甦る血拳

作者:零風堂

 誰もが寝静まり、時おり微かな物音が遠慮がちに響く……。そんな深夜に、ゆらゆらと漂うモノがあった。
 ひと言で表すならば、魚。しかし自然の海には生息してないであろう異形と、空中浮遊していると言えば答えはひとつしかない。
 死神だ。
 3体の死神は青白い光を放ちながら、ゆらりゆらりと空中を泳いで回る。その軌跡が、次第に魔法陣のようになり、ふわり、と不思議な様子で浮かび上がった。
 すると魔法陣の中心に、新たな影が現れる。
「ぐるるるる……」
 獣の如き唸り声を発し、周囲に憎悪を振り撒く巨躯は……エインヘリアルの戦士に見えた。
 だがその全身は焦げ茶色の獣毛に覆われ、目は血走り、口からは鋭い牙が突き出し、唸り声と共に涎がぼたぼたと零れ落ちている。
 そしてその両腕には、血に濡れたような赤色の手甲が嵌められていた。
「ぐおおおおおっ!」
 それはかつて、この場所でケルベロスに撃破されたエインヘリアルの戦士に、よく似ていたという。

「予知により、死神の動きが察知されました。今回わかったのは、死神の中でも下級の存在……、浮遊する怪魚のような姿をした死神になります。ですがこの怪魚型の死神が、以前ケルベロスが撃破したエインヘリアルを、変異強化してサルベージするというのです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)からの説明に、集まったケルベロスたちも緊張した面持ちで話を聞いていた。
「死神は、サルベージしたエインヘリアルに周辺の住民を虐殺させてグラビティ・チェインを補給し、その上でデスバレスへ持ち帰ろうとしているようです」
 市民の虐殺も、死神勢力の戦力強化も、見過ごしてはおけないというセリカに、一同も頷く。
「敵の出現場所は、以前エインヘリアルがケルベロスに敗れた場所……、とある町の空手道場付近です。時刻は深夜ということで人通りは無く、周辺の避難は完了しています。ですが、あまり広範囲の避難を行ってしまうと、グラビティ・チェインを獲得できなくなるため、サルベージする場所や対象が変化してしまうようです。そうなると事件を阻止できなくなってしまいますので、あくまで避難は最小限、戦闘区域のみとなっています。つまり逆の言葉で言えば、戦闘区域外の避難は行われていません。万が一にも皆さんが敗北した場合には、かなりの被害が予想されますので、くれぐれも油断しないようにお願いします」
 セリカの説明に、ケルベロスたちも真剣な表情で頷き、話の続きを促した。
「敵は怪魚型の死神が3体と、サルベージされ、変異強化した状態のエインヘリアルが1体です。死神は噛みつきや、怨霊を集めた黒い弾丸を放つ攻撃を行いますが、戦闘力はそれほど高くはありません。一方のエインヘリアルは、凶暴な獣のように理性を失った状態で、とにかく相手を滅茶苦茶に殴り壊すような戦い方をするようです。ただ、ケルベロスとの戦闘に入り劣勢になるようであれば、死神はエインヘリアルを撤退させようとするようですね」
 撤退しようとする際、相手には隙が生じるだろうから、こちらが一方的に攻撃することができるでしょう。とセリカは付け加える。
「また、下級の死神は知能が高くないらしく、自分たちが劣勢かどうかの判断が、正確にはできない様子です。ですから上手く演技すれば、劣勢であっても劣勢でないと判断させることができるかもしれません」
 こういった情報もうまく使い、優位に戦闘を行うようにと、セリカはケルベロスたちに告げるのだった。


参加者
ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)
シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)
除・神月(猛拳・e16846)
ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)
パシャ・ドラゴネット(ドラゴニアンの心霊治療士・e66054)

