎で燃やし尽くす。僅かに残った灰が、コンクリートへはらはらと舞い落ちた。
「あまーり、冷たい食べ物って好きじゃ無いんだがね。悪いけど、お役御免と行こうか」
 煉はそんな呟きと共に、紫煙を吐き出す。
「ガリガリガリガリッ!!」
 一方、ダモクレスは氷を撒き散らし、変わらぬスピードでケルベロス達の方へと向かってくる。
「かき氷は好きだけど、これはちょっと食べられないかなー……。困ったかき氷機さんには、眠ってもらいましょうか」
 辺りに散ったかき氷に目を細めてから、カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)はサーヴァントのフォーマルハウトに視線を向ける。
「じゃあ、みんなの盾になってくださいねー」
 頷く代わりに身体を揺すったフォーマルハウトを見てから、カロンはゾディアックソードを振り翳す。すると、地面に描き出された守護星座が、前衛の仲間達へ守護を与えていく。それとほぼ同時に、真理も自身のグラビティで操るドローンを展開していく。
「最近のかき氷って凄くふわふわしたのが作れて美味しいですが……このかき氷機も、そうだったのですかね?」
 素朴な疑問を口にしつつ、ドローンを操っていく真理に、かき氷機は顔を向けた。
「ガギ……ガガガガガガ」
 軋むような音をさせながら小刻みに震えるダモクレスは、次の瞬間。
「シャクシャクシャクッ!!」
 小気味良い音をさせながら作成したか気合い氷を、真理へ向けて飛ばそうと、腰を落とす。そんなかき氷機の側面へ、プライド・ワンはそのボディに炎を纏いながら、突進していく。ドゴッ、と良い音をさせてその姿勢を崩したダモクレスを、ドローンの援護を受けた蒼一郎は見据え、叫ぶ。
「カキ氷の機械だと言うなら、これでも食らうが良い!」
 すぅ、っと大きく息を吸い、そして。
「ガギギ!!」
 かき氷機へ吐き出された炎の息。かき氷機はじたばたと両手足を振り回し、炎から逃れようと暴れ始める。
「オラァッ、いくぜェ!」
 ディオニクスが拳を打ち鳴らせば、漆黒の豪炎を肩まで燃やせば、縛霊手となりその腕を覆う。気合いと共に吐き出された魔力を帯びた咆哮は、かき氷機の動きを鈍らせる。
「ヴヴヴヴヴッ……!!」
 炎を漸く逃れたダモクレスは、怒りを露にするように足を踏み鳴らす。
「甘味とは、人々に幸福を齎すもの。その役目を立派に果たした道具の最期が、このような形で汚されてしまうなんて……淑女として、見過ごす訳には参りませんわね」
 呟き、フィーリ・フィオーレ(乱舞フロイライン・e53251)はダモクレスへ向け、視線を向ける。
「行きますよ」
 言うや否や、フィーリはダモクレスへと距離を詰める。跳躍する。そして、手にしたルーンアックスをその頭頂部目掛け、振り下ろす。
「ガ……ガギギ…………ガリガリガリガリ!!!」
 めきっ、と表面の凹んだダモクレスは、更にその手足を振り回す。
「あんなにじたばたされると、なんか悪い事してる気分になってくるですね」
 攻撃の構えを解かないまま、真理がそう呟いたその瞬間、ダモクレスの手が、ルーンアックスを叩き込んだ後、コンクリートに着地したフィーリの方へと振り下ろされる。
「くっ……!!」
 衝撃を覚悟し、レイピアで防御の構えをとったフィーリだが、その手は彼女に当たる事はなかった。その強烈な一撃を受け止めたのは、主人であり友人であるカロンの指示を守るべく腕とフィーリの間に飛び込んだフォーマルハウトだった。
「ありがとうございます……!」
 衝撃でその場でひっくり返ったフォーマルハウトに駆け寄り、フィーリは助け起こす。気にするなとばかりにばくばくと蓋を開け閉めするのは、フォーマルハウトなりの感情表現……なのかもしれない。そんな彼女達の元へするりと縄で滑り降りるように着地したレンの姿は、丁度逆光で影のように見えた。
「夜鳴鶯、只今推参」
 そして、陽炎を神格化した摩利支天の加護を与え、陽炎のような分身を作り出し、その傷を癒していく。しかし、その間もダモクレスはじたばたと暴れており、遂に起き上がることに成功する。
