スポット・クーラー

作者:baron

『ス・ポッ・ト! クーラー!!』
 もしソレをクーラーだと考えるのであれば、奇妙な形状だと思うだろう。
 何しろクーラーと言えば横長なのだが、そいつは縦に長く寸胴。
 そして後ろにホースをぶら下げた姿は、まるでSFに出て来る量産品の作業ロボットのようだった。
『熱気発見! 冷やします、冷やします!』
 ビュオー!!
 眼玉の様なセンサーが周囲を確認、一番暑い場所に冷凍光線を吹きつける。
 すると熱せられていたガードレールが、ピキピキと凍って行ったのである。
 そいつは周囲を凍らせながら、虐殺すべき人間を探して郊外を後にしたのである。


「広島県の山中に不法投棄されていた家電製品の一つが、ダモクレスになってしまう事件が発生するようです」
 セリカ・リュミエールが地図を片手に説明を始めた。
「幸いにもまだ被害は出ていないのですが、ダモクレスを放置すれば大変なことになってしまうでしょう。その前に現場に向かって対処をお願いします」
 セリカはそう言いながら、地図をテーブルに置いてカタロフを拡げメモを読み上げ始める。
「このダモクレスはスポットクーラーがロボットの様になった形状をして居ます。……もっとも最初からロボットの様だと言えなくもありませんが」
 製品カタログを見ると、縦長の長方形に後ろへホースを付けて居る。
 縦型のパソコンよりも大きく、タンスよりも小型。それでいてセンサーや風を送るフィンは眼と口のようでもある。
「このダモクレスの得意技は凍結光線のようです。単純に吹きつける物と、熱を奪って下げるタイプの攻撃を使うようですね」
 吹きつけるタイプは直線状の単体用でシンプルで判り易く、熱を奪うタイプは高速で周囲を冷やす範囲型らしい。一応は格闘も可能な様なので、もしかしたらホースはやはり腕なのかもしれない。
「罪もない人々を虐殺するデウスエクスは放置できません。討伐をよろしくお願いします」
 セリカはそう言ってヘリオンの準備に向かうのであった。


参加者
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
ノイア・ストアード(記憶の残滓・e04933)
ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)
ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)
ロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)

■リプレイ


「この辺かしらね」
 ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)は三叉路から暫くした所で立ち止まった。
 その場所は広くて戦い易く、入れ違った場合に通過させる訳にはいかないポイントだからだ。
「ならば遮断しておくか。境界形成――このような場所に人が来ることはそうそうないとは思うがな」
 抜刀と同時にアスファルトに斬撃で線を入れると、そこを境に気配が一変する。
 ハル・エーヴィヒカイト(ブレードライザー・e11231)が殺意の結界を広げたのだ。
「御あつらえ向きにダモクレスがやって来たな」
「暑い中で待たなくてラッキー? さっさと終わらせて帰りましょうか」
 ハルが刀を握り締め気合いを入れ直したのを見て、ルイが視線を向けると向こうからナニカがやって来た。

