城ヶ島強行調査~静寂の海を越えて

作者:深淵どっと

「諸君、城ヶ島に拠点を作っていたドラゴンの勢力については知っているな? この度、多数のケルベロスたちの作戦立案によりこの城ヶ島の強行調査を敢行することとなった」
 ヘリポートにて、フレデリック・ロックス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0057)はケルベロスたちに現状の説明を行う。
「ヤツらは現在、拠点の守りを固めつつ配下のオークや竜牙兵、ドラグナーを使い事件を引き起こしている」
 作戦の立案者の一人であるメラン・ナツバヤシ(幼き女王蜂・e00271)もこの竜牙兵の事件に関わったケルベロスだ。
「危険が伴うことは間違いないが、情報が得られれば見返りも大きい。……キミたちならば、きっと上手くやってくれるだろう」
 続いてフレデリックは最も重要な作戦の概要について説明を続ける。
「ドラゴンを相手に真正面からぶつかりあうなんてことは勇気でなく無謀だ。そこで、今回は小規模の部隊を多方面から潜入させることで情報収集を行う。数撃てば何とやらではないが、どこか1部隊でも情報を持ち帰れれば良いんだがな……」
 敵の戦力や拠点の情報が少しでもわかれば攻略作戦を立てることができるかもしれない。
「潜入方法はキミたちに一任する。……とは言え、ドラゴンの蔓延る空域にヘリオンでの侵入はあまりにも危険……と言うより不可能だ、僕もまだ死にたくはない」
 つまり、三浦半島南部まで移動後、空路以外を使って城ヶ島に潜入することになる。
「小型の船や水陸両用車、等々……ある程度のものならこちらで用意しよう。今回は敵の撃破ではなく、見つからないように潜入し、情報を持ち帰ることが第一目標であることを念頭に置いてくれ」
 もしも発見されれば戦闘は避けられない。しかも今回は敵の懐であるため、たとえ勝利したとしてもすぐに増援が来るだろう。
 敵に見つかった時点で調査は失敗、情報を得ることは不可能となる。
「だが、もし見つかった場合は可能な限り派手に暴れてもらいたい。……単刀直入に言ってしまえば、囮と言うことだな」
 敵の目がそちらに向けばその分、他のチームが動きやすくなると言うことだ。
「最優先すべきは情報、とは言ったが……先にも述べたように今回の任務は非常に危険なものだ。『命に代えても』なんてことは、できれば考えないでくれ」
 ケルベロス一人一人に視線を向けてから、フレデリックはヘリオンに乗り込む。
「……僕にはキミたちを近くまで運ぶことしかできない、だが……それでも言わしてもらおう、必ず無事に戻ってくるんだ、いいね」


参加者
ネイ・タチバナヤ(天秤揺らし・e00261)
メラン・ナツバヤシ(幼き女王蜂・e00271)
ミケ・ドール(黄金の薔薇と深灰魚・e00283)
ダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)
ツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)
月見里・一太(暗月の獣・e02692)
鳴無・央(黒キ処刑ノ刃・e04015)
ノア・ウォルシュ(異邦人・e12067)