■リプレイ

「グォォォォォォォォッ!」
 夜の静寂を突き破り、獣は狂った叫び声を上げていた。
 それは生命ある者が死に絶える際、苦しみ悶えて絞り出す断末魔のようであり、歪んだ命の誕生を悦ぶ、歓喜の雄叫びのようでもあった。
「例えデウスエクスと言えど、死したなら安らかに眠らせてやるべきであろう」
 金色の眼差しで敵を見据え、ロウガ・ジェラフィード(金色の戦天使・e04854)は小さく呟く。その視線の先には、サルベージの成功に気を良くしたか、ふよふよと空中を漂う異形の魚たち……。死神の姿と、唸り声を上げながらこちらへ向かってくる、エインヘリアルの罪人であった者の姿があった。
「舞うは目覚めの花。癒しの円陣――、祝福の五色」
 ロウガは静かに翼を広げて間合いを保ちつつ、黄金色の闘気を纏いながら、香気を生成し始める。
「その思考に宿り闘う力に――。全ては今に得る勝利の為に」
 花弁が舞い、漂う香りが仲間たちの思考を研ぎ澄ませていった。
 ゆらゆらと空中を泳ぐ怪魚の死神も、ケルベロスたちの出現に気付いたか、黒く霞が立ち込めるように怨念を纏い、闇の弾丸に変えて撃ち出してきた。
「おいおイ! いきなりだナ!」
 除・神月(猛拳・e16846)は怨霊弾の直撃を受けながら、歯を食いしばり殺意を纏う。飛びかかりそうになる衝動を寸前で抑え、魔力を込めた咆哮を弾き飛ばす。
「がぁぁぁぁっ!」
 神月のハウリングで死神たちが僅かに怯むが、その間にエインヘリアルが突っ込んでくる。
「……まるで化け物だな」
 飢えた獲物のようなその形相と勢いに、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)は哀れみを含んだかのような声音で静かに呟く。
「そのまま眠っていて欲しかったものだが、……さて」
 橙色の焔が如き闘気を高め、ルビークは自身を含めた前衛陣に白き輝きを纏わせた。それはより熱き炎のようであり、燃え落ちた灰のようでもあった。
 直後に踏み込んできたエインヘリアルの拳を、ルビークは辛うじて槍の柄で受け弾き、軌道を逸らす。
「……」
 死神の放つ怨霊の弾丸がジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)たちの元にも降り注いでくる。しかしジゼルは動じた様子などは見せずに、微かに目を細めつつ、静かに大樹の妖精を召喚していく。
 攻防の只中を駆けながら、ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)は刀の柄に手を添えていた。標的に定めた死神との間合いを詰め、踏み込みと同時に僅かに身を沈み込ませる。微かに凛、と鈴の音が震えた。
 白銀を謳う真白の刀が閃き、月光を刻む。直後に左で無銘の刀も抜かれており、斬撃は死神の肉を抉り取るように繰り出されていた。
「……!」
 しかし斬られた死神は、自身の身体が欠けたことにも構わずに、ユウの肩へと噛みついてくる。
「死神の悪趣味さは度し難いな」
 ユノー・ソスピタ(守護者・e44852)は死神の姿と攻撃方法、行動の全てに嫌悪を感じながらも、血族の中でも随一と名高き貌に由来する呪によって、死神の動きを縛り上げる。その隙にユウは肩にめり込んだ牙を引き剥がし、敵との間合いを取り直していた。
「しかし、エインヘリアルのサルベージという、今までにない動きを始めているのは気になるな」
 ユノーは小さく息を吐き、サルベージされたエインヘリアルの方にもちらりと視線を向ける。相手は一瞬だけ身を低くすると、両腕を地面に着き、獣の跳躍のように加速して、こちらに飛びかかってきた。
「……! 何て強力な攻撃なんだ」
 咄嗟に腕を交差させて防御態勢を取ったユノーだったが、衝撃が鎧の上からでもびりびりと響いてくる。これはどこまでが演技になるかと、ユノーは胸中だけで呟いた。
(「もう少し欲しいかな……」)
 シェミア・アトック(悪夢の刈り手・e00237)はエインヘリアルを見据え、手にした鎌の柄を握り締めていた。ケルベロスの眼力に依れば、自分が想定していたよりも、敵の動きが鋭いことが窺える。
 ならば、どうする?
 シェミアは少しでも敵の隙を狙えるように、位置を変えながら考える。
 嘆いたところで現実は変わらない。ならば自分にできることを、全力でやるしかない。
「斬り刻め……!」
 投げ放った鎌は、エインヘリアルが手甲で刃を受け弾き、跳ね返してきた。シェミアはその柄をキャッチして、すぐに横へと跳んでいた。
「死神たちの思い通りにはさせません」
 後ろに控えるパシャ・ドラゴネット(ドラゴニアンの心霊治療士・e66054)が、プラズムキャノンを撃とうとしていたから――。
 練り上げ、圧縮したオーラの弾丸はエインヘリアルの胸に直撃した。だがそれでも、敵は怒りの咆哮を上げている。
「攻撃の手応えを感じません。化け物ですか」
 その敵意、怨み、怒りを目の当たりにして、パシャは小さく呟いていた。