「さぁ、いくよドラちゃん。回復は任せたからね」
 ドラちゃんに声を掛け、渚はすぅ、と大きく息を吸う。
「さぁ、皆。元気を出すんだよ!」
 そして歌うのは、生き生きとした元気な歌。仲間達を元気付ける歌は、傷の回復と共に付与していく。それをサポートするように、ドラちゃんも仲間達の援護の為にあちらこちらを駆け回り、属性インストールを施していく。
「ガギギッ!!」
 体勢を立て直したダモクレスは、ぶるぶるっと一つ大きく身体を震わせ、辺りの空気を取り込むように上部の蓋部分を大きく開く。そんなダモクレスへ、煉は跳躍し、飛び蹴りを叩き込む。
「ギガッ!!」
 ぐわん、と頭部を半回転させるダモクレスだが、まだ元気があるようで、地団駄を踏むように足でコンクリートを踏み鳴らす。
「ふん……結構、丈夫だな」
 煉は呟き着地しつつ、すっと細く紫煙を吐き出した。
「ギガガガガッ」
 不満そうに呻くダモクレスは、ぶんぶんと腕を振り回す。その風圧で、煉の吐き出す紫煙がふわっと空気中に霧散した。


「ちょっと涼しくなってきましたかねー?」
 どことなく漂う冷気は、多分ダモクレスのせいだろう。カロンは呟きつつも、コンクリートを蹴ってダモクレスへと駆ける。
「行きますよ、フォーマルハウト」
 頷くフォーマルハウトは、カロンを援護する為に、どたどたとダモクレスへと飛びかかった。そして、振り回す腕にがぶりと噛みつく。その間にダモクレスに肉薄したカロンは、すっと手を伸ばす。
「残念だけど、君はもう動けない」
 心なしかひんやりとしたダモクレスの表面に手を触れた瞬間、電気信号を送り込む。
「ギッ」
 その瞬間、ダモクレスはぐたりとその場に崩れ落ちた。
「涼しいのは歓迎、なんだけどねっ!」
 渚は倒れ伏したダモクレスへ、炎を纏った蹴りを放つ。炎の熱さに苦労して身体を捩るダモクレスに、現時点で回復は不要と判断したドラちゃんは、炎の吐息で攻撃を重ねていく。
「ガギッ……ヴヴヴッ…………!!」
 軋むような声を発するダモクレスへ、煉は炎が描かれた深紅のカードを翳し、氷属性の騎士のエネルギー体を召喚する。
「どうせなら、もっと冷たくなってみたらどうだろうか?」
 にやりと口角を上げ、薄く紫煙を吐き出す煉の求めに応じて、氷属性の騎士はダモクレスへと斬りかかる。ダモクレスの足の先端が、氷の斬撃に凍りつく。
「行くですよ、プライド・ワン!」
 チャンスと見た真理は、プライド・ワンに声を掛けながら、駆け出す。プライド・ワンは攻撃姿勢を取る真理の援護をすべく、ダモクレスの凍った足の先轢き潰した。
「ガッ!!」
 衝撃にびくりと手足を跳ねさせたダモクレスは、直後だらんと脱力感する。そして、次の瞬間。
「…………シャリシャリシャリッ!!!」
 高速で製造され、削っては辺りに撒き散らされる氷で、周囲はあっという間に強烈な冷気に包まれ、凍りついていく。
「危ないです!!」
 攻撃のために駆けてた真理だが、ダモクレスの冷気に仲間の危機を感じとり、近くにいたレンをその背に庇う。
「うぁ……!!」
 真理は凍りついたアームドフォートを展開したまま、がくりと膝をつく。今なお撒き散らされている冷気で辺り一面凍りつき、真理以外の仲間達も同じく無事ではない。
「忝ない……!!」
 レンは僅かに目を細め、素早く風天の真言を唱える。す、と手を振るえば、守護と癒しを与えるべく、竜巻が木の葉を纏いながら仲間達を包んでいく。
「ヴ……ヴヴヴ?」
 ケルベロス達を包んだ木の葉の竜巻に首を傾げるダモクレスへと、突き出されるのは鋭い刃。
「手始めに千撃、捌ききれるかしら?」
 フィーリの神速の突きに、ダモクレスは成す術もなくただされるがままになるしかない。
「ヴ……ヴ、ガギッ……」
 壊れかけの機械のようにがくがくと手足を震えさせるダモクレスに向け、蒼一郎は叫ぶ。
「天かける龍よ、猛る獣よ! 今こそ来たりて、我が敵を討払い給え!」
 彼が全身に帯びた電気は、その叫びと共に額の角に集中し、ダモクレスへと撃ち出される。