■リプレイ


 海は不気味なほど静かだった。
 ここから見える城ヶ島の景色も、一見すれば穏やかで平和に見えてしまう。
「……むしろ、静かすぎだろ」
「この様子じゃ島民は全滅だろうか……」
 海上で目立たず潜入するために保護色でカモフラージュを施したボートを漕ぎながら、鳴無・央(黒キ処刑ノ刃・e04015)とノア・ウォルシュ(異邦人・e12067)は小さく呟く。
 情報ではこの海中にもドラゴンの姿が確認されている。一瞬足りとも気は抜けないだろう。
「潜入調査って何かワクワクするわよねー、皆にいい情報を手土産に持ち帰れると良いんだけど」
「……そうじゃのう」
 そんな緊張感に反して、良い意味で力を抜いているメラン・ナツバヤシ(幼き女王蜂・e00271)、その隣でネイ・タチバナヤ(天秤揺らし・e00261)は普段とは打って変わって珍しく真面目な表情を浮かべ、口数少なく島を真っ直ぐ見据えている。
「うーん……それにしても、本当に静かですね?」
 地図に調査状況を書き記しているダミア・アレフェド(蒼海の人魚・e01381)は小首を傾げる。それに釣られるようにボクスドラゴンのミラも不思議そうな表情を浮かべていた。
 灘ケ崎を迂回するようにしてここまで来たが、このまま行けば問題無く上陸まで漕ぎ着けられそうだ。
 それも思っていた以上に、あまりにあっさりと。
「もしかしたら西側は警戒が甘いのかもしれないな、何にしても都合はいいんじゃないか」
 状況を判断しつつ、月見里・一太(暗月の獣・e02692)が呟く。
「……あ」
 反射防止を施した双眼鏡で島の様子を調べていたミケ・ドール(黄金の薔薇と深灰魚・e00283)が小さく声を上げた。
 彼女の指差す先には、城ヶ島京急ホテルと本来なら海路の道標である筈の城ヶ島灯台があった――いや、『だったもの』があった。
「ありゃあ……」
 見るからに不快感を覚える黒く歪んだ外壁。禍々しさを感じさせる尖塔に変質した屋根。
「ドラグナーの仕業っすかね、最近やりあったんでああ言うの見覚えあるっす」
 不気味に佇む黒い建物に、ツヴァイ・バーデ(マルチエンド・e01661)は1ヶ月ほど前の戦いを思い出す。
「何にしてもまずはあそこで決定ね、行くわよ、みんな」
 メランの言葉に全員が頷き返す。
 静寂の海を越えて、ケルベロスは城ヶ島に上陸する。
 虎穴ならぬ龍穴で得るものは、果たして――。


 上陸場所に選んだのは城ヶ島京急ホテル近くの岸辺の岩場。
 そこで一行は自分たちと同じく西側から回り込み、城ヶ島ホテルを目指していた別の潜入班と合流することに成功した。
「よぅ、あんたたちもこっちに来たんだな」
 彼らは途中から船を降り潜水による上陸を行ったらしく、ウェットスーツを脱いで周囲の状況を確認していた。
 一太が双眼鏡を覗いていた機械化した耳を持つ男性に声をかける。
「あんたたちも見たんすか? あのホテルと灯台の状態」
「ああ。あんたらもかい?」
 ツヴァイの問いかけに三対の角を持つ竜種の女性が答えた。どうやら目的地は同じなようだ。
 それならば協力して調査すれば効率も良くなるだろう。お互いの能力を行使しながらホテルへと向かうことにするのだった。
 幸い、上陸地点からホテルまではそれほど距離も無く隠れる場所も多い。
 ミケが木々に小路を作り、ツヴァイが先行し様子を確認しつつ進行していく。その後ろを、ジャージ姿の少年がだらだらとついて歩く。
「……やはり、西側は守りが手薄に見えるのう」
 ネイは隠密気流を持たないミケを気遣いながら移動するも、やはりこの辺りは敵の気配が多くないことに気付く。
 もしかしたらこれは城ヶ島を攻略する上で役に立つかもしれない。
「あれは……!」
 その道中、灯台の方角から響く轟音に赤い長髪をなびかせる少女が顔を見上げる。
 遠目からでは詳細は確認できないが、灯台に1頭のドラゴンらしき影が蠢いているのが見える。
「灯台で誰かが戦っているのか?」
 どうやら自分たちよりも先んじてこちら側に上陸した班がいたようだ。
 ならば、自分たちはまず目の前のホテルを調査するのが先決だろう。……と、そこでノアはある違和感を覚える。
「援軍がホテルから出てくる気配……ないね」
 そして、同行していた黒髪をポニーテールに纏めた娘も同じ違和感を覚えていたらしく、先に口を開いた。
「……確かに妙だね、あの騒ぎならホテルから灯台に増援が向かってもいいものだけど」
 灯台方面の騒がしさとは裏腹にホテルは不気味なほど静まり返ったままだ。
 ドラゴンとの戦いの行方も気になるところだが、それよりも今は自分たちがやるべきことを優先しなくては。
「私たちの方は裏から回るですよ」
「では、私達は正面から行かせて貰います」
 ここは二手に別れて調査をするのが良いんじゃないだろうか。そう思いダミアが口を開くのと、花を満開にした藍色の髪の娘が同じ提案をしたのはほぼ同時だった。
 思わず顔を見合わせ、小さく笑みがこぼれる。
「では、ここからは別行動じゃな」
「うん。何かの情報が見付かったらすぐ撤退するよ。僕達が撤退する時には、音楽をかけるから」
 ネイの言葉に鉄塊剣を片手に持つ金髪の少年は撤退時の陽動作戦を伝える。
 こちらも陽動時は可能な限り大きな音を立てて敵の気を引くことを伝え、それぞれの潜入経路へと向かう。
「気を付けてな」
 別れ際、牛の角を持つ女性の言葉にメランは長い髪を指で弾いて自信満々に答える。
「アンタたちこそ、ちゃんと無事に戻って来なさいよ」
 その態度をボクスドラゴンのロキに嗜められつつ、一行はホテルの裏口へと回るのだった。