「ソスピタの名にかけて、守ってみせる」
 ユノーは誓いの言葉を胸に、全身防御の体勢で構える。闘気を高め、地面を踏み締め、降り注ぐ死神の怨霊弾を、剣で打ち払っていく。
「癒しきれぬ……」
 ロウガが微かに舌打ちなどしつつ、生成した香りで仲間たちの回復を続けていた。
 だがこれは、敵に撤退をさせぬよう、ケルベロス側が劣勢だと装うための演技であった。ロウガほどの実力で癒し手に回れば、下級の死神の攻撃くらいでは、ケルベロス側の陣形が崩れることは、ほぼ無いだろう。
「うおっト?」
 死神が空を泳ぎ、神月の胸に噛みついてくる。しかしその直後、死神たちの身体に光の弾丸が撃ち込まれていった。
 ジゼルが縛霊手を開き、御霊殲滅砲を撃ち出していたのだ。相手の牙が外れた瞬間に、神月はリボルバー銃を敵の口に突っ込んでいた。
「喰らいナ!」
 銃口が火を噴き、死神たちを弾丸が貫いていく。動きを制限された敵を見据え、ユウは心を研ぎ澄ませる。
 真白の刀に空の霊力を宿らせて、死神へ横薙ぎに斬りかかる。相手は刀に噛みついて止めようとするが、ユウの斬撃のほうが速い。
 ずばんと上下に体を断たれ、死神の1体は消滅していった。

