制御を外れた情欲はためらわない

作者:ほむらもやし

●好きだから許さない
「さあ、これだけ色々説明してあげたのだから分かるでしょう? あなたが素直に言うことを聞いてくれる限り、わたしはあなたを生かしてあげるし、気持ちよく苦しめてあげるわ」
 睫毛がやたら長い鳥、のような姿の異形――ビルシャナは大喜びで言った。
「ぐ、ぐもおー!」
 ビルシャナになってでも、逃げた男を手放したく無かった。
 男の行動は把握しているから、この山荘に誘い出すのは、いとも簡単なことだった。
 山荘にはビルシャナが人間の女だった頃、何物も惜しまず、心に抱く恥ずべき欲望を満たす為の道具が揃えられている。
 長椅子のような台に拘束された気の毒な男は、汗みどろになりつつ喘ぎ声を上げながら、栽尾された物の動きに抗うように左右に振るう。そして雨に濡れた子犬が救いを求めるような目でビルシャナを見つめる。
 さあ憎い男の苦痛を長引かせ、事切れる瞬間まで辱める方法を考えましょう。
 こんな山の中に誰かが来るはずなんて無いのだから。

●情動のなれ果て
 という予知の後に、ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は複雑な表情で依頼の話を始める。
「うんと苦しめ辱めて殺害したいという身勝手な望みを叶える対価に、ビルシャナに身体を明け渡した女が、正に今、ターゲットの男を殺そうとしている。今から現地に向かうから、速やかに、このビルシャナを撃破して欲しい」
 現場の山荘は佐賀県の背振村の山中にあり、加害者の女の所有する別荘と見られる。
 別荘の立地は、谷川沿って通された道沿いにある。
 一番近い人家からは400メートルほど離れており、戦いに際しては周りを気にする必要がない。
「今から急いでも到着は午後11時頃、ビルシャナと融合した女性が被害者の尻を叩いたりしている最中だ」
 窓や扉には鍵が掛かっていて、全ての窓は遮光カーテンが閉められている。
 外から内部の様子は一切分からず、ビルシャナも誰かが訪ねてくるとは思っていない。
「別荘は広くはないから、窓を破って突入すれば、すぐにビルシャナと被害者には接触できる。そこから後、何が起こるかは分からないから、諸君でうまくやって下さい」
 ビルシャナが最優先にするのは男への復讐。
 被害者の男を助けるには、相応の行動が必要だ。
 助けようとする、意図を見透かされただけでも男は簡単に殺される。
 また、ビルシャナと融合した人間は倒せばビルシャナと一緒にに死亡する。
 但し打算からでは無く、女が真に『復讐を諦め契約を解除する』と願い、宣言した場合、撃破後に人間として生き残る。
 これほど身勝手な思考を持つ者を悔い改めさせるには、魔法を使うか奇跡でも起こさないと無理だろう。
「自業自得ですし、犠牲は仕方ないと言えるかも知れませんが、やるせない気持ちになりますね」
 そう言って、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は遠い目をする。
 今回の依頼の成功条件は、ビルシャナの撃破のみ。
 被害者や加害者の生死は問われないから、安心して欲しいとケンジは念を押す。
 虫の音が聞こえる。日が暮れると、もう秋を感じるようになってきた。


参加者
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)
円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)
天音・迅(無銘の拳士・e11143)
ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)
シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)
ジゴク・ムラマサ(心ある復讐者・e44287)

