残夏の災厄

作者:麻人

「わあ、きれい! ねえ今の見た――」
 夜空に咲き誇る花火を見上げた少女は、隣の彼氏を振り返ろうとしたところで誰かの悲鳴を聞いた。しかもそれは一人や二人ではなくて、波のように大きく広がっていく。
「はッ! 俺はな、他人がにこにこ楽しそうにしてんのを見るとその顔をぐしゃぐしゃに潰してやりたくなんだよぉッ!!」
 鈍い光沢を放つ鎧を纏った男が武骨な斧を一閃すると、逃げ遅れた者たちの頭や腕が呆気なく吹き飛んだ。
「きゃあああああッ!!」
「翔一、翔一ッ……!」
「ひぁ、う、わああッ――」
 友人を突き飛ばして先に逃げる少女。
 血塗れになって動かない子供を揺さぶる母親。
 正気を失って逃げ惑う男性。
 鎧姿の男は誰もを平等に薙ぎ払っていく。彼らが泣き叫ぶ程に恐悦なる笑みを浮かべ、舌なめずりして更なる死体の山を築き上げる。
「いやッはははははァ!! どうせ暴れるんならこうでなくっちゃなぁ? たまんねえな、たまんねえよ。もっと泣き叫んで醜く喚けよおらァッ!!」
 まだ騒ぎに気付いていない対岸からは次々と花火が打ち上げられていく。眩く夜空を染め上げる閃光と轟音に彩られながら、男は高らかな笑い声を上げた。

「皆さん、集まってくださってありがとうございます。この程、エインヘリアルによる人々の虐殺事件が予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は皆を見渡すと、一礼してから依頼の説明に入った。
「このエインヘリアルはアスガルドでかつて重罪を起こした凶悪犯罪者のようなのです。このままでは、多くの人々の命が無残に奪われるばかりでなく、そうして生み出された恐怖や憎悪によって地球で活動するエインヘリアルの定命化にも影響を及ぼしかねません。至急現場へ向かい、事件の発生を阻止してください」

 問題のエインヘリアルが現れるのは花火大会中の河川敷。道路沿いには露店が並び、河川敷の芝生から土手の階段にかけて数千人を超える花火客で埋め尽くされている。
「エインヘリアルは歩行者天国となっている通行止めの道路から侵入してくるようです。一人ですが、戦闘能力は高く、また使い捨ての戦力として送り込まれているために戦闘で不利になったとしても撤退は行いません。武器は柄の長い武骨なルーンアックスを装備しており、グラビティもそれに準じたものを使ってきます」
 その戦いぶりはまさに虐殺と言っていいだろう。
 目に入るものは全て屠る。
 獲物が逃げれば背を砕き、向かってくればその喉首を掻っ切る。
 動きも派手で、知性が欠如しているが故に予測がつかない。この河川敷に狙いをつけたのも、広い場所で大暴れするような戦い方を好むためのようだ。

「なにしろ人出が多い場所ですから、一般人への被害を最小限に留められるように迅速な対応をお願いします。うまく注意を引ければ、頭に血が上りやすい相手のことです。こちらとの戦いに熱中して周りの事は目に入らなくなるでしょう」
 彼女は穏やかな笑みを浮かべ、説明を終えた。
「では、気をつけて行ってらしてください。どうかご武運を」


参加者
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
西院・織櫻(櫻鬼・e18663)
龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)
アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)
ノルン・ホルダー(若枝の戦士・e42445)