 最初は筆箱くらいに見えて居た物が、段々と大きくパソコンの縦型マシンに、そして小さなタンスくらいに見え始める。
「スポットクーラーですか、この暑い時期にはありがたい代物ですね」
「何、あれ? よく知らない……んだけどホースが付いたクーラーなんて、あるの……?」
 七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)の言葉に空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)が首を傾げる。
 もっともと言えばもっともなので、綴は簡単に説明をする事にした。
「足元に車輪があるのが見えませんか? アレは屋内の好きな場所に移動させて、そこから扇風機よりも冷たい風を送るモノなのです」
「なんだか便利ですね。あつーい夏にお役立ちっ! 文明の利器というヤツでしょうかっ?」
 綴の説明に細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)が手を叩いて関心を示す。
 なんというか説明だけを聞く……というか、当初のコンセプト自体は素晴らしい物なのだ。
「移動できるとはいえホースの範囲、それも電力が大きくて直ぐに新しい物が出てしまった様ですね」
 移動可能とはいえ限られた場所、しかも発売当時の冷気では役に立つのは屋内と言うには大き過ぎる工場くらいだ。
 だが新しい物では小型化したり、冷たくできるように成って古い物は捨てられてしまったのだろう。
「なるほどです! きんっきんに冷やしてくださるクーラーさんだーいすきですっ! でもでも、人に危害を加えるほどの冷え冷えは頂けませんねっ!」
 暑いと溶けちゃう系ヴァルキュリア、つらら的には嫌いではない。
 だが人々を苦しめることは許さないと、ダモクレスの前に立ち塞がった。
 いや、ちょっとだけ訂正しよう。
「……ホントの氷の扱い方というものを、教えてあげちゃいましょう。水に電気はよく通るハズですよねっ、そーれびりびりーっ!」
 つららは可哀想に思うどころか、楽しそうな表情でいきなり躍り出た。
 急加速を掛けて突進すると、貫いた刃からスパークを発生させる。そして蹴り飛ばすことで強引にバックステップを掛けたのである。
「暑い時期に、冷やしてくれる敵との戦闘は、少し気が楽、かも。でも、あまり冷やせないんだっけ……?」
「元は……な。ダモクレス化して居るから寒過ぎると思うべきだろう。……まずはその装甲を断ち斬る」
 無月の疑問に答えていたハルの髪から色が抜けおちて行く。
 そして鋭い踏み込みでつららに続き、強烈な突きを放った時には髪は白くなっていた。
「ん、まぁ……どっちみち最終的には、倒すだけかな。足元……注意……。……もう遅いけど」
 彼の答を聞いたか、聞かずか。
 無月はぼにゃりと、星空の様に煌めく槍を手からこぼした。
 すると足元から無数の槍が竹の子の様に顔を出し、煌めく輝きと共に直立し貫いたのだ。


「さあ、私達はケルベロス。誰も見て居無くとも正義の炎は消せはしない! 今私の剣があなたをぶち……あら」
 ルイが見栄を切りながら灼熱の炎で剣を包み、視認を曲げるほどの超高熱で切りつけた。
 透明に見えるほどの剣戟を浴びせた後、敵はルイの方に向き直る。
『熱気発見! 冷やします、冷やします!』
 ビュオー!!
 センサーが眼玉の様に動くとルイに視線を固定、即座に冷凍光線を放った。
「熱気に反応するのね……私の炎に反応しまくりじゃない? ま、クーラー程度じゃ消せないって事を教えてあげるわ」
「その様ですね。おっかな……なんでもありません」
 ルイを庇ったロスティ・セヴァー(身体を探して三千里・e61677)は、敵の視線が彼の体を構成する地獄の炎に向いたのを確認した。
 ギョロリと動く様はまるで生物の様で、思わず首をひそめて隠れてしまいそうになった(身長的に無理だけどな。
 このダモクレスが炎に反応するのは間違いが無い。あくまで傾る程度だとは思うが、自分も狙われていると考えれば楽しい筈も無い。
「想うのですが、ちょっとこのクーラーは涼しすぎますね、早く解体しちゃいましょう。ハイ」
 気の弱いロスティではあるが、『怖いから逃げるのでは無く、怖いから早く倒してしまおう』そう思えるだけの勇気がそこにある。
 あるいは恐ろしい悲劇から逃げる為に、勝利に向かって全力で後退することくらいはできるのだ。
 手の中に握り込んだ符を燃やすことで、陽炎を兵士の様に立ち上がらせてダモクレスに向かい合う。……できればこの炎に向かってねと思いながら。
「……ダモクレスか。旧型の宿命とはいえ、付喪神のように湧いてくるのも困る対処しておこう」
「諸行無常だとは思いますが、人々を巻き込んで良い道理は有りませんからね」
 そして天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)は剣を抜き、ノイア・ストアード(記憶の残滓・e04933) はUSBから戦闘記憶をダウンロード。
 徐々にダモクレスを包囲しながらジリジリと接近していく。
 距離を詰めながら敵を進めない為、そして倒す為に動き出した。
「赤いメモリのパスワードを入力。――解除成功。奥の手を使わせていただきます」
 ノイアがUSBを破壊した瞬間、意識が活性化すると同時に違和感を得た。
 彼女に限らず手元や相手が小さく見え、自分が強大化した様に感じられるのだ。
「援護するとしよう。あの吹雪は厄介ゆえ」
「そうですね、できるだけ薄皮一枚でなんとかしておきたいものです。……真に自由なる者のオーラよ、仲間を癒す力を与えよ」
 水凪は刃の後ろに特殊な刻みのあるソードブレイカーを引き抜くと、星の光で仲間達を覆った。
 そして綴は傷を治療し、防御結界を補強すべく闘気で凍気から遮断したのである。
「まずは惹きつけますかねぇ。左に地獄! 右に混沌! 同時に行きますよ、地獄混沌波紋疾走」
 ロスティは炎を負い掛ける敵の為に、左半身に地獄の炎を、右半身に混沌の水を纏わせた。
 これぞヘルカオス・オーバードライブッ! 拳を伝動装置として叩きつけた瞬間に、地獄と混沌の力を内部に流し込んで痺れさせる技だ。
 そしてこの技が契機に成ったのか、それとも囲まれたからか、ダモクレスは周囲を急激に冷却して行った。
『スポット、クーラー!』
「く……。アラン、排熱を心配する必要はないようです。存分に戦ってください」
 ノイアはロスティと共に仲間達への攻撃を防ぎながら、ミミックのアランに声を掛ける。
 そして奪われて行く熱量を取り戻そうと、竜の力を再び再現したのであった。