■リプレイ

●悲劇
 男は女に対して一度も恋愛感情を抱いたことは無く、女は一方的に男を愛して所有物の様に思い込んでいた。
 事業の成功という果実を得た男が融資に依らず資金調達、――株式上場の類いを目指したことは女のプライドを傷つけた。と言うのが、想像しやすい可能性のひとつだろうか。
 困ったことにビルシャナを説得する前に、被害者をビルシャナから物理的に引き離さなければ確実に殺されてしまう。
「ケルベロスです。ビルシャナ、あなたを斃しに来ました」
 窓を打ち破る轟音と共に、バジル・ハーバルガーデン(薔薇庭園の守り人・e05462)が言い放つと同時、ヘッドライトの明かりがビルシャナの顔を照らす。
 被害者が声にならない嬌声を上げながら腰を揺らしている様に、ジゴク・ムラマサ(心ある復讐者・e44287)は不快そうに目を逸らした。『変態め』と唾でも吐きかけて置けば、助ける意図が無いと思わせる妙手にもなったかも知れないが、そこまでは思い至らない。
(「か、叶わぬ恋、に、焦がれた、凶行と思えば少しは風情もあるの、ですが……」)
 前髪で隠れた眉を微かに寄せて、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)はやれやれ困ったと唇の端をもたげる。ビルシャナはワンアクションで被害者を殺しうる。この状態ではどんなにディフェンダーがどんなに頑張っても庇えない。
 即ちビルシャナに向けた次の一手が被害者の命運を分ける。
 あくまでもビルシャナの討伐が目的と思わせて置けば積極的に被害者には手を掛けない。
 手加減した攻撃で男が死ねば元も子も無い。バジルは歯ぎしりをする刹那に思案し、天音・迅(無銘の拳士・e11143)も声を出すことを思い留まる。今告げれば救助意図が露見してしまう。
 互いに意図を解せないまま数秒が過ぎ、突然、シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)が苦しそうに語り出す。
「……どうして彼なんだ。どうして俺を好きになってくれなかったんだ。君は俺のことを知らないかもしれない、俺の一目惚れだからな――?!」
 次の瞬間、ビルシャナは男の頭を両手で持ち上げるようにして、そのまま無造作に引きちぎった。首の断面から湧き水の様に血が溢れ出ている。想像もしていなかった事態に、シャルフィンは言葉を失った。
「あら。あなたのために殺してあげたのよ。恋敵が死んで嬉しくないのかしら? あーはっはっはっは!!」
 既にバジルがケルベロスだと名乗っている。
 ケルベロスがデウスエクスと戦っていることは誰もが知っている。そのケルベロスが実はビルシャナと契約した自分に恋をしていて、誰にも知らせていない秘密の山荘を探し当てて追ってくる。
 不自然な状況は直ぐに見破られた。
 そして復讐は実行された。全てが思い通りとなった今、女に残るのは愛だけ。同時に完全にビルシャナに成り果てた女の放つ圧迫感が一挙に膨れ上がる。
「もう、誰にも邪魔はさせない」
 声と共に広げられた羽根から鋭い光が広がって、前に立つ者に強烈な催眠の効果を刻みつけた。