■リプレイ

●夏の夜の一幕
「あ、あのー? 君、ひとり?」
 襲撃時間までの間、暇をつぶすように一般人を物色していたマイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)は声をかけてきた若い男ににっこりと微笑みかけた。
「まあ、ね。でもこれからちょっと忙しいのよ。後にしてくれない?」
「誰かと約束してるの?」
「似たようなものよ」
 マイアはじゃあね、と手を振る。
 待ち人には間違いないはずだ。ただ、それが恋人や友人の類ではなく、倒すべき敵だということを除いては。
(「――来た!」)
 蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)が待機する場所から件のエインヘリアルが発見されたのは、花火大会が始まって数分後のことだった。
 異貌の男に周囲の人垣がざわりと揺れる中、エインヘリアルは苛立たしげに口走る。
「ちっ、久しぶりに外に出れたってのにどいつもこいつもむかつく面してやがるぜ。さっさと全員ぶっ殺して――」
 皆まで言わせず、一陣の風となって突っ込んだ龍造寺・隆也(邪神の器・e34017)の拳がエインヘリアルのこめかみを捉えた。
「ぶおッ!?」
「戦う力を持たぬ者を狙う下衆め。俺達が相手だ」
 隆也の宣告と同時に背後でノルン・ホルダー(若枝の戦士・e42445)のよく響く声が避難を呼びかける。
「わたし達はケルベロス! ここは任せて、みんなは落ち着いて避難して」
 波紋のように騒ぎが広がる中、割り込みヴォイスは喧騒など無視して過不足なく人々の耳に届いた。
「避難? どこに?」
「警備の人が協力してくれているのです。前の人に続いて、慌てず逃げて下さいなのですよ」
 ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)は身振りで方向を示しながら仲間とともに避難誘導を行った。
「あっ!」
「大丈夫か? 心配すんな、アレは俺達でどうにかするからよ」
 転んだ女性に手を貸しつつ、アベル・ヴィリバルト(根無しの噺・e36140)は聞く者の耳を捕らえて離さない声で告げた。
「後ろは振り返らずに逃げろ。ただし、前の奴を押すなよ」
 凛とした風の効果か、あるいは彼の生まれが醸すどことなく高貴な気配もまた一因となったのか――恐慌状態になっていた一般人たちの気が引き締まっていくのが見て取れた。
「大丈夫です。なぜなら我々が、今、此処に居る……」
 泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)の落ち着いた声色が人々に安心感を与える。彼は逃げ遅れる女性や子供達の出ないように、率先して声を上げた。
「ほんとに大丈夫?」
 不安げな子供に微笑みかけて、壬蔭は安心させるように言った。
「んっ、大丈夫だよ。おじさん達が直ぐ終わらせるから」
「そうだよ! なんたってケルベロスなんだからさ!」
 兄弟らしき別の子供に頷いて、その頭にそっと手を置く。
「君達も強いね。でも、此処は下の子を連れて逃げてね」
「うん!」
 まるで潮が引くように人気がなくなっていく場所の中心で、エインヘリアルは片方の眉を上げて苛立たしげに叫んだ。
「なんだぁ、てめえらは? 俺の邪魔をすんじゃねえよ!」
「あなたは良い糧となりそうですね」
 西院・織櫻(櫻鬼・e18663)は低く囁き、刀の柄に手を添えた。
「はぁ?」
「狩場を選ぶ勘は良い、ということです。無意識にかもしれませんが」
 より多く獲物を得られ、守る側には難しい状況と場所をこのエインヘリアルは選んだのだ。獲物を狩るための嗅覚は優れているといっていいだろう。
「人の楽しみを潰すのが嬉しいとは、随分と器が小さいな」
「ああん?」
 畳み掛けるように真琴が挑発。同時にメタルの粒子が眩い輝きを放ちながら蟹座の紋章を描き、前衛達の感覚を引き上げる。
「てめえら、いい加減に舐めたこと言ってんじゃねえぞ!?」
 思い切り振り下ろされた斧を、激しい金属音を奏でながら雷を帯びた織櫻の二刀が受け止める。
「敵は抑えますので、構わず避難誘導に従ってください」
「ええ。ここは任せてちょうだい」
 マイアはエインヘリアルの進路を塞ぐように前へ出ながら、逃げ惑う一般人へと色気に満ちた流し目を送った。
「は、はいー!」
 美女にお願いされては、逆らえるわけもない。
 一目散に逃げていく男達を背に、マイアはエインヘリアルの頭上へと跳躍して虹を描きながらその横っ面に蹴りを放った。
「てめェら、俺に喧嘩売ったのを今すぐ後悔させてやるぜ!!」
 かかったな、と真琴は胸中にて呟いた。
(「こんなところで嫌な騒ぎを起こすなっつーの」)
 想蟹連刃――愛用のソードを地面に突き刺すと、一挙に浮かび上がる蟹座の魔法陣。構わず斧を振り上げて飛び掛かってくるエインヘリアルを、蟹座の守護を受けて滑り込んだ隆也の鮮烈な蹴りが迎撃する。戦いの余波が民衆を巻き込まないよう、壬蔭とアベルが身を挺すようにしてその背に一般人を庇いこんだ。
「ちっ!」
「まったく、厄介な場所を選んでくれたものだな」
 低く呟く隆也の頭上で花火が弾けた。
 残夏の宴はこの瞬間、戦いの舞台の幕を華やかに切って落として殺気の匂い立つ戦場へとめくりかわる。