「やっぱ妙だな、動きが少なすぎる」
 裏口近くに身を潜めた一太が訝しげに呟く。
 灯台方面からは未だにドラゴンの鳴き声や戦闘の騒音が聞こえてくるのに、いかにも拠点らしく構えているホテルはしん、と静まり返っている。
 元の原型を残さないほど醜悪に歪んだ外観が、その不気味さを際立たせているようだ。
「……いや、あれを見ろ」
 央の指差した先――ホテルの裏口の扉がギィ、と軋んだ音を立ててゆっくりと開く。
 そこから出てきた人影を見てダミアは目を丸くした。
「……ケルベロス、ですか? でも、ちょっと変ですよ?」
「ありゃあ……螺旋忍軍だな」
 ダミアの言葉通り、裏口から出てきた人影はケルベロスコートのようなものを着てはいるが、どう見ても地球に住む者ではない。
 各地で何件も確認されている『偽ケルベロスコートの螺旋忍軍』の話が央の脳裏を過る。
 声を潜める一行に気付かず、裏口から出てきた螺旋忍軍はそのままどこかへと行ってしまった。
「螺旋忍軍もドラゴンと関係があるのか?」
「ホテルを調べれば何かわかるかもしれないっす、今のうちに行くっすよ」
 周囲の気配を確認しつつ、ツヴァイが先行する。
 それに続いて他のケルベロスたちもホテルへと入っていった。
「嫌な感じ……」
 元々は観光客をもてなすために綺麗に整えられていた筈のホテル内部も黒く不気味に歪み、居心地の悪い息苦しさにメランは思わず悪態を吐く。
「……やっぱり偽コートのやつらっす」
 隠密気流を纏いながら様子を伺うツヴァイ。ホテルの内部には少数ながら偽ケルベロスコートを纏った人影がちらついていた。
「あいつらの拠点はここで間違いなさそうだね……だけど」
 何故螺旋忍軍が? と言う疑問をノアが口にするより先にミケが言葉を挟む。
「……待って、声、聞こえた」
 敵……ではなさそうだ。螺旋忍軍の目を掻い潜りながらミケの聞いた声を辿って行くと、ケルベロスたちは一つの部屋にたどり着く。
 中に入ると、そこにいたのは一般人と思しき男の子が数名、何かの作業をしているようだった。
 驚いた様子の彼らにダミアとメランが優しく声をかける。
「大丈夫ですよ、本物のケルベロスですよー」
「アンタたちは……ここに捕らえられてたの?」
 二人が男の子たちに状況を説明している内に、一太は近くにあった作りかけの偽コートを手に取った。
「……ここでこの子たちにケルベロスコートを作らせてたのか」
 どうやらここに捕らえられているのは彼らのように裁縫が得意な一般人らしく、この部屋に監禁されずっとこのコートを作らされていたようだ。
「そうとわかったら長居は無用じゃな、撤退じゃ」
 城ヶ島に関する情報もある程度得られた、ならば後は彼らを連れてここを逃げるのが最善だろう。
 ネイはクローゼットに並んでいた偽コートを彼らに羽織らせてカモフラージュしつつ、逃走準備を開始する――が、行動を開始しようとした直後、部屋の扉が開け放たれた。
「――け、ケルベロス!」
「げ、螺旋忍軍!?」
 扉の外に立っていたのは、やはり偽ケルベロスコートを着た螺旋忍軍だった。