●戦い
 直後、淡く儚げな光の筋を描く斬撃が、ビルシャナの脇を掠めた。
 傘のように広がった銀の長髪がゆっくりと降りて、花のように翼を開いたオラトリオが口を開く。
「遺憾です。こんな形で終わせてあなたは幸せになれたのですか?」
 惨劇の後に響くは、天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)の澄んだ声。催眠に意識を揺さぶられながらも気持ちを強く持って問いかける。好きな相手なのに、別れを選んで殺してしまうなんて、理解出来なかったし、寂しすぎると感じた。
 ビルシャナは、これから幸せになる。と断言した。
 殺して箱の中に入れておけば誰にも触られないし、好きな時に持ち歩くことも出来る。このまま縁結びの菩薩となって、遍く世界、一歩を踏み出せない二人の背中を押してあげるのも良いだろう。
 ビルシャナは抱えたままの頭部に親嘴してボクスドラゴンを入れておく様な封印箱にしまい込む。それとほぼ同時、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)の力強い歌声が響き渡る。
「戦う理由は無くなっていない、怒るのも嘆くのも終わらせてからだ!」
 ここに来た最優先の目的はビルシャナの撃破だ。それでも助けられる可能性があるのなら諦めたくない。見込みが薄くとも手立てを講じたくなるのは、誰に何と言われようとも、人の命を守ると言う信念から。難しいと言うのは助けない理由にはならない。
 ――ビルシャナの気が逸れたのなら、引き離せていたのなら、救助の手伝いができればと思っていた。
 前髪で目の表情は見えないまま、ウィルマ・ゴールドクレスト(地球人の降魔拳士・e23007)は口を結んだまま、広げたケルベロスチェインで魔方陣を描くと、仲間を守る防壁を展開した。
 心の脆さを見せたのならば同情もできたかも知れないが、ビルシャナは全くブレなかった。
「まずは、貴女を動けなくしてあげますよ」
 バジルの流星の輝きを帯びた蹴りが直撃する。床の木材を散らしながら壁を破るビルシャナの巨躯。同時に首の無い死体が人知れず拘束されたままの姿勢で外に投げ出された。
「コレはかつてオレが居た世界さ。愉しめるといいな?」
 迅の瞳に不吉な輝きが宿る。鋭く踏み込み、飛び上がり、落下の勢いを加えて一挙に距離を詰めた。ビルシャナの眼前に突然不吉な眼光が迫り、得体の知れぬイメージが現れて襲い来る。傾いた柱をへし折って間合いを広げる。
「手は尽くした筈よ」
 円城・キアリ(傷だらけの仔猫・e09214)は、自分に言い聞かせるように呟くと、崩れ落ちてくる建材の間を縫うようなステップで舞い踊り、催眠から来る幻覚に苛まれる者たちに、癒やしの力を含んだオーラの花吹雪を届ける。それと機を合わせるように動く影がもう一つ。オルトロス『アロン』が前脚を踏ん張って息を吸い込む姿勢から地獄の瘴気を吐き放った。
 焼けるように熱く凍り付くように冷たく感じる瘴気が霧状に滞留し、瓦礫の野と化した山荘を生と死、2つの世界に分断したかのように見えた。
 催眠の効果から解き放たれたシャルフィンは惨状を受け入れた。
 我が身になら幾ら攻撃を受けても耐えられると思っていた。どんな辱めにも逃げずにいる覚悟はあった。しかしその子供の様な気持ちが伝わる前に、ビルシャナは大人の思考をして被害者を殺した。
 だからもう同情も説得も必要ない。ただ目の前の敵を倒しさえすればよい。
 しかし、流星の如き光の尾を引いた蹴りが空を切る。続けて「イヤーッ!」の掛け声とともにジゴクの虹を纏う蹴りが空振って、説得や救助に続いて、戦闘にまで暗雲が漂い始めたと誰もが知ることとなる。
「ひどい状況だな」
 シャルフィンとマサムネが心配でやってきた、櫟・千梨(踊る狛鼠・e23597)が思わず零した。
 戦力的にはケルベロスが10人となるから絶対に負けられない戦いであったが、復讐を遂げたビルシャナの戦闘力も苛烈を極める。
 狙い定めた鋭い羽毛の輝きが、今度は癒し手のいる後衛に襲い掛かる。
 ウィルマとシャルフィンがマサムネとキアリ、2人のメディックのへの攻撃を阻むが、同時に強い催眠を重ねられた者が前衛と後衛に散る結果にもなる。
 今しないといけないか。
 優先すべきか。
 後でもよいか。
 しなくてもいいことか。
 自身に問いかけてから、ナオミ・グリーンハート(地球人の刀剣士・en0078)は守りの一手を繰り出す。
 攻撃は最大の防御となる。カノンは信を胸に、呪いを得物に抱かせる。微かに残り、肌をひりつかせる瘴気を裂いて描かれた美しい軌跡が不可視の斬撃となって、巧妙な機動で躱そうとしたビルシャナの肉を裂いて、身体の深くにまで食い入った。
 もとより良識を期待できる相手ではないことは予感していた。何を言っても無駄なのなら、初めから殴っておくのも手だったかも知れない。それならば問答無用で敵の注意は此方に向けざるを得ないのだから。
 終わったことをいつまでも悔やんでも仕方がない。マサムネの歌声が再び響き渡り、催眠に落ちた後衛の正気を取り戻させる。その中でメディックを担当するウイングキャットの催眠を解除できたことが僥倖であった。
 続けてウイングキャット『ネコキャット』の羽ばたきから生みだされた清浄な気配が前衛に齎される。その恩恵に背中を押された、ウィルマは湧き上がる冷めた殺意の赴くまま、禍々しい地獄の気配と共に蒼炎を纏った巨大剣を呼び出す。直後、その大きさを正確に把握するのも難しいほどの剣は受け止めようとしたビルシャナの努力を否定するように打ち切った。
(「本当に、どうしようもない、人だね」)
 ウィルマの前髪に隠れた眉尻が微かに下がり、唇の端が人知れず上がった瞬間、ビルシャナの口から血の塊が零れ落ちて、バジルの頭に着けたヘッドライトの明かりを浴びる。石榴石の透き通った輝きを思わせるそれは次の瞬間、暗い地面に零れ落ちて砕ける。そして闇に吸われるように消えた。