●罪の力
「よし、えらいね」
 泣かずに避難する子供を褒めてその背を見送ったノルンは、人気のなくなった戦場を振り返って表情を引き締めた。
「これでよし、っと。私は敵の所の向うのですが、後の避難はお任せして大丈夫なのです?」
「はい、お任せてください。お気をつけて」
 ヒマラヤンが警告色のテープを現場に張り渡すと、後を引き継いだ警備員がその背を送り出す。
 打ち上げ所にも話が伝わったらしく、その頃には花火も止んでいた。
「オラオラオラぁっ!!」
 織櫻の殺気が満ち、異様な空間と化した戦場でエインヘリアルは考えも無しに得物をとにかく振り回していた。
「ぬっ!?」
 防御した手甲を弾かれた隆也の眼前に迫る刃を、エインヘリアルごと呑み込む藍紫の龍が跳ねのける。
「――待たせたな」
 独特な苦笑の色を唇に浮かべ、アベルが言った。
「まだいたのかよ!?」
「そうだよ、三下」
 エインヘリアルの叫びに答えたのは、どこか腹立たしげなノルンの詠唱。眩い光線が闇を貫き、エインヘリアルの動きを牽制した。
「なんか見てるだけで腹が立ってくる。こんな三下の斧使いよりも、私はもっと強くて怖くて、誇り高い斧使いを知ってる」
 右手首のブレスレットに指先を沿わせ、ノルンは厳しい眼差しを差し向ける。
 ――だから、負けられない。必ずぶっ倒す。
「いくよ、織櫻」
「心得ました」
 二人が左右に散った瞬間、ドッ! という重い衝撃と共に英霊がノルンの身に降りた。髪が伸び、可憐な姫騎士を思わせる容貌に姿を変える。
「なに!?」
 同時に挟み撃たれたエインヘリアルが惑う声を上げた。思わず斧を振りかざすが、織櫻にかけられた真琴の装殻術が鎧となってそれを阻む。
「剣神解放」
「我が斬撃、遍く全てを断ち斬る閃刃なり」
 右からはノルンの潜在能力の全てを引き出す至高の斬撃、左からは残像すら見えぬほどの、降り頻る雨すらも悉く断つという織櫻の剣戟。
「がッ……」
 倒れ込んだ先には、壬蔭の蹴り上げた膝頭。
 これには堪らず、エインヘリアルも後退して体勢を整えようと足掻いた。ルーンの加護による光が彼の体を包み込む。
「足止め班の交戦状況とさっきまでの攻撃で、敵のポジションはクラッシャーと思われる」
 踵を鳴らし、前衛の周りに花弁を散らしながら壬蔭が眼鏡を押し上げた。
「ヴィ―くん、聞きました? 敵は攻撃力が高いので気を付けるのです」
 隙を与えるものかと轟竜砲を放ちながら、ヒマラヤンはウイングキャットのヴィ―に声をかけた。尾が揺らめき、闇に浮かんだ輪状の魔法陣がエインヘリアルの斧を包み込んで封じる。
「くそ、なんだこいつら。もしかして結構強ぇんじゃねえだろな?」
「あら? 向かってくる女一人殺さずにどこに行くのかしら? 怖気づいた?」
 更に後退しかけたエインヘリアルを煽り倒すのは、縦横無尽に戦場を駆けて虹を駆けるマイアの微笑だ。
「ちッ、誰に物言ってんだてめェ!!」
「我々は清掃員ではないのだが……」
 立ちはだかる壬蔭はため息をついて、冷ややかな視線でエインヘリアルを射抜いた。
「おい、そこのゴミ。ガチで来いよ」
「てめェえええええッ!!」
 怒りに引きずられたエインヘリアルの目には敵の姿しか映らない――それは、傍から見れば隙だらけの特攻だった。