 どうやら捕らえた男の子たちに食事を運んできたらしく、手にした食器が地面に音を立て落ちる。
「こりゃ強行突破しかねぇな、行くぜ!」
 ここまで気付かれずに潜入できたことが幸いし、敵は戦闘態勢が整っていないようだ。
 どの道、一般人を率いながら逃げるのは至難だ。ならば――と一太は先手を撃つべく一気に間合いを詰めた。
「ぐ……おのれケルベロス、ぐぁっ!」
「おらよっ!」
 いかにデウスエクスと言えど、戦闘態勢の整っていない状態ならばそれほどの脅威ではない。
 救出した男の子に被害が向かないよう、繰り出された一太の飛び蹴りが螺旋忍軍を部屋の外に押し出す。
「く、ぞ、増援を……!」
「あ、逃げちゃいます!」
 続く他の攻撃を受けながら、螺旋忍軍は仲間に侵入者の存在を報せるために逃亡を図る。
「逃がさねぇよ」
「そういうことっす!」
 その足を央とツヴァイの放った鎖が絡め取り、締め上げる。
「とどめじゃっ!」
 そして、動きを抑えた敵にネイの渾身の蹴撃が放たれ、その身を穿つ。
 その一撃に螺旋忍軍はぐらりとよろめき、そのまま倒れていった。
「さて、情報も入手したし、一般人の救助も完了したけど……」
 彼らを連れつつ、敵の目を欺いて逃げるのは中々難儀しそうだ。ノアが思案していると、それを遮ってネイが言葉を挟んだ。
「いや、待て……聴こえたぞ、歌じゃ!」
 間も無く、他の者達にも聴こえてきたのは先程別れたメンバーの歌声。立ち止まらない信念を貫く歌が、遠くから響いていた。
「陽動に動いてくれてるみたいっすね、だったら俺たちはこの子らを連れて今のうちに逃げた方が良さそうっすね」
 やることは十分にやった。できることなら向こうの安否を確かめたい気持ちが無いと言えば嘘になるが……。
「わかってる、行くわ」
 彼らの陽動を無駄には出来ない。ボクスドラゴンのロキに促され、メランも急いでホテルから脱出する。
 向こうとて自分たちと同じケルベロスだ、きっと上手く逃げおおせるだろう。今はそう信じ、歌を背に前へと進んでいく。
「こっち、このまま……行ける」
 ミケは道中の木々を避けさせ小路を作りながら、ボートまで急ぐ。
 幸い、そのまま敵に見つかることなくケルベロスたちは救出した男の子たちと一緒にボートで島を脱出することに成功する。
「しかし、何故あの島に螺旋忍軍が……?」
「他の班の方が情報を掴めていればいいのですが」
「とにかく、今は戻って報告しましょう、考えるのはその後よ」
 思案するノアとダミアに、メランは言う。
 自分たちの得た情報も含め、今回の調査で得られた情報はきっと少なくはないだろう。
 それらを照らし合わせれば、何かわかることもあるに違いない。
 今は、過酷な任務を成功させた達成感と疲労感、そして別れた仲間の無事を願う気持ちを、海に浮かぶボートのように心に漂わせるのだった。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年11月24日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 22/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。