●終わりの始まり
「貴女のトラウマを、想起させてあげます!」
 小刀『Blue Rose』を構えたバジルがビルシャナの視界に躍り出る。
「これから縁結びの菩薩になるなんて思いつきの出まかせですよね? 僕には人を傷つけることを楽しんでいるだけにしか見えませんよ」
 その指摘は正しいものであったが、男を殺害し、願いをかなえた今、正しい指摘が心を揺さぶることは無い。しかし刀刃に映し出される、中学生の頃の凄惨な記憶はビルシャナを酷く痛めつけた。
 犬のように首輪をつけられ、女が男にしていた様なことを同級生にされていた記憶。それを目にした瞬間、バジルは何故このビルシャナがこのような考えを持つようになったのか、理由のひとつを知った気がした。
「あんたもこういうことをしたいし、されたいのでしょう?」
「ちが……」
 反射的に言い返そうとするバジルの声を遮って、割り入ってくるのは迅。
「そう思っているのは自分だけだ」
 振り抜かれた電光石火の蹴り、動揺を見せるビルシャナの急所を強かに貫く。今更何を知っても殺された男を助けることは出来ないし、ビルシャナを人間に戻すこともできない。
(「こんなの絶対助けられないわよ。性格が歪んだ理由なんてわかるはずないわ……」)
 多分キアリが懸念した通り叩けば埃が出るだろう。此処がわざわざ人目につかない山中に作られた別荘であり、大量の道具がたった1回の復讐の為に用意されたものと解釈する方が不自然だった。
 感情の揺らぎを見せなくなった、シャルフィンのスターゲイザーの輝きが迫る。
 動きに精彩を失いつつあったビルシャナは払おう羽根を広げようとするも意思に反して身体は動かず、直後、流星の輝きを帯びた蹴りが衝突する。
「イヤーッ!」
 夜空高く跳び上がった、ジゴクが七色の光を曳きながら落下してくる。狙い澄ました足先はビルシャナに向かって一直線に迫り、衝突する。練り込んだ万感が爆ぜたが、感情を揺さぶるには至らなかった。