「威力はそれほどでもないようです。氷漬けの方が残って居たらお願いします」
「了解した」
 綴と水凪は目線を交わして簡単に声を掛け合うと、介入すべきタイミングを図った。
「身体を巡る気よ、空高く立ち昇り癒しの力を降らして下さい」
 綴の体の中を駆け廻る円が、腰から肩を何巡かしたところで不意に撃ちあげられた。
 肩を通って再び中央へ向かう筈のソレが、手を介して天へと返されたのだ。
 闘気が雨の様に降り注ぎ、凍りついた仲間達を癒して行く。
「やはり一筋縄ではいかぬな。星よ……」
 水凪はソードブレイカーを軽く振ると、天の河を築くかのように光の結界を広げて行く。
 傷の治療もであるが、仲間を凍りつかせる氷を融かす為だ。
「先に行く」
「はー~い! この煌めきを纏って、あなたを刺し貫く剣と成りましょう」
 ハルは無造作に歩きだすと、重さなど無い様に急加速。
 実体の無い刃が装甲を飛び抜けて切り刻み、つららがそこに突進を掛ける。
 ハルの動きが直線での機動とするならば、つららは横への機動。途中で輝く翼を広げて軌道に変化を付けたのだ。
 避けようにも回避する筈の方向から迫るのだからたまらない、逃げられずに直撃してしまう。
「まだ、堅い……かな?」
「んーそーね。じゃあボーボー燃やしちゃおっかな」
 無月は足に闘気を集めると、敵を撃ち破るべくグラビティと共に撃ちこんだ。
 凝縮されたソレは星の様に戦場を飛び抜け、はたと気が付けばルイと並んで二本の箒星と成る。
 煌めく様に剣を叩きつけ、刃を走らせると摩擦熱と地獄の炎でダモクレスが焙られて行くのだ。そして返す刀でもういっちょ、見えない剣を掲げるルイは踊るかのようであった。

『冷却、冷却』
「……腕が後ろなので回り込まない限りは格闘戦を挑まれない? ならこのまま抑えますか」
 ロスティは相手の動きを見ながら、叩きつけられる冷却光線に耐えることにした。
 現状は道を塞ぐ為の半包囲、逃がさない為の完全包囲にはまだ遠い。あえて殴られることも無いだろう。
「とはいえ逃げられて困るくらいならば囲むべきです。人々に危害が及ぶのは放ってはおけません、必ず倒しましょう」
 綴は束縛を断つ闘気を送り込む事で、ロスティの炎と水を凍らせようとする氷に対抗する。
 薄氷のまま拮抗して居た凍気が、闘気の援護を受けて押し返して行った。
「残りは私が。癒やしの記憶ダウンロード……完了。大丈夫ですか。今から回復を行います」
「……ならば今は良いか。ならば攻めに回っておくとしよう」
 ノイアが気力を移して仲間を治療すると、水凪は刀を掲げて水の様に怨霊達を滴らせ、ダモクレスに突き込んで汚染していく。
 装甲を僅かに超えればそれで十分だ、刃を蔦って怨霊達が走り抜け内部から食い荒らして行くだろう。
「ここで、動きを、止める」
 無月は砲塔を展開し重砲撃を敢行。
 ダモクレスに間断ない砲撃を浴びせ、その動きを抑え込んで行く。
「さて、どちらが上手に氷を作れるか……勝負といきましょう。少しばかり、遊んでくださいな」
 つららは不意に掌を表に返す。
 するとどうだろう、気が付いた時には氷で出来た剣を持って居る。
 浅く切りつけたら当然の如く避けられてしまうのだが、いつしか手元に剣は無い。影踏みで負い掛ける子供の様に、幾らでも追ってくるのであった。