「ヴガッ……ガガガガガガ……!!!」
 痙攣するダモクレスへ、ディオニクスが駆ける。
「もう暫く経ちゃ秋だぜ?お役御免だっての、諦めろや」
 そして、ダモクレスの身体へ、絶望の業火を纏う爪を振るう。
「過日の幻、薄暮の現、黄昏の夢、宵闇の真――、汝が脳裏に刻まれし、棄て去れぬ者の面影よ……。……今一度、会い見える時――……さァ……」
 その斬撃は、ダモクレスへと絶望をもたらす。ありもしない過日の幻に苛まれ、ダモクレスはがくりとその膝を折り、その場に倒れる。
「お前は良く働いたンだよ」
 ディオニクスがそう呟いた直後、爪で切り裂かれた身体の割れ目からばちっと火花を散らし、数秒後、ダモクレスは部品を撒き散らしながら爆発したのだった。


「こんなもんかね」
 しゃがみこんでコンクリートの割れ目をヒールで直していた煉は、しっかり直った事を確認した後立ち上がる。
 戦闘やダモクレスの爆発で少し荒れた辺りにヒールを施していた他のケルベロス達も、丁度同じ頃に作業を終えたらしい。
「大丈夫そうですわね。そんなに大幅に壊れなくて良かったですわ」
 服についた僅かな埃を払い、フィーリは満足そうに頷く。
「ヒール作業もそんなに手間がかからず終わったな。暑い中、あちらもこちらも直すのでは、汗だくになってしまうからな」
 ダモクレスの攻撃の余波で辺りが少し涼しい間に作業が終わって良かった、と蒼一郎は溢す。とはいえ、陽射しは未だ強烈で、全く汗をかかなかった、という訳では無いのだが。
「不法投棄という訳では無さそうですから、連絡も必要ないですね。まぁちょっと動いちゃいましたから、少し移動させる必要はありそうですけど」
 廃棄家電置き場、という行政が設置した看板を確認しつつ、真理は頷く。その手には、壊れたかき氷機が。
「自分を使ったかき氷で、皆が涼を得て和やかに話に花が咲く……家族や友人らとの賑やかで楽しい時間。最早それらに触れられぬ哀しみが、機械軍を呼び込んだのかも知れんな。哀れな」
 同じくヒールを終えたレンは、ダモクレスが爆発した辺りに歩いていき、視線を伏せる。
「嘗て持ち主へ、冷たき幸せを届けていたお前が、無辜なる民の命を啜ることなぞ……本来なら望まぬことだっただろうに……」
 無理矢理その存在を歪められてしまったかき氷機に、レンは思いを馳せる。そんなレンは、ざり、と靴がコンクリートを滑る音に、視線を上げる。その音の主はディオニクスだった。ディオニクスはレンの視線に気づくと、ひょいと肩を竦めてからしゃがみこみ、瞼を閉じる。
「その命糧となれ。……糧と成った末の姿だろうがよ」
 散っていった命に、祈りを。
 数秒間の沈黙の後、ディオニクスは立ち上がり、背中の筋肉を伸ばすようにぐっと伸びをする。
「さて、何か食いに行くかねェ……どうせなら秋っぽいモノ食いてェ所だな?」
 そう言いながら仲間達の元へと歩いていくディオニクスの背を眺めつつ、レンも同じように足を踏み出す。
「秋らしいものを……というには、まだ些か暑いようにも思う。俺は供養を兼ね、かき氷を食べに行こうと思っている」
 そんなレンに、渚も頷く。
「私もかき氷食べて帰ろうと思ってたんだ」
 カロンも微笑み、同意を示す。
「僕もかき氷、良いと思いますよー。折角だし、みんなで行きません? ちなみに僕は、ブルーハワイが好きだったりしますがー」
 それぞれ、町の方へ向けて足を向け始めるケルベロス達に、真理は慌ててかき氷機を掲げる。
「あっ、じゃあ急いでこれ、置いてくるです! 先行ってて下さい!」
 走り出す真理と、足を止める仲間達。僅かに傾いてきた太陽と、木々が揺れる音。残暑は厳しいけれど、流れる風は、少しずつ秋らしくなってきているようだった。

作者:あかつき 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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