●罰の閃き
 避難が済んだ後の戦場は思いのほか静かだった。遠く離れた場所にはテープが張られ、その脇には固唾を飲んで様子を見守っているらしき警備員の姿が見える。
(「空に綺麗な華が咲く好い季節に、まぁ風情のねぇ事ったら」)
 ため息ひとつついて、アベルは夏の熱をもった地面に手をついて体を支えながら旋風のように脚を蹴り上げた。
「うおッ!?」
 足元を掬われたエインヘリアルはすんでのところで堪えようとするが、その身に受けた数々のエフェクトが自由を許さず、たたらを踏むように体勢を崩した。
「効いてきたねぇ」
 散々叩き込んできた蹴撃と斬撃の齎した影響にアベルは苦笑めき、ヒマラヤンはその隙を逃さずに黒い塊を槍へと作り変える。
「畳み掛けるのです」
「いくぞ――来い、ピアリィ!」
 真琴の周囲で水泡が弾け、魚の尾と翼を持った幼い少女が天を仰いで歌を紡いだ。援護を受けた隆也は黄金の闘気を纏いながらエインヘリアルの前へと進み出る。
「覚悟はいいな」
「ひッ……」
 情けない喘ぎを漏らして、エインヘリアルは龍造寺の武威の前に屈した。その拳に腹を穿たれ、顎を殴り上げられると、血をまき散らしながら宙を泳ぐように体を浮き上がらせた。
「あらあら、だらしないわね」
 暗い笑みは生命吸収を発動するマイアの唇からこぼれ落ちたものだ。解き放たれた闇の精霊が、夜気を裂いてエインヘリアルの元へと殺到する。
「ぐあ、ああッ!!」
 悲鳴ごと断つのは、織櫻の剣閃。命中が高いと見ての雷刃突から、流れるような所作で二刀を繰り出す斬霊波がエインヘリアルの闘志を完全に奪った。
「た、たすけ……」
 背中から倒れ込みながら見上げる夜空に花火は咲かない。
「――罪人に華は似合わねぇよ」
 重力を宿したアベルの剣戟がその胸を砕くようにゆっくりと真横に薙がれた。
「がッ」
 血を吐くエインヘリアルの胸へと、ノルンは両手で掴んだシュヴェルトラウテを突き刺す。確かな手ごたえ。
 エインヘリアルが倒れ伏した瞬間、その心臓を鎖が貫いて破壊する。後には夜の静けさが戻ってきた。

「さて、此方の修復は完了だ」
 壬蔭の報告を受けた警備員たちは手早く手配して中断されていた花火大会を再開する。一般人の怪我は避難する際に転んだような軽傷のみで、会場にも大きな被害はなく、手分けして現場の修復をした後はほとんど元通りだった。
 全てが終わった後でマイアはようやく本番だとでも言いたげな目つきで獲物を漁るために去り、壬蔭は綺麗な花火を見上げながら彼女のことに思いを馳せた。
「わあっ」
「すごい、大きいね」
 空の華を見上げてはしゃぐ子らを、アベルは目を細めて見つめる。鮮やかに彩られた夜空を仰ぎ、ノルンは心行くまで花火大会を楽しんだのだった。

作者:麻人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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