「全く、ツいてないでござるな……」
 他人の苦痛と自分の苦痛との間に、どのような関連があると言うのか? 自分が同じ目に遭いたくないという不快感や恐怖から他人を非難するのであれば、それを快楽だとするビルシャナに気持ちが通じることは無い。
 催眠を誘う斬撃が吹き荒れる。ディフェンダーは良く守り、敵に塩を送ることも、同士討ちをすることも無く、此処まで戦いはケルベロスに優勢に進んだ。
 そんな中何度目かの催眠に囚われるカノン。千梨の援護にも関わらず、突如感情が膨れ上がり、殺さなければという強い衝動に突き動かされてウィルマの方に視線を向けた。
「夢に還りなさい」
 次の瞬間、夢と現実の時間のズレが生み出す衝撃が広がって、彼女の周囲の仲間たちを夢世界に誘った。
「オレたちはケルベロスだよ。分かんなくても頑張るんだよ。愛と勇気が勝つストーリーって、そう言うものじゃない?」
 例え上手く行かなくても、全てを肯定するマサムネの歌う声が響き渡り、纏わり付く催眠から来る幻聴を吹き飛ばす。
「し、心配するな、……この程度、どうってことは、ない」
 赤黒い血を吐き捨てて、ウィルマは再び召喚した蒼い巨剣を腕のひと振り投げ放つ、剣はビルシャナを直撃して白い羽毛と夜闇に煌めく赤光をまき散らした。
「もう、充分ではありませんか?」
 バジルの蹴りの煌めきが、ビルシャナの巨躯を揺るがして、間髪を入れずに迅の瞳術が襲いかかる。
 ふたつの螺旋を描く様な紫の眼孔から歪むイメージが産み落とされて、ビルシャナの両眸に入り込んで行く。紫炎が燃え上がり、全身を覆う羽毛に火がついたまま舞い上がり、夜闇の中に溶けて行く。
 果たしてビルシャナは再び声を上げることも、動くこともなく果てて、塵となって消えて行く。

●戦い終わって
 とどめを刺そうと前に出た、シャルフィンとジゴクは図らずもビルシャナの命が潰えていく様を見た。冥銭の代わりにでもしろと、偶々落ちていた金の指輪を投げ入れる。
「これで、おしまいだね」
 後ろからのマサムネの声に、シャルフィンは疲れ果てた声で、そうだな。と応じて、立ち上がった。
 何とかしたいと意気込んでいた、シャルフィンの気持ちを理解していただけに、何とかして元気づけたいと思うが、適切な言葉が思い浮かばない。
「ごめん。……あまり力になれなかったね」
「いや、もし助けられなかったとしても、俺が放って置いたと思うか?」
 分からない。
 問うたシャルフィン自身にも分からなかった。
 民間人の命を守るのは、ケルベロスの本分、自分で出来ることなら、全力を尽くす。キアリはそう思い、ナオミと共に機を伺っていたが、結局、それが出来る状況にはならなかった。
「時間がタイトだったのに、無茶な賭けに付き合わせようとして済まなかったわね、でも、わたしはね。本当に助けられないのかどうか、それを確かめるまで、諦めたくなかったの」
「分かります。でも、私も何もできませんでしたから」
 ――出来ることはやっておきましょう。
 カノンが呼びかけて、戦いの跡にはヒールを掛けた。
「愛憎が極まりビルシャナと契約するとは、救われぬな……。ナムアミダブツ」
 ビルシャナが消えた後に、ジゴクは手を合わせて念仏を唱える。
 戦いは終わったのに、後片付けと称してなかなか帰ろうとしない、仲間たちの様子に、ウィルマは前髪の下の目を細めた。
「ああ……。本当に、本当に、人間ってめんどうくさい」
 いったい何を食べれば、こうなるのかと思えるほどに太った、ウイングキャット『ヘルキャット』がぱたぱたと、清らかな風を送ってくる。
 もうすぐ夏も終わり、この頃は空気も澄んでいて、満天の星空も遠く佐賀平野の夜景もよく見える。
 そんなタイミングで、警察官と一緒に暗い茂みから出て来たバジルが首を横に振った。
「なぜだかわかりませんが、どうしても見つかりません」
 封印箱に入っていた筈の被害者の頭部だけが、幾ら探しても見つからなかった。ヒールをいくら掛けてもこれだけは元に戻ることはなく、結局首がないまま、警察に引き渡すこととなった。
 誰かが死ぬことは、きっと誰も望んでいなかったが、一人を助ける為に、助かるかも知れないもう一人を見捨てることも出来なかった。
 かくして戦いの全てが終わり、虫の声が響く中、吹き抜ける初秋の風のようにケルベロスたちは山を後にする。
 谷間の棚田では黄金色の稲穂が頭を垂れて収穫の時を待っていた。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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