「さてと、威力を少しでも下げておきますかね。そうすれば怖いのは氷漬けにされることくらいです」
「そうだな。冷房に凍てつく冬の寒さなど求めてはいない。暴走機械よ、疾く停止するがいい」
 ロスティはライフルを構えて重力弾を放ち、ダモクレスの冷却用ファンを止めに掛った。
 敵の周囲に圧力が掛ったのを見逃さず、ハルは敵を貫くと同時に刃を残してその場に繋ぎ留めた。
「我が内なる刃は集う。無明を断ち切る刹那の閃き、絶望を切り裂く終わりの剣…! ブレードライズ・エーヴィヒカイトッ!」
 開戦前に切り裂いた目印の先から、ダモクレスの背後に至るまで世界が塗り変わったように見受けられた。
 いや久遠の刹那の間に塗り替えられた世界には、無数の剣が空を泳ぐように、あるいは地から生えるかのように出現する。
 ハルはそれらを砲弾の様に飛ばしつつ、自らの刀で切り掛る。

 だが、まだフィナーレには遠い!
 ダモクレスもまた果敢な、そして最後の反撃を行おうとしていた。
『ススス、スポット、クーラー!』
「……いけない。アラン、何とか……」
 熱を奪い後方に放出する急速冷却攻撃。
 ノイアは仲間を守る為に立ち塞がりつつも、全員を確実には守れないという事実に気が付いた。
 咄嗟にドラゴンの記憶をダウンロードし、傷を塞いでおくのが精一杯だ。
「……ぬるいんですよ、冷やし方……いいえ、凍て付かせ方が」
 つららは輝く翼を広げて敵を貫通し、極低温の空間を抜け行く。
 そして白い息が熱気に押されて消えて行くのを見て、敵を倒したのだと理解した。

「ずぶぬれになった方々は、早く乾かすように、風邪をひきますよ」
「そうしたら身体を温めておくことだ。今の季節でも油断すると風邪をひくぞ」
 事前情報を元に綴が声を掛けると、同意して居たハルの髪が元の色を取り戻して行く。
 戦いが終わったことで一同は意気を付き、残暑の暑さを思い出した。
「とくに……無い」
「まあ後ろには回り込みませんでしたしね……。あっ」
 無月が首を振り、ロスティがうんうんと頷いていたのだが……。
 唯一、後ろ側に回り込んだ人物が居たのを思い出す。
「濡れてはいないけど~、居ないけどー! くしゃいのです! お願いできますかー!?」
「はいはーい。私におまかせ!」
 つららは寒さには弱いのだが、ダモクレスの中にある腐った水にはヘキヘキしたようだ。
 軽く水洗いした後、ルイにお願いしてクリーニングをしてもらうことにした。
 ちなみに代金は二人でプリクラ風のポーズを決めて、勝ち名乗りを上げる事であったとさ。
「こ奴らの件、もうこれで終われれば良いが、そうもいかぬであろうな」
「念の為に取り置きして居る物も含めて回収してからスムーズな廃棄、徹底的な不法投棄の改修が必要ですね。……現実的では無いのが残念です」
 周辺のヒールや残骸整理を行いながら、水凪がふと漏らした言葉にノイアは頷いた。
 USBに入れた戦闘記録の中にダモクレスの物も数多くあるが、廃棄家電タイプだけでもあちこちで様々な事件が起きている。
 モグラ叩きのようだという言葉に同意しつつ、どうすれば終わるのだろうかと相談しながら帰還の途についたのであった。

作者:baron 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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