 一方ではルビークが、エインヘリアルの重い拳を受け止めていた。痛みを受けているのはルビークのほうだが……。
「……苦しいか」
 死して尚、戦わされるその姿を痛ましく感じたのか、思わず小さく呟いていた。
「ウオオオオオオッ!」
 そんなルビークの胸中なぞどこ吹く風で、エインヘリアルは次々に拳を繰り出してくる。
「……格好は付けたかったものだがな」
 攻撃を受ける痛みからか、それとも心に感じる想いからか、ルビークは苦みを噛みしめるような笑みを浮かべつつ、精神力の爆発を起こす。そうして出来た一瞬の『間』に、幾らか下がって体勢を立て直していた。
「ガ……、アアアッ!」
 エインヘリアルは大地を打ち据え、その振動によってルビークを追い打ちしようとする。
「バジリスクが魔眼の一端……。石化!」
 だがそこにシェミアが石化の魔力を放っていた。敵は直撃を受ける寸前で両腕の手甲を立てて構え、ペトリフィケイションに耐え始める。そのお陰でルビークへの振動による攻撃は止み、仕切り直すことが出来た様子だ。
(「見守っていて、おじいちゃん」)
 パシャは夜空を見上げて星を数え、心を落ち着かせる。ともすれば揺らぎそうになる心を細く、針の穴を通すように尖らせて、霊気の刃をその手に宿す。
「まだまだ本番はこれからです」
 不可視の斬撃がエインヘリアルへと振り下ろされる。相手は左の手甲を向けて防御の構えだが、パシャの一撃は手ごたえ無く過ぎた。
 斬撃は肉体ではなく、悪しき魂を切り裂く一撃だったのだ。
 獣の叫びが途絶え、その身がビクンと大きく震える。
「我が祖を喰らいし黄金の竜よ、その力を示せ!」
 ロウガがドラゴンの影を召喚し、炎を浴びせかける。そして素早く剣を突き出して、仲間たちへ一気に攻めるよう合図を送った。
「はははッ! そう来なくっちゃナ!」
 どこまで演技をしていたかは謎であるが、嬉々として神月が飛び出した。迎撃に向けられる拳を或いは受け、或いは捌き、凄まじい殴り合いが繰り広げられる。
「楽しいゼッ!」
 互いに顔面を殴り合い、離れる寸前に神月が足払いを掛けるような体勢で旋刃脚を繰り出していた。バランスを崩し、ずしんと倒れるエインヘリアル。
「つまらないものを見せてしまったね。――そろそろ幕引きとしよう」
 ジゼルが雷を杖に集め、敵へと放つ。薄桜色の髪が雷光に照らされて、微かに白く輝いて見えた。
「っガアアッ!」
 びくんと身体を震わせて、跳ね起きるようにして敵はルビークに飛び掛かってくる。吠えながら繰り出される拳はまるで喰らい付くかのように、ルビークの身体にめり込んで肉を抉っていく。
「もう二度と、魂まで穢されません様――。等しき命として在らば、それを彼岸まで」
 だがルビークは痛みに耐え、敵の顔面に光の矢を打ち込んで反撃する。これにはエインヘリアルも堪らず、大きく後退った。
「雄々しき軍神よ、全ての敵を打ち砕く力を!」
 敵が下がった分だけ、ユノーが踏み込む。白きオーラが剣に宿り、眩い光となって輝き始めた。
 ばきんっ!
 ひときわ大きな音を立てて、両腕の手甲が砕かれる。ユノーの一撃はそれで止まらず、エインヘリアルの腕と胴を打ち砕き、その身を粉砕していた。

「貫いてみせます。――迷える我らを救いたまえ」
 パシャが素早く、雪結晶の魔法陣を描き出す。白く輝くその陣からは、氷雪の妖精が飛び出していた。
 戯れるように戦場を飛び回る妖精は、死神2体を霜で覆い尽くし、その動きを止めていった。
「悪夢の裂創を、刻んで果てろ……!」
 シェミアの右腕が、地獄の炎で巨大化していく。その禍々しき掌を叩き付けるように、引き裂くように振り下ろす。
「痛みを刻め、アンビバレンツ……!」
 黒蒼の炎が死神を切り裂き、ボロボロに焼き尽くしていった。
 最後に残った1体が、霜の中から抜け出すように宙を泳ぎ始める。
「其の全てを、この手で断ち切る」
 その姿をユウが追いつつ、刀を納める。同時に空中に無数の刀剣を召喚し、そのひと振りを掴んだ。
 斬る。掴む。薙ぐ。掴む。降ろす。掴む。斬り上げる。踏み込んで掴む。
 ユウは次々に召喚した刀剣を拾い、ひと太刀浴びせては新たな剣を掴んで振るう。
 無数の刀剣の召喚と移動、攻撃を続けるユウの体力、精神力の擦り減りはかなりのものだろう。額に汗を浮かべ、息を荒げながらもユウは攻撃を続け……。
 最後に死神の脳天に短刀を突き入れて、戦いの幕を降ろすのだった。

 戦いを終えて、夜の街には静寂が戻ってきた。
(「死に変わりはない、見送りが有っても良いだろう」)
 ユウは死した者たちに向けて、少しの黙祷を捧げ始める。
(「眠るなら、静かなものがいい。特にこんな夜は」)
 ルビークも小さく息を吐き、そんな思いを胸に抱く。
(「だから……、お休み」)
 夜の闇は眠りについた者たちを優しく包み、その休息を抱いているかのように静かに、どこまでも広がっていくのであった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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